新少年色の尻尾5〜絵の具の花・後編

■シリーズシナリオ


担当:マレーア3

対応レベル:フリーlv

難易度:やや難

成功報酬:5

参加人数:12人

サポート参加人数:8人

冒険期間:12月06日〜12月11日

リプレイ公開日:2006年12月13日

●オープニング

 行方不明になったデュナ。なにぶん早朝だったためか、目撃者は見つからない。
「老人が本当に悪人とゆーケースをすっかり頭から消してました‥‥。悪人なら変装して老人になりすましてただけかもしれないとか、もっと警戒する部分も多々あったものを‥‥老人探しに気を取られ、デュナくんの警護を疎かにしてしまいましたし‥‥」
「あんたに責任はない。俺のせいだ! これが貴族とか大商人の子弟なら、身代金目的の連絡が来るけど‥‥」
 リールは拳骨で石壁を殴る。そこへ
「聞いて!」
 ぱたぱたと緑の髪のシフールが飛び込んできた。
「あれから手分けして探したんだけど、道の石畳の部分に何ヶ所か、車輪で絵の具が潰された跡があるの」
 きっとデュナは隙を見て、連れ去られる馬車の車輪に絵の具を咬ませて行ったのだろう。5ヶ所の石畳に、絵の具の花が咲いていた。
「門を出て、ウィンターフォルセに続く街道で一ヶ所。でも、フォルセの方には続いてないの」
「途中から別の道に行ったんだ」
 リールは取る物もとりあえず飛び出そうとする。
「待つである。闇雲に飛び出してもデュナは見つからないのであるカパ」
「そうよ。しっかりと居場所を見つけて、絶対にリヴェンジするわよ!!!!!」
「先のサンワードには北と出ていたのじゃ」
 重点的に北を探すのも手ではある。手持ちの絵の具は30数種。石畳以外では目立たないかも知れない。だが、馬車での移動は間違いない。
「絵の具が手がかり‥‥」
 リールはじっと空を仰いだ。

 デュナが行方不明に為った後も、にわか絵師の活動は続いている。多くは炭の欠片で板に描いている。
「ほう。頑張って居るのう」
 生命の精霊に使える女性聖職者が、精を出す者のうち、なじみの少年に差し入れを持ってきた。いつの間にかこの高台も大所帯になった感がある。

 そんな中。
「上手く行けば金貨がごっそり‥‥」
 そんな皮算用の手合いに混じって、黙々と描きまくる男が居た。
「おまえさん、見かけぬ顔だな。ほうーすげーや」
 既に何枚ものデッサンが描かれている。絵は素人にも上手いことが判る。
「ああ、昔修行したことが有るんでね。家が没落して習えなくなったが‥‥」
 男は、笑って見せたが目が笑っていなかった。

●今回の参加者

 ea1683 テュール・ヘインツ(21歳・♂・ジプシー・パラ・ノルマン王国)
 ea1704 ユラヴィカ・クドゥス(35歳・♂・ジプシー・シフール・エジプト)
 ea2449 オルステッド・ブライオン(23歳・♂・ファイター・エルフ・フランク王国)
 ea2564 イリア・アドミナル(21歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea5597 ディアッカ・ディアボロス(29歳・♂・バード・シフール・ビザンチン帝国)
 ea7463 ヴェガ・キュアノス(29歳・♀・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 eb0884 グレイ・ドレイク(40歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 eb3653 ケミカ・アクティオ(35歳・♀・ウィザード・シフール・イギリス王国)
 eb3770 麻津名 ゆかり(27歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb4333 エリーシャ・メロウ(31歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb5377 中州の 三太夫(34歳・♂・忍者・河童・ジャパン)
 eb6395 ゴードン・カノン(36歳・♂・鎧騎士・人間・アトランティス)

●サポート参加者

ニルナ・ヒュッケバイン(ea0907)/ ファング・ダイモス(ea7482)/ 海龍院 桜(eb3352)/ エンヴィ・バライエント(eb4041)/ 信者 福袋(eb4064)/ シャリーア・フォルテライズ(eb4248)/ ザナック・アレスター(eb4381)/ ティラ・アスヴォルト(eb4561

