セーラ様が見てる5〜朝靄の刃

■シリーズシナリオ


担当:マレーア4

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:12人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月12日〜08月17日

リプレイ公開日:2007年08月18日

●オープニング

 ローズ寮内を歩いていたフラヴィは、寮長であるブリジットの部屋の前に立った。頼まれた本を図書室から届けに来たのだ。
 ドアをノックする前にフラヴィは身形に乱れがないか軽く確認をする。いつも気高く凛とした姿のブリジットに、フラヴィは憧れと尊敬を抱いていた。彼女の前でみっともない恰好はしたくなかった。
 完璧だ、と納得したフラヴィはドアをノックしようと手を上げ、そこで止まってしまう。
 室内からぼそぼそと会話する声が聞こえてきたからだ。
 声は小さすぎて何を言っているのかまではわからない。
 取り込んでいるようなら時間をあけてまた来ようと思い、踵を返そうとした時聞き取ってしまった言葉に息を飲む。
(「まさかそんな。あの方がそんな恐ろしいことを‥‥!」)
 気が動転していたが、頭の片隅に残った冷静な部分が、見つかったらマズイことになる、と強く訴えていたためフラヴィは落としそうになった本をギュッと抱きしめた。
 そして足音を立てないようにゆっくりと後退し、ドアから充分に距離をとると振り返ることなく走り出したのだった。
 どこへ向かっているのかなど、本人にもわからない。

 その頃中庭では。
 セーラ、睦月、ディーナが『やっと三人そろった祝い』をささやかに開いていた。
 シートを敷いて真ん中に大きなバスケットとティーポット。バスケットの中には調理室を借りて自分達で作った焼き菓子がたっぷり詰められていた。ティーポットには学院の庭で摘んだ数種のハーブから作ったハーブティ。
 育ち盛りの三人は、あっという間にバスケットの中身をからっぽにしてしまっていた。
 ゆっくりとハーブティを楽しみながら、セーラは睦月がいない間に起こったことを話した。
 あの後も失くした記憶はぽろぽろと断片的によみがえってくる。
 それは良いのだが、授業中や歩いている時に白昼夢のように戻ってくるのは勘弁してほしかった。
 おかげで武術訓練時にカサンドラ教官にみっちり怒られ、廊下ではトゲニシアにだらしがないと説教され、さんざんだ。
「でも、肝心の敵が何者なのかわからないんだ。相変わらず抜けてるじゃ〜ん」
「抜けてるって言わないでよ、もぅ。ホームシックのくせに」
 セーラの反撃に顔を赤くする睦月。立ち直ってみると、我ながら子供っぽくて恥ずかしくなってしまうのだ。
 それをごまかすように睦月は声を大きくした。
「ホームシックをバカにすんなっ。あの切なさは捨てられたワンコが遠く去っていった飼い主を思うがごとくで‥‥」
「はいはい、あなたはワンコだったわけね」
「ああっもしかして例え方間違えた!?」
 心情は合っていても犬に例えることはなかったか、と後悔に頭を抱える睦月。
 いつもの賑やかさにディーナはクスクスと笑う。
 だが、その笑顔は今だけの話だった。

