竜の力を継ぎし者3
|
■シリーズシナリオ
担当:マレーア3
対応レベル:8〜14lv
難易度:難しい
成功報酬:4 G 98 C
参加人数:15人
サポート参加人数:3人
冒険期間:03月03日〜03月08日
リプレイ公開日:2006年03月10日
|
●オープニング
それは世にも恐ろしい光景だった。
「ガアアアアアアアーッ!!」
ドラゴンの咆哮。それは凄まじき落雷の音の如し。聞く者の魂を恐怖で吹き飛ばさんばかり。恐ろしいかぎ爪のついた前足の一撃で、フロートシップの甲板に開く大穴。前足が引き抜かれるや、砕かれた木片が舞い上がる。
大きな翼を持ち青の鱗で覆われた巨大なドラゴンは、執拗に船を攻撃していた。怒りと憎しみの炎を宿す目。人を丸ごと飲み込みそうな顎が開き、人語ならぬ怒りの叫びが迸る。
「許さぬぞ! 聖山を汚す人間どもめ!」
船の甲板に少女が立っていた。その気品ある装いは身分の高さを如実に物語る。恐るべきドラゴンを目の当たりにしながらも、少女は叫ぼうともせず逃げようともしない。
「ドラゴンめ! 姫様には指一本触れさせはせんぞ!」
少女を守る衛士が剣を抜き、ドラゴンに斬りかかった。渾身の一撃。剣は堅い鱗を貫き、その肉を切り裂いた。
ドラゴンが猛り狂う。巨大な前足で衛士を弾き飛ばすや、青いドラゴンは少女に向かって顎をがばっと大きく開く。
稲妻のブレスが放たれ、少女を直撃する。落雷が立ち木を引き裂くかの如くに、少女の小さな体は無惨に引き裂かれた。
──その者は夢から覚めた。恐ろしさで今にも心臓が止まりそうだ。
それが特別な夢であることに、その者は気付いていた。見るのはこれが初めてではない。
それは予知夢だ。予言者としての能力を持つ者は、未来の出来事を予知夢で知ることができる。そして予知夢の中の出来事は必ず起こる。しかし予知された未来を変えることもできる。ただしそのためには、予知夢を見た者が未来を変えるべく行動することが必要だった。
「お殿様に知らせなければ‥‥」
その者は躊躇わず行動に出た。自分の仕える貴族に予知夢の内容を知らせ、未来を変えるための助力を願うこと。それだけが、高貴ならざる身分に生まれたその者に許された、精一杯の行動だった。
気晴らしに訪れたはずの貴族のサロンだったが、ハーベス・ロイ子爵は来たことを後悔した。折しも国王陛下からマリーネ姫にシーハリオン巡礼行の王命が下り、ハーベスも王宮に呼び出されて姫に同行せよとの王命を賜った矢先。早くもその噂は広まり、サロンでは興味津々で集まってきた殿方や奥方から質問攻め。これでは気晴らしどころか、ますます気疲れするばかりである。
ともあれ、今度の巡礼行は先に行われた宿場町ウィーの視察行よりも、ずっと面倒な道行きになるであろうことは、ハーベスも自覚していた。
先の視察行と同様、シーハリオン巡礼行には3隻のフロートシップが使われる。マリーネ姫の乗船となるアルテイラ号の指揮官には、引き続き海戦騎士ルカード・イデルが任ぜられた。ハーベスの乗船は海戦騎士ティース・バレイの指揮するミントリュース号。この2隻に、騎士学院の練習船であるジニール号が加わる。
「国王陛下も思いきったことをなされましたわね。マリーネ姫様に騎士の卵たちのお供をつけて、フロートシップでシーハリオンの巡礼へお行かせになられるなんて」
話を向けてきたのは、サロンの常連である裕福な貴婦人。この冬の最中に、フロートシップに乗ってのシーハリオン巡礼行とは前代未聞である。
「いえいえ。憚りながら国王陛下にも、深き読みがあるのでございましょうな」
差し障りの無い範囲で、ハーベスは説明してやった。聖山シーハリオンの周辺は、いかなる国の王権も及ばない中立地帯だ。険しい山地故に足を踏み入れ難いことが、そうで有り続けた大きな理由だ。しかし地形に左右されず移動できるフロートシップならば、この中立地帯へも容易く進入できる。少なからぬ数の兵を乗せて行くことさえ可能だ。しかもこの中立地帯はウィルの国、リグの国、エの国、チの国の4ヶ国と接する土地。ここに進入しようとするフロートシップの動きに対しては、他国も神経を尖らそう。
ウィルの国王陛下にしても、シーハリオン周辺でのフロートシップの運用については、並々ならぬ関心を抱いておられるはず。しかしいきなり正規の騎士団を乗せた船を送れば、必要以上に他国の警戒心を刺激することになる。だが、王族の姫君とお供の騎士学生達の巡礼行という形を取れば、領土的野心とは無関係な非軍事的行動であるという名目が立つ。少なくとも表向きには。
