寵姫マリーネの宝物3

■シリーズシナリオ


担当:マレーア3

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:5 G 47 C

参加人数:15人

サポート参加人数:3人

冒険期間:03月02日〜03月08日

リプレイ公開日:2006年03月08日

●オープニング

 それは世にも恐ろしい光景だった。
「ガアアアアアアアーッ!!」
 ドラゴンの咆哮。それは凄まじき落雷の音の如し。聞く者の魂を恐怖で吹き飛ばさんばかり。恐ろしいかぎ爪のついた前足の一撃で、フロートシップの甲板に開く大穴。前足が引き抜かれるや、砕かれた木片が舞い上がる。
 大きな翼を持ち青の鱗で覆われた巨大なドラゴンは、執拗に船を攻撃していた。怒りと憎しみの炎を宿す目。人を丸ごと飲み込みそうな顎が開き、人語ならぬ怒りの叫びが迸る。
「許さぬぞ! 聖山を汚す人間どもめ!」
 船の甲板に少女が立っていた。その気品ある装いは身分の高さを如実に物語る。恐るべきドラゴンを目の当たりにしながらも、少女は叫ぼうともせず逃げようともしない。
「ドラゴンめ! 姫様には指一本触れさせはせんぞ!」
 少女を守る衛士が剣を抜き、ドラゴンに斬りかかった。渾身の一撃。剣は堅い鱗を貫き、その肉を切り裂いた。
 ドラゴンが猛り狂う。巨大な前足で衛士を弾き飛ばすや、青いドラゴンは少女に向かって顎をがばっと大きく開く。
 稲妻のブレスが放たれ、少女を直撃する。落雷が立ち木を引き裂くかの如くに、少女の小さな体は無惨に引き裂かれた。

 ──その者は夢から覚めた。恐ろしさで今にも心臓が止まりそうだ。
 それが特別な夢であることに、その者は気付いていた。見るのはこれが初めてではない。
 それは予知夢だ。予言者としての能力を持つ者は、未来の出来事を予知夢で知ることができる。そして予知夢の中の出来事は必ず起こる。しかし予知された未来を変えることもできる。ただしそのためには、予知夢を見た者が未来を変えるべく行動することが必要だった。
「お殿様に知らせなければ‥‥」
 その者は躊躇わず行動に出た。自分の仕える貴族に予知夢の内容を知らせ、未来を変えるための助力を願うこと。それだけが、高貴ならざる身分に生まれたその者に許された、精一杯の行動だった。

 フオロ城の謁見の間。国王陛下直々のお招きに与ったマリーネ姫が、恭しく陛下の御前に傅く。姫の両脇を固める衛士、背後に控える侍女たちも深々と一礼し、微動だにしない。
「愛しきマリーネよ。面を上げよ」
 王座から御声がかかる。マリーネは凛とした眼差しで王を見る。
 王は慈父の如き眼差しを、目の前で傅く寵姫に注いでいた。
「そなたはまた、一段と美しくなった。今は亡き、我が后がそうであった如くに」
「勿体なきお言葉にございます。ご威光並び無き国王陛下」
 謁見の間で相見え、言葉を交わす王と寵姫。王の顔は愛する娘を見守る父のごとくに柔和ながらも、その目は哀しみの色を帯びていた。
 やがて、いつしか慈父の顔は消え、威厳をまとう王の顔になる。
「そなたに王命を授ける。我が名代として、聖山シーハリオンへの巡礼行を為せ。そなたには我が騎士たちとフロートシップを与えよう」
「王命、拝受致します。我が命に替えても、国王陛下のご期待に答えてみせましょう」
 マリーネの瞳に宿る光の強さは、ドラゴンさえもたじろがすかと思える程。

