●リプレイ本文
●当事者よりも熱い者達
今日の野外授業のために女学院の生徒達は各寮ごとにそれぞれの担当グループを作っていた。
生徒全員が関わる行事の場合、寮ごとに行動するのが慣わしだ。
よって藤野 睦月とセーラ・エインセル、ディーナ・メイスフィールドは分かれてしまった。睦月がローズ寮、セーラとディーナがリリー寮だ。
そしてローズ寮と言えば、先日セーラに難癖をつけてきたフラヴィ・ソレルがいる。
睦月はフラヴィ監視のため、と彼女と同じ食材集め係に加わった。
ちなみにセーラとディーナは安全をとって拠点準備係となった。
同じ係になれば、一緒に行動することになるからだ。
授業が行われる学院の敷地の裏にある広場には、すでに参加者全員が集まっていた。
リリー寮とローズ寮が隣あって並んでいるのをいいことに、睦月はセーラとディーナに充分気を付けるようにと言っていた。
「あいつが何か企んでいるのを見たら、アタシがふんじばってやるからね」
鼻息も荒い睦月。
好戦的な彼女に、レン・ウィンドフェザー(ea4509)が背伸びをしながらたしなめた。
「いじめはよくないのー、みんななかよくしないとだめなのー」
「いじめてんのはフラヴィだっての」
口を尖らせる睦月だったが、天野夏樹(eb4344)にもうかつな仕返しはやめるように言われてしまう。
「そりゃあセーラさん達に嫌がらせなんて許せないけど、だからってあいつらと同じやり方をしちゃったら、私達もあいつらと同じになっちゃうよ」
「泥を被るのも時には必要じゃん‥‥」
「何をカッコつけてんだか」
どこか遠い明後日の方向を見やりながら言う睦月を、思わず小突く夏樹。
睦月、孤立無援かと思われた時、彼女に同意する者が現れた。
「フラヴィを邪魔するとは、『目には目を歯には歯を』ということじゃな。そういうのは得意だから、あたいに任せるのじゃ」
炎龍寺真志亜(eb5953)だ。
心強い味方を得た睦月は、真志亜とガッチリ握手をしたが、それをメイベル・ロージィ(ec2078)は不安そうに見ていた。
「私も、嫌がらせの仕返し合いは良くないと思いますの‥‥」
しかし、すっかりやる気満々な真志亜と睦月は周囲の心配をよそに、額を突き合わせて何やら話し合っている。
いったい何を始めるつもりなのかと不安でいっぱいのセーラの肩を、富島香織(eb4410)が落ち着かせるように叩いた。
「私達もいます。やりすぎるようでしたら阻止しますよ。下手な反撃はかえって今後のあなたへの嫌がらせをエスカレートされる結果になりかねませんから」
セーラは何とか頷いたが、表情が晴れることはなかった。
●危険なグループ
フラヴィ達と睦月のいる食材集めグループを最初に担当することになったのは、シルバー・ストーム(ea3651)だった。補佐として付いてきたディーネ・ノート(ea1542)は、シルバーが『初心者のための森の歩き方』を説明している傍らで、ローズ寮の集団に注意していた。
木を見て方角を知る方法や、地面の状態から前の時間にどんな動物が歩いたか、などを説明したシルバーは、次に持参した籠の中から真っ赤なキノコを取り出し生徒達に見せた。
「これから皆さんはキノコや木の実を集めるわけですが、これは毒キノコです。これは毒はそれほど強くはありませんが、中には幻覚を見せたり酷い腹痛を起こすものもあります」
野外授業に使われるこの場所は、自然のままのようでいて実は人が管理している場所だったりする。
食べられるキノコや木の実も、職人が管理しているのだ。
だからといって、毒性のあるものがないかと言えばそうでもない。
