暗雲ルーケイ3〜生首村の宴
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■シリーズシナリオ
担当:マレーア3
対応レベル:フリーlv
難易度:難しい
成功報酬:5
参加人数:15人
サポート参加人数:6人
冒険期間:08月16日〜08月21日
リプレイ公開日:2006年08月23日
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●オープニング
アトランティスに太陽は無い。その代わり、空全体が光り輝く。空から燦然と降り注ぐ精霊光を受けて、大河の川面はきらきらと煌めいていた。
冒険者を乗せた船は、夏風に帆を孕ませて大河を上流へと遡って行く。船からの眺めだと、大河の水の広がりはあたかも海のよう。船は南の岸部に沿って進んでいるが、北にあるはずの対岸は霞んで見えない。
と、雲の影が船を覆い、ぱらぱらと雨が降ってきた。通り雨である。
「水の精霊の歓迎だな。先行きがいい」
水蛇団の案内人、ベージー・ビコがにかっと笑う。ここは竜と精霊のしろしめす世界アトランティス。夏の暑い最中に一時の涼をもたらす通り雨を、そのように言い表す者は多い。
やがて雨雲は流れ去り、川面は再びきらきらした輝きを取り戻した。
「お、見えてきたぞ。あれだ」
船の甲板に立つベージーが、前方を指さした。そこに岩山があった。大河のど真ん中に岩山が聳えているのだ。
「あれが、話に聞く西ルーケイの島か!」
船に乗る冒険者達は、その奇観に目を見張った。見るほどに奇妙な岩山。周囲は垂直に近い程に切り立った崖だが、山頂は真っ平ら。しかも岩山の周囲はテーブル状の平たい岩の広がりで縁取りされている。さらに、岩山の隣には一回り小さな岩山が幾つも連なっている。それら岩山の連なりは、大河の流れを仕切る関門のようにも見えた。
「俺達はこの場所を竜の関門と呼んでいる。伝えによればこれらの岩山は遙か昔、竜が変じて岩山と化したものだ。この竜の関門が水蛇団の縄張りの西端だ」
と、ベージーは言った。
純粋な自然の造形にしては、あまりにも奇妙な景観だった。寧ろ何らかの古代の遺跡だと言われた方がしっくりする。しかしこれが遺跡だとしたら、造った者達は途方もない技術力を有していたことになるだろう。何しろ、向こう岸も見えない程に広い大河に、その流れを左右しかねない程の建造物を造り上げたことになるのだから。
尤も岩山には後世になって人の手が加えられてもいた。頂上には城が造られ、その最も外側の城壁は、岩山を取り巻くテーブル状の岩の上に伸びていた。
「これがルーケイ城だ。ルーケイ家が何代もかけて築き上げてきたもので、城壁の内側には町を一つ抱え込んでいた。しかしルーケイの反乱の後、城は廃墟となり、城壁には大穴が穿たれ、町の住人は散り散りになったのだ」
大岩の列には木製の立派な吊り橋がかかっている。トルク分国領とフオロ分国領を結ぶ橋である。下から見下ろすと、橋を渡って行く人の影が小さく見える。ベージーが言うには、かつては人一人がやっと渡れる程度の危うげな吊り橋だったという。しかしその橋も先王レズナーの治世下で、馬車が楽に通れるほどの頑強な吊り橋に造り替えられた。これはレズナーの遺業の一つとして数えられている。
しかしトルク分国とフオロ分国の交流を促す目的で強化された橋も、万が一の戦争の際には、敵の進軍を食い止めるため容易に落とせるように造られてもいた。
西の島の視察を終え、王都に戻る船の中。ベージーが冒険者達に告げる。
「では、書状の件。宜しく頼むぞ」
書状の件とは、南ルーケイの復興に関してのルーケイ伯との合議のことである。
現在、水蛇団が支配する南ルーケイの村『生首村』は、かつてのルーケイ反乱に際して国王の討伐軍に焼かれ、後に水蛇団の手によって再建された村である。王の認めた新たなルーケイ伯の統治が始まった今、水蛇団は生首村を一大歓楽地として発展させる腹づもりでいた。その為に必要なのはルーケイ伯のお墨付きである。
先にルーケイ伯の元へ届けさせた書状の中で水蛇団は、水蛇団の頭目ムルーガ・ミスカ、元スラムの顔役ガーオン、そしてルーケイ伯による三者会談を求めていた。ガーオンを会談に加えるのは、スラムの大火で焼け出され、今は水蛇団の救護所で保護されている元スラムの住民達を、働き手として確保する必要があるからだ。
三者会談の場所は生首村。生首村という物騒な名前で呼ばれてはいるが、実際には沼沢地帯のただ中にある長閑な村である。西ルーケイの島を訪れるのに先だち、冒険者達は村の下見をしてもいる。
