セーラ様が見てる6〜続・アンダー女学院
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■シリーズシナリオ
担当:マレーア4
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 98 C
参加人数:12人
サポート参加人数:3人
冒険期間:08月26日〜08月31日
リプレイ公開日:2007年09月01日
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●オープニング
貴族女学院は一応の静寂を取り戻した。
生徒達を狂わせていた靄もなくなり、皆もとに戻っている。
おかしくなっていた時のことは、はっきりとは覚えていないようだ。
学院に明るさが戻りつつあった。
先の魔物との戦いの後、冒険者達と副学長トゲニシアは場所を移して事件のまとめを話し合うことになった。
「大昔、この地はカオスの地と繋がっていて、そこから出てきた魔物達に人々はたいへん苦しめられていた。何とかしなければいつか人は滅ぼされてしまう。そんな時、カオス討伐のために集められた剣士や魔法使いが死闘の末に土地を浄化し、二度とカオスの魔物が出てこないようにここに女学院を建てた。神聖な女学院を。学院の聖なる力がカオスの力を弱めて、人々は永久に平和に暮らせるはずだった」
一人の冒険者が語るのは、以前トゲニシアに聞いた貴族女学院の成り立ちだ。
トゲニシアは頷いて続ける。
「地下宮殿はご覧になったざますね。あれはカオス共が全盛期だった頃にカオスニアンが作ったものらしいざます」
「カオスの魔物が出てきたのは、今回が初めてじゃないよね?」
質問というよりは確認。
何故なら、セーラ自身がそう言っていたのだから。
自分は再び集まりだしたカオスの魔物を討ちに来たと。
それはつまり、セーラが来る前にすでにカオスの魔物の気配があったということで、その影響はどこかに出ていたのではないかと考えた。
真実を見透かそうとするその冒険者の目に、トゲニシアはため息と共に話し出した。
「エインセルさんが入学する前から、カオスの魔物の気配はたまに出てきていたざます。見つけた時は、わたくしが対処していたのざます」
けれど、今回は手に負えなかった。
「あなたはセーラさんが失くした記憶のこともご存知なのでは?」
別の冒険者の発言に、セーラはハッとしてトゲニシアを見つめる。
机の上で手を組んだトゲニシアは、勘の鋭い冒険者に苦虫を噛み潰したような視線を投げた。
どうやら本当らしい。
「目の前で見ていたわけではないので、あくまでも想像ざます。ですが、こればかりはわたくしにはどうにもできません。使命を負ったエインセルさん自身で取り戻さないと」
そうしないと、カオスの魔物どころかそこらへんの魔物にも勝てないだろう。
今まで何も話してくれなかったトゲニシアを恨みがましく思ったセーラだったが、この言葉を聞いてすぐに考えを改めた。
セーラは、ゆっくりと深呼吸をし、真っ直ぐトゲニシアを見て言った。
「私の初めてのアトランティスは地下宮殿です。私、もう一度あそこに行ってみようと思います。前回はゆっくり見る時間もありませんでしたから」
「そんな、危険よ!」
すかさずディーナが反対の声を上げた。
しかしセーラの心はもう決まっているらしく、首を横に振るだけ。
どっちにつこうか迷った末、睦月はセーラを送り出すことにした。
「それじゃ、学院のほうはアタシに任せといてよ! 何かあっても皆がパニックにならないようにどうにかするよ」
「睦月っ、あなたはセーラがどうにかなってもいいと言うの!?」
