●リプレイ本文
●暴れ竜の言いくるめ
「暴れ竜を言いくるめる?」
尋ねた相手、無駄に露出が多い扇情的な黒のコスチュームに身を包んだ天界人の女は、質問をオウム返しに繰り返す。やがてその顔に浮かぶ妖艶な微笑み。
「やったことはないけど、あたくしとしてはぜひとも挑戦してみたくてよ。燃える町、逃げ惑う人々、目の前には炎を吐く暴れ竜。そして私は燃え盛る町の紅蓮の炎を背にして、鞭を振るって叫ぶのよ。おーっほっほほほ! 町を燃やす悪い竜にはおしおきよ! ‥‥ああ、想像するだけで燃えてくるわ」
女は両肩を抱きしめて恍惚の表情。
「‥‥凄腕調教師として燃えるのはいいが、町まで燃やされては困る」
役に立たぬ答に落胆のため息一つ漏らし、グラン・バク(ea5229)は通称『女王様』こと、噂の凄腕調教師の元を辞した。
「残念だ‥‥何かヒントになることでもないかと思ったのだが」
洒落でなく、本気で相談に行った模様である。
●竜との和平案
出発に先立つ会議にて。
「さて。和平といっても従属的関係から、笑顔を浮かべて刃を突きつけあう関係まで多種多様です。我々の目指す『竜およびその眷属との和平』にしても、目指す和平の形態を具体化しなければなりません」
そうハルナック・キシュディア(eb4189)が持ちかけると、ロイ子爵は求める。
「先ずは貴殿の思うところを聞かせてもらおう」
答は用意してある。ハルナックは淀みなく答を返す。
「私個人としては、『友好は竜族及びナーガ族と相互不可侵条約を結ぶための手段』であり、『竜族及びナーガ族にウィル国を攻めさせないのが最優先目標』という考えです。他の方も他の方なりの意見を持っていることでしょう。ただし交渉に当たっては、交渉団の個々人の間で意思の統一を図るべきです」
「貴公の考えるところは竜との和平に限らず、ありとあらゆる和平の根幹を為す原則であろうな。もとより、竜との争いを望む者はおらぬと思うが‥‥」
一呼吸置いて、ロイ子爵は会議のテーブルを囲む冒険者全員を見渡して尋ねる。
「ハルナック殿の意見に異のある者はおるか?」
異を唱える声は誰からも上がらず、ロイ子爵は満足げに頷く。
「大いに結構。しかし竜との和平はまだ端緒についたばかり。竜族そしてナーガ族は人とは姿形も能力も異なり、その考えにおいても人と異なる部分があろう。人の国を相手に和平交渉を行うのとは、色々と勝手が違うこともあるはず。それ故に、今後は並々ならぬ忍耐が試されることもあり得よう。覚悟の程は良いな?」
その言葉に対し、真っ先に答えたのはレイ・リアンドラ(eb4326)。
「人と竜との争いを回避するためにも、誰かがやらねばならない事です。今は積極的にシーハリオンの竜やその眷属との接触を図り、信頼関係の構築と実地調査をした方が、徒に彼らの引き起こす騒動の後を駆けずり回るよりも、遥かに実りがあります。また、竜の眷属の長老との会見も、早いうちに図るべきでしょう」
その言葉にロイ子爵を始め、その場の全員が同意を示した。
「ところで、ロイ子爵殿が同行しない以上、今回の代表格はサフィオリス・サフィオン卿と言うことになりそうですが、そうなるとウィルとしても問題はありませんか?」
尋ねたのはバルザー・グレイ(eb4244)。ロイ子爵は次のように答える。
「今回、シーハリオンの麓に向かわせる和平団の代表格はグラン・バク殿となる。竜の和平の王命拝受者であり、なおかつドラゴンの顎に手をかけて和平の誓いを為したる男でもある。資格に不足は無かろう?」