 翌日、生徒達は謎の靄の中で目が覚めた。
 何故室内に靄が、と疑問に思った時にはもう手遅れで、心に得体の知れない重いものが溜まっていくのだ。
 黒く澱みとなったそれはどんどん心の中に広がっていき、憂鬱にさせる。
 心の中から色が失われ、空虚感と孤独感は自我を揺るがせて思考力を奪っていく。
 生きる屍のようになった生徒達は、ちょっとしたことで癇癪を起こしたり泣き崩れたり。
 部屋を出てそんな生徒達を目の当たりにしたセーラとディーナは、わけがわからずポカンとした。
「私達だけ、無事なのかしら‥‥。ねぇ、睦月はどうなった?」
 ディーナの呟きにハッとするセーラ。
「睦月さんが‥‥ううん、周りの生徒が危ないわっ。ディーナさん、行こう!」
「そうね。あの子はきっと癇癪派よ。暴れたりしたらどれだけの生徒が踏み潰されるかわからないわ!」
 睦月にとっては失礼極まりない話だが、二人は本気だ。
 時折飛んでくる物をかわしながら、セーラとディーナはローズ寮へ走った。
 そこもリリー寮と同じ光景が広がっていた。
 酷い時はお互い叩き合う生徒の姿も見かけられる。
 睦月の部屋はわかっている。
 二人は真っ直ぐにそこを目指した。
 靄の向こうに部屋のドアが見えた時、そこに人影が見えた。
 まさかもう犠牲者が!?
 同じ焦りを感じながらセーラとディーナは人影に向けて声を張り上げた。
「睦月さん、止まりなさい!」
「睦月、相手は人間よ!」
 靄をかき分けるようにして進んだ先に見たものは、不貞腐れたような顔の睦月と泣きはらした目のフラヴィだった。
 遅かったか‥‥。
 セーラとディーナがガックリしかけた時、睦月の拗ねた声が飛んでくる。
「何かぁ、聞き捨てならないセリフが聞こえた気がしたんだけどぉ! こいつ泣かしたのアタシじゃないからねっ。アタシはこいつに叩き起こされて、その時からもう泣いてたんだからねっ」
「ああ、そうなの‥‥フラヴィさんは‥‥」
 どうして泣いてるの、と言い終わらないうちに信じられないことにフラヴィがセーラに泣きついてきたではないか。
 これには三人とも目を丸くした。睦月の怒りも吹っ飛んでいく。
 しゃくりあげるフラヴィはすっかり心を乱し、何か言おうとしているのだがうまく言葉にできないようだった。
 セーラはフラヴィの背をやさしくさすりながら、ゆっくりした口調で問いかけた。
「フラヴィさん、私はどこにも行かないから、どうして泣いているのかゆっくりでいいから話してくれる?」
「‥‥ブリジット様が‥‥ブリジット様の本から‥‥うぅっ」
 ブリジットの本がどうしたというのか。
 しかしこれ以上はもう少し落ち着かないと会話にならないようだ。
 三人は、とりあえず睦月の部屋でフラヴィを休ませることにした。
 精神安定効果のあるハーブティと睦月が隠していたお菓子を口にすると、フラヴィはようやく落ち着きを取り戻してきた。
 そうなれば口も動くようになり。
「セーラさん、何故でしょうか‥‥あなたの側にいると気持ちが落ち着いてくるようです。実に気に入らないことですが」
 この憎まれ口はいつものフラヴィだと確信したセーラは、何があったのか尋ねた。
「昨日渡し損ねた本をブリジット様のところへ届けに行ったのです。許しを得て部屋に入ってみれば、ブリジット様は熱心に読書をなさっておいででした。けれど、その本からはここに満ちているような靄があふれ出していて‥‥ブリジット様は、私に、私に‥‥っ」
 とたんに取り乱しはじめるフラヴィ。
 セーラは慌てて彼女の背を撫でた。
 自分が側にして気持ちが落ち着くのなら、いくらでも側にいようと思った。さんざん嫌がらせをされたが、セーラ自身はフラヴィを憎いとは思っていない。やっかいだと思っているが、そんな相手でもこんなふうに弱っている姿を見ては放っておけなかった。
「ブリジット様は、恐ろしい目で私に‥‥あなたを殺す手伝いをしろって‥‥私、確かにあなたは気に入らないけど、殺そうなんて思っていません。この前の時だって、本当は不安で‥‥ねぇ、私のせいであなたが地下宮殿への扉を開けてしまったから、こんなことになったのですか? 私のせいでブリジット様が‥‥?」
「そんなわけないわ。ブリジット様は私が元に戻すわ。きっと何かにとり憑かれているのよ。そいつをとっちめてくるから」
 言っているうちにセーラは、どうやら自分がここに来た使命を果たす日が近づいているようだと自覚した。今回のことは、その最初のことなのだろうと。

 その日、トゲニシアから全日休講の知らせが届き、また冒険者ギルドには原因究明と解決の依頼が出された。

●今回の参加者

 ea1458 リオン・ラーディナス(31歳・♂・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea1542 ディーネ・ノート(29歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea1643 セシリア・カータ(30歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea3651 シルバー・ストーム(23歳・♂・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 ea4509 レン・ウィンドフェザー(13歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea7522 アルフェール・オルレイド(57歳・♂・ファイター・ドワーフ・ノルマン王国)
 ea7891 イコン・シュターライゼン(26歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea8147 白 銀麗(53歳・♀・僧侶・エルフ・華仙教大国)
 ea8650 本多 風露(32歳・♀・鎧騎士・人間・ジャパン)
 eb4344 天野 夏樹(26歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 eb5953 炎龍寺 真志亜(19歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 ec2078 メイベル・ロージィ(14歳・♀・ウィザード・エルフ・アトランティス)

