新少年色の尻尾4〜絵の具の花・前編

■シリーズシナリオ


担当:マレーア3

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:4

参加人数:9人

サポート参加人数:2人

冒険期間:11月22日〜11月27日

リプレイ公開日:2006年11月27日

●オープニング

 船着き場。馬車が行き交う広い道。それを見下ろす高台に一人の少年が腰を掛け、炭の欠片を握って板に絵を描いていた。
「ほう。巧いものだな」
 通りかかったのは馬に乗った一人の老人。身なりと身のこなしから見て高貴な身分で有ろう。少年は吃驚。満足に口も利けない。
「絵は好きか?」
 頷く少年。老人は少年の手に小袋とその場で書き付けた羊皮紙を渡し
「だが、炭の欠片ではつまらないだろう。これで絵の具を買うと良い。書き付けは盗んだ物と疑われないためだ。ここから眺めた風景の絵を一枚所望する。描き上げれば褒美を取らせるぞ」
 そう言って、その場を立ち去った。
「え? え?」
 袋を開くと生まれて初めて見る美しい輝き。呆然とした状態から醒めた時、老人の姿はどこにも見えなかった。

「おーいデュナ。休憩時間は終わったぞ‥‥」
 声を掛けたのは冒険者見習いのリールである。
「おまえ‥‥なんだか精霊にでもからかわれたような顔してるぞ」
「あ、ああ‥‥」
 手の中にある金貨と書き付けに気づく。
「‥‥どうやら本当に精霊に会ったみたいだな」
 リールが見たところ本物の金貨である。地方領主の息子である彼は、この程度の金は見慣れていた。それでも冒険者見習いになって2ヶ月余り、世間一般の物の価値も判ってきた頃だ。書き付けに書かれていたリストは絵の具の種類と量。残りを描かせる代価と考え、その値5G強。実際には、さらに褒美を取らせるとあったが、そのことをリールは知らない。
(「子供の絵に払う代価としては高すぎる‥‥なにか事件に巻き込まれなければいいけど」)
 王都で知り合った友達でもあるため、リールは酷く心配した。

「なあ。ちょっと手を貸してくれないか?」
 ギルドの係員は笑いながら
「最近は平和すぎるので、暇を持て余している冒険者もいる。中には只でも引き受けてくれる物好きもいるだろう」
 そう言って募集を掛けてくれた。

●今回の参加者

 ea1704 ユラヴィカ・クドゥス(35歳・♂・ジプシー・シフール・エジプト)
 ea2449 オルステッド・ブライオン(23歳・♂・ファイター・エルフ・フランク王国)
 ea2564 イリア・アドミナル(21歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea7463 ヴェガ・キュアノス(29歳・♀・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 eb0884 グレイ・ドレイク(40歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 eb3653 ケミカ・アクティオ(35歳・♀・ウィザード・シフール・イギリス王国)
 eb3770 麻津名 ゆかり(27歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb5377 中州の 三太夫(34歳・♂・忍者・河童・ジャパン)
 eb6395 ゴードン・カノン(36歳・♂・鎧騎士・人間・アトランティス)

●サポート参加者

ムネー・モシュネー(ea4879)/ 信者 福袋(eb4064

●リプレイ本文

●デュナの素性
「お前がデュナであるな。初めて会うである。自分はジアースのジャパンから来た、三太夫である。良い友を持っているであるな。我等に任せ、大船に乗った気分でいるが良いである」
 地から湧き出るようにそそり立つ姿は中州の三太夫(eb5377)。
「リール君にデュナ君、初めまして! シフールの美術家、ケミカよ!」
 ふわりと舞い立つケミカ・アクティオ(eb3653)。二人の、有無を言わさぬ迫力に、
「あ‥‥」
 目をぱちくりしながらデュナはよろめいた。
「デュナ君、絵を描くのが好きなんだって? 私もだぁ〜い好きよ!」
 まくし立てるケミカにたじたじ。かつ三太夫の姿に怯えている。
「三太夫。デュナが引いて居るぞ。心配するでない。あれも天界人じゃ」
 ヴェガ・キュアノス(ea7463)が案ずるなとばかりに、こわばったデュナをぎゅっと抱きしめる。慈母のような温もりに、やっとの事で落ち着くデュナ。
(「うぷぷ‥‥可愛いのう」)
 年の割に小柄なデュナは幼子のよう。生まれたばかりの嬰児が母を見つめるがごとき瞳に、ヴェガはほっかりと微笑む。
「久し振りである、リール。友を案ずる心、立派である。騎士として、冒険者として良く成長しているであるな。カパ」
「三太夫さん。デュナが驚いてるじゃないか」
 傍らのリールが口をとんがらした。