食用のキノコを育てている範囲には何もないが、それ以外のところまでは面倒を見ていないので毒キノコもあるだろう。
「それでは、行きましょう」
シルバーの先導で生徒達は薄暗い森へと入っていった。
シルバーがあらかじめ学院から指定されていた場所へ着くと、生徒達はそれぞれにキノコを集めにかかった。
睦月とフラヴィは別行動だ。
シルバーとディーネは講師としてここにいる以上、問題の二人だけにかまっているわけにもいかず、他の生徒達の様子も見ながら彼女らの動向にも気を配るという気疲れのする時間となった。
生徒達が散ると白銀麗(ea8147)はさっそく行動に出た。
フラヴィのグループとてキノコ採集のこの場では、多少離れて動くしかない。
しかしここで問題が発生した。
学院内での制服はあるが、今日のように野外授業であったり乗馬の授業であったりした時は、それぞれが外着や乗馬服を用意することになっていたのだ。そのため、生徒達の服装はばらばら。
ミミクリーでフラヴィの取り巻きの一人に化けて、嫌がらせをするようならさりげなく邪魔をしようかと考えていたが、これは無理そうだった。まさかどこかで裸になって『服を着た姿』に化けるわけにもいかない。危険すぎる。
仕方ないので銀麗はフラヴィ達とつかず離れずの距離で彼女達の動きに注意することにした。
銀麗や臨時講師達に見張られているとも知らず、フラヴィはさっそく自分勝手さを発揮しはじめた。
フラヴィからそれほど離れていないところでは、真志亜と睦月がキノコ集めをしながら神経を張り詰めていた。
「真志亜ちゃん、見てよアレ。何様のつもり?」
「ま、『フラヴィ様』ってところじゃろうな」
不快そうに眉間にしわを刻む睦月の目の先では、フラヴィが取り巻き達に偉そうに「あそこにおいしそうなキノコがある」だの指図していた。当然、本人は何もしていない。
「アイツ、マジ泣かせたい」
「まぁまぁ。こんな時こそさっき話したあの作戦じゃ」
真志亜はニンマリと笑んで、シルバーかディーネはどこかと探した。
その頃銀麗はフラヴィ達のこんな会話を聞いてしまっていた。
「このキノコ、向こうで見つけて来たんだけど、これってさっきシルバー先生がおっしゃっていた『食べられそうで食べられないキノコ』よね。これを、あの小生意気な睦月の籠に入れてやろうよ。セーラはいないから、代わりにさ」
「いいわね、それ。それで怒られでもすればあの子は赤っ恥よ!」
ホホホホ、と暗い情熱で盛り上がる少女達。
フラヴィはと言うと、満足そうに楽しそうに取り巻き達の様子を眺めている。
銀麗はこのことを睦月に伝えておこう、と顔を上げた。
そして、真志亜と睦月にこのことを話すと、チャンス、と真志亜が飛び出していった。
真志亜は捕まえたディーネに「フラヴィ達が判断のつかないキノコを見つけてしまい困っている様子」と告げ、フラヴィ達のいる方を示した。
これだけやればディーネには何があったか察しはつくし、ディーネも堂々とフラヴィの側にいられるというわけだ。
「判断のつかないキノコを見つけてしまったと聞いたけど、どれかしら?」
キノコを採ってきた生徒はギクリとした。
そして渋々と例のキノコを差し出す。
ここで嘘をつけないあたりが良家のお嬢様だった。
基本的に親や教師には逆らえないように躾けられている。だから隠れてやるのだ。
キノコを受け取ったディーネは、少女達が集めた食べられるキノコを一つ取り出すと、二つの違いについて丁寧に説明を始めたのだった。
その後の木の実集めでは何も起こらずに無事に授業は進んでいった。
●気になるグループ
一方、セーラとディーナのいる拠点準備係は、比較的平和に授業が行われていた。
ここではイコン・シュターライゼン(ea7891)が中心となっていた。