その説明を聞かされ、貴婦人はいたく感心した。
「流石はハーベス様。事情通でいらっしゃいますね」
「自慢する程のことでもありませぬ。国際関係の厳しさを肌身で知る者であれば、私ならずともそのように察しがつきましょう」
しかしその雄弁な語り口に魅せられ、ハーベスの周りには少なからぬ聞き手が集まっていた。その一人がふと気づく。
「おや? こんな所に置き手紙が」
その手紙は近くのテーブルにさりげなく置かれていた。差出人はおろか、受取人の名もない。サロンの客の一人がその内容を読み、顔色を変える。
「なんと! 姫様に一大事が!」
手紙は人手から人手へと渡り、目を通した者は誰もが驚愕した。ハーベスも手紙を読み、そのただならぬ内容を知る。その内容たるや、シーハリオンを訪れるマリーネ姫が凶暴なドラゴンに襲われ、無惨な最後を遂げるという予言だった。しかし手紙の最後は次のようにも結ばれていた。勇敢なる者たちが力を振り絞って姫を助けるならば、この未来を変えることができると。
「これは私の勇気を試すための手のこんだ悪戯でありましょうかな? いや、きっとそうでありましょう。はっはっ!」
そう言って笑い飛ばすハーベスではあったが、彼とてドラゴンの恐ろしさを知らぬわけではない。まともに戦いを挑んでもまず勝てぬ強敵。ドラゴンと遭遇した時に取るべき最も賢い行動は、全速力で逃げ去ることだ。逃げ切ることが出来ればの話だが。
置き手紙のこともあり、ロイ子爵は入念なる準備を行った。その筋に申請して緊急行動用のゴーレムグライダーをミントリュース号に搭載させ、さらにゴーレム工房の関係者にも掛け合って、3隻の船に風信器を備えつけさせた。念のため、先の視察行で雇ったシフール便配達人の2人も、連絡要員として確保。ドラゴンに備えて虎の子のバガン1機を手配する。そうした全ての準備が整うと、冒険者ギルドに依頼が出された。
『我、ハーベス・ロイと共に、マリーネ姫のシーハリオン巡礼行に同行する冒険者を求む。我等の乗船するフローシップはミントリュース号。凶暴なるドラゴンの出現が十分に予想されるが故、危急に際しては命の危険をも厭わずに姫をお守りする覚悟のある者を望む。場合によってはミントリュース号が姫を守る盾となり、また姫からドラゴン引き離す囮となることもあり得る。そのことを熟考された上で参加を決められたし。緊急時、姫を守るために必要と有らばゴーレムグライダーおよびバガンの使用を許可する』
●リプレイ本文
●いざシーハリオンへ
出発に先立ち、3隻のフロートシップの乗船者達による合同会議が開かれた。冒険者達から出されたドラゴン襲撃に対しての対策だが、その大部分は次の流れに沿ったものだった。まず前衛のミントリュース号と後衛のジニール号が盾もしくは囮となってドラゴンを引き付ける。その隙にアルテイラ号は安全圏へ離脱。姫には直ちにゴーレムグライダーで避難して戴く。以上は直ちに、船団指揮官である海戦騎士ルカード・イデルの承認するところとなった。
「で、姫を守る次に肝心なのは船の防衛だ。その場合、優先して守るべきは船を動かす操縦士だろう。最悪の場合は船ごと盾にというが、肝心な時に船を動かせなのいでは話にもならん。しかし、俺には何をどうすべきかが良く分からない」
シュナイアス・ハーミル(ea1131)が率直な疑問を口にすると、アルテイラ号に乗船する冒険者・草薙麟太郎から貴重な意見が出た。
「僕の世界の艦船には、ダメージコントロールという概念があります」
技術が中世レベルに留まっていたアトランティスには、これまで存在しなかった概念だ。麟太郎は図を描いて懇切丁寧に説明する。たとえば予めダメージを受けた場合を想定し、そのダメージ下でも迅速な対処が可能なように、脱出用のルートを整え、補修用の資材を準備しておく。船の運航に不可欠な魔法装置にダメージが及ぶことを避け、魔法装置以外の船体部分でダメージを受ける工夫を為すことも、その応用例の一つだ。
この意見にはルカードを始め、大勢の者が感銘を受けた。勿論、シュナイアスも。
「そうか、良く分かった。いざとなったらバガンが起動するまでの間、俺が囮になってドラゴンを操縦席や魔法装置から引き離すか」
会議が終わると、一同はミントリュース号に戻って来た。出発までにはまだ大分時間がある。
「さて、問題はこれだ」
