暗雲ルーケイ4〜叛徒どもの死に時
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■シリーズシナリオ
担当:マレーア3
対応レベル:8〜14lv
難易度:難しい
成功報酬:4 G 98 C
参加人数:15人
サポート参加人数:7人
冒険期間:10月06日〜10月11日
リプレイ公開日:2006年10月14日
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●オープニング
ルーケイ領内を流れる大河を縄張りとする河賊『水蛇団』は、新たなるルーケイ伯の傘下に収まって以後、その呼称をルーケイ水上兵団と改めた。
そのルーケイ水上兵団を主体とするルーケイ軍に、早くも活躍の時が来た。ルーケイの隣領ウィンターフォルセが謎の兵団に強襲され、陥落の危機に瀕したからである。
ルーケイ軍は速やかに支援に動き、王都よりの援軍と共にウィンターフォルセの陥落を阻止。その戦いの最中、ルーケイ軍は思いもかけぬ戦利品を得た。
戦利品とは、総数100名にもなろうかという敵兵。彼らは川船で上陸を果たそうとした敵増援部隊の一部だったが、ルーケイ軍はその上陸を水際で食い止め、さらに敵船をルーケイ領内に追いやり、ついにはこれを浅瀬に追い込んで座礁せしめたのだ。
兵糧を積んだ敵船は無数の火矢を放たれて炎上し、後に黒こげの残骸を晒すのみ。敵兵達は草がぼうぼう生い茂る中州に這い上がって難を逃れ、暫くの間は手持ちの矢で応戦していたものの、やがて矢は尽きた。中州はルーケイ水上兵団が包囲し、敵兵達は中州で立ち往生。そうしてかれこれ1週間が過ぎた。
「さて、どうするかねぇ?」
「戦わずとも、放っときゃ餓えて死ぬだろうさ」
夜通しで篝火を焚き続け、中州に近い岸辺から敵を見張り続けながらも、ルーケイ軍の兵士達は余裕綽々。川魚を焼き、オリザの粥を煮ながら戦談義に興じている。
「そういや王都から援軍を率いてきたカイン殿、結構な数の敵兵を捕虜にしたんだってな」
「まったく、カイン殿も余計なお荷物を背負い込んだもんだ」
「背負い込ませたのは俺達だろう?」
「はは! 違いねぇ!」
敵は軍師2人を卑劣なる手段で誘拐し、ウィンターフォルセを占拠せしめんとする謀反人の軍勢。そう聞いて、ルーケイ軍の兵士達は決死の覚悟で戦いに臨んだ。騎士道の通じぬ敵ならば、どちらかが殲滅するまで戦いが続くもの。緒戦においても敵の抵抗には凄まじいものがあった。
ところが、トルク王の紋章旗を掲げたトルクの騎士団が攻め入るや、敵軍は何故か急速に戦意を喪失。トルク側に降伏する者が続出した。これを知ったルーケイ軍は、あえて敵兵がトルク側に敗走するのを許し、徹底した追撃を控えた。そうした方が、自軍の犠牲が少なくて済むと踏んでのこと。事実、結果を見ればルーケイ軍の被害は驚く程に少なかった。
これと対照的なのがフオロの騎士団で、敵兵は容赦せず片っ端から戦場で斬り捨て、僅かの敵兵のみを生かして捕らえた。とはいえフオロの騎士団には、国王陛下に弓引いた許し難き謀反人達を、騎士道に則って遇しようという考えはない。捕らわれの敵兵に待っているのは、過酷な拷問の果てに処刑される運命だけだ。
「しかしトルクの捕虜になった連中だって、命が助かると決まった訳じゃねえ。いかに慈悲深きトルクの王でも、ウィルの国王に弓引いた謀反人どもをおいそれと許す訳にはいかぬだろう? ましてや、連中はトルクの王を新国王として勝手に祭り上げ、反逆の大義名分を得たつもりでいる不逞の輩ども。トルクの王自らが厳罰に処さずして、ウィル国王のエーガンに顔向けが出来ようかってな」
「すると、捕虜は全員が縛り首か?」
「まあ、そんなとこだろう」
「で、俺達の獲物はどうする?」
「いざとなったら、四方八方から矢を放って皆殺し‥‥待て、あれを見ろ」
月精霊の光に照らされ、あっぷあっぷしながら川面を進んで来る影がある。敵兵だ。
「まったく、下手くそな泳ぎだねぇ」
「闇夜に乗じて敵陣に忍び込もうって魂胆だろうが、俺達には丸見えだぜ」
囁くと、ルーケイ軍の兵士達は草陰に身を隠す。
やがて川から上がって来たのは、若い兵士。もう何日もろくな食い物にありついていないせいで、足取りもよろよろとおぼつかない。
「今だ!」
兵士達は一斉に、若い敵兵に飛びかかった。一人が蹴りを食らわせ、敵兵が倒れた隙に、別の一人がその武器を奪う。抵抗も空しく敵兵は取り押さえられ、罵声だけが闇夜に響く。
「ルーケイの悪鬼どもめ! 人でなしの河賊上がりめ! カオスの穴に呑み込まれて魔物に食われるがいい!」
「ええい! 大人しくしやがれ!」
兵士の一人が敵兵の上に馬乗りになり、その顔をしたたかに殴り続ける。やがて罵声は途絶えた。ふと背後に人の気配を感じた兵士が振り向くと、ルーケイ軍の指揮官を勤めるリリーン・ミスカが立っていた。
「殺したか?」
「いいえ、まだ息はあります」
「ならば、そこまでにしろ。他の人質達と一緒にしておけ」
「はい」