「それからもう一つ。山の民の村を訪れるに当たり、我等の誠意の証として親書を携えていくべきでしょう。願わくば国王陛下の親書を。但し、山の民は古の王族の末裔と聞きます。セトタでも新興国家であるウィルの親書では、どの程度効き目があるか分からぬのも事実であり、歴史のあるチの国のほうが信頼されうるやも知れませぬ。そのように私は愚考しますが、そちらのご検討をお願いできませぬか?」
「ふむ‥‥」
ロイ子爵はしばし考え込み、答を出した。
「この和平の先行きは未だ定かに非ず。徒に国王陛下やチの国の王族の手を煩わせたことにより、これから生ずるかも知れぬ不慮の災難が、王家やチの国まで巻き込む恐れもある。今回の親書は私一人のみの手で認めよう。その親書が受け入れられぬ時には素直に引き返し、改めて国王陛下にお伺いを立てるとしようではないか」
「了解しました。最後にフレイのことですが、連れていけば山の民との交渉でも有利に働くやも知れません。実際に山を下り、こちらの世界を一部とはいえ目にしていることも考えると、ナーガの賢者殿に会えた場合には話も通しやすいかもしれません。よって、今回は彼女の同行を希望します」
この提案に反対する者はいなかった。
「良かろう。フレイの同行を許可する」
●セレの森
フロートシッブの船上で出発の準備は進む。ルーケイ伯の協力により、船に運び込まれたゴーレムグライダーが1機。シャリーア・フォルテライズ(eb4248)が甲板にふわりと降下させたその機体が、慌ただしく格納庫に収納される。
タラップを上って甲板に上がってきた冒険者達の中で、一番浮き浮きしているのは恐らくティアイエル・エルトファーム(ea0324)。
「わくわく♪ あたしね、会いたい人達に竜達がいっぱいいるから楽しみなの♪」
「だけど、はぐれナーガの二人は本当にお騒がせだなぁ‥‥。豚を盗み食いしたり、森で暴れたり。みんなでシーハリオンに行っている間は、大人しくしていてくれればいいけど‥‥」
ティアイエルと並んで歩きつつ、そんな事を口にするディーナ・ヘイワード(eb4209)も、どこか楽しそうで。
「それじゃあハーベス卿、行ってきますー!」
動き出した船の上。見送りに来たロイ子爵に、甲板から手を振るティアイエル。船がスピードを増すと共に、子爵の姿はぐんぐん遠ざかって行く。
朝と夕方は涼しいが、昼の最中は暑くなる夏日。しかし甲板に立っていると、休むことなく風が当たるので心地よい。
発着所を飛び立ったフロートシップは、すぐに王都の南を流れる大河の真上に出る。そのまま大河の流れに沿う形で西へ飛ぶ。大河は万人にとっての通行路。その真上を船が飛んだところで、さほどの差し障りはない。
大河の流れに沿い、船は王領ルーケイを横断、ワンド子爵領を通り過ぎ、魔獣の森を突っ切る。やがて大河の岸辺に、セレ分国より延々と広がる広大な森林地帯が現れた。この辺りは大河の蛇行地点でもあり、西から東へと流れていた大河はその向きを南北へと転じている。東西から南北へと向きを変えた大河は、そのまま分国の境ともなっていた。
大河の蛇行地点に達したフロートシップは、暫し大河の畔の開けた場所に着地して長めの休息を取る。その後、その進行方向を転じることなく西へ向かい、セレ分国の森林地帯へと乗り入れた。
下界を見下ろして見えるものといえば、緑の海の如くに広がる森林のみ。西に目をやれば、天を突いて聳える聖山シーハリオンの雄姿。この夏の盛りでさえ、シーハリオンの頂上近くは白い雪で覆われている。
「セレの森へは立ち寄らないの? 森の主さんやパピィ達ドラゴンさんにも会いたいなぁって思ったんだけど‥‥」
フロートシップの指揮官にティアイエルは尋ねた。指揮官はフオロ王家に仕える騎士の一人。
