セーラ様が見てる4〜アンダー女学院
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■シリーズシナリオ
担当:マレーア4
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:3 G 32 C
参加人数:12人
サポート参加人数:3人
冒険期間:06月22日〜06月27日
リプレイ公開日:2007年06月28日
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●オープニング
広い貴族女学院の敷地の片隅に地下倉庫がある。
外での授業などに使われる道具類がしまわれてある倉庫だ。
その倉庫の扉が内側から叩かれていた。
辺りに人の気配はない。
扉の内側で、セーラはもう何度目かわからないため息をついた。扉を叩き続けた手が痛い。
明かりの差し込まない倉庫は、それだけで気分を暗くさせるには充分だ。
セーラは扉にもたれるようにずるずると座り込んだ。
何で自分がこんな目にあわなければならないのか。
いったい何をしたというのか。
今頃、ディーナはどうしているか。
「睦月さんは帰ってこないし‥‥」
精霊祭休暇はとっくに終わったにもかかわらず、睦月は帰って来なかった。
退学したというわけではないようだ。トゲニシアに尋ねたら、そう返ってきたのだから。
「でも今は、まずここから出ないと‥‥」
真っ暗ながら、目が慣れてくると器材の影くらいはうっすら見えた。
セーラはつま先で確認しながら扉前の数段ある階段を下り、手探りで倉庫の奥を目指した。別の出入り口はないかと思ったのだ。
慎重に進んでいるとはいえ、つまずいたり何かに擦ってしまったり引っかかったりと、セーラはさんざんな目にあっていた。その上、あると思っていたもう一つの出入り口は見つからない。
「けっこう広いからあると思ったんだけど‥‥壁が抜けたりとか、しないかな」
トン、とためしに軽く壁を叩く。
もちろんセーラとて、ただの地下倉庫の扉が『壁を叩いて開く』ようなカラクリじみたものであるわけがない、とわかってはいる。
冗談のつもりで叩いたのだ。
が‥‥。
コトン、と壁の向こう側で何かが落ちるような音がしたかと思うと、叩いた壁がスライドするようにして開いた。
セーラはポカンと口を開く。驚きのあまり声も出ない。
しばらく思考が停止していたが、本来の扉が開かない以上この先へ行くしかない、という結論に至りおそるおそる足を踏み出した。
階段だ。
「地上に出たいのだけれど」
階段に文句を言っても仕方がないが、ひたすら下へ下へと続く階段にセーラは不安をごまかすように呟いた。
いったいいつまでどこまで下りればいいのか、戻ったほうがいいのかなと思い始めた頃になってようやく、セーラの前に木製の扉が現れた。はっきりとは見えないが、触った感触では精緻な彫刻がなされているようだ。
ドアノブを探し、回して見ると鍵はかかっていなかったのか、あっさりと開いた。
「ちゃんと戻れるのかしら」
帰りたい場所からどんどん離れている気がしてならないセーラ。少なくとも地上からは離れている。
それでも彼女は扉の向こうへ一歩踏み込んだ。
中は学院の大広間よりも広いホールになっていた。
いったいどうして学院の地下にこんな場所があるのか謎だ。
ほんのりと明かりがあるのは、むき出しの岩壁のコケか何かの光だろうか。
ゆっくりとホール中央へ進んだセーラは、うっすらと見えてきたものに息を飲む。
直後、激しい頭痛に襲われて頭を抱えて膝を着いた。
夕食の時間が迫っても寮に戻ってこないセーラを案じて、あちこちを当たったディーナはどうやら寮内にも校舎内にもいないとわかると、もう一つの思い当たる場所へと走った。
走りながらディーナはセーラについて行かなかったことを悔やんだ。
放課後、セーラは手紙を受け取ったのだ。
その手紙には、誰にも聞かれたくない大事な話をしたいから一人で地下倉庫前まで来てほしい、というものだった。差出人はわからない。