先に行われた宿場町ウィーの視察行にて、冒険者仲間が見つけてきた血塗れの羽根の塊をしげしげと見つめるシュナイアス。形状からして羽根には違いないが、羽根の繊維の1本1本がやたらと太い。この羽根は果たして山の民の言う通り、本物のヒュージドラゴンの羽根だろうか? そう疑問を呈したグラン・バク(ea5229)に応え、ハーベス・ロイ子爵は鑑定人に鑑定させたが、結果は『本物』。
「この羽根を手がかりにして、持ち主の大きさが推測できるかもしれないな。しかし俺には生き物に関してのその手の知識が無い。ハーベス殿、宜しければ学者の一人でも紹介して貰えないか?」
「それに、セレ分国に現れたというシャドウドラゴンのことも気になります。モンスターに詳しい方が一緒にいてくれるといいのですが」
クロス・レイナー(eb3469)もハーベスに願った。
「ふむ。この手の知識となると宮廷図書館か、或いはセレ分国のその筋に助力を願うのが良いかもしれぬな。セレ分国はエルフの国だけあって、こういった知識に詳しい者も多いことだろう。今すぐには無理だが、手筈は整えておこう」
ハーベス・ロイ子爵は約束した。
出発までの時間を利用し、バルザー・グレイ(eb4244)は王都のゴーレム工房を訪れた。工房という名で呼ばれていても、実態は整備場。設備も人員もほんの申し訳程度で、本家とも言うべきトルク分国のゴーレム工房とは比べ物にならない。尚かつ、そこはゴーレムの機密からも遠く隔たった場所だった。
「ナーガが工房に滞在していないかだって? ここにはいないねぇ。トルク領の工房のことまでは分からないが‥‥」
居合わせた整備士はそう答えたが、トルク領の工房は遠い。面倒な手続きの時間も考えたら今回の巡礼行には間に合わない。ナーガが居れば色々と聞きたいことがあったバルザーだが、ここは諦めるしかなかった。
「主よ‥‥これも試練ならば、我が信念と剣で乗り越えましょう。」
今回の旅での安全を神に祈り、クロスが教会から戻ると、ミントリュース号の準備はすっかり整っていた。
船の甲板にはバガンが鎮座。鎧騎士シャリーア・フォルテライズ(eb4248)がドイトレから借り受けてきたものだ。ドイトレがシャリーアに託した伝言、『生きてお戻りになるのを、首を長くしてお待ちしておる』との言葉も、既にロイ子爵に届いている。
そのシャリーアは甲板で、ディーナ・ヘイワード(eb4209)にグライダーの乗り方を教授している最中。
「うわちゃ、なんか大事になってきたね。燃えてきましたよ。がんばうっと」
甲板上に運び込まれたグライダーの操縦席に跨り、ディーナは早くも大空を行く心地。しかし同じく甲板に立つシン・ウィンドフェザー(ea1819)は、熱っぽいディーナとは対照的に冷めていた。
「正直な話、これから竜と戦おうってのに装備不足は否めないが‥‥ま、最善は尽くすとするか」
貴重なゴーレムグライダーに、虎の子のバガンまでも持ち出したはいいが、果たしてドラゴン相手に何処まで通じるのやら。だが、不安に囚われてばかりもいられない。
「では航海の‥‥いや、航空の無事を祈って」
航海の無事を祈るために作られたお守りが、宙に浮かぶ船の上でも役に立つかどうかは分からなかったが、アーディル・エグザントゥス(ea6360)はエーギルのコインに口付け。
そしてミントリュース号を先頭に立て、3隻の船からなる船団は王都ウィルを発った。最初に目指すは聖山シーハリオンへと至る道程の中間地点、宿場町ウィーだ。
●奇妙な娘
領主の首がかかっていた先の視察行では一刻の間も惜しみ、ウィーにすっ飛んで行ったミントリュース号ではあったが、今回は急ぐ必要もなし。他の2隻と速度を合わせ、船はゆったりしたペースで進んだが、それでもウィーの町にはまだ日の高いうちに到着できた。
視察行の成功で、領主も町の人々もマリーネ姫には好感を持っている。今回は単に町のすぐ側に船を泊めて一泊するだけだったが、それでも大勢の人々が船の周りに集まって歓声で出迎え、町の領主もマリーネ姫への挨拶のために船を訪れた。
町が歓迎ムードで盛り上がる最中、グランは馬を駆り、町から遠く離れた森に向かう。視察行が終わり町を発つ日に出現した銀色のドラゴンが、姿を消した辺りだ。
ドラゴンの消えた辺りに見当をつけ、その場所まで馬で進もうとしたが、生い茂る木立の多さに難儀する。それにしても、森に踏み入った頃合いから人の視線のようなものを感じるのは何故だろう?
