ノワールの囁き5〜胎動、ミミナー商会
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■シリーズシナリオ
担当:マレーア3
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:15人
サポート参加人数:5人
冒険期間:03月17日〜03月22日
リプレイ公開日:2006年03月22日
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●オープニング
●暗闘
「殺!」
闇に気配が交錯する。
手足が打ち合わされ、拍音が短く発す。
しゅるると触れるや蛇の這う如く、野太い腕が絡みつき、その指が急所を狙う。その意図を振り切り、独楽の様にくるくると闇舞する。
大気を押し、重い一撃が紙一重。避ける先に追いすがり、受けるやぐんと捻り込み、逆に手足が弾かれた。
風に吹かれる柳の様、しなやかな細身の肢体は、暴風に吹かれるがままに受け流す。
退路を目指すや、片や退路を封じ、闇の攻防は永遠に続く様であった。
どぼんどぼんと海中に逃れると、それ以上、殺意は追いかけて来なかった。
この水音に周囲の船も、見張りがカンテラを手に海上を照らし出す。
「何事です!?」
ビッグマネー号の甲板上でも、とんがりナイトキャップを被ったナガオ・カーンが、大きな枕を手に姿を現した。ピタピタとスリッパを鳴らし。
すると、巨漢の男二人が恭しく片膝を着いた。
「大きなメスネズミ二匹ネ」
「取り逃がしたのかい? 信じられないなぁ〜。暗殺拳の使い手、という触れ込みも眉唾モノかな?」
ナガオは目を細め、目の前の巨漢二人を眺めた。
「今宵のネズミ、二匹共プロ。只者で無いネ」
「若、気を付けるヨロシ」
すくっと立ち上げると、頭一つ分以上に背が高い。
「まぁまぁ、この船に盗られて困る物なんかねぇ〜‥‥」
そう言ってナガオは目を鋭く光らせた。そしてにっこりと笑みを浮かべ、指を一本すくっと立てた。
「わっかりました〜☆ このミミナー商会に悪さする奴には、それ相応のお返しをしなければなりませんね! 舐められたままじゃ、この業界、やってられません。そうでしょう?」
「大旦那様なら、そう言うアルネ」
「石を抱かせて沈めてやんナ、口癖ヨ」
「まぁ、手当たり次第という訳にはいきませんから、ちょっと様子見かな? 敵が判ったら、スーさん、カーさん、殺っておしまいなさい」
二人の巨漢は、眼前で手を組み、恭しく一礼する。ナガオはそれを不敵な笑みで眺め、夜風にぶるるっと身体を震わせ、巨大な枕を抱き締めた。ぷぅっと息を吹き込み、暖かくなった部分に頬を当てる。
「さて、急に面白くなって来ましたよ‥‥真面目な商売人の顔も、あと少しですか‥‥それもまた、寂しいですね‥‥」
●ゴロイの岬
真っ青な空に真っ青な海。
岬の岩場に波が砕け、潮風がその飛沫を舞い散らす。
ころころころころころ。転がる様に、駆けずり回る子供達。それに追われ、ギャーギャーと逃げ惑うカモメの群。フナ虫がチョコチョコ走り回り、岩陰に何匹もの色鮮やかな蟹が引っ込んだ。
ボートを近くの岩影に繋ぎ、海の流民達がわらわらと上陸する。
わいわい騒ぎながら、崖下に大勢で集まり、全員で見上げた。そうすると、誰とも言わず少なからぬ感嘆の息が漏れる。
「おおっ、凄いなぁ〜こりゃ!」
「俺達も何か残してやろうぜ!」
「いえ〜っ!!」
こうなると話は早い。船に跳んで戻る者、その辺で手頃な石を捜す者。
やがて手に手に石や金槌を持ち、早速、気の赴くままに船や魚や、自分達の姿を楽しそうに刻み出した。
ガツガツガツガツ!
「あ、じゃあ私も〜! 混ぜて混ぜて〜!」
ガツガツガツガツ!