言われて敵兵を縛り上げ、引きずって行った先は人質の置き場。既に何人もの人質達が、手足を縛られて転がされていた。皆、川を渡って乗り込んで来たところを取り押さえられたり、川を渡る途中で力尽きたのを引き揚げられたりした者達ばかり。しかも圧倒的に若い者が多い。月精霊の柔らかな光の中に浮かぶその顔に、まだ少年のあどけなさが残る者も。
「まったく、人の運命ってのは‥‥」
その姿に哀れむような目線を向け、河賊上がりの兵士は微かな呟きを漏らす。
翌朝。中州の敵兵達の間でちょっとした騒ぎが起きた。
「見ろよ。食い物の奪い合いだぜ」
「あ〜あ、見ちゃいらんねぇぜ」
などと言いながらも、ルーケイ軍の兵士達は忙しく朝飯をかっ込みながら、ちゃっかりと見物を決め込んでいる。
「おい、あいつらこっちに石投げてるぞ」
「ま、この距離じゃ届きもしねぇが。相当にヤケになってやがるな」
やがて騒ぎは静まり、次いで中州から呼ばわる声がした。敵の指揮官だった。
「卑劣なる河賊どもめ! 俺達をこの忌々しい中州で野垂れ死にさせる気か!? せめて死ぬ前に一戦交えろ! このままでは死ぬに死にきれん!」
「やかましい! 謀反人ふぜいが贅沢ぬかすんじゃねぇ!」
「どこまでも性根の腐ったやつらめ! 悪王エーガンにも劣らぬろくでなしどもめ!」
中州から飛んでくる罵詈雑言はなおも続いたが、ルーケイ軍の兵士達はもはや耳も貸さず。そのうちに敵指揮官の叫びは哀願の調子を帯びてきた。
「頼む! せめて死ぬ前に一度でもいいから、まともに戦わせてくれぇ! こんな場所に置き去りにされて、犬死にするのは御免だぁ!」
そのあまりにも情けない姿に、無下にも出来ぬと感じたか。ついに指揮官リリーンが敵の訴えに言葉を返した。
「貴様らの命は、我等が主たるルーケイ伯が預かっている! 既に報告は送った! ルーケイ伯にその気があらば、貴様らと一戦交えることもあろう!」
それを聞いて敵の指揮官は俄然、色めき立った。
「噂に聞くルーケイ伯か! あの男と戦って死ねるなら本望だ!」
ルーケイ軍兵士の一人が、先行きを案じるようにリリーンの耳元で囁く。
「で、もしもルーケイ伯が戦いに応じなかった時には?」
「我々の手で始末をつける」
答えるリリーンの声に迷いは無い。
「しかし伯の性格からして、あの謀反人どもを助命することになるかもしれませんぜ。カイン殿が敵兵に対してしたように」
その言葉を聞き、リリーンの顔が微かに綻ぶ。
「その時はその時。我等が村も今年はオリザが豊作で、蓄えも十分にある。たかが100人増えたところで、養うに不足はない。‥‥しかし、その時はその時で、伯は厄介な重荷を背負うことになろうな」
●リプレイ本文
●敵軍との交渉
置き去りにされた敵兵がひしめく中州に、使者を乗せた一艘の小舟が近づいて行く。
ユニコーン、すなわちルーケイ伯の紋章旗を掲げた小舟に乗るのは、鉄城の異名持つルーケイ伯が与力の男爵バルバロッサ・シュタインベルグ(ea4857)、ルーケイ伯に影のように付き従う眼帯の黒騎士ユパウル・ランスロット(ea1389)、そして船を漕ぐ水夫のたった3人。その向かう先には100名もの敵兵がいることを思うと、心許なくも見える。
しかし今、ルーケイ水上兵団は数多の川船を繰り出し、中州を包囲していた。使者に万が一の事があれば中州の敵兵を殲滅する構えだ。
(「100人についての処遇だが‥‥難しいな」)
水上兵団の船より成り行きを見守りつつ、シュバルツ・バルト(eb4155)は声に出すことなく心中で呟く。
(「皆殺しなら、こちらの被害が凄いことに‥‥でもないか」)
水上兵団のそれぞれの船には夥しい弓兵、山と積まれた矢。その構えを見れば、多数の火矢でもって中州の草に火を放ち敵兵を燻りだし、さらに無数の矢を射かけて敵兵を殺戮せんとしているのは明か。
(「敵方の矢種が尽きた今、まるで野良犬の群を駆除する様な一方的な殲滅戦になるな。流石は河賊上がりの水上兵団、情け容赦ない。しかしもしも敵に同情して助命し受け入れれば‥‥彼等は王に弓引こうとした者達だからな、王に目を付けられどのようなことになるやら。ともあれ、ルーケイ伯達のお手並み拝見させてもらおう」)
今、敵兵達は草の間から顔を覗かせ、接近する小舟の様子を窺っている。ユパウルは気を張りつめ、あるかもしれない敵の攻撃に対して身構えていたが、敵が攻撃してくる気配は無い。敵の指揮官は堂々と姿を現し、近づく小舟を待っている。紋章旗を掲げた彼等が使者である事を認め、手を出さないところを見ると、敵にも騎士道に則って戦おうという気構えはあるようだ。
小舟は中州に到着し、バルバロッサとユパウルは敵指揮官と相対す。先に2人が名乗りを上げると、敵指揮官も名乗りを上げた。
「私はこの義勇軍の指揮官、アーシェン・ロークだ。かつてはフオロ分国の騎士だった。王の手により身分を剥奪され、領地を奪われるまではな」
「何故に、そのような仕打ちを受けたのだ?」
バルバロッサが問う。
「我が臣従を誓いし領主は王の不興を買い、その身分と領地を失った。その事で私が王に異議を申し立てたところ、王は私の身分と領地をも奪った」
「今は誰に仕えている?」
「フオロ王の悪政に幕を引き、ウィルに光明をもたらさんとする影の指導者に」
「その忠誠、真に天晴れ。俺は今ここに、ルーケイ伯の意思を伝えよう。ルーケイ伯は正々堂々の戦で、貴殿らの挑戦を受けることを望んでおられる。但し、条件がある」
