●リプレイ本文
●3通の書状
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私はジ・アース出身の天界人冒険者、リセット・マーベリックと申します。
現国王陛下の治世下で壊滅した土地をエーロン殿下の直轄領とし、
その場所で地球技術の研究開発を行うことを提案いたします。
実現には5年はかかるでしょうが、製鉄技術及び光学器械技術を実用化できれば、
大型長射程の射撃武器を量産することで防衛戦争に限れば、
ゴーレム主体の軍を歩兵主体の軍で打ち破ることも可能になると思われます。
ゴーレム生産技術と同様に、この2つの技術は多大な利益を
その持ち主に与えるでしょう。
地球の製薬技術についても同様です。
死罪を覚悟の上で申し上げますが、現国王陛下は現実にあった政策を
実行する能力を欠いております。
このままではフオロとトルクの両分国はおろか、ウィル王国全体までが
悲惨な状況に陥りかねません。
故に私はトルク家から次期国王が選出されるということを前提とし、
可能な限りフオロの勢力を温存する為、以上の献策を行った次第です。
最後になりましたが、私の目的はこの国で流れる血の総量を減らすことであり、
陛下の命に服してきたのはそのための手段でしかありません。
私を否定するならばこの書状を使い私を排除してください。
私は私の誇りに従い、全ての結果を受け入れます。
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リセット・マーベリック(ea7400)は自費で購入した羊皮紙3枚に以上の文章を記すと、うち2通を信頼する仲間2人に手渡した。時に精霊歴1039年12月13日。
「今回、ルーケイには行かないのだな?」
「はい。まずは優先すべき事を片づけてから」
「そうか。くれぐれも気をつけて」
リセットに暫しの別れを告げ、書状を受け取りし彼はルーケイ内移動用フロートシップの船上へ。
「マーベリック様はご覚悟の上、陳情をなさいますか。どうかご無事で‥‥。彼方の心、確かに受け取りましたよ‥‥」
書状の内容を知ったもう一人の仲間の言葉にも、彼はただ沈黙で答えたのみ。
その翌日の14日。リセットは残る1通の書状を仲間の医師に手渡した。
●宿縁のライバル?
紅花村に到着するなり、ルーケイ伯アレクシアス・フェザント(ea1565)のやった事は、
「先の酒宴では不愉快な思いをさせてしまったようだ。その事をお詫びする」
リリーン・ミスカへの謝罪であった。
リリーンは呆気にとられ、
「気になさる事はありません。たかが酒の席でのお戯れです」
気後れしたように口にすると、
「さあ、お急ぎ下さい」
せっつくようにルーケイ伯一行を、旧ルーケイ伯の遺臣達より遣わされた密使の所へ案内した。
紅花村の近辺に停泊する川船の一つ、そこに密使はいた。
先に立って船に乗り込もうとしたリリーンを、ユパウル・ランスロット(ea1389)が呼び止める。
「待て。その皮鎧、綻びが目立つぞ」
「ああ、これか」
初めて気が付いたようにリリーンが言葉を返す。
「相手が相手だ、密談の席で何が起きるか分からん。新しいのに換えた方がよくないか?」
「‥‥それもそうだな」
うまくリリーンを仲間達から引き離して二人きりになると、ユパウルは彼女に質問を向ける。
「訊ねたいことがある」
「何だ?」
「前回の会戦で俺に対して怒っていた理由をだ」
言った途端、リリーンの顔が豹変した。
「お前が未熟者だからだ!」
隠していた怒りが吹き出し、我知らず大声を出してしまったようで。リリーンはアレクシアスの方をちらりと見やる。彼は気付いていない‥‥ふりをしているのだろうか?