 王命によるシーハリオン巡礼行は、先に行われた宿場町ウィーの視察と同じく、3隻のフロートシップを用いて行われる。マリーネ姫の乗船となるアルテイラ号の指揮官にも、引き続き海戦騎士ルカード・イデルが任ぜられた。
「しかし海に浮かぶ船と違って、宙に浮かんで陸を走る船というものは、色々と勝手が違うから動かすのに骨が折れる。船のことなら海戦騎士に任せておけばいいと宮廷のお歴々は気楽に考えて、俺に指揮官を任せたのだろうが、少しは現場の苦労もくみ取って欲しいものだ。‥‥と、内心ではこのように考えておられるのではないですかな、ルカード殿?」
 厚き信を置く部下ティース・バレイの言葉に、ルカードは苦笑した。
「そこまで私の気持ちが分かるとは、たいした物だ」
 その答にティースは大笑い。
「あっさり認めましたね。まあ、長いこと共に戦えぱ気心も知れるようになります」
 フロートシップの歴史はまだまだ浅い。地球人なら『航空機』のイメージを抱くところだが、アトランティス人の認識は今のところ『宙に浮かんで陸を走る船』だ。船の指揮官に海戦騎士が任ぜられるのも頷ける。もっとも実際に船を動かすのは鎧騎士だから、指揮官の主な仕事は船内の人間関係のトップに立ち、各方面に気を配って采配を振るうことだ。
「ともあれ、先の視察行では冒険者達に大いに助けられた。冗談の過ぎる者もいたにせよ、もはや彼らは切り離すことの出来ない大切な戦友だ。ここしばらくは行動を共にすることになるだろう」
「ところで‥‥」
 ティースは真顔になった。
「伝えねばならない事があります。実はつい先日、貴族の出入りするサロンで差出人不明の置き手紙が見つかりました。手紙にはさる身元不明の予言者が見た夢として、恐るべき内容が詳しく記されていました。即ち──」
 続く言葉を、ティースは一語一語はっきりと伝える。
「マリーネ姫の乗るフロートシップがドラゴンに襲われ、姫は無惨な最後を遂げるというのです」
 ルカードはそのまま立ちつくした。ティースも動かない。しばし、重い沈黙の時間が流れる。ややあって、ルカードが訊ねる。
「国王陛下はそのことをご存じなのか?」
「噂はお耳に届いていることでしょう。しかし王宮は伏魔殿。この手の怪しい置き手紙など珍しくもありません」
「だろうな。嘘か真か分からぬが、せいぜいドラゴンには気をつけるとしよう」
 あえて軽い口調で流すルカード。しかし彼は分かっていた。強大なドラゴンは、人間が戦いを挑んでまず勝てる相手ではない。ドラゴンと遭遇した時に取るべき最も賢い行動は、全速力で逃げ去ることだ。逃げ切ることが出来ればの話だが。

 程なく、冒険者ギルドの掲示板にルカード・イデルからの依頼が張り出された。
『聖山シーハリオンの巡礼に赴かれるマリーネ姫に同行する冒険者を求む。役割はマリーネ姫のお相手。また、姫はシーハリオンの麓よりヒュージドラゴンの羽根をお持ち帰りになりたいと強くお望みであり、その手助けもされたし。ドラゴンと遭遇する危険は大きいが、不要な戦いは極力避け、何よりも姫の安全を最優先すべし。緊急時、姫の安全に必要と有らばゴーレムグライダー使用を許可する』

●今回の参加者

 ea0602 ローラン・グリム(31歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)
 ea1389 ユパウル・ランスロット(23歳・♂・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ea3727 セデュース・セディメント(47歳・♂・バード・人間・イギリス王国)
 ea7400 リセット・マーベリック(22歳・♀・レンジャー・エルフ・ロシア王国)
 ea7579 アルクトゥルス・ハルベルト(27歳・♀・神聖騎士・エルフ・フランク王国)
 ea8866 ルティエ・ヴァルデス(28歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb2448 カルナックス・レイヴ(33歳・♂・クレリック・エルフ・フランク王国)
 eb3279 ファリム・ユーグウィド(31歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb3425 カッツェ・シャープネス(31歳・♀・レンジャー・ジャイアント・イスパニア王国)
 eb4096 山下 博士(19歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4131 リーベ・レンジ(29歳・♂・鎧騎士・パラ・アトランティス)
 eb4219 シャルロット・プラン(28歳・♀・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4242 ベアルファレス・ジスハート(45歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4313 草薙 麟太郎(32歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4412 華岡 紅子(31歳・♀・天界人・人間・天界(地球))

●サポート参加者

長渡 泰斗(ea1984)/ 流水 無紋(ea3918)/ ゲイザー・ミクヴァ(eb4221

●リプレイ本文

●王都の下町で
 ここは冒険者街に近い下町の酒場。セデュース・セディメント(ea3727)は今や店の女将や常連客とすっかり顔馴染みだ。先のウィーの町での出来事など語り聞かせ、ついでに訊ねてみる。
「ところで、青いドラゴンの噂をご存じですか?」
「青いドラゴン? ‥‥さあねぇ」
 噂を知る者は誰もいない。
「何でも、マリーネ姫様の乗ったフロートシップがドラゴンに襲われるという、夢のお告げがあったらしく‥‥」
「そいつは上等だぜ。あのワガママ女、ドラゴンに食われちまえばいい」
 客の一人が吐き捨てる。
「しっ! 滅多なことをお言いでないよ!」
 慌てて女将が諭す。客はエールの杯をぐいと持ち上げ、
「マリーネ姫にドラゴンの祝福を」
 わざとらしく口にして中味を喉に流し込んだ。
 店仕舞いの時間になり、セデュースが店から出た途端、後ろで客の罵る声が聞こえた。
「けっ! マリーネの犬め!」
 そのまま冒険者街へ向かって歩くと、例の如く衛兵と出くわした。今日の衛兵は妙に愛想がいい。
「これはこれは冒険者殿。俺のために一曲、歌ってくれんかね? 国王陛下を讃える歌をだ。おっと、歌の前に王城への敬礼を忘れるなよ」
 セデュースは畏まり、求めに応じて即興の歌を道端で歌う。その姿は自然と周りの注目を浴びる。
「一体、何のつもりだろうね?」
「こんな所で衛兵のご機嫌取って」
 見守る町人の間で、そんな囁きが交わされる。
 歌が終わると、衛兵はセデュースに幾枚もの銅貨を握らせて告げた。
「今度会った時には、俺の上官殿にも歌を聴かせてくれ。宜しく頼むぞ」