その条件は次の5ヶ条。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
1つ。騎士道を弁え、勝敗明確なりし時は名誉を持って受け入れること。
1つ。望まぬ者は戦いに参加せず、指揮官もそれを強制せぬこと。
1つ。十分な食事と休息を取り全力を出し切る準備をすること。
1つ。彼らが敗北した場合は生き残る者は生殺与奪、
進退その他は当方の沙汰に従うこと。
1つ。彼らが勝利した場合は名誉ある撤退を認め幾つかの候補地から選び、
退去すること。当然、当方は手を出さぬと約束すること。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「その条件を呑もう」
アーシェンは即座に答えた。続いてユパウルが持ちかける。
「では次に、勝敗の条件について取り決めたい。相手が過半数以下になるまで戦うのか、全滅させるまでやるのか、戦意喪失を見届け役が認めるまで戦うのか?」
「勝敗の条件は、どちらかの側が全員死ぬか戦闘不能になるまでだ」
尚、敵方からは魔法やゴーレムの使用取り下げを求められはしなかった。双方の戦力差をなるたけ縮めるのが騎士道に則った戦いの通例だが、アーシェンらは王に反旗を翻した身。敗れれば謀反人として処刑される事は免れぬと観念するが故に、戦いで命を投げ捨てる事も惜しまぬ覚悟があったのだ。
交渉が成立したのを見計らい、水上兵団の船が酒と食料を中州へと運んで来た。
「安心しろ。毒は入っていない」
バルバロッサが率先して毒味を行い、アーシェンは礼の言葉と共に酒と食料を受け取ると、こう言った。
「ルーケイ伯は戦いに手段を選ばぬ成り上がりと聞かされていたが、そうでもなさそうだな」
「陋規も守れぬ外道の盗賊と、騎士道を重んじる者とを同一には扱えない。今日、騎士たる扱いに相応しいと証明されたのはあなたではないか?」
ユパウルは余裕の笑みを見せた。
●根回し〜ウィンターフォルセ
ファング・ダイモス(ea7482)は中州での交渉の結果をもって、ウィンターフォルセに向かっていた。会戦の期日が迫ってる。ルーケイ側は、賊軍よりも数において劣勢。歴戦の者たちが揃っているとはいえ、ファング一人欠けるのは非常に痛い。それであっても、痛手を受けたウィンターフォルセに対して、ルーケイとしては痛手を与えた者たちを騎士として扱い、騎士道に基づいての戦いを行うことを通知しなければならない。
実際のところ、賊軍はルーケイにあって、戦うのもルーケイ軍。ウィンターフォルセにおいて、ウィンターフォルセの軍で捕縛したわけでないので、今度賊軍をどのように扱うかもルーケイにおいて独自に決めることができる。しかし、あえて彼らの処遇を知らせることで、後々関係の悪化を招く事にないように配慮した。
ファングはその使者として動いていた。ウィンターフォルセを守る戦いにおいても救援に参加して、目立った働きをしていて面識もある。
「彼らはウィンターフォルセ攻撃のおりにも彼らが騎士道精神を持ち、会戦時刻を決め戦った事で、戦いに関係しない一般の住民が避難する余裕が生まれた事は周知の事実。ゆえに、ルーケイとしても彼らを‥‥」
ウィンターフォルセでも避難の混乱で怪我をした人以外には、一般人には戦火に巻き込まれて怪我をした者はいない。
ファングはルーケイとしての意見と対応を述べて、ウィンターフォルセを後にした。ウィンターフォルセにはウィンターフォルセなりの考えもあろうが。
「叛徒達の様な者が二度と出ない様か」
今回の叛徒どもの行動のきっかけを作ったのは影の指導者と呼ばれる者らしいが、その原因はエーガン王が長年蓄積してきたもの。
「はたしていずれが正義なのか?」
もし余裕が少しでもあれば、その先まで考えていたかもしれない。今は会戦に間に合うように急ぐことでその先を考える余裕はなかった。
●根回し〜騎士学院
シャルロット・プラン(eb4219)はルーケイ伯からの紹介状を手に騎士学院を訪れていた。今回の合戦における立会人を騎士学院から出してもらおうと考えていた。騎士学院はウィル国内の騎士が入学する。どの分国からも拒む事は無いゆえ、建前上も、実質も政治的な独立を維持している。もちろん、個々の教官にはそれぞれの思惑はあろうが、少なくとも騎士学院として行動する以上は中立者として行動する。
それゆえ、騎士学院からの立会人には意義がある。
「本来なら相手の申し出を逆手に敵の素性や誘き出しに策謀を図るべきなのでしょうが‥‥ルーケイの方たちは何某理由をつけ相手の心情と名誉を最も重んじようとしております。全く」
少し呆れたように嘆くように続ける
「騎士としてあるべき姿です」
その実直な天界人達に負けない騎士のお力添えを願いませんでしょうかと、騎士学院長ウェルゼ・ヘインに願い出た。ウェルゼ・ヘインはその要望に応じて教官シュスト・ヴァーラを騎士学院代表とし、合戦の立会人として派遣することにした。
「今回の戦いは厄介な物です」
ウェルゼ・ヘインは手配が済んでからシャルロットに口を開いた、まるで軽い世間話のような感じで。
