マリーネ姫と王国の試練3〜晴れやらぬ闇
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■シリーズシナリオ
担当:マレーア3
対応レベル:8〜14lv
難易度:難しい
成功報酬:4 G 98 C
参加人数:15人
サポート参加人数:4人
冒険期間:12月04日〜12月09日
リプレイ公開日:2006年12月12日
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●オープニング
●禁忌
冒険者出身のルーケイ伯と言えば、今やウィルでは誰からも一目置かれる存在。そのルーケイ伯がまだ一介の冒険者に過ぎなかった頃、彼はフラル家の依頼でオーグラ相手に戦ったことがある。その縁があったのでルーケイ伯はフラル家を訪れ、以前からずっと気になっていたことについて、ドナート卿より話を伺ってみることにした。
「国王派と反国王派の確執について知りたいと?」
伯の求めに対して、流石にドナート卿も身構える。
「よりにもよって、何故にこのフラル家でそれを訊ねる?」
「それは、国王陛下の不興を買い不遇の身となってさえ、尚もフラル家が忠義を尽くす事を知るが故。貴殿らフラル家の者が王家に求めるものは何であろうか? それが判れば、同じく地位を追われた貴族達を赦すにあたっての問題点も見えてくる筈。そう思うが故に‥‥」
「貴殿は真っ直ぐすぎるぞ」
呆れたようにドナートは言う。
「良くも悪くもな。その実直さは貴殿の強さであるが、また弱点とも成り得る。貴殿はいわば、空に向かって真っ直ぐに伸びゆく木だ。なれば、伸び行く先の空だけを見上げておればよい」
「しかし、地中深くに根を下ろさねば、木は伸びぬもの」
「‥‥やれやれ」
続けてドナートは何か言おうとしたが、そこへおずおずと現れた者がいた。
「す、すみません。挨拶が遅れまして」
フラル家の御曹司、オットー・フラルである。以前に会った時には随分と頼りなく思えたものだが、こうして再会した今も‥‥やはり頼りない。
「今、大事な話の最中だ。席を外しておれ」
オットーを下がらせると、ドナートはルーケイ伯に向き直り、話を続ける。
「全ての者が貴殿のような、伸びゆく木になれる訳ではない。オットーも貴殿の目にはいと小さき者と映ろう。しかし、我がフラル家にとっては掛け替えのない世継ぎ。彼の者を始め、我は我が一族の者達を守らねばならぬ故、この口から下手な事は喋れぬ。先の質問は、それを語るに相応しき者に向けるが良い。ゆくゆくは、そういう者に巡り合わせる機会もあろう」
●騎士ラーケン
王都の南、大河の岸に位置するガンゾの町。
「ここで待ってりゃいいのか?」
先に北部領主の密偵と接触した冒険者達は、密偵から渡された地図を手に、ごみごみした界隈の一画にずっと立っている。伊達者のカーロン党員に、眼帯の黒騎士に、王家調査室室長に、ぱこぱこ子爵。ここで待っていれば、自分達を北部の地へ導く者が現れる──そう密偵からは聞かされていたのだが。
「一体、いつまで待てばいいんだ?」
カーロン党員がいい加減、痺れを切らした頃。
頭上からとんでもない代物が。
どべしゃあっ!!
「うわあっ!」
いち早く落下物に気付いた者達は、慌てて飛びすさる。背後の家の二階の窓から地上にぶちまけられたそれは、どろどろに腐って腐臭を放つ生ゴミ。
しかし運悪く、ぱこぱこ子爵だけが逃げ遅れた。哀れ、子爵は腐った生ゴミまみれ。
「誰だっ!? 生ゴミぶちまけたヤツは!?」
皆、頭上の窓へ目をやるが、既にそこには誰もいない。そのうちに何事かと人々が回りに集まり出したが、その人混みの中から身なりのいい若い騎士と、年老いた従者の爺やが進み出た。
「これは酷い。爺や、この少年に代わりの服を」
「ささ、お坊ちゃま。まずはそのお体を清めませんと‥‥」
爺やの言葉が途切れる。爺やははぱこぱこ子爵の顔をまじまじと見つめていた。
「おや、あなた様はもしや?」
「はい。姫殿下よりぱこぱこ子爵の称号を賜った、陛下の家臣です」
「そうか、やはり」
若い騎士は得心の表情。
「色々と怨みを買っておいでのようだ」
ふと、冒険者の一人が周囲の人混みに目をやると、そこに密偵がいた。密偵はにやりと笑い、後はうまくやれよとでも言いたげに親指を突き上げ、そのまま姿をくらました。
「申し遅れた。私はラーケン・クレス。フオロ分国北方を守る騎士だ」
と、若い騎士は自己紹介する。こうして密偵の計らいにより、冒険者ギルド総監カインも一目置く騎士ラーケンとの接触は、ごく自然な形で為されたのだった。
