ノワールの囁き9〜少年と黒いグリフォン
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■シリーズシナリオ
担当:マレーア3
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:15人
サポート参加人数:5人
冒険期間:06月10日〜06月15日
リプレイ公開日:2006年06月18日
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●オープニング
●少年とグリフォン
びょうびょうと風が吹き抜ける小高い岩場。へばり付く様に、小さな紫色の花が風に揺れ、懸命に咲いている。
例の左翼の折れた黒いグリフォンはくぼみに隠れ、トミー少年を抱え込んで篭城と言った具合だ。
隣の領主との国境に陣を敷いたモラン・カンバス男爵の一行は、ひがな見張りを立て無為に時を過ごしていた。
「報告致します!」
「うむ!」
早朝、簡素な天幕に歩を進める一人の兵士。モラン男爵は寝台の上で上体を起こし、その報告を聞いた。
「物見の報告では、昨晩から今朝にかけて、例の怪物と疫病持ちの子供に変化は見られないそうです!」
「下がって、宜しい!」
「ははっ!」
兵士が立ち去り、天幕の中、一人となったモラン男爵はキルト地の鎧下姿のまま、むむむ‥‥と唸った。
(「今はまだアリル卿が言う様な病い騒ぎは起きてはおらぬ。が、領主の責務として、残した怪我人含め、村人全員を火で清めるべきでは無いのか? ‥‥しかし、それは余りに惨い‥‥しかし‥‥」)
このまま全てが朽ち果ててしまえば‥‥ふと希望的甘美な誘惑が脳裏を過ぎる。
それを打ち破る様に、一人の兵士が飛び込んで来た。
「申し上げます!」
「何だ!?」
「隣国のワット男爵の手勢が!」
「ぬわにぃ〜っ!!? あのくそネズミ野郎が来たのか!!?」
表に岩場を駆ける蹄の音。それに連なる靴底の鉄鋲が岩を蹴る音が、その数を如実に語る。
天幕の直ぐ手前で、馬上から降りる気配。
「ネズミでは無い、ワットだ! どけっ! 入るぞ!」
荒々しく天幕を押し広げ、一人の騎士がチェインメールをちゃりちゃり鳴らし、意気も高々に入って来た。あからさまに嫌な顔をするモラン男爵。
「ご説明願おうか!? 何だこの様は!?」
慇懃に見下すワット・マルーマン男爵は腰の剣の柄に腕を置き胸を張る。ひょろりとした細身の風貌。ピンと伸びた白銀の口ひげ。
「何がかな?」
「怪物を倒すと豪語されてから何日経った? 未だ怪物を退治出来ぬは、意気地が無いからではと陣中見舞いに参った次第よ。臆病の風がどこに吹いたかと思ってな。どれ? どれ?」
「くっ! 臆病の風では無いわ! あの怪物が抱え込んでいる子供は恐ろしい疫病持ちなのやも知れんのだ! その死体に触れたあの怪物も、疫病をもたらすやも知れぬ! 下手に刺激して再び人里に降りた日には目も当てられぬ事態に陥るやも知れんのだ!」
ワット男爵の威圧を押し退け、即座に立ち上がったモラン男爵。二人は互いに胸座を掴み合う。
「嘘を付け! この臆病者が! 貴様は怪物が恐くて手が出せぬだけであろうが!」
「はぁ!? 良識って奴をお袋の腹の中の置いてきちまった奴にゃ、とんと理解出来ねぇ話をしちまって悪かったなぁ!」
その場の空気は爆発寸前。決闘の『ケ』の字が双方の口から弾け掛けた瞬間、別の兵士が血相を変えて飛び込んで来た。
「ほ、報告します!!」
「「何だっ!!?」」
一瞬だけ振り向き、青筋浮かび上がらせ吼える二人の剣幕に、びびり口ごもる兵士。とんだとばっちりだ。
「こ、子供が‥‥子供が生きています‥‥」
「何だとっ!?」
搾り出された兵士の言葉に、目を剥いて驚くモラン男爵。その様をさも軽蔑したかにワット男爵は見下した。
「ふっ、やっぱりな。貴様の出まかせ等、最初から判っていたのだ」
そんな言葉など耳に入れず、モラン男爵はテントを跳び出し、岩場の例のくぼみを見上げた。
するとその高台ギリギリに、ふらりと青白い顔の少年が、ボロボロの服を纏い、目を瞑って立っているではないか。
「馬鹿な、信じられん‥‥まさかカオスの化け物‥‥」
サッと青ざめるモラン男爵の脳裏では、天界人の医師が語った恐ろしい疫病の話が、恐ろしい力を持ったカオスの化け物という印象にだぶり、それが口を突いて出たのだ。
