竜の力を継ぎし者8〜孤高の民の地2
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■シリーズシナリオ
担当:マレーア3
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:5 G 97 C
参加人数:15人
サポート参加人数:7人
冒険期間:10月17日〜10月24日
リプレイ公開日:2006年10月25日
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●オープニング
●ナーガ娘襲来
王都の昼下がり。輝く空から突然に飛来した怪しき影に、道行く人は驚いて空を見上げ、口々に叫ぶ。
「あれは何だ!?」
「鳥だ!」
「野良ペットだ!」
「いや、あれは‥‥」
コウモリのそれのように羽毛の無い翼を広げ、その胴体の下半分は蛇の胴そのものに長く伸びる。しかしその上半身は人間の女。
「あれは話に聞く竜の眷属! ナーガの娘だ! シーハリオンの近くで冒険者が出合ったったというアレだ!」
目撃者の一人が叫ぶ。しかしその者とて、ナーガの娘を目の当たりにするのは初めてだった。
王都上空に飛来したナーガの娘は、冒険者ギルドのあたりで急降下。そのままギルドの中へ飛び込んだ。驚いたのはギルドの事務員達だ。
「うわあっ! 魔獣ペットの脱走だぁ!」
「また住民から苦情がぁ!」
「早く飼い主の所へ連れ戻せぇ!」
その騒ぎにナーガの娘はきょとんとした目を向けていたが、やがて蛇体をくねくねとくねらせて事務員の一人に近づき、その肩をちょんと小突いて言う。
「あたし、フレイよ」
「フレイ? ‥‥ああ、ロイ子爵の所でお世話になってるナーガさんでしたか」
事務員達は、やっとフレイの存在を思い出した。
「だけど、変身を解いてナーガそのものの恰好でやって来るから、びっくりしちゃったじゃないですか。これまではずっと人間に化けていたのに」
「長老様からお許しが出たの。もうナーガであることを隠す必要は無いって」
「でも、王都でその恰好は刺激的すぎますよ。まかり間違えばモンスター扱いですよ」
フレイの頭の先から始まって、翼の先から尻尾の先まで見渡して事務員が言うが、ナーガ娘はけろりとしたもの。
「刺激的? あたし達の所じゃこれが普通だもん」
●竜との和平
マリーネ姫のシーハリオン巡礼を機に、竜とその眷属との和平を進めよという王命が下され、その王命拝受者の元に集う冒険者達はいつしか『竜との和平団』と呼ばれるようになっていた。
ハーベス・ロイ子爵はその代表者の1人。ここ最近は貴族街にある自分の屋敷に居ることが多く、その日も屋敷の書斎にて過去の記録に目を通したり書き物をしたりしていたが、ふとペンを握る手を休め、机の引き出しから1個のブローチを取り出した。
冒険者の提案により、細工物職人に作らせたブローチだ。竜との和平団の記章たるそれは、ヒュージドラゴンの羽根を月桂樹の葉で囲んだデザインとなっている。中央の羽根は金、その回りを取り巻く葉は銀。
しかし、この『人と竜との和平の象徴』を提案した冒険者は、事情あって『竜との和平団』から去っていた。このブローチも彼の者が和平団を去るにあたって、子爵に送り返したものだ。
「惜しい事をした。これからという時に‥‥」
暫しブローチを眺め、呟く。ふと、最後に見た彼女の表情を思い出し、もっと自分が力になれなかったかとも思う。
しかし、彼女が和平団を去ったのは本人の意思による選択。自分に留め立てする事は叶わぬとは解っていた。それでも、もしも彼女が再び和平団に戻って来ることがあれば、その時にはこのブローチを彼女に渡そうと心に決めている。
執事がやって来て、告げた。
「サフィオリス・サフィオン卿が見えました」
「そうか。通しなさい」
サフィオリス・サフィオン卿は隣国チの国の学師。ナーガ族のことにに詳しく、『竜との和平団』にとっては頼もしい協力者だ。
「連絡役としてシーハリオンの麓に残っていたフレイが、ナーガの長老からメッセージを頂いて戻って来ました。ナーガの長老は、以前に我々が訪れた山の民の村にて、人の代表者たる我々に会う用意があるとのことです」
このところ、シーハリオンに隣接する地域では、人間界に馴れていないナーガが人と接触することにより、トラブルが多発している。そして王都の近くでも、勝手に山を下りたナーガが騒動を起こし、冒険者達はその対処に追われていた。
サフィオリスは言う。