「おお、それはあの鯨達じゃな!?」
「うん、そうだよ!」
「じゃあ、こっちは子鯨〜!」
「ボクはシャチだ〜! ぎゃお〜っ!」
「せ、精霊さん‥‥」
「ひゃーはっはっは! へたくそじゃのう!」
「ぶー! ぶー! ぶー!」
ケラケラ笑いながら、全員で思うがままに競って描き合う。
すると、離れた塔から遠目に様子を眺めていた兵士が二名、小走りに近付いて来た。
不精髭もボウボウで、ひょろひょろした細腕の老兵二人。陽光が眩しいのか、目をしょぼしょぼさせながら、それでも脂ぎった革鎧に使い込まれた手槍を持ち、腰には古びたショートソードがぶら下がっている。
ぎょっとして慌てて集まる流民達。
「うは〜っ! こいつは派手にやっちまってるなぁ!?」
「おうおうっ! わしがマイハニーと彫ったのは残しておいてくれよ〜!」
そこまで言ってから、二人してぎょっと互いを見合い、慌てて手に持った槍を後ろ手に隠した。
「いや、これはすまんすまん」
困っ顔をで謝る老兵に、皆ほっとして口々に非難し始める。
「なんだ、驚かすなよ〜」
「そんな物騒な物を構えて、危ないでしょ!」
「おうおう! こっちにゃ、小っさいガキが居るだぞ!」
「すまんと言っておるじゃろが〜」
すっかりたじろぐ老兵二人に、ようやくその場は落ち着いた。
●ショアの港
何隻もの商船が、その日もショアの港を出入りする。
多種多様の種族が船を降り、そして思い思いの道行きを歩む。
大海に降り注ぐ雨の一滴の様に、溶け込んで行く。その中にあって、ミミナー商会の間口をくぐる者達があった。
黒マントの旅装束。
「お呼びに預かり、参上致しやした‥‥」
「おやおや、ハンの方はどうですか?」
奥から現れたナガオが笑顔で迎え入れる。
「へぃ、何事も滞りなく‥‥ただ‥‥」
「ただ? 何です?」
「お耳を拝借‥‥」
ナガオに黒マントの一人が、そっと耳打ち。
「ふぅ〜ん、ご苦労な話だね。まぁ、皆さんが近くに来てて助かりましたよ。兄さん達も、旨くやってる?」
「それなりに‥‥」
「じゃあ、もうちょっと手駒を回してって、次の便で頼んでみるか。何にせよ宜しく頼むよ。どうも妙な連中が嗅ぎ回ってるみたいなんだ。荒事は‥‥ボク初めてだからね‥‥」
「若、我々は何をすれば宜しいんで‥‥?」
「うん‥‥女の盗人って判る? 裏で名の通った二人組って聞いた事無いかな? 何しろ、スーさんとカーさんが取り逃がした位だから‥‥」
「マジですかい? そいつは面白ぇや。お二人ともヤキが回ったんじゃないですかい?」
ひっひっひっと一同せせら笑う。
「笑い事じゃないネ」
「うちは真面目ナ商売でやテ来たヨ」
奥からのそりと、険しい表情の二人が姿を現した。
「そっちのヘマ、うちに飛び火したのと違ウカ?」
「へっへっへ‥‥まぁ、そちらのお二人よりは、お役に立ってみせますぜ、若!」
●カジノバー「ノワール」
「ようこそ、ノワールへ」
闇色の扉が開き、闇太郎はいつもと変わらぬ様相で、冒険者達を迎え入れる。
「皆様、前回はなかなか面白いカードを手にされたご様子ですね」
闇太郎は、一組のトランプをリリムの手から受け取ると、慣れた手付きでシャッフルする。そして、上から五枚を手に、それを皆に見せた。
「カードをどう使うか、それは皆様の自由です。どう取り替え‥‥」
二枚のカードを抜き取り、交換する。
「どう組み合わせるか‥‥」
闇太郎が再びカードを見せると、それは連番のストレート。
「エクセレント! いつもこうあって欲しいものですが、現実はなかなかそう上手くいきません」
闇太郎はトランプを返す。
「ですが、皆様にはそれを使いこなす力があると、私は信じております」
シュボッとマッチを灯し、パイプをふかす。そしてカウンターに腰掛けるパラとパイプを掲げ合った。
「では皆様、良いゲームを‥‥」
その言葉を合図に、リリムが扉を開く。その先はゴロイの村。夕闇が迫っていた‥‥。
●リプレイ本文
出発前の事。
「エーロン王子っておめぇらと同じ悪魔だったりすんの?」
「エロ〜ン王子なら、ほら、ここに一個ついてるじゃないの」
うふふ、と笑いながらポンポンと。
「話、はぐらかすなよ〜!」
「だって、知らないんだも〜ん」
傍から見てると、いちゃいちゃきゃっきゃと、とっても楽しそうなバニーガールのリリムとアリル・カーチルト(eb4245)の二人。
部屋の片隅でそんなやり取りも交えながら、カウンターでは白い薬液を空けた皿に、アリルが連れて来た一人の女がスクロールを紐解く。その周りには、闇のゲームへ参加する者達が、その答を心待ちにしていた。
リヴィールポテンシャル。
薬液に触れ、指先で摘むように揉む。
「これは防虫防腐材ですね。木などに塗り、腐ったりカビたり、虫が食ったりするのを防ぐ物です」
最低限の効果では、判るのはその程度。