●リプレイ本文

●本と日記
 セーラとディーナの部屋に集まった冒険者達は、おおまかに行動予定を立てた。
「それじゃ、セーラちゃんはブリジットちゃんのそうさくね。あのね、もしかしたらカオスのまものがかかわっているかもしれないの」
 レン・ウィンドフェザー(ea4509)は神妙な顔つきで言う。
「レンもいちど、あやつられそうになったから、ゆだんはできないのー」
 セーラも真剣な表情で頷き返す。
 そんな友人をディーナは心配そうに見ている。さすがに睦月も今回はおとなしい。靄や暴れる生徒に対抗する手段を持たない二人は、部屋で待つことにしていた。下手についていってセーラの首を後ろから絞めるようなことがあってはならないからだ。
 靄に狂わされないセーラの影響か、この部屋の中まで靄は入り込んでこない。
 ブリジットに憑いたと思われる魔物の正体を探ろうと思っていたシルバー・ストーム(ea3651)は、パーストを使うための情報集めとしてベッドの隅で沈黙しているフラヴィに目を向けた。
 少しでも気分が落ち着くようにとアルフェール・オルレイド(ea7522)が淹れたハーブティは、一度口を付けたきりのようだ。
 憧れの寮長の変わり果てた姿がよほどショックだったのだろう。
 そんな彼女にその時のことを思い出させるようなことをするのは気が引けたが、事件解決のためには話してもらうしかない。
 シルバーはベッドに腰掛けているフラヴィと目線を合わせるように膝を着いた。
「あなたがブリジッドさんの部屋を訪ねた時間と、その時のことを話してくださいませんか?」
 ピクリと肩を震わせるフラヴィ。
 しばらく何かに耐えるようにきつく目を閉じていたが、やがて瞼を上げてシルバーへぽつぽつと話し出した。
「ブリジット様のお部屋を訪問したのは午前11時頃だったと思います。あの日は休日だったんです。あの方がお部屋の中で何とお話をなさっていたのかはわかりません。声が小さすぎて‥‥。でも、その後直接お会いした時はお一人でした。ブリジット様の目はあまりにも常軌を逸していて、怖かった! 逆らったら、すぐにその場で殺されてしまいそうで!」
 シルバーに掴みかかり、悲痛に叫ぶフラヴィの傍らに寄った炎龍寺真志亜(eb5953)がそっと肩を抱いた。
「フラヴィ、もうよい。大丈夫じゃ」
 あやすように肩をたたけば、幾分か落ち着きを取り戻すフラヴィ。
 真志亜はフラヴィまでもが魔法にかかっているわけではない、と確信した。彼女の怯えようは演技とは思えないし、操られている感じもしない。
 シルバーも労わるようにやさしくフラヴィの腕をなでた。
 うなだれたフラヴィの表情は、流れる髪の毛がベールとなっていて見えない。
「ブリジット様は、人殺しを望むようなお方ではありません‥‥きっと何かあったのです」
「えぇ、必ず真相を突き止めましょう」
 シルバーの言葉にフラヴィは小さく頷いた。
「それにしても、キミが思った以上に素直なコで安心した」
 朗らかな声はリオン・ラーディナス(ea1458)。
 言葉は軽いがからかうような響きはない。
「ブリジットに対して自戒の念があることと、セーラに心境をあるがままに話してくれたこと。ま、友情は強制するつもりないケド、庶民・貴族を抜きにして、一人の人間として認める部分については、これからも素直でいたほうが楽だと思うよ」
 彼のセリフにフラヴィは唐突に自身を取り戻した。
 勢いよく上げた顔には、先ほどまでの混乱はカケラも見られない。
 シーハリオンよりも高いフラヴィのプライドが回復しつつあることに真志亜は気付いたが、リオンは気付かない。
 今頃フラヴィの頭の中ではセーラの前で見せた弱々しさへの後悔がむくむくと湧き上がっているだろう、と真志亜は察し、これから起こりそうな惨事に巻き込まれないようにそっと距離を取った。
「それにさ」
 と、親しみのある笑顔でリオンは続ける。
「そういう性格のほうが、きっと将来、素敵な殿方に巡り会えるさ!」
「うわぁ、リオンさんそんな微妙な言い方‥‥」
 あちゃー、と額を押さえるディーネ・ノート(ea1542)。
 リオンの言っていることは悪くはないのだが、言い方に問題があった。
 フラヴィは貴族意識のかたまりのような人物だ。素敵な殿方だろうが高価な品だろうが、自分が求めなくても向こうからやって来ると思っている節がある。
 ついでに言えば「この男はいきなり私を口説いているのか」という疑念もあった。
 もちろんリオンは純粋に励ましているのだが。
 急に不機嫌顔になって睨み上げてくるフラヴィに焦ったリオンは、さらに自ら首を絞めるような発言をした。
「よ、容姿端麗であとは器量があったら最高のレディだよ!」
「いったい何を口走ってるかぁ!」
 どこに隠し持っていたのか、とてもいい音を立ててリオンの頭にディーネのスリッパがヒットした。その速さ、まさに電光石火。
「まったく、ナンパしてる場合じゃないでしょう」
「な、ナンパ!? ちがっ、誤解だよ。ねぇ、フラヴィ‥‥フラヴィ? ちょっと、その蔑むような目は何!?」
「その溶けたバターみたいな脳みそ何とかしろだって」
「どういう意味なんだい、それは」
 掛け合い漫才のような二人を呆然と眺めるセーラに、本多風露(ea8650)はまるで何事も起こっていないかのように微笑みかけた。
「ではセーラさん、そろそろ参りましょうか」
 その微笑には一片の歪みもない。
 セーラは戸惑うように風露と言い合う二人を見比べた。
「あのお二人ですか。置いていきましょう。大丈夫ですよ」
「そこォ! 何を勝手なこと言ってんのっ」
「俺を置いていくと後悔するよ!」
 すかさず飛んでくるディーネとリオンの怒声。聞こえていたようだ。