「時間はかかりましたが、厄介事を引き起こすナーガの問題について、ようやくナーガの代表と協議する機会が得られたわけです。勿論、今回のナーガの長老との会見で、協議すべきはそれだけに留まりません。マリーネ姫のシーハリオン巡礼では、フロートシップが竜とナーガの領域を侵したことにより重大な問題が発生しました。そして各種のゴーレム機器の発達により、人がナーガの領域に足を踏み込む機会も、今後ますます増えて行くことでしょう。今後の無用のトラブルを避け、人とナーガという二つの種族の相互理解と共存を図るためにも、最新の魔法技術たるゴーレムについてナーガ側に正しく理解させ、ナーガの領域付近でゴーレムを運用する際の取り決めをきちんと行わなければなりません。ですが‥‥」
サフィオリスの声が懸念の色を帯びる。
「生まれつき竜の力を備え、その力は人間に勝るナーガとはいえ、その社会形態は単純なものです。彼らの社会は長老を代表とする合議制の共同社会なので、人間の国家や社会制度や国際関係といったものを、果たしてナーガ達がどこまで理解するかは定かではありません。さらに気になる事があります。山を下りたナーガ達の行き先はウィルの国やチの国に留まらず、一部は北方に向かったらしいのです」
「そうか。厄介な事にならねばいいが‥‥」
シーハリオンの北方には、歴史的にウィルの宿敵で有り続けたエの国がある。山から下りたナーガの存在が、ウィルとエの2国間に何らかの悪影響を及ぼす可能性も、完全に否定は出来なかった。
「ところで、ミハイル・ジョーンズ殿からの預かり物はどんな様子じゃ?」
「さしたるトラブルもなく、3人とも元気でやっていますよ」
ミハイル・ジョーンズとは、最近よく名前を耳にするジ・アース人の学者。件の預かり物とは、ミハイルがウィルの某所にて保護したという3人のナーガ戦士達のことだ。
3人のナーガ戦士達をどこでどのように保護したかは、事情によりミハイルからは明かされていない。現在、ナーガ達は住処として冒険者街の空き家をあてがわれ、サフィオリスがその教育に当たっていた。
「彼らには人間界で暮らすために必要な知識を一通り教え、これまではさしてトラブルも無く過ごして来ました。しかしその話を聞くに、彼らは長老には無断で山を下りたとのこと。ですから今回の長老との会見を機会に、彼らを長老の元に連れて行き、その処遇を決めてもらうべきかと思います」
「解った。そのように計らおう」
こうして保護下にある3人のナーガ戦士達も、長老との会見に同行させることとなった。
●王領アーメルより
王都に近く、ルーケイの地にも隣接する王領アーメルでは、謎の豚泥棒による家畜盗難が相次いでいる。まるで空を飛んで現れ、空を飛んで逃げ去ったとしか思えない方法で、豚を浚って行くのだ。しかも、空を飛ぶ得体の知れない生き物の姿を目撃した者もいる。その証言によると、その影は翼を生やした蛇のようだったという。
この事件の犯人は山を下りたナーガではないかと、ロイ子爵も学師サフィオリスも疑っていた。
既にアーメルの代官からはロイ子爵への協力要請が為されており、この依頼に参加する冒険者のうちに望む者があれば、王領アーメルの調査に向かうことも可能だ。ただし、その場合にはナーガの長老との会見に赴く冒険者達とは別行動になる。
●リプレイ本文
●グライダー新規購入
『竜との和平団』専用のグライダーを購入するという話が、仲間内で持ち上がった時、
「購入のための出資? 自分はパス。‥‥その、懐が寂しいので」
と、アーディル・エグザントゥス(ea6360)はやんわりと出資を拒否。とはいえ懐が寂しいのは表向きの名目。出資を拒否したのは、軍事力たるグライダーをシーハリオンへ持ち込む事への懸念からだ。
結局、シャリーア・フォルテライズ(eb4248)が350G、グラン・バク(ea5229)が250Gをそれぞれ拠出し、グライダーを共同購入することになった。
目下、グライダーを始めとする各種ゴーレム機器の生産は、トルク分国が独占している。そこでハーベス・ロイ子爵ともども、王都に駐在するトルクの担当者の元に出向いたが、
「グラン殿もシャリーア殿も、共にルーケイ伯与力の男爵であらせられますね。ルーケイに配備するグライダーであれば、王命により定められた配備数に達するまでは、公定価格の半値で売却する取り決めが為されていましたが、如何なさいますか?」
と、訊ねられた。
公定価格だと1機600G。それが同じ値段で倍の数、手に入ることになる。