「渡した金は気にしてない。心配させたのだから」
続くユパウルの言葉に、リリーンはまたもムキになる。
「閣下の守り人たらんとするなら、最初から心配させるような真似をするな! もっと自分を鍛えろ」
アレクシアスから声がかかる。
「二人とも、まだか?」
「ただ今、そちらに!」
急ぎ、戻ろうとしたリリーンをユパウルが呼び止めた。
「着替えがまだだ」
●密談
リリーンの着替えを済ませ、一同は川船の船室にて密使と対面する。
ユパウルの目から見た密使は、質実剛健なる武人。密談に先立ち、密使はその剣をユパウルに預けたが、その剣には紛れもない旧ルーケイ伯の家紋が印されていた。
密使と対面する形で交渉のテーブルに着くアレクシアス。その隣にユパウルは堂々と控える。相手はルーケイ伯を、王の気まぐれで大事な伯の地位を手に入れた成り上がりと見ているかもれしない。その者に忠誠を誓った自分の姿を見せれば、多少は心証が変わるかもしれない。そんな思いがある。
仮面で顔を隠した密使は、穏やかな口調ながら堂々と切り出した。
「武勲の誉れ高き王領代官殿。その数々の噂は我が主の元にも届いております。先の毒蜘蛛団討伐戦における手腕、並びに今は亡きアーシェン・ローク卿率いる義勇軍を相手どっての、騎士道に則った正々堂々たる戦いぶり、我が主もただならぬ感服をお示しになった事を、ここに伝えおきます。
真、貴殿は敵に回せば恐ろしく、味方とすれば頼もしき御仁。我が主と貴殿は、ルーケイという一つの領地が双方のどちらに帰属するかの正統性を巡り、相争う仲となりたる事は真に不幸なる事。なれど、我が主はいたずらな流血を望まず、双方の名誉を損なわぬ解決をお望みです。その為にも、今ここで貴殿の真意を明かして頂きたい」
「現国王エーガン陛下についてだが」
アレクシアスは静かに語り始める。
「陛下は誰よりもウィルを良き国にしようと考えておられる。しかし、御自身の治める国が見えておられない。我らは灯火となり、陛下に国のあるべき姿を示す為にここに居る。自分はルーケイ代官としてこの地の再びの繁栄を目指し、平定に心血を注ぐのみ。遺臣がルーケイ領民である事を望むならば、自分は領主として彼らを保護し、その話を聞き入れ、名誉回復の機も与えるだろう。
また、65名の元叛徒達に対しては、与力男爵の進言を入れ、ルーケイ領内の奉仕に就かせることでその命の代価と為す」
ここまで話すと、アレクシアスは勢い語気を強める。
「貴殿らが真にルーケイの地を思うのならば、どうするべきかわかっていよう。それとも亡き主の無念を晴らす為に、ルーケイ家が代々守り抜いてきたこの地を荒らすのが正義か?」
「否! 我が主の望むはルーケイに住まう民の安寧、そして一族の存続」
密使の答を受け、アレクシアスはさらに訊ねる。
「貴殿の主はいかなる形でのルーケイ家の存続を望む? 家名だけか、或いはその血縁者の名誉回復と、失った領地に対する何らかの形での補償も望むのか?」
旧ルーケイ伯爵家が領主家として復権する可能性は、あえて提示しない。
「アレクシアス閣下。時は移りゆくものであり、一国の王もまた替わり行くものでございます。今は解決困難な問題も、二世代、三世代先の後には解決の妙案が生まれる事もありましょう。今の時点において我が主が閣下に切に求めたるは、ルーケイ一族の命の安全が保証されることと、三世代先までの婚姻が保証されることであります」
「貴殿の主君殿の考えは理解した。ここから先は、貴殿の主君殿と直に会って話を進めねばなるまい」
「我が主もそれを望んでおります。早急に手筈を整えましょう」
●毒蛇団
続いて、密談に同席するファング・ダイモス(ea7482)が密使に求めた。
「西ルーケイに巣くう盗賊・毒蛇団は一刻も早く討伐されるべき。その為に、長年に渡って西ルーケイを見て来られた遺臣の方々の力をお借りしたいのです」
さらに、テーブルの上にチョークで大雑把な地図を描いて説明する。
「西ルーケイは王領アーメルとも領地を接し、さらにその近辺ではテロリストなる悪しき天界人の一派も暗躍するので厄介です。噂では王領アーメルにおいて民の不満が高まっているとのことですが、噂に惑わされて進むべき道を誤ってはなりません。ですので現地をこの目で確かめ、噂ではない土地の民意を知る必要があるのです。このアーメルも、西ルーケイと並び調査すべき対象の一つとなるでしょう。是非とも西ルーケイからアメールにかけての地域の調査に協力を」