村が『生首村』という物騒な名前で呼ばれるようになったのは、ルーケイ反乱の折りにこの村に立て籠もったルーケイ伯側の騎士を、討伐軍の側についた水蛇団の頭目が討ち取ったことによる。賊軍の騎士たちは首を刎ねられ、生首となって討伐軍指揮官の前に並んだ。この協力に対する見返りとして、討伐軍の指揮官は水蛇団の縄張りに手を出すことなく王都に引き揚げたのである。
「時に、水蛇団の頭目であるムルーガ・ミスカとは、一口で言うとどういう人物なのだ?」
冒険者が問うと、ベージーは大仰に身をすくめて答えた。
「あれ程に恐ろしい女は、世に二人といねぇぜ。俺もムルーガ様と一緒にルーケイの謀反人どもと戦ったが、反逆の騎士どもの生首をぞろぞろぶら下げて、全身血塗れで戻ってきた時のあの姿ときたら‥‥カオスの魔物だって逃げ出すぜ。生首を足下にごろごろ転がされた時にゃ、討伐軍の指揮官殿も小便ちびりそうな面してやがった」
そしてベージーは冒険者達の顔を見回してにやりと笑い、先を続ける。
「この中には三者会談に顔を出す奴もいることだろうから、ついでに面白い話を教えてやるぜ。生首村からさらに南へ下ると、三つの湖がある。そこは水の精霊が守護する土地だ。守護精霊はフィディエル様だ。美しい少女の姿をしているが、配下におっかねぇケルピーを何頭も従えている。その気があるなら訪ねてみるのもいいが、フィディエル様の怒りを買ったらケルピーに襲われて水の中に引きずり込まれるから、気をつけな」
そして8月も半ばになり、三者会談の日が迫ってきた。
「なぁスレナス。伯と与力らで手強い者は誰だ?」
「武勇の第一は鉄城。伯への献身ならば眼帯の騎士。腕と度胸ならばタイニースレイヤー。胸を叩いて請け負えば火にも水にも飛び込む男達だ。しかし、伯はもっと凄腕だ。駆け引き上手な天界人商人。歴史を諳んじ良く事を謀る子爵。産業を興す腕ならば、あの美しいエルフの女男爵に勝る者はそう居ない。しかし、献策を容れる伯の胆識は見事だ。僕が天界で仕えた伯ほどでは無いが、まさに異に将たる漢と言える」
「そいつらは来るのか?」
「ああ、伯が水蛇団を重んじるなら、残らず」
さて、会談に参加するルーケイ伯には、水蛇団と交渉すべきことがいくつかある。その中でも重要なのが、大河の通行料に関してだ。
既に水蛇団はルーケイ伯に対し、これまで水蛇団が徴収していた大河の通行料を上納すると申し出てもいる。徴収手数料を除いた全額が、ルーケイ伯の懐に入ることになるのだ。
ちなみに通行料は平民なら1人1ゴールド、もしくは所持金の十分の一。働ける歳に達しない子どもは無料。困窮者には通行料を減額、もしくは免除。ただし、通行料ごまかしや踏み倒しや関所破りは厳罰に処す──それが、これまで水蛇団が通してきた通行料徴収のやり方だ。
また、晴れてルーケイ伯の家臣団筆頭となったルムスの村の領主によれば、ルーケイ反乱の折りには水蛇団の元へ、大勢の領民が難を逃れて流れ込んだという。今は水蛇団の下で働いている彼らも、交渉次第ではルーケイ伯の統治下にある東ルーケイを復興させる働き手として、確保できる可能性もある。
●リプレイ本文
●ゴーレム移送
「さて、フロートシップ配備の件ですが。いささか状況が複雑怪奇になっておりまして‥‥」
訪ねた騎士学院で担当者からこんな言葉を聞かされて、越野春陽(eb4578)は思わず聞き返した。
「どこかに『棒』でも引っかかっているのかしら?」
「あれが『棒』の問題ならもっと話は簡単なのですが‥‥いずれその筋から連絡があることでしょう」
ともあれ春陽の本来の目的は、学院で保管されている各種ゴーレム機器の輸送。本来の管理責任者からその仕事を任されていた。
同行する冒険者の他、既に友好関係の出来ている水蛇団の手も借りて運搬を手伝わせる。調達されたのは大きな三角帆の川船3隻。オールも併用しており小回りが利く。ウッドゴーレムは甲板に乗せたが、チャリオットとグライダーはかさばるので筏に乗せ、それを船で引っ張って行く。
目指すは東ルーケイの船着き場。クローバー村よりさらに南へ下った場所。陸へ上がれば一路、ルムスの村を目指すのだ。
「‥‥それにしても。聖山での異変の原因調査を止めるトルク王殿‥‥正直、何故との疑問が拭えぬ」
船上で仲間の一人が言う。その目線がシュバルツ・バルト(eb4155)と合った。
「今の話は聞かなかった事にしよう」
と答えるシュバルツ。領地も権限もないにせよ、彼女はトルク領男爵待遇だ。
「やんごとなき方々の考えは私には分からん。分からん方がいい」
船が船着き場に着くと、そこにはルムスの村の者達が待っていた。伯の臣下たるスレナスが、事前に手配しておいたのだ。
