暗雲ルーケイ7〜毒蛇の巣に入らずんば

■シリーズシナリオ


担当:マレーア3

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:15人

サポート参加人数:5人

冒険期間:04月15日〜04月20日

リプレイ公開日:2007年04月26日

●オープニング

●判決
 ここはルーケイ伯が現地家臣ガーオンの統治するクローバー村。
 その日の朝の空気は爽やかだったが、元騎士ラージバル・レーンにはとても息苦しく感じられた。彼はかつて先王エーガンの暴政に憤って挙兵し、ルーケイ伯との正々堂々たる会戦の末に敗れて捕虜となりし身。後に罪を許され、今は村の警備隊長として、同じく罪を許された元騎士の警備兵達を束ねる立場にある。
 今、ラージバルは裁きの場へと歩み行く。裁き手は彼。裁かるるは6人の元騎士達。ルーケイ伯により罪を許されながらも再びウィル国王エーガンに反逆し、テロリストの地球人シャミラが仕組んだ処刑場襲撃に荷担しようとした者達だ。事前に事が露見したため、6人は処刑場襲撃に加わる前に身柄を取り押さえられた。
 ウィル国王への反逆という罪はあまりにも重大。とはいえ、彼らが奪回せんとした死刑囚達はいずれも彼らの親族。何としてでも命を助けたいというその心情を、ラージバルは痛いほど分かる。ラージバルにとっても、死刑囚達はかつて共に剣を振るって戦った同胞なのだ。
 それでも6人の裁きをルーケイ伯より任されたからには、斯様な反逆に対しては厳罰を下さねばならない。今は身分を失ったとはいえ、騎士道はラージバルにとって生きるための拠り所。騎士には守るべき則がある。
 さて、いざクローバー村の広場に設けられた野外法廷に赴くと、そこには初めて見る顔ぶれが大勢集まっているではないか。
「この者達は?」
 ガーオンに訊ねてみると、彼は言う。
「この者達はあの恥さらしどもの親族並びに同郷者だ。あの者達の親兄弟もいれば、剣の手ほどきを授けた師匠もいる。今回の裁判を傍聴させるため、俺が四方八方手を尽くして呼び集めたのだ」
 法廷に引っ立てられてきた6人の被告を見れば、皆うなだれている。無理もない。かつて彼らの前途を嘱望し、時には祝福しまた時には安否を気遣ってくれたであろう人々の面前で、彼らは罪人として裁かれるのだ。何たる不名誉。その心痛たるや如何ばかりか。
 裁判は滞り無く進み、ラージバルは裁きを下した。
「親族を助けたいが一心で犯した罪とはいえ、ウィル国王陛下に再度反逆し、ルーケイ伯の名誉を汚したる罪は重大。よって被告人6名を王国への反逆者として絞首刑に処す」
 傍聴席から嘆きのため息。すすり泣く声も次々と。それは6名の被告も同じだ。
「いや、暫し待て」
 判官の座より裁きを下したばかりのラージバルをガーオンが大声で呼び止め、大股で歩み寄った。
「物言いを付けて悪いが、俺はルーケイ伯が現地家臣にしてこの村の領主格。そして6名の被告人達の身柄預かり人だ。俺には彼らを減刑する権限がある」
 この言葉を聞き、ラージバルは安堵の表情に。本音を言えば、彼も絞首刑は嫌だったのだ。ラージバルから判官の座を譲られると、ガーオンは荒っぽい口調で宣告した。
「いいか馬鹿者ども、よく聞け! 絞首刑の判決が下った以上、お前らは死んだも同然の身だ! だが、お前らには自分の死に方を選ぶ機会を与えてやる! 一つは反逆者として親兄弟や友人・恩人の目の前で処刑台に吊される名誉なき死だ! もう一つは我が命を受けて死地に赴き、その命を王国そしてルーケイ伯の為に捧げる名誉ある死だ! 名誉なき死と名誉ある死、お前らはどちらを選ぶ!?」
 当然、被告達の答は決まっていた。
「名誉ある死であります!」
「騎士の‥‥いえ、元騎士の誇りにかけて!」
 異口同音の答を聞いて一瞬、ガーオンは満足の笑みを浮かべた。が、すぐに厳しい面もちに戻り言い放つ。
「では、今日よりお前らは決死隊だ。死ぬほどの特訓を施し、死地に赴くだけの覚悟を叩き込んでやる。弱音を吐いて逃げ出そうとする奴は即刻、絞首台に送ってやるからな。覚悟しとけよ」

●非常事態
 時は3月も半ばとなり、人々が春の息吹に心ときめかせる頃。ルーケイで異変が起きた。
 真っ先にそれに気付いたのは、ガーオン配下の警備兵。その日も東ルーケイと中ルーケイの境界を警戒していた彼らは、中ルーケイより東進して来る軍勢を目撃した。
 かの地を実効支配する旧ルーケイ伯の遺臣達だ。
「これは何事だ!?」
 そのまま東ルーケイに進撃して来るかと思いきや、遺臣達の軍勢は中ルーケイと東ルーケイの境を越えることなく進軍を停止。そして警備兵の元に使者が遣わされた。
「我等は王領代官に身柄を取り押さえられしルーケイ家当主、マーレン・ルーケイ閣下の解放を求む! 我等が求めが受け入れざれし時には、報復として東ルーケイに攻め入るもやむなし!」
 携えてきた宣告書を読み上げると、使者はそれを警備兵に託す。
「これを王領代官殿に届けられたし」
 同じ頃、東ルーケイのルムス村でも大騒ぎが起きていた。やはり中ルーケイから遺臣達の軍勢が現れたからだ。その報せに村人達は動揺した。
「ルムス様! 奴らは村を乗っ取る気では!?」
「うろたえるな! 奴らは盗賊とは違って話の分かる相手だ!」
 しかし、ルムスの村を威嚇するような遺臣達の軍事行動はこれまでに無かったことだ。村を治めるルムスにとってもこれからが正念場だ。