子爵を着替えさせる為、ラーケンは近くの宿屋へ冒険者達を連れて行く。その泊まり部屋でラーケンは切り出した。
「ここなら何を話しても大丈夫だ。話は密偵から聞いている。まどろっこしい手順は抜きにして、お互い腹を割って話そう。北部を巡る事態は逼迫している」
「北部の詳しい事を教えてくれますか?」
「いいだろう」
王家調査室室長の求めにラーケンは答え、北部の有り様を掻い摘んで話す。現国王の失政がもたらしたかつてない程の窮状。その窮状にかこつけ、さらなる混乱をもたらそうとする吟遊詩人クレア一派の暗躍。
「しかし、この状況を打開できるかもしれない人間を、一人だけ知っている」
そう言って、ラーケンは数枚の羊皮紙に記された書状を冒険者に示した。
「これを、ウィルの王に手渡して欲しい」
国王陛下と呼ばずに、ウィルの王とラーケンは呼ぶ。書状には、先にラーケンの語った北部の窮状が述べられ、一刻も早い事態の打開を訴えていた。文末のサインを見ると、レーガー・ラントとあった。
「ウィルの王に身分と領地を奪われながらも、ウィルを憂い王に望みを託すラントの元領主殿がお書きになったものだ。これを読めば、頑なな王の心も或いは‥‥。但し、手紙を渡すのは早すぎてもいけないし、遅すぎてもいけない。早すぎればこちらの準備が整わず、遅すぎれば王の愛する姫が亡くなるかもれしない。姫が亡くなれば王は悲憤のあまり自暴自棄となり、ウィルをさらなる破滅に追いやるだろう」
●破滅の予兆
「誰かが死ねば、この国は変わるのかしら?」
ベッドに身を横たえるマリーネ姫の言葉に、侍女長は過敏に反応した。
「姫様、またそのような事を。姫はお疲れなのです」
「疲れたわ‥‥。もう、10年も歳を取ってしまったみたいに」
その言葉の後、姫は咳き込む。何度も何度も。侍女長は姫の咳が気になって仕方ない。お風邪を召したのだろうか?
「姫様、今暫くの辛抱でございます。もうじき、姫様のお子様が‥‥」
「目の前で母を殺された悲しみを味わう子よりも、最初から母のいない子の方が幸せかしら?」
「え!?」
流石に、この言葉に侍女長は色を失う。
「ねえ、この国は栄えゆく国? それとも滅びに向かう国?」
「‥‥」
「誰も答えてくれないのね。みんなで私を部屋に閉じこめて、悪い話は何一つ聞かせようとしない」
身重の姫は、このところずっとふさぎ込んでいた。
「冒険者の皆を呼んで」
姫は唐突に言う。
「城住まいのあなた達が聞かせてくれないなら、冒険者達から話を聞きます。この国のありのままの有り様を。『私が聞きたくない話でも話してくれる人』を頼みます」
「姫様‥‥」
「これが、私と話をする最後の機会だと思って。今は亡き母上が私を呼んでいるような、そんな気がするのです」
侍女長は何も言わず、一礼して姫の側を離れた。
●招集
「マリーネ姫親衛隊の者達、もちろん姫様の主治医もだ。それと、元ルーケイ伯与力のクレリック殿。ああそれから、前任者の後を引き継いだ護民官殿にもな」
冒険者の中でも特に重要な者達を衛士長は選りすぐり、招集状を出す準備にかかる。
「ぱこぱこ子爵は?」
「ヤツか‥‥来るなら拒みはしない。一応、招集状は出しておく」
●リプレイ本文
●再会
その日は冷え込みが激しかった。
空はどんよりと曇り、城の中もことさらに暗さを増す。
長い廊下に響いていた靴音が、マリーネ姫の居室の前で止まった。
「シャルロット殿!」
入口を守る衛士は、来訪者を見て驚く。久しく姿を見せていなかった鎧騎士シャルロット・プラン(eb4219)がそこにいた。
「急に押しかけた不礼、お詫びします」
部屋に詰める衛士長に詫びを入れ、シャルロットは姫の近況を聞く。そして最後に。
「リシェル・ヴァーラ子爵にはご連絡を? ‥‥いえ‥‥こちらで手配しましょう」
訊ねたが答は聞かず。
姫の寝室に足を踏み入れると、淀んだ暖気が体を包む。
赤々と燃える暖炉の火が、ベッドに横たわる姫の顔を照らしていた。
近づくと、苦しげな呼吸の音。顔には化粧が施されているものの生気が無い。お付きの侍女が不安な眼差しを客人にちらりと向けた。
「‥‥姫?」
声をかけると、暫くして姫は目覚めた。
「‥‥シャルロット?」
「何か夢を見られましたか?」
「‥‥嫌な夢です。闇に呑み込まれそうで‥‥どうあがいても抜け出せず‥‥。その時、誰かが呼ぶ声がして‥‥気がついたら貴方がいました。‥‥これも夢かしら?」
姫のその言葉に微笑んで頭を振る。
「では、戻って来たのですね?」
「いいえ、まだ戻るわけにはいきません」
シャルロットは微笑みながらも、はっきり否定する。
「私はまだまだです。なのでもう少し、待っていただけないでしょうか? 姫は私の戻る居場所でもあるのですから、勝手にいなくなると言われても凄く困ります」
