暗雲ルーケイ6〜春の嵐は近し

■シリーズシナリオ


担当:マレーア3

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:15人

サポート参加人数:1人

冒険期間:02月21日〜02月26日

リプレイ公開日:2007年03月04日

●オープニング

●魔物
 時は精霊歴1039年の冬。
「さあ、着いたぞ」
 眼帯の黒騎士、眼帯の戦士、巨躯の剣士、これら3人の冒険者達をルーケイ水上兵団の案内人キーマが連れて来た先は、西ルーケイの端にある土地。盗賊『毒蛇団』に支配されるこの地の様子をその目で見たいというので、まずはその一端でも拝ませてやろうと連れて来たのだ。
 岸辺に船を着け、急勾配な川岸を上って行くと、そこに広がるのは何の変哲もない野原。
 時は夕暮れ近く。もうじき夜になる。
「で、どうすればいい?」
「ただ、ここで待ってりゃいい」
「こんな何も無い野っ原でか?」
「いいから、ここに立ってろ。暗くなってからが楽しみだぞ」
 やがて、夜の帳が辺りの全てを覆い尽くす。
 ──そして、奴らは現れた。黒き翼持つ異形の者達が。
「こいつはヤバいぞ!」
 現れた敵は背中にコウモリの翼を生やした、身長1m程の醜悪な小鬼どもだ。
「こいつはデビルか!?」
 眼帯の黒騎士は神聖騎士。咄嗟に神聖魔法の呪文を唱え、味方の周囲にホーリーフィールドを張り巡らした。攻撃を阻まれた小鬼どもは、狂ったように球形の結界に爪を立てる。うち1匹が大口開けて歯をむき出し、鋭い牙を結界に突き立てた。
 結界が消えた。早くも耐久力以上のダメージをくらってしまったのだ。
「なんの!」
 眼帯の戦士が余裕で剣を突き入れた。ただの剣では無い。魔力を持ったティールの剣だ。剣は小鬼の体を深く貫き、小鬼は絶叫を上げて無我夢中で体を剣から引き抜くと、闇の彼方へ逃げ去って行く。
 眼帯の黒騎士の剣も、やはり魔力を帯びたサンソード「ムラクモ」。何度か斬りつけると小鬼は退散した。
 唯一人、巨躯の剣士だけが小鬼相手に苦労している。彼の武器はロングソード。満身の力で何度も叩きつけるが、小鬼はまるで傷つかずぎゃあぎゃあ騒ぎ立てるばかり。
「あたしに任せな!」
 キーマが剣士に代わり、手に持つナイフで何度も小鬼に突き入れる。グサッ! グサッ! グサッ! グサッ! その刃が4回も小鬼の体に埋まるや、小鬼は凄まじい叫びを残して逃げて行った。
「あんたの使ってるような剣じゃ、アレを傷つけることはできやしないよ。アレを倒すには銀の武器か魔力を帯びた武器が必要なのさ」
 そう説明するキーマが握るナイフは銀製のナイフだった。
「で、今のは何だ? ありゃ、どう見てもデビルだぞ」
 眼帯の戦士が言う。先ほど遭遇した魔物は、その姿形といいその特徴といい、故郷のジ・アースで冒険者が敵としたデビルとそっくりだ。キーマが答える。
「デビル? へぇ、あんたの故郷ではそういう呼び名をするのか。あたし達はああいった手合いを、『カオスの魔物』って呼んでいる。戦いに勝ったからって油断すんなよ。あれは魔物の中でもザコも同然な連中さ。だけど、この西ルーケイにはもっとたちの悪い魔物も巣くっている。『毒蛇団』の悪が奴らを呼び寄せるのさ」

●報復
 西ルーケイの端、ルーケイ城がある辺りは魚の集まる場所でもある。城が建つ岩島の周辺では、今日も夜が明け切らぬうちから土地の漁師達が小舟を繰り出し始めていた。
「おい、ありゃ何だ?」
 少し離れた河原に目をやり、漁師達は異変に気付く。人が倒れているではないか。数えてみるとその数10人。
 何があったのかと近づいて確かめた途端、漁師達はあまりの事に声を大にして叫んでいた。
「大変だぁ!! 人が死んでいるぞぉ!!」
 やがて水上兵団の兵士達が現場に到着。
「うっ‥‥! これは酷い!」
 無惨にも切り刻まれた10体の死体。さしもの兵士達も嫌悪を隠せない。
 死体にはメッセージが添えられていた。死体の一つに大きな板が紐でくくりつけられ、そこに血の文字でこのように書かれていたのだ。

──────────────────
ルーケイの王領代官に告ぐ。
これは不遜にも我が領地を空より侵し、
空から覗き見を為したる事の報いなり。

     西ルーケイの支配者
     毒蛇団首領ギリール・ザン
──────────────────

 この日の前日。ルーケイ伯の家臣の一人が、グライダーによる西ルーケイの偵察を敢行していた。この偵察飛行は毒蛇団首領の知るところとなり、首領は残酷にも罪なき者達の血でこれに報いたのだ。
 但し、幸か不幸かその直後に起こった選王会議の関係で、毒蛇団は一時にせよ鳴りを潜めた。この時期の下手な行動はウィル全土の公敵とされかねないからである。さしもの悪党どもも、おとなしく経過を見据える他無かったものと見える。彼らが如何に強大と雖も、ウィル六分国の威信を懸けた討伐軍と戦う力は無いであろうから。