「竜との和平もウィル国王の王命によるものであり、王国全体の利益に与することなれば、ルーケイ伯与力の所有機としてルーケイに配備されたるグライダーを、和平団の名において借り受けるという形を取っても問題はなかろう。貴重なグライダーを和平団だけが独占するのは惜しくもある」
ロイ子爵はそのように考え、その意見を汲む形で売買交渉はまとまった。
もっとも、実際にグライダーが引き渡されるのは、まだまだ先の話。今回のシーハリオン行に於いてはルーケイ伯の許可を得て、伯の所有するグライダー2機が貸与されることになった。
王都ウィル城壁外のフロートシップ発着所では、ミントリュース号が出発を控えて待機中。その甲板に2機のグライダーがふわりと舞い降りる。
「ルーケイ伯から借り受けしグライダー2機、ここにお持ちした。ハーベス殿、後の管理を宜しく」
グライダーをここまで操縦して運んで来た鎧騎士の一人、シャリーアは一礼してロイ子爵に報告すると、グライダーの機体をしげしげと眺めて言う。
「和平団専用としてグライダーを購入出来たのなら、そのグライダーには代表の方々の名を頂いてグランハーベス号と名づけるとか、和平団のシンボルを騎体に描き入れるとか、これまで和平団にご協力頂いた方々の名を彫るとかしたかったのだが」
「新規購入となる2機のうち1機はそなたの所有となる。その1機を如何に名付けるも、また機体に和平団のシンボルを描き入れるも、そなたの自由。しかしグランハーベス号とは、妙にこそばゆいな」
言って、子爵は微笑んだ。
「それと、和平団での使用中にグライダーを破損した場合、壊した人間が弁済することとしたい」
「うむ。もっともな話だ」
同意する子爵。そんな二人の会話を耳にしながら、アーディルは船の甲板からシーハリオンが聳えるはずの地平に目をやり、心中で思う。
(「軍事的緩衝地帯にもなるシーハリオンでの必要以上のゴーレム兵器の濫用は、近隣諸国に警戒心を呼びかねない。或いは既に呼んでいる筈。実戦装備無しとはいえ、現時点でグライダーを用いる必要性を感じないし、そもそも和平団が軍事力を持つ必要はない。和平は互いの信義信頼の上に成り立つのだし‥‥」)
空気の澄んだ晴れた日には、王都からでもシーハリオンの山影が朧に見えると聞くが、今日は生憎の曇り空。灰色の雲が地平まで垂れ下がっていた。
●ゴーレム工房のナーガ
ふと、別の会話がアーディルの耳に飛び込んできた。
「トルクでのゴーレム開発にはナーガも一枚噛んでいるらしいですね」
ただならぬ言葉に思わず声の方に目をやると、レイ・リアンドラ(eb4326)がバルザー・グレイ(eb4244)に話しかけていた。
「本当か?」
「かつての依頼で、工房が試作したゴーレムをセレ分国に運ぶというものがあったでしょう? あの時、工房に立ち寄った冒険者が、工房内でナーガを目撃したと聞いています」
「ああ、あの話か」
バルザーもようやく思い当たった。とはいえレイもバルザーもその依頼には参加していない。冒険者仲間づてに聞いた話だ。もう半年も前の話だったが、ゴーレム工房とナーガの取り合わせが奇妙に思えて、ずっと記憶に残っていたのだ。
「おや? ゴーレム工房にナーガですか? それは実に興味深い話ですね」
話を聞きつけてしゃしゃり出てきたのは、チの国の学師サフィオリス。
「しかし、それは本当にナーガだったのですか? 工房内で仮装パーティーをやっていたのかも知れませんよ。ゴーレムニストには変わり者が多いという話ですから。しかし、もしもそれが本物のナーガだとしたら、工房の中で何を‥‥」
二人の鎧騎士は押し黙り、何も答えず。
「あ‥‥失礼。異国人の私が詮索すべき問題ではありませんでしたね」
サフィオリスは引き下がる。
「ここではあまり、そういう事を話さない方がいい」
それまで様子見していたアーディルも、二人の鎧騎士に注意して立ち去った。
「いささか喋りすぎたようですね」
と、レイ。
「そのようだな」
と、バルザー。
「ともあれ、この件はナーガの長老にも確認を取ってみましょう」
「だが、くれぐれも機密漏洩にならぬようにな」
と、バルザーは念を押した。
●エの国への親書
フオロ城内の『獅子の間』。ここは簡単な謁見に用いられる小部屋。
「シーハリオンのナーガより伝えられた話によれば、山を下りたナーガの一部はシーハリオンの北方、即ち歴史的にウィルの宿敵で有り続けたエの国に向かったとのこと。彼等、山から下りたナーガの存在が、ウィルとエの2国間に何らかの悪影響を及ぼす可能性も‥‥陛下?」
シュバルツ・バルト(eb4155)は話を中断して国王エーガンの顔を見る。王はさっきから、心ここに有らずといった様子。今の王の心は、身重の体で静養中の寵姫マリーネ姫と、そのお腹の中の赤子のことでいっぱいに違いない。