「いつまで待てばいいの?」
「それはこの国が、お二人が屈託なく暮らせる国になる用意が整うまで」
姫は自分の膨らんだお腹に目をやり、可笑しそうに笑った。
「私、もう一人ではなく、二人なのですね」
「生まれたら是非、お子様のお名前をお聞かせください」
その後、シャルロットは空戦騎士団の団長職を拝命したことなど近況を伝えたが、話を聞くうちに姫は眠気を催したようで、
「少し、休ませて」
そう口にしたかと思うと、再び眠ってしまった。シャルロットは姫を起こさぬよう、そっと寝室を出た。
●接見
「止めて」
姫の声で、それまで寝室に響いていたリュートの調べが止む。何かご不満があったのだろうか? 弾き手のケンイチ・ヤマモト(ea0760)が申し訳なさそうな視線を送ると、姫は言う。
「あまりにも心地よすぎて、このまま眠ってしまいそう。リュートは接見が済んでからにして」
暫くすると準備を整えた山下博士(eb4096)が、前任者の後を継いで護民官に就任したリオンと共に寝室へ入って来た。
新護民官は姫の前に跪き、
「これから自分は、この国と貴女の陽光になります。これからも姫は一輪の花として咲き続け、その風景を見下ろして下さい」
言葉を贈ると恭しく姫の手を取り、その手に握らせたのは博士より渡されたレインボーリボン。博士は言う。
「天界に、男の子の心も持って生まれた姫君の物語があります。その歌の中に、カオスが来ても嵐が来てもリボンでつないだ心は離れないとあります。マリーネ様。只のリボンと思し召されませぬよう。マリーネ様のために、火にも水にも飛び込む勇士がここにおります」
「まあ‥‥」
姫はリボンとリオンの顔を交互に見比べる。まるで、素敵な贈り物を受け取った幼な子のような表情。
「そういえば、この前『力を貸してくれる』と仰ってくれましたね? 一つ、お願い事を宜しいですか?」
「何をお望みかしら?」
「どうか陛下との団欒を。大切になさって下さい」
この2人に続き、姫の前に参上したのはルエラ・ファールヴァルト(eb4199)。
彼女は冒険者酒場で募集した、マリーネ姫への寄せ書きのスクロールを携えていた。
『母子共に安泰・安息であるようお祈り申し上げます』
『いつも心はお傍に』
想いの込められた数々の言葉が、それを書き綴った者の名と共に読み上げられる。知らない名前を聞くと、姫はルエラにそれがどういう人物なのかを訊ね、ルエラも出来る限り質問に答えた。
そして、ルエラは姫に。
「今体調がお悪いのも、精神的に不安定なのも、少しゆっくりしようよというお腹の赤ちゃんからのメッセージだと思って下さい」
その助言は知り合いの女医からのもの。
「私を想ってくれている人も‥‥たくさんいるのね‥‥」
喜びを見せながらも、弱々しい姫の笑顔。
閉めきった寝室の中。燭台の灯りに照らされる姫の顔を見ると、ひどく化粧の色が濃い。
●仕込まれた毒
「我々の働きを信用できんというのか!?」
自分を毒味役に。そうルエラから求められた衛士長はいきり立った。
「姫様のお召し上がりになる食べ物は、全て厳重に取り扱っておるのだぞ! 何者かが毒を仕込む隙があってたまるか!」
ごほっ、ごほっ。咳き込む声がする。姫の側に仕える侍女の咳だった。衛士長は眉を顰めた。
「風邪でもひいたか? ならば今日より姫様の側より離し、別の仕事に就かせる。姫様に病を移すことがあってはならぬ」
しかし、ルエラは言葉を続ける。
「ですが、今の姫の症状が少量ずつ毒を盛られた結果である可能性もあります。念の為、私にも毒味を‥‥」
「毒が常に、食べ物に仕込まれるとは限りません」
その言葉は博士の物。衛士長はぎょっとして彼を見た。
「どういう意味だ?」
「先ずは、姫の身辺を徹底的に調べさせて下さい」
寝室の暖炉、姫の用いる化粧品、肖像画に使われる絵の具、その全てを博士はチェックした。
「中世ヨーロッパで使われていた化粧品の白粉といえば‥‥」
自分の知識によれば、確か有害な鉛を含んでいたはず。薪に毒が仕込まれていれば、燃えることで毒蒸気を部屋にまき散らす。肖像画の絵の具にしても怪しいものだ。
「これらは全て、姫の身辺から遠ざけて下さい」
侍女達に頼む。
部屋暖房については薪を燃やす代わりに石を焼き、それで湯を沸かして部屋に持ち込むことにした。手間のかかる方法だが姫の身を案じるのは侍女達も同じで、皆は博士の求めるがままに従った。
そして、姫には解毒剤。
「これを‥‥飲むのですか?」
すっかり化粧を落とされた姫は、ルエラから渡された解毒剤を奇妙な表情で眺めていたが、やがて意を決して一気に飲み下した。
「ご気分は、如何ですか?