「それは非常に難しい」
と、密使は答える。
「アーメルの代官ギーズは我等を反逆の煽動者として目の敵にしているのだ。我々がアーメル領内に入れば命の保証は無い。また、西ルーケイにおいても領民多数を毒蛇団の人質に取られ、動くに動けぬ状況なのだ」
「他にも理由があるのでは? もしや、ルーケイ伯の遺児が毒蛇団に捕われているのでは?」
気に掛かっていた事を尋ねた。密使の反応は至って冷静。
「何故、そのように思う?」
「テロリストと毒蛇団の流す噂からそう判断したまでです。フオロとトルクの間で大戦争が起こり、その後にルーケイ伯の遺児が真の王として立つという噂です」
密使は黙したきり、答は無い。
「教えて下さい。我々はあなた方が毒蛇団やテロリストといった、邪悪な勢力に関与していないと信じたいのです。しかし、火の無い所に煙は立たぬとも言います。もしやあなた方は人質に取られた遺児を悪しき勢力に利用され、その結果が例の噂ではないのですか?」
密使はようやく口を開いた。
「確かに、我々は毒蛇団やテロリストに弱みを握られている。だが、それが何であるかを私の口から語ることは出来ぬ。それは我が主自らが貴殿らに明かすべきことだ。だが、これだけは誓おう。貴殿らと同じく我等もまたウィル王国の臣民であり、内乱でおびただしき血が流され命が失われることなど決して望んではおらぬ。今、最も警戒すべきは王国内の不和に付け入り、人々の不平不満を煽って内乱に導こうと企てる、不逞の輩どもだ。毒蛇団にテロリスト、奴らは狡猾なこと極まりない。我等がアレクシアス閣下と手を取り合おうとする動きに対しては、様々な謀略をもって潰しにかかるだろう。だが、決して惑わされることなかれ。閣下にとり真の盟友となるべきは、我等である事を強く心して頂きたい」
●西ルーケイへの案内人
密談の後。遺臣達の隠れ住む中ルーケイに戻る密使に、冒険者達は護衛として付き添う。一行を乗せた川船は紅花村を離れ、東ルーケイと中ルーケイの境に近い川岸へ。そこには密使を迎えに来た遺臣達が待っていた。
「残りの遺臣達と話をさせて貰えないか?」
「よかろう」
密使の許可を取り、ユパウルは遺臣達に求める。
「毒蛇団討伐に備え、現地を見て情報を得たい」
しかし、遺臣達は首を横に振る。
「それはならん。そちらが下手に動けば、人質にされている我等が領民達の命が失われる」
何度求めても同意は得られず。諦めて船に戻り所在なげにしていると、船の護衛を仕切る水上兵団の女兵士が言う。
「そんなに西ルーケイに行きたいか?」
「ああ。何としてもこの目で確かめたい」
「なら、あたしと勝負しな」
「俺が勝ったら案内してくれるか?」
ユパウルのその言葉が終わらぬうちに、相手は剣を抜いてうちかかって来た。とっさにかわすが避けきれず、皮鎧にくっきりと傷一つ。女兵士はせせら笑った。
「鈍いんだよ、あんた! そんな調子で西ルーケイに乗り込んでみな。殺されるか人質にされるのがオチさ」
「ならば、私も同行しましょう」
と、女兵士の前に進み出たのはファング。
「俺も行くぜ。密使を護衛する仕事も済ませたし、どーせヒマだ」
シン・ウィンドフェザー(ea1819)も同行を希望した。
女兵士は3人を値踏みするように見てから言う。
「分かった。明日にでも船を出す」
翌朝。
「私の情報も少しは役に立ったかな?」
「勿論です。有り難う」
密談に先立ち、テロリスト関係の情報を提供してくれた黒畑緑郎(eb4291)にファングは礼を述べ、密談での密使の反応などを伝えた。
「そうか。遺臣達が弱みを握られているとなると、毒蛇団の早期討伐は難しいかな? 我々と遺臣達と手を組んで、さっさと片づけてしまいたいところだけど」
「しかし密使の話を聞く限り、遺臣達はエーガン陛下への復讐に執着はしていない様子です」
「うまく毒蛇団討伐に協力してもらい、その功績により名誉回復を陛下に頼めば? でもその前に、遺臣達が握られている弱みとやらを何とかしないとね」
「私もそう思います」
会話の後、ファングはユパウル、シンと共に西ルーケイへ向かう船に乗船。彼らを案内する女兵士を見て、信者福袋(eb4064)が訊ねた。
「おや? どこかで見た顔のようですが?」