●焦燥
 さらに時は過ぎ、今は4月の初め。遺臣達の軍勢は未だに、東ルーケイに睨みをきかせるように中ルーケイとの境界に居座っている。
 この非常事態の原因であるマーレン・ルーケイは、南ルーケイの紅花村にて現地家臣ムルーガの保護下に置かれていた。遺臣達からは当主と仰がれてはいるが、彼はまだ15歳の少年。今にも戦いが始まりそうな情勢に、その心は逸るばかり。
「家臣達は、ルーケイ伯が私を浚ったと誤解しているんです! どうか、私を家臣達の所へ連れて行ってください! 私が説得すれば、家臣達も兵を引くでしょう!」
 そういう彼をムルーガは窘める。
「そりゃ願い下げだね。おまえさんが姿を現せば、間違いなく連中にかっ浚われるだろう? そんな事にでもなったら、あたしがルーケイ伯に顔向け出来ないだろうが?」
「でも、このままでは戦いが‥‥」
「戦いになったって、ガーオンやルムスがそう簡単にくたばるもんかい。いいから、おまえさんは当主らしくどっしり構えてなって」
 そこへふらりと現れたのが、ルーケイ伯の臣下スレナス。
「おや? 今まで何してたんだい?」
「敵地、西ルーケイの偵察を」
 言って、スレナスがムルーガに示したのは、盗賊『毒蛇団』が支配下に置く西ルーケイ中央部の地図。偵察の結果を元に、スレナスが作製したものだ。
 毒蛇段の首領ギリール・ザンはかつてのルーケイ伯の配下ながらこれを裏切り、王妃を殺害してルーケイ家を反逆者に転落せしめた、遺臣達にとっては許し難き敵。しかし多数の領民を人質に捕らえられているが故に、遺臣達は手も足も出なかったのだ。
「砦と村の位置は、以前にマーレン殿から見せていただいた地図とさして変わらない。しかし、それらのどこに首領が潜んでいるかまでは判らなかった」
「それを確かめる方法が一つだけあります」
 不意にマーレンが言った。
「私が首領に会いに行くと伝えて、私を西ルーケイに差し向ければ、首領は必ず私の前に現れます」
「だけど、そこでおまえさんが殺されたら?」
 訊ねたのはムルーガ。結果は判っている。新ルーケイ伯勢力と遺臣勢力とは完全に戦争状態となる。その戦いは長引くことだろう。

●今回の参加者

 ea0244 アシュレー・ウォルサム(33歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea1565 アレクシアス・フェザント(39歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea1819 シン・ウィンドフェザー(40歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea3866 七刻 双武(65歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea4857 バルバロッサ・シュタインベルグ(40歳・♂・ナイト・ジャイアント・フランク王国)
 ea8773 ケヴィン・グレイヴ(28歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb4064 信者 福袋(31歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4096 山下 博士(19歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4139 セオドラフ・ラングルス(33歳・♂・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4155 シュバルツ・バルト(27歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4199 ルエラ・ファールヴァルト(29歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4242 ベアルファレス・ジスハート(45歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4291 黒畑 緑郎(39歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4578 越野 春陽(37歳・♀・ゴーレムニスト・人間・天界(地球))
 eb6105 ゾーラク・ピトゥーフ(39歳・♀・天界人・人間・天界(地球))

●サポート参加者

ユラヴィカ・クドゥス(ea1704)/ 月村 匠(ea6960)/ 市川 敬輔(eb4271)/ エリーシャ・メロウ(eb4333)/ ララーミー・ビントゥ(eb4510

●リプレイ本文

●フロートシップ
 ジーザム・トルクがウィルの国王に即位して以来、王都とルーケイを行き来するフロートシップもかつての武装無しの『特注艦』ではなく、エレメンタルキャノンを備えた新型に変わった。
 船のブリッジで、艦長は船を操縦したいという冒険者に渋い顔。
「駄目だ、駄目だ。操船を見ているだけなら構わんがな」
 以前から何度も希望しているのだが、黒畑緑郎(eb4291)の願いはまたしても叶わず。
「おや?」
 緑郎の目はブリッジに据え付けられた機器に目がいく。
「これは舵輪じゃないか」
 地球の船ではお馴染みの、くるくる回って船の方向を定めるあの舵輪だ。艦長曰く。
「この最新型の船には、地球人から得られた知識がふんだんに取り入れられているからな。この舵輪もそうだ。だが、こいつを握るということは、この船に乗る大勢の人間の命を背負い込むということだ。その責任の重さは分かっているな?」
 やがて、船は紅花村に到着。緑郎にはこの村で是非とも作成して欲しい物があった。空戦騎士団副長ガージェスが発案したというグライダー用の攻撃兵器、ヘビーダーツである。
「石を落とすよりは効きそうだ。生産が間に合えばいいが‥‥」
 早速、製鉄工房の建設をできるだけ進めるよう、村を統治するムルーガに掛け合ってみると、彼女は言う。
「何も計画中の製鉄工房だけが鍛冶場じゃない。そのヘビーダーツとやらは任せておきな」