●再会
 ここは南ルーケイの紅花村。
 ルーケイ伯が現地家臣の一人。河賊上がりの女、リリーン・ミスカは不機嫌だった。
 彼女の敬愛して止まないルーケイ伯が事もあろうに、かつてのルーケイ家に代々伝わる指輪をエーロンに献上しようとしたからだ。
 指輪はルーケイ伯が岩島の遺跡探索の折りに発見したもの。正統なるルーケイの統治者たることを証し立てるものだ。
「伯は何を考えているのだ!? あの指輪をエーロンに献上するなど! それも、この私に何の相談も無しに!」
「それを口にしたらおしまいですぜ」
 荒れるリリーンを宥めるのは腹心の部下ベージー・ビコ。
「今の貴方は河賊上がりのリリーン・ミスカ。お忘れになった訳では無いでしょう?」
「そうだったな。今の私は‥‥ふっ。無視されても何も言えぬ立場か」
 自嘲気味に呟くリリーン。
「それはそうと、ルーケイ伯の肩書きから王領代官の称号が消えたという。あれは本当か?」
「それについては、このベージーがちとばかり王都で探りを入れて来ましたが‥‥」
 と、前置きして、ベージーはリリーンの耳に囁く。
「実は例の話、フオロ城に巣くう古ネズミ共の仕業のようで。ルーケイ伯が単なる王領代官としてではなく、正統なるルーケイの領主に叙されたという噂がまことしやかに流されているようですな。糸を引いているのは恐らく侍従長に、某酒場の教官ではないかと」
「そのような身贔屓、伯にとってはありがた迷惑だ」
「同感です。リリーン様、指輪の件はどうかお気になさらず‥‥」
「気にしてなどいない。たかが指輪だ」
 部屋の扉を激しくノックする音が、2人の会話を中断させた。
「何事だ!?」
 兵士が慌ただしくリリーンの前に参上し、急を告げる。
「リリーン様! 早く河へ!」
 館を出て河に向かったリリーンだが、その足がはたと止まる。
 すぐ目の前に、川岸に横付けにされた小舟があった。河の漁師が使うような質素な小舟だ。その小舟から下りて来る者達がいる。漁師の親子? こちらに向かって来るその姿は、傍目にはそう見えたかもしれない。その者達の恰好は、漁師そのままだったから。
 しかし、リリーンは驚きのあまり言葉も出ない。
 気がつけば、その姿がリリーンの目の前にあった。漁師のなりをしてはいるが、品格ある顔立ちをした15歳ほどの凛々しい少年の姿が。
「お久しゅう御座います。姉上」
 騎士の如く立て膝付いて頭を垂れ、少年の言葉はさらに続く。
「ルーケイ家当主マーレン・ルーケイ、新たなるルーケイ伯との対面を自ら望み、お忍びでやって参りました」
「早く館の中へ!」
 リリーンは早々と、少年とその従者を館の中へ連れ込んだ。逸る気持ちを抑えつつ、ベージに命じる。
「この件を早く、新ルーケイ伯に!」
「はっ!」
 早々と目の前から去りゆくベージーの背中を見つめ、リリーンは呟く。
「ついに、この時が来たか」
 ずっと伯には隠していたが、マーレンと伯が出合えば自ずからリリーンの正体も明かされよう。しかし、その時のための覚悟を決めるには、もう少し時間が欲しいとリリーンは思った。

●今回の参加者

 ea0244 アシュレー・ウォルサム(33歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea1565 アレクシアス・フェザント(39歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea3329 陸奥 勇人(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea3866 七刻 双武(65歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea4857 バルバロッサ・シュタインベルグ(40歳・♂・ナイト・ジャイアント・フランク王国)
 ea7482 ファング・ダイモス(36歳・♂・ナイト・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 eb4064 信者 福袋(31歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4096 山下 博士(19歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4139 セオドラフ・ラングルス(33歳・♂・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4199 ルエラ・ファールヴァルト(29歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4219 シャルロット・プラン(28歳・♀・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4242 ベアルファレス・ジスハート(45歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4291 黒畑 緑郎(39歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4578 越野 春陽(37歳・♀・ゴーレムニスト・人間・天界(地球))
 eb6105 ゾーラク・ピトゥーフ(39歳・♀・天界人・人間・天界(地球))

●サポート参加者

ジーン・グレイ(ea4844

●リプレイ本文

●弓の腕前
「ま、俺は弓しか能がないからね。訓練は頑張るさ」
 ここは東ルーケイの大河の畔。アシュレー・ウォルサム(ea0244)の目の前には、今は警備兵の立場を与えられた数十名の元捕虜達がいる。さらにルーケイ水上兵団からやって来た兵士達も十数名。アシュレーはこれから彼らに弓兵としての訓練を施すのだ。
 最初に簡単な適性検査を行い、選抜されたのが警備兵46名に水上兵団の兵士12名。訓練が始まるや警備兵達はきびきびとアシュレーの言葉に従ったが、水上兵団は元河賊だけあって粗っぽい連中が多い。
「戦場であんたが弓兵隊の指揮官になろうってか? まずは実力を拝ませてもらおうじゃねぇか」
 早速、鼻息の荒いのが突っかかってきた。
「実力を示せば納得してもらえるね?」
 アシュレーは動ずることもなく遠方に並ぶ的を示す。
「10本の矢で勝負だ」
「面白ぇ」
 男は勝負を受けて立つ。二人は並んで立ち、10本の矢を立て続けに放った。連射の速さだけ見れば互角。しかし的に近づいて確かめてみれば、その腕前は一目瞭然。アシュレーの矢は的の中央に集中しているが、相手の男の矢はばらけている。
「こいつはお見逸れしやした」
 男はすっかりアシュレーの腕前に感服していた。