「そんなわけないじゃん。落ち着いてよディーナ。よく考えて。何がセーラにとって一番ためになるのか。アタシだってセーラが危ないことするのは嫌だけど、例えばアタシが記憶喪失だったら、何とかして思い出したいと思うもん。あとちょっとなんでしょ?」
最後のセリフはセーラに向けて。
セーラは神妙な顔で頷いた。
その時、部屋のドアがノックされた。
トゲニシアの返事と共に開けられたドアの向こうに立っていたのは、今回魔物にとり憑かれてしまったブリジットと、両脇から彼女を支えるようにしているもう二人の寮長、シャーリーンとユーフェミアだった。
三人を代表してユーフェミアが口を開く。
「すみません立ち聞きしてしまいました。この学院がカオスの世界と繋がる場所の上にあり、今また繋がりつつあってそれに対抗するためにセーラさんの記憶が必要だと言うなら、私はセーラさんの行動を全面的に支持します。セーラさんが地下宮殿に行っている間に、また魔物が現れても今度はコトが起こる前に私達が始末しましょう。冒険者の皆さんほど手練ではありませんが、私達もそれほどひ弱ではありませんよ」
寮長達にまで言われてしまったは、ディーナも黙るしかない。
ムスッとした顔でため息をつくと、しつこいくらいにセーラに「気をつけて」と言った。
それからトゲニシアが寮長達を改めて見て、何か用事があって来たのではないかと尋ねた。
キュッと眉を寄せてブリジットが答える。
「庭師が一人死んでいました」
その報告に冒険者の一人が反応する。
「お年を召した男性ではありませんか?」
「えぇ、その通りよ」
「その方は‥‥とり憑かれていました」
冒険者は悲しげに唇を噛み締める。
「次のターゲットを狙っているかもしれませんね。あるいは、もう誰かにとり憑いているかも‥‥」
シャーリーンの冷静な呟きに場は静かになる。
何かを睨みつけるように瞳を燃やしてブリジットが言った。
「セーラさんには一刻も早く記憶を取り戻してもらいましょう。私は今回はヘマをしましたが、次はこんなことにはなりません」
「私もブリジット様のお手伝いをします。セーラさん、さっさと記憶を取り戻していらっしゃい」
命ずるようにフラヴィが言えば、セーラは小さく笑って頷いた。
「ずいぶん仲良くなったな」
という、冒険者の言葉にフラヴィの頬がカッと赤くなる。
「仲良くなどありません! この娘にいつまでも頼りないままでは、私達が振り回されてかなわないからです。いい加減、迷惑を撒き散らすのはやめてほしいですわ!」
「ちょっとアンタ! セーラちゃんに助けを求めてきたくせに、何を偉そうに言ってるわけェ!?」
とたんに噛み付く睦月をセーラとディーナがじゃじゃ馬でも相手にするようになだめにかかった。
魔物の相手よりも仲の悪いこの二人を相手にするほうが疲れそうだ、とディーナは内心ため息をもらした。
騒ぐ彼女らをよそにトゲニシアは当日の行動予定を告げた。
「記憶を取り戻すのはもちろん大切ざますが、あなたは学生ざます。それに特別な動きをして魔物に警戒されたくありません。地下宮殿には週末の夜に行ってもらうざます。翌日は休日ざますから、姿が見えなくても目立たないでしょう。時間は一日とするざます。一日経っても帰ってこない場合はわたくし達が捜索に出ますので、そのようなことがないように」
●リプレイ本文
●教会にて
アトランティス大陸にじょじょに増えつつあるジーザス教の教会の一つに、レン・ウィンドフェザー(ea4509)は来ていた。
そして執務室を訪れる前に捕まえた神官に、以前貴族女学院の地下宮殿でスケッチした異形のもの達と宮殿内の様子を見せ、それらがどういうものなのか尋ねていた。
スケッチブックをしばらく難しい顔で見つめていた神官は、不意に「こちらへ」とレンに告げると教会の奥にある資料室へ彼女を連れて行った。
少し埃っぽい資料室の少し埃っぽい椅子を勧められたレンは、軽く埃を払って座り、資料棚をあさる神官を待った。