そんな様を鼻で笑い、後から続くワット男爵が手を挙げる。すると、配下の騎士や兵士達が、一斉に弓を引き絞った。
「放て〜っ!!」
「ま、待てっ!!」
被さる様な二人の声は、正に幾十もの矢の引き金であった。
カラカラと乾いた音を発て、岩場から矢が舞い落ちる。寸での所で、例の黒い怪物が様子のおかしいトミー少年の身体を、嘴でつまみ、岩陰に引き込んだのだ。
「何て馬鹿な事をしてくれるんだ!! すぐ、止めさせろ!!」
「お前に指図される覚えは塵一つ分も無いぞ、モラン殿。そうだな、今すぐ貴様の主であるショア伯様を連れて来て、そう言われたのなら、止めもしようがな。まぁ、丁度よいではないか、どちらが先にあの化け物どもを退治するか、賭けようではないか?」
優越感に浸り、目を細めて笑うワット男爵は、軽く手を挙げて一人の男を招き寄せた。
その男は、騎士でも兵士でも無い。茶色い獣皮のチョッキに、一見して使いこなされていると判る大きな弓を持ち、腰には獲物の野うさぎを数羽ぶら下げている。矢は、艶やいだ黒い羽を矢じりに用い、十数本は矢筒にある。黒い髪と瞳を持つ、目つきの鋭い、日焼けした浅黒い肌の男だ。
「ガキとケダモノ、一匹金貨五枚。合わせて十枚。確かに払って貰えるんだろうな?」
「貴様の腕が、口ほどの物ならばな」
口元を歪ませ、ワット男爵は男に答える。すると、男は己の胸の辺りを軽く叩き、不敵な笑みを浮かべた。
「任せろ‥‥トリカブトの毒を使えば、かすり傷でも致命傷よ。あの距離なら、二本同時に撃っても決して外しはしない‥‥あんたの兵はまるでなっちゃいない。邪魔だ‥‥」
「うむ、下がらせよう」
そう言うと、ワット男爵は手を大きく横に薙いで騎士や兵士を下がらせた。
そこへモラン男爵は大きく両腕を開いき立ち塞がるや、配下の騎士や兵士達もこぞって立ち塞がる。
「止めろ!! あの男を止めさせろ!! あの子供の両親は発病して直ぐに死んでいるのだぞ!!」
「ならば、何であの子供はあそこに立っていた? 貴様の兵士はどうだ? 下手な嘘は直ぐにばれるものよ‥‥それとも、我等を力尽くで排除するか?」
ワット男爵の背後にも、ほぼ同じ頭数の騎士や兵士が集う。
猟師風の男は、そんな事はお構い無しに天を見上げた。空はうっすらと赤みがかっていた。
「もうすぐ夕暮れか‥‥さて‥‥どこから狙うか‥‥」
男は狙撃ポイントを探しに、その場を立ち去った‥‥。
●リプレイ本文
●冒険者ギルドで
「今の所は居ませんねぇ、染之助闇太郎という天界人の方の登録は。同じ名前で、これまでに9回程依頼を出されている方がいらっしゃいますが」
「おう、そうか‥‥」
係員は戻ると、憮然とするマイケル・クリーブランド(eb4141)へ事務的に答えた。
●扉を開けて
「じゃあ、この鉢、頼むぜ」
最後にノワールの扉をくぐるマイケルは、キッと睨み、再び闇太郎へ鉢を預けて行く。
「行ってらっしゃいませ」
「行ってらっしゃ〜い☆」
絵師の前でポージングをする闇太郎とリリムの二人は、声だけで皆を送り出した。フェリシア・フェルモイ(eb3336)の連れて来た絵師の周りには、既に十数枚に及ぶスケッチが床に散乱している。それでも手を休める事無く、一心不乱に描き続ける。その熱意はこの部屋に集う者へ、言葉に出さずともヒシヒシと伝わって来る。
そして、夕闇の中へ脚を踏み出した冒険者達は、さくりさくりとふわふわの土を踏み、森の巨木の洞を背に立っていた。カビ臭澱む空気を抜け、緑溢れる木々の息吹にしっとりとした大気の中へと。背後よりキイィと扉が閉まる音。そしてその気配は消えた。
木立ちを抜け、開けた先で一行が目にしたのは、貴族同士のにらみ合い。
少年を抱え込み、羽の折れた黒いグリフォンが立て篭もっていた大岩の下、幾つものかがり火が焚かれ、にらみ合う両陣営は、それぞれの大将が向かい合う様に天幕を張り、運ばせた木製のテーブルの前にでんと座って睨み合っている。
「何やってんだ、あいつら?」
眉間に皺寄せアリル・カーチルト(eb4245)が吐き捨てた。
「取り合えず、対立の内容を聞こう」
「お、おい‥‥」
トンとリール・アルシャス(eb4402)に背を小突かれ、アリルは二三歩たたらを踏み、しぶしぶ歩き出した。
方や大多数が見覚えのある金髪碧眼のモラン男爵、方や細面の銀髪碧眼の男。双方口ひげを伸ばし、何やら偉そうである。
モラン男爵の前に、従者の手によりハトの丸焼きが恭しく饗される。