●偽物のマーレン
 軍馬を駆り、到着したクローバー村の西方。携えてきた双眼鏡で、アレクシアスは布陣する遺臣軍を見た。騎士・郷士、ウィザード、農民兵、総数100名にはなろう。
 立ち並ぶ天幕に、いつの間にか建てられた物見櫓。向こうは本格的な合戦に備えている。
 頭上からはさっきから、ゴーレムグライダーの飛行音がひっきりなしに聞こえて来る。山下博士(eb4096)と黒畑緑郎が警戒飛行を行っているのだ。音がやけに騒々しく聞こえるのは、博士の発案であえてスピードを落とした低空飛行を行っている為だ。時折、ホバリングで下方に噴射される風が、ざわざわと周りの草をなびかせる。
 遺臣軍にも相当に五月蠅く聞こえるはずだ。
 しかしこれも作戦のうち。サイレントグライダーの投入が成った時には、グライダーは騒々しいものという印象が奇襲作戦の助けとなるはずだ。
 アレクシアスが背後を振り向くと、そこにはマーレン。いや、マーレンに変装したスレナスがいる。暗殺の危険を見越して、影武者を演じさせたのだ。背格好をマーレンに似せたが、果たして遺臣達の目を欺けるか?
 遺臣軍の指揮官が手を素早く動かして何がしかのサインを送る。スレナスも手でサインを送り返した。遺臣軍の間で使われるサインの意味は、予めマーレンから教わっていた。
 遺臣軍はスレナスをマーレン本人だと思いこんだようだ。遺臣軍の陣から指揮官がこちらにやって来る。
 アレクシアスは指揮官と相対した。
「マーレン閣下を返してもらおう」
「マーレン殿は自分の意志で我々の側に留まっている」
「貴様、閣下に何を吹き込んだ? 何をもってマーレン閣下の自由を封じた?」
「心配するな。弱みを握っての脅迫などしてはいない。私はルーケイに平和をもたらすために動いている。それはマーレン殿も望まれていることだ」
「そうやすやすと信用は出来んな」
 緊張をはらみつつ二人の交渉が続く中、シュバルツ・バルト(eb4155)は護衛としてマーレンの側に寄り添っていた。
 サワサワサワ‥‥。近くの草陰で何かが動く。シュバルツが目を向けると、草陰から蛇の頭がにゅうっと突きだした。鎌首をもたげた蛇は、じっとマーレンの姿に見入っている。奇妙な動きをする蛇だと思い、シュバルツが近づこうとすると、蛇はさっと草陰に姿を消していなくなった。
「マーレン閣下!」
 指揮官がマーレンに身をやつしたスレナスに呼ばわる。
「我々の元へ帰りましょう!」
 その言葉に首を横に振るスレナス。
「マーレン閣下! お父上のお言葉をお忘れですか!?」
 スレナスに歩み寄る指揮官。あまり接近されては正体がバレる。スレナスは1歩、2歩と退いたが、その態度を見て指揮官は歩みを止めた。
「そういうことか‥‥」
 指揮官はアレクシアスに向き直る。
「今度は本物のマーレン閣下を連れて来い。さもなくば我々は東ルーケイに攻め入り、村々を焼き払うぞ」
 そう言葉を残し、遺臣軍の陣地に引き返す指揮官。
「あの男、武人としての誠意と度胸はありとみた」
 呟くアレクシアス。その一方で厄介な事になったと思いながらも、背後のスレナスに声をかけた。
「ご苦労だった」