●リプレイ本文

●陰鬱な部屋
 ドス。拳を石壁に叩きつけ、身喰いの馬のように傷つけるリール。どうしようもない苛立ちと、取り留めもない悔悟の念が次から次へと湧いてくる。こう言うときは何を言っても無駄だ。ただ、辛さを理解することが慰めになる。
「‥‥チッ‥‥油断したな‥‥デュナを奪われるとは‥‥」
 百戦錬磨のオルステッド・ブライオン(ea2449)ですらリールと大差は無い。
「俺が付いていながら‥‥なんて迂闊」
 グレイ・ドレイク(eb0884)も拳を握る。
「老人が悪人の可能性は、十分に有ったのに、油断するなんて悔しいです」
 イリア・アドミナル(ea2564)がぼそりと愚痴をこぼした。

 重く苦しい時間が流れる。だがリールの悔しさが怒りのパワーに変わる、その目の色を見て
「まさかこんな事になるなんて‥‥浮かれてた自分が恥ずかしい。デュナを、画家仲間を必ず見つけ出すわ! 仲間を見捨てない、それが冒険者スピリッツよ!」
 ケミカ・アクティオ(eb3653)が吠えた。それに火を着けられたようにリールは立ち上がる。
「!」
 麻津名ゆかり(eb3770)が目を合わせる。恐らく気持ちは同じだろう。グレイも理性を以てリールの心の動きに同調する。そう、今こそ声を掛けるときだ。
「静さを欠く者は戦場では生きられない。同様に冷静さを欠く者は、普段では考えられないミスをする。こう言う時はハートに血潮を集めろ。ハートはホットに、頭はクールに‥‥。無理して押さえ込むな。こういうときはゆっくりとリズミカルに口を動かせ。そうだ。何かを食べるような感じに‥‥そうすれば、不思議と落ち着いてくる」
 アドバイスを受けたリールから、少しづつ険が取れてきた。やっと普通の言葉が届く。

「リールよ。不安であるか。焦っているであるか。気が急くであるか。それが並みの者の心であるな。今のお主の心は嵐の如く乱れているであろう。その身は嵐に揉まれる木端のように右往左往せずにはおられぬであろう」
 中州の三太夫(eb5377)の言葉に頷くリール。もう大丈夫とばかり言葉を紡ぐ。
「だが落ち着かねばならぬである。水面は一時、どんなに嵐に乱れようとも、必ず平らな面を取り戻すである。深い淵のように冷え、静かな心。鏡のように平らかな心。騎士として人の上に立つ事になるお前は。そんな冷静な心を身につけねばならぬである。そして、自分の話を静かに聞けるお主には、その半ばは既に備わって居る」
 その耳の変化を看取り、
「自身が今何を出来るか、よく考えて行動するのじゃ」
 ヴェガ・キュアノス(ea7463)は黙ってリールの腕を掴んだ。先ほどまで怒りで真っ赤だった耳の色が、次第に薄れて行くのが良く判る。だが、力みすぎた腕はこわばり、拳は割れていた。身体の傷を魔法で癒そうとしたが、ふっと気が付き取りやめた。
「このままじゃな。今傷を塞ぐと、傷から抜けてくれるおぬしの悩みが心に溜まる。じゃが‥‥このままでは不覚をとるぞえ?」
 布を裂いて拳に巻いた。
「リール。お主はここに残るである」
 完全に落ち着いたリールに三太夫は言った。
「案ずるな。これだけの人数の腕利きの冒険者が、眼を皿のようにしてデュナを探しているである。必ずや見つかるである。それよりも、デュナが自力で逃げ出してここに帰ってきたとき、誰一人居なかったら、いったい誰がデュナを護るのである? 冒険者に必要なのは適材適所、手分けする事である」
「友達、取り戻そうね、絶対に」
 テュール・ヘインツ(ea1683)が手を握った。