やがて戻ってきた彼が抱えていたのは、カオスについて記述された資料集だった。図鑑と言ってもいいだろう。
神官はあるページを開きレンに見せると、スケッチブックの絵と比較するよう言った。
「祭壇らしきところのこの石像‥‥蛇の尾のある馬に乗った大男ですが、これはおそらくマルティムというカオスの魔物でしょう。あぁ、あなた方のいたところでは『デビル』でしたか? 祭壇に置かれているということは、これを崇拝していたのでしょうね」
それから神官は別のスケッチを指す。
「こちらのラクダに乗った女性はゴモリーと思われます。どちらも人が求める知識を与えてくれますが、ゴモリーは見返りに魂を要求したりマルティムは悪の道に引きずり込んだりします。このような彫像を置く場所は、あまり良い場所とは言えませんね」
カオスの魔物は性質が悪いものばかりですから、と神官は眉をひそめた。
あの場所が地下宮殿の入り口部分だとしたら、奥にはもっと性質の悪いものがいそうだ、とレンは思った。
実際にマルティムやゴモリーがあの場にかつていたのかはわからないが、セーラは悪いものと戦って追い払ったと言っていたから、油断はできない。
その他、壁に小さく彫られていた魔物もどれもレベルは低いがカオスの魔物であることがわかった。
神官に礼を言って資料室を出たレンは、帰る前に祈りの間へ足を運び祭壇に神々しく立つ女神に祈りを捧げた。
この女神と同じ名を持つあの子の記憶が早く戻るように、と。
●秋の流行はこれで決まり!
貴族女学院に到着した冒険者達は、トゲニシアの待つ副学長室へ赴いた。
そこにはトゲニシアの他に花姫と呼ばれる三寮長も待っていた。
いまだ学院のどこかに潜む魔物への対策を練るためだ。
余計な混乱を避けるためにも、まだ魔物が残っていることは生徒達には知らせないほうが良いだろうが、だからといって無防備でいるわけにもいかない。
「先生方や私達だけでは生徒一人一人を見張るのはとても無理よ。あの時、私は皆さんのおかげで助かったけれど、もしも庭師のように命を取られてしまったら、もう取り返しがつかないわ」
「ブリジットさん、一人で解決しようとしてはダメです。私達もいることを忘れないでください」
ブリジットはいまだに魔物にとり憑かれたことで自分を責めていた。自分がしっかりしていなかったから、と。靄による混乱の中、自寮の生徒も他寮の生徒も大怪我をした人が出なかったのは不幸中の幸いだったと思っていた。
そんな彼女をヴァイオレット寮長のシャーリーンが落ち着かせようとしているが、ブリジットは苛立ちを抑えきれずにいた。
もう一人の寮長ユーフェミアはというと、こっちはこっちで難しい顔をしている。寮長に選ばれるくらいだから成績優秀で武術も魔術もトップクラスの彼女だが、力のある魔物に通用しないだろうことは前回のことで痛感していた。もしまた同じことが起こった時、自寮の生徒を守れる自信がない。
天野夏樹(eb4344)はその様子を見ながら、これはいけないと思った。
「ねぇ、生徒達を見張るにしてもあまり疑心暗鬼になると、かえってカオスの魔物を喜ばせることになると思うの。だから、ふだん通りの毅然とした態度と心を持って、学院の清い空気を保つことこそ、カオスの魔物への対抗手段だと思うの」
夏樹の言葉に三寮長は顔を見合わせた。
目から鱗が落ちたといった感じだ。
見るからに三人の空気からイライラしてものが抜けていた。
それを見計らったようにリオン・ラーディナス(ea1458)が手の中で銀の髪飾りを光らせながら提案した。
「皆の憧れの寮長がカリカリしてたら、生徒がまた不安がってしまうざーます。そこで、この銀の髪飾りざます。魔物には銀が効くのはご存知ざますね? え? 知らない? 勉強不足ざます。後で雑巾絞り100回ざます!」
ゥオッホン!