「話は聞いておる。続けよ」
「はっ!」
求められ、シュバルツは続ける。
「万が一の事態に備え、エの国の王にも注意を促すべきかと」
「エの国か。余の王国の好敵手‥‥」
王の口からこぼれた呟きには、昔を懐かしむような響き。王はまだ若かりし頃に、セトタ諸国を遍歴して見聞を広め、様々な経験を貯えたという。セトタ各国の王侯貴族がそうするように。当然、エーガンは若き日にエの国を訪れてもいた。
「余の臣民の中にはエの国を悪し様に罵る者も多い。なれどエの国は騎士道を国の基礎とする、紛うことなき文明国。この件に関してエの国の王に警告を発するに、余は吝(やぶさ)かではない」
王はエの国に親書を送ることを確約した。この後、王とロイ子爵との間でナーガに関しての質疑応答があり、それが終わるとロイ子爵および付添人のシュバルツはウィル国王の前より辞した。
●人とナーガ
「陛下も数年前と比べて、随分とおやつれになられた」
冒険者仲間の元に戻ると、ロイ子爵はしみじみとした口調で漏らす。
「で、ナーガに対しての『譲歩可能な範囲』と『譲れない条件』について、国王陛下はどのようにお考えでしたか?」
と、ハルナック・キシュディア(eb4189)が子爵に尋ねる。この件については、ハルナックがロイ子爵に、王へお伺いいただくよう頼んだのだ。
「謁見においては様々なお言葉を賜ったが、国王陛下はシーハリオン周辺の中立地域を一種の独立国、すなわちナーガ国とお認めになるお考えだ。ナーガの長老や賢者達はナーガ国の王侯貴族、さらにその下に従属する一般のナーガや、ナーガを崇める山の民をナーガ国の領民とみなすおつもりだ。その上で、ナーガ国とウィル王国との間に対等な外交関係を結びたいと望んでおられる。『譲歩可能な範囲』と『譲れない条件』についても、国と国とのそれに準ずることになろう。即ちウィル王国とナーガ国、二つの国はお互いの内政に口を出さず、両国間の揉め事は平和的な話し合いによる解決を基本とするが、譲れぬ一線においては騎士道に則った戦いで決着をつける。と、そういうことになるであろうな」
ロイ子爵のその答に、早速に異を唱えたのは学師サフィオリス。
「しかし現実には、ナーガ国などという国は存在しません。そもそもナーガには国としてまとまるという考えが無いのです。彼らにとって世界こそが我が家であり、ナーガの一族は世界という我が家に生きる大家族。そしてナーガの住む場所こそが世界の中心なのです。我々人間が住む人間界はナーガにとって世界のおまけであり、ナーガにとっての人間は自分達よりも一段と格の劣る余所者に過ぎません。ナーガを尊びその教えを乞う者を親切に導くことはあっても、ナーガが人間と対等の関係を結ぼうなどとは考えられません」
「いや‥‥それは困ったな」
子爵は渋面を作って呟いた。
「ともあれ、今回のナーガ族の長老がどういう反応をするかで、こちらがどういう条件を提示できるかが判断できるでしょう。私個人としては、ウィル国内の全領主及び全代官に対し、『ナーガ族が領内に現れたときは賓客として遇すること』を、ウィル国王並び各分国王の名で布告することを提案します。これはナーガ族に対する譲歩ではありますが、仮に一方的にこの譲歩を行うことになったとしても、意義はあると思います」
「いや、しかし‥‥」
「それはそれで問題が‥‥」
ロイ子爵もチの国の学師も首を振るが、ハルナックはなおも畳みかける。
「人との関わりを増すのはナーガ族の既定方針のようです。ということは、紛争を予防しておかない限り、ナーガ族と人との諍いが多発すると思われます」
「それはそうだが‥‥」
言ったきり押し黙った子爵を見て、ハルナックは決定打となる一言を言い放った。
「諍いを回避すべく、ナーガ族が冒険者を通じて依頼を出せるようにする手もあるかと」
その言葉に子爵とサフィオリスの顔が輝いた。
「おお、その手があったか!」
「それは良い考えです」
冒険者ギルドの依頼形式なら行うも容易い。要はナーガ達が何を考え、何を求めているか知る事が大事なのだ。
●月道
「そうか‥‥ありがとう」
グラン・バグは礼を言い、月道の管理塔を後にした。
「メイとの月道は以前から存在し、たまたまこの時期に王家の都合で冒険者に開放されたというわけか」
それが、月道の管理者から聞いた説明。月道経由でメイへ行き来できるようになったと聞いた時は、もしやシーハリオンで害された月のヒュージドラゴンが復調した兆しかとも思ったのだが。これとそれとは無関係らしかった。
●がんばるぞぉ!!