「少しだけ‥‥良くなったような気がします」
それまで青ざめていたその頬には、ほんのりと赤みが戻っていた。
●警備強化
姫の見舞いを終えると、アレクシアス・フェザント(ea1565)は腹心のスレナスを呼んで訊ねた。
「王宮内に侵入した経験のある君なら判るだろう。君から見て警備網の薄い箇所と、君ならどうやって潜入するかを知りたい」
「姫の寝室への出入り口は1ヶ所。部屋は城の高い所にあって、窓の扉は今ではしっかり閉ざされている。常人に侵入は無理だ。だけど‥‥ここだけの話だけど、僕なら侵入できる。やってみようか?」
「やめておけ。妙な騒ぎを起こされても困る」
「分かった。やめておく。そうだね。仮に僕が姫の命を狙う敵だとしたら、城の中で火事を起こすね。そして、寝室から避難しようとする姫を襲う。他にもいくつかプランはある。今の姫なら亡霊を見せるな。月魔法を使っても出来るし、背格好の似た人物を用意してもいい。姫や王を恨んでいるはずの者、反対に愛する者が現れて、呪詛の声を上げたり不吉な予言をする。病で弱っている者ならばこれだけで確実に悪化する」
「混乱に乗じた襲撃‥‥そして心理攻撃か。十分に有り得るな。それとタンゴは呼べるか? 『鼠』を捕って貰いたい」
「タンゴの居場所はまだ分からない。でも、そろそろ帰って来る頃合いだと思う」
山下博士もスレナスに訊ねる。
「マリーネ様はぼくにとって一番大切な方です。どうすればお護り出来るでしょう? 知恵をお貸しください」
「それを君が聞くのかい?」
スレナスはくすりと笑った。
「君の『狐』は大したものだ。僕は君と同数の忠実な部下を指揮して戦う様な真似はしたくないね。君の中にはスッラが居る。だが惜しいかな。実際と比べて『獅子』の評価が低すぎる。そこが弱点かな?」
返ってきた答えは意外な物だった。
「姫の周りと上手くやれ。そうすれば君に防げないはずがない」
親衛隊隊長のベアルファレス・ジスハート(eb4242)もまた、マリーネ姫の警備強化を徹底させた。既にエーガン王の命で姫の身辺は厳重な警戒態勢下にあり、不審な人間は徹底的に姫の身辺から遠ざけられている。
「我々の警戒下、暗殺者が侍女に化けて近づくことなど絶対にあり得ぬ!」
衛士長はそこまで言明した。しかし、念には念を入れなければ。
「この薪は何処から届けられるのだ?」
先に博士から指摘された事が気になったので訊ねてみると、侍女長が答える。
「姫様の暖炉に使われる薪ということで、上質の薪を特注しています」
嫌な予感がした。
「特注先も姫の暖炉で使われる事を知っているのか? この薪は使用中止だ。特注先にも探りを入れろ。さて、マリーネ姫の出産も迫っている。衛士、侍女の勤務を3交替として、いつでもマリーネ姫の容態の変化や出産に対応できるようにしてはどうだ?」
ベアルファレスの求めに衛士長は答える。
「出来ればそうしたい。しかし人手が足りぬ。今は限られた人数で頑張っているが、多くの者に疲れが見えている。かいとって、不用意に人ばかりを増やして暗殺者に紛れ込まれでもしたらおおごとだ。ここはやはり、貴殿ら冒険者達の応援を乞うしかない」
そしてベアルファレスは姫の寝室に向かおうとしたが、衛士長にその仮面を見咎められた。
「貴殿のその仮面、何とかならぬのか?」
「しかしこの仮面は、王国再興なるまで外さぬと誓った仮面」
「だが、仮面の者を姫の前に通すようでは、他の者に示しがつかぬ。そんな事が国王陛下に知れたら、俺の首が飛びかねない。比喩ではなく実際にな」
困った。
「では、私の代わりに激励の言葉を姫に伝えて欲しい。『親の愛を受けてこそ子は健全に育つものです。マリーネ様がその様にお優しく成長されたのも、母君の愛があってこそのもの。故に、産まれくる子の為にも生きる気力を奮い立たせて頂きたい』と。それから親衛隊員第1号のカッツェの件も。彼女は病を得て静養中だ。姫に病を移さぬよう登城させずに休ませていると。代わりに、ルエラを姫の護衛に付ける」
「承知した」
さらに、彼は手持ちの携帯型風信機[水]のうち2台を緊急連絡用に手渡した。1台はマリーネ姫の元に置き、もう1台は衛士長と侍女長が管理する。
続いてベアルファレスはエーガン王の元へ向かう。しかし、ここでも侍従長に止められた。
「今の陛下は気が立っておいでです。そのような仮面をつけたままで参上なさり、陛下のお怒りをその身に受けるおつもりですか?」
「判った。では陛下にお伝え頂きたい。『マリーネ様がお気を煩わせずに御出産に集中できる様、マリーネ様の事は我等に任せ、国王陛下は国事に専心して頂ければと存じます』とな」