すると、向かいの男が小ばかにした様に目を細め、その男の前にウサギの丸焼きが。
それを見てムッとするモラン男爵は、パンパンと手を叩く。すると、モラン男爵の前に子豚の丸焼きが。そして、相手の皿がさも貧相であるかの様に、ふふんと鼻で笑う。
笑われた方も、わなわなと身を震わせる。だが、直ぐにニヤリと笑い返し、パンパンと手を叩く。すると、天幕の後ろから、従者二人がかりでこんがり焼けた羊の丸焼きが担ぎ出されて来る。そして、どうだと言わんばかりに己のピンと伸ばした髭を撫でた。
するとモラン男爵は負けじとポンポンと手を叩く。すると、天幕の後ろの方で何やら動きが。
「おい、いい加減にしろよ! ここで大食い大会でも始める気か!?」
目を見張る程の速度でぴょ〜んと飛び出した小さな影が、モランとその相手の男の丁度真ん中に立ち、目を剥いて二人を罵倒する。パラの戦士、ジム・ヒギンズ(ea9449)は鼻息も荒く大理石のパイプをぐいっと突き出した。
「まったく!」
慌てて、双方の兵士がわらわらと前に出る。だが、ジムにとっては欠伸が出る程にトロイ。
(「まったく、やっかいな事になってるな!」)
「なんだ、やろうってのか? やるんなら、お前等その前にあの子を助けろよ!」
ダンと踏み込んで見せると、その勢いに浮き足立つ。
「へっ! 全然なっちゃいないなぁ!」
そこへマイケルとルナ・ローレライ(ea6832)が走り込む。
「お、おい、どういう事だ!?」
「そうです。説明願います」
「な、何だ、お前達は!?」
その勢いに気圧されるワットに、モランは優越感に微笑みながら三人に歩み寄った。
「何、彼等こそがあの少年とグリフォンの危険を私に教えてくれた者達だよ。しかも、聞いて驚けよ。この男はあの『天界人マイケル』だぞ」
「な!?」
ワットは口をあんぐりと開けて驚いた。
ワットがワット? と驚いたのは、振り向き様にモランを殴り倒したマイケルにである。
「な、何をする!?」
「やかましいっ!!」
鼻血を流しながら起き上がろうとするモラン。
そこへ三人に比べて足の遅い、夜光蝶黒妖(ea0163)やチカ・ニシムラ(ea1128)、トリア・サテッレウス(ea1716)、黄安成(ea2253)、アレクセイ・スフィエトロフ(ea8745)、フェリシア、伊藤登志樹(eb4077)、アリル、そして少し遅れて荷物を背負った難波幸助(eb4565)らがわらわらと雪崩れ込む。
「やれやれだぜ‥‥どーしてこー血の気の多い奴ばっかなんだよ」
息を切らしながらぼりぼり頭を掻き悪態をつくアリル。それを押しのけ、ユニコーンのアリョーシカを連れた、アレクセイはその青い瞳で厳しい一瞥を投げかける。
「人の上に立つ立場でありながら、何と軽率な!」
そこで、にこにこ顔のトリアが、ぽろろ〜んとリュートベイルを掻き鳴らした。
「どうも‥‥お熱い所‥‥少し失礼します」
鬼の面頬をつけた黒装束の女、黒妖が進み出る。
「ただ双方にとって‥‥有益かそうでないかの‥‥話を持って参っただけです」
ぽろろ〜ん。
「現在、我等の同士がこの事態を打開すべく動いております」
芝居がかった仕草で、気品あるナイトレッド色のマントを翻し、トリアは恭しく頭を垂れた。
「そこで、おふた方には双方の兵士を一旦引いて戴きたいのです」
「兵士をねぇ」
「どうだか」
モランとワットは互いに顔を見合わせた。
トリアの傍らに控えていた者も口添えするが、赤備の名もトルク分国外では縁遠き事。
「僕等としては、モラン男爵の兵には、領民たちの不安を抑えるように領内の警備を、アナタの兵には、最悪の事態に備えて今は英気を養っておいて頂きたいのです」
トリアは語りながらも、何やら不穏な空気に気付く。
ワットが手を振ると、配下の騎士や兵士達が下がる。
「だがな。我々とていつまでもあの魔獣に手をこまねいている訳ではないぞ」
「ここで、こうやって肉の丸焼きを幾つも作らせているのは何の為だと思う?」
モランも騎士の手を借りて立ち上がり、ぽたぽたと滴り落ちる血を手で抑える。
「あの怪物は、もう何週間も獲物にありついていない」
「この肉の焼け焦げるる匂いは、さぞかしあのけだものにとって甘美であろう」
「何と言う事を!」
既に周囲はかがり火に赤く染め上げられ、フェリシアは顔からサッと血の気が引く音を聞いた。自分とは真逆の発想。くっと真一文字に結んだ口から、自分でも驚く程の大きな声が飛び出していた。
