寵姫マリーネの宝物4

■シリーズシナリオ


担当:マレーア3

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや易

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:15人

サポート参加人数:2人

冒険期間:04月01日〜04月06日

リプレイ公開日:2006年04月08日

●オープニング

 時は暫し遡る。聖山シーハリオンの間近に迫ったマリーネ姫のフロートシップが、ドラゴンの襲撃を受けたあの直後に。
 グライダーで脱出して難を逃れ、近くの雪山の一つに降り立ったマリーネ姫の元に、3隻のフロートシップの船影が近づいてきた。姫の座乗船アルテイラ号の損傷は激しかったが、操縦士の機転で船の魔法装置への被害は回避され、運航に支障はない。それでも安全のため、船隊指揮官ルカード・イデルは姫とその取り巻き達を、損傷を受けたアルテイラ号から無傷のミントリュース号へと乗り換えさせた。
「さて、姫よ。これから如何なさいますか?」
「あれを‥‥」
 ミントリュース号の甲板より、姫が山の斜面を指さす。つい先ほど雪崩れが起きたその場所に、巨大な羽根が横たわっていた。血にまみれたヒュージドラゴンの羽根だ。
「あの噂は本当だったのです。他にも羽根があるはず。探しましょう」
 船隊は進行方向を転じ、シーハリオンの周囲をぐるりと回るようにして進む。そして雪に覆われた山の斜面のあちこちに、さながら樹氷のごとくにそそり立つ物をいくつも見つけた。その表面を覆う白き雪の下には、鮮やかな色が見え隠れする。ある物は赤、またある物は青。黄色や緑色もある。皆、ヒュージドラゴンの羽根だ。
「これほどたくさんの羽根が落ちているなんて。まるでヒュージドラゴン達が大騒ぎした跡みたいです」
 同行者の一人が、そんな感想を漏らした。
 フロートシップはあちこちを飛び回り、皆は巨大な羽根にロープをくくりつけては甲板に引き上げる。精霊光に輝く空が濃い赤に染まる夕暮れ時には、10本以上もの羽根を集めることが出来た。しかしマリーネ姫は、血にまみれた羽根にだけは手をつけようとしなかった。
 ここは険しい山岳地帯だが、仕事が終わると3隻のフロートシップは尾根と尾根の合間の手頃な場所に着陸。そこが一夜を過ごす場所となる。そしてシーハリオンに夜が訪れる。
 夜空には満天の星。ただしアトランティスの夜空に輝く星は、昼間の空を満たしていた精霊光の僅かな名残りだ。シーハリオンを囲む嵐の壁は、勢いを減じることがない。今も聖山の方向からは、ゴウゴウと吹きすさぶ風の音が途切れることなく聞こえてくる。
 その夜、マリーネ姫は寝付けなかった。寝台の上に身を横たえていても、あの恐ろしいドラゴンの姿ばかりが脳裏にちらつく。無理矢理にその姿を追い払うと、代わりにもっと恐ろしい物が暗い記憶の底から姿を現し、姫を悩ませる。仕方なく船室から甲板を出て、夜空を貫くようにそそり立つシーハリオンの姿を見つめ続けた。
「姫、寒いから寝室にお戻り下さい」
「心配いりません。私達が守ります」
 取り巻きの衛士や侍女、そして冒険者達が姫を案じて言葉をかけるが、姫はうわごとのように呟く。
「あの血まみれの羽根‥‥母君のことを思い出してしまうの。母君の白いドレスも‥‥血で真っ赤に染まってた‥‥」
 冒険者の一人が警戒の声を上げたのはその時。
「おい! あれを!」
 その示す先に、船に近づいて来る者の姿がある。その数は3人。一人は長身の男、もう一人は艶やかな黒髪の美しき女性、あとの一人は若い娘。皆、羽根飾りのついた毛皮の服を纏っている。
「我等はおまえ達を守るために、ここに来た。我等がここに留まる限り、ドラゴンはおまえ達に危害を加えない」
 3人の長であるらしき男は言う。
「貴方は、何者?」
「我は『人を監視する者』。シーハリオンを臨むこの地に住む一族の一人だ」
 マリーネ姫の誰何に男は答え、寝ずの番をする冒険者達に加わった。その夜は何事も起きず、一行は無事に朝を迎えた。
 翌朝。夜が明けて天が虹色に輝く頃。マリーネ姫を乗せたミントリュース号は尾根の合間を離れ、空へと浮かび上がる。
「あの頂きに下りましょう」
 シーハリオンを囲む雪山の連なりの中に手頃な頂を見つけ、マリーネ姫はそこに降り立った。
「この地ではどのようにして聖山を拝むのですか?」
 監視者を名乗る男に国王のそれとはまた異なる畏怖を感じながらも、姫は尋ねる。
「両手を大きく広げ、大地に身を伏せよ。大地を仲立ちとし、聖山と一つとなれ」
 男の言葉にマリーネ姫は従い、付き添う冒険者達もそれに習う。しばし時が経ち、皆が身を起こした時には、3人の来訪者たちの姿はどこにも見当たらなかった。