「生憎と、今回は立ち寄っている余裕はありませんので」
「‥‥そう。残念だな」
指揮官の答を聞き、再び下界の森に目を転じたティアイエル。その視界に、森の中にぽっかり開けた土地が移った。
「あれは‥‥もしかして!」
「ほう。あれが話に聞く、人と竜との和平の地ですか? 着陸はしませんが、船を近づけて差し上げましょう」
船は方向を転じ、ティアイエルにとって見覚えのある場所は一層近づいた。
間違いない。かつて冒険者達が訪ね、クエイクドラゴンの顎に手をかけて和平を誓った、あの森の中の広場だ。その証拠に広場の中央には、和平の象徴として植樹された小さな月桂樹の木が見える。月桂樹の近くには、船を見上げて飛び跳ねている影があった。
「あ! パピィだ!」
あの時、ティアイエルにじゃれついていたドラゴンパピィだ。よく見れば広場を取り巻く森の木々の合間にも、フォレストドラゴンの姿が見えた。
「パピィ〜! あたしだよ〜!」
船から呼びかけて耳を澄ますと、ドラゴンパピィの鳴き声が微かに聞こえた。
フロートシップは暫し森の広場を旋回した後、再び本来の進路である西へと方向を転じた。
「‥‥さーてと、上手いことナーガ族と接触できるといいんだが‥‥ま、それだけじゃ意味無いんだけどな」
船の船室で呟き、同室するフレイを見つめるシン・ウィンドフェザー(ea1819)。
「‥‥しかし、今日もゴスロリかよ」
王都ウィルに現れた時は、山の民から貰ったという羽根飾り付きの服を着ていたフレイだが、今のフレイが身につけるのは、いつぞやのファッションショー以来、すっかりお気に入りになってしまったゴスロリ風の黒いドレス。シンはお目付け役兼遊び相手としてフレイに突き合っていたが、フレイはもっぱら冒険者からの頂き物であるペットのトカゲと遊んでいる。
「トカゲ、トカゲ、トカゲ〜♪」
そこへティアイエルがふらりとやって来た。ペットの犬とトカゲを連れて。
「ご一緒させてもらうわね〜」
「は〜い」
「あのね、フレイさんに聞きたいことがあるの。ナーガの人ってシーハリオン周辺以外だけでなく、この世界中にもいるのかな? いるならば、皆仲間なの?」
「ん〜〜〜〜〜」
はぐらかそうとするフレイに、シンは促す。
「教えてやってもいいだろう? これから仲間達にも会いに行くことだし」
しぶしぶながら、フレイは答えた。
「‥‥ナーガ族はこの世界中にいるし、住んでいる所は違っていても、みんな仲間だよ。あたしはそう思ってるよ」
「ふ〜ん、そうなんだ」
と、ティアイエル。
「この世界にも色んな国があるんだよね? あたしもいつかは世界を旅して、色んな国に住んでいるナーガのみんなに会ってみたいな」
●中立地帯
王都を発った日の翌日。フロートシップは早くも、聖山シーハリオンの周辺部である中立地帯に達していた。馬に乗ってでさえ何十日もかかるであろう道のりを、たった1日かそこらのうちに進んだのだ。この世界の人々にとって、その速さは驚異的である。
船の周囲に広がる山岳地帯は、真冬であれば白い雪に覆い尽くされよう。しかし今は夏。雪など一欠片もないが、夏山の景観も見事なものだ。むき出しになった岩場、そこかしこに広がる草地。所々に流れる渓流、そのどれもが目を見張る鮮やさ。山岳地帯故に夏場でも気温は低く、清々しい。丁度、王都での春か秋を思わせる心地よさだ。
「何かこう‥‥詩神が語りかけているかのようですね」
美しい景色に心の琴線を震わせられ、ケンイチ・ヤマモト(ea0760)は試みにリュートを爪弾く。いつになく素晴らしき一曲を奏でられそうな気分。やがて、渓流のせせらぎを思わせる美しき戦慄が流れ出す。