ほぉ〜、とため息が漏れる。
「鉛について説明しますわ」
今度はファング・ダイモス(ea7482)の連れがにっこりと語り始めた。
「鉛の様な金属は、人の身体に蓄積されると様々な障害を起こすと聞いております。どれ程の量が問題になるかは判りませんが」
「鉛を溶かした薬液につけた網だって、まるで足○銅山鉱毒事件の前兆見たいじゃないか」
眉をひそめ、難波幸助(eb4565)は天界人でも日本人にしか判らない話をこぼした。すると、カウンターでコップを磨いていた闇太郎がぼそりと話し始める。
「鉛中毒は重度の神経障害等を引き起こす事があるみたいですね。確かアメリカでも、随分昔の話になりますか。二十世紀の半ばでしたか、ペンキに鉛が使われていたらしく、日曜大工がブームになった時に問題となり、使用が禁止されたという話をどこかで聞いた事が御座います」
きょとんとする会員達。
「如何なさいましたか? ほら、あちらの映画のポスターをご覧下さい。あの時代のああいう白い家が、正にそれで御座います。トム・ソーヤやハックルベリー・フィンの冒険等での有名な壁のペンキ塗りをするシーンなども、そういったペンキが使われていたのかも知れませんね。私の子供時代には、もっぱらラッカー系のスプレー缶が主流でしたが」
そう言って、右手の人差し指で、くっと何かを押して見せる闇太郎。地球からの天界人にしか判らない話。難波などは逆にへぇ〜っと感心した。
●ゴロイ村 1日目
夕刻。シュラウド老を訪ね、キールソン家の門戸を叩いたエロ〜ン王子、もといその所有者であるアリルは、サラ・ミスト(ea2504)を伴い、その寝室へ通された。どうやら食事を済ませたばかりの様子。
薄明かりの灯される部屋には香草のほのかな香りが漂い、侍女らしき老婆がスープ皿を載せた盆を持ち退室する。
「これは先生にサラ。この様な時刻に如何された?」
寝台の上で上体を起こしたシュラウド老は、穏やかな表情で二人を迎え入れ、すすめられるままに椅子に座った二人。
「いやぁ〜、一つご相談がありまして‥‥」
「‥‥これを飲んでみてはくれまいか? 今の症状に効果があるかわわからんが‥‥ウィルのサカイ商会で購入したものだ」
「薬か? わざわざ、この年寄りの為に」
サラからアリル経由で手渡された物を、怪訝そうな顔で眺めるシュラウド老。一息で飲み干した。
「痛風からくる関節炎と、あれは違うと思うけどなぁ」
苦笑するアリル。
「鉱物毒の解毒剤? 濃厚な昆布の様な味だな」
目をこらしてラベルを読むシュラウド老。特に変わった様子も無い。
「ちょっと失礼するぜ」
アリルが脈をとったり、目を覗き込んだり。
「まぁ、魔法の薬でも無い限り、何を飲んだからとすぐ効能が現れるものでは無いからな」
「鉱物毒というものは、魚などに蓄積されることがあるそうでな‥‥」
アリルの何とも無いという仕草に、うーんとうなるサラ。
そんなサラの肩をその大きな掌でぽんぽんと軽く叩き、シュラウド老は頷いた。
「心配していてくれたのだな。ありがとう、サラ」
「あ、いや‥‥」
「どうかな? わしのバカ息子の嫁にこんか」
「い、いえ。それは結構だ。遠慮する!」
ばっと立ち上がるサラ。シュラウド老は本気か冗談か、高笑い。
そこでアリルは、自分の用件を切り出す。
「実は、化学分析出来る工房がどこかにないか知りたいのだが」
「化学?」
シュラウド老は不思議そうな顔をした。
「薬の分析をしたいんですよ」
「薬ならば、その手の工房を訪ねるが良かろうが、おそらくその技術は秘中の秘。ワシの様な田舎者より、ショア伯様や顔の広い商人等に相談するのが近道ではないのか」
「へぇ。ではそうしましょう」
やっぱりね、という顔で立ち上がるアリル。それをサラが制止する。
「何?」
「まだお願いしたい事があるのだ」
コホンと咳払いし、サラはシュラウド老へと向き直す。
「実は、このゴロイ周辺の海流に詳しい者に、魚の回遊周期や海流について聞いてみたいのだ。その為にも、私の身分を保証するようなものを貸して戴きたい」
「何故かね?」
「よもやと思うのだが、この時期の海流はザバ方面からこちらに流れているのではないか?」
「ザ、ザバ!? ランのザバ分国か!?」
すると、シュラウド老は大笑い。
「か〜っかっかっかっか! それはまた遠い話だ」
「遠い?」
「遠い遠い。ここからザバまで向かうには、先ず何日もかけてハンの港へ行き、それから霧のむせぶシムの海を渡らねばならぬ。これで約二週間近く。シムの海を渡ると、ランの国はラースの港に着き、そこから海岸沿いに南へ下ると数日でザバ分国へ差し掛かる。しかしじゃ、そこから分国の都ユームの港へと向かうには、ゲルシュ、ヴァナ、デーラとぐるり大陸の南を回り、反対側の大海へ出なければならぬのだ。潮と風の流れが良くても一月半から二ヶ月。このゴロイ近辺との潮の流れの事を気にするのか判らぬが、何故、わざわざハンへ北上してから大海を渡らねばならぬと思うかね? サラ」