 時は今に戻る。あれから既に3週間もの時が流れた。王都はシーハリオン巡礼の一行が持ち帰った竜の羽根の話で持ちきり。さらにその話は国境を越え、ウィルと隣り合うハン、リグ、チの3ヶ国は言うに及ばず、さらに遠くのエの国やラオの国、果ては海を越えたランの国の王侯貴族の耳にさえも届いていた。
 諸外国がフオロ王家の為したるこの偉業に注目する中、セレ分国王からも親書が届けられる。それはこの度の巡礼行の成功を祝い、マリーネ姫とその随行者たちを国賓として迎え、分国を挙げての友好式典を開催するというものだった。国王エーガンはこれにいたく感激し、使者を立ててセレ分国王に返信の親書を送り届けさせた。その親書に認められたるは、セレ分国王の招待に応じるとの返答。さらに、さほど遠からず王都ウィルにて執り行われるであろう、エーガン王の即位7周年記念式典にセレの王族を招待する旨が記されていた。
 セレ分国行きを前にして、マリーネ姫の心は浮き立つばかり。セレの緑深き森を思い浮かべながら、ふとこんな話を思い出す。
「そういえば、セレの森には大きくて大人しいドラゴンが住んでいるそうですわ。エルフ達とはとても仲が良くて、子どものドラゴンを連れて樹上都市の近くに姿を見せることもあるとか。そのドラゴン、私もこの目で見たいものですわ」

 程なくして冒険者ギルドを通じて出された依頼は、次のようなものであった。
『セレ分国の王家より招待を受け、友好式典にご出席なさるマリーネ姫に同行する冒険者を求む。役割は主として護衛および姫のお世話。王都とセレ分国間の往復には、フロートシップ・アルテイラ号を用いる。なお、姫はセレ分国の森の住むというドラゴンを見たいとお望みである。その希望を叶えられたし。大人しきドラゴン故、危険少なきものと思われるが、姫の安全への気配りを怠るべからず』

●今回の参加者

 ea1389 ユパウル・ランスロット(23歳・♂・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ea2501 ヴィクトリア・ソルヒノワ(48歳・♀・ナイト・ジャイアント・ロシア王国)
 ea3727 セデュース・セディメント(47歳・♂・バード・人間・イギリス王国)
 ea7400 リセット・マーベリック(22歳・♀・レンジャー・エルフ・ロシア王国)
 ea7579 アルクトゥルス・ハルベルト(27歳・♀・神聖騎士・エルフ・フランク王国)
 ea8866 ルティエ・ヴァルデス(28歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb2448 カルナックス・レイヴ(33歳・♂・クレリック・エルフ・フランク王国)
 eb3425 カッツェ・シャープネス(31歳・♀・レンジャー・ジャイアント・イスパニア王国)
 eb4096 山下 博士(19歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4131 リーベ・レンジ(29歳・♂・鎧騎士・パラ・アトランティス)
 eb4147 イアン・フィルポッツ(34歳・♂・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4219 シャルロット・プラン(28歳・♀・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4242 ベアルファレス・ジスハート(45歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4313 草薙 麟太郎(32歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4412 華岡 紅子(31歳・♀・天界人・人間・天界(地球))

●サポート参加者

ベルディエッド・ウォーアーム(ea8226)/ エルリック・シャークマン(eb4123

●リプレイ本文

●いつもの酒場で
 いつもの下町の酒場。最初来た時は寂れた感があったが、近頃は景気が上向き始めている。女将の言うことには、国王陛下が色々と号令をかけ始めた様子で、王都で仕事にありつく人間が増えているとのことだった。
 そこでセデュース・セディメント(ea3727)が『聖山巡礼の偉業を称える詩』を、愛用のクレセントリュートを弾きながら披露したところ、拍手喝采の大受けであった。勇士達の活躍を中心にした冒険活劇調にしたのが良かったようだ。
 そして、彼がこういう場でこのような歌を歌うと決まって出てくるあの人は‥‥。
 なぜかいつまでたっても現れない。
 そろそろ彼と接触をはかる時期だろうかと思っていただけに、セデュースは思わず女将に尋ねた。
「ああ、あいつなら衛兵に引っ張って行かれたきり戻ってこないよ」
 素っ気ない口調で、教えてくれた。
 セデュースが酒場を出ると、これまたいつもの衛士に出くわす。
「ついて来い」
 威圧的に言われ、とうとう自分も牢にぶち込まれるのかと覚悟したセデュースだったが、たどり着いた衛士詰め所で、ここまで彼を連れてきた衛士の数倍も偉そうな雰囲気の隊長に「歌を歌え」と命令された。
 逆らう理由もないので、求められるままに歌を披露する。
 静かに奏で終え、やや緊張の面持ちで隊長の顔を見ると、彼はふてぶてしい笑みで言った。
「その程度の腕前なら、酒場の弾き語りが似つかわしい」
 褒められたのかけなされたのか。しかし話はそれだけではなかった。
 隊長はセデュースに近くに寄るように手招きするとその手に金貨を握らせ、町の人々の動向を監視して報告するように、と求めたのだった。