木立の上を何かがかすめた。鳥か? それにしては大きすぎる。
グランは歩みを止めて声を放った。
「そろそろ出てこられてはどうかな?」
はったりで行ったまで。耳を澄ましても返事はない。森はしんと静まり返っている。
見当違いだったか‥‥。そう思った時、
「あ〜、ちょっと待ってぇ〜!」
返事があった。しばし間を起き、がさごそと森の木々をかき分けて人影が現れた。予想していた祈祷師風の男ではなく、若い娘だ。娘が纏っているのは沢山の羽根飾りがついた毛皮の服。こんな服を町の者は着ない。
「山の民の娘か?」
「ん〜。ま、そんなとこね」
「俺はグラン・バグ。冒険者だ。キミの名は?」
「えーと。まだ考えてないから、適当でいいわ」
「?」
妙に会話が噛み合わない。
「ここで何をしていた?」
「お散歩」
「こんな森の中を一人でか?」
「そうよ。あなたもお散歩?」
「俺は‥‥」
言いかけて、ふと思い当たる。
「キミのような格好をした男を以前、町で見た。山の民の祈祷師らしいが、キミの知り合いか?」
「う〜ん。‥‥そうかもしれない」
娘はグランに近づき、じろじろと全身を見回す。
「わあ! これが剣?」
「触るな。玩具じゃない」
グランは娘を制する。
「ごめんなさい。あたし、余所の人と話すのに馴れてないの」
娘の素振りは、これまで人とまともに接したことのない子どものような。
「もしもその祈祷師と知り合いなら、伝えてくれ。ミントリュース号の冒険者たちが会いたがっているとな」
「は〜い。他に用は?」
「今のところは、無い」
「じゃあね!」
娘はそそくさと森の中へ姿を消した。
●山の民
冒険者に血塗れの羽根を手渡した男は、今回は町中に見当たらなかった。流れ者で、今はどこか別の場所にいるらしい。
騒ぎを起こして捕らえられた山の民たちは、今も牢の中にいた。牢を訪ねたシンとアーディル、クロウ・ランカベリー(eb4380)が目にしたものは、ごろつきやこそ泥と一緒くたにされ、牢の片隅で身を寄せ合っている彼らの姿だった。老人が1人に若い男が3人。皆、他の罪人と同じように粗布で出来た粗末な服を着せられている。
「尋ねたいことがあるのだが‥‥」
冒険者達が尋ねても、彼らは頑なに口を閉じたまま。
「不当な扱いとなったことはお詫びする。だが、自分たちにはドラゴンに危害を加える意思は無い。むしろ彼らとの関係を改善したいのだ。だから、どうか教えて欲しい。シーハリオンで何があったのかを」
クロウがなおも畳みかけるが返事はない。諦めに囚われながらも、クロウは携帯電話のメモリーを呼び出した。
「この人物に見覚えは?」
記録されていた祈祷師の画像を見せた途端、彼らの態度が変わった。
「これは!」
「あのお方が!」
口々に驚きの言葉を発し、携帯電話にひれ伏す。
「貴方は、あのお方の使いの者であるか?」
畏れを顔に表し、山の民の老人がクロウに尋ねた。
「いいや。通りすがりにその姿を見ただけだ」
老人は失望も露わに吐き捨てた。
「ならば、そなた達に話すことは何もない」
所変わって町の領主の館。
「捕らえた山の民を釈放せよと? いやしかし、釈放した彼らが再び騒ぎを起こし、こちらにお越し頂いているマリーネ姫様のご機嫌を損ねるようなことになっては、私の立場がなくなるではないか」
エルリック・シャークマン(eb4123)とレイ・リアンドラ(eb4326)の求めに、領主は難色を示していた。
「捕らえた時のことを話していただけませんか? 彼ら山の民が捕らえられる前に何を話し、何を行っていたのかを」
ハルナック・キシュディア(eb4189)は思うところあって、領主との面談に同席する役人に訊ねた。
「どんなささいなことでも良いのです。あなた方が何を見たのか、できる限り詳しく、どんな詰まらないことでも良いですから教えてください。その情報が役だてば、領主殿とあなた方の功績になります。私からもハーベス卿に口添えしておきましょう」
その言葉に気を良くして、役人たちは話し始める。
「去年の終わり頃から、彼らはよく町に来るようになりました。とはいっても、用事もなくあちこちうろつき回るだけでしたが。ところがあの日、マリーネ姫様のフロートシップがこの地にやって来るという噂を聞いて、彼らは騒ぎ始めたのです。『空飛ぶ船をこの地に近づけてはならぬ、空飛ぶ船は災いを運んで来る』と。さらに彼らは言いました。『聖なるドラゴンはお怒りじゃ。聖なる山に近づいてはならぬ』と。彼らがあまりにも非道く騒ぎ立てるので、我々は彼らを捕らえて牢にぶち込むしかありませんでした」