「ねっねっ、どんな絵描いてるのか見せてっ見せてっ!」
 ケミカに望まれるまま、板に炭で描いた物を見せる。
「へー」
 絵は自己流とは思えないほどしっかりしている。習っても居ないのにデッサン技術は確かで、炭の欠片で描いた絵は、ケミカの目にも才能を感じさせる。
「先生は‥‥居ないのよね?」
 デュナはゆっくりと頷いた。

「ところで、おぬしの生い立ちを聞かせて貰えぬかのう?」
 羽交いで暖めるようなヴェガの言葉に、デュナは少しづつ生い立ちを語る。
 父も母も良く判らない。物心着いたときには捨て子で、地域住人の使い走りなどをして幼少時を過ごしてきた。小さい頃から、地面に絵を描くのが好きだった。そんなことをぼそりぼそりと話してくれた。

●絵師の価値
 書き付けに並ぶ絵の具の名。その数30数種。リールに読み上げた貰いながらユラヴィカ・クドゥス(ea1704)はパニック気味。
「う〜ん‥‥結局どうなのぢゃ?」
 絵の具は高価な化学物質である。水銀や砒素を含み、強い毒性を持つ物も少なくない。ここに書かれた緑の顔料は、屑銅に古いワインと馬の小便を掛けて作る物だ。
「少量づつだけど、俺もこれ全部は見たことがない。これだけあれば本格的な絵が描けると思うぜ」
 リールは肩をすくめた。書き付けの内容は、効率よく必要な色が揃えられるように配慮されていたのである。
「おや?」
 最後にマンディとの署名あり。

「リール。おぬしも絵を嗜むのかえ?」
 にこにこしながらヴェガが声を掛けた。
「ああ、兵学に含まれるんで、少しだけ‥‥」
「兵学じゃと?」
「読み書きできない兵士もいるから、やるべき事を教えるのに絵は役に立つ。こんな感じで攻めろとか、橋を架けろとか、くどくど言葉で教え込むより勝手がいい」
 言って地面の砂の上に小一時間掛けて、下手な絵だが作戦絵図を描いて見せた。角に剣を括り着け、肩に二本のサイズを固定し、しっぽに燃える薪の束を曳かせた牛を先頭に、兵士達が突撃する様子が描かれている。
「こうすれば、学の無い者でも指示通りにやってのける」
「ふむ‥‥」
 ウィルの識字率は低い。お話にならないほど低い。また、文字が読めなくても庶民の生活に支障は全く無いのだ。一定以上の資産を持った商人以外、庶民が記録を必要とすることもない。このような世界において、絵は伝達手段として優れた力を発揮する。
「ウィルにおいて「絵を描く行為」がどのような事なのか教えて欲しいのじゃ。例えばどんな事に使われて居るのじゃ?」
 リールは、質問の意味を考えていたが、やがてぼそりと
「肖像画を自分の形見として、騎士や恋人や夫に送る事がある」
 そう言って、小さなロケットを開いて見せた。幼顔の姫君の絵が、そこに居るかのように描かれている。
「こないだ言って居った、婚約者かの?」
 リールは頬を赤らめて頷いた。
 なおもヴェガはウィルにある絵画一般の話を聞いてみると、織物で表現するタピスリー、漆喰壁に描くフレスコ、そして油で練った顔料で張った布や板に描く油絵などがあると言う。炭の欠片もポピュラーな画材らしい。
 ヴェガに先を越されたオルステッド・ブライオン(ea2449)は、相づちを打ちながら聞いていたが、
「結局の所、ウィルにおける絵の価値というのは何なんだ? どういう物が題材になる。専門の絵師に描かせるのはどういう物だろう」
 心に湧いた疑問をぶつけた。
「うーん。肖像画や武勲画が中心だね。大抵が注文受けて描く物だから」
「風景を絵にすることはあるのか?」
「絵師ギルドの事はよくわからないけど、肖像画や武勲画の背景を描くために腕を磨くために描くことはあっても、風景画を商売とする画家は居ないんじゃないかなぁ? 画材は高価な物だし、お金を出す人が居ないのに描くことは難しいと思う」
「私が騎士学校で習った絵は、さっきリールがやったように字の読めない兵士に作戦指導するための手段だ。絵の具を用いることはまずない」
 ゴードン・カノン(eb6395)が補足を入れた。