フオロ城内、マリーネ姫が静養する部屋の前。ディーナ・ヘイワード(eb4209)は深呼吸してこころを落ち着かると、小声で呟く。
「よーしがんばるぞぉ」
衛士が扉を開くや、意を決して中に踏み込む。
マリーネ姫は寝室に体を横たえていた。身重の体でかなり辛そうに見えた姫だが、ディーナを見るなりその顔がぱっと輝く。
「貴方は‥‥」
「ディーナ・ヘイワードです。セレの森でご一緒しました」
「ああ、そうだったわ。お見舞いに来てくれたの?」
「はい」
先ずはロイ子爵から預かった、お見舞いの花と香水を差し出す。
「それと‥‥姫様にお願いがあります」
続いて差し出したのは、バルザーから託された親書。ナーガの長老に贈るためのもので、山の民に贈った前回の親書と同様、竜およびナーガとの和平を求める旨が敬意を込めた文章で記されていた。その末尾にはロイ子爵とグラン・バグのサイン。
「ここに姫様のサインが加われば、セレの森の主たるドラゴンの顎に手を当て、和平の誓いを為した方々のお名前全てが揃います」
「ペンとインクを、ここへ」
侍女に用意をさせると、姫は親書に自分の名を記す。ベッドに横たわったまま、無理のかかった姿勢で書いたため、字体は僅かに歪んでいた。
「有り難うございます」
礼を述べるディーナに、姫は微笑んで言葉をかけた。
「ナーガの長老様に、私の事も伝えておいてね」
早朝。船の出航準備も整い、出発まで残り僅か。浮き浮きしながらティアイエル・エルトファーム(ea0324)が甲板から下に目をやると、ロイ子爵の姿がある。
「あれ? ハーベス卿はお留守番‥‥ですか?」
違う。ロイ子爵はアーメル領に向かう仲間達の見送りで、ちょっとだけ船を離れているのだ。
横を見ればナーガのフレイ。その蛇体をでで〜んと甲板に横たえ、グライダー2機の搭載で狭くなった甲板がなおさら狭く見える。
「今回、フレイさんとは別行動になっちゃうね〜。寂しいけど、仕方ないかな」
「ん〜、寂しい? そんなことないよ、また会えるし。じゃあ、行ってくるね〜」
「あ、ちょっと待って」
ティアイエルはフレイに、自分が身につけているのとお揃いの「天使の羽飾り」をプレゼント。
「ふぅん。人間の飾り物って面白い。でも、ありがとう」
プレゼントを受け取ったフレイは背中の翼を広げると、宙を飛んで甲板から大地に降り立つ。フレイはアーメルに向かう仲間達に同行するのだ。その姿を見送りながらティアイエルは、
「うーんと‥‥やっぱり長老様って白髪のお爺さんなのかな?」
なんてことを思っていた。
空が虹色に染まるアトランティス独特の朝。その虹色が消え、陽精霊の光が本格的に世界を照らし始めた頃が、ミントリュース号出航の時。空は見事に晴れ渡り、上々の出航日和。
「よーしがんばるぞぉ!!」
動き出した船の甲板から、ディーナの元気な声が響いた。
●山の民の地
秋深まるこの時節は肌寒い。山岳地帯ならなおさらだ。
「うわあ!」
船の進み行く先を甲板上から眺めていたディーナが歓声を上げた。シーハリオン周辺の山々は既に粉雪でうっすらと雪化粧が施され、見渡せば清らかな白の広がりがどこまでも続く。
「パピィはどうしたかな? もう村には居ないかな?」
物思いにふけっていたティアイエルの耳に、下界からあの独特の叫びが聞こえてきた。
アギャー! アギャー!
「あっ!」
下でパピィが鳴いていた。空飛ぶ船に好奇心を覚えたか、船に向かって叫び続け、やがて通り過ぎようとする船を追いかけ始めた。その姿をもっと見ようと手摺りから身を乗り出したティアイエルだったが。
「こら! あまり身を乗り出してはいかん!」
と、見回りに来ていた船長に怒られてしまった。
そして、ついに目的地が見えた。
「うわ、すごいや!」
今回もフロートシップの着陸地点に選ばれたのは、山の民の集会広場。今、集会広場は人で埋まっていた。この辺境に、よくもこれ程の人々が住んでいたと思える程に。しかも人々の飾り付けも赤、青、白と色鮮やか。まるで荒涼とした山岳地帯に、いきなり沢山の花が咲き乱れる花園と化したかのように。その光景に感じ入り、またもディーナは甲板で叫ぶ。
「よーしがんばるぞぉ!! ‥‥って、今回はこればっかりだなぁ」
●ナーガの長老
船が山の民の地に着いたその翌日。ナーガの長老は幾人のお供を従えて現れた。山の民の族長の取り持ちで、冒険者達はナーガの長老と引き合わされた。
「うわぁ、やっぱり長老様って白髪のお爺さんだったんだ」
長老の竜の頭に生えるふさふさの髪も、胸元まで伸びた髭も真っ白。そわそわしながら成り行きを見守るティアイエルの目の前で、ナーガの長老と和平団の交渉は始まった。
「我が名はグラン・バグ。ウィル国王エーガン・フオロ陛下の王命拝受者として、竜と人との和平を進める者。またセレ分国の森にて、森の主たるクエイクドラゴンの顎に手をかけ、和平の誓いを為したる3人のうちの1人。先ずは、我等が保護下に置かれし貴方の同胞達を引き渡そう」
和平団を代表してグランが交渉を開始し、3人のナーガ戦士達も長老に引き渡される。続いてグランは、人の代表として竜との和平を希求することを訴え、長老にも共に和平の実現に向けての協力を求め、さらにグランが口頭で伝えた内容を前もって記した親書が、バルザーの手で長老に渡された。