「随分と手回しがいいな。ところで念の為聞くが、こちらの情報を伯の為に成らぬ者へ、軽々しく話しはすまいな?」
同行するユパウル・ランスロット(ea1389)が訊ねると、
「伯の不利益になる相手には話さない」
スレナスは茶目っ気のある笑いを見せて答える。
「本当だろうな?」
念押ししたが、それ以上の答は無い。
ここで一行は二手に分かれる。陸に上がってルムスの村を目指す者と、そのまま船に乗って生首村へ向かう者とに。
●村への到着
船着き場からクローバー村を経てルムスの村へ。それが移送ルートだ。途中の丘陵地帯は迂回して進むから遠回りになる。馬で行けば1日がかりの道のり。グライダーとチャリオットは先に行かせ、速度の遅いデクは馬車で引っ張って行く。
冒険者達は全員がチャリオットとグライダーに乗り、早々とルムスの村に到着した。
「ルーケイ伯の与力男爵が一人、鎧騎士のシャリーア・フォルテライズだ。ゴーレム無しには何もできぬ私だが、村の開拓に協力させて頂きたい。よろしくお願いする」
自己紹介したシャリーア・フォルテライズ(eb4248)は、ルーケイ伯からの書状をルムスに手渡す。書状には先日の労いと、関所建設に伴う伐採の許可願、そして細々した連絡事項が記されている。
「今回はこの村にて、ゴーレムがどこまで使えるか可能性を追求したい。これはその協力者への賃金に充てて欲しい」
50ゴールド入った金袋がルムスに手渡された。
「そして我が駿馬のイゥーイもお贈りしよう。さらにユパウル殿からルムス殿に贈られた馬も」
「有り難き幸せ。して、馬は何処に?」
「まだ、道の途上である。デク共々、明日の朝には到着するであろう」
馬車の移動ではそれが精一杯。馬もデクを運搬する馬車と歩調を合わせねばならない。
「そして、こちらはルーケイ伯より預かってきた資金だ」
シュバルツもルムスに金袋を手渡す。中味は100G。
「この資金で復興に必要な人員を募集してもらおう。治安維持の傭兵、鍛冶師見習い、そして教師。王都で募集をかければ人は集まろう。通常よりも高目の賃金で募集して、ルムス村に住み着いてもらう手もある。さらに私からも2頭の馬を贈ろう。300日分の保存食を付けて。‥‥どうした?」
ルムスの目線はシュバルツの顔に定まったまま動かず、口は半開き。夏の暑さでのぼせた‥‥わけではなさそうだ。
「あ‥‥その‥‥貴方のお姿があまりにも眩しいもので。トルクの女男爵殿」
それが、やっとのことでルムスが口にした答。
暫くすると空がにわかにかき曇り、大粒の雨が降ってきた。夕立だ。
「後続班は大丈夫か?」
雨に景色が霞む中、南の丘陵地帯を見やって呟くルムス。ウッドゴーレムとはいえ貴重品のデクが心配なのだ。
「スレナスがついている。心配はなかろう」
シャリーアは答え、後から来る者達に思いを馳せる。ルムスの村までは整備された街道が続いている訳ではなく、夏場は草が生い茂るから進むのに手間がかかる。まして土砂降りの雨ともなれば。
暫くすると雨は止み、空は夕焼けの色に染まった。
●運用試験
ようやく後続班が到着したのは翌朝。贈り物の5頭の馬もルムスに渡された。ゴーレム機器も揃い、当初の予定通りゴーレムの農業利用を試みることにする。
「チャリオットに牽かせられるような、大きな犂(すき)は無いかしら?」
春陽の求めを聞いて、村の古老は一同を馬小屋に案内する。
「こちらにございます」
馬小屋の隅に、馬牽き用の大きな犂鍬が鎮座していた。
「まあ!」
こんな大きな犂を見るのも春陽は初めてだ。大きな犂刃と撥土板を備え、その両側には車輪付き。早速、チャリオットに繋いでみたが、馬に牽かせるには頃合いの大きさの犂も、チャリオットに繋ぐと小さく見える。
「耕すのはこの辺りが宜しいかと」
村に近い、クローバーの生い茂る草原を古老は勧めた。
「ここは長いこと休耕地でございましたが、クローバーの茂った場所を耕して麦を撒くと、何故か麦の実りが良いのでございます」
シャリーアの操縦でチャリオットがふわりと宙に浮かび、前屈して動き出す。次第に速力を増し、人の歩む速さから馬の早歩きの速さへ。繋いだ犂もそれに合わせて動き、どんどん地面が掘り返される。一直線に進み、頃合いを見てUターン。後に続く犂もごろりと向きを変え、先に耕した細長い土地の横に、新たに耕された土地を付け足して行く。
「おお! これは凄い!」
古老は目を丸くした。あの重たい犂を馬2頭で牽いても、こんな速さは出ない。
「まだまだいけるな」
幾度か往復を繰り返すと、シャリーアはチャリオットの速度を上げた。車体は前屈の度合いを強め、後に続く犂は派手に土をまき散らして進んでいたが、その動きがまるで地面を跳ねて行くように不安定になる。
ばきっ!!