「貴方がたはカオスの手先ですか!? その様な恐ろしい手を!」
すると、ワットはフェリシアへ厳しい目線を投げ付けて来た。
「女、カオスとは戴けぬな」
まぁまぁとモランはフェリシアをなだめる様な仕草。
「所詮はけだもの。匂いに吊られて顔を出したところで、雇った猟師が毒矢を射る。それで終りだ」
「どちらが雇った者が、先に射殺すかと言う勝負の真っ最中という訳だ」
鼻で笑うワット。そんな二人に、見るまでも無く怒気を膨らませる男が居た。
「き、貴様ぁ〜っ!!」
「よせ、マイケル!!」
「落ち着け!!」
登志樹と幸助が後ろから羽交い絞めに引き止める。
すったもんだしていると、ようやくリールが森の中から抜け出して来た。
「はぁはぁ‥‥一体どうなってるんだ?」
「にゅぅ〜‥‥なんで皆自分のことしか考えてないんにゃ‥‥ともかくっ、少年もグリフォンも両方助けるにゃっ!」
余りの事に、チカは手足をばたつかせながら叫ぶ。だが、それもワットの冷ややかな目線には通用しなかった。
「どうやってだね?」
「あの化け物は悪性の病気を持ったまま、あの岩山に追い込まれてもう半月。こうしているからこそ、天界の恐ろしい病気がこの地に蔓延する事無く‥‥」
ムッと押し黙り、腕を組む黄。
ぽろろ〜ん‥‥ぽろろ〜ん‥‥ぽろ‥‥。
すると、一行に話が進まぬ様に、にこにこ顔のトリアの額にゆっくりと青筋が。
「黙らっしゃい!! 貴方がたのさえずりを聞きに来たのではありません!! 魚を喰え!! 魚を!! 少しは頭が良くなるというものです!!」
「さ、魚!?」
「何を!?」
いきなり突拍子も無い言葉に目を白黒させる二人。
「そもこの様な危急の折に、領主二人が揃って争うとは何事か!?」
ずいっと前に出るトリア。
「どの様な遺恨があるから存じ上げませんが、この期に及んで要らざる混乱を招くとは言語道断!!」
この時、アリルの視界の隅を何かが過ぎった。
「やべ‥‥」
短く呟いたその言葉は数秒後に起こる出来事を如実に物語る。
暗黒の夜空に広がる漆黒の翼。
しかし、下界では喧喧諤諤と苛烈な言葉が放たれていた。
「民の上に立つべき士分の所業では無い。恥を知りなさい!!」
「何をっ!!?」
「我等が恥知らずと申すか!!?」
静かな滑空から、城門程は軽くある大きな翼をワッサワッサと打ち鳴らし、屋根をも吹き飛ばす気流を生み、数ヶ月前にショア湾をパニックに陥れた大怪獣が、再びこの地へ降臨したのだ。
ぎょぇぇぇぇぇぇぇぇぇんっ!!!!
耳を劈く雄叫び。それは飼い主を求めるペットのそれ。が、それを判る者は少ない。
例の岩山の上に着地したロック鳥のフェイトは、ガラガラと足元の人間大の岩石を蹴散らしながら、星明かりの下、闇色の影となって吼えた。
「な、なんじゃこりゃぁ〜っ!!?」
「カオスだ!! カオスの化け物だ!!」
「うわぁぁぁぁぁっ!!?」
「きゃぁぁぁぁぁっ!!」
「いやぁぁぁぁぁっ!!」
「おのれカオスの化け物!!」
落石に追われ、逃げ惑う人々。
「て、撤収!! 撤収ぅ〜っ!!」
更に下へと舞い降りたフェイトは、燃え上がるモラン男爵の天幕の下から、馬の丸焼きを引きずり出しカッカッと凄い勢いでついばみ始める。
そこへ小走りで駆け寄るアリルは、両手を挙げてしかりつけた。
「こらっ、フェイト!! 冒険者街で大人しくしてろって言ったじゃないか!!?」
首を左右に振って、イヤイヤをするフェイト。左右の脚を踏み鳴らすと、ルナやチカの小柄な身体はこんなにも間近にいると、それだけで宙に舞う様だ。
「あんっ!?」
「みゃっみゃっ!?」
互いに手近な相手にすがりつく。
「うおっ! おほっ! こいつぁいいや☆」
ジムはご機嫌に、この局地的地震と共に跳ねた。
●翌朝
黄は肌を刺す早朝の大気の中、怪我人の様子を見回ってから岩山を見上げた。
距離にして数十メートルはあろう。そこには、若いロック鳥、フェイトが羽を休めている。その寝息がふもとまで、獣臭い風となって。
「覆水盆に返らずじゃが、雨降って地固まるになればよいのじゃ‥‥じゃが、泣いてフェイトの首を斬る、にならねば‥‥」
眉間の皺は消えない。への字に曲がった口元は、硬く結ばれたままだ。
「良く休まれまして?」
そう言って、礫の間をゆっくりと歩み寄るフェリシアに、黄は首を左右に振った。
「あなたこそ、もう起きても良いのじゃろうか? リカバーで消耗した魔力は?」