「世も変わったものじゃ。地上よりナーガを仰ぎ見、崇め続けていた人間達が、我等と対等の立場に立たんとして斯様な交渉を求めてくるとは」
親書を受け取り、長老は呟く。そこに非難の響きは無く、ただ淡々と言葉を口にする。その竜の顔にも怒ったり呆れたりしている様子は見られない。もっとも人の目からすれば、竜の顔は表情を読みとり難くも感じる。
「時に、和平の誓いを為したる3人の中に、小さな娘がいたと聞いていたが。その者はどこにおる?」
「マリーネ姫殿下は国王陛下のお子を身籠もられ、大事をとって静養中であらせられます。故にこの場においでになれぬ事、お許し頂きたい」
バルザーが答えると、長老の顔がいくぶん綻んだように見えた。
「そうか。人の王の赤子を身籠もったか。新たな命が生まれることは喜ばしきことじゃ」
グランは本題に戻り、交渉を続けた。
「まず、トラブルの原因の一つである相互の文化差異の軋轢を避けるための協定を、双方の間で定める必要があると考える。ナーガの一族の方が人間界で行動する際、こちらの法や習慣に抵触しないよう、人間界で行動する際の掟を定めて頂ければと思う。例えば、家畜など人間の財産の所有権を尊重し、その財産を求める場合には金銭や物品と等価交換を行うといった事だ。また、人間と接する場合には、まずその身の証を立てて欲しい。せめてナーガ族の誰それと、仮の名でもいいから名乗る習慣は付けて欲しいものだ」
長老はその要求に対して返答せず、着陸したフロートシップにゆったりとした歩調で歩み寄ると、手に持つ杖でその船体をゴンと小突いて言い放った。
「何故に人間は斯様な乗り物を造り、我等ナーガの住処たる領域を脅かす? 人が己の分限を弁え、妄りに我等の領域を脅かすことなくば、我等もまた人界に下りて人を監視する必要も無かったのじゃ」
その言葉にいち早く反応したのはアーディル。長老の前に立て膝を付き、深く頭を垂れて詫び入れる。
「生来ながらに空を往く方からすれば、本来空を往く術を持たない新参が我が物顔でその領域を侵す事には、さぞ不愉快な面も在られる事でしょう。過日のシーハリオン巡礼における行き違いは、此方、地の民たる人間が、空の民たるナーガの領域を侵した事も端と言えます」
その言葉に長老は感じ入った様子。
「人の子らの全てが、そなたの如くに道理を弁えておったならば、かかる軋轢も起こらずに済んだのであるがな。人がその肉体には過ぎる力を求めるならば、いらぬ災いを招き寄せるだけじゃ」
「ナーガの長老よ。改めて聖山シーハリオンでの異変について情報公開を求めます」
求めたのは鎧騎士レイ。
「偉大なる監視者ヒュージドラゴンへの影響は、セトタ大陸に住む者として他人事ではありません。ナーガ族と人は異変の調査に関して、さらなる協力関係を築くべきではないでしょうか」
「いいや、それはならん! 人には過ぎたることじゃ!」
長老は語気を荒げて拒む。
「あの異変の真相を知れば、人はその責をその身に負わねばならぬ。それは人にとり、あまりにも重すぎる」
「長老。もしや‥‥異変の真相をご存じなのですか?」
訊ねると長老は押し黙り、暫しの沈黙の後に答えた。
「あの異変の日にシーハリオンで何が起きたかを知るは、ナーガの中でもごく一部の者のみ。しかし、まだその事を明かすべき時ではない。人の側にも、我等ナーガの側にも、十分な備えが出来ておらぬ」
レイはため息一つつき、話の論点を変えた。
「ともあれ、ここまで来てしまった人とナーガとの関係は、後戻りしようがありません。今後は人間界の中にもナーガ族が常駐する場所を確保し、緊急でも連絡がとれる用意をなす必要があります」
続いてハルナックも求める。
「我々エルフも含めてですが、人と呼ばれる存在は竜やナーガ族に比して弱く、日々の生活で全精力を使い果たし、知識を増やせぬ者も多いのです。故に、竜とナーガ族に敬意を持っていても、相手がそうであることに気付けず礼を失してしまうという悲劇も生まれてしまうのです。人界に下りたときはナーガ族であることを明かすか‥‥もしくは、我々冒険者を案内役として使ってはいただけないでしょうか」
現時点で必要なのは、条約締結よりも紛争発生の予防。そう考えての提言だったが、長老はそれを受け入れた。
「良かろう。その力は我等に及ばぬとはいえ、人界についてはお主達がより詳しい。それに、お主達には誠意がある。今後は人界において、お主達の力を借りることになろうぞ」
ふと長老は、ずっと傍らに控えていたケンイチ・ヤマモト(ea0760)の姿を認めて言った。
「お主は何も喋らんのか?」
訊ねられ、ようやくケンイチは口を開く。
「はい。失礼があってはならぬと思い、話を聞くだけに留めておりました」
「しかし、随分と熱心に耳を傾けていた様子じゃな」
長老はケンイチの携帯するリュートの名器「バリウス」に目をやる。
「お主、音楽をたしなむのか?」
「はい。私はバードでありますれば」
「では聴こう。お主の奏でる曲を」