怪しいから一緒に行くと言ったディーナを、セーラはやんわりと断った。
話の内容は後でちゃんと教えるから、と言って。
けれどそれはディーナが予感したように怪しい手紙だったのだ。
セーラに手紙を渡したのは見知らぬ下級生だったが、彼女に手紙を託した人を尋ねたらフラヴィの名前が出てきた。
罠一直線である。
ディーナは手紙を渡された時にそれを確かめなかったことを悔いた。
フラヴィを見つけ出して問いただすと、地下倉庫の掃除を頼んだ、としれっと言うではないか。
「どうせ閉じ込めたんでしょう? 鍵はどこなの!」
「何をそんなに怒っているのです? 私だって何も死ぬまでセーラさんを閉じ込めておこうなんて考えてませんよ。ふふ、そろそろみっともなく泣いているかしら?」
「いったいセーラに何の恨みがあるの!?」
「キーキーうるさいですねぇ。興ざめです。勝手に迎えにでも行きなさいな」
白けた顔で言い、フラヴィはディーナに地下倉庫の鍵を放った。
地下倉庫前に着いたディーナは、呼吸を整える間も惜しんで鍵穴に鍵を差し込む。
重い木の扉を開けば、中にはセーラが──。
「いない‥‥? 何で!? セーラ!」
名前を呼ぶがやはり返事はない。
ディーナは埃っぽい倉庫内へ踏み込み友人の姿を探すが、そもそも人の気配というものがない。
しばらく歩き回るも、奥のほうは暗くて何が何だかわからない。
明かりを持ってこよう、といったん外へ出たディーナの前にニヤニヤ笑いのフラヴィが待っていた。思い直して追ってきたのだろう。
「泣きべそセーラさんはいまして?」
しかし、フラヴィの笑いは直後に引っ込む。
怒りに燃える目のディーナにひるんだからだ。
ディーナは感情のままにフラヴィに掴みかかった。
「いないわよっ。どこにもセーラがいない! 本当にここなんでしょうね!?」
「こんなこと嘘はつきませんわ。本当にここです」
「じゃあどうしていないの!」
「ちょ、ちょっと待ってください」
ようやくフラヴィに事の重大さがわかってきた。
彼女は偽りなくここにセーラを閉じ込めたのだ。いないはずがない。
二人がもめていると、
「あんたら何してんのさ?」
どこか訛りの抜けないのんびりした声がかかった。
そこには、声と同様呑気な雰囲気の初老の男性がいた。
学院内にいれば時々見かける庭師だ。
庭師は開きっ放しの地下倉庫の扉と二人を見比べると、眉間にシワを寄せて咎めるような目をした。
「あんたら、この中を探検しようなんて思っとらんだろうね? イカン、イカンよ。この下には悪夢が封じ込められてるって言われて‥‥ああイカン! これは内緒の話だった!」
庭師は自分で自分の口をパチンと手でふさぐと、地下倉庫の扉へ歩み寄り扉を閉めた。
そしてディーナとフラヴィの背をぐいぐい押して倉庫から遠ざけていく。
結局庭師は二人が校舎内に入るまで監視するようにくっついてきたのだった。
二人はいったん庭師から離れると、このことについて話し合った。
「倉庫の下に悪夢が封じられているですって? バカバカしい」
「でも、いるはずのセーラはいなかったわ。倉庫のさらに下に行っちゃったんじゃ‥‥」
さすがにフラヴィも責任を感じたのか、こんな提案をした。
「学校側に知られるといろいろ面倒ですから、夜中にでも探しに行きましょう。セーラさんを連れ戻すまではあなたと私でごまかすのです。あとは‥‥封じられた悪夢が何だかわかりませんが、協力者がいるでしょうね」
「何よ、学校側に知られて面倒なのはあなたのことでしょう? でもまぁ、それ以外のことは異論はないわ」
●リプレイ本文
●出発前に
放課後の図書館でメイベル・ロージィ(ec2078)は数冊の分厚い本と格闘していた。
本棚から抜いてきたのは、貴族女学院の創立に関する本が主だ。
おかげで学院の歴代校長や優秀生徒の記録、過去の出来事などには詳しくなったが、メイベルが求めているのはそれらではなかった。
「むぅ」
メイベルは読んでいた本を、眉間にシワを寄せて閉じる。
どうやらこの本も欲しい情報が書かれていなかったようだ。