と、そのメロディーが唐突に中断した。
「あれは‥‥」
ケンイチの視界の片隅に、いくつもの空飛ぶ影が映っていた。かなり遠くを飛んでいるが、翼を生やした人のような姿もあれば、翼を生やした蛇のような姿もある。
「あれが、話に聞くナーガですか?」
しかしフロートシップの速度は速い。空飛ぶ幾つもの影は、見る見るうちに後方へ流れて見えなくなった。
船が中立地帯にたどり着くまでの間、冒険者達は決して暇していたわけではない。山の民との対面で余計な失敗をしでかさぬよう、サフィオリスより山の民の礼儀作法についてみっちりと訓練を施されたのだ。その成果は、サフィオリスを満足させるに足るものだった。
「短い時間ですが、見事な上達ぶりです。多少、不慣れな点は残るにせよ、新参者であることは向こうも理解してくれるでしょう。何よりもまず相手を思いやり、誠意の心をもって接すること。その事だけは決してお忘れなきよう」
そしてサフィオリスは次々と指示を飛ばす。
「そろそろフレイ嬢に着替えさせて下さい。ゴスロリ姿で山の民と会うのは考えものです」
シンに頼むと、次は船の指揮官に地図を示して求める。
「着陸地点はこの場所に。それから旗竿に白い吹き流しを付けて、よく見えるように掲げて下さい。こちらに戦意無きことを示す印です」
残る冒険者達にも細々した指示を与えると、自分も準備に取りかかった。
フロートシップは山岳地帯の山間を縫うように進み、やがて比較的に開けた窪地にたどり着き、そこに着陸した。
辺りはしんと静まりかえり、聞こえるものといえば風の音ばかり。
「誰も現れない。グライダーで様子を見てくるか」
グライダーへ向かおうとしたシャリーアだが、サフィオリスに止められる。
「もう暫く待ちましょう。彼らはもうすぐ現れます」
その言葉の通り。やがて窪地を取り巻く丘の上に、いくつもの人の姿が現れた。山の民だ。
甲板に立つサフィオリスは、船縁から身を乗り出すように叫ぶ。
「族長の息子、サフィオリス・サフィオンが帰ってきたぞ! 我が父に伝えてくれ!」
丘の上からも返事が返ってきた。
「族長の息子よ! よくぞお戻りになられた! 汝の父君には伝えおく! 暫し、そこで待たれよ!」
早速、山の民は村へ知らせに行く。
「この窪地は山の民の集会広場。山の民の村はこの近くですが、いきなり押し掛けぬのが礼儀です」
と、冒険者に説明するサフィオリス。
「でも、サフィオリス卿。その恰好‥‥」
と、イリア・アドミナル(ea2564)が少しばかり可笑しそうに言う。
「この景色の中だと、凄く似合って見えます。不思議ですね」
「でしょう?」
と、照れた様子も見せずにサフィオリスは答える。サフィオリスは所々に羽根飾りのついた、ふかふかな毛皮の服を着ていた。首にはつやつや光る石を連ねた首飾り。その腰には木を削って作った杖。
「これらは山の民の族長から私に贈られた品々。族長の信頼を得た私が、その養子という立場を授かったことの証です」
●山の民の集会広場
やがて、船の回りが賑やかになった。続々と山の民が集まってくる。一人で身を守れる年頃の男ばかりだが、中にはまだ少年らしいあどけなさの残る若者もいる。その誰もが剣や棍棒などの武器を身につけているが、それはあくまでも万が一に備えたものだろう。雰囲気は決して殺気だったものではなく、誰もが好奇心を隠さずに空を飛んできた船を見やり、中には陽気な歓声を上げる者さえいる。
「あれが空を飛んできたんだって!? 信じらんねぇぜ!」