シュラウド老は、水差しから一口水を飲む。
「判りません」
「うむ。シムの海は霧の濃い海でな。ウィルの東岸からランの西岸へと渡るには、風が弱く潮の流れも読めぬ。それ故に、ランの東へと船で向かうには、必ずと言って良い程に一旦ハンの沿岸へ抜けてから、東へ向かうしかないのだよ。最も大陸に近い海域を、それでも困難な航海となる。数隻の船団を組んで渡るのはそれ故だ。ショアの港がなぜウィルにとって重要な地点なのか判るかね? そのハンの港に最も近い良港だからなのだよ」
「良港?」
サラはシュラウド老の言葉を繰り返す。
「王都ウィルからは河川が真っ直ぐ東南東へのびる。この河川を使えば、より多くの物資を運搬する事が出来る。だが、その港が問題だ。河川が運ぶのは何も物資だけでは無いという事だよ。その河口は河川の運ぶ土砂で遠浅の海となり、小型の帆船でなければ港に入る事が出来ぬ。故に、シムの海を渡れる様な大型の帆船は、一旦ショアの港で小型の帆船に荷を積み替えるかしなければならぬのだ」
「それ故に、ハンやショアの港は栄えているわけだ」
「それ故に、このゴロイの灯台も、ウィルにとっては大事な地点。じゃが、それも船が空を飛ぶ様になれば、どうなる事やら。先の事は、若い者に託すしかないのだがな」
「やれやれ、年寄りの話は長ぇなぁ」
苦笑するアリル。
「他にもザバについて見聞きした事はありませんか?」
「おいおい」
「ザバか。その名はあちらの古い言葉で『バの様な』と言う意味がある。バとは更に海を挟んだ東にあるというカオスの国。ザバは土地は荒れ、その水も苦い。遥か昔の大戦でダーナ王に敗れたフォルモリア分国王やその郎党が名を奪われ、押し込められたという緑豊かなランでは珍しく不毛の地。だが、大地の恵みは植物の緑だけでは無いという事だろう。鉱物資源に恵まれ、金や銀、白金に鉄、銅、鉛、錫、様々な鉱脈が国境近い北部の山岳地帯に集中しているという。分国王のジャバナ・ザバ・ボア王は聡明で豪胆な王と聞く。商売を推奨し、その保護の元、悪名高いチブール商会なども西はラオから東のジェトやサンに渡って手広く商売を行っているらしい。まぁ、ウィルでは税が高い為とかで、他の商人よろしく陛下の治世になるや支店をたたみ逃げ出したらしいがな」
ここでいやいやまったくと苦笑するシュラウド老。
「確かに年寄りの話は長くていかん。サラよ、そこの壁にかけてあるマントのブローチを持っていくが良い。キールソン家の家紋が彫られているそれだ。領内であれば、大概の者は話を聞く事が出来よう。何か面白い話があったら聞かせて欲しいものだ。今宵は、二人とも当屋敷に泊まるが良い」
「あ、ありがとうございます」
こうして、その夜の話は終わりを告げた。
●再びのトリア〜MT3より愛を込めて
ボロロ〜ンとリュートベイルを爪弾き、トリア・サテッレウス(ea1716)が夕刻のゴロイを歩くと、わらわらと各家から人が顔を出し、みな笑顔でトリアに声をかけてきた。
これににこにこと挨拶を返し、一曲つまびく。
「何か、変わった事はありましたか? 見ない顔がうろついているとか」
「そりゃねぇ〜。あんたも含めていっぱい見かけるよ」
どっと笑いが沸き起こる。
「え? やだな、僕も怪しいですか。これは一本取られたな、あっはっは♪」
くるっと見渡すと、見かけない顔の若い女を見かけるが、赤ん坊を二人あやしている。母親か。
さて、どうしよかなぁ〜と考えていると、何やら視線を感じた。物陰に黒い人影を。何曲か奏でてから村人へ別れの挨拶をすると、そっと村外れへ動く。
「やぁ、これは不味いですねぇ〜」
トリアはひとまず巻こうと走り出す。
だが、そんなトリアの眼前に、黒いマントを羽織り、フードを目深に被った人物が、立ち塞がる様に現れ、
「さて、どちら様でしょうか?」
そう穏やかに話し掛けるトリアの背後に、一人、二人と別の気配が現れた。
そして、眼前の人物が口を開く。低い中年男の声だ。トリアには声の響きでそれが判った。
「あんたが、二人の女軽業師と組んでいたっていう天界人の楽士、トリア・サッテレウスさんだね」
「ネタは上がってるんだよ」
「有名人だってね、あんた」
男女の若い声が、油断無くトリアの隙を窺っている。
「さて? 何の事でしょう」
にこにこと答えるトリア。
「夜光蝶黒妖(ea0163)とアレクセイ・スフィエトロフ(ea8745)だって? 今、どこに居るんだい?」
「喋りたい様にしてやろうか?」
「泣いて喋らせてくれと、お願いする様にね‥‥」
ドスの聞いた、まるでお約束の様な台詞回しに苦笑しつつ、トリアは周囲の状況を分析する。
右手には海。左手には雑木林。さて?