求められ、ケンイチは演奏を始める。幼い頃より馴染んだイギリスの民謡にアレンジを加え、その音色は山岳地の澄んだ空気の中に吸い込まれて行き‥‥。
曲が終わると、微かなそよ風がケンイチの頬を撫でた。その音色に魅入られた風の精霊からの賛辞であるかのように。
「見事であった」
長老は竜の頭を揺らし、満足げに何度も頷いた。
「お主は人間の宝だ」
言葉は短いが、最大限の賞賛の言葉。リュートを奏でる前と奏でた後で、こうも場の雰囲気が変わるとは。すっかり和やかになった長老の様子を見て、ティアイエルが声をかけた。
「あの長老様、集落へ遊びに行きたいんですけどいいでしょうか?」
「何? お主が我等の村へか?」
「やっぱり駄目、ですよね‥‥?」
はっはっ。長老は声を出して笑う。
「何事も最初から諦めるものではない。じゃが、人間が我等の村を訪れるには、其れ相応の心構えがいるのじゃ。お主にその心構えが出来た時に、我等はお主を村へ迎え入れようぞ」
●アーメルのナーガ
アーメルに向かう冒険者達を乗せたフロートチャリオットは、馬よりも早く街道を突っ走っていた。
「うきゃ〜っ!! こんなの初めて〜っ!!」
スピードに興奮してフレイが叫ぶ。
「あまりはしゃぎ過ぎて、任務を忘れるでないぞ」
同乗のヴェガ・キュアノス(ea7463)がたしなめた。
「でも、あたしなら空を飛んで行った方が手っ取り早いかも〜」
仲間に求められ、今は人間の姿をしているフレイにヴェガが言う。
「フレイは見知らぬモノを見れば興味が湧くであろ? ヒトも同じぞ。我々には任務があるゆえ、目立たぬ方が都合が良いのじゃ」
フレイの首にはヴェガがプレゼントしたファー・マフラー。
アーメルの領主館に着くと、簡単な食事の用意が為されていた。
「ここは酒宴でお出迎えと行きたかったが、今は酒ばかり飲んでいる訳にもいかねぇ」
代官ギーズの横柄な口振りは相変わらずだったが、それでもシャリーアから差し出された詩酒「オーズレーリル」と謝礼の15Gだけは、有り難そうに受け取った。
「そのナーガとやらを捕らえたら、この酒を皆で飲み交わそうぜ」
という言葉を添えて。
冒険者達の準備は滞りなく進む。現地の簡単な地図が渡され、そして冒険者達はアーメルの兵士達の口から、ナーガによる兵士拉致事件の事を知った。
「つまり、私達のやろうとした事は、既にアーメルの兵士達の手で実行されてたというわけですか?」
実はマリウス・ドゥースウィント(ea1681)も、豚を囮にしてナーガを捕らえようと考えていたのだ。半ば落胆気味に言葉を発すると、兵士は言う。
「同じ事を試してみたいなら試すがいいさ。但し、俺達としては二度とあんな真似をやらかすのは御免だ」
幸か不幸か、シン・ウィンドフェザー(ea1819)と長渡泰斗(ea1984)とで行おうとしていた潜伏地の割り出しも、地元の兵士達が既にやってくれていた。
「後は現場に向かうだけか」
手間が省けるのはいいのだが‥‥。幾分、気落ち気味の泰斗。アーメルの兵士は重ねて言う。
「現地には我々も同行し、結果を見届ける。ただし自分の身は自分で守れ。ドラゴンが出てきたら、俺達は真っ先に逃げ‥‥いや、速やかに撤退するぞ」
なんとも頼りない付添人だ。
そうしてやって来た森の中。
「ナーガが隠れていそうなのはこの辺りか。早いトコ何とかしねぇと、ルーケイまで巻き込まれかねん。それだけは阻止しねぇと」
シンの呟きに、言葉を返してきたのは山吹葵(eb2002)。
「うーむ。目撃情報によれば、『翼を生やした蛇のようだった』というコトでござるが。ナーガではなくモンスターによる可能性もあり得るでござる。ジャパンにも、『蛇女郎』というナーガに似た物の怪がいたでござるよ」
しかしシンは、葵の姿を見て吹き出しそうになった。葵はその巨体を縮め、泰斗の体の陰に身を隠すようにしてこそこそやっている。
「何やってんだ?」
「いや。拙者、切りあいとかには向かぬゆえ。泰斗殿の後ろにこっそり隠れていた方がよいかと。それに泰斗殿は同郷というか、なんというか‥‥」
なぜか照れる葵。アーメルの兵士達もその様子に呆れていたが、うち一人が泰斗に話しかけた。
「しかし、貴殿はルーケイ伯与力の男爵の一人とお聞きしたが、わざわざ隣領の騒ぎをお鎮めに来られるとは、恐縮の至り」
「いい加減、外様っぽくなってきたんでな、他で働かないと時々爵位の存在を忘れるんだ」
「は?」
その答を聞き、奇妙な顔になる兵士。
「ぶぃー! ぶぃー!」
マリウスが鎖を付けて引っ張ってきた大豚が、突然騒ぎ始めた。
「どうした? 何かに怯えているのか?」
「何かが森の中にいる。移動しながらこちらを窺っているみたいだ」
マリウスに告げられ、森の中に意識を集中する泰斗。確かに何かがいる。得体の知れぬうなり声さえも聞こえ、次いで森の木々がざわざわと派手な音を立てた。
「テレパシーで呼びかけてみるでござる。ナーガにしろモンスターにしろ、その場で言うコトを聞かなければ長渡殿。少し懲らしめてやるでござる」
柄にもなく偉そうに葵が言った途端──そいつは背後から襲って来た。
「うわあ!」
翼を広げて襲いかからんとするナーガ女が葵の目の前に!