●捕虜の娘
 さて訓練が終わると、アシュレーは黒畑緑郎(eb4291)を連れて川岸に停泊する川船の一つに向かう。その船は牢獄船。テロリストによる処刑場襲撃事件に荷担し、冒険者によって捕らえられたジプシーの娘がここに収監されている。
「やあ、元気にしてるかい?」
 のほほんと挨拶すると、娘は気丈に言葉を返す。
「あら、いい男ね。私を助けに来てくれたの?」
「牢から出す前に、君に話してもらいたい事がある」
「シャミラの事ならいくらでも話してあげるわ」
 それから娘は延々と話し続けた。悪王エーガンがいかに人々を苦しめ、テロリストのシャミラがいかに悪王の暴政と戦って来たかを。恐らくそれはシャミラの受け売りだ。
「シャミラは悪王と戦うために、共に戦う者達を集めているわ。その中には天界人も大勢いるのよ」
「カーラやリューのように?」
 それはアシュレーが接触したテロリストの仲間の名だ。その名を口にすると、娘の顔に驚きの色が浮かぶ。
「あなたも彼らを知っているの?」
「名前くらいはね。だけど彼らも不運だな。シャミラと関わったばかりに、先に待つのはお尋ね者として追い回される運命だ」
 わざと否定的な言い方をすると案の定、娘はやっきになって言い返す。
「彼らは苦しむ人々のために命をかけて戦っているのよ! そういうあなたは悪王の犬だったんじゃないの!?」
 傍らにいた緑郎が口を挟んだ。
「その悪王も今では伝染病にかかったとかで、シム海の離宮に監禁の身だ。息子のエーロンが分国王になってからは、フオロも変わりつつあるぞ。それから、テロリストにはこれ以上協力しちゃいけない。僕は地球人、君達が言うところの天界人だけど、テロリストが地球で何をしたか知っているかい?」
 自分の知る実例を色々挙げて、テロリストがいかに危険な存在かを強調する緑郎だが、娘はなかなかその言葉を信じようとしない。
「そんなの嘘に決まってる!」
 それでも会話するうちに娘からは色々な情報が得られたが、協力者の一人に過ぎない娘からの情報は極めて限られたものだ。
 話を終えて立ち去りがてら、アシュレーは娘に言う。
「ああ、そうそう。シャミラたちは詰まるところ、力で今の世の中を変えようとしてるようだけど‥‥それは結局、力で押さえつける上の人のやり方を肯定することになるのに気づいてるかい? 力だけに頼って抗えば、さらなる力で潰されるだけさ」
 娘は真剣な目で言い返した。
「あなたは理屈でしか物事を考えないの? 悪王エーガンの暴政で滅ぼされた村をその目で見たことはないの? 私はそんな村を沢山見てきたわ。餓えた子供達に目の前で死なれた事もあるわ。人間の心を持っているなら、悪王の暴政に怒りを覚えて戦おうとするのは当然よ」
「ではその悪王を倒せたとして、一体全体何をするんだ? 彼以上の政(まつりごと)が出来るとでも言うのか? また、その過程で罪無き民衆を犠牲にして省みない者は、悪王とやらとどう違う? 巻き添えにされる者達の悪行とやらを挙げて欲しいものだ。その中には乳飲み子もいるぞ。‥‥結局、テロリストのやり口は王錫を持たぬ暴君に過ぎないんじゃないかな」
 穏やかに言い返すアシュレーを、娘はきっと睨みつけた。

●裁く者
 現地家臣ガーオンの元には、処刑場襲撃計画に関与しながらも実行前に身柄を取り押さえられた元騎士達が預けられている。彼らに対する裁きをどうするか? ルーケイ伯はこの件をバルバロッサ・シュタインベルグ(ea4857)に一任したが、バルバロッサは元騎士達の統括者であるラージバルに処断を任せることにした。
「管轄的にラージバル殿が処断するのが筋。真面目なラージバル殿なら心苦しかろうが、立場上は処刑の判断を下さざるを得まい。我々もまた無意味に処刑したくないが、対外的にも内部的にも同じ事件は二度と起こしたくはない」
 流石にラージバルも即断しかね、
「考えさせて欲しい」
 と、バルバロッサに求め、バルバロッサもこれに同意。
 しかし単に処刑すれば済むという話でもない。バルバロッサは裏でガーオンにも相談した。
「表向き我々は口を出さないが、裁きにはガーオン殿が立ち会ってもらいたい。ラージバル殿の処刑進言を、ガーオン殿が機転で修正する流れだと望ましいかな? ガーオン殿にはラージバル殿の上官という立場があり、襲撃が未遂で終わったのはガーオン殿の功績が大きい故、発言一つで裁きを左右もできるだろう」
「やれやれ、難儀な仕事だが。伯に背いたとはいえ、親族を思う気持ちが犯させた罪。確かに下手な処刑では元騎士達の心もぐらつこう。この件は俺に任せておけ」
 ガーオンは請け負った。