●出航準備中
 転がす樽。入念にチェックされる船の壁。バラストを取り替え、薫蒸と清掃が行き届いた船内に、開け放された全ての窓から風が通される。
 殊にマリーネ姫の個室は、惜しげもなくローズウオーターが消費され、寝具も真新しい物に取り替えられた。枕のカバーには春の花々で作ったポプリを入れ、蜜蝋の蝋燭を入れたカンテラが吊される。
 フロートシップの出航準備が着々と進んで行く。

「封爵真におめでとうございます」
 畏まった礼を取るのは、騎士学生のシャート・ナン。招賢令の話は有名で、主立った貴族や騎士の知るところと為っている。建白の内容もほぼ知れていたリセット・マーベリック(ea7400)は、ならば話は早いとにこやかに告げる。
「宜しいければ、騎士学校を出た後に仕官が難しいというような方に私の連絡先を伝えてください。私の力は微々たるものですが、志のある方が埋もれてしまうことのないよう力になりたいと思っておりますので」
 騎士学校に入学すると言うことは、大抵将来の主君が学資を負担している。それが任官の難しいと言うことは、余程出来が悪いか、あるいは仕官する必要もない権門の出と言うことになる。普通に考えればこの二つなので、きょとんとした面を作ったが、はたと気づき。シャートは頷いた。
「アクが強く、並の者では使いこなせない者を求めていらっしゃるのですね」
「欠点を数え上げる程の人物でなければ、私は一級の人物とは思えません。軍馬は主人に噛みつく程に悍が強くなければ、戦場で役に立たぬものです」
 自分自身がそうであると言外に云う。
「閣下はルーケイ伯の与力であり、後見人はマリーネ様と伺います。全ては姫の御為なのですね。判りました。このお話、微力を尽くさせて頂きます」
 ちょっと変なことになったなとリセットは思う。当今になって心許なくなった王の藩屏を、強化して行く事が真意であると思われたようだ。

 あくまでも美々しく爽やか。華岡紅子(eb4412)が丹精したカッツェ・シャープネス(eb3425)に、女性も一瞬目を奪われる。花の香の漂う風と共にマリーネに推参した彼女は、恭しく大きな体躯を屈めて言上した。『山の民を自由の身とせよ』との親書を認めるよう。
「姫様、あの血塗られた竜の翼をみられたか。
 アレはおそらく母なる竜の物ではないでしょうか?
 彼らは心に痛みを感じ、その悲しみで翼がかけ落ちたのではないでしょうか?
 涙の代わりに舞い落ちたのではないでしょうか?
 彼らの眷属が怒りになるのも道理ではないでしょうか?
 その痛み、怒り、悲しみを知るのであれば、私達が歩みよらねばならないのでは?
 我らに罪はなくとも、供に悲しみ慈しむ心をしめさねばなりません。
 貴方に慈悲あらば、山の民を救いだし、供に歩む心を持って戴きたいのです」

 最初は気の乗らぬ返事をしたが、次第に理解を示して行く。それは一曲の歌にも似て、染み入るような力を示す。

「‥‥かつてジーザム陛下が馬車を引かれた日を覚えておられか?
 寛大なる慈悲を持つがゆえに、民の礎となり、民の心をお支えになるお力を備えておられる。
 姫様、王者であられるならば、ジーザム陛下のような寛大な心をお持ち下さい。
『夢』はいつ訪れるやも知れません、前の時は辛くも退けましたが、再来する事態はいつ起こるやも知れないのです。
 けれども、いつその事態になろうとも、我らは姫を護り貫く所存です。
 我らにも慈悲と恩恵を賜わりますようお願いいたしたく。
 言葉足らずでありますが、これにて進言の終了とさせていただきます」

 自ら宣う通り、飾りも何もない拙い言葉。しかしそれ故に忠誠がそこにある。思いやりがそこにある。マリーネは珍しい事だが、自らペンを取り、その場で宿場町ウィーの領主に当てた親書を認めた。親書と雖もサインだけ行うのが通例であるのにである。