彼女は大きなため息をつくと、すでに読み終えた本を抱えて席を立った。
もしかしたら、あまりにも御伽噺的であるか、あるいは危険すぎるかで生徒の目に触れないようになっているのかもしれない。
前者なら何の問題もないが、後者であった場合、図書館にはないかもしれない。
もっと特殊な場所に保管されているか、特定の人物にのみ口伝されているか‥‥。
メイベルはカウンターの司書の様子から、そろそろ図書館を閉める時間が迫っていることを察すると、それでも念の為にともう一度本棚を見回ることにした。
本来なら臨時講師も聴講生も宛がわれた客室で休んでいる時間、地下倉庫入り口前に集まる者達がいた。
ディーナの案内により、全員無事にここまで来ることができたようだ。
倉庫の前には目印のようにフラヴィが待っていた。
取り巻きは連れておらず、一人だ。
彼女を目にしたとたんメイベルが厳しい目で詰め寄った。
「フラヴィさんにはやっていい事と悪い事の区別もつかないのですか? セーラさんが可哀想ですの‥‥」
感情が昂ぶるあまり涙目になっている。
いつもやさしく穏やかな彼女の豹変ぶりに冒険者達は目を丸くしたが、アルフェール・オルレイド(ea7522)が宥めるように間に入った。
「まずは、セーラを探すのが先決だ。さっさと地下室に行こう」
他にもフラヴィには一言いっておきたい者もいたが、アルフェールの言うことはもっともなのでここは抑えることにした。
詰め寄られたフラヴィはと言うと、迷惑そうに眉をしかめるだけで反省しているのかいないのか、表情からはわからない。
軍馬のアグロから聖剣や照明などを下ろしていたイコン・シュターライゼン(ea7891)は、炎龍寺真志亜(eb5953)にディーナとフラヴィのことを頼んだ。
「一応、番としてアグロを置いていきますね。万が一の時はトゲニシア副学長殿に報告をお願いします」
「うむ、任せておけ。あんた達こそ気をつけよ」
真志亜はここに残る。セーラを連れ戻すまでどれくらい時間がかかるかわからないが、その間ディーナとフラヴィの二人きりというのはいろいろ心配があるからだ。それに、話したいこともあった。
真志亜から頼もしい返答を得たイコンは、次にメイベルに声をかけた。
「メイベルさん、図書館で何かわかったことはありますか?」
「あ‥‥それが何も見つかりませんでしたの。お役に立てなくてごめんなさい‥‥」
しゅんと肩を落とすメイベルを、イコンは慌てて慰めた。
そして、全員の準備もすみ、そろそろ行こうかという時ディーナが冒険者達を呼び止めた。
「あのっ、私‥‥私も‥‥っ」
よほど心配で居ても立ってもいられないのだろう、ディーナがそわそわしながら冒険者達についていきたそうに彼らを見つめていた。
しかし、ゴードン・カノン(eb6395)はゆっくりと首を横に振ってそれを止めた。
「セーラ嬢は必ず助け出す。だから余り心配し過ぎない様に。落ち着いて待っていなさい」
「ちょっと深く入りすぎて道に迷っているのよ。大丈夫、一緒に帰って来るから♪」
ゴードンにたしなめられ、ディーネ・ノート(ea1542)に明るく断られ、自分が充分足手まといになるだろうことがわかっているディーナは、感情的には納得できないがそこを無理矢理押し込めて小さく頷いた。
すがるような目で表情も硬いディーナに、アルフェールはわざと教師の時の口調で接した。
「セーラが帰って来たときにそんな顔をしていたらセーラが心配するんじゃないのか。笑顔は最大の化粧であるのを覚えておいた方がいい」
すっかり教師が板についた彼に、仲間の冒険者達は忍び笑いをもらす。
「それじゃ、いってくるなのー」
ディーナが持ってきたセーラのハンカチを振りながらレン・ウィンドフェザー(ea4509)が出発の合図をした。
セーラのハンカチはレンや白銀麗(ea8147)のペットに匂いを覚えさせて探してもらうためにディーナに用意してもらったのだ。
倉庫のドアを開け、最後尾のリオン・ラーディナス(ea1458)が手を振って暗闇に飲まれていくのを、ディーナは不安と期待が混ざった目で見送った。