「その時、彼らから取り上げた物はありませんでしたか?」
「着ていた服に、持ち物の一切合切を没収しましたが」
ハルナックは役人たちに礼を述べ、領主に向き合う。
「無理は重々承知ですが、とにかく急ぐのです。ウィーを発つまでにお願いします。これは此度の煩わせ事に対しての対価。ウィルの国のため、なにとぞお願いします」
言葉と共に差し出した金袋を領主は受け取り、しばしその重さに感じ入っていた。
「私からも、これを」
エルリックもアメジストのリングを領主に差し出し、領主はようやく首を縦に振った。
「では私も、あなた方の心遣いに応えるとしましょう。但し、すぐに釈放というわけにはいきませぬ。ですが、待遇の改善は約束しましょう」
程なく山の民たちは暗い牢から出されて、町の外れにある空き家をあてがわれた。とはいえ自由な外出は認められず、戸口には見張りの番兵が立つ。
「食事はお気にめさぬか?」
温かい食事を出したものの、まるで手つかず。エルリックは、まずその一口を自分で食べてみせる。
「毒は入っておらぬ。信じぬがゆえにお互いの間に『毒』が生じているだけだ。私達はただ貴方達の口から『貴方達から見た事実』を述べて欲しいだけだ」
役人によって没収されていた品々を、ハルナックがその本来の持ち主達に手渡す。
「手酷き失礼があったこと、この私からお詫びします」
強張った表情ではあったが、山の民達は互いに顔を見合わせる。老人の顔には驚きの色。若者の一人が食事を口にして、毒は入っていないようだと告げるや、彼らは飢えた犬のようにひたすら食べ物を腹に詰め込み続けた。よほど腹が減っていたのだろう。
食事も一段落すると、エルリックが尋ねる。
「教えて欲しい。シーハリオンで何が起きたかを」
「去年の年の終わりに、空飛ぶ得体の知れぬ物がシーハリオンに飛来したのじゃ」
口を開いたのは山の民の老人。
「それを見た者の話によれば、それは鳥でもドラゴンでもナーガでもなく、流星のように空を横切ってシーハリオンを囲む嵐の壁に突っ込んだのじゃ。それから時を置かずして、シーハリオンの麓に血塗られし竜の羽根が数多に降り注いだのじゃが、異変はそれだけに留まらず。その後も聖山は7日7晩もの間、不気味な轟きを放ち、これまでにない数のヒュージドラゴンの羽根がシーハリオンの麓に降り注いだのじゃ」
そこまで言い切るや、老人は瞑目するように目を閉じた。
「今、話せるのはここまでじゃ」
家の窓から外を見ていたヴェガ・キュアノス(ea7463)が、仲間たちに知らせる。
「山からのお迎えが来たようじゃ」
家の外に、あの祈祷師がいた。家の中に入ろうとしたところを番兵に見つかって揉めている。
「その男と話をさせてくれ」
シンは番兵に頼み、祈祷師と向き合った。この祈祷師、話に聞く銀の竜に変身する男かもしれない。
「シーハリオンや竜のことには詳しそうだな。巡礼に向かう姫さんが竜に襲われるって予言もあるが、あれもいつぞや銀の竜が言っていた試練ってヤツなのか?」
「竜に襲われるだけが試練とは限らぬ。そして試練は長く続こう」
それが祈祷師の答。
「なら、俺も胸を張ってシーハリオンへ入れるよう、最善を尽くそう。それが竜から信頼を得る為の道であるならばな」
「竜の信頼を得ること、そなたの考える程に容易いものではない」
横合いからヴェガが尋ねる。
「わしらは故あって聖山に巡礼する身。何か良からぬ事があるならば教えてはもらえぬか」
「覚悟があらばその目と耳で確かめ、その身をもって知れ」
答えると、祈祷師は冒険者たちの前から立ち去った。
●聖山へのガイド
仲間から場所を教えられ、クロスは町の酒場にやって来た。
「シーハリオンや山の民に詳しい人を知りませんか?」
尋ねると、客の一人が離れたテーブルを指す。そのテーブルの者たちは、一人の老人を囲んで盛り上がっていた。
「そういう話は、あのジージの爺さんが詳しいぜ。足腰が元気な頃は、何度もシーハリオンのすぐ近くまで巡礼に出かけた御仁だ」
クロスはそのテーブルに行き、しばしその話に耳を傾ける。話は老人の巡礼の旅の思い出話。聞くうちに、クロスもその生き生きと語られる話の中にのめり込んでいった。
「おや? ここでは新顔じゃな?」
老人がクロスの姿に気付いた。