 その頃。ドアを一つ隔てた部屋では。
「海戦騎士や衛士等の面子というものもあるのでしょうが、私はマリーネ様の御身の安全を確実なものにしておきたいのです。殿方だと入って行けぬ場所、場面もありましょう。しかし、女性ならば四六時中護衛に就かせる事も可能です」
「私達の仕事を奪うつもり?」
 ベアルファレス・ジスハート(eb4242)の提案に反発する侍女長。
「人選には慎重を帰すべきです。しかし、侍女には姫に代わって命を捨てる以上のことはできません。戦える侍女が必要です」
「待て! 親衛隊の中に密偵や暗殺者が紛れ込んだらどうする?」
 衛士長の方は、自分の職権以上にマリーネ様のお命が懸かっているだけにおいそれと譲る訳には行かない。
「小規模で良いのです。信頼の置ける者を少しづつ増やして行き、最終的にも10人程度でしょう。親衛隊を組織すれば100万の兵でも防げない災いを防ぐことが出来ます。マリーネ様の母君の悲劇を知れば慎重にもなります」
 本心からマリーネ様を思う赤心が、周りの者を説得して行く。先ずは信頼できる一人からだ。
 これら有様を記録する者が一人。イアン・フィルポッツ(eb4147)である。
「あ、お金取るんですか?」
「羊皮紙が只とでも?」
 侍女の一人に羊皮紙の調達を求めたは、5Gを請求された。個人の道中記録である。経費で落ちるわけがない。

●船は西に進みつつ
 何事もなく運行中のフロートシップ内で、マリーネは何かを考えるようにウロウロと同じ場所を何度も往復していた。
「何か、お悩みですか?」
 不意にかけられた声に思考を中断されたマリーネが声の主を見ると、リーベ・レンジ(eb4131)が無垢な微笑みを向けていた。
 マリーネが打ち明けたのは、聖山巡礼の時に会った不思議な三人組のことだった。
 ちょうどリーベもそのことを考えていたため、彼は自分なりの結論を話した。
「あれはきっとナーガだとボクは思うんです。ナーガ族はヒト形に化けるとも聞きますから。きっと、ドラゴン間の諍いに巻き込んだ詫びと、姫様への正しい聖山への巡礼を導くために来たのでしょう。ボクはそう思います」
「そう‥‥ええ、きっとそうですわね」
「そういえば姫は動物がお好きでしたね」
 マリーネの表情が明るくなったところで、これ以上思い悩ませないように、とユパウル・ランスロット(ea1389)が話題を変える。
 マリーネは年相応の笑顔になる。誰でも、自分の好きなものの話題となれば表情が緩むものだろう。
「私達冒険者の連れて歩く動物というと馬が多いが、他にも亀やトカゲを連れている人もいるのですよ。そういえば、ベアルファレスはスコープダックとブラシュナーを飼っていたな」
「ベアルファレスが?」
 と、マリーネは少し離れたところにいる長身のベアルファレスを見やった。
 ふとユパウルをまじまじと見つめたマリーネは、何気なく聞いた。
「あなたの目は、いったいどうしたのです?」
 ふつうは聞きにくいと思われるものでも、マリーネは遠慮しない。
 一方問われたユパウルは、一瞬だけ目を伏せ隻眼のわけを話し出した。
「戦場でと言えれば格好もつくのですが、10の頃稽古で失くしました。無論それ以前より習っておりましたが目に見えて上達した頃で、己を過信した故に。父に、強くなるのは良いがその強さの根拠を間違えるなと叱られました。以来、この目は私には己を見つめ直せとの警告と、誇りです」
「強さの根拠‥‥」
 マリーネは何を思っただろうか。国王エーガンのことか。それとも他の何かか。
 と、今まで黙って控えていたベアルファレスが近寄ってきて告げた。
「そろそろ宿場町ウィーを通過するでしょう。ご覧になりますか」
「行きましょう」
「そうだ。セレ分国に着いたらお使いください」
 と、日傘とビニール傘を差し出した。
 マリーネは物珍しそうにそれらを開いたり閉じたりし、掲げてはくるりと回ってみたりした。
 その姫にベアルファレスは語る。
「民には貴き者の威厳をもって接していただきたい。そして彼らの無知故の無礼に対しては寛大さをお見せください。厳しさと優しさを持ち合わせる者に民は惹かれるものです」
 マリーネは静かに頷いて甲板へ出て行った。
 髪もドレスも風にまかせて甲板を進むマリーネ。その耳にウィーの人々の歓声が届く。
 彼女は微笑みをたたえて手を振って応えた。
「国王陛下万歳! マリーネ姫様万歳!」
 歓声は一気にふくらみ、熱気までもが伝わってくる。
 ふと気付くと、傍らにシャルロット・プラン(eb4219)。
「ご立派でした」
 一言、それだけ言って頭を垂れて敬意を示す。そして隙なく踵を返し警備へと戻っていった。
 それが、何事も有体にしゃべるがしゃべりすぎない、彼女なりの敬意の示し方であった。