●ルムス村の守り
 ルムス村の西方に布陣する遺臣軍はおよそ50名。それでも戦力に乏しいルムス村にとっては脅威だ。
 当然、冒険者達もルムス村の支援に駆けつけた。
「‥‥ったく、次から次へと頭の痛くなる事ばっか続きやがる。さっさとルーケイが纏まってくれねぇと、うちのチビ助のトコに何時飛び火するか分かったもんじゃねぇからなぁ」
 義理の娘、レンの領地であるウィンターフォルセへの影響が気掛かりなシン・ウィンドフェザー(ea1819)だが、ペットのヴァルグリンドに騎乗して敵陣の偵察飛行を試みる。
 不用意に姿を見せれば向こうの警戒を招くと思い、森の陰を縫うようにグリフォンを低空飛行させたが、不意にグリフォンが警戒の叫びを発した。
 森の中に人がいる!
 シンが気付いたその直後。矢が飛んで来た。
 ビュッ! 森の中の何者かが放った矢が、グリフォンの体すれすれを掠める。
「うわっ! 危ねぇ危ねぇ!」
 運良く回避し、再び森の中に注意を向けると、怪しい人影は森の奧へ姿をくらましていた。
「気付かれたか」
 あれは遺臣軍の偵察か? それとも別の勢力の何者かか?
 偵察を終えたシンは仲間と共にルムス村へ向かい、敵陣の様子を村の統治者ルムスに告げる。こちらでもクローバー村西方と同様、物見櫓が建てられ、数多くの天幕が張られている。天幕の中には糧食などの物資が運ばれた形跡がある。
「どうやら向こうは長期戦の覚悟を決めたようだ。頼むから、早まった真似はしてくれない事を祈るぜ。ここで無駄な血を流した所で、毒蛇団の連中を喜ばすだけなんだからな」
 ルムスに告げると、こんな返事が。
「俺だって極力、闘いは避けたい。しかし問題は、外から余計なちょっかいを出して、遺臣達とルーケイ伯の勢力を戦わせようとする奴がいることだ」
「毒蛇団か?」
「ああ」
 すると、バルバロッサ・シュタインベルグ(ea4857)がルムスに言う。
「こないだ預けた魔弓はやるよ、代わりに頼みが1つあるんだが良いかね?」
「いいとも。何だ?」
「椅子を1つくれないか? 俺がこのまま座っても壊れそうに無いやつ」
「鉄城殿が座っても壊れない椅子っていったら、俺が座っているこれしかないぞ」
 ルムスが椅子を差し出すと、バルバロッサはどっかりと腰を下ろして話を続ける。
「さて、と。俺達が手をかけてきた東および南ルーケイだが、ルムス村での開拓、クローバー村での警備員育成、河賊の水軍化と、中身をいじる必要はもう無い時期に来ている。先の裁判におけるガーオン殿の裁断においても、現地家臣団内の決定に我々は口を出さないという、序列という秩序の前例が出来た。これで西を押さえれば、一応はルーケイでのごたごたは終了だ。後はフオロ王家とルーケイ家の問題に口添えを述べるくらいだろう」
 ルーケイの現状をさらりと述べ、ルムスに求める。
「故に来る西ルーケイ討伐戦には必勝を期し、様々な名目で戦力が集められる。近々予定されている狩猟会に招いての交流、南にあえて残した毒蜘蛛残党の小盗賊団討伐というように。ルムス卿、貴殿も気取られぬように一度ではなく、日々少しずつ兵糧用に備蓄を加工して欲しい」
「それならもう始めている。ただし、去年撒いた小麦の刈り入れがまだだ。今のままでは長期戦になるときついぞ」
 続いてベアルファレス・ジスハート(eb4242)。
「万が一に備え、村民に村を脱出する準備をさせるべきだ」
「脱出って、どこに脱出させる?」
 言いながら、ルムスは炭を使ってテーブルに簡略な地図を描き、先ず西のシスイ男爵領を指す。
「ここから一番逃げやすいのは、東の平野を越えたシスイ男爵領だ。勿論、シスイ男爵領はルーケイとは別領。滞在にはシスイ男爵の許可がいる。但し、あの因循姑息な男爵のこと。村一つ分の避難民が押し寄せれば、後で政治的に厄介なことにもなりかねん」
 続いて東ルーケイ中央部の丘陵地帯を指す。
「この丘陵地帯も短期間の避難場所としては適している。しかし何分、人々の暮らしを支える基盤が無い。外部との連絡はやりにくく、長期戦になって敵に包囲されれば人々は餓える」
 さらに、南ルーケイの紅花村を指す。
「避難に最も適しているのはここだ。が、移動距離が長すぎるから、敵に攻撃される危険も大きくなる」
 そして最後に。
「ともあれ、小麦の刈り入れが終わるまでは村を離れることは出来んさ。今、村を離れれば、敵は貴重な小麦畑を焼き払うか、横取りして収穫を我が物とするだろうからな」
「さて、行くか」
 言って、バルバロッサは椅子を担いで外へ。
「無用な戦闘は避けたいが、さて‥‥」
 ベアルファレスもその後に続き、二人は村を出て西へ西へと歩いて行く。
 二人が行き着いた先は、東ルーケイと中ルーケイの境。布陣する遺臣軍の目の前であった。担いできた椅子を下ろすと、バルバロッサはまたもどっかりと腰を下ろす。
 当然、この行動は遺臣軍の目を引き、様子を見に斥候が近づいて来た。
「ルーケイ伯与力の一人とお見受けするが、ここで何をしておられるのだ?」
「何もしていない。俺はただここで休んでいるのだ」
「冗談はやめて頂きたい。今にも軍勢が押し寄せようという場所で、休む奴などいない」
 バルバロッサの顔に微かな笑みが浮かぶ。
「俺たちを倒せれば通す。仕掛けて来ないならこちらからは仕掛けない。だが、本来戦うべき敵は西ルーケイの賊だ。ここで互いに血を流すことも無いだろう」
 さらにベアルファレスも言い添えた。
「主君を護ろうとする貴公等の騎士の誇りは理解できる。その誇りを見込んで刃を交える事無く、クローバー村でのルーケイ伯との交渉結果を待ってはもらえまいか」
「その言葉、我等が指揮官殿に伝えおこう」
 と言い残し、斥候は陣地に戻って行った。

●謎の襲撃者
 七刻双武(ea3866)は村の守りの強化に取り組んだ。前から備えられていた馬防柵の増設と補修、草を結んで足を引っかけるなど簡単な罠の作成。村人を集めては、貴重品を布で包んで埋め隠すなど、避難に際しての方法を提案。
 日頃のルムスの指導が行き届いているせいか、村人の覚えは早かった。
 シンもルムスの許可を受け、村人に戦闘訓練を施す。村人の多くはルムス様の村を守ってみせると意気盛ん。しかし、急場しのぎの訓練で出来る事は限られているし、戦士としての素質がある者は既にルムスが農民兵として鍛え上げている。
 それでも戦に備えたルムス村での活発な動き、遺臣軍の目には強い抵抗の意志と映ろう。またこれらの訓練は、むしろ彼らを手際よく避難させるときに真価を発揮するはずだ。
 双武は激励する。
「よいか。勇敢に戦うとは、必ずしも敵に向かって行くばかりではないのじゃ。貴殿らの本分は土地を耕し収穫すること。じゃから無傷で撤退する事は、敵の目的を挫く以上、貴殿らにとっては立派な勲(いさお)なのじゃ」