●作戦会議
「覚悟は出来てるか? 君の方が私よりも兵学は詳しいかもしれん。デュナの絵が戦略地図だったとして、何らかの動きがあるなら、相手は何を仕掛けてくるかな‥‥?」
 救出のための作戦会議。オルステッドが落ち着いたリールに問う。
「入手して直ぐ動くことはないと思う。軍を催すのには色々準備が必要だ。正規の挙兵なら、しかるべき大義名分がないと勝利の果実を味わえない。こないだのフォルセ事変が頓挫したのも、周りを納得させる名分や根回しが無かったからだ。なのでトルクの為に挙兵したはずの者が、当のトルクの軍の討伐を受ける羽目になった。盗賊の類ならば、どうやって攻めるかよりも、襲撃略奪の後でどう逃げるかを重視するはず。地図だけではなく他の情報も必要とするだろう」
「そうか。今直ぐは無いとみるか」
 オルステッドの問いに
「せいぜい港のほうに注意を促すだけで済むと思う」
 リールは自分の知識の範囲で答えた。
 そこへ
「‥‥リール殿が誘拐されたというのは本当ですか!? 身代金の要求は‥‥え、違う? 攫われたのはリール殿の友人??」
 飛び込んできたのはエリーシャ・メロウ(eb4333)。オルステッドが、息を切らせて走ってきた彼女に飲み物を勧めながら説明する。
「ふむ、そんな事が‥‥。関わったのも何かの縁、救出に協力させて貰いましょう。デュナ少年の人相や、その時の服装などを教えて下さい。誘拐現場や馬車を目撃した者がいないか、もう一度範囲を広げて探してみます」

 この頃には助っ人の信者福袋やザナック・アレスターが駆けつけてくれ、集めた情報でリールの観測が楽観過ぎない事の裏書きをした。
「マンディと言う人物だが。確かに絵師仲間にそう言うのが居たが、1年ほど前に死んでいるそうだ」
 シャリーア・フォルテライズの報告。
「該当する馬車は、門から出ていったん西に向かった目撃がある。やけに飛ばしていたから覚えていたそうだ」
 海龍院桜の情報で基点は絞られた。

「しかし、道は一つではない」
 急ぎそちらへ向かおうとする者を制し、ゴードン・カノン(eb6395)が釘を刺す。
「もし高台のにわか絵描き達の中に、この流行に乗じて戦術的な図面を写し取ろうとする者が居たとしたら。仮令デュナの一件が何でもなくとも、こちらのほうから災いが及びかねない」
「そうじゃな」
 ヴェガも賛同。こうして冒険者は幾手にも別れた。リールはデュナが逃げ帰った場合の備えとして家に残った。同時に各手の連絡先も彼は兼ねるのだ。

●情報集め
 手がかりは少なく、しかも曖昧である。先に聞き込みに出立していたユラヴィカ・クドゥス(ea1704)は有力な手がかりがないまま時を過ごしていた。
「う〜ん。またしても『北』なのじゃ」
 サンワードの限界か、それとも何か足りないのか。羽根がくたくたになるほど飛び回り、情報を集めていたユラヴィカは、発想を変えて高台で絵を描いている男を、携帯電話のカメラに記録した。にわか絵師の中には、デュナに容貌が似た人物は見つからなかった。

「ユラヴィカ殿。首尾は?」
「空振りみたいなのじゃ」
 疲れて戻るユラヴィカに、商人関係を聞き込んでいたエリーシャが遭遇。情報を交換する。
「これは‥‥」
 携帯の画面をエリーシャはのぞき込む。
「私が王都に出てきた日に、エーガン陛下の御不興を買って晒し者になった上、領地を没収された人物の息子そっくりです」
 当時は良くあった話だが、エーガンの中央集権政策と衝突して領地を没収された領主は多い。たまたまエリーシャが知っていたのは、それがウィルに来て直ぐの出来事だったからである。
「‥‥名前は覚えていませんが、間違い有りません。騎士が、それも小なりと言えども領主が晒し者になるなど、めったに無いことですから」
 フオロ家を恨んでいて当たり前の人物と言うことになる。

●絵の具の跡
 油で練った絵の具の欠片。車輪に押しつぶされた絵の具の花はかすかに進行方向に転写されていた。
「こっちでしょう‥‥」
 ディアッカ・ディアボロス(ea5597)はパーストを駆使して追跡する。
「これが最後の絵の具の花だ」
 ディアッカは断言した。数から言って、デュナは手持ちの絵の具を全て投じた事になる。
 ここからテュールにバトンタッチ。石畳の絵の具を追って途切れたりした場所で、絵の具が擦られている方向は西。そしてそこでの答えは「北」。
 テュールのサンワードの使い方も効率的で、フライングブルームを使うイリアの後ろに乗って効果時間を目一杯に活用。問いを発する地点間の距離を稼ぐことで、答えが示す方角が変わる事を期待した。
 車輪に複数の絵の具が着いた馬車は北を示し続けていた。そして遂に北では無く答えは北北東に変わった。間違いない。馬車が普通に通る道は限られているから、最後の絵の具の花からここまでの間に、街道から外れた公算が大きくなってきた。
「え?」
 今まで方角を示し続けていたサンワードが、その時初めて『判らない』を返す。
「とうやら絵の具は拭い落とされたようです」
 つまり、今現在、馬車は目的地にいると言うことだ。