「それは、結構ぞっとしませんね。信じて戴きたいのですが、流れ者にとっていっとき一緒に芸を披露しただけなんです‥‥」
間合いを取りながら、トリアはキンヴァルフの1000本の剣とリュートベイルを構えると、相手もマントの下から白刃を覗かせる。
「どうやら、身体に判らせてやるしか無い様だな」
背後でも刀身を鞘から抜く気配が二つ。
「いやぁ〜、お手柔らかに願いますよ。死んでしまっては元も子もありませんからね」
背筋をぞくぞくさせながら、トリアはリュートベイルを目の前の男の方へ、剣を後ろの二人へと、海を背にする様にじりじりと動く。海風がひょうひょうと髪を巻き上げ、口の端に噛む。
「どうした? あと一歩で、海へドボンだぞ」
相手もじりじりとにじり寄る。
「う〜ん、楽器が湿気てしまうのは嫌ですね。どうですか、そこを黙って通してくれませんか?」
「しゃらくせぇ!」
若い男が、左から突っ込んで来た。だが、それに隠れる様に、もう一人の女も動く。
続け様の打ち込みに、鳩尾に受け、息が詰まり、視界が暗転。トリアは雑草生い茂る大地へ叩きつけられた。
両手から武器を蹴り飛ばされ、転がされる。何も抵抗が出来ない。
「面倒かけさせやがって!」
ぺっとつばを吐く気配、頬に熱い何かがべったりと当る。転がされ後ろ手に縛られる。四肢に力が入らない。途端に、破裂音と共に何かの衝撃が全身を打った。
悲鳴が起こった。それは黒いマント姿の連中のそれ。何人かが転倒する気配。
霞む目で、暗闇を凝らすと、道の向こう、村の方角、白刃が閃く。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
裂帛の気合。声の主は、水晶の輝きを放ち、トリアの近くに飛び込み
じゃりん。きゅいん!
火花を散らし、弧を描いて二本の白刃が宙を舞う。それは海中へと没す。
「くっ!?」
「仲間だっ!」
得物を失った黒マント達は、転がる様に走り出す。水晶の剣は、それを追いかける事無く、刀身を隠す様に飛び込んで来た人物の脇に構えられる。
トリアの鼻腔を、つんと乳臭さがかすめた。それから、気配が去った事を確認したか、その女はトリアの背後へ刀身を滑り込ませ、ぶつりと綱を切った。一瞬、シルエットから黒妖かと思ったが、全くの別人だ。
「楽士さん、しっかりしなよ〜。危ないじゃないのさぁ〜」
飛び出したあっけらかんと明るい声にびっくりするも、抱き起こされ、地面に打ち捨てられた水晶の剣が大地へ溶け込み消える様を見る。
「最近、変なのが多いみたいだから、気を付けなよ。今日だって夕方に、見た事の無い物騒な連中が、ぞっろぞっろ十数人も村の中を歩いているし、あたしはぴいい〜んと来たんだぁ〜。こいつらは只者じゃ無いってね! あっはっはっは」
「は、はは‥‥、それはもしかして、僕らじゃありませんでした?」
「え? 何? もしかして、あんた悪人!?」
きょとんとした黒い瞳が、トリアの瞳を覗き込む。
「いやだなぁ〜。こおんな弱い悪人は居ませんよ〜。それより、危ない所をありがとうございました。僕はトリア・サテッレウス。天界人の楽士です」
そう言って差し出す手に、相手はにこりとトリアの武器を渡す。
「あたしは鬼島紀子。あんたの言うところの天界人かな? 日本人だよ。甲府の出身さ。こっちに落ちて来たばっかりでね。商売はテキヤって言って判るかな? 屋台ごとこっちに来ちゃってさぁ〜。参った参った!」
「へぇ〜、珍しいですね」
そう言ってようやく握手する。その手は何とも力強く暖かだった。
●マリンの災難 2日目
海は陽光を受け、キラキラと輝いていた。恋人達の岬には、流民の家族が幾つも集まっている。朝ともなると、皆でわいわいと潮溜まりに残った魚や蟹を獲り、生のまま食べたり、焼いて食べたりと、それぞれの食事を楽しんでいた。
それに混じり、マリンもちゃ〜んと服を着て和んでいる。
「みてみて! このバカ貝、潮を吹くよ」
ぴゅ〜っと噴出す塩水に、わっと大笑い。ガンと手近の岩に叩きつけて殻を砕くと、中身を指で抉り出す。
「は〜い、ボク。お食べ〜」
「うん」
口一杯にもきゅもきゅと頬張る流民の子供。にっこり笑う青い瞳。マリンは、その指に付いて貝の体液をペロリと舐め、次の貝へと手を伸ばす。
そこへ、すっと影が伸びる。
「へぇ〜、お嬢チャン、優しいんだねぇ〜」