「はい、もう充分ですわ。ありがとうございます」
無骨に差し出された黄の手をとり、フェリシアは穏やかな微笑を浮かべた。そのエルフ耳の垂れ具合や、碧の瞳の輝きから大体の様子が黄には感じられた。
(「まだ充分ではないじゃろうに‥‥」)
「でも、本当に良かった」
「何がじゃ?」
「どちらもまだ生きていて」
眩しそうにフェリシアが見上げる岩場のくぼみ。ここからは見ようが無いそこに、昨晩の内にチカがブレスセンサーで調べると、確かに二つの息があったのだ。
黄がちらりと傍らを見やると、岩をベッドにすやすやとまだ寝息を立てているチカと、包帯やらバックパックから出しかけたままに寝入っている幸助の姿があった。
さて。岩場を実力? で占拠してしまった冒険者の一行は、ある者は既にそれぞれの行動を起こしていた。
昨夜の内に『緊急事態発生!!』の報は、かがり火によりショア全体へ通達されていた。モラン男爵の館では、既に近隣のグリガン男爵を始めとする近在の騎士達が馳せ参じ、すわカオスの化け物出現と倍なる軍勢が行軍を始めようとするその矢先であった。
ひゅんと風を切って、一つの黒い影が動き出そうとする騎馬達の前に立つ。
「おおっ! おぬしは!」
先陣にあるフルプレートを身に纏ったグリガンの巨漢が、可愛そうなくらいに不釣合いな細身の馬首を引き止める。
「グ、グリガン殿! こやつも冒険者の!」
「おお。この度、晴れてメンヤード家直臣に加わった、天界人の夜光蝶黒妖殿だ」
泡を食った様なモラン男爵の表情が、みるみる青ざめる。
「は、伯爵様の直臣‥‥」
すかさず黒妖は口上を述べた。
「昨晩は‥‥モラン男爵には‥‥仲間が生意気な口を‥‥その上‥‥仲間のペットがそそうを‥‥」
「あ、あれがペットの仕業だと言うのか!!」
「ペットぉ〜っ‥‥?」
ざわざわと騎士達の口からどよめきが。
「説明願おう!」
背後の騎士達の中から、神経質な声が飛ぶ。
「さて‥‥モラン男爵‥‥驚かれたのも無理は無い‥‥ショア伯様へお見せする為の魔獣‥‥些か大き過ぎ申した故‥‥宵闇に‥‥カオスの化け物と‥‥勘違いをなされたのです‥‥」
「勘違い‥‥」
「何と人騒がせな!」
「モラン殿!」
次々と馬首を巡らせる騎士達。またある者は、その魔獣とやらを一目見ようと居残っている。
黒妖は、静かにそっと告げた。
「モラン男爵‥‥この度の件‥‥もし丸く治めたなら‥‥どうでしょう? その時は‥‥しかと貴方様のご活躍を‥‥ショア伯へとお伝えしましょう。ですが‥‥その逆の場合でも‥‥伝えますけど‥‥事実のみ‥‥それは我等の見解で‥‥ですが‥‥」
鬼の面頬の奥より、黒い瞳でじっと覗き込む様に、黒妖はモランを見据えた。
さて、岩場では。
「さあ、俺の金貨よ。猟師はどっちだ?」
『ちょっとだけ離れてる。ちょっとだけ‥‥』
金貨を通して精霊が囁く。サンワードの初級魔法ではそんなものだ。
「ちっ」
舌打ちするマイケルの横。魔法少女な『まじかるチカ』はくるくるっと回ってブレスセンサー。
淡い輝きに包まれるや、ぱっちり目を見開いた。
「みゅっ♪ あっちに大っき目の浅い呼吸があるの! 昨日の夜は、いっぱいあったから判らなかったけど、あっち! あの辺の木の上なの!」
昨晩は、蜘蛛の子を散らす様に、森中逃げ惑う兵士でいっぱいだったのだ。
「判ったのか!?」
パシッと金貨を掌に叩きつけ、だっと駆け出すマイケル。
「どっち!!?」
ズサッと斜面の下生えを踏み締め、森の中を進むリール。
その脇を、倍なる速度で走り抜けるマイケル。
「そっち!!?」
「こっち!!」
マイケルはあっと言う間に、リールを追い越し森の中へと消えて行く。
その上空を、箒に乗ったアレクセイが追う。
「どこだ? あれだけ捜したのに‥‥」
チカ達が目覚める前から、もう何時間も捜索を続けていたアレクセイだったが未だ発見出来ずにいた。箒の先をチカが指差す方向に向けるが、その辺は上空からもう何度も捜している。
覗く様に、インフラビジョンで体温を見る登志樹。一応、普通の人間に見え、ホッと胸を撫で下ろし、ゼスチャーで下へ。
「さて、狙撃ポイントも判った様だし。一人と一匹も生きてたし、おれはちょっとショアへ行って来るよ」
ヘラヘラ笑い、登志樹は魔法の空飛ぶ絨毯からひょいと降りると、皆に一声かけた。
「今からか?」
「ちょっと気になる事があってな」
問い返す幸助へおどけて答える。
「へっへっへ。魔法の靴があるでよ〜!」