リオンが調子に乗ってしゃべっていると、ついに耐えかねたのかトゲニシアが刃物のような目付きでわざとらしい咳払いをした。
気まずい沈黙が流れた。
あまりにも似ていないモノマネに、夏樹は壁のほうを向いて肩を震わせていた。
リオンはごまかすように笑みを作ると、提案の続きを始める。
「えーと、とにかく銀製品は魔除けになるから、これを流行として学院内に広めて生徒達が自然と身につけるようにすればいいんじゃないかと」
「オシャレの一環とすることで皆の心は安定するし魔物対策にもなるし、一石二鳥というわけですね」
シャーリーンの言葉に頷くリオン。
「というわけで、これはキミにプレゼント。がんばってブームにしてね。あとこれも。これは今回無事に終わったら引き取りに来るから」
そう言ってリオンがブリジットの手に押し付けたのは、さっきまで持っていた銀の髪飾りとポケットから取り出したヘキサグラム・タリスマンだった。
このヘキサグラム・タリスマンはイコン・シュターライゼン(ea7891)から預かったものだ。
「先生方にはわたくしから伝えておくざます。それでは皆さん、いつも通りによろしくお願いするざます」
トゲニシアは全員を見渡し『いつも通り』を強調して言った。
●不幸の言葉を残して
地下宮殿へ行くまでは冒険者達もセーラもいつも通りに生活していた。
そして今はアルフェール・オルレイド(ea7522)教授の調理の授業の時間だ。今日はシロップ漬けのドライフルーツを混ぜ込んだケーキを作っている。
卵の泡立ての甘い生徒にコツを伝授したり、型に流した生地の空気を抜きすぎている生徒に指導したりと、彼もいつものように忙しく生徒間を歩いていた。
アルフェールは注意の言葉を飛ばしながらも、生徒達が銀製のアクセサリーを身につけていることに内心で笑んだ。
生徒の憧れの的である花姫達がそろって銀製のアクセサリーを身につけていたのだ。自らも倣いたいと思うのは自然のこと。さらにここに通う生徒は誰もがお金持ちの家の子だ。もともと持っていた生徒もいるだろうし、そうでなければ家に手紙を送ればすぐに届けられるだろう。
しかし、どこにでも例外はいるもので。
ほぼ身一つでこの世界に放り出され、身を寄せる場所ができたものの銀のアクセサリーを買うほどの収入もない睦月は、皆に置いていかれていると不貞腐れていた。
そんな彼女を励まそうとメイベル・ロージィ(ec2078)は、先ほどからあれやこれやと話しかけていた。おかげで作業は捗らず、本来の自分の目的からも少々ずれている気がしたが、放っておけなかった。
「私も銀のアクセサリーなんて持てませんの。でも、そんなものなくても睦月さんは充分ステキですよ」
「どうも。メイベルちゃん、フルーツと生地の比率が逆だよ」
「え? ‥‥ああっ、どうしましょう!」
慌てるメイベルがおもしろかったのか、やっと睦月は小さく笑った。その睦月の前の型にはアルフェールが黒板に書いた通りのものがある。これでも彼女の趣味はお菓子作りで実家とも言えるファミレスではデザート作りで活躍しているのだ。セーラとディーナしか知らない事実だが。
「一度戻してやり直すといいよ。‥‥あーあ、でもやっぱりいいな〜」
睦月がぼやいていると、アルフェールが様子を見にやって来た。
「おしゃべりはいいが、手は進んでいるのか? ふむ、睦月のはよくできている‥‥メイベルはどうだ?」
「いいい今ちょっと手直しをしてますのっ」
ここではしっかり先生と生徒の関係だった。
セシリア・カータ(ea1643)とディーネ・ノート(ea1542)は、授業の後学院内を見回っていた。
ディーネの進言により彼女達は極力単独行動を控えていた。