●地下通路への入り口
地下倉庫の入り口から数段の階段を下り、セーラが迷い込んだかもしれないさらに下への入り口を探そうと踏み込もうとする仲間を、ゴードンが止めた。
「ここはだいぶ埃っぽいな。きっとセーラ嬢の足跡があるだろう。それをたどるのが手っ取り早いと思うのだが?」
「なるほど。では、明かりを大きくしましょうか」
ランタンの火を大きくするイコンに、ゴードンはもう一つだけ付け加えた。
「ディーナ嬢の足跡もあるだろうから、間違えないようにしないとな」
ランタンに照らされた倉庫内は、散らかってはいないが雑然とはしていた。
どれも年季の入った道具だが手入れはされている。
こんなところにあるのだから当然どれも野外用の道具だ。特に多いのは武術用のものだった。刃を潰したさまざまな種類の武器に、盾などの防具。乗馬のための鞍もある。他にも魔法の訓練にでも使うのか、あちこちに焦げ目のある的も隅のほうに立てかけられてあった。
ゴードンとディーネは目をこらしながら慎重に足跡をたどる。
それなりに広い倉庫内をあちこち巡るようにしながら二人がたどりついた場所は、入り口から最も離れた闇の濃い場所だった。
ゴードンが壁を軽く叩くのを見ながら、シルバー・ストーム(ea3651)は横で呑気に見物しているティファル・ゲフェーリッヒ(ea6109)の肘を突付いた。
ハッとしたティファルは、慌ててゴードン達のほうへ駆け寄り、クレバスセンサーを使えることを話すとさっそく魔法を発動させた。
ティファルの体の周りに淡い緑色の光が現れる。
彼女は壁を上から下まで眺めると、ある一点に手を触れグッと押し込んだ。
すると、壁の向こうで何かが外れる音がしてティファルが触れていた壁が四角くスライドする。
「おぉ〜、これはこれは」
さらなる暗闇へ誘うように開けられた狭い階段が待っていた。
何となく薄ら寒い。
空気も湿気っていてカビ臭かった。
あまり進んで踏み込もうとは思えない場所だ。入ってもいいコトなさそうな。
それでも。
「ほな、行こうか」
ティファルは気合を入れるように声を発し、暗闇へ一歩踏み出した。
●地上にて
冒険者達が地下倉庫の中へ入ってから十数分。
早くも真志亜は険悪な空気に包まれていた。
原因など目をつぶっていてもわかる。
ディーナとフラヴィだ。
二人の距離は遠く、それでも足りないように顔を背けあっていた。
彼女らの仲を取り持とうとはさすがに真志亜も思わないが、伝えたいことはある。
真志亜はツンとしたままのフラヴィに近寄った。
「あたいに相談すればよかったのにのう」
呟くようなその声はディーナまでは届いていないだろう。
そしてフラヴィは射るような目で真志亜を見下ろした。前回のこともあり、フラヴィは何となく真志亜が信用できない。味方だと言いながら、どこかで裏切っているような気がしてならないのだ。
しかし真志亜はそんなフラヴィの心情など気にせずに話を続ける。
「さすがに今回のことはまずいと思っておるのじゃろう? だから、ここで帰りを待っている。違うか?」
その通りだった。
ギュッと口を結んだフラヴィを見て、真志亜は見透かすような笑みを浮かべた。
「この汚点を帳消しにする方法があるのだがのう」
とたんに疑心に満ちた顔になるフラヴィだったが、真志亜の言葉に気持ちが傾いているのは確かだ。彼女にとって今回のことが明るみに出れば、良くて罰則に謹慎、悪ければ退学を言い渡されるだろう。そうなれば家名や自身の経歴に傷がつくのは必至だ。
たっぷり時間をかけてフラヴィの興味を引いた真志亜は、なおももったいつけるように対策方法を口にした。
「まずはセーラに謝ることじゃ。演技でも良い。セーラの性格なら心底謝罪しているという姿勢を見せれば、きっと許してくれるじゃろう」
「‥‥」
「もしも何もせずにいたら、セーラに借りを作ることになりあんたの立場はますます悪くなると思うがのう。ディーナや睦月が黙っているかな?」
最後の言葉に声を詰まらせるフラヴィ。その目は背を向けているディーナに。