振り向くと、そこには黒いマントを羽織った男が二人、ニヤニヤと、だがその目は笑っていなかった。
「お嬢チャン、もしかしてアレクセイとか黒妖とか言わない?」
「ううん。でも、その二人なら知ってるよ。二人ともとっても良い人」
きょとんと見上げるマリンに、二人の男は左右に挟み込む様に立つ。
「二人とも凄腕の美人軽業師なんだってね。おじちゃん達はさぁ、二人に用事があるんだけど、どこに居るか知らないかい?」
首を左右に振るマリン。
「大事な用があるんだよ。とっても急いでるんだ」
殺伐とした空気を纏う二人組みに、流民の家族はそっと子供達を抱き寄せる。
「知らない筈は無いだろう!!」
「ひぃぃぃぃっ!」
「知らないわ! もう何週間も会ってないもの!」
目の前の貝や魚を蹴り飛ばし、恫喝する二人。家族はマリンの周りからワッと逃げ出した。
キッと睨み返すマリン。
「お前がその片割れじゃないのか」
今度は猫なで声に変わる黒マントの男。
いきなりもう一人が、マントの下から短刀を引き抜き、マリンの肩口へ突き立てる。が、マリンは素早くその下を掻い潜り、数メートル程飛び退く。
「ほお〜。なかなか良い動きをするじゃないか」
「こいつは当りか」
目配せする二人。ゆっくりと囲い込もうと歩み寄る。
「なぁ〜に、大人しくしてればすぐ済むさ」
「別にじっくりお話を聞かせて貰っても構わないがな」
ペロリと舌なめずり。
一斉に飛びかかろうとした瞬間、マリンは印を結ぶ事無く、立て続けに水流を解き放った。
が、相手もこらえ、迫り来る。
その腕をくぐり逃げ惑うマリンに、男の一人がさっと振り向くや、先程の家族に襲い掛かる。そして幼き子供を抱え上げると、その胸に刃を突きつけて見せた。
「どうした? プロなら逃げてみろよ」
「くっ!?」
「刺すのが速いか、お前の魔術が速いか。試してみるか?」
マリンは苦しそうに周囲を見渡すが、どこにも助けは居なかった。
「ふん。こいつは外れだ。とんだアマちゃんだぜ」
「だが、上玉だ‥‥高く売れるぜ‥‥」
二人はニヤリ。
絶望に打ち震えるマリンを、恋人達の岬はただ見下ろすのみ。
そして、流民の間でマリンの姿を見る事はなくなった。
●キノーク・ニヤー
ショアの町長を務めるキノークの商会を、オラース・カノーヴァ(ea3486)とファングの二人が、まだ日の明るい内に訪ねていた。
人間でも大柄なオラースだが、巨人族のファングはそれを輪にかけての巨漢である。母屋に入る事が出来ないので、裏庭に通されると、暫くしてキノーク老人が姿を現した。
「おおこれはこれはオラース様に、ファング様でしたかな」
にこやかに歩み寄る老人に、二人はペコリと頭を下げた。
「これは、ほんの手土産で」
「この様なお気遣いは、この年寄りには無用ですのに。まぁ、ありがたく頂戴させて戴きましょう」
そう言ってオラースが差し出した酒樽に、キノークはペコリと返礼する。
「俺は天界人マイケルさんの知り合いです」
「左様で御座いますか。して、お二人とも、この度はどうなされましたか」
「話が早いな。助かるぜ。実はミミナー商会がおかしな網を、キールソンの野郎に売りつけようって噂を聞いたんだ。それがな‥‥」
闇のゲームにまつわる話を全て語ったオラース。
キノークはう〜む、と考え込んでしまった。
「この時期、あまっている網なんてねえだろ」
「網ですか。網は作っている様ですが、完成は早くて今年の秋口くらいになりますか。そう聞いております」
「そんなにかかるのかよ」
呆れるオラースに、苦笑するキノーク。
「何しろ、大きなものですから。その地の領民が総出でやっても。しかも破られた網は三つも御座いますので‥‥」
そこでファングは熱を込めて語り出す。
「鉛を溶かした薬品を使った網を使う事は、海の精霊の祝福を汚す事になると思います。どうか御口添えを願えませんでしょうか」
う〜んと唸るキノーク。
「そうですねぇ〜。その件については、先ずはその危険性について、ミミナー商会のナガオさんに話をしてみましょう。それで判って貰えない様でしたら、次の手を考えるという事で宜しいでしょうか」
キノークは穏やかに、二人の顔を見上げた。
●ビッグマネー号
「よ〜し! 貴様、気合が入ってるな! 結構結構。護衛は要らんが、見習水夫なら大歓迎だ! 仕事は幾らでもあるぞ。船の上では火の扱いに気を付けろよ! 魔法が使えるなんて一言でも洩らしてみろ、とんでもない目に合うぞ! さぁ、ではこれに着替えて、船倉のどぶ水捨てからやってもらおうか!」