●合同会議
 出発に先立ち、3隻のフロートシップの乗船者達による合同会議が開かれた。
「此度のシーハリオン巡礼、国王陛下の命とあらば必ず成功させねばなりますまい」
 そう欲するが故にベアルファレス・ジスハート(eb4242)は、ドラゴン襲撃を想定に入れて緊急時の対処法を立案。アルテイラ号が襲撃を受けたら、即時に他の2隻がアルテイラ号の盾もしくは囮となり、その隙にアルテイラ号を安全圏へ離脱させる。これが基本である。勿論、姫は直ちにグライダーで避難させるが、その為に緊急脱出のための退路も整えておく。フロートシップ内の連絡、およびフロートシップ間での風信器による連絡も徹底させる。
 実はベアルファレスの他にも同様の提案を行った者もいたが、この提案は船隊指揮官ルカードによって直ちに採用された。
「念のため、船の皆さんにも予め風信器をお持ちいただいては?」
 これはリーベ・レンジ(eb4131)の提案だが、残念ながら風信器はまだまだ貴重なアイテムで、各船に1台しか備えがない。提案は退けられた。
 緊急時にはいつでもグライダーを動かせるよう、シャルロット・プラン(eb4219)が中心になって、待機する操縦士のローテーションが決められた。アルテイラ号に搭載するグライダーは4機。ベアルファレスの主張が認められ、多めの搭載と相成った。即ち1機は姫の脱出用、1機はその護衛、残る2機はドラゴンの注意を引き付けるための囮だ。
 会議の席上、草薙麟太郎(eb4313)から貴重な意見が出された。
「本で読んだ知識ですけど、僕の世界の艦船には、ダメージコントロールという概念があります。これ次第で、同じ性能の船でも、生存性や継戦能力が大きく違ってくるそうです。これは簡単にいうと、船が損害を受けたとき、いかにして船の機能低下を抑え、迅速に機能復帰を行うか、ということなんですが‥‥」
「始めて聞く考えだな」
 ルカードは興味深く耳を傾ける。アトランティスの技術は中世レベルで、そのような近代技術の概念を生むには至っていない。麟太郎は図を描いて丁寧に説明を続けた。
「具体的には、まず船の構造を徹底して把握します。もし船が破損して通路が通れなくなっても、即座に最短の迂回ルートを選択できるように。あと、補修用の資材の位置も。重要な部位の補修のために、あまり重要でない部位の構造材を剥がして流用することも考えられます。負傷者の救助や修理の人手が必要になったときのことも考え、普段、船のどの辺りに人がいるか、戦闘時にはどこに人が集まるかも把握しておく必要があるでしょう。‥‥とはいえ、本当に重要な箇所は魔法装置で手のつけようがないので、そこにダメージを受けたらその周囲の構造的な応急処置をするのがせいぜいですが‥‥」
「成る程。最優先で守るべきは魔法装置というわけだな」
 ルカードは勿論のこと、会議に同席した船の操縦士たちも感銘を受けた様子だった。
 会議の終わりに、ベアルファレスは知人の鎧騎士をルカードに紹介。
「私の友人だ」
 紹介された鎧騎士は凛々しく一礼。かのルカード・イデル殿にお会い出来て光栄の極みであると告げる。ルカードも、私のほうこそ宜しく頼むとこれに答えた。
 会議にはジニール号の騎士学生も参加していたが、その顔ぶれの中にリセット・マーベリック(ea7400)は見覚えのある顔を見つけた。
「お久し振りです」
 声をかけると、向こうも気付いた。
「ああ、晩餐会でお会いしましたね」
 相手は騎士学生シャート・ナンに間違いなかった。
「私は、最近は姫様の依頼に参加することが多いのですよ。お察しの通り複雑な仕事も多く、顔馴染みになった衛視の方も多いですし」
「そうでしたか。依頼も順調の様子で何よりです」
 暫し、言葉を交わす二人。ともあれ、こうしてコネが増えて行くのは有り難い。