「戦いには率いる者がいるはずです。それが今回の戦いでは姿を見せません」
賊軍を先導したクレアという名前の吟遊詩人がいたらしい事は分かっている。しかし、クレアという名前すら本名かどうかも分からない。
「騎士の戦いというものは、率いる者が互いの正義を主張する場として、戦場において決するもの」
その原則が崩れている。戦いに参加した者はそれぞれの正義を主張してのものだろう。しかし。
「ルーケイ伯が彼らに応じて、会戦によって彼らの処遇を決めるというのは、騎士道に則った誇るべき行いです。それは騎士道を目指す者なら同意することでしょう」
おそらく、賊軍の中には騎士学院の卒業生もいることだろう。今学院にいる騎士学生でも卒業後はそれぞれの分国に戻り、場合によっては剣を交えることとてある。
「騎士の戦いは、正義を知らしめる手段。けっして相手の騎士を恨まぬこと」
シャルロットは、ただ静かに聞いていた。
●根回し〜カインとエルム
「それで」
冒険者ギルド総監カイン・グレイスと、トルクの正騎士エルム・クリークは、ルーケイ伯からトルク側との交渉に派遣された山下博士(eb4096)の提案を聞き終えて口を開いた。
カインもエルムも、ウィンターフォルセ事変では急遽援軍を要請され、トルク側の軍勢を引き連れて戦場に向かった。騎士を集める余裕もなく、身近にいた者たちだけでの出撃で苦戦を覚悟していた。ところが、戦場についてみれば、トルク家の紋章のついた旗印を見ただけで賊軍は戦うことなしに右手のガントレットを差し出した。つまり降伏し、捕虜となったのである。
そして賊軍の残りは、ルーケイの地で孤立している。山下の提案はそのまだ降伏していないもの達をトルクに引き渡すというものである。
「捕虜にした者を引き渡すというのならわかる。しかし捕虜にもしていない者たちを引き渡すというのは、自分で言っていておかしいとは思わないか」
ルーケイはフオロ分国、火急のおりの援軍要請ならともかく、餓死寸前で気概だけで抵抗している者たちを討つのに、トルクに援軍を求めなければならないほど、ルーケイは戦力に乏しいわけではない。トルク分国が越境して討伐に向かうのは越権というものだ。ルーケイ領内での処罰を行う権利を、ルーケイ伯はエーガン王から委任されている。彼が個人的に捕虜にした者たちをトルクに引き渡すというなら別だろうが、それはそれでルーケイ伯の行動を疑われることになる。と言葉を続けた。
「賊軍は、いわば剣だ」
カインに代わって、エルムが口を開いた。
「剣は人を殺すが、剣が一人勝手に動いて殺したわけではない。剣を握って振るなり、突くなりした者がいる。その者を突き止めねばならない」
それには相当時間がかかるはずだ。
「では、今回の事変には大きな背後関係があると思っているのですか?」
博士は何も知らないような顔でそう尋ねる。
「おそらくウィル以外の国で」
この発言は暗に、トルクはすでに背後関係を調べることについて、すでにある程度まで動いていることを示唆していた。ウィンターフォルセ事変に参戦した都合上、カインとエルムの二人がトルク側の代表となるのは分かるが、王都にはルーベン・セクテやロッド・グロウリングなどのトルク王の腹心もいるはず。彼らが出て来ないのは、すでに背後関係の調査に入っているのではないか。もちろん、ただの憶測にすぎないかも知れない。
カインはカインで冒険者ギルド総監という立場上、ルーケイ伯アレクシアスが捕虜にした者たちをどのように扱うかについて関心を持っている。アレクシアスの人物について隣国としては興味がある。また今後ルーケイがどのようになるかも。
博士が退出した後。
「何も知らぬふりをして、探りを入れてきた‥‥あの小僧は何者だ?」
エルムはカインにそっと聞いた。
●決戦近づく
ルーケイ領内に追いやられた自称・義勇隊は、次の人員で構成されていた。
―――――――――――――――――――――
総数 108名
フオロの元騎士とその子弟 67名
傭兵 15名
従軍鍛冶師も含めた従者 26名
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但しこの数字には、受け入れ時に既に死亡していた者は含まれていない。
決戦に備え、中州の敵兵達は川岸に設けられた野営地に移送されたが、うち3名は先の水上兵団との戦いで立って歩けぬ程の重傷を負い、医師であるゾーラク・ピトゥーフ(eb6105)が設けた救護所へ運ばれてきた。
「なんて酷い傷‥‥」
地球では即、集中治療室送りになる程の重傷。しかしこの世界には点滴の用具さえ無い。それでも出来る限りの手を打とうと、消毒液代わりの酒と包帯代わりの清潔な布の手配を水上兵団の者に頼んでいると、重傷者の敵兵が言う。
「長く持たないのは判っている。せめて、我々の最後の戦いの有様をこの目で見させてくれ」
結局、ルーケイ伯の軍勢と対戦する事になったのは、フオロの元騎士とその子弟のうち、重傷者の3名を除く64名となった。
「目論んだ通りになったな」