クリッククリックと踵を鳴らして見せる登志樹。軽く手を振り、それから凄いスピードで走り出した。森の中を抜けるには、朝露に濡れた蜘蛛の巣を幾つも引っ被り、枝であちこち引っかき傷を作ったが、街道へ出ると楽なものだ。近くまで来ていた騎士達に軽く手を振り、正に風となって走り抜けた。
トリアとアリルが下から見守る中、魔法の絨毯に乗ったフェリシア、ルナ、チカ、幸助、黄、ジムの6人は、ゆっくりと舞い上がった。
先ずは、ルナがグリオフォンへ向けて、落ち着く様にと歌い出す。次第に淡い輝きに包まれるルナ。
♪眠れ我が子よ 私の胸で
姿違えど 想いは同じ
心、安らかに 体、暖かに
私がそばにいるからね そっと貴方に囁くわ
だから、おやすみなさい 明日も元気に
歌い終わり、その余韻が消えぬままに、絨毯はその岩棚へと。
それからフェリシアは、手に野味の深いハーブを持ち、そっと降り立った。その岩棚には数十本もの矢が転がり、その奥に一見、死んでいるかの様に、幾本もの矢を受け、羽の艶も失せた黒いグリフォンが横たわり、その胸元にやせこけた少年が青白い顔で横たわっている。互いに身を寄せ合う様にして。
「うっ」
数歩近付いて、フェリシアはその異変に気付いた。
このグリフォンは、左の翼を上にしてこちらに腹を向ける様にして横たわっている。その左の羽の付け根に、ハエがたかっている。折れた骨が突き出て、白いうじが何十匹と湧いている。
同行している五人も、無言でそれを見入った。
「暴れる力も無いんじゃないか‥‥?」
幸助がボソリと呟く。
「うみゅ〜、グリフォンさん可愛そう」
「羽が折れているのは、判っていたけど」
チカとルナは、目をそらして瞳に涙を浮かべた。
「何だよ‥‥こんなのってありかよ」
ジムは今直ぐにでもトミーに跳び付いて励ましてやりたかったが、それすら危うい雰囲気だ。入口に腰掛け、パイプを咥えた。
「これは、私の力ではどうにも出来ません」
フェリシアは首を左右に振って、俯いた。
どう見ても、石化して運ぶには目の前のグリフォンは大きすぎる。魔法の絨毯も運びきれないだろう。
「アリルを呼んで来るのじゃ‥‥」
幸助は頷き、箒に跨って一人降りた。
そして入れ替わる様に、岩棚に姿を現した天界人の医師、アリルはギリリと唇を噛む。
(「先ず脱水症状を起こしているだろう‥‥斑点はもうほとんど消えている‥‥呼吸は弱いがまだ大丈夫か‥‥点滴が出来ればちぃったぁマシだが、そんな器具すら無ぇ! どうする!? どうする俺っ!?」)
「先ずはトミーを起こして、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ水を口に含ませてやってくれ。いっぺんに飲ませると、肺に行って死んじまう場合があるからな。それから降ろす準備だ。グリフォンは絨毯にのっからねぇ‥‥重過ぎる‥‥降ろしようがねぇ‥‥フェイトじゃ、多分‥‥落としちまう‥‥」
大きく羽ばたいた時の突風を想像し、肩を落とすアリル。
黄はそんなアリルを黙ってみつめ、フェリシアも黙って布に水を含ませた。それからルナを伴い、そっと少年とグリフォンへ近付いた。
「フェリシアさん、この子、大丈夫?」
「大丈夫。きっと大丈夫よ」
心配で、トミー少年の顔を覗き込むルナ。
フェリシアは自分に言い聞かせる様に、ルナへと答えた。
垢と膿が乾いた痕の残る小さな、やせこけた顔。そっと抱き起こそうとすると、その余りの軽さに胸をぐっと締め付けられた。
「このグリフォン。リカバーの魔法では、治せません。その傷はクローンの魔法でなければ‥‥教会へ運べばあるいは‥‥」
「しかし、どうやってじゃ‥‥」
黄は腕を組み、岩棚の外を見る。
まだ、猟師を見つけたとの合図は無い。
暫くすると、アレクセイが舞い戻って来る。
「駄目だわ。私やリョーニャの目をもってしても見つけられない。チカさん、手伝って」
「うみゅ〜‥‥行って来ま〜す」
意気消沈したチカは、この岩棚の入口に立ち、ブレスセンサーを唱えると、今度は森に大勢の人らしき気配がいっぱいあり、どれがどれだか判らない。
「みゅ〜‥‥また男爵さんが戻って来たかも‥‥ごめんなさい‥‥」
涙目になるチカ。アレクセイは、そんなチカをそっと抱き寄せた。
「馬鹿ね。謝る事なんか無いわ。私が頼んでるんだから‥‥」
「みゅ〜、ごめんなさい‥‥ごめんなさ‥‥ぃ‥‥」