犂が派手な音を立てた。シャリーアはチャリオットを止め、皆と一緒に犂を調べてみると、撥土板が折れて外れていた。
耕すスピードが早すぎ、土の圧力に耐えきれなくなったのだ。
「チャリオットで土を耕すなら、もっと強度のある犂を作らないと」
春陽はその必要性を痛感した。
それでもチャリオットは、馬であれば1日がかりで耕す土地を、2時間にも満たない短時間で耕しきったのだ。この事を実証出来ただけでも大きな成果である。チャリオットに合わせて犂をもっと大型化すれば、さらに能率も上がることだろう。
続いてはグライダーによる種蒔きのテスト。
「これだけなのか?」
古老より渡された種麦を見て、その少なさにシャリーアは聞き返す。
「申し訳ありませぬ。今はこれが精一杯で御座います」
古老は恐縮して詫びを入れた。只でさえ貴重な種麦、テストの為にだけ費やすことは出来ない。
結局、僅かな種麦でテストを行った。グライダーには春陽に乗ってもらう。
実際に空から撒いてみると、耕地へ均等に広がるようにするにはコツがいる。高度が低過ぎると種麦が一ヶ所に固まり過ぎ、高すぎると逆に散らばり過ぎる。風で流されることもある。
「あら、もうおしまい?」
気が付けば、種麦は全て使い切っていた。テストの時間が短すぎて、コツを掴む間もない。
●関所の建設
七刻双武(ea3866)が買って出た仕事は関所の建設。
「つまりは、伯は関所の設置を認めたということなのだな?」
伯からの書状に目を通し、さらに双武の申し出を聞いたルムスは、関所の建設を双武に一任した。但し、双武はこの手の仕事にさほど通じてはいなかったので、村の古老の助けを借りた。
「伯爵様のお許しが下りましたからには、すぐにでも仕事に取りかかれましょう」
古老は建設地の選定、簡単な図面の用意、仕事の段取りの取り決めなど、一連の仕事を手際よく進めた。おかげで双武は大いに助かった。
ルムスより人手を借りると、最初に双武は彼らを集めてきっちり言い聞かせる。
「ルーケイ伯様はこの地に3年の免税を為された。即ち3年の間、この地の実り全てを自らの手に掴む機を得た事になる。このまま何もしなくても最低限のメシは食えるが、蓄えには為らぬ。富を得るには今働くしか無い。流浪の日々を待つより、自ら富を掴むのは如何じゃな?」
「んな事言ったってよぉ〜」
双武の下で働くよう命じられた者の多くは、村の生活に馴染めない新入り達。見るからにやる気の無い様子で、双武の言葉にも文句を垂れてばかり。
そこへ、シュバルツがデクに乗ってやって来た。だらけきっていた雰囲気は一変。村の新入り達は大慌てで、波が引くようにデクの回りから遠ざかる。
「ゴーレムのテストも兼ねて、仕事に加わらせてもらう」
ウッドとは言え正真正銘のゴーレム。冒険者の怒りを買って、あのでかい手で張り倒されたら堪らない。もはや不平を言う者は無く、皆は双武の指図に従って黙々と仕事を始めた。
「せーの!」
掛け声と共に打ち下ろされる斧。木を切り出すのは、斧の扱いに長けた古参の村人だ。木がめきめきと音を立てて倒れると、その枝を払い、関所の建設予定地まで運んで行く。そういった力仕事は大勢の新入り達と、シュバルツの操るデクに任される。
「やはり、ゴーレムサイズの斧が無いと不便か」
村人から斧を借りて、試みに木を切り倒してみたが、ゴーレムサイズの斧でないと扱いづらい。その代わり、丸太運びは楽だ。新入り達がふうふう言いながら丸太を引きずって行くはるか先を、デクはごろごろと丸太を転がして行く。細めの丸太なら2、3本も肩に担いで歩いて行ける。
「これなら仕事もはかどるな」
作業のコツも覚え、デクの動かし方にも馴れてきた頃。急に眠気に襲われ体が怠くなった。
「‥‥そうか。もう限界時間か」
仕事に夢中になって時の経つのも忘れていたが、既にゴーレムを動かせる限界時間に達していたのだ。
ともあれ仕事を始めたその日のうちに、関所の主要部分は形になった。残る仕事は村人達の手だけで片付くだろう。
●魔獣お断り
「うわっ! 何でグリフォンがここにいる!?」
生首村の入口。ルーケイ伯一行を迎えに来た水蛇団の者達は、山下博士(eb4096)の連れて来たペットのグリフォンを見て慌てふためいた。しかし案内人のベージー・ビコはどこ吹く風。
「ここはルーケイだ。魔獣の1匹や2匹でがたがた言うな」
「でもよ、村人が食われでもしたら‥‥」
怯える男達に、博士が言い聞かせる。
「ご心配には及びません。戦闘馬と同じで、飼い主の僕にはきちんと従います」
「で、でもよ‥‥」