 捜索範囲は絞られた。そこへようやく最後の絵の具の花の位置にやってきたケミカは頼もしい味方を連れてきた。優れた忍犬の背に乗り
「シヴァっち、駿馬よりも速い貴方の脚を見せる時ね!」
 くんくんと絵の具の匂いを嗅いでいたシヴァっちは、ゆっくりと確かな足取りで街道を辿る。そして森に入る小道の地点でぴたと立ち止まり、辺りをゆっくりと探した。そして小一時間。シヴァっちは小道のほうに入って行く。
「あった! あったわ!」
 一際はっきりと轍の跡。間違いない。ケミカは思わず拳を突きだした。轍を追跡すると北に進む物のうち、土の道から外れて森の中に入るものがある。普通こんな所に馬車は入れない。間違いないと確信。
「ここでまってて」
 ケミカはシヴァっちほを待機させると仲間を呼びに行った。

●防衛計画
 高台より実際の港攻略を模索するオルステッドと三太夫。敵の立場になって攻略を考えた後、それを防ぐ手段を考えるのが兵学である。
「稜線に沿い移動すれば守備隊の陣からは見つからない。そのまま右手の岩を押さえれば、封鎖の鎖を無効化できる。その後で河から突入すれば港と守備隊を分断できる」
 守備隊員を同伴したオルステッドが危惧点を明かす。
「この高台に砦を作るべきだな。あと、港は襲撃までに時間が有れば、ボートを伏せて臨時の防塁を作るといい。意外な物で、それだけでもかなり攻めにくくなる」
「貴殿の言うとおりである。船を使って攻める者は重装備であることは少ないのである。伏せたボートのり影に弓兵でもあれば、いや、ボートを胸壁として槍隊でも良い。攻め落とすのは難しくなるのである」
 陣に戻り意見を交換している内に昼時になった。労働者が休息のために散り、港は少しだけ静かになった。

●丘の上の貴公子
 港を一望する高台の昼。絵として見栄えのする眺望は、言われてみると戦略的な価値を持つ。今日も今日とて、差し入れを持ってきたヴェガの姿。にわか絵師同様あまりにも自然なので、誰一人として本日の秘めたる目的に思いは及ばない。
「どうじゃ? 進んでいるいるかえ?」
 年少者を重点的に手料理を振る舞う。中にはおじおじして手を伸ばさない子もいるが、そんな子には料理を一口囓って
「ほら、おいしいぞ。遠慮せずにどうじゃ?」
 その子はヴェガが毒味をした鳥のももにかぶりついた。これって間接キス?
「デュナが来ないけど、どうしたの? お屋敷に行っちゃってるの?」
 知り合いらしい子がヴェガに尋ねる。
「熱があるので休んでおるようじゃ。根を詰めて描いていたからのう。疲れがでたんじゃろ」
 そんなやり取りをしていると、例の上手すぎるにわか絵師がやってきた。ゆかりは物陰に隠れ様子を伺い、ゴードンはいつでも参戦できるようにゆかりの横に身を屈めた。槍を差し出せば届くような距離だが、高台ゆえに向こうからは見えないだろう。
「熱心じゃな‥‥」
 この日初めて、ヴェガは少年以外に声を掛けた。

(「どうだ?」)
 ゴードンが目で問うと
 ゆかりは必死でリシーブメモリーを駆使する。ここは彼の後ろ側。魔法の使用は気づかれていないと思う。距離的には範囲内だが、成功するのか?
 次の瞬間、ゴードンはゆかりの顔に明るい光を見た。ぽむとゆかりはゴードンの肩を二度叩く。
「スパイです!」
 躍り出たゴードンの一閃を外すにわか絵師。それは捕縛してとの合図だった。
 無論、ゆかりの誤解や思わぬトラブルで、無実の者に無用に怪我をさせぬため。彼の一撃は剣の平であった事は言うまでもない。しかも刃を寸止めの斬撃であった。その回避の見事さは、紛れもなく訓練された者の身のこなし。
「単なる絵描きに出来る動きではないな」
 ゴードンの切っ先は彼の喉笛を狙うように突きつけられた。転(まろ)ぶように逃走を図る男にヴェガのコアギュレイトが決まった。
「主はマルっとお見通しぞ」
 ヴェガの笑顔はこういうとき、剣の使い手の恫喝よりも凄味があった。駆けつけたユラヴィカとエリーシャによって、男の正体が判明。
「貴様それでも騎士か?! 恨みを晴らすならば堂々と剣を取れ! 国を売ってしかも口を糊するなど、なんてさもしい奴だ!」
 やるせなさからエリーシャは怒る。彼はエーガンに取り潰された小領主の息子で、恨みを持っていたのは確かである。しかし、問いただすにつれ判明したのは口を糊するための売国。恨みは結局は正当化の口実に過ぎないことが判ってきたのだ。
 数刻後、彼は港の守備隊に引き渡された。