ふるふると首を振って、震える様に泣くチカの少し寝癖のある頭を撫で、アレクセイは沈痛な表情で森の木々を見やった。確かに誰かに見られている、そんな気配は感じるのだが‥‥。
その頃、グリガン男爵を始めとする、ショアの騎士達は、岩山の頂きにあるフェイトを見て成る程と納得していた。ある者は手頃な木によじのぼり、またある者は猟師を捜して回るマイケルやリールに、気楽に声をかけて来た。そんな気配が、チカの探知を妨げているとも知らずに、アリルのペットであるというフェイトの巨漢を、土産話にと夕暮れまで大勢が眺めていた。
●こちらミミナー商会で御座います☆
「い、いらっしゃいませ‥‥」
目を点にして、商会の店子がこちらを眺めた。
「こっちで天界の野菜をって聞いたんだけどよぉ〜っ!」
怒髪天を突くとはこの事か。
店頭に姿を現したのは、ぼさぼさ髪に葉っぱや蜘蛛の巣をいっぱいくっつけた登志樹だった。
「はいはい。何の御用でしょうか?」
応対した店子の様子を見て、奥から少し言葉の達者そうな男が顔を出す。
「だから天界の野菜をって話を聞いて、来てみたんだ」
ポンポンと防刃防弾ベストの埃をはらい、どっかと店先に腰を降ろす。
「はあ、それはどなたからのご紹介でしょう?」
「キノークさんだよ」
「はあ‥‥失礼ですが、どの様な御用で?」
「色々見せて貰いたいし、聞きたい事があるんだ」
「どうしたネ?」
すると奥から、巨漢の用心棒、スーがのそりと顔を出した。
「お前達じゃ埒が開かねぇ! ナガオを呼べ!」
「若旦那様、お前みたいナちんぴら、相手しないネ。足元、明るい内ニ帰るヨロシ」
「んだとぉ〜っ、こらぁっ!!」
色々聞いて回った結果、どうやら病人は出てないらしい。さらにその話の出所がどこかも‥‥。
「なんだい、騒がしいじゃないか」
奥から主のナガオ・カーンが顔を出す。
「天界の野菜の件で話を聞きたい」
「聞きたいだけかい? あがんなさいよ、天界の方」
「俺には伊藤登志樹って名前がある」
やれやれと言った感じで肩をすくめるナガオに、奥へ通される。
「いらっしゃいませ、登志樹さん」
マリンがお盆に銅製のカップを二つと、ワインのタンブラーを載せて姿を現した。
そして、それをテーブルの上に置くと、ナガオが戻って来る。マリンは一礼して退席した。
「で、話ってえのは何ですか?」
にっこり微笑むナガオは、ぴっと1本指を立てた。
「時は金なりです! さ、お聞きしたい事にお答えしましょう」
そこで天界の野菜にまつわる話を色々聞いてみる。
「なんでもスーパーとやらで買い物中、こちらに落ちて来たらしくって、珍しい物を持ってたんで、色々買わせて戴いたんですよ」
そう言って、ナガオはジャガイモや玉葱、園芸用のとうもろこしの種の袋、それらを見せた。
「この間の農民なんか、なんだこりゃとか言って、土つきのままこの『じゃがいも』って奴をかじってしまいましてね。ひどい味だ。こんなもの作れるかってね」
ナガオは苦笑いしながら、大きくかじられた、芽がいっぱい出た土つきのじゃがいもを差し出した。
「へぇ‥‥中国産か‥‥」
ネットのラベルを見て、登志樹は呟いた。
●夕闇が迫る頃
岩棚に赤い光が灯る。カジノバー『ノワール』、その漆黒の扉が現れた事を意味する兆候。
そして扉は開かれた。その向こう、現れたのは染之助闇太郎の濃い顔立ち。ピッチリとした漆黒のスーツを纏い、一同の前に静かに佇んでいた。
「皆様、カジノバー『ノワール』へようこそ」
慌てて、その場に居る者達は、懐の中のカードを手にした。淡く輝いている。
「昼と夜が入れ替わる頃、この扉は開かれます。どうかなさいましたか?」
この男は相変わらずである。
「店に入れさせろ!」
アリルが喰ってかかる様に、闇太郎を押しのける。
「お客様がお入りになるのは構いませんが‥‥」
衰弱したトミー少年を抱え、ルーレット台の上に寝かせると、次にはその場に居る者、全員でグリフォンを店内へ。椅子やテーブル、観葉植物は壁際に押しやられ、その黒い魔獣はふわふわの赤い絨毯の上に横たわっている。店から出られない者達も、リリム達バニーガールにも手伝わせ、今度は外に運び出す。
一度閉じられた扉の向こう。
それは皮肉にも、このアトランティスに作られた唯一の教会。その前の広場が望める、丁度真向かい。
「教会だ!」
宵闇が迫る王都ウィルの教会前。
「開けて下さい! どうか開けて!」
「開けろ開けろ開けろ〜っ!!」
ダンダンダン!! ダンダンダン!!