と、バルバロッサが言う。敵に食事と休息を与えた理由の半分は対外的な宣伝の為。残る半分は作戦のためだ。死の危険が減り、一度緊張の糸が切れれば、休息の間に意見も分かれよう。その予想に違わず、先ず敵の傭兵達が命の保証を条件にルーケイ側へ投降。引き替えに彼等は今後、敵方の調査に協力することを約束した。続いて従者達も、敵指揮官の判断により戦いから除外された。手段を選ばぬ戦いならばともかく、正々堂々と剣を交える戦いとなれば、ろくに剣を扱えぬ者を側に置いても足手まといにしかならないからだ。
「それでも形勢は1対3。3倍の敵を相手にするか」
言って、にやりと笑うシュバルツ。
「戦うに不足は無い数だ」
彼女ら冒険者に加え、戦いにはリリーン、ガーオン、スレナスといった面々に、ルーケイ軍の手練れの者達が加わる。味方は総勢20名程になろう。
彼等の目の前には、野営地で決戦の準備に勤しむ敵兵達の姿がある。
「幾ら戦いに間に合わなかったとは言え、明確な意思を持ってうちのチビ助のトコに攻め入ろうとした連中だ。心情的には許す気になれねぇんだけどねぇ‥‥ま、大人の対応って奴を心掛けましょうか」
これはシン・ウィンドフェザー(ea1819)の言葉。年若きウィンターフォルセ領主の義父である彼は、さらに付け加える。
「しかし、また随分とガキの姿が目立つな」
その目に映るは、敵陣にて仲間と剣の打ち合いをして訓練に励む少年2人。20歳にも満たぬ者達が、敵兵のかなりの部分を占めている。
「拙者の見立てたところ、数名を率いて戦闘を指揮できる隊長格の者は10名に満たぬ。決戦においては先ずその者達を叩けば、残る多数の戦意を削ぐ事が出来よう」
敵陣を子細に観察し続けた七刻双武(ea3866)が意見した。ユパウルもそれに同意。
「食料配布の折りに探りを入れたが、此度の会戦が初陣となる者も敵には多い。しかし指揮官と副官を始め、隊長格の者達の練度は高い。決して気を抜けぬな」
「然り。じゃが、正面からの戦いに打ち勝ってこそ、敵の気持ちを折る事が出来るというもの。後に悔いを残さぬよう、良き戦いを為そうぞ」
双武は答えた。
万が一、敵に与する者が合戦に干渉する可能性も考え、近辺では、グライダーランスや砲丸、石灰を装備した完全武装によるゴーレムグライダーによる哨戒も行われていた。しかし幸いなことに、不審な動きは見られなかった。
●新型フロートシップ
平べったい船というのが、トルクよりフオロ王家に引き渡されているはずの新型フロートシップに対する、越野春陽(eb4578)の印象だった。『はずの』と書いたが、フオロ王家の財政難により、船は未だフオロ王家に引き渡されずにいたのだ。
「何しろ金額換算で100万ゴールド以上にもなろうという船ですからな」
と、船を預かるトルクの正騎士は言う。途方もない金額だから、分国王とてその全てを金貨で用意できる訳もない。大部分は物納及び賦役の提供で済ますことになる。
しかしこのご時世で納入を迫れば、只でさえ窮地にあるフオロ王家をさらなる窮地に追い込むことになり、民の負担を増し、ひいてはウィル王国を傾かせることになる。
だからトルク分国王ジーザムの処断で納入を延期し、当面はルーケイ領内の所定のルートに限ってその運航を認め、移動専用の船として供することになった。この背景には、未だ盗賊蔓延る西ルーケイの地が早急に平定され、トルクの隣接地に安定がもたらされることを望むトルクの事情がある。──と、そのように正騎士は説明した。
ウィルのレッドインパルスにも乗船経験のある春陽は、ウィルで次々と建造されつつある新型フロートシップの話も、色々と耳にしている。海や河川で使用する船に魔法装置を取り付けただけの従来型とは違い、新型フロートシップは最初から空を飛ぶことを目的にして、一から建造されたものだ。三角形の翼を横に張り出したその形状は、地球の航空機に類似している。今、春陽が乗船するこの船がそうであるように。
しかし、この船には一切の固定武装が無かった。
「これがウィルの戦闘艦だったら、エレメンタルキャノンの1つや2つ、搭載していてもおかしくないのに」
甲板に隣接する空のスペースを見て呟く春陽。そこは砲台が置かれて然るべき場所だった。固定武装が存在しないのは、歴史的に対立を続けてきたフオロ分国に対してのトルクの警戒故にだろう。
合戦の場所に選ばれたのは、東ルーケイはクローバー村の南方。大河の川岸に近い平野だ。既にルーケイ水上兵団の手で、立会人達の受け入れ準備は整えられており、王都から来た者達がここに下船すると、フロートシップはさらに西のワンド子爵領へ向かう。
ルーケイ伯の紹介状を携え、使者としてワンド子爵と対面したのはシャルロット。
「これはまた急な話だな」
と、ワンド子爵は最初に口にしたものの、シャルロットの話を最後まで聞いて立会人を引き受けた。
「ルーケイ伯の戦いをこの目で見ておくのも悪くはない」
勿論、他の思惑もあってのことだろう。フロートシップに乗れば、移動に手間もかからない。
●会戦
「見事なものだ。かく有りたい」
思わず、セオドラフ・ラングルス(eb4139)は讃辞を込めて口にした。
ルーケイ伯と伯の勇士達は、指揮官・隊長クラスを集中的に狙い、敵の指揮系統を遮断しようと試みた。されど勇将の下に弱卒無し。敵兵は指揮官・隊長クラスの盾となって死戦する。一人が倒れて開いた穴は、直ちに別の者が塞ぐ。正面から四つに組み合う堂々の戦いだ。従って将をターゲットとした作戦は、思ったようには功を奏さない。