 一人、マリーネの部屋の掃除をしていたはずの侍女は、いつの間にかある冒険者と触れ合いそうなほど近くにいた。以前にも会った冒険者だ。
 彼は尋ねてきた。
「血濡れの羽根を目にした時の姫のご様子、他人事とは思えなくて。ああ、私も血を見るのは苦手でね。どうかな、あれから姫は‥‥」
「マリーネ様は‥‥あの巡礼行以来、感情を表にお出しになることが多くなりました。嬉しさも、悲しさも、不安も‥‥」
「そう‥‥」
 ルティエ・ヴァルデス(ea8866)は、頬にかかった前髪をかきあげると、どことなく不満そうな侍女に上品な微笑を見せた。
「‥‥君は素直でいいね」
 自分のこともちゃんと見ていてくれたのだと自身に都合の良いように解釈した侍女は、それだけで満足し、嬉しそうに頬をゆるめた。

 コトリ、とユパウルは酒の注がれたグラスを置いた。その口から「ふぅん」という、ため息に似た相槌がもれた。
 彼にそうさせたのはルカードだった。
 ユパウルは酒を手土産に彼を訪れ、王妃殺害事件の顛末を聞きに行ったのだ。
 他には、誰もいない。
 ルカードは贈られた酒をあけ、自身とユパウル、二人分のグラスに注いで話した。
「混乱の中、襲撃者達はその場から逃走したが、後に全員が死体となって発見された。程なくして幾人かの貴族が襲撃事件首謀者として処刑され、財産は没収。領地は国王の直轄地となった。その中には、かつてのルーケイ伯も‥‥」
 ユパウルがこのことを尋ねたのは、近々自分もルーケイに赴くかもしれないからだ。曰くつきの地だ。王族、貴族絡みの事件は聞いておきたかった。
「ところで」
 と、数秒の沈黙の後、ユパウルは声の調子をがらりと変えて話題も変えた。
「この国で貴族が仕立て屋と営むのは妙だろうか?」
「は‥‥? 仕立て屋? はぁ‥‥人の趣味はそれぞれだが‥‥」
 視線をそらし、言葉を濁すルカード。かなり破天荒なことなのかもしれない。

●セレ分国への到着
 宿場町ウィーを過ぎてさらに西に向かうと、遠くはシーハリオンの麓に源を発し、その下流は遙か王都ウィルにまで達する大河にぶつかる。その川を越えるとそこはエルフの国、セレ分国。ここは森の国でもあり、見渡す限り広大な森が広がる。アルテイラ号はセレの森林地帯を右手に臨みながら大河の真上を南に下り、やがて森の奥に源を発する支流が大河に流れ込む場所にぶつかると、今度はその支流に沿って森の奥へと進む。
「ねえ、セレの樹上都市ってどこかしら?」
 広がる森を船の甲板から見回しながら、マリーネ姫がカルナックス・レイヴ(eb2448)に問う。
「さて。エルフの私にも皆目見当がつきませぬが」
 カルナックスも笑ってそう答えるしかない。何しろ川の部分を除けば、見えるのは森ばかりなのだから。しかし眼下を流れる川はセレの重要な交易ルートらしく、乗客や荷を乗せた川船が頻繁に行き来している。
 やがてフロートシップの発着所が見えてきた。川沿いに開けた土地を利用したそこには、出迎えに参じた大勢の姿が見えた。この森ばかりの土地に、こんなにも人が住んでいたのかと思える程に。
「姫、いよいよです」
 カルナックスの言葉に、姫は笑顔で答えた。
「いよいよですわ。カルナックス、私の側へ」
 誘われて姫の左に立つと、常に姫の身辺を守る衛士の一人がニヤリと笑って言う。
「この果報者め!」
 乱暴な言葉遣いだが、まんざら悪い気ではないらしい。姫の右を見れば、アルテイラ号の艦長を務める海戦騎士ルカード・イデル自らが、公式なエスコート役として控えている。あのルカードと共に姫の側に居させてもらうとは、カルナックスも結構気に入られたものだ。
 それにしてもあの聖山巡礼以来、姫はよく笑顔を見せるようになった。命がけで自分を守り、付き従う冒険者を得たことが、良い影響を与えたのだろう。心に余裕がなければ過剰な攻撃性を生む。姫がいつぞやの晩餐会で見せたように。しかし心を開くことの出来る相手が増え、心中の不安が少しずつ取り除かれていけば、親しい者に見せるような穏やかな部分も増えていくことだろう。そうカルナックスは思った。
 アルテイラ号はさしたる衝撃もなくふんわりと着陸。船から降り立ったマリーネ姫一行を、セレの騎士達が恭しく出迎えた。
「マリーネ姫、我等がこれより樹上都市セレへ案内致します」
 騎士達の背後には迎えの馬車が連なっていた。皆、芸術品のように見事な造りで、乗ってみると格段の乗り心地である。そして一行は歓迎に集ったエルフ達の声援に送られ、樹上都市セレに至る森道を行く。途中、色々な森の獣を見かけ、それを見る度に喜びの声を上げるマリーネ姫は子ども心に返ったかのよう。
「ところで、樹上都市の近くには大人しいドラゴンも子連れで姿を見せると聞いていたが」
 一同を代表し、ルティエがセレの騎士に求める。
「姫様はそのドラゴンに会いたいと切に願っておられるので、そのお膳立てをお願いできまいか?」
 セレの騎士は快く応じた。
「お任せ下さい。森のドラゴン達も姫を歓迎することでしょう」
 やがて樹上都市が現れた。
「まあ!」
 思わず息を飲むマリーネ姫。樹齢千年以上もあろうかという巨木の間に木の橋が渡され、太い枝々の上に家が建ち、そこかしこに大勢のエルフの姿が見える。実に壮観な光景だ。到着した時は日もだいぶ傾いていたが、エルフ達は手に手に灯りを携え、樹上の橋や家から歓迎の歓声を送る。姫の一行が馬車から降りると、目の前には大きな木の階段。それを登ればいよいよ樹上都市セレの内部だが、階段の先のあまりの高さにマリーネ姫もしばし唖然。それを見てヴィクトリア・ソルヒノワ(ea2501)が声をかけた。
「登り疲れたら、力を貸そうかい?」
 すると姫は、無理矢理作ったような笑顔で答える。
「いいえ、一人で登れますわ」
 それでも階段を上る終わり頃には、マリーネ姫も息を切らし気味。しかし階段の終わりで待っていた人の姿を見て、その疲れも吹き飛んだ。
「マリーネ姫、私達エルフの故郷にようこそ」
 姫が心を許す数少ない者の一人、リシェル・ヴァーラ子爵だった。マリーネ姫は子どものような笑顔で、しかし王族としての威厳は崩さず、リシェルに一礼した。
「この度のお招き、またとなき喜びです」