チカ、トリア、黄、ルナ、アレクセイ、ジム、フェリシア、幸助ら8人は、戸口で見送る闇太郎とリリムを尻目に、教会の門を叩いた。
●闇のゲーム、その勝者は
一同が揃うと、闇太郎は開口一番。
「今回は、皆様ズルをされましたね」
ぷはぁ〜。
パイプをふかしながら、ジムは備え付けのボックスティッシュから一枚取り出すと鼻をチ〜ンとかむ。
「な〜に〜が〜?」
丸めてぽ〜んと屑篭へ。
「ゲームに勝つ為に、中立の立場にある私とこの店を利用した点です。リリムさんは、面白がっていましたけど‥‥」
「あたしはどっちに転んでも構わないわ」
さらりと言ってのけるリリム。
「可能性はゼロじゃ無いし〜♪ それに、私の懐はこれっぽっちも痛まないわ☆」
リリムは窓辺に歩み寄る。窓が開かれる。
その向こうには漆黒の闇。だが、その闇にあってうごめく何かがあった。自然に部屋の明りがトーンダウンすると、その場に居る者達の目に、ようやくそれが何か判ってきた。
艶々と光る闇色の鎧を身にまとい、赤い目をした黒い騎馬に‥‥いや、それは誰の目にも例の黒いグリフォンである事は明白であった。その左の翼は、あろう事か金属のそれ。そして、その身も艶々と赤黒く濡れている。そう、それは数多の返り血を浴びし者の姿。
濃厚な血臭が、どっとこの部屋に立ち込める。それはまごう事無き死の気配。
ぬらり。高々と掲げられるは、血塗れの巨大なサイズ。
ずちゃり。ずちゃり。
その脚を引きずる様に、血塗れの暗黒騎士がゆっくりと、こちらへ向い駆け出した。
「あ〜あ、ざ〜んね〜ん‥‥」
少し悪戯めいた口調で、リリムはパタンとその窓を閉じ、その紅い唇を突き出して見せた。
そして闇太郎は恭しく勝利宣言をする。
「おめでとう御座います。今回も、一先ずは皆様の勝利となりました。死の疫病を運ぶ暗黒騎士は、その生誕を阻止されたのです」
「本当かよ‥‥」
アリルの悪態も力無く、カウンターへ背をもたれさせる。
「それでは、今回解放されるのは‥‥」
闇太郎が天井へ向けて、右手を掲げると、一枚の羊皮紙がひらひらと舞い落ちて来た。
それを一読して、闇太郎は皆へ見せた。
「商人のオークスさんです」
店の奥で、幽鬼の様にポーカーを続けていた男が、びくりとその背を震わせた。
フェリシアは進み出、闇太郎の手からそれを受け取る。
すると、それは青白い炎と共に、一瞬で消えてしまった。
驚きに目を見張るフェリシアだが、次にはしっかりとした口調で闇太郎に問い掛けた。
「闇太郎様、貴方様は日々楽しく暮らしておられますか? 意に沿わぬ事をなさってはおられませんか?」
「いえ。その様な事はありませんよフェリシア様。これは私が望んだ事‥‥」
相変わらずの無表情。闇太郎はかなり芝居がかった仕草で、恭しく一礼。
「それでは、次回の闇のゲームでお会いしましょう」
がやがやとざわめく中、オークスはふらふらと店から出て行った。
「これ、返して貰うぜ」
マイケルは、鉢をひょいと持ち上げると、リリムに向き直る。
「あ〜あ、残念。こんなチャンス、本来ありえないのにな‥‥」
そんなリリムの言葉を無視し、マイケルはつかつかと歩み寄った。
「一つ言っておく。俺の仲間を侮辱するな。誰も高みの見物なんて決め込んでいない。別方向で動いていただけだ。それくらい…分かってただろう?」
「さあ‥‥誰も、他人の胸の内を知る事は出来ないわ。本当のところはね‥‥」
真っ赤な唇を微笑ませ、リリムはマイケルの瞳を覗き込む。
「不安だと苦しい? 誰かが傷付くのは悲しい?」
「戯言を!」
くるりと振り向き、マイケルは闇太郎に対峙した。
「あんた、元の世界に心配してくれる家族はいないのか。こんな所でこんな事してるなんて知ったら、お袋が悲しむぜ?」
「母は地獄の様な世界に生き、今は天国に居るでしょう。ですが、私はギャンブラー。ギャンブラーの末路とはそういうものです」
「くっ‥‥あばよ!」
ぐっと鉢植えを抱き、マイケルは闇のゲームから立ち去るのであった。
●ショア伯別邸
ウィルの貴族街にある別邸。
黒いグリフォンとトミー少年は、暫くそこで療養する事となった‥‥。