 バルバロッサは相変わらず、遺臣軍の目の前で椅子に座り続けている。村人達は最初のうち、彼に毎度の食事を届けたりしていたが、やがてバルバロッサの周りに居座るようになってしまった。
「おら達も鉄城様をお守りしますだ」
「いや、心配はいらん。自分の身ぐらい自分で守れる」
 そう言い聞かせても、村人達は頑として聞き入れない。
「鉄城様に万が一の事があったら、おら達はルムス様に顔向け出来ねぇですだ!」
 仕方ないので村人達の望むがままにさせた。本当は一人で椅子に座っていた方が気が楽だったのだが。
 やがて夜が来た。バルバロッサが油断なく周囲の気配に気を配っていると、夜の闇に紛れて何者かが近づいて来るではないか。
「お前ら、気をつけろ。決して手出しはするな」
 周りの村人達に注意を促すや、その一人が勇んで大きく両手を広げ、不審者の前に立ちはだかってしまった。
「鉄城様に手出しはさせねぇ!」
「馬鹿野郎!」
 バルバロッサが椅子を離れ、勇み足の村人を突き飛ばす。不審者がダガーを投げつけたのは殆ど同時。ダガーの刃は急所を外れ、村人の頬を切り裂く。
「痛ああああ!」
 不審者は脱兎の如く背後の森へと逃げて行く。バルバロッサがその後を追おうとするや、不審者を援護するように森の中から次々と火矢が放たれる。
 火矢を放つ者が潜む場所は丁度、東ルーケイと中ルーケイの境の辺り。闇夜の火矢はひときわ目立つ。慌てたのは村人達。
「あわわわわ!」
「助けてくれぇ!」
 バルバロッサを守るはずが、慌てふためくばかり。
「お前達、村へ逃げろ!」
 村人達を逃すと、バルバロッサは森に向かって駆け出す。ちらりと西側の陣地を見れば、遺臣軍からも兵士の一団が森へ向かって行く。そしてバルバロッサは森のすぐ手前で、遺臣軍の兵士達と鉢合わせした。
「これは何事だ!?」
「知らぬ! 攻撃したのは我々の手の者ではない!」
 すると、遺臣軍の誰かが叫んだ。
「これは罠か!? 我々が攻撃したと見せかけ、戦いを仕掛ける口実を作ろうとしたか!?」
 その言葉に刺激され、周りの兵士達が次々と剣を抜く。バルバロッサは悠然と構えていたが、その背後から声がかかった。
「暫し、待たれよ!」
 双武がそこに立っていた。騒ぎを聞きつけた双武は急ぎ、セブンリーグブーツで駆けつけたのだ。
「ルムス村の防備を固めしは、村の民を守る為! 我等は遺臣の方々に敵意有らず! マーレン殿は毒蛇に捕われし民の平穏の為、ルーケイ伯様の元を訪れたのじゃ!」
 声を張り上げて言い放つと、兵士の中から厳つい顔をした男が現れた。ルムス方面の遺臣軍を指揮する指揮官だった。
「その言葉が嘘か誠か、いずれ分かる。森の中を調べよ!」
 兵士達は森の中に踏み、やがて報告に戻って来た。
「誰もいません! ですがこんな物が」
 兵士が持ち帰って来たのは森の中に残されていた弓と矢。
「貴殿らの仕業ではあるまいな?」
 バルバロッサも双武も首を振る。
「帰って王領代官殿に伝えよ。我等はまだこの地から撤退は出来ぬ。事あらばいつでもルムス村を攻めるとな」
 その言葉を残して指揮官は兵士と共に去る。
 バルバロッサと双武が村に戻ると、敵の刃を受けた村人が今にも死にそうな程に苦しんでいる。傷は浅いというのに。
「毒にやられたか」
 案の定。バルバロッサが解毒剤を与えると、村人は回復した。
 翌日。西へ出て確かめてみると、バルバロッサの座っていた椅子は火矢の攻撃で見事に焼けこげていた。
「犠牲は椅子1個‥‥まあ、良しとするか」