 マリーネ姫一行の宿所として用意されたのは、セレ分国王にも近しい大貴族でもあるリシェルの叔父が所有する樹上邸宅。リシェルの叔父は温厚ながらも、一分国の王族をゲストとして迎えるに足る風格のある人物であった。それでも初日は旅の疲れがあるだろうと姫を気遣い、晩餐の後にはゆったりとくつろぐ時間を用意させた。おかげで姫は気疲れすることなく床入りの時を迎えたのだが‥‥。

 真夜中。こんな時間にもカルナックスは律儀にも警備を続けている。その心に思うは、目の前で母を殺された過去を背負うマリーネ姫のこと。徒に護衛の数を増やしたところで、その心が安らぐことはない。大事なのは万が一に備え、術で癒しを施せる者が側にいてやることだ。そう思うからこそカルナックスは極力、マリーネの目の届く所にいるよう心掛けているのだ。
 寝室からマリーネ姫が現れた。
「どうなさいました?」
 不安にかられたのかと案じたが、姫の答は違った。
「明日、森のドラゴンに会えるのかと思うとわくわくして、どうしても眠れなくて‥‥」
 その言葉に安堵を覚え、自分のマントを姫の肩にかけた。
「夜は冷えますから。すぐに眠りが訪れるような、退屈な話でもして差し上げましょうか?」
 姫はくすくす笑った。
「退屈できればいいのだけど、今は何を聞いてもわくわくしてしまいそう」
 共に警備に立つ衛士がちらりと目を向けたが、二人の親密な時を壊さぬよう気遣ったか、さりげなく視線を逸らす。それでいてしっかり聞き耳だけは立てているような。
「少し話でもしませんか? 昔、楽しかった時のこととか」
 誘いをかけると姫は幼い頃の思い出を一つ、二つと話し始め、やがて今は亡き母君のことが話題に。
「お母様のことでよく覚えているのは、どんな時でも姿勢を崩さなかった事。お散歩する時も、お食事する時も、お休みになる時も、常に優雅で美しくて上品で。私は幼心に思ったわ。これが王族というものなんだって。私はいつもお母様から言い聞かされたの。私は将来の王妃。だからどんな時でも、常に王妃のごとく振る舞いなさいって」
 そこまで話すと姫は言う。
「お母様の事を思い出したら、何だかとても良く眠れそうな気持ちになりました。私、もう戻ります」
「ではお休みなさい、姫」
「お休み、カルナックス」
 笑顔を残し、姫は再び寝室に消えた。