「あたしはあんたを覚えてる。特徴ある顔だからな」
はて、最初に会ったのはいつだったろう? 記憶のページを繰るうちに福袋は思い出した。
「ああ、お会いしたのは闇市でしたね」
西ルーケイが平定される以前。冒険者仲間達と乗り込んだ船上闇市で、彼らに目を光らせていた用心棒の女だ。
「あたしはキーマ・ミスカ。ムルーガ様の養女で、リリーン様の妹分さ。覚えときな」
●砂鉄
「さ、マーベリック様の留守の間、しっかりと製鉄業は進展させないといけませんね」
先に山下博士(eb4096)が発見した砂鉄の産出場所に、信者福袋は船を向かわせる。そこは工房建設予定地に近い大河の岸辺。案内人はリリーンの腹心たるベージー・ビコ。
「砂鉄を取らせる人夫の件だが、もう手配は出来ている。見ろ」
ベージーの指さす方には、冷たい川の水に足を浸しながらせっせと平皿を動かす男達がいた。見たところその動きは板についている。
「ご苦労様です」
福袋が声をかけると、
「これはこれは旦那様」
人夫達も彼らなりに礼儀正しく挨拶を返して来た。
「あなた方は?」
「へい。砂金取りに雇われて、ずっと川辺で働いておりやす」
ベージーが福袋に耳打ちした。
「彼らは焼け出されたスラム出身の連中さ。砂金取りは結構な金になるんでな」
人夫の一人が袋詰めにされたこれまでの収穫をベージーに差し出した。袋の中は真っ黒い砂鉄がぎっしり。
「この辺り、砂金はさっぱり採れませんぜ。例の黒い砂ばっかりで」
「砂金はいい。最初に教えた通り、黒い砂も捨てずにきちんと集めているな?」
「へい、そりゃもちろん」
砂鉄の袋はベージーから福袋に渡された。
「さ、今日の取り分だ」
その後、冒険者は暫く人夫達の作業を観察する。
「こうやって上辺の川砂から砂鉄を集める分には、環境対策も特に必要無しか」
元々、流水に晒されていた砂鉄だ。汚染源となる汚れは付着していない。
「そうですね。次には溶鉱炉の試験的なものも作りたいところですね」
黒畑緑郎と福袋は二人で話をするうちに、ふとある事に気付いた。
「そういえば先程の人夫達の口振りからして、元水蛇団のベージー達は砂鉄の存在を前々から知っていたんじゃないかな?」
「そう言われてみれば‥‥。あと、ちょっと気になる事があります」
傍らのベージーに福袋は訊ねる。
「そもそも今現在、ルーケイの財政ってどうなんでしょうね? まさかとは思いますが、いつの間にか財政破綻なんて事になっても困りますし」
「金の事なら心配するな。あんた達が払ってくれた1千ゴールドもまだ手元にあるしな」
ベージーの答は単にそれだけ。余計な事は教えないということか?
●誓約
「ルーケイ伯が名代、与力男爵バルバロッサ・シュタインベルグ閣下に敬礼!」
65人の虜囚達の筆頭、かつての反乱軍副官ラージバル・レーンの号令一下。捕虜収容所を訪れたバルバロッサ・シュタインベルグ(ea4857)に対し、川岸に整列した虜囚達は一糸乱れぬ見事な敬礼で彼を出迎えた。
虜囚達を代表するラージバルは堂々とバルバロッサに歩み寄り、立て膝をつき敬礼。虜囚故に武装解除され、剣一つ帯びることなき彼らだが、その立ち振る舞いは騎士そのもの。
「今日ここを訪れし理由は、貴殿らの処遇についての決定を伝える為だ」
勢揃いした虜囚達の前で、バルバロッサは用意した書状を読み上げる。虜囚達への処断を告げるそれはバルバロッサが発案し、ルーケイ伯によって承認が下された。
「一つ。治世と治安維持が騎士の本分。なればルーケイの現状及び、虜囚達のこれまでの騎士の名に恥じぬ立ち振る舞いを鑑み、虜囚がその自由を購う為の身代金はルーケイ領内における警備奉仕を以てこれに充てる。
一つ。新年までに帰還すると誓約する者は、支度金代わりに一時解放し帰宅を許す。また旧主への謝辞もこれを許可する。遠方の地を故郷とする者、並びに事情がある者については事前に申し出れば、数日間の延長を認める。以上だ」
感動のあまり、虜囚達がどよめいた。
「閣下!」
立て膝をついたラージバルが、不動の姿勢のままでバルバロッサを見つめている。
「よろしいのですか?」
「案ずるな。伯の許可は得ている」
短い言葉で返事を返すと、ラージバルは深々と頭を垂れた。
「この厚きご恩、一生忘るることなく我が胸に刻みつけます」