「初めまして。僕はフロートシップに乗ってきた冒険者です」
クロスは自己紹介し、ジージ老人にシーハリオンまでのガイドを頼む。
「何!? わしもあの空飛ぶ船に乗れるのか!?」
老人は素っ頓狂な声を上げて喜んだ。
「お頼みできますか? 報酬は前払いで」
金貨10枚を差し出すと、老人はますますの喜びよう。
「金を払ってでも乗りたいと思っていたところじゃが、乗せてもらった上に金まで貰えるとはなぁ!」
金を受け取り、老人はにんまり笑った。
●只今待機中
「ディーナ、そろそろ交代だ」
船の甲板に置かれたバガンの制御胞が開き、クロウが中から出てきた。
「お疲れ様!」
替わってディーナが制御胞の中に潜り込む。
「うわ、乗れちゃったよ。‥‥ごめん、言い方不謹慎で」
たとえ鎧騎士でも、虎の子のバガンに乗れる機会はそうそう無い。
操縦席の水晶球に手を置き、起動させる。しばし間を置いて、制御胞内に外の景色が映し出された。
「起動成功!」
「おめでとう。だが、そこからが長いぞ」
外からクロウの声。万が一に備え、バガンの中で待機する者たちのローテーションが組まれ、クロウは自分の番を終えてディーナに代わったばかりだ。中で待機するのはいいが、緊急時でない限り動かす許可は下りない。
「まぁ、相手が相手だから素直に喜べないけど。飛んでいる相手だからなぁ、他の船に向かおうとしたら、樽でも投げてこっちに注意をひきつけるかな」
待機の間、ドラゴンといかに戦うかをあれこれ考えてみる。制御胞内に映る景色は平和そのものだ。甲板に発つクロウが、空を行くグライダーを双眼鏡で追っているのが見えた。
「あれって、騎士学院のグライダーだね」
「そうだ。こんな時にも訓練飛行を欠かさないとは、彼らも熱心だな」
夕暮れ時になり、空が赤く染まり始める頃に、ディーナの待機は終わった。次はバルザーの番。その待機の間も何事もなく時は過ぎ、制御胞から出てハルナックと交代した時には、空には満天の星。夜中もバガンの側から離れずに済むよう、船の甲板にはバルザーの用意したテントが張ってある。その中からディーナが顔を出した。
「夜通しの待機、大変だよね」
「なに。この程度、若いころに出陣した時のことに比べれば軽いわ。あの時は国と国との小競り合いに過ぎなかったが、いつ来るか分からぬ敵に備えて、冷たい雨の降で何日も見張りを続けていたものだ。やっと敵が現れた時には、それまでの寒さも消し飛んだぞ」
若い頃の苦労も、今のバルザーにとっては良き思い出の一つ。
●シーハリオンに進路を向け
「山の民は出現した竜と関係ある可能性があり、拘束し続ければ竜の怒り招く可能性もあります。幸い我々は聖山シーハリオンに向かいますので、彼らも住処の山に帰還できるよう、ミントリュース号に乗船させる許可をいただけませんか?」
しかしこのレイからの求めに対し、ミントリュース号の指揮官ティース・バレイは首を横に振る。
「気持ちは分かるが、国王陛下より預かりしフロートシップに、いつ騒ぎを起こすか分からない者たちを乗せるわけにはいかぬのだ」
山の民をその住処に送り届けようというレイの願いは叶わなかった。
ともあれ、ウィーの町滞在中は何事も起きず。そして巡礼の船団はウィーの町を発ち、シーハリオンを目指す。平野に広がる森林地帯の真上を飛ぶうちに、いつしか国境を越えてセレ分国領内に入る。やがて平野の森はなだらかな山地の森となり、進むにつれてさらに高く険しい高山へと変わる。
「すごい! あんなに雪が!」
クロスが感嘆の声を上げる。ミントリュース号を前衛に立て、険しい尾根の合間を縫うように進む船団の両側には、春の訪れた今でさえ深き雪に覆われた峰々が連なる。その荘厳さに見る者は息を飲む。
「おお、もうこんな所まで来てしまうとは! しかし、ちと早すぎはしないか? 船の速さに頭がついていけぬわ」
ガイドのジージ老人の漏らす愚痴も、どこか楽しそう。
ウオオオオオーッ! 咆哮が轟く。雪山の上で白いドラゴンが吼えている。その身の丈は白の塔の高さほどもある。出現したフロートシップに気を惹かれたのかもしれないが、吼えるだけで襲ってくる気配はない。甲板の冒険者たちが興味津々で眺めるうちに、ソノドラゴンの姿は後方に去っていったが、遠くにはまた別の白いドラゴンの姿。
アギャ! アギャ! 奇妙な鳴き声。それに気付いたアーディルが見れば、小さなドラゴンの子どもが谷底から船に向かって吼えている。