それでも男達の怯えは止まないので、ベージーは言った。
「しゃーねぇ。鎖で船に繋いでおけ。飼い主殿は、悪いが船で留守番を頼むぜ。暴れて船を沈められたら敵わねぇ」
博士はルーケイ伯を呼び寄せ、その耳に囁く。
「僕はここに残ります。後は打ち合わせ通りに」
●主従の契り
ルーケイ伯の一行を乗せた川船が生首村に入る。
周囲は見渡す限りの沼沢地。
「向こう側はトルク領か」
ユパウルが西の彼方を見やれば、平坦な土地が続いている。しかし数々の池や沼や小川が天然の要害になるので、軍馬で短期間に突破するのは難しかろう。
「水蛇団の頭領殿といよいよご対面だな」
「それにしても、熱烈な歓迎ぶりだ」
連れ添う友と短く言葉を交わし、アレクシアス・フェザント(ea1565)は歓迎の村人達を見やる。川船の進む水路の両脇は人で埋め尽くされ、歓呼の声が絶え間なく響いていた。やがて川船は村の中心部に乗り入れ、一行は大きな屋敷の中に案内された。
アレクシアスが初めて見る水蛇団の頭領ムルーガ・ミスカは、自分よりも身の丈のある屈強なジャイアントの女だった。事前に彼女の情報を、過去に彼女と接した討伐軍指揮官から仕入れておきたかったが、先方の都合によりそれは叶わなかった。
「よく来たね。ルーケイの新たなる主よ。ここはムルーガの我が家。おまえ達を歓迎するよ」
低音だが艶のある声。頭上から見下ろすムルーガの目は、アレクシアスを値踏みするかのよう。
「思ったよりもいい男じゃないか」
挑発するような馴れ馴れしい口調。だが、アレクシアスも初対面で舐められるわけにはいかない。
「聞け。水蛇団の縄張り内に少例だが盗賊の害がある。なんと言うのろまだ! まだ掌握していないのか? 早々に盗賊どもを駆逐せよ!」
きっぱりと言い放った。これは先のルーケイ復興会議で耳にしていたこと。
ムルーガの顔から笑みが消える。伯を護衛する者達は緊張した。恭順の意を示しているとはいえ相手は河賊。一行を取り囲んでいるのは全て、ムルーガの手下なのだ。
しかし手下達はざわめきもせず、静かに事の成り行きを見守っている。やがてムルーガは静かに立て膝を付き、アレクシアスの前に頭を垂れた。
「閣下の御意のままに。その盗賊とは、恐らく毒蜘蛛団に使役されし小盗賊団の残党。今より討伐の準備を為し、明日にでも討伐隊を送りましょうぞ」
「いや、たかが小盗賊。急ぐには及ばん」
アレクシアスの表情が和らぐ。
「まずは宴を楽しむとしよう」
今日はルーケイ伯直々にお越しの日だけあって、既に宴の用意は整っている。屋敷の前の広場には宴席が設けられ、料理が並び、村人達も精一杯に身なりを整えて集う有様は、さながら祭りの日の如し。
「さあ皆の者、飲み食い歌え!」
ムルーガの音頭で宴は始まったが、冒険者達の周りには入れ替わり立ち替わりで村人達が挨拶に訪れるので、ゆっくり酒を飲む暇もない。それでもアレクシアスとムルーガの間では飲み比べが始まっていた。
7杯、8杯、9杯と杯を重ねるうちに双方、相当に酔いが回り、
「そろそろ休戦といくか?」
「では閣下。講和の印にもう一杯」
ムルーガに勧められた酒をぐいと飲み干すと、アレクシアスは立ち上がり、与力の一人を呼ぶ。
「バルバロッサ、近う!」
そろそろ例の物を渡す頃合いだ。
呼ばれたバルバロッサ・シュタインベルグ(ea4857)は、武人らしいきびきびした所作でサンショートソード「カスミ」を伯に手渡した。
ムルーガは居住まいを正し、伯の傍らに控える。
「この剣で、ルーケイ平定に加われ」
「はっ!」
ムルーガは伯の言葉と共に、手ずから渡された名刀を恭しく受け取った。さらに伯は告げる。
「また本日を以って、生首村の名を改めよ」
「心得ました。生首村に代わり、新生ルーケイに相応しい名を名付けましょうぞ」
続いて、伯の一行に同行して来たスラムの顔役ガーオンにも、伯の手から魔斧「ラビリス」が渡される。
「我が家臣たることの証として、この魔斧を授ける。今日よりルーケイの要となれ」
「このガーオン、一命に代えても」
ガーオンも恭しく魔斧を受け取る。
この日よりムルーガとガーオンの両名は、正式にアレクシアスの家臣となった。宴の席に集まった村人達は、全員がその見届け人となったのである。
●三者会談〜南ルーケイ復興
宴の翌日。ルーケイ伯、ムルーガ、ガーオンによる三者会談が執り行われた。会場は豪勢な屋形船。水の上だから窓から吹き込む涼風が心地よい。
アレクシアスは専ら会議の進行を仕切り、発言は配下の与力や協力者達に任せた。現地家臣団の纏め役はバルバロッサ。