●犠牲者への祈り
 偵察飛行の報復として殺害された10人は、紅花村の墓地に手厚く埋葬された。越野春陽(eb4578)はこの事実を厳粛に受け止め、彼らの墓に祈りを捧げた。その後で、
「惨殺されたのは西ルーケイの民でしょうか? もしや人質に捕らえられていた中ルーケイの遺臣達ということは? 人質を殺害するのはメリットがないような気もしますが」
 墓参りに立ち会った案内人のキーマに疑問をぶつけると、彼女は言う。
「余所からかっ浚って来た浮浪者かもしれないな。役立たずの人間なら見せしめにいくらでも殺せるさ。だけど今後も偵察飛行を続けるなら、奴らはもっと重要な人間に狙いをつけるだろうさ。例えば、伯と親しくて身分の高い誰かさんとかね。その危険を冒してまで、偵察飛行を続ける度胸があるかい?」
 墓参りの後。決意を新たにした春陽は、先の偵察結果を元に敵地の地図の作製を進める。彼らの犠牲で得られた大切な情報を無駄にする訳にはいかない。

●密談
 紅花村に立つ大きな館。今はルーケイ伯の現地家臣に取り立てられたムルーガが、水蛇団の頭目だった頃から住んでいる館だ。今、この館の奥まった部屋で、ルーケイ伯アレクシアス・フェザント(ea1565)とマーレン・ルーケイの密談が始まろうとしていた。マーレンは齢15歳の若者だが、今は亡きかつてのルーケイ伯の血を引く子息ということで、中ルーケイの遺臣達は今もなお彼をルーケイ家の当主と仰いでいるという。
 ルーケイ伯側の同席者は空戦騎士団団長シャルロット・プラン(eb4219)、マリーネ姫親衛隊隊長ベアルファレス・ジスハート(eb4242)、ぱこぱこ子爵こと山下博士(eb4096)、ルーケイ伯与力の陸奥勇人(ea3329)と越野春陽、そして黒畑緑郎の6名。対するマーレン側の同席者は従者が一人。アレクシアスはその男の顔に見覚えがあった。かつて中ルーケイからの密使として紅花村にやって来た男だ。
(「若いな」)
 マーレンの姿を目の前にしてベアルファレスは思う。この密談に先立ちマーレンと会話する機会を得たが、マーレンは聡明にして誠実な若者というのが第一印象。
(「伯とは気が合うことだろう。若さ故の経験不足を補う者がいれば、大成するに違いない」)
 アレクシアスに続き、故国ジャパンの侍の礼儀作法で迎えた勇人がアーレンに求める。
「マーレン殿。ルーケイ家当主の証、支障なくば我らに示して頂けるだろうか」
「これを」
 マーレンは携えて来た儀礼用の剣を鞘ごと差し出した。剣の柄には紛れもない旧ルーケイ伯の家紋。先にアレクシアスがルーケイ城の遺跡で入手した指輪のそれと同じだ。
「ご無礼平にご容赦を。改めて、御身のご来訪を歓迎申し上げる」
 続いて春陽が、殺害された10名の件で詫びを入れる。謝罪の言葉を聞き終えると、マーレンは静かに告げる。
「私は決して、彼らの死を無駄にはしません」
「では本題に入ろう」
 アレクシアスが交渉を開始。
「まずは貴殿がここへやって来た目的を聞きたい」
「ルーケイ家当主としての意志を、自分の口から直接にアレクシアス殿へ伝えるためです」
「付き従う供はたった一人。お忍びでやって来るとは。中ルーケイの遺臣達は反対しなかったのか?」
「臣下の者達には何も話していません。話せば私は拘束されていたでしょう。今頃、向こうは大騒ぎのはずです」
「遺臣達の根強い反対には、それ相応の理由があろう?」
 あえて問う。
「はい。我がルーケイ家にとって、アレクシアス殿は仇も同然の立場ですから」
 王妃殺害への関与を理由にかつてのルーケイ伯に死を賜り、一族の身分を剥奪してその領地を没収したのが先王エーガン。そのエーガンによってルーケイの代官に任ぜられたのがアレクシアス。遺臣達の目に自領を脅かす敵と映るのは当然だ。
「マーレン殿。貴殿自身はどうなのだ?」
「私はここにいるトーランド・レーンより色々と話を聞かされています。彼は私の目となり耳となって、外の情報を私にもたらしてくれました」
 マーレンは傍らの従者を示す。
「毒蜘蛛団討伐戦で示された武勇。そして元騎士アーシェン・ロークとの戦いにおける見事な立ち振る舞い。私にとっての貴方は、騎士の鑑と賞賛すべき方です。もっとも私の臣下達はそうは思わぬでしょう」
「しかしマーレン殿の強い意志があれば、遺臣達も貴殿の言葉を聞き入れるはず。それよりこのアレクシアスとしては、未だ西ルーケイに巣くい人々を虐げる盗賊団『毒蛇団』の討伐を早急に進めたい」
 その言葉の後を継いで、勇人がマーレンに求める。
「毒蛇団の布陣と人質の居場所について、知り得る限りの事を知りたい。今度の討伐は一度手間取れば、それだけ犠牲が増えること必定。それを避ける為にも、少しでも情報が欲しい」
「これを。あなた方への信頼の証しとして、私はルーケイの秘密を明かします」
 マーレンは皆の前に地図を広げた。西ルーケイの地図だ。しかも西ルーケイの森の中に隠された村や砦の位置までもが記されている。
「我が父君がこの地をご統治なされていた頃の地図です。あれから何年も時が過ぎ、多少の変化はあるかもしれませんが」
 勇人が言う。