働きたいと申し出た伊藤登志樹(eb4077)は、小汚い見習水夫の服と異様な悪臭を放つ木のバケツを手渡され、慌ててそれを甲板に投げ捨てた。
「俺ぁケンカ上等で魔法も使える天界人だぜ! 見習い水夫だぁ? 冗談じゃねぇぜ!」
「炎の魔法が使える奴なんていらんいらん。どうせならいい風を吹かせてくれるか、船倉にたまった汚水を船の外へ出してくれるとか、もちっと気の利いた魔法が使えるなら、有り難いんだがなぁ〜」
目の前の巨漢は、そういって首を左右に振り
「血の気がありあまってるってなら、日雇いで船着場の人足でもいいんじゃないか。あそこには、お前の様な気の荒い連中の吹き溜まりだ」
そう言って指差す先には、ビッグマネー号に次々と運び込まれる荷を担ぐ、筋肉隆々の男達の姿があった。
「くっ‥‥ついてねぇ‥‥」
●ショア城にて
トリアを先頭に黒妖、アレクセイ、アリル、そして吾妻虎徹(eb4086)とリール・アルシャス(eb4402)の六名が、城の内門を抜け本丸へと続く階段を昇っていると、上の方から一人の貴婦人が、侍女を連れて小走りで降りて来た。
「まあ」
「お久しぶりです」
パッと顔を見合わせた、ディアーナ・ショア・メンヤード嬢とリールは、わっと駆け寄るや互いの手をとって再会を喜び合う。
「リール、いつこちらに。私、何にも知らなくて、本当にびっくりしました」
「ディアーナ様! 今朝、船でこちらへ。メグも元気そうで何よりです」
「まぁ、リール様。どうされたのですか?」
遅れて駆け寄る侍女のメグもかなり驚いた様子で、慌てて他の人々に恭しく一礼した。
無邪気にはしゃいでいる様子のディアーナへ、虎徹が横から口を挟む。
「今回は、伯爵様に聞いて戴きたい事が」
「まぁ、虎徹様。騎士学園にはご希望通り、ご入学出来ましたか?」
「お久しぶりです、宴のほうに参加できず申し訳ありません。紹介状を書いていただいたのに‥‥」
「構いませんのよ、虎徹様。御用がおありなのですよね? それでは、皆様、こちらへどうぞ」
そう言って、ディアーナはリールの手を取り、華やいだ笑顔で歩き出す。
それから数分後、六名はデカール・ショア・メンヤード伯爵と久々の対面を果たすのである。
人払いをした部屋。
「ご覧下さい、伯爵様。これがその薬液です」
伯爵の目の前で、虎徹がネズミの口へ薬液を飲ませる。
すると、暫くしてネズミは苦しみ出し、痙攣を起こして泡を吹き、そして死んでしまった。
その様にうなる伯爵。まだ温もりの残るネズミの死骸を両手ですくい、伯爵を見据え、黒妖は必死に言の葉を紡いだ。
「俺は商会の船に忍び込みました‥‥その罰を受けろというのなら‥‥受けます‥‥。でも‥‥こんな俺にさえ加護を与えてくれた優しい海を‥‥誰かの手によって‥‥汚され失いたくないんです‥‥だから‥‥お願いします‥‥」
「うむ。天界の知識ともなれば、おいそれと聞き流す事も出来ない。だがな黒妖、ミミナー商会の意見も聞かずに、一方的に、という訳にもいかぬのだ」
「では‥‥?」
問い返す黒妖。その肩をおしいだくアレクセイ。
「今の話は聞かなかった事にする」
「っ!?」
悲痛に顔を歪める黒妖とアレクセイ、そしてリール。伯爵は厳しい表情で、それを諌めた。
「勘違いするでない! この度の件は、改めてキャプスタンから聞き、その上でミミナー商会のナガオカーンも呼び、裁定を下すとしよう。それで良いな?」
ふと柔和な笑顔を見せる伯爵に、ほっと胸を撫で下ろす一同であった。
●キャプスタン男爵 3日目
黄安成(ea2253)とマイケル・クリーブランド(eb4141)の二人は、留守にしているとオーロ爺から聞かされたキャプスタン男爵の行方を追って、幾つかの領地を点々としていた。
そこはグリガン男爵の領地。ショアとゴロイの丁度中間点にある。
通された一室で、ようやく目当ての人物に会えた二人は、苦笑しながら歩み寄った。
「むむむ‥‥、天界人マイケル‥‥」
「捜したぜ、キャプスタン」
「そう警戒するものでは無いで御座る」
唸るキャプスタンの傍らには熊の様に髭だるまの大男が、目をぱちくりさせていた。
「知り合いか?」
「ああ。天界人マイケルだ。お前も聞いた事があるだろう」
「お前をぼこぼこにしたという、あいつか!?」