がっしりした体格の男達が船に近づいてくる。男達に囲まれているのは、白髪を頭に頂き、立派なあごひげをたくわえた老人。とはいえ、その体は取り巻きの男達にも劣らず屈強である。
それが、山の民の族長であった。族長はサフィオリスが着ているような毛皮の服を纏い、腰には剣を帯びていた。
船の前で族長は立ち止まる。目の前には船から下りたサフィオリスと冒険者達。彼らとは距離を置き、族長は呼ばわった。
「我が息子よ! よくぞ帰ってきた! して、お前が引き連れて来たる者達は何者ぞ!?」
「この者達は我が友にして、この者達の王国より使命を授かり、この地を訪れたる者達! 決して我等の敵ではない!」
そう答えるたサフィオリスは、族長の前に進み出るようバルザーに促す。
「いささか緊張するな」
小声で呟き、仲間達に目配せしたバルザーは、王家の者に相対するが如く神妙な顔つきで族長の前に進み出ると、騎士の作法に則って立て膝を付き一礼した。その手にはロイ子爵より託されたる書状。
「我はバルザー・グレイ。栄えあるウィル王国の鎧騎士なり。此度の来訪は和平の為のもの。我等はこの土地の土を一欠片たりとも求めず。この土地の実りを一粒たりとも求めず。ただ、我等は大いなる竜族と、その眷属たるナーガ族との和平を求めるなり。その為に、竜とその眷属を深く知る、山の民のご助力を希う次第である」
和平の使者としての口上を述べると、バルザーは親書を開き、族長の前で読み上げる。
先にバルザーが述べた内容が、親書にはさらなる敬意を込めた表現で記されていた。かつ親書には、セトタ大陸の諸国の現況や、山を下りたナーガの引き起こしたトラブルについても、山の民の理解を助けるべく簡潔に述べられていた。
親書を読み上げたバルザーは一礼し、畏まって族長の言葉を待つ。暫しの沈黙の後、言葉は放たれた。
「竜とその眷属との和平を為すと言うか」
「はい」
「なぜそなたは、竜とその眷属を崇め奉るのに飽きたらず、和平を結ぶなどと言う? 和平とは対等な力を持つ者の間で結ばれるもの。人は竜と争う力を得たとでも言うか?」
「族長殿。時代は変わったのでございます」
族長は再び黙する。どうしたものかと考えあぐねている様子。
冒険者達の中からイリアが進み出た。
「族長様。我等からの贈り物に御座います」
共に進み出た仲間達が、族長の前に小さなテーブルを置く。そのテーブルの上で、イリアは贈り物の包みを広げた。中味は、山の民にとっての貴重品である塩。
「おお、これは!」
族長は目を見張った。塩はシーハリオンの雪の如くに純白。塩を贈ることは偽りなき友愛の印。山の民にとっての塩とは、そういうものだ。
イリアは一礼し、塩の一掴みを取って味見。毒が入っていないことを示す。族長もまた塩の一掴みを取って味見し、その厳めしい顔を和ませた。
「長い話になりそうだな。まずは我等が村にて、ゆっくりと話を致そう。その前に‥‥」
長老はサフィオリスに向き直る。
「お前の連れ来たる友の一人一人を紹介してはくれぬか?」
求められ、チの国の学師は冒険者を順番に紹介する。やがてハルナックの番が来て、その名が呼ばれた時、族長は感激を露わにした。
「なんと! ウィーの町で捕らえられし我等の長老を救った恩人殿も、一緒であったとは!」
感激のどよめきは、回りの山の民の間にも広がっていく。
「ハルナック様が来られたんだ!」
「あそこにいらっしゃるのがハルナック様だ!」
自分の名がこれほどまでに知られていたとは。今にしてハルナックは、過去に自分の為した行いが、山の民にとってどれほど大きな意味を持っていたかを改めて知った。
●山の民の村にて
集会広場から山の民の村までは歩いて約1時間。それでも山地を歩き馴れた山の民にとっては、大した距離ではなさそうだ。