●船上の昼餐
 準備は滞りなく進み、3隻の船は王都ウィルを出発した。
 宿場町ウィーまで、船はゆっくり進む。とはいえ速さは馬よりも早い。
 お昼時。ローラン・グリム(ea0602)は姫の食事のテーブルに招かれた。何か面白い話をと求められたので、先のオーグラ討伐のことを話して聞かせた。
「すると腹ぺこのオーグラが、肉の匂いに釣られてまんまと現れたのだ。その機を逃さず我々は‥‥」
 血生臭い場面は避け、コミカルなエピソードを面白可笑しく語って聞かせる。これはウケた。
「そんなに面白いなら、私もフラル家のオーグラ討伐に行きたいものですわ」
 姫の言葉を聞いて、同席のルカードが窘める。
「姫。お言葉ながら、戦いとは面白いことばかりが続くわけではありませぬ」
「あら?」
 マリーネは足下に目を転じた。愛犬ぱこぱこ子爵こと山下博士(eb4096)が、甘えるように足にすりすり。
「どうしたの? 今日は甘えん坊ね」
「だって、これから何が起きるか分からないし、少しでも一緒にいたいから」
 その言葉に、行く手に待ち受ける危険のことを思い出し、マリーネは黙り込む。
「では、戦いの話はこのくらいに」
 姫の話のお相手は、ローランからユパウル・ランスロット(ea1389)に代わる。話はジ・アースの意匠や服飾のことから始まり、やがてユパウルの嗜む絵画のことにも及んだ。
「姫が美しき絵を所望されるなら、私は気高く戦う強き女性を描くでしょう。浮き足立たず、試練に怯えず立ち向かう者は男女問わず美しく思います」
 あの馬車牽きの椿事の折りにジーザムが言い聞かせた如く、姫にもそうあって欲しいと願うユパウルである。
 ふと、マリーネはユパウルの服から仄かに香る香水の香りに気付いた。
「あら? 今日の貴方はいい香りがしますわね」
「はい。騎士学院のカイン殿にあやかりまして」
 ユパウルが答えた途端、姫の側に控える侍女や衛士たちがくすくすと含み笑い。
 何故が可笑しいのだろう? 密かに自問自答するユパウル。この世界に男が香水をつける習慣があるかどうかを、あの取り巻きたちに前もって訊ねた時、彼らは答えたではないか。──そういえば騎士学院の教官カイン・グレイス殿も、正騎士エルム・クリーク殿とお会いになる時には好んで香水をつけておられる、と。だから自分も当地の男たちの習慣に合わせて、香水をつけた‥‥つもりなのだが。
「同じ香水でも、こんな香りはどうかしら?」
 マリーネが取り出して示したのは、ベアルファレスから献上された『花霞』。しかし心なしか、マリーネ姫が自分を見つめる目つきも、以前とは違ってきたような。なぜだろう?
 マリーネ姫がユパウルの話に夢中になっている隙に、その足下の博士は調味料の塩を耳掻き一杯ばかり、いつでも使えるよう自分の手元に隠しておいた。気まぐれなマリーネ姫が予定にないことをいきなり始めたらトラブルの元。そのトラブルが死を招くことだってある。だから、それを阻止するための行動に出なければ。この塩を使って‥‥。

●竜の禁忌
 浮遊船で宿場町ウィーへ向かうのはこれが2度目なので、指揮官ルカードにも馴れ故の余裕が見える。アルクトゥルス・ハルベルト(ea7579)が甲板にいるはずのルカードの姿を探し求めると、彼は華岡紅子(eb4412)と話の最中。
「ドラゴンの羽根、私も小さいのでいいから欲しいわね。コサージュを作ってみたいわ」
 話しかけながら、紅子はルカードにさりげなく寄り添い、甘える素振りを見せ‥‥どう見てもモーションかけているようにしか見えない。
 ふと、紅子はアルクトゥルスの姿に気付く。
「あら残念。もう素敵なお相手がいらっしゃるのね」
 見抜いたように告げると、そそくさとその場から立ち去る。
「いや、私は‥‥」
 慌てて何か言おうとするルカード。からかわれていた事に気付いていない。紅子と入れ替わったアルクトゥルスは、単刀直入に切り出した。
「我らはまだこの地に来て日が浅く、此方の祭事や習わしに疎い。故に後学の為、御教授いただけまいか。私が知りたいのは聖山の禁忌についてだ。人間の考える禁忌と、聖山に住まう竜の考える禁忌、果たして同じモノなのだろうか?」
「如何なる行為が竜の怒りを招くかについてなら、私にも答えられる」
 率直に答えるルカード。
「その1つ目は竜の縄張りを荒らすこと、2つ目は竜の子どもを奪うこと。3つ目は竜を傷つけることだ。しかし竜の禁忌とするものとなると‥‥」
「やはり、竜に直接訊ねるしかないか。ともあれ、竜に此方が敵意の無いことを示すには、取敢えずは此方から手を出さない事であろうな」
 甲板に新たな人影が現れた。
「ここにいたか、ルカード殿」
 やって来たのはカルナックス・レイヴ(eb2448)。
「地球出身者に聞いた話では、あちらのフロートシップの操縦士は体調に十分気を配るとのこと。操縦者ごとに食事時間も内容も変え、万が一の事態が無いように備えるという。もちろんこの船においても、操縦士に万が一のことがあったら一大事。そうならない為にこの俺も役に立ちたい。些細なことでも構わないので、身体に違和感のある者がいたら伝えてくれ。俺の魔法が役立つこともあろうからな」
「それは忝ない。是非とも頼りにさせて頂きます」
「しかしルカード殿も大変であろう。これだけの船を指揮し動かすとあっては、気苦労も並大抵ではなかろう」
「これしきの気苦労、とうに馴れました」
 気兼ねない様子で二人の会話は続く。カルナックスの見立てたところ、ルカードは調整型のリーダー。各方面からの意見を採り入れて実行に移す、組織管理能力に長けたタイプだ。その分、一人で苦労を背負いやすいともいえる。姫の側につくか、それとも誰か他の側につくかという立場に追い込まれれば、ルカードは周囲の人間関係を慮り、ぎりぎりの瀬戸際まで悩み続けるだろとカルナックスは思った。