 今いるところがリリー寮。ブリジットの部屋があるのはローズ寮。渡り廊下の向こう側で、少し歩くことになる。
 ブリジットの部屋に着くまでに靄やそれに狂わされた生徒がいるかもしれない。靄についてはセーラのそばにいれば問題ないが、暴力的になった生徒の相手は冒険者がするしかないだろう。
 外に出る前、イコン・シュターライゼン(ea7891)は真志亜とセーラにタリスマンを渡しておいた。真志亜は別行動故に、セーラは万が一のために、だ。
「何かあったらすぐに連絡してください。お気をつけて」
 そう言い残し、イコンは学院内の調査に向かった。
 真志亜も「ではな」と短く言って去っていく。
 残された一行は、セーラを真ん中にしてブリジットの部屋を目指した。これにはフラヴィも同行することになった。ブリジットに何が起こったのか、自身の目で確かめたいそうだ。
 彼らを導くのは、レンの相棒であるフェアリーのふーちゃん。靄には気をつけるように言い、襲ってくるような生徒がいない道を探ってもらっていた。
 靄は廊下一面に広がっている。もはや濃霧と言っていいだろう。しかし天井付近は清浄で、ふーちゃんはそこを飛んでいた。
 下に行くほど濃くなる靄だが、セーラの周囲だけは避けるように空気は澄んでいた。
 油断なく周囲に目を配りながらアルフェールがセーラに尋ねた。
「この霧を見て何か思いつくことはないか?」
「とても強い悪意を感じます。私が初めてこの世界に来た時も、こんな霧の中でした。あの地下宮殿です」
「何?」
「私の最初のアトランティスはあそこだったんです。大昔の聖者がカオスを祓い浄化した宮殿。私は大ホール前の扉のあたりで仲間と会う予定だったんです。その人と協力して再び集まりだしたカオスを討つはずだったんです。でも‥‥私は、裏切られました」
 それでも何とかそこにいたカオスは追い払ったが‥‥その後の記憶がない。
 どうして記憶を失ったのかが、いまだに思い出せないでいた。裏切り者の顔も。
 その時、先行していたふーちゃんが真っ青な顔色で戻ってきて、レンの服の中に潜り込もうと彼女の襟元でジタバタした。
 ハッと警戒すれば目を真っ赤に充血させた女生徒の一団。
 それまでは彼女達同士で争っていたのだろう。
 髪は乱れ服は切り裂かれ、頬や外に出ている皮膚からは青アザや擦り傷が見えた。武器を手にしている者もいるし、壁などの損壊の跡から魔法を使ったと思われるものもあった。
 その彼女達は、いまや冒険者達を新たな敵としていた。
 シルバーがポケット中の『石の中の蝶』に目を落とすが、羽ばたいている様子はない。霧の影響のみだろう。
 前に出て生徒達を止めようとするセーラの腕を、セシリア・カータ(ea1643)が掴んで引き止める。
「後ろにいてください」
 丁寧だが強い声音に、セーラは納得しかねる顔をしたが従った。
 味方全員を背にかばうように前に出るアルフェール。
 セシリアは自身にオーラをかけ、シルバーもフレイムエリベイションをかけて霧に飲まれないように備えた。
 獣のような咆哮を上げて剣を振りかざし突進してくる生徒に、アルフェールはイコンに借りた『先駆の勇+2』を構え、生徒と剣の動きを正確に捉えると気合と共に放ったバーストアタックで、見事に剣だけを破壊した。生徒には髪の毛一筋ほどの怪我も負わせていない。
 よく冗談を飛ばしては皆を笑わせるリオンも、今は『ワイナーズ・ティール+0』を片手に真剣な表情で立ち回っている。
 アルフェールやリオンが生徒達の振り回す武器を破壊し、セシリアや風露が彼女らを次々と気絶させていった。
「早いとこ進もう!」
 首を絞めようと手を伸ばしてきた生徒をスタンガンで沈めた天野夏樹(eb4344)が一行を呼ぶ。夏樹の隣にはフラヴィがいて、ブリジットの部屋へ一刻も早く全員を連れて行こうとしていた。
 しつこく追いすがる生徒達をどうにか振り切り、ブリジットの部屋の前に到着するが、ぐずぐずしている暇はない。
「‥‥鍵がかかってる」
 ドアノブを回したディーネが呟く。ちなみに室内は無人のようだ。
 ディーネは仕方なくウォーターボムでノブを壊すことにした。
 やや息を殺して忍び込んだ室内は、よく整頓された部屋だった。だからといって殺風景なわけではない。調度品は学校から配給されたものだが、細かな私物は品の良いものばかりだ。
 ここには外の霧だか靄だかはなかった。
 ブリジットが持っていたという本について調べるため、ディーネは何か手がかりはないかと本棚や机を調べていった。
 その間、他の者達もそれぞれに調査を始める。敵の正体を知るために。
 シルバーはさっそくパーストで過去視を始めた。
 淡い銀色の光に包まれたシルバーの邪魔にならないよう、セーラとフラヴィは部屋の隅に移動した。
 ドア付近には乱入者に備えてセシリアと夏樹、風露が待機している。
 こんな時、ちょっと笑わせてくれるリオンはどうしたのかと見てみれば、珍しく難しい顔をしてブツブツ言いながら室内をうろついていた。
 自分も手伝えることはないだろうか、とセーラが冒険者達に視線を巡らせた時、ちょっといいですかと白銀麗(ea8147)が声をかけてきた。
「セーラさんは、悪しき者の憑依を解く手段をお持ちですか?」
 現状では、銀麗のブラックホーリーかシルバーのスクロール魔法『ムーンアロー』しかないそうだ。ちなみにシルバーはムーンアローを持ってきていない。
 ブリジットにとり憑いているものが自主的に離れてくれればいいが、積極的に引き剥がすとなれば銀麗だけが頼りというわけだ。
 引き剥がした後は、仲間達の武器が始末してくれるだろう。
 セーラは自らの手を見下ろし、かつてその手に馴染んでいたものを思い出すように目を細めた。
「そういうものに対抗するための剣があったのですが‥‥行方不明になってしまいました。それも、取り戻さなければ」
 その時、ディーネの「見つけた!」という声と、シルバーが過去視が終わったことを告げる声が上がった。