この処断の意図するところは、元騎士たる虜囚達を騎士として遇することで彼らの誇りに訴え、信頼を取り付けることだ。彼らがフオロ分国各地の故郷に戻れば、その口からルーケイ伯とその家臣達の度量は知れ渡る。約束を違えて故郷より戻らぬ者がいても、それは騎士として恥を晒す行為になる。それでも恩を仇で返す者が出ないとも限らないが、成功失敗に関わらずとも良いとバルバロッサは考えていた。
後にバルバロッサは堅く口止めさせた上で、ラージバルのみに告げた。誓約を守り帰参した者に対しては、マリーネ姫の安産祈願を名目として恩赦を与えると。ラージバルがこれに対して再び厚く礼を述べた事は言うまでもない。
もっとも、虜囚達の中には故郷べき故郷を持たぬ者も大勢いた。現国王の失政により荒廃を極め、住む者の絶えた土地もあれば、未だ悪代官が暴政の限りを尽くす土地もある。そういう土地を故郷に持つ者の多くは、このままルーケイに留まる事を選んだ。結果、虜囚達の中で一時帰郷する者達の総計は39名となり、彼らに対しては総計200Gの旅費がバルバロッサの懐より支払われた。またバルバロッサは、一時帰郷を許された身である事を明示する説明文と、ルーケイ伯の紋章とが合わせて印された木札を一時帰郷者の人数分だけ用意。これを身元の証として各自に手渡した。
●叙任
次いで、バルバロッサは現地家臣団第5位のガーオンに告知。
「貴殿を警備・警邏・密偵含めた保安部の長とし、ラージバル殿を末席固定の仮待遇でつける」
何か言いたそうなガーオンに、バルバロッサは念押しした。
「貴殿の力量を見込んでのことだ。単なる村長ではなく、ガーオン殿には治安全体の長になってもらわねば」
「それはいいとして、あのラージバルについて一言言わせてくれ。元騎士としての奴の誠意は認めるとしても、王家に楯突き反逆者の汚名を被った者に、たとえ末席としても家臣としての権限を与えるのは早急すぎはしないか? この抜擢を国王に擦り寄る有象無象どもが知ったらどんな讒言をされるか分かったものではない。いらぬごたごたをルーケイに引き入れかねんぞ」
「忠告は有り難く受け取るが、決定は変えぬ」
ガーオンは口を真一文字に結び、重々しく頷いた後に答えた。
「そうか。なればこのガーオンも、アレクシアス閣下のお認めになった処断に従うまでだ」
「結構。クローバー村については、暫くの間は残骸を利用しながら手直しして、訓練地として再建する予定だ。将来的には治安を預かる騎士を育て、各地へ供給する事を考えている。畑と牧畜は費用を抑える為に追々で構わない」
後日。残りの現地家臣に対しても告知が為され、バルバロッサの処断は家臣団全員の認めるところとなった。
●医療活動
冬のこの時期に多発するのは風邪と食中毒だ。紅花村、ルムス村、クローバー村と西ルーケイの村々を医者として見て回ったゾーラク・ピトゥーフ(eb6105)には、その事が実感できた。
風邪が流行るのは乾燥した寒気で呼吸器を痛め、そこを病原菌に狙われるため。食中毒の増加は主として保存状態の悪い畜肉の摂取が原因だ。冬場は飼料が不足するため、余分な家畜は早いうちから屠殺して、塩漬け肉や薫製肉にして保存する。保存法としては至って原始的だから、腐敗したり病原菌が繁殖する可能性が高いのだ。
「大丈夫でさあ。3日も寝込めば、こんな病気なんざ治りまさぁ」
村々で出合った病人達は、そんな言葉を口にした。風邪も食中毒も、当地に生きる人々にとっては日常的にありふれた出来事のうち。しかし‥‥。
「おらの家の爺様がなぁ。風邪こじらしておっ死んじまっただぁ。もっと早く来て頂けてたらねぇ‥‥」
家族の死を悼むそんな声も、少なからず耳にした。
気温が低く、また栄養事情も悪くなる冬場は死亡率が高まる。免疫力に乏しい幼児や老人の死亡率は特に高い。
また、冬場に特有の死因が、酒を飲みすぎて行き倒れた挙げ句の凍死。人々にとって安酒を煽るのも冬場の楽しみではあったが、度が過ぎれば真っ直ぐ死の淵へ飛び込むことになりかねない。
他にも野良仕事での怪我など、手当ての必要な者は探せばいくらでも見付かった。同じ酒でも持ち寄った高アルコール度数のウォッカには殺菌力があるので、消毒に使おうとすると、
「そんな大切なお薬を、これしきの怪我に使うなど勿体ありませんよぉ!」
などと、怪我人の方から懇願される始末。
「医者として、彼らの健康を管理できれば。‥‥とは思いますが」