●ウィーの町にて
 船隊は無事に中間地点の宿場町ウィーに到着。ここで一夜を過ごす。
 町ではミントリュース号の冒険者たちが中心になって、町での調査を進めていた。その結果はアルテイラ号の冒険者たちにも伝えられ、衝撃をもたらした。
「まさかシーハリオンで、そのような異変が起きていたとは‥‥」
 報告を受けたルカードは絶句。異変の目撃者はシーハリオンの間近に住む山の民だったが、その異変があまりにも恐るべき物であるが故に、彼ら山の民は宿場町ウィーにまで押し掛け、聖山に近づいてはならぬと騒ぎ立てた挙げ句、領主に引っ捕らえられたのである。
「彼らの話から想像されるのは、ヒュージドラゴンを傷つけたヒトがいたということでしょうか? 山の民が目撃した、空を飛ぶ得体の知れぬ物とはもしや‥‥」
 しかしセデュースが最後まで言い切る前に、ルカードがその言葉を止めた。
「その異変はあくまでも山の民から伝え聞いた話。確たる証拠の上がらぬうちは、異変のことをみだりに話さない方がいい。このご時世、あらぬ疑いをかけられて獄につながれる者を出したくはない」
 この異変の話に関してはルカードの判断により、マリーネ姫への報告は為されなかった。

 聖山巡礼に向かう3隻のフロートシップは、ウィーの町を出てすぐの野原に停泊中。町の人々は船の周りに集まって歓声で迎え、町の領主もマリーネ姫への挨拶のため船を訪れた。しかし夕暮れ時になると、歓迎に集まった人々も家に戻り、残るは領主の命で船の警備につく番兵のみとなる。
 徐々に赤みを増しゆく空。それも直に黒き夜空となろう。一人、甲板に立つ博士は、隠し持っていた塩を目に擦り込む。痛みと共に涙が滲んだ。さあ、次はうんと悲しいことを思い出して‥‥。
 しばらくするとマリーネ姫がやって来た。
「こんな所で何をしいてるの?」
「地球のことを‥‥思い出していました」
 夕日に赤く染まったシーハリオンを船縁から見やりつつ、姫に背中を見せて答える博士の声は涙声。
「地球のことを?」
 博士が振り向いた。その目からは流れる涙。
「どうして泣いてるの?」
「ママに逢いたい‥‥」
 そのまま言葉もなく立ち尽くす二人。しばしの沈黙を破ったのは、マリーネのか細い声。
「船の中に戻りましょう。ここは寒いから‥‥」
 声は不思議な程に優しげで、肩を抱くその手は姉のよう。ふと博士がマリーネを見やると、その目にも涙が滲んでいる。

 船の中で迎えた晩餐の時。テーブルに並ぶ食事は宮中のそれに劣らず豪華なものだが、
マリーネは言葉少なに、ただテーブルに招いたベアルファレスの話を聞いている。
「天界ではかつて民により滅ぼされた王家がいくつもありました。フランスのブルボン家然り、ロシアのロマノフ家然り。それは貴族が民との確固たる主従関係を蔑ろにした結果なのです」
 事実はそう単純に割り切れるものでもなかろうが、ベアルファレスは姫が最も理解し易いであろう理由付けを選んだ。
「民に滅ぼされた国の王族はどうなりました?」
「首を刎ねられた者もいれば、心臓を弾丸で貫かれた者も‥‥」
 言いかけて、マリーネの意気消沈した様子に気付く。ベアルファレスはすかさず付け加えた。
「但し、賢明なる統治により今日まで長らえてきた王家も数多いのです。民とは従わせるもの、王は民あっての王。民は王と言う船を浮かべる海のような物です。それをお忘れなきよう」
 侍女の一人がマリーネに何事か耳打ちする。
「‥‥紅子が? 連れてきなさい」
 お目通り叶った紅子は、マリーネに絵双六を差し出す。
「これを献上したく」
 絵双六をテーブルに広げて遊び方を教えてやる。マリーネは興味津々で見入っている。「面白そう」
「では早速、勝負なさいません?」
 こうして紅子とマリーネが始めた双六遊びにぱこぱこ子爵も誘われ、まだ子どもだなと思いつつベアルファレスも付き合い、気がつけばマリーネはすっかり夢中。眠りにつく時間が来るまで勝負は続いた。おかげでマリーネ姫には、博士が心配したような面倒事を起こす閑もなかった。