ゴォォォー! 一陣の烈冷が戦場を疾る。黒畑緑郎(eb4291)会心のアイスブリザード
だ。
「魔法使いめ!」
敢えて魔法に身を晒し、ダメージを受けつつ肉薄する敵兵がダガーを投げつけた。魔法を放った後の隙に乗じられ、回避が鈍い。だが、無防備に見えた緑郎は、強力な天界アイテムに鎧われていた。防刃・防弾ベストが刃を食い止めたのである。
「下がって!」
シュバルツが、守りも堅く間に入る。味方を巻き込まないよう配慮して、些か前に出過ぎたようだ。会釈し素直に後方へ。
「やあやあ! 遠からん者は音にも聞け! 近くば寄って目にも観よ! 拙者こそはジャパンは北面の武士。畏くも聖上(おかみ)累代の家人(けにん)にして、魔法戦士たる志士・七刻双武じゃ!」
ネイルアーマーのみの軽装ながら、馬手に四尺六寸の太刀、弓手にパリーイングダガー。この軽装を軽んじたのか? 一人の軽輩が一騎打ちを挑んで来る。
「小僧! 僭上なり」
実力がまるで違う。みね打ちに昏倒させると敵陣がどよめいた。碌な鎧も纏わぬ雑兵すら、恐るべき戦力と覚えたからである。彼等の先入主では、馬も鎧も無い者が天晴れな武人とは思えなかった。破れていないのに名乗りを上げるのも、彼等の習慣には無い。
従騎士くらいの者が一合も交えず掠め斬られ、若い騎士が喉笛を掻き斬られて地に伏す。そして一人の騎士が数合交えた後に血飛沫の中に斃れた。
「うわぁぁぁぁぁ!」
敵陣が吠えた。後は何が起こったのか判らない。こうして双武が釣り出す形で、戦いは乱戦へとなだれ込む。敵の猛攻は、平押しながら漲る水を千仞の谷に決する勢い。剣戟摩して鉄火散り、さしもの双武も数多の敵兵にネイルアーマーを切り刻まれてあっという間にぼろぼろに、無論自身も幾つもの傷を負う。
「雌雄を決する時なるぞ。行くぞ!」
高く盾を掲げて咆吼。こちらに進み来るのは、
「あの紋章は、敵の副官ラージバル・レーンです」
「ならば不足はない」
馬手に抜き放つ名刀、サンソード「ムラサメ」。韋駄天の褌をきりり締め、疾風の衣を身に纏い。被りたるは妖精のトルクに月桂冠。風の外套を小粋に流す陸奥勇人(ea3329)が受けて立つ。
「ラージバル・レーン卿! ルーケイ伯与力が1人、陸奥勇人だ。いいぜ、その挑戦受けて立つ。来いっ!」
名乗りと徒立ちに戸惑いつつも、それが流儀と心得、馬のまま一騎打ちを挑むラージバル。勇人のオフシフトの冴えに翻弄。
馬匹の重みも突進力も、高い足場も空気相手では意味がない。ひょいと繰り出す槍の上に立つ勇人が、必殺の一撃を放つ。それを辛うじて盾で凌ぎ、
「こんな馬鹿な!」
「俺は陸奥流。生きている内に、馬上の不利を悟るべきだな」
シンは愛馬アインフェリヤルで戦場を縦横に駆け巡り、味方を救援する。
(「無駄に犠牲は出せない。既に結果の出た、ある意味やる価値の無い戦いだ」)
体勢を崩した味方に痛打を浴びせようとする敵の得物を弾き、味方が身構える迄の時間を作る。それがシンが自らに課した役割だ。あるいは、切り結ぶ劣勢の味方を救うためにわざと敵の盾めがけ一撃を加える。こっちにも居るぞと。そうして、味方が盛り返すチャンスを作るのだ。
戦い今や闌(たけなわ)に、両軍死傷数知れずの混戦。ルーケイ軍の総大将、アレクシアス・フェザント(ea1565)の元には大勢の敵兵が殺到。
「伯、御‥‥自らのお相‥手‥‥感謝する‥‥」
それが最後の言葉。ユニコーンの盾の下にまた一人、血を啜る名刀サンソード「ムラクモ」の血曇りとなって散る敵兵が、謝して死出の旅に着く。
その傍らにユパウル。切り込まずに防戦一方である。敵が怯んでも追う事はない。
(「俺の功名はアレクシアス殿の無事にある。光り輝くのはアレクシアス殿一人で良い‥‥。ローゼ頼むぞ」)
握る手綱に血が通う。愛馬ローゼも期待に応える。
この堅い護りに業を煮やす敵。遂に一騎当千の豪の者が斬り込んできた。
「あの紋章はアーシェン卿。敵の大将か!」
叫ぶユパウル、阻むユパウル。だが、今までと違い意図もしないのに防戦一方。剣の技量も馬術も敵方が一枚上だ。
だが、粘るユパウルは、やんわりと貴婦人のキスのように吸い付き、自ら作った隙へ相手の攻撃を誘導して防ぐ。劣勢ながらも相手の息を荒くすることに成功した。そして、
頑強に防ぎしも、躱しようも無い強力な殴打がユパウルを襲う。愛馬ローゼが彼を助け、自ら落馬する形で弾き飛ばされた。
(「これでいい」)
端から見ていれば、遂に落馬して危機に瀕するユパウル。続くアーシェン卿の一撃。
カキーン! その襲いかからんとする刃を阻んだのは、誰有ろうアレクシアスだった。
「お相手する」
双方、剣で礼。そしてここに、アレクシアスとアーシェンの余人を寄せ付けぬ激しい戦いが始まった。
ああ神なるか鬼なるか。お互いに凄まじい技量である。加えて常人に倍する以上の膂力の持ち主だ。周りの者は敵も味方も戦いを止め、二人の一騎打ちに見惚れるばかり。
だが、今まで部下を庇い良く戦い続けたアーシェン卿の疲弊は激しい。加えてユパウルの妖しい業に武勇の大半は吸い取られた。息が乱れた緩い動きに、勝機と剣を繰り出すアレクシアス。