診療を終えて魔法用スクロールに記録を付け始めたが、書くべき内容の多さに眩暈を覚える程だった。
●硬骨の老志士
防寒具の一式と、薪、食料を30G分購入して馬の背にのせ、七刻双武(ea3866)が向かった先はルムス村。
「おお、これは‥‥」
村の入口で思わず立ち止まり、双武は感嘆の呟きを漏らす。以前には草の茂る野原が広がっていたその場所は、良く耕された麦畑に変わっていた。秋に撒かれた小麦は、既に芽を出しすくすくと育っている。
しかし、双武は小麦の並び具合をじっくり検分して一言。
「まだまだ雑じゃのう」
そこは、稲作を神事の域にまで高めたジャパン人の性というものか。
村の領主ルムスは、村人と共に双武を暖かく出迎えた。
「これはこれは、ご老公。よくぞこの寒い中を」
双武がここに来た目的は、村に馴染めない新入り達を鍛える為。その旨をルムスに伝えると、ルムスは快く許可を下した。
そして、この硬骨の老志士による懇切丁寧な訓練が始まる。
●ゴーレムシップのルーケイ入り
西の河口より大河を遡り、ルーケイ入りしたゴーレムシップは全長60mの大型船。船がルーケイ領内に入るや、セオドラフ・ラングルス(eb4139)と越野春陽(eb4578)その船上の人となった。
セオドラフの強い勧めにより、現地家臣のムルーガも乗船となる。
「また、とんでもない船が現れたもんだ」
それがゴーレムシップを見ての、ムルーガの最初の一言だった。
これだけ巨大な船でありながら、帆を持たないのっぺりした外観。風の力もなしに高速で航行する船は、この世界の者にとっては驚異の的だ。
甲板から水面下に目をやれば、船体の左右に張り出した盾状の魔法装置を見ることが出来る。この魔法装置が船周辺の水流を精霊力によって変化させ、船の推進力を生み出すのだ。
この水上騎士団設立に向けた、大河におけるゴーレムシップの試験運航において、セオドラフと春陽が求めたのは次の2点だ。
一つ目は、ルーケイ領内の大河の案内に関してはルーケイ水上兵団が行い、通常の船と同様に水上兵団の水先案内人の指示に従わせること。
二つ目は、水上飛行などによる水底地形の調査を行わせないこと。
試験運航に携わる者達は、この条件を遵守する事を約束した。
長年、河賊として大河を生きてきたルーケイ水上兵団の者達は、大河を知り尽くしている。ルーケイ領内であれば川岸付近はともかく、大河の中央部は十分な水深があるので、これだけの大型船でも問題なく航行可能だ。
今回の試験運航の課題であった、大河上の要害たる竜の関門の通過にゴーレムシップは成功。乗り越えねばならぬ課題は多いが、ゴーレムシップの航路は今後、ルーケイの西へと延びて行くであろう。
●伯への報告
12月16日。水精霊の住む地での依頼を終えた冒険者達が、紅花村にやって来た。
紅花村に滞在中のアレクシアスにディアッカ・ディアボロスが報告する。長渡泰斗とルリ・テランセラの内に秘められた未知なる魔法力に水精霊達が興味を示し、謎の解明への協力を仄めかす言葉を貰ったと。
「そうか。報告、有り難う」
「それからもう一つ‥‥」
言いかけた言葉をディアッカは飲み込んだ。
「何か?」
「‥‥いいえ。閣下を煩わせるでもない些事ですので。ですが、騒動に乗じて悪事を企てようとする輩には、くれぐれもお気をつけ下さい」
●ルーケイ城
47人の叛徒達の墓標に献花し、短い祈りを捧げた後。山下博士は黒畑緑郎と共にルーケイ城に向かう。グライダーでひとっ飛びでも行けなくはない距離だが、案内人ベージーは大事をとって船で彼らを行かせた。寒い冬場、事故でも起こして川に転落したら命に関わる。足の速い水上兵団の川船なら1日程の移動距離だし、グライダーも船で運搬可能だから、無理をさせる事は無い。
ルーケイ城では既に、シュバルツ・バルト(eb4155)が調査を始めていた。
「しかし、ここは広すぎる」
大河の中に突きだした岩島。周囲は垂直に近い程に切り立った崖だが、山頂は真っ平らな平地。その広さは王都にも勝る。そこに建つのがルーケイ城。数日でその周辺の全てを探り尽くすのは不可能というものだ。
今回、ここにスレナスはいない。
山下は仲間達をルーケイ城廃墟の広間に案内する。
「以前、スレナスさん達とここに来た時。スレナスさんの左手が謎の光を放ち、不思議な声が聞こえました。そしてスレナスさんはこの胸像を押すと、ここに隠し扉が‥‥」