また、それは生徒に対しても同じで、こちらはイコンの提案で二人以上で行動するように寮長を通して伝わっていた。
「誰にとり憑いているのかわからないのが問題ですね」
すれ違った数人の生徒の背を目で追いながらセシリアがぽつりと漏らす。
ディーネも同意しわずかに眉を寄せた。
先ほど行った授業はカサンドラの武術だった。セシリア担当とカサンドラ担当で班を二つに分けて同じ内容を指導し、最後に試合をしたのだ。ディーネはその二人の補佐をしていた。少数指導になったことで生徒一人一人に細かい指導ができたことが、今日の授業の良い点だった。
前回のように発言力のある人物が狙われることを考慮したディーネは、補佐の合間にカサンドラや授業に出席していたユーフェミアとブリジットの様子を注意深く見ていた。
意表を突いて再びブリジットを狙う可能性も捨てられなかった。
その時間では特に妙な動きをするものはいなかったので、セシリアとディーネは今度は庭に向かっているところだ。
ちょうど見かけた庭師にディーネは親しげに声をかけた。彼は夏の間に伸びすぎた木の枝をそろえているところだった。
「こんにちは。まだ暑いですね」
「おや、こんにちは。この分だとまたすぐに伸びますなァ」
首にかけていた手拭いで汗をふきつつ壮年の庭師は応じた。
もしもに備えてそっとオーラエリベションを自身にかけておくセシリア。
昼前の明るさなら魔法発動時の発光も目立たないだろう。事実、庭師は気付かない。
「‥‥アクセサリーというか、銀の何か小さいものでもいいので、安全のために持っておいてくださいね」
「銀ねぇ‥‥ちょいと手が出ねぇ代物だなァ。でも、アイツ、やられちまったんだよなァ。あぁ、悔しいなァ」
亡くなった庭師と彼は親しかったようだ。
ディーネもセシリアも一瞬言葉に詰まったが、魔物はきっと退治すると約束してその場を後にした。
その日の就寝時間間際、冒険者達は副学長室へ集まり今日の報告をしあっていた。
「睦月さん、ディーナさん、フラヴィさんはいつも通りでした。魔物はまだ様子を見ているのかもしれませんね」
言った後、イコンはたまたま目撃した現場のことを思い出し、苦笑した。
銀のアクセサリー欲しいよー、とぼやく睦月をセーラとディーナが両脇からなだめているところに、相変わらず取り巻きを引き連れたフラヴィがニヤニヤしながら絡んで、睦月がカッカしていたという図だ。
靄の例もあったように邪なものを近づけないセーラはともかく、ディーナもフラヴィも貴族であるため銀のアクセサリーはすでに身につけていた。一人、それを持たない睦月をフラヴィが貧乏人は大変ね、といった内容で笑ったのだ。
ついこの前のしおらしさなどカケラもない。
「まったくしょうもないのぅ」
と、何かとフラヴィにかまってきた炎龍寺真志亜(eb5953)は肩を落とした。
それでも、今回はそれほど気にする事態にはならないだろうと判断すると、休み時間にブリジットから聞いてきたことを話した。
「辛かったら無理に話さなくていい」と前置きして、真志亜はブリジットに魔物にとり憑かれていた時のことを尋ねたのだ。
聞いた瞬間、ビクリと身を震わせたブリジットだったが、静かに深呼吸を数回すると組んだ手を睨みながらその時のことを真志亜に話してくれたのだった。
「記憶は途切れ途切れだったそうじゃ。ただ、気分としては不快ではなかったらしい。反対にフワフワととても心地よいものだったとか。あまりに心地が良くて、何者かが自分の体を勝手に動かしていても、好きにしていいと思ってしまうほどだったと言っておった」
「あの子は生徒の中でも精神力はなかなかに強いほうざます。その子でさえ抵抗できなかったのだから、精神的に弱い子はひとたまりもないざますね‥‥」
呟いたトゲニシアの表情は険しい。