トレードマークの鬼面も何かと不便なものだ。
●姫の慰問
今はエーロン王子の治療院に力を入れるカルナックス・レイヴ(eb2448)にとって、姫の前に参上するのも久々だった。
「お久しゅう御座います」
姫の前で一礼して言葉を待つ。しかし言葉がなかなか返って来ない。姫を見ると、はにかんだ表情を浮かべている。
「如何なされました?」
「私のこの顔、みっともなくない? 皆に勧められてお化粧を止めたのだけれど‥‥顔色の悪さを隠せないし‥‥」
「姫は今のままでも十分にお美しい。化粧の下にに隠されていた本来の美しさの輝きを、初めて見る思いです」
その言葉に姫はぽかんとした表情になり、やがてくすくす笑い出した。
「お世辞でも、とっても嬉しいわ」
いや、お世辞ではない。これまでは化粧を欠かさなかった姫だが、化粧無しの姫の素顔は見違えるように少女めいて。こんな姫の輝きを見るのは初めてだった。
「では、外をお歩きになられぬ姫に代わり、王都の近況をお伝え致しましょう。最近、朝晩はやけに冷えるようになり、それに伴い人々の服装も変わりました。冬は木々が葉を落としてやせ細りますが、人々は逆に見た目が太るのです。また、霜が降りるようになってからは、冬野菜が甘味を増して美味くなりました。料理屋のメニューからは新鮮な肉が徐々に少なくなり、代わって魚と野菜が増えております。冬場の魚で美味しい物は何といっても、鱈(たら)でございましょう」
小難しい話は他の者任せ。カルナックスは最近の街の様子など、益体も無い話を思いつくままにぺらぺらと。
「正にそれらが、この国に生きる大多数の者にとっての『ありのままの有様』なのでございます」
話の終わりに胸を張って一言添えた。
「面白いわ。当たり前の話ばかりなのに、貴方の口を通して聞くと、とても楽しそう」
一転、カルナックスは微笑みを消し、真顔になる。
「姫、よくお聞き下さい。たとえ姫が亡くなったとしても、斯様な人々の生活は何も変わることなく続いていくでしょう」
「‥‥‥‥」
「ただ、姫が生きることで、少しずつでも何かを変えてゆくことができるのは、既に実証されております。姫、今一度よくお考え下さい。母のいる子よりも、母のいない子の方が幸せでしょうか? 姫にとって、母と過ごした日々の思い出の数々は、無くても良かったと思える程の価値でしかなかったのですか?」
姫は黙したまま、頭を振った。
「あらゆる状況が年若い姫にとって重圧になっているのは、痛い程理解できます。しかし、かつて姫が笑って話してくれた母君の姿は、いかなる時でも姿勢を崩さない優雅な女性だったのではありませんか? 母君は姫を呼んでいるのではなく、草葉の陰から今の姫の姿を見て、お説教をしたがっているのでしょう」
そう言ってニヤリと笑うと、姫も恥ずかしそうに笑みを返した。
話を終え、一礼して姫の前を立ち去る際。姫は彼を呼び止めて礼を言った。
「色々と話してくれて、有り難う」
●アレクシアスの友より
ルーケイの地の現状を伝えるべく、姫の元を訪れたユパウル・ランスロット(ea1389)。ルムス村、クローバー村、紅花村の状況や、ルーケイ城に残された謎、さらに中ルーケイや西ルーケイの不穏な動きを、姫にも理解しやすいよう要領よく伝えた。そして、携えてきた十字架のネックレスを姫に献上する。
「私が信奉する『大精霊』タロンは迷える者へ、時に配下の者を遣わしその意志を伝えます。この世界にもタロンはおられる。だからもし母君が枕元に立った時は、まず尋ねなさい。自分の行くべき道を。真実、大精霊の元に行かれた母君であれば、貴女が良き王妃になる事をお望みになるはず。自らの元へ来いと言うなら、それは母君ではなくカオスです」
「カオス‥‥恐ろしい話」
カオスという言葉に、不安の呟きを漏らす姫。
「恐れることはありません。この十字架のネックレスが姫の護りとなるでしょう。私は今後、友であるアレクシアス殿の隣で戦って参ります。貴女を裏切るわけでは決して無く、貴女が再度危機に遭えば馳せ参じましょう。私は私にしか成せぬ事があるが故、彼の元へ行くのです。姫には姫にしか出来ぬ事があるように。どうぞ此度の様に広くこの国の現状を知り、また、政治の知識を身に付けられるよう、願っております」
「ご武運を。武人たる貴方の道は、剣で切り開かねばならぬ道。いつかルーケイ全土の平定が成ってルーケイ伯アレクシアスが王都に凱旋した暁には、その隣に貴方の姿があらん事を」
姫より賜った言葉を胸に、城の外へ向かうアレク。その足がはたと止まる。目の前に彼がいた。
「アレク‥‥。待ってくれていたのか?」