●セレの森の竜
 セレ分国逗留2日目。アルテイラ号は川の畔の発着所を発ち、さらに川を遡る。やがて、先行していたミントリュース号が待機する場所に辿りついた。
 偵察に出ていたグライダーの2人が船に戻ってきた。
「ドラゴンは見つかりましたか?」
 姫の問いに、草薙麟太郎(eb4313)とシャルロットは残念そうに首を振る。広がる森は巨大なドラゴンの姿さえも覆い隠す程に深く、密に伸び広がる枝が上空からの視界を阻んでいたのだ。
 しかしやがて、ミントリュース号の者からドラゴン発見の報がもたらされる。マリーネ姫一行は案内人を伴い、森の中へと進み始めた。姫を始め幾人かは馬に乗り、残りの者は徒歩で。
 ドラゴンのいる場所までは距離がある。途中、短い休憩を取った。
「姫、どうぞこちらへ」
 お召し物が汚れぬよう毛皮の敷物を敷き、イアンが姫を招く。そのように傅かれるのが当然とばかり、姫はイアンにお礼の言葉もかけず、しかしちらりと微笑みだけは向けて敷物に座す。
「貴方とはこの旅で始めて会いますね」
 それが、姫からイアンにかけられた最初の言葉。イアンはこれに恭しく応じる。
「名をイアン・フィルポッツといいます。騎士である僕にとって、奉仕は美徳。ましてやそれが大王陛下の寵愛深きマリーネ様なら、それは当に至上の喜び。労いの言葉は一生の誉れです。道中どのような些事でもお命じ下さい。僕の名誉にかけて遂行致します。喉の渇きを覚えられましたら、この天界の飲み物にてお癒し下さい。取扱いは山下子爵様がご存知のはず」
 その場で献上したのは缶ジュース。すかさず、姫の側に控える山下博士(eb4096)が飲み方を説明する。しかし姫は缶にそのまま口をつけてごくごく飲むような不粋な真似はせず、お付きの侍女長に命じてコップを持ってこさせると缶の中味を注がせ、優雅に口をつけて味わった。そして小首を傾げる。
「天界の飲み物は変わった味ですわね」
 ふと、イアンは視線を感じた。カルナックスとベアルファレスと衛士長と侍女長の視線が自分に集まっている。一瞬、ぶつかった視線と視線が火花を散らしたかに見えたが、すぐに彼らは何事も無かったかのように互いの視線を逸らした。
「ライバル意識も程々にな」
 つい小声で愚痴ったアルクトゥルス・ハルベルト(ea7579)だが、たとえライバル同士でも姫の安全にだけは人一倍に気を遣わないわけがない。アルクトゥルス自身も周囲への警戒だけは怠らなかったが、木々の合間に見え隠れするのは小鳥や森の動物の影ばかり。結果から言えば、姫の命を狙う暗殺者に対しての彼女の憂慮は、杞憂に終わったのである。
 休憩が終わると、一行は再び森の中を進み始める。お昼近くになった頃、森の中の開けた場所に出た。そこにはドラゴン達が待っていた。人間ほどの大きさの仔ドラゴンを連れたフォレストドラゴンに、さらに体の一回り大きなクエイクドラゴン。
「人の王族の娘よ、待っておったぞ」
 地響きのごとくに重々しい声で、クエイクドラゴンがマリーネに呼びかけた。
 その巨大な姿に、護衛のヴィクトリアも緊張する。あの前足を叩きつけられたなら、姫の小さな体などひとたまりもなかろう。
「姫、お気をつけて」
 注意を促す麟太郎の声も、どこか上擦っていた。クエイクドラゴンに怒りの兆候がなければ安全だとセレの騎士から聞かされていたが、その巨大な姿を間近にすると圧倒されるばかり。しかしマリーネは臆する様子も見せず、ドラゴンの前に進み出ると恭しく一礼した。さながら異国の王との謁見に臨むが如くに。
「私はフオロ王家の娘、マリーネ・アネット。力強き竜よ、その御姿にまみえました事、光栄に存じます」
 巨大なドラゴンは答えた。
「おまえはいと小さき者ながら、その言葉はとても美しく響きおる」
 そしてさも心地よさげに唸った。それはドラゴンの笑い声のようにも聞こえた。

●夜を迎えて
「じかに逢えた感想はどうだい?」
 ドラゴンとの会見を終えた姫に、ヴィクトリアが問う。以前なら、気安く声をかけないでとばかりそっぽを向いたであろうが、マリーネは答えた。
「誰一人、逃げ出さないでずっと側にいてくれたから頼もしかったわ」
 樹上都市に戻り、宿所の樹上邸宅に戻ると、姫達を待っている人がいる。誰かと思いきや、なんとコハク・セレ分国王その人であった。ウィル宮中の作法に習い、姫が恭しく跪くと、分国王はあたかも親しい家族に対するように、温かく声をかけた。
「堅苦しい礼儀作法は抜きでよい。フオロ王家の娘よ、よくぞ我らエルフの王国に参られた」
 王都ウィルにおいては、たとえ大貴族の家といえども国王自らが出向くことなど滅多にない。しかしここセレ分国においては、事情はかなり異なるようだ。
 その日の夕刻、姫は樹上邸宅にて王と晩餐を共にしたが、気がつけば姫は森で会ったドラゴンのことを延々と話し続けていた。楽しい晩餐の時はあっという間に過ぎ、分国王が王宮にお戻りになると、紅子が伺う。
「お疲れのようでしたら、マッサージなど如何ですか?」
 紅子には理美容の心得が多少なりともあった。姫は拒まず寝台に体を横たえ、紅子は姫の小柄な体をいたわるよう、優しく丁寧な手つきでマッサージを施した。14歳の女の子なのに、表には見せない苦労をしてるのね。と、内心感じつつ。すると、横たわった姫が何やら呟くのが聞こえた。
「何か?」
 姫は少し恥じらう答える。
「明日の謁見に備えて、少し言葉の練習を」
 一国の代表たる王族というもの、マッサージの時といえども気を休めることは出来ぬらしい。
 床入りの時が近づいた頃、マリーネ姫はぱこぱこ子爵こと博士と寝室で二人きりになる。これまでも旅先でそうしてきたように。
「ぱこぱこ、今夜はどんな話をしてくれるの?」
「今日の僕の話は、悲しい話です」
 博士は姫の耳元に囁くよう、話し始めた。