●絵の具を買いに
 絵の具を買いにデュナが市場を歩き回る。付き添いはゴードンとケミカだ。気後れしそうなデュナに代わって、話を進めて行く。しかし、絵の具は高価で滅多に売れる物ではない。さんざん市場を探してみたが、書き付けのリストが全て揃う店はない。また、
値段も微妙に高低があったため、あちこちを回る事になる。ゴードンは店に立ち入るたびにデュナの描いた人物像を示し、心当たりはないかと尋ねたが、結局見知った者には出会わなかった。

「‥‥ねえ。お願い。未来の大画家になるかもしれない彼が絵の具を必要としてるのよ、いいお店紹介してっ!」
 結局、ケミカが頼ったのは、マーカスランドの大道具係ボビー君。
「これだけの種類を小分けで分けてもらえる店なんて無いヨ。しかもこの朱は水銀入だし、金色は砒素が入ってるのヨ。この白いのは鉛で緑色は銅を腐らせた物ヨ。みな劇毒でとても扱い難しいネ」
 単純に絵の具を揃えれば済む物でもないらしい。
「水銀に砒素に鉛に腐った銅‥‥。絵の具って毒で出来てるの?」
「そーね。ミーも扱い間違えるとイチコロネ」
「‥‥もっと安全なのはないの?」
「この青は安全ネ」
「‥‥なにこれ?」
 高価すぎるのだ。
「仕方ないね。宝石を砕いたものだから」
 牛の血を加工して作った青の顔料。藍銅鉱を粉にした青。白く輝く貝殻の粉末、宝石の孔雀石を砕いた緑‥‥。
「ねーボビー。安くて安全な物はないの」
「あってもそれは絵師の企業秘密ネ」
 ボビーも知らないと言う。それでも、なんとかその日の内に、必要な色が揃えられた。

「ここの絵は注文して描かせるのが通例のようです。商品としての絵は流通していませんでした」
「しかも宗教画に相当する物はなく、肖像画がほとんどだな。精霊信仰とは言え、こっちのほうは進展していない」
 信者福袋とムネー・モシュネーの報告を聞きながら、オルステッドは情報を整理する。
「つまり、ほとんどが受注生産で流通経路はないのか」
「絵の具も、毒性の高い物は絵師ギルドが管理しているようですな。個人入手は難しくなっております」
 福袋が補足する。
「‥‥そういや、我々もお世話になる宮廷絵師ってどんな生活してるんだろう?」
 ふと漏らしたオルステッドの疑問に、
「宮廷絵師の生活は大半貴族に似てるようだ。絵師は貴重な存在だし、注文主はほとんど貴族か金持ちだった」
 ムネーが応えた。

 そのころ。
「こんなものかしら」
 デュナの証言を元に作った幻影を、ルキナスに見せる麻津名ゆかり(eb3770)。
「見かけない顔だな‥‥。この手の好事家は結構知ってる積もりだが、記憶にない」
 クライアントの老人の顔を、ルキナスは知らなかった。続いてデュナのスケッチを見せると、
「大したタマだ。正式に教えれば、立派な絵師になれる」

 夜半、老人の手がかりを掴むため、ゆかりが王都の略図を描いてバーニングマップを試みてみたが、灰は何も教えてくれなかった。
 ふと、胸騒ぎがして月明かりの中、神秘のタロットにてデュナくんにこの出会いが何をもたらすかを占ってみる。
「塔の逆位置! これって‥‥」