●シーハリオンに進路を向け
 朝が訪れた。聖山巡礼の船団は、人々の声援に送られて出発する。町はあっという間に後方に消えた。船はシーハリオンに進路を定め、平野に広がる森林地帯の真上を飛ぶ。やがて平野はなだらかな山地となり、進むにつれてさらに高く険しい高山へと変わる。今は春が訪れて間もない頃だが、この辺りは未だに雪深き地だ。
 険しい尾根の合間を縫うように船団は行く。山道が雪に閉ざされるこの時期に、この地に足を踏み入れた者は恐らく皆無に近いはず。荘厳な雪山の連なりが甲板に立つ者の目を奪う。しかし乗船者の中には船室に籠もりきりの者もいる。今、ルティエ・ヴァルデス(ea8866)の目の前で不安そうにしている侍女がそうだ。
「私、もう怖くて。こんな所で船が立ち往生して、ドラゴンにでも襲われたらどうしようかと‥‥」
「たとえドラゴンが現れても、私が皆を守ってみせますよ」
 自分はナイトとしてノルマン王家に仕えた身。礼儀正しくルティエが元気づけていると、どこからともなく猛々しい咆哮が響く。
 ウオオオオオーッ!
「きゃっ! あれはドラゴンだわ!」
 侍女はへなへなとその場にへたり込み、すかさずルティエが肩を貸して立ち上がらせる。
「大丈夫、私が護ってあげるから。さて、人夫達の様子を見てきますか」
 先の視察行で人達から不満が出ていたことは、既にルティエからルカードに報告済み。ためにルカードは人選に気を遣い、選りすぐりの人夫だけを乗船させた。
 船底にある部屋に行くと、人夫達が不安そうにルティエを待っていた。
「何やら外で聞こえるけど、ありゃ何だね?」
「ドラゴンが鳴いているんだ。大丈夫。船を襲って来る気配はない。なんなら甲板に上がって見物するか?」
「いや、とんでもねぇ。船から落ちたらおおごとだ。俺たちはここで大人しくしてるが、何かあったら頼むぜ旦那」

 雪山の上で白いドラゴンが吼えている。
「あれがドラゴン‥‥」
 ファリム・ユーグウィド(eb3279)はカッツェ・シャープネス(eb3425)と肩を並べ、船の舷側から身を乗り出すようにして、ドラゴンの姿に見入る。今は離れているから小さく見えるが、近くで見れば城の塔ほどにも身の丈のある巨大なドラゴンだ。
「どうやら自分の縄張りを主張しているようだ。この船が現れたせいかな?」
「それでも、船を攻撃するつもりは無いようですね。学者としてはやっぱり、本物のドラゴンを間近で目にできるのは嬉しいことです。‥‥あら? あんな所にもドラゴンが」
 カッツェの言葉に答えたファリムの目に、さらに遠くの雪山を悠然と登り行くドラゴンの姿が映った。どうやらここはドラゴンが多く住まう地のようだ。

 リセットは船首の間近に立ち、見張り役を勤めていた。天気は曇り空。できれば所持するスクロールの魔法で晴れにしたかったのだが、レインコントロールの魔法は雨に関する天候を操作する魔法。曇りを雨に、雨を晴れにすることはできても、曇りを晴れにすることには雨が関係しないから叶わない。
 それでも目の良さには自信があった。予知夢に現れた青いドラゴンが現れぬものかとリセットは注意を凝らしたが、見かけるのは白いドラゴンばかり。
 ふと、通り過ぎ行く雪山の頂上に目をやったリセットは、そこに古代の遺跡にも似た石造りの建造物が建っていることに気付いた。ここは人里から遠く離れた山奥だというのに、よく見れば似たような建物はいくつもある。気になったので、同乗の海戦騎士を呼んで訊ねてみた。
「あの建物は何でしょう?」
「もしかしたら、噂に聞くナーガの住処かもしれない」
「ナーガ?」
「竜の末裔とも言われ、人と竜の合いの子のような姿をしたデミヒューマンだ。滅多に人と交わらず、人里離れた土地にひっそり住む孤高の種族と聞いていたが‥‥」
「この船もとうとう、そんな所に来てしまったのですね」
 聖山シーハリオンはいよいよその大きさを増して船の前方に迫り、目撃されるドラゴンの姿や聞こえてくる咆哮もその数を増した。
「姫。今一度、お考え直し下さいませ」
 ただならぬ土地に踏み込んだことに危険を感じてのシャルロットの忠告。しかし甲板に立つマリーネは耳を貸さず、鎧騎士に背を向けたまま目の前のシーハリオンを見つめるばかり。
「姫の身の安全は勿論。ですが、最大の災厄は一行がトラブルに巻き込まれたことでエーガン王の逆鱗にふれ、この地域への討伐・出兵と繋がること。シーハリオン近辺はリグ、エ、チの3国とも国境を接する中立地帯でウィルの法が及びません。この地でウィルの王族に万が一の事が及び、それが元で武力沙汰に発展となると‥‥ウィルの治世はおろか、諸外国にも波風を呼び起こしましょう」
 さらなる忠告に、マリーネは怒気を孕んだ声を返す。
「くどい! ここまで来てむざむざ引き返せと? 王家の威光のためにも、臆病者の誹りを受けるような真似はできません」
「出兵ともなれば‥‥セレ領にまで戦火がおよびますよ」
 最後に言い放ったシャルロットの言葉がマリーネを振り向かせ、そして沈黙させた。ただただシャルロットを見つめるマリーネ。その顔にはこれまで見せたことのない、大切な物を失いはしまいかという不安の色。
 急を告げるリセットの叫びが放たれたのは、その時。
「ドラゴンです! 襲ってきます!」