 ディーネが見つけたのはブリジットの日記だった。
 さすが貴族令嬢というべきか、流麗な文字が毎日欠かさず日々のことを綴っていた。
 友人のこと、家族のこと、授業のこと。
 ごくふつうの学院生活。
 それが崩れだしたのは一週間くらい前。
 部屋に戻ってくると、机の上に見知らぬ本があった。誰かが置いていったのかと思ったが、そのわりには書置き一つない。
 ちょっとした用事だから、と鍵をかけずに部屋を出たほんのわずかな時間のことだった。
 気味悪く思ったブリジットは本をトゲニシアへ提出しようとした。
 本のタイトルは『明日のわたし』。
 物語なのだろうか、と思ったが表紙は開けずに副学長室へ持っていくことにした。
 本を抱えると、次の日の朝だった。
 三日間それを繰り返したブリジットは、とんでもないことになったと焦った。かといって誰かに話そうとすると、まるで別人が記憶を塗り替えたように違う話題に思考が摩り替わっている。意識の奥ではそれをわかって抵抗しようとするのだが、何かが抑え込んでくる。
 けれど、その何者かも力が弱まる時があり、その隙にこの日記をつけていたようだ。
『他にも仲間がいる。魔法のかかった道具や古い物には気をつけて。私を包もうとする殺意に、私は最後まで抵抗してみせる。誰かがこの日記に気付いてくれますように』
 こんな言葉で日記は締めくくられていた。
 シルバーが視たのはその前後の過去なのだろう。
 小熊ほどの大きさで鷹のような羽をもった黒い生き物が、ブリジットの前で彼女の意識を乗っ取ろうと呪いの言葉を吐いていたという。
 ブリジットは何度もそれに頭を振り、拒絶を示していた。
 本からは絶え間なく例の靄があふれ出ている。
 フラヴィが聞いたのは、おそらくブリジットの抵抗の呟きだったのだろう。
 それを聞き終えたとたん、フラヴィの壁にもたれていた体がずるずると沈んでいった。
 顔を覆った彼女の両手から悔恨の言葉がもれた。
「私があの時もっとしっかりしていれば‥‥っ。私が、セーラさんをあんなところに閉じ込めたりしなければ‥‥っ」
「フラヴィさんが何もしなくても地下宮殿はずっとここに存在しましたし、いつかはこうなる日が来たんだと思いますの!」
 だから気に病むことはないのだ、とメイベル・ロージィ(ec2078)は声を大きくしてフラヴィを励まそうとした。
 セーラもそれに頷く。
「セーラさんとフラヴィさんが出会っていたから、こうして女学院を助けることができるんですの!」
「その通りです。いつまでも嘆いているとあなたもとり憑かれてしまいますよ。ブリジットさんを助けたいのでしょう? 彼女に憑いた非道な魔物は、私のこの刀の名にかけて滅ぼしましょう」
 風露の落ち着いた声音に、フラヴィはようやく顔を上げた。
「あのさ、なかまがいるってことは、イコンちゃんと真志亜ちゃん、あぶないんじゃない?」
 ぽつりと落とされたレンの言葉に、冒険者達の間に緊張が走った。