●毒蛇
 場面は再びクローバー村の西方へ。
 今度は本物のマーレンを連れ、アレクシアスは遺臣軍指揮官との交渉を試みる。
 マーレンの姿を認めてこちらに歩み寄る指揮官。上空には2機のグライダー。そしてマーレンの側には警護のシュバルツがいる。
 マーレンの足下近くの草がサワサワと揺れた。またしてもあの蛇だ。
「またか」
 シュバルツの注意が蛇に行く。蛇は前回と同じく、じっとマーレンを凝視。やがてその姿が草の中に消え、シュバルツの注意の対象は近づいて来る指揮官へと代わる。
 突然、蛇が草陰から大きく飛び跳ねた。
「あっ!」
 蛇がマーレンの首にからみつき、かっと口を開く。それは大きなマムシ。毒牙でマーレンの喉元に食らいつく。
「しまった!」
 蛇を叩き斬ろうとシュバルツは小太刀「霞小太刀」を抜いた。だが、やにわに小太刀の切っ先をマーレンに向けたシュバルツの姿に、遺臣軍の指揮官も兵士達も衝撃を受けた。彼らはまだ蛇の存在に気付いていない。
「マーレン閣下を守れ!」
 剣を抜き駆け寄る指揮官。その背後から数多の兵士達。気がつけば蛇はいない。そしてシュバルツの目の前には憤怒の形相で剣を振り上げる指揮官がいた。
「待て! 誤解だ!」
 叫び、手に持つリュートベイルを盾としてシュバルツは指揮官の一撃を受ける。だが強烈な第二撃にリュートベイルを弾き飛ばされた。指揮官は相当な手練れ、しかも得物は長剣。小太刀で相手するには分が悪すぎる。
 突然、またしてもあの蛇が草陰からジャンプする。その毒牙は露出した指揮官の首筋に食い込んだ。指揮官の顔が歪む。
「だあっ!」
 シュバルツは掛け声もろとも突進。だが、小太刀の狙いは指揮官ではなく、草陰を逃げていく蛇。そして鋭い刃は見事、蛇の胴体を寸断した。
「戦いはやめて下さい! 私は無事です!」
 マーレンの声が凛と響く。その指には博士が貸し与えたプロテクションリングがはまる。このお陰でマーレンは毒蛇の攻撃から守られたのだ。兵士達はその言葉に従い、剣を収める。
「これを飲め」
 毒にやられた指揮官を解毒剤で回復させると、シュバルツは草陰から蛇の死骸を拾い上げる。
「私が小太刀を抜いたのは、こいつを倒すためだった」
「見た目はただのマムシだな」
「だが、こいつはただのマムシとは思えないような動き方をした。まるで人間並みの知能があるかのように」
 魔物に操られていたか?
 アレクシアスは指揮官に求める。
「我々にいらぬ戦いをさせようと企む者がいる。それは間違いない。貴公の軍にも毒蛇団の息の掛かった者達がいる可能性がある。先ずはその者達の排除と拘束を願う」
「それは貴殿も同じことだ、王領代官殿。毒蛇を操った者が、貴殿の身内にいないと言い切れるか?」
 そして指揮官はマーレンに言葉をかける。
「閣下、我々の元にお戻り下さい」
「いいえ、私は自らの意思で王領代官殿の元に留まります。我々は共に手を携え、毒蛇団を討つべきなのです。ですから兵を引いて下さい」
「それは出来ません。閣下は軽々しく人を信用し過ぎる」
「王領代官殿は信頼できる方です」
 双方の押し問答は長く続いたが、マーレンも指揮官も決して譲ることなく、交渉は物別れに終わった。仕方なく指揮官は自軍に引き上げていったが、その際にこんな言葉をアレクシアスに漏らした。
「マーレン閣下が無事でいる間は、決して東ルーケイに手を出しはしない。それだけは約束する」

●準備は着々と
 紅花村に滞在中の信者福袋(eb4064)は、毒蛇団討伐の陽動作戦たるお目出度いイベントの準備に余念が無い。
 但し、物資の調達や船の手配の大部分は、こうした仕事に手慣れたムルーガ配下の者達がやってくれている。福袋の仕事はもっぱら、進行状況の確認と連絡、それにルーケイ伯への報告である。
 勿論、毒蛇団などのスパイに対する警戒も強めてはいる。が、人の出入りが多くなると、これはなかなかに難しくなる。
 そんな折り、小耳に挟んだのがマーカスランドの乗っ取り計画である。
「それはいい! ちょうど私も手頃な商会を買収でもして、アトランティスに地盤を持った経済活動の基盤があれば便利だと思っていたところです。是非とも協力させていただきたいです。‥‥さて、どんなプランで乗っ取りますか?」
 自分なりに算段を立て、福袋はマーカスとの交渉に向かう。
 しかし交渉から帰ってきた福袋は、落胆気味の顔でムルーガに報告しなければならなかった。
「残念ながら、私の提案はマーカスにことごとく拒否されてしまいましたよ」
「だろうと思ったよ」
 ムルーガはあっけらかんと言う。
「あの男、そう易々と陥落するようなタマじゃない。だけど、これであんたの顔もマーカスに覚えられたろう。本当の勝負所はこれからさ」

●ゴーレムシップ
 ムルーガやリリーンなど、ルーケイ水上兵団の実力者達と船舶運用についての相談を済ませると、セオドラフ・ラングルス(eb4139)はルーケイの隣領であるワンド子爵領に向かい、領主と対面した。そして密談が行われる。
「近々、ルーケイ伯は西ルーケイに巣食う毒蛇団討伐のために動かれるでしょう。可能ならその際、昨年子爵が用意されたゴーレムシップを使わせていただきたいのです」
「ゴーレムシップか。あれは現在、トルクの管轄下にある」
「しかし、最小限の被害で西ルーケイを平定するには、ゴーレムシップの誇る速度と輸送量で電撃的な攻勢を行うのが望ましいと考えます。ウィル国王に即位されたトルクの王に願い、その運用許可を取り付けられれば」
 すると、子爵は声を顰めて言う。
「ここだけの話だが近々、ウィルの河川を守備範囲とする水上騎士団が結成されると聞く。ルーケイ平定は王国の大事なれば、必ずや国王陛下の許可は下されよう」