●ドラゴンとの戦い
 その青いドラゴンは突然、船の斜め前方に出現したのだ。突然の出現にリセットは動揺した。
「あんな大きな姿がいつの間に!」
 翼を大きく広げて滑空し、船に急接近する巨大な姿に誰もが戦慄する。
「体当たりしてくるぞ! 高度上昇、右回りに緊急回避だ!」
 ブリッジに立つルカードの号令で、操縦士たちが直ちに回避行動に入る。船が大きく右旋回を始めた。
「駄目です! 間に合いません!」
 リセットの目前で、船とドラゴンとの距離があっという間に縮む。このままではドラゴンが船の推進装置に衝突する!
 突然の急制動がかかり、リセットはふらついた。続いて左の舷側から凄まじい衝突の衝撃。リセットは危うく転倒しかけた。
 激しく音を立てて砕けた木片が宙を舞う。シャルロットを始め、マリーネと共に甲板にいた者は、いきなり目の前に現れた物が信じられなかった。船が急制動をかけたおかげで、推進装置に衝突するはずのドラゴンは舷側の手摺りの辺りに衝突。砕けて吹っ飛ばされた手摺りの場所には、巨大なドラゴンの頭がでんと居座り、怒りに燃えた瞳で皆を睨みつけている。
「そうか‥‥これがダメージコントロール‥‥」
 麟太郎は思い当たる。自分が伝えた知識は役に立ったのだ。
 ドラゴンが翼を広げて宙高く舞い上がり、怒りの咆哮を放つ。だがその巨体が甲板に舞い降りた時には既に、冒険者たちは緊急行動に移っていた。
「姫、こちらへ!」
「他には構うな! マリーネ様の安全を最優先しろ! 麟太郎は姫の援護! 博士とリーベはドラゴンを引き付ける囮となれ!」
 紅子とベアルファレスの誘導で、マリーネ姫は早々と脱出用グライダーの後部座席に着く。操縦席に座るのはシャルロット。
「マリーネ様の命、おまえが預かる事となる。頼むぞ」
「心得た」
 ベアルファレスの言葉に短く答え、シャルロットは姫を乗せたグライダーを発進させた。続いて護衛役となった麟太郎のグライダーが船を飛び立つ。
 甲板では、ローランがドラゴンと対していた。
(「なんとか竜に手強い獲物だと認識させ、退かせなければ‥‥!」)
「許さぬぞ! 聖山を汚す人間どもめ!」
 怒りの咆哮と共に、ドラゴンの前足の一撃が頭上から襲い来る。ローランはそれを巧みにヘビーシールドで受け流し、目標を逸らされた前足の一撃が甲板に大穴を開ける。すかさずローランは反撃に転じ、クレイモアでドラゴンの前足に斬りつけた。吹き出す血潮。ドラゴンが猛り狂う。稲妻のブレスが放たれた。それをローランの盾が受けるや、落雷の直撃のごとく凄まじい衝撃が、盾持つ腕から全身へと走り抜ける。続いて前足の強烈な一撃が横殴りにローランを襲う。ローランは甲板から虚空へと弾き飛ばされ、雪の大地へと落ちていった。
「これはやばいぞ」
 さらなるドラゴンの攻撃に備え、ヘビーシールドを前面に押し出すルティエ。ユパウルもネックレスの十字架を掲げる。ルカードもブリッジから甲板に姿を現したが、すかさずカッツェが庇うように前方に立つ。
「あたいのような冒険者でも盾ぐらいにはなれるさね」
「戦いは男の役目だ。君は早く安全圏へ」
「戦場に男も女もない。それがあるのは社交場と寝屋だけさ」
 そう言って強がるカッツェの手にはスリング一つ。
「それでドラゴンに挑もうというのか?」
 呆れるルカードだが、カッツェは言ってやった。
「目を狙って撃てば、目くらましにはなるだろう?」
 ドラゴンの注意を逸らすべく、その周囲には何機ものグライダーが飛び交っていた。博士とリーベの操縦するグライダーに、ジニール号から駆けつけたグライダー。ここへ来て先行していたミントリュースも方向を転じ、アルテイラ号を援護すべく急接近。その甲板にはストーンゴーレム、バガンの雄姿がある。
 ドラゴンはその攻撃の矛先を転じた。アルテイラ号の甲板を離れ、ミントリュース号に襲いかかる。甲板のバガンが大きく跳んだ。空中でドラゴンの首にしがみつき、そのまま両者はもみ合いながら、ゆっくり降下していく。その光景を後目にアルテイラ号はスピードを増し、安全圏へと離脱した。
「負傷者はいないか? どれ、傷を見せろ」
 ドラゴンの体当たりのおかげで、船内では結構な数の負傷者が出ていた。カルナックスがその治療に当たっていると、衛士の一人が近づいてきた。
「あんたも姫と一緒に逃げていれば良かったものを」
「姫の安全は最優先! だがな、それはアンタ達の命を軽んじて良いって話じゃないんだよ」
 その返事に、衛士はにんまり笑う。
「あんたも見上げた男だぜ」
 今は遠く離れた戦いの場を見守っていた者たちが、騒ぎ立て始めた。
「ドラゴンの新手が現れたぞ! しかも2匹‥‥いや、3匹もだ!」
 3匹のうち2匹は青いドラゴンにも匹敵するほどに巨大なドラゴン。後の1匹はそれよりはるかに小ぶりなドラゴンだ。彼らは船を攻撃するのではなく、逆に船を守るような動きを見せている。新手のドラゴンに攻撃を阻まれたか、青いドラゴンは空を覆う雲の中へ姿を消し、新たに現れたドラゴン達も何処かへと飛び去っていった。