「最近、おまえが何か思い詰めているようなので、気になったからな」
やにわに、アレクシアスの前に跪くユパウル。周囲には誰もいない。
「どうした?」
「お手を」
言われるままにアレクシアスが利き手を差し出すと、ユパウルは恭しくその手を取る。まるで貴婦人に礼を示す騎士のように。そして、触れるかどうかの軽いキス。但し手の甲にではなく、手の平に。
「貴方のこの手が切り開く先を、共に見ていくことを俺は誓う」
武人の手の平は剣を握る手の平。そしてジーザス教にあっては、手の平は聖痕の場所。手の平へのキスはユパウルなりの忠誠の証し立て。
●北部へ
カーロン王子へのお目通りが許され、謁見の間に通されたオラース・カノーヴァ(ea3486)がまず訊ねた事は、
「つい最近、酒場『竜のねぐら』である方にご迷惑をおかけしてしまったようで‥‥。何かお耳に入っちゃいませんか?」
カーロンは暖かい微笑みを向ける。
「確かに、色々と耳にしている。が、気にするな。あれはあれで役に立った」
オラースは安堵した。
「では、本題に入りましょう。俺は何とかして北部との関係を修復したいんです」
これまでのマリーネ姫周辺での動きの事も織り交ぜ、ハンの国と接するウィル北方を訪れるための方策について、相談を持ちかけた。
「知っての通り、北部諸領とフオロ王家の関係は険悪化したままだ。寧ろ、近年のトルクによる糧食支援もあって、北部領主達はトルクに対して好意的だ。トルクの依頼で訪ねるならともかく、現状ではフオロの依頼を受けた冒険者が立ち入る事もままならぬだろう。しかし、一つだけ望みを託せる場所がある。それは北部の港町カルムだ」
カルムは新進気鋭の海戦騎士ルカード・イデルを始め、優秀な大勢の海戦騎士を輩出した港町。そして、ウィル王国を混乱せしめんと企む吟遊詩人クレアが、密かに謀略を進めていた場所でもある。
「ルカードを始め、海戦騎士にはフオロ王家に好意的な者も多い。現在、彼らの伝を頼りに水面下での交渉を行っているところだ。うまく行けば年が明けて後、正式なフオロ王家の使者をカルムに派遣できる見通しだ」
「上手く行くことを願っています。で、話は変わりますが。俺は天界でも国々を渡り歩き、渡航は得意です。メイ国の調査が必要なら是非自分に」
「メイの国か‥‥。あの国は古き歴史を持ち、国情はウィルよりも遙かに安定している。また、王国の統治者であらせられるアリオ・ステライド陛下は名君であらせられると聞く。かの国を訪れし冒険者にとっては、学ぶ所はさぞや多かろう。調査の件については考えおく。だが、調査する者が生きて戻らねば調査にならぬぞ。くれぐれも恐獣に食われたりするな」
この言葉にオラースは笑って答えた。
「心得まして」
謁見の後、オラースはガンゾの町に騎士ラーケンを訪ね、北部へ行きたい旨を伝える。
「話は伺ったが、書状を渡すとなれば、伝え聞いたことを頼りにするより、己の目で確かめたことを話す方が得心がいく」
「しかし北部は遠いぞ。馬に乗っても何日かかると思う?」
「なに。俺にはこういう便利な物がある」
示したのは高速移動アイテムのセブンリーグブーツ。2足分あったのでラーケンにも貸してやった。
2人は王家から北へと向かう街道を進み、遠路を2日で走破して、北部所領のうちでも王都に近い土地に到着した。
「何だ、これは?」
到着早々、出くわしたのは葬儀の列。墓には真新しい墓標が幾つも立ち並ぶ。街や村には活気が無く、すれ違う人々を見れば痩せこけた者が目立つ。
「トルクからの支援で何とか持ちこたえはている。それでも食料はまだまだ不足し、体の弱った者は冬の寒さを乗り切れられずに死んで行く」
ラーケンはそう言って西を指さす。
「ここより西には実り豊かなクイースの地があり、今年も豊作だと聞く。だが、ウィルの王により南北クイースそれぞれの代官に任ぜられたラーベとレーゾは、1粒たりとも小麦を我々に寄越そうとしない。小麦は全てハンの商人の手に渡るのだ。民の命よりも金儲け。分かるか? これが王領代官のやり方なのだ」
「これを」
携えて来た荷物を、オラースはラーケンの目の前にどさっと置いた。中味はありったけの保存食。
「北部の民へ。少しでも窮状を凌ぐ足しになれば‥‥」
「かたじけない。有り難く受け取らせて頂く」
●レーガー卿の手紙
王家調査室室長の草薙麟太郎(eb4313)は王都にて、北部関係の情報収集を続けていた。オーラスが北部から戻ると、彼の見聞も含めた情報を報告書としてまとめ上げ、王の元に赴いた。報告書はレーガー卿の書状と共に王の手へ渡る。