「むう。あれが、村でござるか」
山道を行く山吹葵(eb2002)の目に、村の全景が映った。山々の斜面に囲まれた窪地に密集する質素な造りの家々。回りには畑が広がり、さらにその回りの草場では、毛の長い山羊が草を噛んでいる。
「さて、もう一頑張りでござる」
止めていた足を再び動かし歩を進める葵の背中にはフレイ。ナーガだったら空を飛んでいけばいいものを、葵の背中にちゃっかりと乗っかっている。
それにしても、一行の中にフレイがいたことを知った時の、族長や山の民の驚きようといったら。誰もが地べたに額を擦りつけんばかりに平伏。その顔を仰ぎ見るのももったいないと言い出しそうな程。村へ向かう時もフレイだけは別格で、自分の足で歩くことなく葵の背中で揺られている。その姿を呆れたように見ながら、余人に聞こえぬようぼそっと呟くシンであった。
「あれでも竜の眷属‥‥か」
王都でのフレイの行状を知ったら、山の民は何と言うだろう?
村では女や子どもや老人達が待っていた。
「皆の者! 竜の眷属たるナーガの姫様が、空飛ぶ船でお越しになられたぞ! 我が息子サフィオリスと、その友の者達も一緒である!」
族長が呼ばわるや、たちまちフレイの回りに人の輪が出来る。扱いからして他の面々とは別格である。
「あは〜、みんな元気にしてたぁ〜?」
平身低頭して迎える山の民達を前にしながらも、どこか間延びしたフレイの挨拶。するとフレイの後からやって来たティアイエルが、スカートの両端をつまみつつ、ちょこんと顔を横気味にしてお辞儀。
「アギャ!」
どこかで聞いたような叫びがティアイエルを迎えた。
「あっ‥‥!」
目の前にドラゴンパピィがいた。パピィは村の子ども達にせかされつつ、のっしのっしと彼女の前にやって来た。
「山の民の村では、村にやって来たドラゴンパピィを大切にもてなす風習があるのです。ここはシーハリオンに近いので、パピィがやって来るのも珍しくありません」
と、サフィオリスが冒険者達に説明する。一行が迎え入れられたのは族長の家。質素ながら造りは大きい。窓から外を見れば、パピィや子ども達を相手にオカリナを聴かせているティアイエルの姿が見える。
以前、ウィーの町で出合った山の民がいないかとハルナックは探したが、この村には見当たらない。そのことを族長に尋ねると、
「彼らはここよりさらに遠くの、小さな村に住んでおる」
との答。この地は実り少なき土地故、人々はあちこちに点在する僅かな耕地に、しがみつくようにして生きねばならない。
冒険者に差し出された食事も、ソバ粉を捏ねてイースト無しで焼いたパンと、山羊の乳で作ったチーズ。飲み物は苦みのあるハーブを煎じたハーブ茶だ。
「食事に与り、感謝致しします」
レイは礼の言葉を述べ、食事を口に運ぶ。質素な味だが滋養分は豊富のようだ。この土地の人々にとっては、命を繋ぐための貴重な糧である。
質素な食事の味を噛みしめつつ、シャリーアは改めて族長に頼み込んだ。
「ナーガの方々とより良い関係を築く為に、お力添えを頂きたいのです」
「そなた達の誠意を信じ、力を貸そう。そなた達はナーガの姫君の世話人。また、我が一族の恩人でもあり、何よりも我が息子たるサフィオリスの友だ」
会話の途中で、村人の一人が現れて急を告げた。
「ナーガの賢者殿のお二方が、空飛ぶ船の下りた広場に現れまして御座います!」
●ナーガの監視者