●追跡、ブリジット
 オーラエリベイションで士気を高めたイコンは、できるだけ気配を消しながらブリジットの行方を追った。時折立ち止まってはオーラセンサーで探ってみたが、ブリジットとたいして接触がなかったため、なかなかうまくいかなかった。
 それでもイコンは諦めず、これまで見かけてきたブリジットのことを思い浮かべながらオーラセンサーで気配を読み取ろうとするのだった。
 しかし、ブリジットよりも先に彼の気を引いたものがあった。
 寮を出て校舎内を歩いていた時に通りかかった空き教室から、複数人の声がもれ聞こえてきたのだ。
 足音も息も殺して、声が聞こえてきた教室の壁に張り付く。
 ふと見れば、ドアが数センチ開いている。
 イコンはそっと中を窺い見た。
 薄暗い室内で、女生徒達が一人の年老いた男性を囲むようにして何やら熱心に話を聞いている。
 こんな大変な時に何をやっているのか。
 ボソボソとしか聞こえてこない話の内容を、もっとよく聞こうとイコンは壁に耳をくっつけた。
「‥‥ほぅ、これは素晴らしい! ずいぶんな年代物じゃ。これ一つで家が二つは買えるぞ。こちらは‥‥おぉ、これはまじないがかかっているね。心を穏やかにさせる魔法じゃよ。これのある家は、きっと笑顔の絶えない幸せな家じゃろう‥‥」
(「‥‥鑑定屋?」)
 何でこんなところに? と、首を傾げるイコン。
 もう一度、ドアの隙間から中を覗いた時、イコンはその男の正体を知った。
 窓からの光に床に伸びた影の形。
 それは、どう見ても魔物だった。
 考えるより先に体が動いていた。
 イコンは『アルマス』デビルスレイヤーを抜き、蹴破るようにドアを開け教室内に飛び込む。
「魔物め、すぐに去りなさい」
 真っ直ぐに剣を突きつけるイコンに、事情が飲み込めていない生徒達は悲鳴を上げながら教室の隅に逃げていった。
 さっきまで得意げに話していた男は、気の良さそうな顔を醜く歪めて笑う。
 よく見れば、その男は庭師だった。
「さすが‥‥と言っておこうか。おっと、俺は別に誰かを殺そうなんて思っちゃいないぜ。‥‥このジイさんだけは体をいただいたがな」
「何が目的ですか」
「ン〜? 知りたいのか? そうだな、教えてやろうか。お嬢ちゃんの命をいただくんだからな、それくらいは‥‥」
「もったいつけてないでさっさと言いなさい」
 イコンは一歩踏み込み剣先を男に近づける。
 しかし、男は怯えるふうもなくヘラヘラ笑うだけだった。
「この学院、邪魔なんだよ。消えてもらうためにまずは仲間を集めようと思ってナ。あちらの可愛らしいお嬢さん方にご協力願ってたわけさ」
 白々しい、とイコンは心の中で吐き捨てた。人間の皮を被り、騙していたくせに。
「‥‥それで、お嬢ちゃんとは誰のことです?」
「長い黒髪の勇敢なお嬢ちゃんだよ。今頃アイツのゴハンかね」
 せせら笑う男に、イコンはついに剣を突き出した。正確に喉を狙って。
 しかし男は予想外の反射神経を見せてひらりと切っ先をかわし、開いていた窓から身を躍らせた。
「まあ会おうナ〜」
 背中越しにひらひらと手を振り、男は去っていってしまった。
 忌々しげにその背を見送ったイコンは、それから剣を納めて室内で蒼白になっている生徒達へ向き直った。
「あの男はしばらく現れないでしょう。それに、ここにはあの靄はないようです。寮へ戻るより安全かもしれませんね。皆さん、怖いと思いますがしばらくここで待っていてください」
 生徒達は頷くことしかできなかった。
 そしてイコンは、あの男が言っていた人物、おそらく真志亜を見つけるため教室を後にした。