かつてここに来た時の記憶をなぞり、広間の胸像を押す山下。台座がずれ、隠し扉が現れた。その下には遙か下方へと続く長い石階段。
「でも、この階段を下りた先の記憶は消えてしまっているんです。気がついたら、僕達は城の外にいました」
「私が先に下りてみよう」
シュバルツが先頭に立ち、手回し発電ライトの灯りを頼りに進む。残る2人も彼女に続き、下へ下へと歩んで行くと‥‥。
そこは行き止まりだった。
下へと向かう通路は、巨大な石壁によって塞がれている。
「隠し扉のスイッチは無いのか?」
注意深く注意を調べたが、それらしき物は何一つ見付からない。
諦めて広間に戻ったが、その後の探索では幾つかの興味深い発見があった。
●偵察飛行
「旧ルーケイ城は、いずれワンド領、セクテ領を結ぶ際の拠点と考えています。伯には既に事前調査の必要性を上申しており、現地家臣団も調査の準備に向けて動き出しました。新年からは忙しくなりそうです。ところで、ガージェス卿の様子は如何でしょう?」
報告ついでに越野春陽が求めると、
「勇み足な動きがありましたが、私から釘を刺しておきました。今後はルーケイ伯の意志を最優先し、不用意な言動は慎むと彼も明言していましたから、心配はないでしょう」
ルーケイ滞在中の空戦騎士団長シャルロット・プラン(eb4219)は、先に果たしておいたガージェトとの面談の結果をありのままに伝えた。
今、春陽とシャルロットの2人はルムス村にいる。目の前には航空騎士ヘイレスより預かりし訓練生達の姿。彼らは今、全員がクローバー村からルムス村までの初飛行を終えて意気揚々。
「ガージェス殿にはこう伝えて下さい。敵地の偵察基地については西ルーケイ方面を優先、中ルーケイ方面の同時進行は費用面で厳しいと」
「確かにそのように伝えましょう」
と、騎士団長は春陽に約束。後にこの言葉はガージェスに伝えられた。
ルーケイの地図を見ればはっきり分かるが、ルーケイとトルクとの架け橋として描かれている場所──即ちルーケイ城の所在地は、未だ毒蛇団が支配する西ルーケイを偵察するのに恰好の偵察拠点となる。訓練生達の訓練が終わると、春陽はフロートシップでルーケイ城に飛んだ。
テーブル状の岩島頂上は広々としており、フロートシップの発着に支障は無い。ここから春陽はグライダーに乗り、高空より西ルーケイ内に侵入した。
敵地故に、春陽からすれば複座グライダーによる2機を組としての行動が理想だ。しかし今回は冒険者の同行を求める段取りがつかず、訓練生に任せるには危険な任務だ。やむなく、春陽の単独偵察となった。
程なく、春陽のグライダーはワンド子爵領の境に近い場所に達する。眼下に村が見える。間違いなく、あれは毒蛇団の支配下にある村だ。村の周辺には壕が掘られ、その周辺には馬の群。ゴマ粒のように小さくではあるが、村の内外で動き回る人々の姿も見える。また村の北方へ向かって移動して行く騎馬隊も確認できた。騎馬隊の向かう先は恐らく北方の森、さらには森を越えたさらに北の土地だ。
「凄いわね。たった一回の偵察飛行で、これだけの情報が得られるなんて」
さらに街道上空を偵察した後にルーケイ城へ帰還。地形情報をデジタルカメラに収めていたので、後に地形図を描く時に大いに役立った出来た。
──しかし、春陽のこの偵察飛行は、後に少なからぬ犠牲を生むことになる。その時、冒険者達は毒蛇団の禍々しさを、改めて思い知らされる羽目になるだろう。
●西ルーケイの端
「さあ、着いたぞ」
ユパウル、シン、ファングの3人は、キーマの案内で西ルーケイの端に連れて来られた。岸辺に船を着け、急勾配な川岸を上って行くと、そこには何の変哲もない野原が広がっていた。
時は夕暮れ近く。もうじき夜になる。
「で、どうすればいい?」
「ただ、ここで待ってりゃいい」
キーマの言葉に小首を傾げ、眉根を寄せる冒険者達。
「こんな何も無い野っ原でか?」
「いいから、ここに立ってろ。暗くなってからが楽しみだぞ。それとも怖くなったか?」
「誰が怖がるか」
からかい口調のキーマにシンが応じる。
そして、夜の帳が辺りの全てを覆い尽くす。
「どうした? 何も起きないじゃないか」
「そう焦るな」
「いや、待て‥‥」
冒険者達の耳に何かが聞こえる。鳥の羽ばたきのような‥‥いや、これはコウモリの羽ばたきか?