「さらに、そうすることで冒険者達からの叱責も減るじゃろう。長い小言など聞きたくなかろう?」
確かに真志亜の言う通り、本心からでなくとも謝罪の意を示すことのメリットが充分にあることは理解できた。
ただしフラヴィの無駄に高い自尊心がそれの受け入れを拒否したがっている。
彼女から見ればセーラは『下賤の者』だ。向こうが謝ることがあっても、こちらがそれをする必要はないと思っている。
「どうするかは、あんた次第じゃ」
葛藤するフラヴィを残して真志亜はその場を離れた。
●壁画
幅は狭いが円周はある螺旋階段をひたすら下りていくうちに、冒険者達は壁画を発見した。階段の外側の壁沿いに現れた長い壁画だ。
「何だろうね、この絵は。ちょっと、気味悪いわね」
先頭でランタンを掲げるイコンの横を歩きながら眉をひそめるディーネ。
彼女の言う通り、時代を感じさせる壁画は神秘的というよりも不気味さのほうが多かった。
薄暗さがより一層それを増している。
もっとよく見ようと思ったシルバーがディーネに予備のランタンを灯してくれるように頼んだ。
ぼんやり不気味な絵がはっきり不気味になったらどうしようかと思ったディーネだが、結局はシルバーの要求を飲んだ。
最後尾のレンの犬るぅちゃんが壁画に興奮したのか走り出そうとする。
レンが押さえようと苦労していると、おなじくボーダーコリーを連れていた銀麗が手を貸した。彼女の犬も興奮気味だ。
壁画はいくつかの場面に分けて描かれているのか、途中途中に黒で太い区切り線が縦に引かれていた。
ランタンの明かりが増えたことで鮮明になった絵に、思わず冒険者達の足が止まる。
「人と思われる影に沢山の炎、そして異形の生物‥‥ですか」
それらが何を表しているのか考え込むセシリア・カータ(ea1643)。
「こちらの絵は人の種類が増えてますよ。赤い人と黒い人。これは槍でしょうか」
壁画の下に落ちている指輪を、シルバーは無意識に拾った。そしてそのまま熱心に壁画を見詰める彼の顔は、すっかり研究者のそれだ。
絵解きに夢中になりかけたメンバーに向けて、注意の声を上げたのはレンだった。
「もう、みんな! こんなところにセーラちゃんはひとりで、きっとさびしがってるの。早くみつけてあげないとダメなのっ」
頬をふくらませる姿は怖いというより可愛い。けれど彼女の言うことはもっともなので、続きはセーラを見つけてからにして、一行は再び進み始めた。
時折、イコンがオーラセンサーでセーラの存在を探ったり、ティファルがブレスセンサーで呼吸を探ったりしたが、まだ距離があるのか何も得られなかった。
それからどれほどの時間、階段を下り続けていただろうか。短かったかもしれないし、長かったかもしれない。
延々と続く壁画とそれ以外に変わりばえのない階段は、時間の感覚を麻痺させた。
「ほんまにセーラちゃんはこの先にいてはるんかな」
「ティファルさん‥‥不安になるようなこと言わないで」
後ろからの呟きに反応したのはディーネだった。
「けどなぁ‥‥あ、でもずっと階段一本やったもんな。ここを下りたとしか考えられへんな」
「特に不審な隙間もありませんでしたよ」
銀麗の言葉にティファルとディーネは、道は合っていると安心できた。
銀麗は壁画を眺めつつも不審な隙間があれば、いつでもスライムなどに変化して潜り込んで捜索しようと注意していたのだ。
セシリアも時々壁を叩いて空洞部分がないか確かめていたが、やはり壁画の意味に気を取られがちだった。
『学院の地下に封じられた悪夢』とこの壁画に何か関係があるのではないか。
「今も悪夢がこの先にあるのかはわかりませんが‥‥何を見ても負けないようにしなければなりませんね‥‥」
「セシリアさんまで不吉なこと言わないでよ。もぅ、不吉な発言は禁止!」
「ディーネちゃん、こわいのー?」
「なっ、そんなんじゃないわよっ」
無邪気を装って尋ねるレンに、何故か焦るディーネ。常にポジティブな彼女が心底怖がっているわけではないが、この場の空気があまりに陰気なので自然と気分も引きずられてしまうのだった。それはここに足を踏み入れた者なら誰でも感じてしまうもので、仕方がないというやつだった。