●イリア泣く
 下草に残る轍の跡を追って行くと、水たまりがあった。泥濘に車輪を取られた様子が分かる。テュールは近くだと悟り、マジックパワーリングを隠すため手袋をはめた。やがて、前方に森番の小屋が見えてくる。馬車はその近くに止まっていた。馬車の車輪の側に、乾いて零れ落ちた土塊があった。土塊には薄く絵の具の色が着いている。その部分にはまだ湿り気があった。
(「しっ」)
 ディアッカが口元に指を立て、静かに飛んで行く。上がっている鎧戸見られないように気を配り、窓の上側に張り付いた。そしてそうっと様子を伺う。
 居た! デュナだ。イスに座っている。別に縛られては居ない。
「まあ、飲み給え」
 杯を勧める男の声。デュナの顔には警戒こそあるが、恐怖の色は見えない。
「君はかなりの素質がある。どうだね? 本格的に絵を修行してみないかね?」
 拍子抜け。絵を依頼した貴族が待ちきれなくて身柄を確保したのだろうか? そんな想いがディアッカの頭を過ぎった。
「‥‥あなたは」
 デュナの問い。
「失敬。私は絵師ギルドに所属する絵師の一人だ。カキサカと言う。こちらの女性はミササギだ」
 いずれも比較的マイナーながら、独特のタッチで定評のある絵師である。殊に透明感のある絵が特色のカキサカは、注文主の想像の一つ右斜め上を行く絵が売りである。老若男女を問わ無い人物の魅力の出し方は定評がある。方やミササギのほうは、子供や若い女性のかわいらしさを誰よりも引き出すことで知られていた。
「君のような子を放っておくのはもったいない。私たちが良い師匠に引き合わせるよ」
 純粋にデュナの才能を惜しんでの話。幸いディアッカのリシーヴメモリーは、戦争のようなきな臭い話からはほど遠い意識しか読みとれなかった。

 バン! ドアを蹴破って入ってきたのは血相を変えたイリアとケミカであった。
「デュナ君を放しなさい!」
「シヴァっち、アタック! 暴れなさい!」
 どうにも待ちきれなくなったらしい。
「みんな待った!」
 大事に成る前に、窓から飛び込み慌てて間に入るディアッカ。なんとか無意味な修羅場は免れた。
「デュナ君! んもう〜心配したんだからぁ〜!」
 イリアは大声を上げて泣きだした。
 そうして、ケミカが絵師達に文句を言ったり、イリアが泣きながらデュナを叱ったりの時間が過ぎる内に、ヴェガやグレイやゆかり達もやってきた。

●旅立ち
 スパイの取り調べで判ったことだが、カモフラージュのために変装してデュナに近づいたのは彼であった。彼の誤算は、久しく王都から離れていたため既に死んでいる人物の名を使った事。そしてたまたまデュナの身柄が誘拐されたと疑われるような事態が起こった事であろう。
 さて、話を戻そう。冒険者達に詫びを入れる事になった絵師は、日を改めてデュナを向かえにやってきた。良き師匠も見つかり、そこで絵の修行が出来るという。支度金として莫大な大金を持ってきた。実に金貨120枚である。このこと自体デュナにとって願ってもないことである。
 しかし、今までの友人達とは縁が遠くなるのは免れない。そんな心根を健気に思い、ヴェガはデュナをぎゅっと抱き締め、
「まだ絵を描く事が嫌いになっておらぬなら‥‥今度はわしらの絵も描いてはくれまいか?」
 とにっこり微笑んだ。デュナはゆっくりと頷く。
 そして、
「こんなお金があっても困ります。ご迷惑を掛けたみなさんに受け取って貰えませんでしょうか?」
 デュナは自分の意志で、身一つで絵師への道を歩みだした。