丁度、集会広場では冒険者の宴会担当班が、祝いの宴の準備中。そこに二人は突然に姿を現したのだ。急な出現に誰もが驚いたが、程なく冒険者達は、その二人がナーガの監視者であることを知った。羽根飾りのついた毛皮の服を纏う、一見すると山の民の祈祷師のような男。そして男に連れ添う、祈祷師の妻にも似た装いの女。艶やかな黒髪が美しい。 二人はこれまでにも、ウィーの町、シーハリオンの麓、セレの森と、冒険者の行く先々に姿を現し、戒めや助言を与えている。
もっとも彼らの正体については、まだ彼ら自身の口からは語られてはいない。
「あなた方は、ナーガ族の監視者だったんだな?」
村から駆けつけた冒険者のうち、グランが最初に問う。監視者の男は不審そうに眉根を寄せたが、グランに答える代わりに、冒険者の背後に隠れていたフレイに歩み寄った。
「おまえは我等の秘密を教えたのか?」
「あの‥‥その‥‥色々あってぇ〜」
縮こまり、か細い声で答えるフレイ。
「彼女のことは許してやって欲しい。秘密が明かになってしまったのも、状況が状況だったからだ」
フレイに代わり、グランはこれまでの経緯を説明した。暴れナーガ達を押さえるためにフレイが竜に変身し、その場面を冒険者達に見られてしまったことも。
「あの二人の暴走を止められなかった事には、俺も責任がある。その事をここでお詫びする。しかし正直言って、暴走するナーガは我々の手に余る。我々はあなた方の助言を必要としているんだ。『言葉』か『契約』で相手を縛り、大人しくこちらの要求を従わせる方法はないのか?」
「そもそも、あの二人は何をする為に山を下り、人間界へやって来たんだ? それを先ず説明して貰いたい」
さらにシンが尋ねるが、ナーガの監視者達は黙したまま。
「答えられない理由でもあるのか? ならばせめて、その捕獲に手を貸し、早いうちに連れ戻して欲しい」
さらにディーナが言う。
「我々は自由に飛びまわれる翼を常に持っているわけありません。なんとか人間界に降りたお二人の捜索にご協力していただけないでしょうか?」
やっと、女の監視者が口を開いた。
「あの二人の連れ戻しについては、我々も協力します。ですが、我々にも事情があります。我々ナーガが本格的に動き出すのは、まだまだ先のこととなるでしょう」
さらにイリアが意見を述べる。
「そもそもの始まりはシーハリオンの異変です。その異変は我々の側に至らない所があったが故に引き起こされ、そのことがあなた方ナーガ族の怒りを招いているものと理解します。ですから私は、異変をもたらした原因を調査し、異変が招いた混乱を解決したく思います。
聖なる山は、全ての方の心の拠り所、その山に異変を起きた理由を、見つけ出したいのです。
しかし私達には、人里へ現れたナーガの方々を一般の人間と見分けることが出来ません。ナーガ達が人の姿に変じているが故に」
続く発言はハルナック。
「ウィルの国の人々の中には、残念なことに知識が足りず、ナーガ族の方々について知らぬ者達も多いのです。それと知らずに無礼を働いてしまうこともありえるのです。
できましたら、ウィル国をお訪ねの際はナーガ族であることを明かして行動していただけませんか? 英知あふれるナーガ族の方々が、相手の事情を無視して神経を逆なでし激怒させたり、その相手の反撃で手傷を負わされたり、ましてや自業自得で負った傷の復讐をするなど決して有り得ないでしょう。そして我々も我々の同胞に、あなた方への無礼を働かせたくはないのです」
その言葉は皮肉ではなく、本気である。
さらに鎧騎士レイも言い添えた。
「ともかくも貴方達竜の眷属が、我ら人間の領域で文化の違いから数々の問題を起こしていることをご理解いただきたい。世界の監視者たる偉大なる竜に危害を加えたる者達は、セトタ大陸全ての存在に対する反逆と等しい。なれば、我々は共に協力することができるはずです」