●友好の絆
 セレ分国を訪れて3日目。いよいよこの日、フオロ王家とセレ王家との友好式典が執り行われるのだ。
 マリーネ姫の一行は王宮に招かれ、謁見の間へと通された。先には実の父親のそれにも似た親しさを見せた分国王も、今は王の威厳を纏いて玉座に座す。
 居並ぶセレ分国貴族が見守る中、マリーネ姫の手により国王の親書が分国王に手渡される。分国王はウィル国王への感謝の言葉を賜い、続いて姫に問う。我等エルフの治めるこの王国を如何に思うかと。姫はセレの貴族家での手厚いもてなしや、森で出合ったドラゴンの事などをよどみなく語り、この美しき国で大きな喜びを得たることを分国王に深く感謝した。分国王もこれに大いに満足を表し、式典が終わると姫の一行は宮廷楽師の奏でるファンファーレに送られて謁見の間より退いた。
 続くは大広間での盛大なる祝賀会。マリーネ姫は分国王とテーブルを共にし、その傍らで宮廷楽師が奏でる歌曲は、姫の聖山巡礼に因んだもの。その詩の見事さに分国王は感心し、楽師に問うた。この詩を作りしは誰であるかと。
「あちらに控えしバードにございます」
 楽師の示す先にはセデュースの姿。分国王はセデュースにお褒めの言葉を賜り、セデュースもこれに礼を述べた。リュートの腕は未だ拙く、自らが王の前で演奏することは叶わなかったのだが。
 それまで楽しい話に興じていた姫が、ふと悲しげに顔を曇らせた。
「分国王陛下。どうかその深き知恵を私にお授け下さい」
 昨晩、寝所にて耳に囁かれた話が気掛かりでならず、姫はエルフの王に問う。それは山賊に親を殺された身よりなき子供の話。山賊にこき使われるままに日々を過ごし、ついには山賊と一緒くたに捕らえられ、今は山賊の仲間と見なされて処刑を待つ身。
「その子達には身の潔白を証明してくれる人が居ません。だけど本当は憎き山賊どもの被害者です。山賊と、親を殺され誘拐された子供達をどう見分ければ良いのでしょう?」
 王は同じくテーブルに座す者達に問う。誰かその見分け方を知る者はあるかと。するとセレの騎士の一人が、実際にあった例に基づき答えた。他国から侵入した山賊が、さるエルフの領主の領地にて捕らえられた時の話である。

 領主は山賊とその手下を一人ずつ別々に分けて、牢屋に閉じこめた。その手下の一人が人恋しさのあまり牢番に話の相手を求め、牢番も優しい男でその話相手となり、やがて二人は友人のような間柄になった。やがて手下は語った。自分は山賊に浚われた子で、山賊にこき使われるうちに山賊となったのだと。しかし処刑の日が近づき、手下は牢番に頼み込む。どうせ殺されるなら、親しくなった牢番の手にかかって死にたいと。牢番はその求めに応じ、処刑の日に自らの剣で手下の首を刎ねた。

「姫よ。求める答を得たか?」
 エルフの王は問う。しかし話の悲しい結末に、姫は返すべき言葉もない。それを見て王は言葉を続けた。
「さらに良き答えを求めるならば、求め続けるがよい。慎重に、されど臆することなく。一歩一歩、確かな足取りで。さながら、深き森の中で竜の仔が道を求めるが如くに」

 セレ分国を発ち、王都ウィルに帰る日。送別の式典にてマリーネ姫は、セレ分国王自らより思いもかけない素晴らしい贈り物を授かった。それはこれまで見たこともない程に大粒の、見事なサファイアの首飾り。その美しく青い宝石には、偉大なる竜の羽根を象った美しい銀細工の飾り付けが施されていた。サファイアは慈愛と誠実の象徴。この贈り物はマリーネ姫にとって、かけがえのない宝物となった。