「俺達に無いものをくれる以上は信用する。把握してない鉱山や薬草を献上する者に対してそうするように」
水蛇団からの通行料上納の申し出に対して返礼を為すと、バルバロッサは自ら定めた取り決めについて伝える。
「現地家臣団の階位は1位より10位。主席は非常時の役職とし、平時には空席とする。第2席は現在の家臣団筆頭であるルムスに。第3席以下の席のうち2席を水蛇団に、1席をガーオン殿に充てよう」
その言葉を聞くや、ムルーガが突っ込んだ。
「あたしやガーオンをさしおいて、あのルムスが筆頭かい?」
「領内会議が招集された時、水蛇団の持ち票は2票と大きい。その時点までに発言力を上げておくのはルムスの仕事だ」
この答に皆は大笑い。
「その2席、有り難く受け取らせて頂くよ。1席はこのあたし、ムルーガが。もう1席は、あたしの娘に」
側に控える金髪の娘をムルーガは呼び寄せ、皆に紹介した。
「これが、あたしが実の娘のように目をかけて育ててやったリリーンさ。頭も切れるし剣の腕も立つ。リリーン、今日からお前はルーケイ伯の臣下だ。しっかりと伯の期待に応えてやりな」
リリーンは伯の前に立て膝を付き、臣下の礼を取る。
「我は生まれ卑しき身なれども、新たなるルーケイ伯の剣となり、また盾ともなりましょう」
続いて、議題は水蛇団の歓楽地計画に移る。
「歓楽地とは言え、ルーケイを堕落の地せしめ評判を悪くしたり、竜や精霊の怒りを買うような行いは認められぬ」
前もってユパウルは釘を刺す。
「して、人々に供する歓楽とは如何なる物か?」
「歓楽と言やぁ、昔から飲む・打つ・買うの3つと相場が決まってるぜ。‥‥おっと、これ以上は口にせぬが花。いずれにせよ人間は綺麗事だけじゃ生けていけねぇ。まあ、悪評が立たぬよう、程々にな」
と、ガーオン。
ここでクリオ・スパリュダース(ea5678)が訊ねる。
「歓楽地には、どの土地のどんな客を呼び込むつもりだ? 王都には既に大商人マーカスが、スラムの跡地にマーカスランドを作っている。これから作る歓楽地が、あれと正面対決する事にはならないか?」
その問いに答えたのはリリーン。
「ルーケイを流れる大河はトルク、セレ、ウィエと繋がり、さらに上流へ遡ればリグの国へも至る。大河を下って王都にやって来る者達の中には、そういった国々の貴族や大商人が沢山いる。狙いとするのは彼らだ。歓楽と引き替えに彼らが支払うのは、金ばかりとは限らない」
「そういう客が相手なら、娯楽よりも静養の提供を好まないか?」
「それもそうだな」
クリオの言葉にリリーンも同意した。
なお、歓楽地を作る予定地は村への入口付近。大河に注ぐ川の両岸に二つの砦が立ち並ぶ、あの辺りになるという。
「新規開拓地は3年免税。これがルーケイの基本方針だ。歓楽地についても、向こう3年間は上納の対象外としたいが」
バルバロッサの言葉に驚いてみせたのはガーオン。
「おいおい、まだ何一つ出来上がっていないうちから‥‥」
しかしムルーガはガーオンの言葉を制止し、にんまり笑ってバルバロッサに言う。
「そのお言葉、有り難く頂戴するよ」
●三者会談〜通行料徴収と軍事奉仕
大河の通行料徴収に関する話し合いでは、伯の側から強い要望が出されず、当面の間は現状維持で行くことになった。即ち、庶民からの徴収は1人あたり1ゴールド、もしくは所持金の10分の1。幼児や赤子に対しては免除。困窮者については減額もしくは免除。但し、通行料誤魔化しや関所破りは厳罰に処す。
通行料という大きな収入を得たことにより、ルーケイに関わる今後の依頼については、通行料の収益から報酬が支払われる事になる。もはやルーケイ伯個人の懐は痛まない。
話がまとまると、それまで書記を務めていたセオドラフ・ラングルス(eb4139)が発言する。
「西ルーケイに巣くう毒蛇団の討伐はもはや時間の問題といってよいでしょう。それまでに、大河と水蛇団の船を利用する体制を整える必要があります。有事においては軍船が大河を通ったり、軍が水蛇団の船を借りる事もあり得ます。その際の借り入れ体制や料金についても決めねばなりません」
「ルーケイを守る為の戦いなら、味方の船から金は取らないさ」
ムルーガは即座に言ってのけた。
「さて。このルーケイ内を軍船が通るような戦となると、フオロがトルクに攻め込むか、或いはトルクがフオロに攻め込むか‥‥。アレクシアス閣下がどちらの側に付こうとも、閣下がルーケイの統治者である限り、あたしらはその言葉に従うまでさ。通行料については閣下のご裁断を仰ぐとしようじゃないか」