イコンは生徒達にテントの張り方や様々なことに役立つロープの結び方などを教え、実践させていった。
テントを立てる際にはセシリア・カータ(ea1643)と分担して、きちんとできているか見て回った。
セシリアがセーラのいるリリー寮へ回ると、セーラとディーナはロープ結びに一生懸命になっていた。
今のところ余計なちょっかいを出す者はいない。
二人を微笑ましく見るとセシリアはリリー寮のテントの杭が緩んでいるのに気がつき、手伝いに向かった。
「もっと深く差し込まないと、弱い風が吹いただけで倒れてしまいますよ」
そう言って一気に杭を押し込むと、生徒達から感嘆の声が上がった。数人がかりでやっていたことが、たった一人でしかも一瞬で終わってしまったことに対してだ。
その様子はセーラとディーナも見ていた。
「すごいものねぇ。何かコツでもあるのかしら」
ディーナは感心のため息をつく。
「セシリア先生は騎士だって聞いたわ。意外と筋肉はしっかりしてるんじゃないかしら。少なくとも私達よりは」
セーラの指摘に、なるほどと頷くディーナ。それから彼女の視線は一緒にロープ結びに取り組んでいるメイベルに向いた。
「あなたもあんなふうにできるの? セシリア先生は騎士だけど冒険者でもあるのよね? 確かメイベルも‥‥」
「私は魔法が専門ですから、剣の扱いはうまくないのですよ。ですからセシリアさんのような瞬発力はないですの」
メイベルはそう答えて肩をすくめた。
メイベルはふと視線を森のほうへやる。そこにはフラヴィや睦月達がいるはずだ。
何事もなくやれているだろうか。
「私は、ずっと森の中で暮らしてきたので、身分の違いによる諍いのことはよくわかりません」
独り言のように呟かれたメイベルの言葉だが、セーラもディーナも聞いていた。
「狼の子供とウサギの子供が一緒に暮らせないように、フラヴィさんには庶民のお友達がいたけど遊ぶなって言われたのでしょうか。皆で仲良くするのが一番ですのに‥‥」
「フラヴィの家は今も昔も付き合いは貴族のみって聞いたけど‥‥そうね、例えば使用人の子供とかはどうだったのかしらね」
ディーナもメイベルにつられて森のほうを見つめた。
何となくセーラもぼんやりしていると、イコンが顔を出した。
「どうしたんです、三人とも。何かお困りですか?」
イコンはそっと声をかけたのだが、三人は大げさなほどにビクッとして一斉にイコンを見上げた。
イコンは彼女達の視線の先を見やり、小さく苦笑する。
「睦月さんなら大丈夫ですよ。シルバーさんもディーネさんも銀麗さんもいますから。‥‥あー、真志亜さんは、ちょっと不安‥‥あぁそういえばシルバーさんは静観するとか何とか‥‥いやいや、きっと大丈夫です」
最後のほうはゴニョゴニョになりながらも、イコンは笑顔で押し切った。
同年代の男性に慣れていないセーラとディーナは、少し幼さの残るがやわらかいイコンの笑顔にかすかに頬を赤らめた。
実はイコンは他のグループもこの調子でポーッとさせてきたのだが、気付いていないのは本人だけだったりする。
「あの、ありがとうございます。えと、結び目を見ていただけますか?」
我に返ったセーラは慌ててロープを差し出した。
●小さな変更から
食材集めとテント張りや簡易かまど作りが終わると、次は調理である。
しかしこの時、リリー寮の調理担当の生徒数人が体調不良を訴えて学院に戻って休みたいと言い出した。さらに彼女達の代わりとしてセーラを指名してきたのだ。
ローズ寮の集団からそれを見ていた睦月は、盛大に舌打ちした。
「あいつらフラヴィの仲間じゃん」
隣で真志亜は呆れている。