バーストアタックが決まりその鎧は四散した。
「惜しい漢(おとこ)だ。配下に加えたい、部下全員も助けるから降伏しろ」
これで戦いは終わったと、アレクシアスは勧告した。だが、
「まだだ!」
敵指揮官アーシェン卿は潔しとせず、気力を振り絞って捨て身の剣の一撃を繰り出した。
「馬鹿野郎!」
これにカウンターアタックで応じるアレクシアス。サンソード「ムラクモ」が敵の首筋を切り裂き、ついに敵指揮官は倒れた。敵将の顔は満面の笑みであったと言う。
さて、バルバロッサとファングの元にも敵兵が殺到していた。だが、その剣の技量は敵兵を凌いで余りある。
「忘れたか騎士は古来、雑兵の一軍に匹敵すると!」
叫ぶバルバロッサ。これほど彼の戦いを象徴する言葉もあるまい。敵兵は死ぬために彼に向かって行くようなものである。命を捨てても一筋の傷も負わせられないと言うのに。
そしてそれは三人力の豪傑ファングに至っては、唐竹割りに、騎士の身体を切断した剣が、勢い余って馬まで切り裂いてしまうほどだ。余りの優勢のためか判らないが、いつかの剣は体現しない。用意の斬馬刀だけでこの有様である。
致命傷を与えても命を顧みず、死に場所を求めるように挑んでくる敵に、ついに2人は哀しみを感じた。
「愚か者! 命を粗末にするな」
守りに徹し、急所を外した攻撃に切り替えるバルバロッサ。
「健気な‥‥」
剣や盾を打ち砕き、鎧を破壊しまくるファング。超絶した技量を示す、極力敵の命を奪わない戦い方だ。
敵の数が多いだけにシュバルツも気が抜けない。雄敵が一人に助太刀が4人。乱戦の中、同時に5人を相手に回し、一人で斬り結ぶ。とは言え、敵も騎士。一度に掛かる訳ではない。一人が劣勢になったところへ別の者が味方を助けるために挑んでくるのだ。劣勢な者もそれに乗じて寝首を掻くような真似はしなかった。故に成立する戦いである。
されど、休むも無く入れ替わり。手加減などしている余裕はない。肩で息をする頃には、一人、また一人と斬り倒していた。そして、全員を斬り倒した時。
「見事な戦いだった。おまえの名を教えてくれ」
瀕死の敵兵がシュバルツの戦いを賞賛。
「シュバルツ・バルト。あなたの名は?」
尋ね返した時、敵兵は既に事切れていた。
●上空からの観戦
「フロートシップを使えば、戦場が一望できる」
戦場を一望できる位置から指揮をとれれば、大きなアドバンテージになる。指揮官の声を、即座に地上の味方に伝えられればという条件付きだが。
「フロートシップの安全定員の関係もあって、希望者全員が乗れなかったのは残念だ」
観戦用のフロートシップには騎士学院から派遣されたシュスト・ヴァーラ、トルクの代表として冒険者ギルド総監カイン・グレイスとトルクの正騎士エルム・クリーク。それだけではなく、物見高い貴族達やその付き人達も、かなりの数が観戦に加わっている。希望者はもっと多かったが、さすがに、本来の目的である戦いの立会人が全域見れる場の邪魔にならない範囲としていた。
「ルーケイ側として戦いに参加する者たちは、多少なりともフロートシップに慣れているでしょうが、そうでない敵軍にとっては、上空にフロートシップがいるだけで相当威圧感を感じているでしょう」
人数的な差は、賊軍がルーケイの約3倍。しかし内容的にはルーケイ軍の方が使い手が揃っている。それに、賊軍は食事と休息と取ったにしろ、それ以前は飢餓状態。飢餓状態にあった者がいきなり食い物を食えば、弱った内臓はたまらない。飢餓の経験などほとんどない者ばかりだろう。おそらく最後の戦のために、与えられた食料を食えるだけ食ったことだろう。
「飢餓状態に陥らせて、臓腑を弱らせた上で、空腹感に命じられるままに食わせる。そんな拷問がありました。知った上でやったとしたら、ルーケイ伯もなかなかの策士というところですが、そうではないでしょう。対等の条件で戦うために、食事を与えたというところでしょうから」
カインが言う。他の観戦客はもう一度戦場を見る。
賊軍側の動きは、上空から見ると良くない。
「体調管理も騎士ならできて当たり前だ」
エルムは酷評する。戦場には万全の体調で望み、互いに全力を出し合って、悔いのない戦いをすること。
「とはいえ、賊軍は3倍の人数。それを」
ルーケイ軍が圧倒しているように見える。もちろん、ルーケイ側の動きが良いからだが、負傷の度合いなどは分からない。圧倒しているように見えても、その実ダメージが蓄積していることは十分にありえる。その限界点を越える前に、戦いが終わるかどうか。
「無様な」
それは大将同士の戦いで起こった。一騎討ちというわけではない。乱戦になって発生したようだ。ルーケイ側のユパウルがルーケイ伯をかばって敵将と渡り合うも、落馬し、守るべきルーケイ伯によって助け出されたのが見える。
「どうやら、戦いは決したようです。両軍とも良く戦いました」
シュスト・ヴァーラはそう評した。両軍とも事前の取り決めに則り、不正は行われなかったことを宣言した。
「今後生き残った捕虜をどう扱うか。それによってルーケイ伯の今後が変わってくる。それまで読んで仕掛けたとするなら、強敵ということでしょう」