●医療活動
 今回、ゾーラク・ピトゥーフ(eb6105)が医療活動の場に選んだのは紅花村。
「このような時だからこそ、人材育成にも力を入れなければいけません」
 まずは村の統治者、ムルーガに願い出た。
「こちらの村で、村人の中から医療のできる人材を募集し、育成していきたいのですがよろしいでしょうか? エーロン陛下、ルーケイ伯の許可はとってありますので、よろしくお願いします」
「許可しよう。但し、伯の許可なく調査結果を外に持ち出すのは厳禁だからね」
 そのような条件付きで許可が下り、ゾーラクはアシスタントのルエラ・ファールヴァルト(eb4199)ともども、村人の無料健康診断と治療要員の人材募集を行った。
 ルエラにとって気になるのは、やはり毒蛇団の動き。
「遺臣の方々の動き、妙に不自然ですね。背後に毒蛇団が動いてるかもしれません」
 紅花村は人口が多いだけに、行商人などの出入りも多い。不審人物には注意を払い、じろじろと様子を伺っている者を見つけて捕らえてみると、これが水上兵団の者だったりする。
「おまえ達の行動には目を光らせろとの、ムルーガ様からの御達しだ。おまえ達にスパイを見分けるなど10年早いぞ」
 とかく河賊上がりの水上兵団にはガラの悪い連中が多いから、疑えば全員がスパイに見えてしまう。
 さて、肝心の人材募集だが。やる気のある人間は少なからずいる。しかし基礎的な医療知識に乏しいから、一から教えていかなければならない。根気のいる仕事だ。
 医療活動が一段落し、その報告に出向いた折り。ルエラはムルーガにロングスピア「黒十字」を進呈した。
「カオスの魔物相手でも戦える武器です。よろしければお使い下さい」
「見事な武器じゃないか。有り難く受け取らせて頂くよ」
 感謝の言葉と共に受け取ったムルーガだが、その後でゾーラクとルエラに忠告する。
「ところで、どうしてクローバー村やルムス村に行かないんだい? もうすぐ戦が始まろうって時に。戦になれば怪我人も出れば、戦の傷から病になる奴も出る。そういう時に備えて、あんた達の医療知識とやらを広めておくべきだろう?」
 ゾーラクは思い当たる。恐らく、止血や包帯を煮るとか傷口をワインで消毒するなど初歩の衛生概念を教えるだけでも、つまらない手傷で死ぬ者は減るだろう。井戸など水場とトイレを離して設置するとか、生水を飲まず湯冷ましを用いる等、地球人ならば当然の衛生概念を徹底するだけでも、避難生活での病を押さえられる筈。

●潜入
 アシュレー・ウォルサム(ea0244)とケヴィン・グレイヴ(ea8773)は、案内人のスレナスともども西ルーケイの森の中に身を潜めていた。一旦、ルーケイ水上兵団の船でワンド子爵領に向かい、ワンド子爵領の側からここまで辿り着いたのはいい。このまま先へ先へと歩いていけば、そこが毒蛇団の拠点となっている村だ。
 しかしここから先へ進むのは非常に困難と思えた。何故なら前方では大勢の者達が地面を掘ったり杭を打ったりと、ひっきりなしに作業をしているのだ。彼らは毒蛇団に捕らえられた西ルーケイの村人達。彼らが築いているのは外部からの侵入を阻む罠だ。虜囚達の側には武装した毒蛇団の者どもが見張りにつき、油断無く周囲を警戒している。
 そればかりではない。探りを入れれば、地面のそこかしこに罠が仕掛けられている。
「何てこった。奴らの拠点の周りの森は罠だらけじゃないか」
 これでは到底、外部から攻め入る事は無理だ。たとえ大軍で攻め入っても、無数の罠に足止めされる。その間に毒蛇団が逃走したり、人質を殺害する危険が大きい。
 それでもアシュレーは一人、作業現場への接近を試みる。インビジブルのスクロール魔法と隠身の勾玉で姿と気配を消し、仕掛けられた罠に注意しつつ、匍匐前進でじりじりと前に進む。
 見張り達の話し声が聞こえてきた。
「‥‥ベクトの町は景気がいいってな」
「酒が飲める、女も抱ける、博打も打てる。こんな辛気くせぇ場所とは大違いよ」
「こんな土地からは早いとこおさらばしてぇが、そうもいかねぇ。何、こちらには利用しがいのある人質がいる。今、目の前にいるような使い捨てではなくってな」
「はっはっは! あれがウィエの大商人の娘でもなきゃたっぷり可愛がってやるものを」
「南の村はここと違って、さぞかし住み心地が良かろうな」
 アシュレーは見張り達の話にじっと聞き耳を立てる。どうやら毒蛇団はウィエの大商人の娘を人質に捕らえ、その命と引き替えに大商人を悪事に荷担させているらしい。人質が捕らえられているのはここより南方、大河に近い場所にある西ルーケイの村だ。
 頃合いを見てアシュレーは仲間の元に引き返した。
「で、これからどうする?」
「ここから先は歩いて行けない。だから空を飛んで行く」
「空を飛ぶ?」
「そうだ。二人とも装備を全部外して。服も全部脱いで」
 言うなり、スレナスは真っ先に服を脱ぎ始めた。
「おい、こんな所で何を‥‥」
「ミミクリーの魔法で変身は出来ても、装備品込みの変身じゃないんだ」
 スレナスは神聖魔法の使い手だった。持ち物は全て地面の下に隠し、全員の準備が整うと、スレナスはミミクリーの呪文を唱えてアシュレーとケヴィンの体に触れる。二人は巨大なフクロウ、ジャイアントオウルに姿を変えた。さらにスレナスは魔法を唱え、自らもジャイアントオウルに変身する。
 そして3羽の巨大フクロウは、森の中から夕闇迫る空へと舞い上がった。
 偵察の時間は約1時間と短かったが、彼らは毒蛇団の拠点を上空から観察。ケヴィンの目は森の中に広がる広大な畑と、立ち並ぶ建物をしっかり捉えた。
 奇妙な事に、畑には丈の高い丸太が幾つも幾つも立てられている。
(「グライダーの攻撃を妨害する為のものだろうか?」)
 強制労働させられた虜囚達が、収容所に向かう姿が見える。収容所の周りには、薪や藁の束らしき者が堆く積み上げられている。
(「いざとなったら火を放って焼き殺す気か?」)
 さらに、畑の一画に堆く積まれた、大量の土の山を目撃にした。
(「なぜあんな所に大量の土が? もしや、外に通じる抜け穴を掘ったか?」)
 見張りに立つ毒蛇団の者どもが空を見上げている。そのうちの何人かが何か叫びながら矢を放った。
(「危ない!」)
 しかし、見張り達は上空の3人を本物の飛行モンスターだと思ったのだろう。矢はモンスターを追い払う為の威嚇のようで、狙いは甘く楽々と回避できた。
 引き返す頃合いだと見て、3人は拠点の上空より去る。下界の毒蛇団どもも、とりたてて騒ぎ立てている様子は無かった。
 偵察を終えて紅花村に帰還したケヴィンは、拠点の地図を作製。但し有益な地形情報は得られたものの、首領の姿は確認できなかった。