──そして、奴らは現れた。黒き翼持つ異形の者達が。
「こいつはヤバいぞ!」
月精霊の明かりに剣が閃く。戦闘は始まった。
●波乱の予兆
これは依頼期間終了後の話だが。精霊歴1039年12月19日、エーガン国王は伝染病への感染を理由にシム海に浮かぶ離宮へと隔離された。その直後、リセットはエーロン王子により子爵位を賜った。これは彼女に対して、いかに王子が大きな期待を抱いているかの現れでもある。
この事変の引き金を引いたのが、リセットが山田リリアに託した1通の書状である事を知る者は、ごく僅かの関係者のみである。
●二人の王子
ワインに浸した布で、壁も天井も覆い消毒する。天界人の医師の話によると、ワインは有機酸とアルコールの相乗効果でオキシフルと同等の殺菌効果があるそうだ。オキシフルと言う物は知らないが、天界の薬らしい。また、教会のクレリックも聖書に傷の消毒方法として記されていると証言した。放蕩息子の譬えのくだりである。調度品の内、燃やせる物は全て消却し、そうでないものはワインの洗礼を受けた。
王の隔離に関わった者、消毒に関わった者。全員新しい湯で風呂に入り衣服は消却。仕上げにワインを頭から浴びて消毒する念の入りようだ。ワインを飲まずにうがいに使う。この始末で城のワインの半分以上が費やされた。
一通りの始末が済んだ奥の部屋。強いワインの匂いが籠もるその部屋に、卓を挟んで二つの影。ランプの明かりに照らされる二人の王子。
目を瞑り、じっとエーロンの話を聞いていたカーロンは口を開く。
「‥‥確かに兄上の言う通りです。諫めても聞く人ではありません。こうなった以上は急ぎ信頼できる者に事を諮るべきです」
「最初に誰に告げるべきだと思う?」
「信頼の置ける者。同時に清濁合わせ呑める者に‥‥」
カーロンは言う。大事を諮るに足る者で、しかも悪名をも恐れぬ者。人選を誤ればフオロは滅び内戦となると。
「先ずは何によりも父上の腹心、レーガー卿です。フオロの建て直しには彼を呼び戻す必要があります」
「そうだな。彼なら‥‥」
フオロの忠臣レーガー卿は外せない。
「トルクにしてやられないためには、ルーケイ伯アレクシアス殿の力が必要です。この二人だけには包み隠さず事情を告げねば成りません」
「マリーネに対する手配は?」
「ぱこぱこ子爵が適任と思われます。また同様の者として、私はオラース・カノーヴァやドイトレらにも知らせたいと思います。彼らには伝染病と隔離の事実だけを」
カーロンは秘密を知る者は少ない方が良い。と言う意見だ。
「なるほど。お前が剣を授けた男だ。口は軽くないだろう」
「一般市民に対する告知の相談は、富島香織殿ではいかがですか?」
「良いと思う。そうだ。父上のお気に入りの前護民官はどうだ? 奴は絶対に信用出来る男だぞ」
その問いにカーロンは首を振った。
「この大事、ウィルの平和のためには悪名をも厭わぬ者でなければ知らせてはなりません。しかし、エデン殿はウィルでも指折りの清廉の士。到底その責めは負えません。身も心も一日にしてぼろぼろになって仕舞うでしょう。彼はフオロ家の改革のために、トルクの協力を確定しました。この上彼に頼るのは酷と言うものです。私は寧ろ、現護民官リオン殿を薦めます。実績はありませんがエデン殿が指名した男です。それに彼はマリーネ姫に忠誠を誓っております」
こうして話を伝える人選は終わった。
レーガ卿とルーケイ伯には包み隠さず。ぱこぱこやオラース、香織とリオンには隔離の事実を速やかに。フオロに属さぬ者は通知リストから省かれた。
「早速使いを送れ。そして、どんな反応したかを持ち帰らせろ!」
ぐいと拳を握り込むエーロンの手を取りカーロンは誓う。
「兄上だけに重荷は負わせません。フオロの民のため、兄上の杖となりましょう。気を強くお持ち下さい。体制が整い次第、選王会議が待っています」
「‥‥いまいましいが、次のウィル王位はトルクだろう。だが、家を滅ぼすよりはましだ」
やがて、密使が飛び返事を持って帰ってきた。エーロンはその一つを読み上げさせて一瞬激怒。しかし、程なく理性を以て自らを鎮め、こう呟いた。
「犬っころめ。まだまだ天界人の感覚で考えておるようだ」
封建制崩壊後の天界の感覚では、確かに大きな手ではある。しかし、残念ながら封建制体制下では逆の意味にとられる。
「しかし、何かを与えるというのは妙案かもしれません」
「カーロン、耳を近づけろ」
エーロンは小声で耳打ちする。
「!!」
カーロンの表情が驚愕に変わる。
「本当にそれでよろしければ、トルクへの使者に立ちましょう」
エーロンはゆっくりと頷いた。そして付け加える。
「俺には、まだ嫡子はおらん。もし、俺に何かあれば、フオロ家の次期当主はカーロン、おまえだ」
●書簡の効果
ルーケイでの依頼が終わったあと、リセットにエーロン・フオロの名で水仙子爵の称号と今後の活動に期待するという言伝てが届いた。
「え」
思い当たる事といえば、あの書簡を託したことぐらい。
「まさか」
確認すると、エーガン王は感染力の強い病にかかり、同じく感染された側近の方々とともにシムの海にある離宮で療養するとのことだった。事が事だけに感染食い止めが確実になるまで公示できない。トルクとの協議で選王会議は1月半ばに開かれる予定。しかし、それまでウィルは国王が不在となる。他国につけいる隙を与えないようにしなければならない。
《次回OPに続く》