しかし、事は微妙な問題である。アレクシアスは即答を避けた。
「先ずは、いかなる有事が起こり得るかを検討した上で、方針を定めるとしよう。通行料の取り決めについては、いずれ時を改めて」
続いて、ファング・ダイモス(ea7482)が提案。
「今は住む者もなく放置されているルーケイ城を始め、南ルーケイ内の全ての軍事拠点をルーケイ伯の所有とする事を提案します。ルーケイの地は王都防衛の要。その軍事拠点の再建は、ルーケイ再建の象徴となりましょう」
これを受けてムルーガとリリーンの間で相談が交わされ、やがてリリーンが答えた。
「南ルーケイは天然の要害たる土地。人の手で作られた軍事拠点は2ヶ所しか無い。一つは我等の村の入口を守る砦。これはアレクシアス閣下の所有と認めよう。但し、我々の配下の者達も、守備隊として常駐させる。もう一つ、西のルーケイ城については‥‥正直言って、我々の手には余る。もしも閣下があの城を手中に収めんと欲するなら、試みられるが良い」
「城には毒蛇団が手の者を潜ませている可能性もあるかと‥‥」
その事をファングが口にすると、リリーンはせせら笑った。
「毒蛇団に城への侵入を許すような我等ではない。それにあの城、一筋縄ではいかぬぞ」
●三者会談〜帰村要求
翌日も会議は続く。ルムスの村に向かった仲間達も村での仕事を終え、この日にはアレクシアスの一行に合流していた。
この会議の席上で、陸奥勇人(ea3329)が旧領民の帰村を求めた。
「先のルーケイ伯亡き後、争いを避けてこの南ルーケイの地に逃れた領民がいると聞いている。知っての通り東ルーケイは平定され、既に出来る範囲での復興も始まっている。だが、再び村を興し作物や動物を育てるには、絶対的に人が足りない。そこで水蛇団の元で暮らしを営む旧領民たちの中から、東ルーケイで復興中のクローバー村への移住者を募りたい」
「ちょっと待て。復興中とはいえ、クローバー村は廃村も同然だろう?」
口を挟んだのは案内人ベージー。彼の言う通り、村の家は先の合戦で倒壊したまま。食料の備蓄も乏しい。
ムルーガも言う。
「希望者がいれば村に返してもいい。しかし、ここは暮らしやすい土地で、食うには困らない。果たしてどれだけの者が、帰村を望むだろうね?」
この後、アレクシアスがムルーガに求める。
「それとは逆の話だが、ルムスの村の素行不良者を労働力として引き取り、矯正して頂きたい。引き受けてくれるか?」
ムルーガは快く引き受けた。
「お安いご用さ。仕事は山ほどあるからね」
「有り難い。これは感謝の印に」
バルバロッサは、彼の所有する魔法の漁具の数々をムルーガに贈った。
●製鉄への挑戦
最後の議題は、リセット・マーベリック(ea7400)と信者福袋(eb4064)が始めようとしている製鉄事業について。
「石炭というものをご存じですか? 黒色の、黄色い炎を上げて燃える石です」
「燃える石? そんな代物が存在するのかい?」
リセットの質問に、ムルーガは初めて聞いたような顔を見せ、続けて問う。
「で、それが製鉄とどう関係あるんだい?」
その説明は福袋が行った。
「技術的に最も進んだ地球の製鉄では、鉄鉱石と石炭と石灰が使われるのです。私の調べたところ、石灰は大河の岸辺で採れるようですね。この世界では建築用モルタルの原料ですか。鉄鉱石については、沼地の底に沈んでいる沼鉄鉱が使えるでしょう」
「へぇ。よく調べたもんだ。確かにこの辺りは沼沢地だけあって、沼鉄はよく採れる。村で必要な農機具に、鍋や釜やナイフの類を作るに不足はしないよ。だけど、鉄を取り出す為に燃やすのは燃える石じゃなくて、木炭だがね」
福袋は、リセットから預かった1千ゴールドの金袋をムルーガに示す。
「元手となる当座の資金です。我等2人、この南ルーケイに土地を借りて製鉄事業を興さんと願うものであります」
リセットも言い添える。
「とにかく、地球技術を導入した鉄を小量でも構わないから生産することが目標です。事業が上手く進めば、やがては王家を支える計画に発展する可能性もあるでしょう」
「いいだろう。許可を出してやるよ。貸す土地は大河の北岸、船着き場のある辺りがいいだろう」
やはり大金はモノを言う。ムルーガは同意を示し、金袋は彼女の手に渡った。遠からず、製鉄事業の関連依頼が冒険者ギルドより出されることだろう。
●オリザ
会議の後、双武とクリオは村の周辺を見て回った。ウィルの国にしては珍しく、村の周囲には水田が広がっていた。そこで育てられる穀物を土地の者はオリザと呼ぶが、それは双武の慣れ親しんだジャパンの稲と変わるところがない。聞けばオリザはサンソードと同様、サンの国よりこの土地に伝来したものだという。