「あんな所にもドラゴンの子どもが。まるでこの辺りはドラゴンの王国だな」
ふとアーディルは通り過ぎ行く雪山の頂上に目をやり、そこに古代の遺跡にも似た石造りの建造物が建っていることに気付いた。
「あれは何だ? 遺跡のようだが?」
それに答えたのはジージ老人。
「あれはきっと、ナーガの住処じゃな」
ナーガは竜の末裔とも言われ、人と竜の合いの子のような姿をしたデミヒューマン。その男性は竜の頭を持つ逞しい人間の姿、女性は人間の上半身に蛇の下半身を持つ姿。その体には硬くて頑丈な鱗があり、背中には翼を生やしている。口からは火を吐き、人間など他のデミヒューマンの姿に変身することもできる。と、そんな話をジージは語り聞かせた。その話を最も感慨深げに聞いていたのは山吹葵(eb2002)であろう。老人の話が一段落すると、彼からも付け加えた。
「拙者の故郷の世界ジ・アースでも、インドゥーラという国にかの種族がいると聞いているでござる。思慮深い種族だと聞いているでござるが」
それにジージは答えて言う。
「そうか。ナーガの性はどこでも変わらぬのじゃな。ナーガは思慮深いが故に人里離れた土地に住み、滅多に人とは交わらぬが、山の民は彼らをドラゴンの使いと崇めており、時にはその教えを乞いにナーガの元を訪れるそうじゃ。じゃが、ナーガを怒らせると怖いぞぉ!」
最後の言葉にはおどけた調子があった。
聖山シーハリオンはいよいよその大きさを増して船の前方に迫る。
「ついにここまで来たか‥‥」
その雄大な姿に感じ入り、アーディルが呟き‥‥。
「!」
恐るべき巨大な姿が出現したのは、まさにその時。
あの青いドラゴンが現れたのだ。それもミントリュース号がたった今その側を通り過ぎた、雪を頂く山の斜面からいきなり湧いて出たように。
「ドラゴンだ!」
「いつの間に!」
ミントリュース号の甲板で冒険者達が口々に叫んだ時、青いドラゴンは既に後続のアルテイラ号に襲いかかっていた。
●ドラゴンとの戦い
ミントリュース号が回頭する。だが、尾根の合間で60メートルもの船体を動かすのだから小回りがきかず、動きがもどかしい。その間にもドラゴンはアルテイラ号の舷側や甲板をぶち壊し、人を船外へ弾き飛ばす。
ようやく回頭を終えるや、ミントリュース号は急速前進。甲板のバガンは動き出していた。その制御胞内にはシャリーア。自分の待機中にドラゴンが襲って来たのは幸運か不運か? それを問う閑は無い。ミントリュース号の動きを見計らい、シャリーアはバガンを甲板後方に後退させるや、アルテイラ号に飛び移るべく勢いつけて助走させた。ドラゴンがミントリュース号に攻撃を転じる。翼を大きく広げて襲いかかるその姿がバガンの目の前に。だが駆け出したバガンの勢いは止まらない。
「とべぇ! バガン!」
甲板を蹴り、バガンがジャンプ。突っ込んできたドラゴンの首を、バガンの巨大な腕ががっしり掴む。ドラゴンが吼えた。バガンをしがみつかせたその巨体がミントリュース号の甲板を掠めて過ぎ去る。ドラゴンはバガンを振り落とさんと空中で暴れ出したが、シャリーアも振り落とされまいとバガンの腕に力を込め、あらん限りの声でもってドラゴンに叫ぶ。
「マリーネ姫をあなたが害せば、人と竜は戦争になる! 関係無いあなたの全ての同族も狙われ、私たちとお互いに殺し合わねばならなくなる! お互いの世も大いに乱れ、喜ぶのはカオスの魔物ばかり! そんな事は、断じて許すワケにはいかぬ!」
「ほざくな! 汚らわしき虫けらども! 貴様らが犯したその悪行、その体を千に切り裂いて贖わせてくれる!」
人と竜の叫びが入り交じる。両者は空中で揉み合いながら、徐々に谷底へと降下していく。
「あなたの怒りは自分の為ではないだろう! あなたを敬愛する方々を悲しませる所業はお止め下さい! 私はあなたと殺し合いたくなどない!」
涙目で迸らせたシャリーアの叫び。その後に信じられない事が起きた。
しがみついていたドラゴンの巨体が消えたのだ。
「あっ‥‥!」
シャリーアの小さな叫びと共に、バガンは雪の谷底に墜落した。
船上で戦いを見守っていた仲間たちもまた、信じがたい光景を目にしていた。
ドラゴンの巨体があっという間に縮み、その本来の姿を現したのだ。
それは人の上半身と蛇の下半身を持ち、その体に鱗を有し、背中には翼を生やす者。ナーガの娘だ。ナーガは谷底からミントリュース号に向かって舞い上がり、その喉から竜の咆哮に似た叫びが迸る。それはナーガの使う竜語魔法の呪文。魔法は成就し、ナーガは再び巨大な青き竜に変じると、ミントリュース号に襲いかかった。