明らかに仮病と思われたが、本人達が具合が悪いと言い張る以上、無理強いはできない。
彼女達はトゲニシアの許可を得て教師に付き添われて帰っていった。
その様子をニヤニヤしながら眺めているフラヴィ。
リリー寮では突然指名され戸惑うセーラを、夏樹やメイベルが励ましていた。
「私も手伝うから、がんばろう」
と、夏樹が言えばセーラも気を取り直し、調理係の生徒達へと混ざっていった。
調理に関しては学院の教師と共にアルフェール・オルレイド(ea7522)も指導に当たった。
彼はまず言う。
「調理をする者として衛生管理は必要だ。また、服が汚れてはお嬢ちゃんは困るだろう」
リリー寮を担当するアルフェールは生徒達がきちんとエプロンを身につけるのをしっかりと見届ける。もちろん自身もなかなか良いデザインのエプロンをつけていた。
一見、粗暴に見えるアルフェールのそんな几帳面な一面とエプロン姿に、セーラもつい微笑んでしまった。まさか「エプロン姿が何だかかわいい」とは言えない。
それからアルフェールは火の点け方から教えた。
聞くのとやるのとでは大きく違い、生徒達は皆なかなか火を点けることができない。油に浸された芯の上で火打石が虚しく鳴るばかりだ。
何人かの生徒が助けを求めるようにアルフェールを見たが、彼はしばらく手助けをしなかった。すぐに手を貸しては生徒達に成長はない。
その間に手のあいている生徒には食材を切らせていた。
その頃、自分が担当した係についてのレポートを書く傍ら、フラヴィは取り巻き達と良からぬことをヒソヒソと話し合っていた。
内容は、セーラが扱っている鍋をどうやってダメにするか、である。
食べられないキノコは、森でディーネに没収されてしまったが、この際セーラの気をそらせて鍋に泥を放り込んでもいい。
「つまずいたフリでもして鍋に混ぜてしまいましょう」
というわけで、実行は取り巻きの二人に任せるフラヴィ。
任命された二人は意地悪い笑みを浮かべると、見回る教授達の目を盗んではハンカチの中に足元の土を詰めていった。
「それに‥‥」
と、フラヴィは続ける。
「リリー寮の仲間達も、やるべきことはやっているはずですしね」
しかしそれは失敗に終わっていた。
仕掛けられそうな嫌がらせについて考えていた夏樹が、作業台の上に置かれている調味料の中身をチェックして異常を発見してしまったからだ。
『塩』のラベルが貼られた壷の中には、見た目は塩に似ているがまったく味のしない正体不明のものになっていたし、ワインビネガーは色付き水になっていた。
夏樹の目尻が剣呑につり上る。
「入れる前に気付いてよかったわ。私、他の班から借りてくるわね」
なだめるようにディーナが言って、隣のグループへと借りに行った。
食材は質問するフリをしてアルフェールにチェックを入れてもらい、安全だと保証されていたからこれは問題ない。
ディーナが戻ってきた頃には、セーラもようやく火をつけることに成功していた。
最後まで着火に手間取っていたグループに助言を与え、そこも火がついたことを確認すると、アルフェールは調理方法の指導に入った。
彼の説明の後、生徒達が実行を始めるといよいよフラヴィ達も動き出す。
実行者二人が何気なさを装い立ち上がった時、聴講生がアルフェールの手を引きながらフラヴィ達の前にやって来た。
「ここに、まだ作っていない人がいるので、一緒に教えてほしいのじゃ」
真志亜だった。
予定外のことにフラヴィ達は焦る。
アルフェールの探るような目を受け、フラヴィは慌てて説明をした。
「わ、私達は食材集めの係でしたから、今はそれについてのレポートを書いていたのですよ。調理の係は別にいます」