「そういえばお師匠さまが茶色の髪の女の人ばかりを狙う魔物の話をしてくださったことがありました。何でも、そっと背後に忍び寄って何も言わずにひたすら髪をなで続けるのだそうです。逃げても逃げても、振り向けばぴったりくっついていて‥‥」
「メイベルさんっ!」
悲鳴じみたディーネの大声が狭い階段に響き渡った。
近くにいたシルバーがたまらず耳を押さえる。
ディーネはメイベルの前まで移動すると、すがるような目で詰め寄った。
「それって作り話よね? ね!? そんな気持ち悪いのなんていないわよね!? だって、このメンバーで茶色の髪って私しかいないものっ。私をからかって‥‥」
「あっ、うしろー!」
「きゃああああっ!」
絶妙のタイミングでレンが何もないディーネの後ろを指差した直後、脳髄を麻痺させるような叫び声が冒険者達を襲った。
‥‥やりすぎたようだ。
ぷりぷり怒りながら先頭を行くディーネを、イコンとゴードンが一生懸命なだめていた。
ふと、シルバーが何かに気付いたように歩みを遅くした。
「‥‥セーラさん?」
小さな呟きは、仲間達の足を止めさせる。
「今、かすかにセーラさんからの反応がありました。どうも、混乱気味のようですね‥‥」
シルバーのスクロール魔法テレパシーに引っかかったらしい。
イコンとティファルもすぐにそれぞれ魔法を発動させる。
見守る周囲に二人は少し後に頷く。シルバーの言うことに間違いはなさそうだ。
前方からディーネが皆を呼んだ。
「違う匂いが混じってきてるわ! 何かあるのかも」
一行は急いで階段を駆け下りた。
それほど行かないうちに、彼らの前に高さのある木製の扉が現れた。
それには絵ではなくとても緻密な彫刻がなされている。
中央やや上に壁画に何度も出てきた異形のもの。それを守るように両脇に槍を持った、やはり異形のもの。そして下のほうは‥‥やはり異形のもの。ただしとても小さい。
気持ち悪い、の一言に尽きる扉だった。
けれどこの先にセーラがいるのは確実。開けるしかない。
念の為、シルバーが罠の有無を調べ、何もないのを確かめるとゆっくりと重い扉を開いた。
今までとは打って変わって、妙に息苦しい空気が流れてきた。
レンと銀麗が連れてきた犬が警戒し低くうなり声を上げる。
イコンとディーネでランタンを掲げるが、光の届く範囲に人影は見えない。
獣やモンスターらしき気配もない。
ただ、異様な空気だけが不気味だった。
広い、広いホール。学院の大広間より面積も高さも何倍もある。
足元の石床は綺麗に磨き上げられ、一定の大きさで敷き詰められていた。
新しいものではないのは、誰が見てもわかる。ただ、どれだけ古いのかはわからない。
ここで立ち尽くしていても仕方ない、と冒険者達は奥に踏み込む。
「セーラさん! いるかー?」
「セーラさーん、どこにいるんですのー?」
ゴードンとメイベルの声がホールに響く。
その時、るぅちゃんとボーダーコリーが何かに引きつけられるように走り出した。
レンと銀麗が止める声も聞こえていないようだ。
「きっとセーラちゃんですのー」
声に喜びをにじませて走り出すレン。
その後を追い、二頭の犬が待っている先には思った通りセーラがいた。
彼女がいた場所は数段上がったところだった。祭壇のようだ。
ここに通じる扉を見た冒険者達にはすぐにわかった。この場の様子は扉の彫刻にそっくりだ。
しかし、今はセーラの無事を確認するほうが先だ。
犬の様子がおかしいのに気付いたのは、もう少し近づいた時だった。
うずくまるセーラを何故か警戒している。
「‥‥違う、何か別のものだ!」
ゴードンが剣の柄に手をかける。
彼の警戒はセーラを覆う闇のようなものに向けられていた。
頭を覆うセーラはそれに抵抗しているのだろうか。
レンと銀麗は急いで犬を呼び戻す。
その時、闇のかたまりが蠢き、どこが顔だかわからないが確かに視線を冒険者達に向けた。
体の芯を駆け抜ける戦慄。
圧倒的な敵意と殺意。