体当たりをくらい、大きく傾く船。そしてドラゴンは甲板に舞い降りる。マリウス・ドゥースウィント(ea1681)がオーラテレパスで、葵もテレパシーでドラゴンに呼びかけ、攻撃の中止を求めるが、返って来るのは怒りと憎しみの咆哮ばかり。
「憎い! 憎い! 人間が憎い! 皆殺しにしてやる!」
「っく、死なせるもんかぁぁぁぁ!!」
仲間を庇るように、クロスは剣を振り上げて飛び出したが、剣の切っ先も届かぬうちにドラゴンは甲板から空中へ舞い上がる。アルテイラ号やジニール号から飛来したグライダーに引き寄せられたのだ。ミントリュース号号からもディーナ、エルリック、レイのグライダーが飛び立っていた。
レイのグライダーがドラゴンに肉薄する。その巨体の間近を掠めるや急上昇に転じ、今度は落下による加速を加えてドラゴンの頭上から急降下。翼を狙ってランスチャージ。だが、攻撃は無謀すぎた。ランスの切っ先がドラゴンの翼の端を掠った次の瞬間、グライダーの翼がドラゴンの翼と接触。その弾みでグライダーが空中で駒のようにスピン。レイは座席から投げ出され、雪の地面に向かって転落。操縦士を失ったグライダーも、レイの後を追うように落下した。
「レイさん!」
空中でディーナが叫ぶ。と、そのグライダーの前方に巨大な影が現れた。青いドラゴンにも匹敵する巨大なドラゴンだ。それが2匹も‥‥いや、よく見ると3匹だ。銀色と黒の鱗を持つ巨大なドラゴンの後に、それよりもずっと小柄な金色のドラゴンが付いている。
「掟を忘れたか! 偉大なる竜達は、この地でヒトの血の流されることを望んではおらぬ!」
青いドラゴンを一喝するかのごとく、銀色のドラゴンが吼える。それを受けて、それまでの猛々しさが嘘のように、青いドラゴンは身を翻して飛び去った。
新たに出現したドラゴンを話の分かる相手と見たマリウスが、オーラテレパスで呼びかける。
「天掛ける者よ。ヒトにも色々いる。世界を破滅させようとする者もいれば、守ろうとする者もいる。私達は聖山がどうなっているか、巡礼という形をとって確めたいのだ。もし意図的に聖山を汚す者がいれば、私達もその者たちと対抗する」
銀のドラゴンは咆哮をもって答えた。
「これ以上、聖山に近づくな! おまえ達ヒトにまだその資格はない!」
雷鳴のごとくに吼えて答えると、銀色のドラゴンもまた他の2匹と共に、冒険者たちの船を離れて飛び去っていった。
一時はどうなるかと思えた激しい戦いを、冒険者達は乗り切った。
「船を守りきれず、バガンを損傷させた事をお詫びします」
救出されてヴェガの手当てを受けた後、回収されたバガンの横でロイ子爵や指揮官ティースに頭を下げるシャリーア。墜落したレイのグライダーも損傷は激しかった。しかし雪の積もった場所に落下したおかげで、レイ自身の怪我はヴェガの魔法で回復できる程度に収まっていた。
後の話になるが、結果的にマリーネ姫の命を救ったことで彼らの行いは高く評価され、ゴーレムの操縦に携わった冒険者たちには特典が授けられることになる。
だが、大きな疑問は残る。
「あの青いドラゴン、ナーガの者が変身した姿でござったとは。しかし思慮深いはずのナーガが何故に? 人が霊山を汚したというなら、何をしたというのでござろうか? そして、シーハリオンに飛来した得体の知れぬ物とは何でござろう?」
山の民の話を思い出し、葵は訝しむ。
「あれはもしや‥‥。物の怪が変身でもして、人とドラゴンの間に溝を作ろうとしてるのかも知れぬが」
その言葉にヴェガが答えた。
「もしも聖なる竜を傷つけた存在がいるのなら、またその存在が我々と同じヒトならば、なんと罪深き事か。その者を見つけ出し、罪を償わせなければの」
銀色のドラゴンが厳しく警告したこともあり、それまでシーハリオンを目指していた船団は、シーハリオンの周囲をぐるりと回るようにコースを変更。その夜、一行はシーハリオンの麓で一夜を過ごしたが、その折りに予期せぬ3人の来訪者があった。1人はウィーの町で出合った祈祷師、もう一人は黒髪も艶やかな美しき女性、そして3人目はグランが森で出合った奇妙な娘。3人は皆、羽根飾りのついた毛皮の服を身に纏っていた。
祈祷師は言う。
「我等はおまえ達を守るために、ここに来た。我等がここに留まる限り、ドラゴンはおまえ達に危害を加えない」