「忝ない。マーレン殿が我等に斯くの如き信頼を寄せられたる事、深く心に刻もう。‥‥時に、マーレン殿。此度の毒蛇討伐で、我々は捕らえられた民を救う事も含め、最善を尽くす所存だ。しかし、一度始めたなら如何なる犠牲を払おうと完遂すべしとも考えている。貴殿らに果たしてその覚悟はお有りか?」
「私自身は、とうに覚悟は出来ています」
 アレクシアスが尋ねた。
「先にトーランド殿が密使としてこの地に訪ねし折り、遺臣達が毒蛇団やテロリストに弱みを握られているという話が出たが、詳しく聞かせてくれるか?」
「貴方の言うテロリストとは、シャミラという天界人のことですね? そもそもルーケイ家が毒蛇団やシャミラに弱みを握られたのは、彼らの力を利用しようとした事が原因です。信頼するあなた方だからこそ明かしましょう」
 そしてアレクシアスを始めとする冒険者達は、マーレンから次の事実を知らされた。
 まず毒蛇団。彼らは元々、ルーケイ家がその配下に従えてきた盗賊団の一つだった。今はルーケイ水上兵団としてアレクシアスに付き従うようになった、かつての水蛇団がそうであったように。そしてルーケイ家が毒蛇団に任せてきたのは専ら裏の仕事、即ち密偵や刺客としての仕事である。
 先王エーガンの治世下、王の早急すぎる改革により国王派と反国王派の対立が深まると、反国王派の一大勢力たるルーケイ家は事を起こした。エーガンに多大な影響力を持ち権勢を振るう国王派の一人、マルーカ・アネット(マリーネ姫の母)の排除に乗り出したのだ。しかしこの策謀は王妃とマルーカの殺害という深刻な結末をもたらした。
「これは私の家臣から聞かされた話です。策謀を進めたのは我が父君ですが、父君は王妃とマルーカの殺害を望んでいたわけではありません。父君はマルーカを誘拐して監禁し、説得によって王国に混乱をもたらす彼女の考えを変えさせるつもりだったのです。そのために毒蛇団の手勢を王都に送り込みました。しかし毒蛇団の首領ギリール・ザンは父上の意に背き、王妃とマルーカの殺害を決行したのです」
「何故、そのような大それたことを?」
「私にも分かりません。そんな事を平気でやってのけるのは、この世の破滅を願うような心底邪悪な人間だけでしょう」
 その後。先王の王命により為されたルーケイ討伐のどさくさに紛れ、毒蛇団は西ルーケイを制圧し、多数の領民をその支配下に置いた。その支配は今も続いている。
 そしてテロリスト。地球人シャミラが初めて遺臣達の前に姿を現した時、遺臣達はルーケイ家に救いをもたらす救世主として彼女を受け入れた。当時、この世界には天界人を救世主と見なす風潮が根強かったのだ。アトランティスに飛ばされた地球人を集めて魔法部隊を作るというシャミラの計画に遺臣達は協力し、シャミラとその配下の地球人達にはルーケイ家に仕えるウィザードが精霊魔法を伝授したが、地球人達は目覚ましい精霊魔法の上達を示した。
 しかしシャミラの正体は、ルーケイ伯の遺臣達が望んだ救世主などでは無かった。シャミラは毒蛇団と協力を結ぶなど、手段を選ばぬ非情さでその勢力を拡大し、いつしか彼女の魔法部隊もルーケイ家の魔法部隊と張り合える程の軍事力と化していった。そして起きたのが、シャミラによる処刑場襲撃事件。事件は遺臣達の間に大きな波紋を呼び、シャミラとの協力関係を巡っては遺臣同士で紛糾が続いているという。
「つまり中ルーケイの遺臣達は一枚岩とは言い難い訳だな?」
 アレクシアスの指摘をマーレンは否定しなかった。
「この状況では毒蛇団やテロリストに通じる者も出よう。情報漏洩を防ぐ為、我々の協力関係については極秘とし、マーレン殿には獅子身中の虫を排し中ルーケイを取り纏めて頂きたい」
「私はまだ中ルーケイに帰る訳にはいきません」
 と、マーレン。
「臣下の者達の中には自分達の頑なな考えにしがみつき、ルーケイの外に目を向けない者も大勢います。私が彼らに取り押さえられて密室に閉じこめられれば、私の声は何処にも届かなくなります。ですがアレクシアス殿の側にいれば、私は全ての家臣にルーケイ伯当主としての声を伝えられるでしょう」
「毒蛇団の討伐には協力して貰えるな?」
 ベアルファレスが尋ねた。
「先にも10名もの者達を無残に殺された。騎士の面子の問題もあるが、毒蛇団の悪行がカオスの魔物を呼び寄せているという事実もある。これ以上奴等を野放しにするわけにもいかん。徹底的に殲滅せねばなるまい。こちらには人質を救う為の用意もある。討伐に参加するなら軍資金も出すし、ルーケイ家の功名も上げられるように計らおう。これはルーケイ家再興のまたとない機会。遺臣達も付き従うはずだ」
「協力しない理由などありません。しかし問題はルーケイ家とフオロ王家の戦争がまだ終わっていないことです。先王のルーケイ討伐は失敗に終わり、フオロ王家は兵を引き揚げましたが、正式な講和が結ばれた訳ではありません。我々は今以て反逆者のまま。フオロの者に捕まれば命の保証はありません」
「しかし先王が退位し、王位が息子に移ってからフオロは良き方向に変わりつつある」
 と、アレクシアス。
「穏便な形でフオロとルーケイとの間で和平が成れば‥‥」
「それを毒蛇団のギリールがむざむざ許すとは思えません」
 と、アーレン。
「アレクシアス殿が和平のために動けば、あの男は妨害を仕掛けてくるはずです。それも恐ろしく残忍なやり方で」