《毒蛇団拠点の概略図》
 森森森森森森森森森
 森■_畑畑畑_■森
 森_畑◆畑◆畑_森
 森_畑畑■畑畑_森
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  ■:砦
  ◆:収容所

●御前会議
 サイレントグライダーの貸し出しを願った博士に、エーロン分国王は答える。
「ほう。さっそく新しいおもちゃに目をつけたか」
「そうではなく‥‥。賊徒は多数人質を抱えています。もしもあのグライダーで航空奇襲が行えるならば、より少ない犠牲ですませることが出来るでしょう」
「だからと言って、新兵器ばかりに頼ろうとするな。何らかの不手際で新兵器が破壊されたらそれまでだ。一応、手配はしておくが、そう数は出せない。フオロが用意する数は3機までと心得ておけ。それよりも使える武器・兵器を万遍なく検証し、その使い道を徹底的に考え抜け。おまえは天界の歴史に通じていた筈だ。応用できる先例は無いか思いだして見ろ。確かに兵器の力も大切だが、それも運用あっての事。智慧が足りなければ他人の智慧も使え」

 そして王城で開かれた御前会議の席上。ルーケイ伯与力の越野春陽(eb4578)は空戦騎士として、空戦騎士団に対して西ルーケイ討伐戦への正式な協力を要請。併せて、フロートシップ及びゴーレムシップの動員など、数々の提案を行った。その詳細についてはまたの機会に触れる。
 ルーケイ伯アレクシアスも会議に出席。その後、エーロン分国王に拝謁し、ルーケイの現状を報告すると共に、遺臣達が一概に謀反人とされないよう願い出た。
「全てはルーケイ平定の為。共に毒蛇団という共通の敵が存在する以上、遺臣達の誤解が解けるなら、彼らはルーケイ平定の戦力と成り得ましょう。その為にも遺臣達に寛大なご処置を」
「‥‥さて、困った」
 エーロンはアレクシアスの力量を試すように問いかける。
「旧ルーケイ伯は王妃殿下とマルーカ殿、即ち我が母君とマリーネの母君を殺害せし大罪人ではなかったか?」
「しかしマレーン殿の言うところによれば‥‥」
「真の下手人は毒蛇団の首領ということだな。だが、その言葉が真実である保障はあるか?」
「マレーン殿の言葉は信頼できます」
「だが、遺臣全てがそうであるとは限らん。あの殺害事件の真の首謀者が遺臣の中にいたらどうする? 我が父君、先王エーガン陛下は旧ルーケイ伯に謀反人としての死を賜り、後に叛乱を起こしたその臣下の者達も悉く謀反人として定められた。そしてフオロ家と遺臣達の間に未だ和平は結ばれず。正確に言えば今も戦争状態が続いているのだ。俺がお前の立場なら、その謀反人どもの力を借りる前に、奴らを一人残らず捕らえて洗いざらい白状させる。拷問の助けも借りてな。トルクに援軍を頼み、ゴーレムの大軍を投入してねじ伏せればそれも出来よう」
「ですが‥‥」
 言いかけて、ルーケイ伯は口をつぐむ。咄嗟に解決策が思い当たらない。その様子を見てエーロンは言葉を続けた。
「答が見つからぬようだな。だが、この問題で俺ばかりが頭を悩ませるのも癪だ。お前も自分の頭を使ってもっと考えろ。見事な解決策を考え出したなら褒めてやる」
 それは極めてエーロンらしい言い方だが、卿に任すと言われたのも同然であった。エーロンを納得させられるだけの答えを用意出来さえすれば、自儘にして良いとの言質である。