●血塗れの羽根
 マリーネ姫はシーハリオンの周囲に連なる雪山の一つに避難していた。
「ここならば少しは安全でしょう。ですがお気をつけ下さい。何が起きるか分かりません」
 シャルロットが姫に注意を促すが、雪山の上には護衛の麟太郎も入れてたった3人。心許ないまま時間だけが流れる。
 ゴオオオオオーッ!! すぐ間近で轟音。隣の雪山で雪崩れが起きていた。派手に雪煙を上げ、途方もない量の雪が斜面を流れて行く。
「! あれは‥‥」
 マリーネは見た。雪崩れが起きたお陰で、それまで雪の下に隠されていた物が露わになっていた。それは10mもあろうかという巨大な白い羽根。
「‥‥噂は本当だったのね」
 雪の白さにも似たその白き羽根は、こびりついた大量の血で汚されていた。
「行きましょう。戦いは終わったようです」
 シャルロットのその言葉がかけられるまで、マリーネは羽根を見つめたまま、彫像のようにじっと立ち尽くしていた。

●聖山からの生還
 マリーネ姫を乗せたグライダーが、アルテイラ号の甲板に着船する。麟太郎のグライダーもこれに続いた。既に着船したリーベと博士が、興奮さめやらぬ様子で姫に駆け寄って来る。二人の飛行時間は短いものだったが、囮となったドラゴンの周囲をかすめ飛んだ二人の脳裏には、あの巨大なまざまざと焼き付いている。
 船はあちこち派手に壊されていたが、船を動かす魔法装置は無事だったので運航に差し支えはない。
 船から投げ出されたローランも無事に救出され、カルナックスの治癒魔法による手当てを受けいる。肋骨が何本も折れ、自分では動けぬ程に傷は深かったが、幸い落下した先が雪の降り積もった地面であったため、命だけは取り留めることが出来た。
 その後、ミントリュース号から風信器で届いた知らせにより、青いドラゴンの正体はナーガの娘であることが分かった。魔法を使ってドラゴンに変身し、船を襲ったのであるが、戦いの最中にその変身が解け、その真の姿をミントリュース号の冒険者たちに目撃されていた。腰から上は人間と変わらない姿ではあるが、腰から下は蛇。その背中には竜の翼を生やしていた。その娘が魔法で変身したドラゴンではあったが、変身時の強さは本物のドラゴンに匹敵する。あの戦いを思い出す度に、冒険者たちは戦慄を覚えずにはいられないだろう。
 このドラゴンとの遭遇戦の後、アルテイラ号はシーハリオンの周囲をぐるりと回るようにコースを変更。そして、巨大なドラゴンの羽根があちこちに散らばっているのを見つけ、それらを拾い集めて船に運び入れた。
 その夜。一行はシーハリオンの麓で一夜を過ごしたが、その折りに予期せぬ来訪者があった。その者達はこの土地に住む民だと名乗ったが、彼らのことについてはミントリュース号の冒険者たちの報告に詳しい。
 翌朝。夜が明けて天が虹色に輝く頃、マリーネ姫はシーハリオンを臨む雪山の頂きに降り立ち、聖山に祈りを捧げた。その後、3隻のフロートシップはシーハリオンの麓を離れ、手に入れたヒュージドラゴンの羽根と共に、無事に王都への帰還を果たした。
 グライダーに乗って姫を守った鎧騎士と天界人には褒美として飛行許可証が与えられた。但し、幼いぱこぱこ子爵は航空技能の不足につき制限付き。また、鎧騎士リーベも今回の功績により、没収されていたサンソードとゴーレムマスターを返還された。