 その頃真志亜は聞き込みとバイブレーションセンサーを駆使して探していた人物、ブリジットに遭遇していた。いや、向こうからわざわざやって来たと言うべきか。
 『明日のわたし』と箔押しされた立派な装丁の本を抱えたブリジットの様子は、ひとめ見ただけで尋常ではないとわかる。
 二人はどちらも武器を持っていないが、だからと言って攻撃手段がないとは限らない。
 真志亜は充分すぎるほど相手の動きに注意を払いつつ、このことをどうやって仲間に伝えようか考えを巡らせていた。
「あたしの最大の武器は詐欺じゃからな」
 口の中で呟く。相手に主導権を握らせてはいけない。
 真志亜はまず、正面から問いかけてみることにした。後は相手の出方しだいである。
「おぬし、何故このようなことをするのじゃ」
「これは妙なことを聞く。その問いは、何故飯を食うのか、何故趣味に興じるのかという問いと同等ぞ」
 冷たく口角を上げる目の前の生徒の表情に、真志亜はわずかに眉をしかめる。
 彼女の行方を探しつつ集めたブリジットという人物の評判は、すこぶる良いものだった。
 気品に満ち、教養も豊かで何より人を引っ張っていく魅力にあふれた人物だったようだ。
 実質、学院のナンバーワンで、砕けた表現で言えば姉御タイプだ。
「質問を変えよう。何故その娘の体を使う? おぬしほどの実力ならそんな必要はなかろう?」
「簡単なことよ。人質さ。我がそのまま現れたら、貴様らは躊躇しないだろ? それに、動くのにも都合がいいしな」
「おぬしらの目的はこの学院にあるような言い方じゃな」
「その通り! ぜひ抹殺したい娘がおるのだが、あの娘の気配は我らには猛毒でな。だが、こうしてヒトに憑いてしまえば何の問題もない。仲間を増やして、近いうちにあの娘もこの学院も消し去るのさ。あの忌々しいセーラ・エインセルをな!」
「そううまくいくかのぅ」
 真志亜は挑発するようにニヤニヤとする。
 これでもう少し手の内をバラしてくれればいい、と願ったが相手は予想より好戦的だったようだ。
 ぬらり、とブリジットの影から異形の魔物が現れた。小熊ほどの大きさで鷹のような羽を生やした黒い魔物。
「集団で来られるとやっかいだからな。一人ずつ潰そう」
 まさか最初からそのつもりだったのだろうか。冒険者達に手分けして自身を探させるために、校内をうろついていたというのだろうか。
 魔物がかすかに牙を剥けば、ブリジットは薄く笑う。
 いったん引くか、と真志亜はグラビティーキャノンを放てるよう集中した。
 が、その時ブリジットの小さな変化を見た。
 ほんのまばたきの瞬間、瞳が揺れて本人の意志の気配を窺わせる。
 ブリジットは完全に支配されてはいなかった。
 それを示すように、彼女の魔法詠唱はたどたどしく印を結ぶ手は抵抗するように震えている。
 ブリジットの周りが赤く輝きだしたことから火系統の魔法を放とうとしていることがわかった。
 ファイアーボムか、と見当を付けた真志亜はかわしながら逃げることにした。
 呪文が完成し、ブリジットの手から炎の玉が発射された瞬間、真志亜はわずかに軌道がずれていることに気付く。
 かわせる、と足に力を入れた時見慣れた聖骸布が目の前に飛び込んできた。
 展開させたオーラシールドでファイアーボムを弾いたイコンが、ホッとした表情で真志亜へ振り返った。
「間に合いましたね」
 彼の登場に魔物は舌打ちした。
「邪魔が入ったか‥‥じゃあな!」
「待て!」
 真志亜とイコンは追いかけようとしたが、突然の炎の壁に足を止めざるをえなかった。
 そして二人はこのことを仲間に伝えるべく、寮へと走り出した。

●セーラ抹殺計画
 イコンと真志亜を探していたセーラ達は、途中で空き教室に溜まっている生徒達を見つけた。
 彼女らからここであった出来事を聞いた冒険者達は、イコンと真志亜が合流していることを願いつつ先を急ぐことにした。
 その際、アルフェールが生徒達を落ち着けるように言葉を残していった。
「何も気にすることはない。生徒を守るのは先生の役目だからな。笑顔が一番の化粧だと教えたはずだぞ」
 彼女達は、無理矢理だが笑顔を見せた。