ゴードンをはじめ、冒険者達は防衛本能のままにそれぞれ武器を構えた。
闇のかたまりはセーラから離れると、冒険者の間を縫うように飛び回り悪意を撒き散らしながら飛び回り扉から出て行った。
●戻りかけた記憶
闇のかたまりがいなくなった後、冒険者達は自分の体を簡単にだが点検した。不審な傷やアザはないかなどだ。
特に何もないことがわかるとセーラのもとへ駆け寄っていく。
セーラもゆっくりと身を起こし、見覚えのある面々がやって来るのをぼんやりとした顔で待っていた。
慎重な彼らはセーラの周囲に妙なものがないか調べた後にようやく触れられる範囲まで寄って来た。安心して再会を果たした瞬間に攻撃されてはひとたまりもないからだ。
何もないことがわかると、真っ先にセーラを抱きしめたのはメイベルだった。
「良かったですの! 寂しくありませんでした? 怖くありませんでした?」
メイベルのほうが寂しくて怖かったかのような顔だった。
セーラはかすかに目元を緩めた。
「セーラちゃん、怪我はない? 痛いとことかは‥‥?」
ティファルに尋ねられたセーラは、首を横に振った。
まだ意識がはっきりしないようだ。
ティファルは話を後回しにしてセーラの回復を優先させた。
「水飲む? お腹すいてるんやない?」
「お腹すいたなら、これ食べてください」
メイベルが保存食を差し出した。
セーラはティファルから水を受け取ると、最初の一口をゆっくり飲み、二口目からは一気に飲み干してしまった。
そうすると、ようやく頭もはっきりしてきたようで目に力が戻ってきていた。
そんな彼女の頭をやさしくなでるゴードン。
「良く頑張った。もう一人じゃ無いぞ」
セーラの視線がじょじょに上がり、ゴードンの青い瞳と重なる。
とたん、少女の顔がくしゃりと歪んだ。
「怖いことは、ここで全部吐き出してしまえばいい」
「私‥‥私、力が足りなかった‥‥とどめが刺せなくて‥‥追い払うのが、精一杯で‥‥裏切られて‥‥っ」
話の途中からいっぱいにあふれていた涙が、ついにこぼれる。
「セーラさん、もしかして記憶が‥‥?」
「少しだけ‥‥」
イコンが差し出した手拭いをありがたく受け取ったセーラは、それで涙をぬぐった。
「私、ここに集まる悪いものを倒すためにここに来たんだけど、仲間のはずの人に裏切られて、不意打ちされて‥‥それでも大きくなっていた悪いものは追い払ったんだけど、その時に向こうも必死で抵抗してきて‥‥」
「記憶が飛んでしまったんですね」
「はい。まだ、全部は戻ってなくて‥‥敵が何だったのかも思い出せない」
まだ不安定なセーラはすぐに感情が昂ぶってしまうらしく、何度も頭を振った。
イコンは落ち着かせようと手拭いをきつく握り締めるセーラの手に触れた。
「焦って思い出さなくていいんです。無理はいけません。でも、これならわかるでしょうか。先ほどあなたを覆っていた黒い闇は、その『悪いもの』ですか?」
「‥‥おそらく。あれは、私の失敗と無力さを責めてきました。‥‥私の、後悔そのもののように」
イコンとゴードンは顔を見合わせた。
続きは上に出てからのほうがいいかもしれない。
その間、レンは見えるかぎりのホールの様子をスケッチしていた。
祭壇の様子、柱の彫刻。
どれもこれも描いていて気持ちの良いモチーフではない。
一方、シルバーとセシリアはここがどういった場所なのか、何か手がかりはないかと探していた。
「今封じられているのではなく、かつて封じられていたのでしょうか。それとも、悪夢ではなく、悪夢のような何か別のもの?」
セシリアの呟きに、相槌とも何ともつかない声をもらすシルバー。
ただ、何となく予測できるのはここがカオスに関する場所ではないか、ということだけだった。
ここに下りてくるまでの壁画、扉の彫刻、そしてこのホールの祭壇の彫像や柱の彫刻。
あまり人間が好むデザインではない。
権力を誇示するためにモンスターの彫像を置く貴族はいるが、それにしても度を越えている。
思考に沈み込んでいると、アルフェールの声に意識を引き戻された二人。
そろそろ帰るらしい。