●ルーケイ伯の娘
 密談の翌日。
「ところでリリーンさん‥‥率直に聞きますが、ルーケイ伯のことを女性の立場から見てどのように捉えられていますか」
 シャルロットに呼び止められたと思ったら、いきなりそんな質問が。リリーンは複雑な表情。言葉に詰まるかと思いきや、
「伯に惚れぬ女性などこの世に存在しません!」
 きっぱり言い切ったその後で、
「何故、私にそのような質問を?」
 尋ね返す。
「いえ。立場が明らかになれば、そういう話も当然出てくるということです。お買い得商材の良縁組ですが、本人の意向を無視して進めるのを伯は好まないでしょう。老婆心からの発言です」
 リリーンの真の出自についての話は、当にシャルロットの耳に入っていた。
「お戯れを!」
 リリーンの顔が赤らむ。恥じらっているのか、それとも怒っているのだろうか?
「騎士団長殿は育ちのよいお方ですから、謀反人に定められた者の運命がどういう物かお分かりにならないのでしょう!? 結婚話よりも先に心配しなければならないのは、明日も命が続くかどうか‥‥」
 興奮してまくし立てていたが急に口を閉じる。暫しの沈黙の後、リリーンは自分の気持ちを落ち着かせるように告げた。
「ルーケイ伯の娘は遠い昔に死んだのです。今、ここにいるのは河賊上がりのリリーン・ミスカ。二度とその話はしないで下さい」
 これで会話は終わったかと思いきや、不意にリリーンは尋ねる。
「で、そういう貴方はどうなのですか?」
 シャルロットの顔に苦笑が浮かんだ。
「どうでしょう? 強い人は惹かれますが、強い弱いは権力や剣の腕だけではないですしね」

●水精霊の住む地へ
 その日。アレクシアスはリリーンとマーレンを水精霊への表敬訪問へ誘った。水精霊の住処へ向かう川船の中。周りの者達が気を利かせてくれて、アレクシアスはリリーンと二人きりで話す機会を得た。過去の名前はセリーズ・ルーケイ。
「辛かったろう。だが、もう過去を隠すことはない」
「過去のことなど‥‥」
 リリーンの目は空からの精霊光に光る川面をじっと見つめている。
「先の王領代官ターレン・ラバンが殺害されし後に国王軍がルーケイに攻め入り、その戦いの最中に自害したとされるルーケイ伯の娘。あれは私の幼なじみで、幼い頃より忠実に仕えていた侍女です。容姿が私と似ていたことから身代わりになって敵を引き付け、自害して果てたのです。ですがあの娘の死と共に、ルーケイ伯の娘だった私の魂も死にました」
 これまで秘密にしていた様々な事をリリーンは語った。国王軍によるルーケイ叛乱平定に際し、水蛇団の頭目ムルーガがルーケイの騎士達の首を刎ねて国王軍への手土産にした事も、南ルーケイを民の避難場所とすべくルーケイの騎士達が仕組んだというのが事の真相だったという。騎士達は自分達の命と引き替えに水蛇団を国王軍に信用させ、叛徒討伐の武功を与えて南ルーケイの実効支配を認めさせたのだ。おかげで南ルーケイは戦火を免れ、大勢の領民が難を逃れてこの地に留まった。
「全ルーケイ平定後はマーレンを養子とし、いずれはルーケイ伯爵家を継承させたい。指輪はそれまで自分が預ろう」
 アレクシアスはリリーンに自らの意思を告げた。リリーンは静かに頭を垂れ、告げる。
「今度の戦いでは、私もアレクシアス様の側に」
 川船には越野春陽の姿もある。春陽はリリーンの腹心ベージーと、先に大河で試験運航の行われたゴーレムシップについて話していた。
「もしも私達がゴーレムシップを運用するとしたらどんな運用法があるかしら? 或いはゴーレムシップを敵に回したとしたら、どんな対策が考えられるかしら?」
「敵に回した場合だが、いかなゴーレムシップとはいえ木造船だ。火攻めには弱かろう。逆に我々の戦力とした場合、火攻めの対策を講じねばなるまいな」
 と、ベージーは言う。聞いた話だとシャルロットは、ゴーレムシップにグライダーを搭載して奇襲に用いるなど、色々な戦法を考えているという。