「‥‥ふむ。だが、レポートはもう書き終わったようだな。よし、せっかくだから調理もやってみよう。こっちだ」
「いえ、ですから‥‥」
「食材なら予備がある。心配するな。さぁ、皆ついてこい」
有無を言わさぬアルフェールの言葉に逆らえるフラヴィ達ではなかった。
妙な威圧感も怖かった。
最後尾で真志亜は忍び笑いをもらした。
このタイミングで邪魔に入れたのは、真志亜が小柄であったためうまいこと周囲の人の陰に紛れ、盗み聞きができたおかげであった。
無事に各グループの調理が終わり食事会となった時、ずっとフラヴィ達の指導についていたアルフェールが豪快に笑いながら言った。
「どうだ、うまいだろう。自分で作ったものは何でもうまいもんだ」
「そ、そうですね‥‥」
フラヴィは複雑な表情で同意したのだった。
●終了間際
「さて、掃除も授業だ!」
食事会が終わると後片付けだ。これの指導もアルフェールが行った。
彼が、食器洗いの効率の良いやり方の説明のためにフラヴィ達の席から離れると、彼女達はホッと息をついた。
これが最後のチャンスだ、と目配せをしあう。
懲りない面々であった。
もちろん彼女達を見張る者達も気を抜いてはいない。最後に油断したために大惨事になることなど、数え切れないほど見てきたからだ。
銀麗はフラヴィ達が作業をしている場所から一番近いテントの陰に隠れると、じっと様子を見守った。
少女達の表情は明らかに何か企んでいる顔だ。
眉をひそめた銀麗はリードシンキングでフラヴィの表層思考を探ってみることにした。
──これを被って澄ましていられる人などありませんわ。きっとみっともなく大泣きですね。ふふ、ふふふ‥‥。
こんな感じであった。
これだけでは何だかよくわからないが、彼女が手に持っているものを見れば合点がいく。
生ゴミだ。
「何とも幼稚な‥‥」
銀麗はひっそりため息をこぼした。
そしてセーラの居場所を探すため、テントの陰から出たのだった。
あまりのんびりもしていられない。
しかし、セーラ達はいったいどこで食器類を洗っているのか、銀麗はなかなか見つけられずにいた。
やっと見つけて駆けつけた銀麗は、早口にこのことを告げた。
「注意していてください。今は後片付けでどの生徒も忙しく動き回っていますし、先生方も帰る準備にかかっています」
ここはあまり生徒達のいない、離れた水場だった。
フラヴィの姿さえ見つけてしまえば、後は彼女と距離を取るだけでいい。余計なトラブルは避けられる。
その時、セーラが銀麗の向こうを見て目を見開いた。
ハッと振り返った銀麗と、セーラの視線を追った夏樹とメイベルの目に小走りに寄って来るフラヴィの取り巻き三人の姿が映った。
あっという間の出来事だった。
三人が背中に隠していた籠の中いっぱいの生ゴミをセーラ達にぶちまけ、銀麗達冒険者三人はセーラとディーナをかばおうとし、さらにはどこから現れたのか両者の間にイコンが割り込んできた。
とっさのことにイコンはオーラシールドを張る間もなかった。
そのため、冒険者四人は見事に頭から生ゴミをかぶってしまったのだった。
これにはフラヴィの取り巻き三人も驚き、固まっていた。セーラに味方する人達などどうでもいいが、講師であるイコンにまで手を出すつもりではなかったのだった。
「た、大変! すぐに洗わないと!」
四人のおかげでほとんど被害のなかったセーラとディーナは、急いで桶に水を満たした。
そこに何かあったと察したらしい睦月が駆け寄ってきた。
睦月は四人の有様を見るなり顔を真っ赤にして怒り出す。
「やりやがったな!」
バチンッと睦月の平手が取り巻きの一人の頬を打った。
取り巻き三人は金縛りが解けたように睦月を非難しはじめる。