レーガー卿より騎士ラーケンを通して冒険者に託され、そして今、王の元に届けられた書状は斯くの如く訴えていた。
『北部の窮状の発端は、陛下がハンの国との友好促進を名目に、ウィル北部の守りたる北部領主達への軍事支援を一方的に打ち切りたる事。結果、北部領主達は軍費の負担増に喘ぎ、そこへ不作が追い打ちをかけた。王領代官諸氏の北部への関心は薄く、救いの手は未だ差し伸べられず』
但し、王の感情を逆撫でせぬよう、手紙には事実をぼかしている部分もある。王権強化を図るエーガンが、北部領主達の力を弱体化させるべく、軍事支援を打ち切ったというのが真相であろう。
手紙の文面は王を直接非難することはなく、窮状の有り様を淡々と綴る。そして最後は次の言葉で結ばれていた。
『北部の窮状斯くの如くなれど、陛下の賢明なるご決断あらば、北部が速やかに窮地を脱する事は火を見るよりも明らか。我、レーガー・ラントもまた露払い役となりて、陛下の歩まるる王道を整えん。我はここに我が一命を添える。陛下がご決断下されしその時、我は速やかに陛下の御前に参上仕るものなり』
王は書状を読み終えた。
「北部の窮状に付け込み、例のクレアなる人物がさらなる混乱を引き起こそうと暗躍しているとの情報もあります。北部の安定化は急務です。どうか、陛下の寛大なるお心を持って過去の罪を赦し、レーガー卿を北部問題解決の任に当たらせることをお許しください!」
不興を買って処罰されるのも覚悟の上。流石に緊張する。一命を賭して陛下に奏上するとはこういうことか。
予想通り、王の感情を昂らせた。
「そこまで言うからには命を差し出す覚悟があろうな!」
しかし、続く言葉はただ淡々と告げられる。
「レーガー・ラントの身柄は王家調査室室長たるその方に預ける。余の代わりにレーガーの言葉を聞き、その求めを叶えてやるもよし。だが、レーガーからは決して目を離さず、不審な動きあらば速やかに余に伝えよ。仮にレーガーが余に対する謀叛を企て、その動きをその方が見過ごすことあらば、その方にも厳しくその責を負わせ‥‥」
言いかけた言葉を王は飲み込み、代わりに斯くの如く告げた。
「予がここまで寛大なる処置を認めたからには、必ずやその方達の手で北部の事態を収拾せよ。良き知らせを期待しておるぞ」
●北部困窮の真相
ルーケイの来期の小麦に関する相談を名目に、ルーケイ伯アレクシアスは王領南クイースの代官レーゾ・アドラと面会。実直なアレクシアスの人柄に感じ入ったか、それとも御しやすい相手と見られたかは分からぬが、北部所領の事に話を向けるとレーゾ・アドラはよく喋った。
「北部は厄介ですな。彼の地の領主どもは融通のきかぬ石頭揃いで、陛下のお声にも耳を傾けず旧態依然の慣習にしがみつくばかり」
エーガン王による王権強化に乗じて台頭した、レーゾら新興派にとっては当然の物の見方でもあろう。
「時に、兄君の統治する北クイースのことできな臭い噂を耳にしたが」
話をそちらに向けると、レーゾはあっさりと答える。
「流石、事情通でございますな。兄者も私めも、北部領主達による叛乱を案じております。何せ、常日頃からハンとの戦いに備えて来た連中ですからな。好戦的な輩が多いのでございますよ」
北クイースによる傭兵徴募は、あくまでも北部の叛乱に備えた自衛的なものだとレーゾは主張。また、今や公然の秘密であるトルク分国による北部への支援については、このように評した。
「ここだけの話ですが‥‥かの噂が真ならば、陛下に対するトルク王の忠誠を疑います。陛下になびかぬ北部が餓えて弱り切った今であらばこそ、分からず屋の石頭どもを一掃する好機でありましょうに。あれで北部の領主どもが息を吹き返せば、王国のごたごたは長引くばかりです」
やはりというか‥‥。これまで仲間達が集めた情報も付き合わせて考えると、フオロは北部の困窮に対して何もしていないのではない。フオロによる干渉が原因となって生み出されたのが北部の困窮なのだ。
●悪い噂
「シーネ、元気か?」
先日、冒険者街にある自宅を訪ねてきた『黒鳥の君の使者』の声色を真似て、保護下にあるシーネに声をかけてみた。
「?」
シーネはきょとんとした顔。使者との面識はなさそうだ。
「では、行きますか」
自宅を出てセデュース・セディメント(ea3727)が向かう先は、下町の酒場『妖精の台所』。城に篭もりきりになって以来、姫様の情報が市民に流れなくなっている筈だから、様々な憶測が飛び交っているのでは? そう案じていたが、その懸念は的中した。
「まあ、お久しぶりだこと! さあ、店の中に入って景気いいのを一曲やっておくれよ。最近、姫様の悪い噂を吹聴するおかしな奴がいてね」