「その倍は殴り返してやったがな。で、何の用だ」
その一室の空気は、今にも発火しそうに熱かった。
「鉛中毒?」
聞きなれない言葉に、二人の男爵は首を傾げた。
「ああ、鉛中毒じゃ。あの網は危険なのじゃ」
「天界人の知識はバカに出来んぞ、キャプスタン」
心配そうにするグリガン。キャプスタンは両腕を組んで唸った。
「判った。どうせ一つしか無い網だ。どこか一つしか救えないのであれば、恨み嫉みを生む事にもなろう」
「けっ。理解するのが遅いんだよ。それと、ナガオと話していた『例の件』って一体何だ!?」
噛み付く様に話すマイケルに、キャプスタンはやれやれと首を左右に振った。
「これだから、天界人と話すと疲れる。お前には関係の無い話だ。だが、寛大なるキールソン家の当主として答えてやろう」
「もったいぶるんじゃねぇ!」
ぐっと拳を握るマイケルに、やるかとばかりに構えて見せるキャプスタン。
その場に居た二人が、やれやれと止めに入り
「我が領地にあるゴロイの岬、あそこの大岩を建材として欲しいそうだ。領民の気持ちを考えるに、複雑だがあそこが石切り場になれば、それだけ近隣の者にも仕事を与える事が出来る。いつまでも、あの様な遺物を残しておいても、一文の得にもならんからな」
険しい表情。キャプスタンは、吐き捨てる様に言い放った。
●ショアの港町
人でごった返す程に活気にあふれたショアの港町は、ほんの数ヶ月前の事が嘘の様であった。行き交う人々に笑顔が溢れ、大急ぎで行き交う荷車がとても危なかった。
「にゃ〜♪ お兄ちゃん達が一杯で両手に・・・薔薇状態♪」
満面の笑みでぴょんと飛び跳ねるチカ・ニシムラ(ea1128)に、その両脇を固めるナイト、幸助とジム・ヒギンズ(ea9449)の二人は、愛らしい妹が出来た気分で暖かく見守っていた。
「しかし、あの二人にて手傷を負わせる連中か気をつけなきゃな」
「ああ。その時は、判ってるな。ジム」
二人は小さく頷いた。そんなやりとりに気付かないのか、チカは早速港に居る人達に、網について聞いて回る。
大して有力な情報も得られないまま、何人かに声をかけていると、振り向いたその顔には見覚えがあった。
「みゅぅ〜♪ お兄ちゃん、どこかでお会いしたかなぁ〜」
「‥‥ツイテネェ〜」
苦虫を噛み潰した様な顔をする登志樹。その性で、当の本人かチカには自信が無い。
「で? ビッグマネー号について、何がしりてぇんだ。俺だって昨日今日だから大した事はしらねぇぞ」
開き直った登志樹は、ふんぞり返って話し出した。
「今よぉ、積荷を積んでいるところだから、網なんか見た事無ぇ〜し、あと数日で出航するんじゃねぇ〜の」
そんな話をしていると、一人の老人がチカに近付いて来た。
慌てて、その間に入るジムと幸助。老人は少し驚いた様子で、それからにっこりと笑い、大きく頷いた。
「成る程、闇のゲームは大変じゃのう、チカちゃん」
「あれ? キノークさんだ」
町長のキノークは更に大きく頷き、チカの頭をぽんぽんと撫でるのであった。
●ナガオカーン、皆の前で大いに語る 4日目
人差し指を一本立て、ミミナー商会のナガオカーンは、皆の前で嘯いてみせた。
「成る程〜、皆さんはあの網に塗られた薬が危ないと、そうおっしゃる訳ですね」
ショア城の大広間。そこには闇のゲームへ参加した全員が居並んで立っている。
そして、全員と対峙する形のナガオの後ろにはスーとカー、巨漢のボディガードが二人、威圧的に立っていた。じろり四つの三白眼が見据えてくる。
その中立地帯とも言える伯爵の席の横に、キャプスタン男爵、町長のキノーク・ニヤーも控えていた。
ナガオはにっこりと微笑み、伯爵へ恭しく一礼した。そして、冒険者達へも。
「確かに、天界人の知識は素晴らしい! 実は、ザバでもそういう風土病があると以前より聞いておりました。私は早速、その事を商売仲間にも知らせ、何らかの対策を講じる様、皆で要請して見ましょう。天界人の皆様、この度はとんでもない事をしでかす所でした。過ちを犯す所を教えて戴き、このナガオ・カーン、感激で御座います。私、まだまだ商人としては駆け出しで、この度の恩に報いる事は出来ませんが、いつの日か必ずお返し致しましょう! それまでお待ち戴けますか?」
伯爵もキノークも、この言葉に大いに満足して頷き、冒険者達をみやった。だが、誰一人として、その言葉を額面通りに受け取る事は叶わなかった。