「酷いわっ。いきなりぶつなんて!」
「どっちが! 自分のこと棚に上げてよく言うよ!」
「あなたには何もしていないでしょう!?」
「セーラ達はアタシの友達! 友達が嫌がらせされてんの、黙って見てるなんてできないじゃんっ」
「そもそも間違った人がこの場にいるのがいけないのよ! あなた達さえいなければ、こんなことにはならなかったわ!」
「なにおぅ!? その口ふさいでやるー!」
「きゃぁ!!」
睦月は落ちていた生ゴミを掴むと、口論していた相手の口へ突っ込んだ。
周りは騒ぎを聞きつけて集まってきた生徒達に囲まれている。
フラヴィとわかり合うチャンスがあればとほのかに期待していたメイベルも、こうなってはどうにもできない。
他寮の生徒を見回っていたシルバーやディーナ、リオン・ラーディナス(ea1458)も頭を抱えていた。特にリオンは頭の中が真っ白になって何一つ出来ないくらいに呆然と燃え尽きていた。
しかし、いつまでも眺めているわけにもいくまい、とアルフェールが間に割って入ろうとした時、はるか東方にあるという仁王像のような形相のトゲニシアの一撃が打ち下ろされたのだった。
「あなた達はもう何もしなくていいざます! 指示があるまでそこから一歩も動かないこと。いいざますね!? ワーウィック教官、しっかり見張っていてください!」
セーラ達はまったくの被害者で完全なとばっちりだったのだが、トゲニシアからすれば当事者も同然のようだった。
指名されたカサンドラは短く返事をしてこの場に残った。
他の生徒や臨時講師達は後片付けの再開である。
夏樹は先日の親睦会での行為を謝りたかったのだが、とてもそんな雰囲気ではない。
「身形を整えるくらいはいいでしょう。‥‥あなたも、口をすすいで」
カサンドラはそう言って冒険者四人と口に生ゴミを突っ込まれた生徒を見やる。その顔に呆れの色を見たフラヴィの取り巻き達は、恥じ入るように顔を伏せた。
●胸に刺さった言葉
騒ぎの中心になってしまったセーラ達は、カサンドラやトゲニシアにがっちり監視されながらの帰路となった。
学院に着くとようやくその目も去り、それぞれホッと肩の力を抜くことができた。
しかし、これで全てが終わったわけではない。
睦月とフラヴィの取り巻き三人の間には、再び険悪な空気が漂いはじめた。
さらにフラヴィが取り巻きを迎えに来たものだから、ますます場はピリピリしてくる始末だった。
数十秒の睨みあいの後、最初に口を開いたのは睦月だった。
「今日はいろいろとドーモ」
「何のことでしょうか」
「白々しい」
その様子を見守りながら、ディーネはいっそのことどちらも思いのたけをぶちまけ合ってしまえば、などと思った。
もちろん、それで少しでも両者のわだかまりが解消されるかもしれないが、逆にますます関係が悪化する可能性もある。
舌打ちした睦月がフラヴィに罵りの言葉を投げつけようとした時、香織がそれを制して前に出た。
香織はまっすぐにフラヴィを見ている。
「あなたは今、満足していますか? 取り巻きの方はいて、ちやほやされてはいますが、自分の悩みを相談できる友達と言える方はいますか?」
「何を‥‥」
フラヴィは返答につまったが、別の場所で密かに息を飲む者がいた。
香織の言葉はフラヴィに向けられたものだが、それは確実にセーラの胸にも突き刺さっていた。
ディーナも睦月も、冒険者の人達も、自分を気にかけてくれるが、自分はそれに等しい思いを返しているだろうか。
返しきれていない気がする。
セーラの中の不安を見せないようにすることに意識を傾け、記憶を取り戻す手助けをしたいという彼女達のやさしさを裏切ってはいないか?