●拝謁
 ここはエーロン分国王の館。
「伯は、近くルーケイ平定戦を起こします。西ルーケイにはカオスの魔物の出現もあり、そこを支配する毒蛇団はどんなお人好しの天界人でも『一切情けをかけず皆殺しにすべきだ』と主張する程に悪逆非道で、しかも王家に仇なすテロリストと繋がりのある連中です。奴ら謀反人を討伐するのは陛下の代官である伯の務め。どうか務めをまっとうできるようお力添えを」
「言われるまでもない事だ。そんな事をわざわざ告げに来たのか?」
 やって来た山下博士に対する、エーロンのくだけた態度は相変わらず。
「あともう一つ。伯にはまだ嫁も子供もいないため、陛下に養子縁組みのお許しを頂きたく存じます。そのお披露目に冒険者や懇意の諸侯をお招きし、それに紛れて兵を集結させるつもりです。望み得るならば陛下からのご祝儀として、予定されているフロートシップを。加えて陛下ご名代の参列をお願いします。討伐の命もその時に頂ければ、伯の立てる功名は全て陛下お一人の物になります。全てにおいて讃辞は陛下に責めはぼくら伯と与力に。どうか曲げて望みを叶えて下さい」
「お前、相変わらず色々と企んでいるな? 軍略の一環としてのお披露目はさておき、養子縁組が正式に認められるのは全ルーケイの平定が成ってからだ。伯にはそう伝えおけ。場合によっては俺が養子の顔を見に行ってやってもいいぞ」
 ひとまずエーロンからは色好い返事が貰えたので、博士はオットー・フラル卿に一族郎党引き連れての参加を打診する書状を送った。
『日時が決まりしだいお知らせします。ぜひいらしてください』

●ルムス村
 冒険者達にとってルムス村を訪れるのも久々だ。果たして復興が上手くいっているか、七刻双武(ea3866)などは心配もしていたが。
「おお、これは‥‥!」
 村の様子を見て目を見張る。かつては野原だった村の周りが今では一面の麦畑に変わり、秋に巻かれた小麦がすくすくと育っている。単に冒険者へ情報が伝わっていなかっただけで、村は立派に復興していた。
「よくぞおいで下さいました」
 総出で出迎えた村人の中に見覚えのある顔がある。かつて双武と共に村の周囲を検分して回ったあの老人だ。
「お陰様で畑も広がりました。お力添えに感謝致します」
 恭しく一行を出迎えたルムスに陸奥勇人はアレクシアスの書状を手渡し、ついでに文句を一つ。
「これだけ村が復興したのなら、手紙で連絡くらい寄越せ。みんな心配していたぞ」
「心配をおかけして申し訳ない。しかし小麦の借り入れまで油断は出来ぬさ。伯に仇なす者に畑を荒らされ、収穫が目減りしても困る」
 伯からの書状は来る西ルーケイ平定戦の準備をルムスに求めるもの。続いて勇人はクローバー村についての自らの要望を伝える。
「村の一角に養蜂用の居住区画を造りたい。、そこへ人を出せるか?」
「工事の仕事か? 畑の種蒔きなど忙しい時期と重ならなければ大丈夫だ。ただ、こちらも準備があるので詳しい事が決まったら教えてくれ」
 アレクシアスと勇人の用意した支度金もルムスに手渡された。但し、ルムスは注文をつける。
「軍旗の製作なら紅花村の連中に任せた方が良くないか? この村の者達は畑仕事は出来ても、手に職のある奴はほとんどいない。むしろ紅花村は交通の多い大河の近くだから、職人だって集まりやすいだろう? もっともこの村を機織りの村にするというのが伯のご意向なら、考えておこう」
 続いてセオドラフ・ラングルス(eb4139)が、この村でTCGの印刷が出来ないかどうかルムスに打診したが、ルムスは軍旗の製作以上に難色を示した。
「そのTCGとやらを作るにしても、この辺りは染料や顔料の産地じゃない」
「しかし大河に近く湿度が高い紅花村より、ルムス村やクローバー村の方が乾燥しているので印刷には向いているとは思いますが」
「そういった事は先ず職人に聞いてくれ。顔料が早く乾きすぎて物がダメになるってこともあるだろう? それより職人を確保するなら交通の便がよくて、なおかつ金がある所だ」
 つまりは紅花村が適地。
「しかし紅花村の発展ばかりが進めば、富が南ルーケイに集中します。同じ領内に格差があるのは綻びの元です」
「だからといって、牧草の代わりに固い木の根を馬に食わせるような事をして、村を潰したくはない。この村は伯から任された大事な村だ。自分本位な理屈ばかりで事を進めて、国を潰しかけた先王の二の舞は御免被るぞ」
 二人かそんな会話を交わす間、双武は畑のあちこちを見て回る。その後でルムスの許可を取り付け、双武は村の者達を集めた。
「これより拙者が農法の指導を致す。さらなる村の発展のため、心して励むがよい」
 しかし村人達の一部にはこんな声も。
「やれやれ、また仕事かよ」
「あの爺さんが来るとのんびり休めもしねぇ」