「ルーケイ伯が戦上手なことは認めるが、それだけでは評価はできぬな」
●戦いの決着
勝敗は決した。今や敵兵は全員が地に倒れた。
とはいえ、戦場となった平野は静まりかえってなどいない。それまで戦いに参加できなかった敵方の従者達は今、忙しく動き回っている。あちこちに横たわる敵方の重傷者を担架に乗せ、ゾーラクの救護所まで運んで行く。
「‥‥終わったな」
仲間達は全員が最後まで戦い抜いた。その一人一人の姿を確認し、安堵の呟きを漏らす双武。ふと眩暈を覚える。
「おお、これは酷い! 早く救護所へ!」
味方の声で気がついた。
両刀で戦い続けた双武だが、今もなお腕から滴り落ちる血は自分の血だった。
「なんの、これしき」
差し伸べられた手を振りきり、双武は独り救護所に向かう。
「武人として生き、武人として死ぬ、この様に生きたいものじゃ」
この戦場で命を散らした敵兵達のことを思い、双武は呟いた。
ゾーラクにとっては今が正に戦場だった。争いと混乱を避けるため、救護所内では敵と味方の負傷者をはっきり分けて収容したが、味方用のスペースが閑散としているのに対し、敵方のそれは大盛況。とはいえ嬉しい話ではない。持ち込んだ応急手当キットは既に使い切った。
「軍医殿! 軍医殿!」
敵方の従者達が血相を変えて運んで来たのは、敵の副官ラージバルだった。
「どうか、我等が主(あるじ)をお助け下さい!」
従者達は哀願するが、満身創痍で傷だらけの指揮官は治療を拒む。
「命運は‥‥定まった‥‥。今が‥‥死に時‥‥だ‥‥」
「いいえ。敵であろうとこの世界に等しく生きる、ひとつの命であることにはかわりはありません。死んでしまってもいい命など存在しないんですよ」
言って止血を施そうとするや、喉元に異様な感触を感じる。ラージバルの剣がゾーラクの喉元に突きつけられていた。
「生き恥を‥‥晒せと‥‥言うか‥‥」
それは文字通り、最後の力を振り絞っての抵抗。やがて剣の切っ先が小刻みに震え出し、剣はラージバルの手から落ちる。
「私は‥‥今は亡きルーケイ伯に‥‥伝えに行く‥‥。新たな‥‥ルーケイ伯‥‥敵ながら‥‥天晴れ‥‥」
終わりの方は掠れて殆ど聞き取れない。
「あなたは生きるのです」
もはや治療以外の事は何も考えず、ゾーラクはひたすら止血に没頭。既に体内から多くの血が失われ、とても助かる命とは思えなかった。──しかし、ラージバルは生き延びた。
ルーケイ伯側の勝利となったこの戦いでは、敵方の43名が戦死。対するルーケイ側では、双武のみが中傷を負った以外にさしたる被害は無し。
結果、合戦の生き残りと合戦に加わらなかった者達、合わせて65名がルーケイ伯の捕虜となった。
「ルーケイ伯から追って沙汰があるまで、その命俺たちが預かる。無駄に散らすような真似はするなよ」
言い聞かせる勇人。この言葉に抗おうとする者は、捕虜の中にいなかった。
●光と影
戦い終わって、リリーンはユパウルにくってかかる。
「貴様のあの無様な戦いは何だ!? 閣下を守るはずの者が閣下に助けられるとは!」
一方的に怒鳴りつけるその回りでは、王都からやって来た物見高い連中が興味津々で成り行きを見守っている。
「あんな事なら、私が閣下の側にいるべきだった! 貴様のような足手まといはいらぬ!」
「待て、リリーン。ユパウルの戦いは恥ずべきものではなかった」
流石にアレクシアスもユパウルを庇うが、リリーンはなおも言い張る。
「この落とし前を付けさせねば、私は納得できません」
「リリーン、感情的になりすぎるな」
しかし何故にリリーンは、こうもユパウルの失敗に対してムキになるのだろう?
「どうすればいい?」
ユバウルが静かな声で問う。
「此度の戦いにおいては、閣下からは報奨金と必要経費を頂くことになっている。無様な戦いの償いとして、閣下の代わりにお前がそれを払え」
ユパウルは抗弁もせず、手持ちの金袋をそっくりそのままリリーンに手渡した。
「持ち金はそれで全てだ」
その堂々とした振る舞いに、周囲がどよめく。
「その潔さだけは認めてやろう」
それだけ言い残すと、リリーンはユパウルの前から去った。後日、アレクシアスがユパウルに同額を与えたのは言うまでも無い。
●光明
戦いの後日。捕虜の尋問により、彼等もまた吟遊詩人クレアに動かされていた事が判明した。
ルーケイ伯アレクシアスは王都に出向き、フオロ王の前で勝利を報告した後、身柄を預かる捕虜達の助命を願った。
「彼らは過ちを認め、改めてフオロの為に尽くすと誓いました。どうか彼らに挽回の機会を」
それまで上機嫌で報告を聞いていた王の顔がにわかに不機嫌になる。しかし、正々堂々たる戦いの末に勝利を収めた功績に比べれば、捕虜の命など取るに足らぬものと考えたか、王は短く答えた。
「その方の捕虜だ。好きにするがよい」
立会人達を送り届けた後、越野春陽はフロートシップ操縦の手ほどきを受けていた。航空騎士の称号を持たぬ緑郎にはまだ操縦資格が無かったので、側で様子見だ。
「高価な船です。下手な操縦で壊したら、百代先まで弁償が続きますからな」
と、指南役の正騎士が冗談めかして言う。その後で、真顔で付け加える。
「船を動かすということは、船に乗る全ての人間の命をその背中に背負うことでもあります。お忘れなきよう」