しばし動揺したフラヴィだが、すぐにいつものように尊大な姿勢を取り戻した。
「あなたには関係のないことですわ。今日のところは引き上げましょう。けれどねセーラさん、あなたのことを認めたわけではありませんからね」
フラヴィは取り巻きを目で促し、ツンと澄まして歩き去ろうした。
しかし、それをレンに呼び止められた。
「あたしは、いっしょうけんめいはたらいて、いまのみぶんをてにいれたの。でもキミは? キミは、たまたまみぶんあるいえにうまれただけなの。『虎の威を借る狐』になっちゃだめなの。それに、せいとはみんなおなじなの。みぶんはないの。じぶんをたかめたいひとの邪魔をしちゃだめなの」
フラヴィはひどく冷めた目でレンを見下ろしていた。ここは貴婦人候補の花園。例えば騎士学校であれば実力主義の原理もあり、世間のことも情報が入っている。しかし彼女には、レンがウィルでも有数の魔法使いで、状況によっては一人で騎士10人以上。雑兵ならば100人以上に相当する恐るべき実力の持ち主であると言う事実が判っていない。ただ、ウィンター・フォルセを王家の養女として相続したと言う身分を識るのみだ。
「領主様はもう少し話のわかるお方だと思っていましたが、思い違いだったようですね。いいですか、どこにいっても身分はすべてに影響します。私の家は子爵です。私は子爵家の娘として生きています。私だけでなく身分ある者は相応のものと付き合い、そこから自分を磨くものだと考えています。つまり、身分のない者との付き合いなど無用ですし、また同じ場にいるべきではないのです。彼らはそれをわかっていないのですよ。無知であるために、どこまでも図々しい‥‥」
フラヴィはこういう教育を親から受けてきた。きっと彼女の取り巻き達も。
フラヴィは蔑みの目でセーラを一睨みすると、今度こそ去っていった。
これらのやり取りを、セーラはほとんど聞いていなかった。
香織の言葉がずっと頭の中で繰り返されている。
友達を裏切っているんじゃないか、と思ってしまった。
それなら、どうしたらいい?
そんなこと、するべきことは一つしかない。
覚悟してすべてと向き合うしかないのだ。
セーラ自身が動かないと、周りは何もできないだろう。そしていつか離れていってしまうだろう。
記憶をなくしたばかりの、一人きりだった時の怖さがセーラの胸の内に広がる。誰でもいいから、自分を思ってほしかった。見ていてほしかった。
自分を思ってくれる人の存在のありがたさは、今も身に染みている。
それはきっと、思われてばかりではダメなのだ。
「あのね‥‥」
決意のもとにセーラが口を開いた時、香織の右手の内が輝いた。
●記憶のかけら
突然のことに驚いた香織が反射的に右手を見ると、そこにはとても薄い紫色に輝く直径1cmほどの石があった。石の真ん中には細いチェーンが通りそうな穴があいている。
それを見た瞬間、セーラの中に知らない光景が走った。しかしそれはすぐに自分のものだったとわかる。
「何かしらこれ‥‥」
「香織さん、それは私の記憶の一部です‥‥」
青白い顔でセーラが輝石の正体を告げた。彼女の両手は震えをこらえるようにきつく握り締められている。
「あなたの言葉のおかげで、少し記憶が戻りました。あの、聞いてくれますか‥‥?」
セーラはかすかに震える声で香織を見て、周囲の冒険者達や友人達を見回した。
もちろん拒否する者などいない。
そのことにセーラは安堵すると、たった今思い出したことをポツリポツリと話し出した。
まず、その輝石はセーラの記憶の一部を封じ込めたものであり、全部で12個あること。そしてその輝石をおさめた者は『花の騎士』と認められたということ。
「どうして、記憶を分割するようなことになったのですか?」
香織の手のひらの中の輝石を観察しながらイコンが尋ねた。と同時に彼は以前セーラが呟いていた「時‥‥その時のために‥‥戻さないと‥‥集めて‥‥」という言葉の謎の一端が解けたと思った。
その質問に答えるのをセーラはわずかにためらった。
「何かに追われていたような気もするのだけれど‥‥まだ思い出せないの」
「そうですか。ところで、『花の騎士』というからには、これは花に関係があるのですか?」
「えぇ。私は、記憶を花言葉になぞらえて封じたから。その石はローズマリー。花言葉は『私を思って』」
セーラは、記憶をなくし何もかもわからなくなった時の不安や恐怖、焦りをすべて打ち明けた。香織の、フラヴィへの問いかけから考えていたことすべてを。
「きっと、記憶は戻りますよ。だって、こうしてまず一つ戻ってきたのですから」
香織は包み込むようにあたたかく微笑んだ。