「見事な水田だ」
クリオはそう言うが、
「いいや。ジャパンの水田と比べたら、まだまだじゃ」
ジャパン人の双武から見れば、かなりいい加減だ。オリザの植え方にムラがありすぎる。
それでもオリザの収穫の良さ故か、村人達はなべて健康。この豊かな暮らしを捨て去ることは難しかろう。
●水の精霊
水の精霊が守護する土地は、村からかなり離れていた。
そこは美しい沼沢地。しかし、精霊に表敬訪問すべくその地を訪れた陸奥勇人は、早々にケルピー達の歓迎を受けた。
「人間よ! ここに何用だ!?」
「フィディエル殿へのお目通りを願う!」
「なれば我等は、貴様の勇気と忍耐を試す!」
ケルピー達は勇人の乗る小舟に体当たりし、転覆せんばかりに揺らす。じっと耐えていると、小舟の底から水が噴き出した。さらに、小舟の中に白い物が投げ込まれる。見ると、それは真新しい人骨。
「おまえもこうなりたいか!?」
しかし、勇人は耐え続ける。彼は事前にベージーからアドバイスを受けていた。ケルピーには逆らうな、フィディエル様が現れるまでじっと待てと。
「おやめなさい!」
凛とした少女の声が響く。ケルピー達は水面下に消え去り、代わりに勇人の目の前には黒髪の美しい少女がいた。少女は沈むこともなく水面に立っている。
「お目に掛かれて光栄です。フィディエル殿」
「貴方は誰?」
「ルーケイ伯が与力、陸奥勇人。この南ルーケイの地に縁を結びし者」
かつてイギリスで精霊との共存共栄を目指した王・タリエシンに倣い、勇人は敬意をもって彼女に向かい、表敬の訪問のために参った事を告げる。
「これからも良き隣人であるよう我々は務める所存なれば、時に御身にご助力頂けるようお願い申し上げる」
フィディエルへの敬意の証として、勇人はアメジストのピアス、リング、ネックレスを差し出した。さらに、精霊の滴という名のワインも。
この殊勝な態度に水の精霊は心を打たれた様子。
「約束を守ってくれますね? 一つ目は水を汚物で汚さぬこと。二つ目は水中の生き物を慈しみ、みだりに殺傷せぬこと。三つ目は水中の藻や水辺に生える草木を大切すること。この三つの約束を守るなら、私は貴方と貴方の民を守護しましょう」
「約束しよう。それがフィディエル殿のご意志であるならば」
フィディエルはにっこり微笑んだ。
「私は僕たるケルピー達を通じて、これからも貴方の行いを見守り続けます。さあ、今日のところはお帰りなさい」
そして摩訶不思議な少女の姿は、水の中にすうっと消えた。
勇人は満足の笑みを浮かべる。
「伯爵令嬢殿にいい土産話が出来た」
そして、岸に向かって小舟を漕いで行く。
「おおっ! 無事にお戻りになられたぞ!」
岸では水蛇団の同行者達が待っていた。
●ルーケイ城
岩山の上にある平地。ロストワールドを彷彿させるその土地は、王都に勝る広さを持っていた。荒れ果ててはいるが、巨大な池に耕作地。堅固な城壁も壊れているのは一部のみ。
かつてここにあった街は、廃墟と化している。
「‥‥すごいや。これがルーケイ城なんだ」
グライダーから一望する山下博士の口から思わず漏れる言葉。
「まさか、これ程の物とは‥‥」
シャリーアも絶句する。陸からの攻口は僅かに2箇所。充分な兵と食糧さえ有れば、一分国の軍勢とて、容易には陥せまい。
「博士殿。あの辺りに着陸して下さい」
護衛と案内の任を買って出たスレナスの指示に従い、二機はルーケイ城の片隅に着陸した。
「ここがルーケイ城の要です。古代遺跡の土台の上に創られたと聞いています」
スレナスが水蛇団から聞いていた話を解説する。
広間に置かれた胸像の傍へ来たときだった。ピーンと言う音と共にスレナスの左手が妖しい光を放った。と、見る間に光は全身を包み。
「やっと来たか‥‥」
今までのスレナスとは違う声。スレナスが胸像を押すと台座がずれ、隠し扉が現れた。そして中へ進み二人を招く。
「お前達の物を取りに来い」
有無を言わせぬ言葉に、博士とシャリーアは顔を見あわせる。が、
「ラキシス。そしてドミトリー。来い、時間がない」
力有る言葉に二人はスレナスに続く。
気が付くと城の外にいた。博士は赤ちゃんのように右の親指をしゃぶっており、シャリーアは旗の付いた槍を杖に立っていた。博士の左手には奇妙なブレスレットがあった。
「探しましたよ」
スレナスが迎えに来たとき、シャリーアはいつの間にか槍が消えていることに気づき、博士のブレスレットは手首に感触を残したままいずこかへ消えうせていた。