セデュースの顔を見るなり、店の女将はそう言った。
「悪い噂を?」
「そうなのさ。見るからに陰気な女でね。口に出すのも憚られるような悪い話ばかりを店の中でもべらべらと。頭に来たから店から追ん出してやったよ」
「ところで、メルは?」
酒場の屋根裏に住み着いているシフールのメルの事を尋ねると、
「ここだよ、ここだよ」
酒場のテーブルの下から声がした。
「おや、ここにいましたか。ところで最近、北の森へ戻ってはいないんですか?」
「そうだね。北の森も楽しいけど、この街も楽しいし。ずっとこっちにいるんだ」
「いつか北の方にも行ってみたいので、その際は是非とも案内をお願いしますよ」
「うん! 案内なら任せといて! 北の森には精霊の友達もたくさんいるからさ!」
●セレの森の主
訪れたセレ分国の『人と竜との和平の地』では粉雪が舞っていた。そこは深い森の中にぽっかりと開いた広場。その中心には和平の象徴たる月桂樹が植えられている。
レイ・リアンドラ(eb4326)の探していた相手、森の主たるクエイクドラゴンはすぐに見付かった。巨大な竜は小山のように広場に蹲(うずくま)ったまま動かない。
竜は眠っていた。
「竜よ! お目覚め下さい! 竜よ!」
大声で叫ぶと、竜は眠そうに目を開いてレイを見つめる。
「おまえは‥‥」
「かつて我等が姫君と共に、和平交渉に同席した者であります」
「‥‥思い出したぞ。おまえはあの時の‥‥」
「まずは、貢ぎ物の酒をお受け取り下さい」
発泡酒が並べられるが、竜はさして関心を示さず。
「あの時、一緒にいた娘はどうしておる?」
「森の主の顎に手をかけて誓いをなしたる姫は、そのお腹にお子を宿しになられました」
「子を? それは目出度い」
「なれど、今は病を得て床に伏す毎日」
「なんと‥‥。それは不憫な」
「竜よ、お願い申し上げます。森の命の息吹、大地の力を宿したる偉大なる森の主の鱗を一枚、姫と生まれてくる小さな命への祝福としていただけないでしょうか。竜の祝福あらば、姫も遠からず病から立ち直るでありましょう」
「鱗か。そんなものでよければ、持って行くがよい」
クエイクドラゴンの体によじ登って探すと、剥がれ落ちかけている古い鱗が一枚。
「竜よ。感謝に堪えませぬ」
「‥‥うむ」
竜は眠そうに答え、再び目を閉じる。止めてあったグライダーに乗り、空へ舞うレイ。上空には王家のフロートシップが待機していた。
●船来る
取り外された絵画の代わりに、姫の寝室にはエルシード・カペアドール(eb4395)が金に糸目をかけずに買い集めたセレ産の香木の鉢植えが並び、芳しい香りを放つ。
「いい香り‥‥素敵だわ」
「お気に召して頂き、私も嬉しゅうございます」
香木に絡め、エルシードは姫に口添えを願う。
「大河をより速く移動できる交通手段があれば、セレの文物を大量に取り寄せる事も出来ましょう。いずれ姫がセレを再訪するにも役立つ筈です。何卒陛下にお口添えを頂きたく‥‥」
「こんな時に何を言い出すか!」
姫の側に侍る衛士長が非難がましくエルシードを睨み、声を顰めて叱りつける。
しかし、姫は機嫌よく答えた。
「分かりました。私からも陛下にお伝えしましょう」
続いてエルシードはエーガン王へのお目通りを願ったが、対応に出た侍従長から告げられる。
「今や準備は整い、もうじき船も大河を上ってやって参ります」
気付かぬうちに、彼女の計画は実現に向けて大きな一歩を踏み出していた。
●王の懇願
マリーネ姫の主治医たる高円寺千鶴(eb7147)の診たところ、寝室の環境が変わってから姫の様態は大幅に改善した。
「ビタミンとミネラルもしっかり摂れるよう、今の時節であれば冬野菜と新鮮な魚を中心にメニューを組んで下さい」
料理長には栄養面での指導。エーガン王に対しては、姫の状態を包み隠さず報告した上で訊ねる。
「無礼は承知の上でお尋ね申し上げます。姫様と御子様とウィルの国‥‥陛下にとって最も優先すべきは、このいずれかでしょうか?」
「余に選ばすつもりか!」
やはり、その質問は王の怒りを招いた。
「万が一、出産時に姫様と御子様のどちらかの命が危ぶまれた時に、取るべき対応を講じたいのです」
「黙れ! マリーネに我が子に我が王国、その3つのうち1つたりとも欠けてはならぬ!」
しかし、発作的な怒りが収まると、王は憂いを帯びた声で告げる。
「くれぐれもマリーネと我が子をのこと頼む。どうか、マリーネを失うことなく我が子の顔を見せてくれ。褒美はいくらでも取らす。そなたを貴族に取り立て領地を与えても良い。天界人の名医よ、どうか余の切なる願いを叶えてくれ」
《次回OPに続く》