●医療の普及
 地球人の女医ゾーラク・ピトゥーフ(eb6105)には志があった。それはこの世界の人々の間に医療を普及させること。先の調査の結果を踏まえ、彼女はエーロンに願い出た。
「村人の中から、医療行為のできる人材を選出し育成していきたいので、その許可をお願いいたします。もちろん、既存の医者の権益を損ねるような真似はいたしません」
「どこから手をつける?」
「まずはルーケイから始めたいと思います」
「ルーケイか‥‥」
 正統な統治者が絶えて久しかったルーケイの地の復興に携わり、新たな事業を起こす冒険者は数多い。新たな試みを試すに相応しい地ともいえる。
「任せよう。後の事はルーケイ伯と話し合って決めるがいい」
 エーロンは許可を下し、ついでに幾らかの消毒用ワインも手配してくれた。発酵しすぎて飲用に適さないワインだから、調達の費用も安いもの。
 さらにゾーラクは、基金1000Gをエーロンの治療院に預けた。これは医療従事者の育成資金、並びに医療行為のできる人材に支払う給金として運用する予定だ。
 そしてルーケイの村々を回り、村人達の中から適任者探しを始めた。
 ルエラ・ファールヴァルト(eb4199)はゾーラクの護衛とアシストを兼ね、共に村々を回る。村人達に対してルエラが重点的に訊いて回ったのは次の5項目。

【1】村人達の健康状態
【2】作物の出来具合
【3】不穏な噂の有無
【4】何か困っていること
【5】領主であるルーケイ伯への要望

 村人達の健康状態について言えば、春が間近となっても十分な食料が出回るのはまだまだ先。当面は去年の貯えで食い継がねばならないので、大勢の者が日常的に空腹を抱えている。もっともこの世界ではそれが毎年、地方では当たり前のように繰り返される。
 作物の出来具合については概して良好のようだが、収穫までに日照りや病虫害で被害が出ることもあろう。まだまだ予断を許せない。

●目くらまし
 大河に浮かぶ川船の上。ルーケイ水上兵団の兵士の一人が連れにぼやく。
「しっかし冒険者ってのは毎度毎度、妙な生き物ばかり連れて来やがって」
 この川船は危険なペットの隔離用。船の上には信者福袋(eb4064)が連れて来た熊が乗っていた。かつての可愛い小熊も今では立派な大人の熊。ついでに隣の川船には、黒畑緑郎が連れて来た巨大蛇が乗せられていたり。
 で、熊の飼い主の福袋は何をしているかというと、リリーン相手の業務に勤しんでいた。業務といっても軍事機密が絡む内容故、人払いは忘れない。
「進行中の製鉄業ですが、できれば西ルーケイ攻略のための武器製造に転用できればいいのですが。そこまでの技術は無理でしょうか?」
「炉に火も入らぬうちから気が早い。盗賊が来てから剣を打つような話だと思うが、武器を購入する金なら不足は無い」
「それからカオスの魔物と戦うための銀の武器ですが、ここに銀塊があります。まずこれでメッキした武器を作りましょう。ルーケイ領内で技術的に可能ならいいのですが、無理でしたら有能で口の堅い職人さんを招かないといけません。表向きは歓楽街落成とルーケイ伯のお目出度いイベント用。贈答品と装飾のために使用する銀細工ということで。但し、このイベントは兵力と装備集積の事実を、テロリストや毒蛇団の目から覆い隠すための擬装イベントです。そのイベントの準備も‥‥」
「今すぐにでも始めよう」
 俄然、生き生きと目を輝かせるリリーン。
「では早速、王都に出向いて必要な物資の買い付けを。ルーケイ水上兵団のお力をお借りします」
「待て。王都には私も一緒に行く」
 何故かリリーンが同行を申し出た。そして福袋はリリーンとその配下の者と共に王都へ向かうが、その話の続きはまた別の機会に。

●ワンド子爵領へ
 ルーケイ伯の許可を得て、ベアルファレスは伯の臣下スレナスに西ルーケイの偵察を依頼した。
「貴公なら敵に気付かれずに仕事をこなしてくれよう。私は期待してるのだよ」
「お任せを」
 返事一つを残し、気が付いた時にはスレナスの姿はもう消えている。謎は多いが味方でいるうちは便利な男には違いない。
 続いてベアルファレスは軍資金100Gをマーレンに託す。そしてトルクの騎士が管理する移動用フロートシップで西のワンド子爵領に向かい、ワンド子爵と対面した。表向きは祝賀イベントの件についての話し合い。しかし秘密裏に話し合われたのは、間近に迫りつつある毒蛇団討伐に関することだ。
「毒蛇団討伐の時は近い模様です。詳しい事は分かり次第、お知らせ致しましょう」
「そうか、いよいよだな」
 この対談でベアルファレスはマーレンの件は伏せておいたが、ワンド子爵からは支援の約束を取り付けることが出来た。

《次回OPに続く》