●クライアント
 市井の少年に大金。この事がもたらす出来事を危惧するのはイリア・アドミナル(ea2564)。現にデュナの幸運は噂となり、にわか絵師が急増している。
「デュナくん。どうして描きたいと思ったの?」
 何か、特別な思い出が有るのだろうかとイリアは考えていた。が、
「ほら、ここからの眺めは凄くきれいでしょ? 河の波の一つ一つまで、木の枝を抜けてくる光の一筋一筋まで、景色が生きているんだ」
「ところで‥‥」
 と、ゴードンが口を挟んだ。
「その老人の衣服に、何か紋章の様な絵柄は入っていなかったか?」
「そうじゃ。老人本人が身に着けていたものに何か紋章のようなものがついていなかったじゃろうか?」
 ユラヴィカに促されるように、デュナは目を瞑り思い出そうとしてみたが
「良く覚えてないや。長い髭と、金貨の袋と‥‥馬は栗毛だったことは覚えているけど」
 金貨の印象が強烈すぎて、紋章のような物を見たとしても覚えていないのだろう。デュナにとって、書き付けと金貨の袋がなかったら、紛れもなく白昼夢であったのだから。
「普段から、あの場所を描いていたのか?」
 重ねてゴードンは聞く。
「見晴らしが良く、きれいな場所だから」
 デュナは言葉少なにそう言った。

●高台の眺望
 港を見下ろせる高台。出入りする船の様や、河の流れや淀みまではっきりと見える。
「大した眺めなのじゃ」
 ユラヴィカが感嘆する。
「きれいなだけじゃない。港を一望出来るここからの眺めは、私にも戦略的価値があると断定できるぞ」
 オルステッドは背筋に冷たい物を感じた。荷の動きや河の漣、倉庫の並びはもちろんのこと、港を守る砦の縄張りまで手に取るように見える。防備の柵の地点まで手に取るようだ。
(「‥‥悪というものは目に見えて判るものではない。英雄物語や童話じゃあないんだからな」)
 港を攻めるとすればこの眺めの有る無しで攻め手の損害が変わって来よう。
「まずいであるな」
 三太夫の見立てはさらに厳しい。水の住人である彼の慧眼は、河の色から淀みや瀬、水面下の岩根の類も見破った。河から攻める進路まで、見る者が見れば一目瞭然。まさに戦略高地と言って差し支えない。

 後から合流したイリアも、現地を見て驚いた。
「この眺め、僕は港の命運を制すると思います」
 ビザンチンならば、この場所に砦を作るだろうと彼女は言った。

「ところで‥‥イリア殿。老人の情報はどうなったのじゃ?」
 ユラヴィカの問いにイリアは首を横に振る。デュナ以外に誰も老人を見た者がいないらしい。デュナに描いて貰った似顔絵も役に立たなかった。
「あなたのサンワードは?」
 今度はユラヴィカが首を振る番。
「得られた言葉は『北』だけじゃ」

●にわか絵師
 港の仕事の昼休み。通常ウィルでは一日二食であるが、重労働する港の労働者はそれでは体が保たない。無用の事故を防ぐためにも休憩と軽い食事をとる。荷を一つ運んでいくらの仕事であるから、再開の合図の鐘が鳴ると、皆黙っていても仕事に戻る。勿論も苦役では無いので自主的に休みを延長しようと咎めはない。ただ、その日の稼ぎが減るだけである。
「仕上がった絵を引き渡した後で、一杯おごれよ」
 デュナの仕事仲間が軽口を叩く。自分で絵を描くなどとは思いも寄らない連中だから、素直に仲間の幸運を喜び、その分け前に与ろうと言うクチだ。仕事場では、彼らがデュナの個人的ボディーガードを買って出ていかがわしい連中を寄せ付けない。博打打ちの類から、自分たちの正当な分け前を守るために頑張っている。少年故に女を買うこともないが、港に出入りする商売女もやけにデュナにちやほやする。『金は友人を作る』とのことわざは、まさにデュナの為にあるのだろう。
 話がどこまで広がっているかをまとめるのに、グレイ・ドレイク(eb0884)は2日を費やしたほどだ。ネバーランドの子供達も、「たぶん王都中に広がってるよ」と投げ遣りな答え。デュナの幸運にあやかろうと、あちこちににわか絵師が現れ、板に炭でスケッチを始めている。
「拙いことになったかも知れん」
 グレイが仲間にぼやきを入れる。
「そう言えば‥‥ウィルでは地図がすごく厳密に管理されてるって事があるわね」
 笑顔が消えたケミカの声。
「事件だとするなら‥‥子供の絵として、ウィルの町の地図の一部を手に入れたいのかも‥‥? っていう疑いもあったの」
 それが、にわか絵師の乱立で現実味を帯びてきた。もしもあの中にスパイが混ざっていたら‥‥。杞憂であって欲しいと眉間にしわを寄せるシフールの顔。愛らしいケミカの顔が堅くこわばる。
「デュナ。寒くはないじゃろうか?」
 外套を掛けるヴェガは、母親のようにデュナに付き添う。ハーブティーを淹れパンを勧め‥‥見知らぬ者が見たら母だと言われて疑ういとまも無いほどに。
(「それにしても、全然来ないのう」)
 件の老人は、未だに姿を現さない。
 この高台でも数人、デュナにあやかろうとにわか絵師が増えた。気のいいヴェガは年少の者にはデュナと同様に食事を分けてやる。贔屓目ではないが、その中でもデュナの腕前は突出しているように思えた。