「泰斗殿は、拙者が!」
自分がその背の陰に隠れていた泰斗を逆に守る形になり、葵はナーガの前に立ちはだかる。
「無茶はやめろ!」
シンが叫び、ワンハンドハルバードをナーガに投げつけた。しかしハルバードはその体に傷をつけることなく弾き返される。
アーメルの兵士達は逃げ出した。空中のナーガは剣と鎧で武装している。ヴェガがコアギュレイトの呪文を高速詠唱で放つも、魔法抵抗されたか効果が無い。
得物のハンマーを振り上げるマリウス。それを見てナーガの尾の一撃がマリウスを襲う。尾に弾き飛ばされるかと見えたが、マリウスは素早くサイドステップを踏んで攻撃を回避。その手に出現させた半透明のオーラシールドの上を、ナーガの尾が滑って行く。
さらなる攻撃に備えて身構えるマリウス。すると突然、ナーガの体が空中で硬直し、彫像のように固まったその体がマリウスの目の前にどんと落下した。
再びヴェガの放ったコアギュレイトの呪文が成就したのだ。
●尋問
やがて女ナーガを縛めていた呪文が解ける。
「おのれ人間め!」
毒づいて挑みかかろうとしたナーガだったが、体が動かない。金色のドラゴンに変身したフレイが、その体を上から押さえつけていた。
「ナーガともあろうものが、何故に家畜泥棒など行ったのかのでござるか?」
葵が問う。
「何はともあれ、犯人がナーガであれば被害にあった方々にはまず、詫びを入れるべきでござろう。キチンと頭を下げるでござるよ?」
「ならば、人間の方から先に詫びるがいい! 我等ナーガの住処を怪しげな魔法の乗り物で荒してくれたことをな!」
女ナーガはくってかかる。
「長老はヒトへの歩み寄りを決めたそうじゃ。おぬしもそれに従うのがスジであろ?」
ヴェガがそう言うと、ナーガの顔色が変わる。
「我等の長老が?」
暫しの沈黙。そして女ナーガは憎々しげに続けた。
「だが、私は長老とは別の考えで動いている。いい加減に私を自由にしろ。それともドラゴンに変身して、お前達を八つ裂きにしてやろうか?」
「ならばおぬしをもう一度、魔法で縛めねばならぬが」
その言葉に、ナーガはじっとヴェガの顔を見る。
「魔法を使ったのはお前か?」
「そうじゃ」
暫し考え込むナーガ。この状況ではにっちもさっちもいかない。
「仕方ない。今回は潔く、人間に負けを認めてやる。だから早く私を自由にしろ」
「ドラゴンに変身して暴れぬかえ?」
「暴れない。私がそう言った以上は信用しろ。ナーガは約束した事を絶対に守る」
ヴェガはフレイに合図し、ナーガを自由にさせた。自由になったナーガは宙を舞い、ドラゴンに変身したフレイの額を思いっきりひっぱたく。
「痛ぁ!」
「よくも人間の味方など!」
そのまま飛び去ろうとする女ナーガに、慌てて葵が呼びかけた。
「またれよ! 貴殿とはまだ話が‥‥」
「話がしたければ貢ぎ物を持って来い! それが人からナーガへの礼儀だ!」
「せめてお名前を‥‥」
「人の無礼者どもに教えてやる名などない!」
乱暴に吐き捨てられたその言葉を残し、ナーガの姿は消えた。
「さて、もう一人は‥‥」
あの女ナーガにはもう一人の仲間がいるはず。矢傷を負い、ドラゴンに変身して暴れ、兵士を連れ去った仲間が。