冒険者のそれぞれが語る言葉が一通り終わると、監視者の男は答えた。
「我々ナーガは人とは違う。その事を決して忘れるな。だが、我々は出来る限りの協力を為そう。そなた達の語った言葉は、我等の長老にも伝えおこう。そしてそう遠からぬうちに、そなた達を我等の長老に引き合わそう」
「ところで、話は変わりますが‥‥」
と、別の話を切り出したのはクロス・レイナー(eb3469)。
「ナーガの方々はジ・アースや地球の事を知っていますか?」
「ジ・アース? 地球?」
監視者の女がオウム返しに聞き返した。
「このアトランティスとは別の世界です。去年の終わり頃から、その2つの異世界から、大勢の人々がアトランティスにやって来るようになりました。僕もその一人です」
「別世界の人間が、この世界へ大勢呼び寄せられている事は分かっていましたが‥‥。あなたもそうだったのですか」
「はい。そしてここウィルの国では、僕達のような異世界からの来訪者は天界人と呼ばれ、その多くは王都の冒険者街で暮らしています」
クロスは一通り、王都での人々の暮らしを話して聞かせてやった。ついでにGCRのことも話題に上り、ディーナも出場選手の一人として説明に加わった。
「チャリオットは‥‥まぁ馴れないと酔うし、気をつけないと振り落とされたりしそうになるけど、速くてかっこいいですよ」
「そうですか。人間はそんな乗り物まで‥‥」
ここで、シャリーアが二人の監視者に願う。
「己が慕い敬う方々を護る為に、此処では行えぬ事もあります。私たちの国に来て頂ければ、より多くの事をあなた方にお伝えするとお約束します」
「人の世も、また随分と変わったものだな」
男の監視者はそう答え、
「今はまだ約束は出来ません。ですが、人間の都を訪れるための準備はしておきましょう」
女の監視者はそう答えた。
「おまえはこの地に残り、伝令の役目を果たせ」
フレイにそう告げると、男の監視者は山の民の族長にも告げる。
「我が友よ。いずれまた、この地で会おう」
そして‥‥気がつけば二人の監視者の姿は、広場から消えていた。
●ナーガの行方
王都ではマリウス・ドゥースウィント(ea1681)とシュバルツ・バルト(eb4155)の二人が、ガンゾの町での遭遇以来、行方知れずとなっているはぐれナーガの捜査を継続中。
「大きな騒ぎや被害が生じたら、竜の前で和平の誓いを宣言したマリーネ姫にまで悪評が飛び火することすらありえるだろう」
「しかしこれだけ捜査範囲が広いと、見つけることは絶望的かもしれない。が‥‥やるしかあるまい。ガンゾの町では勝手に豚を食べていたそうだから、近隣の土地で家畜泥棒の噂があれば、それを追って行くか」
しかし家畜泥棒の噂といっても、耳にするのはありきたりの泥棒の話ばかり。それでも2人は熱心に調査を続け、またロイ子爵を通じて近隣の領主に書状を送り、その協力を求めた。
やがて王都に近い王領アーメルの代官より、返事が届いた。
返信によればアーメルでは最近、奇妙な事件が続発しているという。その一つが謎の豚泥棒だ。まるで空を飛んで現れ、空を飛んで逃げ去ったとしか思えない方法で、豚を浚って行く。しかも、空を飛ぶ得体の知れない生き物の姿を目撃した者もいる。その証言によると、その影は翼を生やした蛇のようだったという。
この事件の解決のため、是非ともロイ子爵の元に集う冒険者の力を借りたい。と、代官からの手紙の最後は締めくくられていた。
その後日。シーハリオンに向かった一行も無事に帰還。シンはロイ子爵の了承を得て、その詳細を報告書に纏めてルーケイ伯に送った。