●追い剥ぎ
 リールとデュナが再び坂道を登るのは、空が赤く燃える頃。迫る闇に光る星。今宵の宿へと辿る道。
「デュナ。馬のように走れるか?」
 庶民は全速力で走るのも特殊技能に属する。かぶりを振るデュナ。
「判った。ここから動くな。伏せて唇を地面に着けろ」
 リールは剣を抜き構える。
「来るぞ!」
 見たところ、賊の得物は棍棒のみ。
 坂の上から棍棒を振り上げて襲いかかるのを、折りし敷いてさっと一閃、足を切られた賊は悲鳴を上げて転がり落ちる。
「馬鹿め! 下からの剣が先に届くのを知らないな」
 坂道を下りながら戦うのでは、高い足場の利は生かせない。逆に下から足を狙えば防ぎようがない。まだ赤い空に透かして賊の影が踊る。リールが先鋒の2人をやっつけると、流石に敵の動きが止まった。
 そこへ、坂の上から
「助太刀するぞリール!」
 愛馬ストームガルドにまたがったグレイが駆けつけた。武装した騎士に、軽装の追い剥ぎ風情が勝てるわけもない。盾とランスを構え、迫り来る姿を見るなり
「引け!」
 算を乱して尻に帆を掛けるのは自明の理であった。

「デュナの話は王都中に流れている。良かったら俺の家に来ないか?」
 グレイは辺りに響き渡る大声でそう言った。冒険者街まで並みの盗賊は入り込めないし、仮にデュナが辞退したとしても、デュナの宿が安全になるからである。

●絵の具の花
 油で練った絵の具の固まり。天界人の目にはクレヨンみたいなそれを手に、デュナは絵を描き続ける。
「少しは休めよ」
 心配するリールに
「約束だから」
 と、デュナは笑う。デュナは自由に使える時間の全てを使って絵に没頭する。

 やがて、小さなサイズのおかげもあって絵はほぼ完成した。
「ん‥‥もう行くのか?」
 空が虹色に輝く頃。寝ぼけ眼のリールを置いて、デュナは一足先に家を出た。いつもより早すぎるせいか、屋主のグレイもまだ眠っている。ここの所朝夕の送り迎えを欠かしたことのない彼であるが、こんな早い時間に出かけるのは予想外。逸るデュナの気持ちが計算を狂わせたのだ。ドアが静かに閉じられたとき、リールも安らかな寝息を立てていた。

「リール! デュナはどこだ!」
 いつも通りに目覚めたグレイが声を荒げた。デュナが早朝から絵と格闘していることは了解していたが、外出するとは聞いていない。

 ゆかりを始め、ヴェガも三太夫も、いや、この依頼に関わった全ての冒険者が探し回ったが、行方は杳として知れない。やがて‥‥。
「これ、絵の具じゃない?」
 良く絵の具を扱うケミカだけが判った。王都の通りに、馬車の車輪に踏みつぶされた絵の具が、花びらのように石畳を赤く染めていた。