 寮とは違い、ほとんど見なくなった靄だが時々かたまりが漂っていることもある。そして、それに当てられた生徒達は罵りあったり体育座りで壁に向かってブツブツ言い出したりする。
 ふと、誰もいないところに靄のかたまりを見つけたメイベルは、試しにトルネードをぶつけてみた。
 すると靄は風の渦にかき乱され、散り散りになって消滅した。
 その後再び集まる気配は見せない。
 これは使える、とメイベルは無人の靄を見つけてはトルネードで消し去っていく。生徒がいては一緒に吹き飛ばしてしまうので使用できないが。
 おかしくなった生徒に追われた時は、レンがアグラベイションで生徒の走りを遅らせたりして、できるかぎり直接相手をせずにどこかにいるイコンと真志亜の発見に力を注ぐ。
 そんな時、何かの啓示のように銀麗に降って来た考え。
「魔物がイコンさんや真志亜さんと遭遇して倒されていないとしたら、もう誰か別の人に乗り換えている可能性があると思いませんか?」
 落とされた呟きに、冒険者達の足が止まる。
「例えば、寮長より権限の大きな副学長とか」
 この女学院においてトゲニシアの発言力は絶大である。
 一行の顔にサッと緊迫したものが走り、進路を副学長室に変更した。
 副学長室に近づくにつれ、何故か物音が聞こえるようになってきた。固いものが壊されるような音だ。
「カオスの魔物です!」
 目を落とした『石の中の蝶』がせわしなく羽ばたいているのを見たシルバーが仲間に注意を促す。
 副学長室内でトゲニシアが敵と戦っているか?
 先頭を走っていたシルバーは勢いを殺さずにドアを蹴り開けた。
 室内にいた三人がハッと闖入者達のほうを向く。
 広い副学長室は室内で竜巻が発生したような有様だった。いつも整頓しすぎるほどきっちりしていた調度品は無残に破壊され破片がカーテンやソファに突き刺さっている。シャンデリアは半壊し、壁はところどころ抉られている。
 そして、そこにはトゲニシアをかばう武術担当教官のカサンドラと、二人と向き合うブリジットの姿があった。相手が生徒であるためか、大人二人は押され気味だったようだ。
 シルバーはスクロール魔法『アイスチャクラ』で氷の円盤を作り出すとブリジットに当たるか当たらないかギリギリのところに投げた。カサンドラから引き離すためだ。
 駄目押し、とリオンが銀ナイフをさらに投げたため、ブリジットは完全に体勢を崩した。
 ブリジットがよけた隙に冒険者達が室内に雪崩れ込み、トゲニシアとカサンドラを窓際に避難させた。ここから外に逃がすこともできる。
 銀麗は憑かれたブリジットが体勢を整える前にブラックホーリーを放った。ブリジットを傷つけずに、憑いているものだけにダメージを与えられるはずだ。
 銀麗の手から伸びる黒い光がブリジットに当たると、彼女は彼女のものではない叫び声を発した。
 が、魔物が離れることはなかった。
 銀麗は立て続けにブラックホーリーで攻め立て、何とか分離させようとした。
「いい加減に、離れなさい!」
 一段と気合を入れて魔法を放ったつもりだったが、出てきたのは煙のような情けないブラックホーリーだった。
 とたん、ブリジットがニタリと笑う。
 その口が何かの呪文を紡ごうとした時、夏樹が銀麗をかばうよに両手を広げて飛び出した。
「ブリジットさん、そんなやつに負けないで! 自分を取り戻して!」
「ブリジット様! あなたはそんな下衆に屈するような方ではないはずです!」
 夏樹に触発されたか、フラヴィもその横に並んでブリジットに呼びかけた。
「生意気な娘共め‥‥」
 憎悪に顔を歪ませたブリジットが標的を夏樹とフラヴィに変えた時、後ろの銀麗が伏せろと叫んだ。
「悪しき者よ、天の裁きを受け、消え去りなさい!」
 ソルフの実で魔法力を回復させた銀麗が、伏せた二人の頭上をかすめてブラックホーリーをブリジットに叩き付けた。
 さすがに何度も喰らってはダメージが蓄積したのか、魔物は正体を現した。
 狡猾さの光る双眸を素早く巡らせた黒い犬のような魔物は、ここから逃げることを考えた。分が悪すぎる。
「逃がしません!」
 風のように銀麗の脇をすり抜けた風露が、いつ抜刀したのかもわからない速さで『九字兼定』+1を鞘から抜き、斬りつけた。
 首をはねるはずだったが魔物は本能で避けたのか、首の下を斬られるにとどまった。しかし傷は深い。
 ぼたぼたとどす黒い体液をこぼしながら瀕死の魔物はそれでも逃げようと、今度は姿を消そうとした。
 しかしこれはアルフェールのランスが後足を床に縫いとめたために失敗に終わった。
 風露の日本刀が魔物の首に突きつけられる。
「終わりです」
 冷たく言い放ち、風露はためらうことなく魔物の首を落とした。
 ドサリ、と倒れた魔物に風露は息を吐くと刀を鞘におさめた。
 アルフェールもランスを引き抜く。
 もう大丈夫だろう、と思った時。
 魔物の頭部がピクリと動いた。
 あ、と思った時は魔物はすでに頭部と胴体で別々の標的目掛けて飛び掛っていた。
 頭部はセーラに、胴体はトゲニシアに。
 リオンがとっさにセーラに覆いかぶさるように床に伏して頭部をかわし、胴体へはセシリアが剣でその鋭い爪を受け止めた。
 標的を失った頭部は壁に激突し、胴体へは再び刀を抜いた風露が心臓を一突きする。
 壁に血の跡を引きずりながら頭部は転がる。
 レンとメイベルが恐る恐る覗き込むと、それは今度こそ息絶えていた。
 胴体も同じく、風露とセシリアでしばらく様子を見ていたが起き上がる気配はない。
 魔物が倒されたことで解放されたブリジットは、ぐったりと倒れていた。
 目に涙を浮かべるフラヴィの側にセーラが膝をつき、いまだ抱えている本に手を伸ばそうとした。
 それをアルフェールの重々しい声が一度止める。
「セーラなら大丈夫かもしれないが、無理は禁物じゃ」
 セーラは心配げなアルフェールを見上げ、小さく微笑むと本にそっと触れた。
 何も起こらない。
 思い切ってブリジットの腕から本を引き抜き、表紙を開けてみたが、それは何の仕掛けもない物語だった。
「あれ? これは‥‥」
 レンは本からこぼれた指輪を拾った。