●説教いろいろ
無事、地上へ戻った冒険者達は心底安堵したディーナと、当然のように待っていた真志亜に迎えられた。
セーラもディーナの顔を見ると安心できたのか、ようやく口元に笑みを浮かべた。
二人はしばらく一緒にいたほうが良いだろう、とレンはセーラをディーナに預けた。
少し離れたところでそれを見届けたフラヴィは、もう用は済んだと言わんばかりにその場を立ち去ろうとしたが、そうは問屋が卸さなかった。
「お待ちなさい。あなたには少し話があります」
有無を言わさぬ力のある声は銀麗だった。
フラヴィは世界で一番不味いものを口にしたような表情で振り向いた。
説教タイムの始まりである。
「──下の者を攻撃したところで、上を目指すことにはなりません。自分の周囲に深い穴を掘っても、高い所に上れるわけではないのと同じです。他者を貶める事は、自分の品性をも貶めている事に気付くべきですよ」
フラヴィは正座させられていた。
頭の上から振る銀麗の言葉を、フラヴィは屈辱の表情で受け止めていた。
言い返さないのは、言われていることをわかっているからだ。
そこで彼女はふと思い出した。
真志亜の言葉だ。
謝罪の言葉を口にするなど今以上に屈辱的だが、解放されるにはそれしかなさそうだ。
フラヴィは悔しさのあまり舌と喉が拒絶するのを無理矢理動かして、謝罪の言葉を述べた。まさに絞り出すような声音だ。
真志亜にはそれが心底の悔しさの声だとわかったが、他の者には強い反省の色が出た声に聞こえただろう。
しかし、やはり今までの彼女の振る舞いを知るイコンなどは少々疑わしげだ。
何か言いたそうなイコンの横に真志亜は音もなく移動し、耳打ちした。
「将来のための策じゃ。余計な事をしないでほしいのう」
どういう意味かと問いたげなイコンに、真志亜は意味ありげな笑みだけを返した。
その後は真志亜の予想通りの展開になった。
セーラはうなだれるフラヴィを許し、他の冒険者達もそれ以上強く責めることはしなかった。
しかし予想外もある。
銀麗の説教の矛先はセーラにも向いたことだ。
彼女は言う。
「フラヴィさんの事も、睦月さんの事も、そして自分自身の記憶についても、セーラさんは解決のために自ら積極的に動いた事はありませんね。知恵や力が足りないのなら、他者に相談し、力を借りても良いのです。ですが貴女はその相談すら、自分から持ちかけようとしなかった」
厳しい言葉にセーラはハッとして銀麗を見つめる。
「『何もしなかった事』こそ貴女の罪だと知るべきです。『天』は自ら動こうとしない者には助力してくださいません」
セーラの瞳にじょじょに反省の色が広がっていく。こちらはフラヴィとは違い、本物だ。
セーラは傍らのディーナを振り向くと、許しを請うように肩に額を預け何度も「ごめんね」を繰り返した。
「今度から、何でも話してね」
ディーナはその言葉でセーラを許した。
そして予想外その二。
今度こそ帰ろうとしたフラヴィの腕を掴むアルフェール。
「たしかにフラヴィだけを責めることはできんな。こんな場所を野放しにした寮や管理が行き届いていないわしら教師にも責任があるだろう」
だったら離せ、という目でアルフェールを睨むフラヴィ。
「だが、まったく責任がないわけではないぞ。しっかり反省してもらうために、わしが特別授業をしてやろう」
言い渡されたのは寮の掃除だった。
話が違う、とフラヴィは恨めしげに真志亜を見たが、これは真志亜にもどうにもできない。にこやかに手を振った。
翌日早朝、アルフェールの指導のもとフラヴィへの特別授業が設けられた。
隙あらば怠けようとする彼女に、アルフェールの叱責がひっきりなしに飛ぶ。
「ここが戦場なら死刑ものだ」
「でもここは戦場ではありません、残念でした」
言い返しながらも手を動かし始めるフラヴィ。
しかしフラヴィは、わざわざ自分に付き合って一緒に掃除をする厳ついドワーフに不思議な安心感を覚えていた。
すぐに否定したが。
帰り道、銀麗とアルフェールは、いつの間にかポケットにフラワーストーンがある事に気が着いた。