「あたいは今後も生徒を注意して見ておくぞ」
そう言った真志亜に対しレンが言った。
「でも、あんまりしんけんになると、かえってこっちのしんけいがすりへって、いざってときに、ちからをはっきできなくなるの。もしかしたら、そうやってちかでのしゅうげきを、やりやすくしようとしてるかもしれないの」
なるほど、と真志亜は頷き、ほどほどに注意して見ておこうと言い直した。
他は特にこれといった報告もなさそうだ、とトゲニシアが解散宣言をしようとした時、夏樹がおずおずと手を上げた。
「ディーナさん、だいぶまいってるみたい。セーラさんを気遣ってか、態度には出さないけど、あんまり顔色良くないんだよね。心配しないでとは言ってたけど」
そこを魔物につけ込まれなければいいんだけど、と夏樹は心配する。
「そういえば、一人でぼんやり外を眺めているのを見ましたね。あんなことのあった後ですから、気が滅入るのも頷けますが。授業中はどうでした?」
と、特別講義『精霊碑文学』を担当しているシルバー・ストーム(ea3651)に目を向ける本多風露(ea8650)。
シルバーは授業風景を思い出す。
「時々ため息をついてましたが‥‥疲れていたのですね」
ここに寄宿するのは庶民ではない。厳しく躾の行き届いた令嬢ばかりだ。間違っても教師にわかるようにため息をついたりはしないだろう。
冒険者達はベテラン教師ではないが、経験から観察眼は磨かれている。小さな仕草でも目に入ってしまうのだ。
通常通りの授業を進めるのもいいが、その中に生徒達の気分を軽くする要素を入れることも考えたほうがいいかもしれない、という方向で話はまとまった。
『銀のアクセサリー』作戦は、意外なほど効果があった。
シルバーと白銀麗(ea8147)が深夜の見回りをしていた時のことだ。
突然シルバーの持つ『石の中の蝶』が羽ばたきを始めた。
シルバーは銀麗を引き止めて、羽ばたく蝶を示す。
まだゆっくりとした羽ばたきだから、魔物はここから離れたところにいるのだろう。
その時、何かが割れる音が立て続けに響いた。
「誰かが襲われている!?」
銀麗は声を上げたが体はすでに音源へと走り出している。
シルバーも並んで走りながら『石の中の蝶』を確認する。
羽ばたきの回数が増えていく。
「間違いなくカオスの魔物です」
真夜中の校舎内に二人の足音だけが響いていたが、やがて数人の鋭い声が聞こえてきた。
開け放たれていた扉から教室内に踏み込めば、リオンがシルバーナイフを片手に生徒を一人背にかばっていた。
ディーナだった。
こんな深夜にこんなところで何をしていたのか大いに疑問だが、今はそれより魔物のほうが先だ。
シルバーはムーンアローのスクロールを開き、銀麗はブラックホーリーの詠唱を始めた。
リオンが対峙していたのは巨大な人間の頭部だった。形はいびつでそれは人相にも及んでいる。悪意に満ちた双眸がそれぞれ違う方向を向いていることも不気味さを増幅させていた。
魔物は左側が奇妙にねじれた唇を吊り上げて軽い口調でリオンに声をかける。
「おいおい、アンタに用はないよ。それに俺は殺人に興味はないんだ。ただ、話をしたいだけだ。アンタはただの会話にも干渉するってのかい? 変態か?」
「変態ってのは否定するよ。でも、キミとの会話は邪魔する」
リオンのきっぱりとした返答を受けたとたん、魔物の表情が一変した。
「そうかい。それじゃ、アンタをどうにかしてからお話し合いをするかねぇ!」
とたん、魔物はリオンを一飲みにできそうな大口を開けて跳躍した。
黄色く鋭い牙に噛まれたら、そこから腐っていきそうだ。
リオンは迎え撃つよりも逃げを選んだ。ディーネの手を引き教室の出口のほうに走り出す。
その二人をかすめて光の矢が飛んだ。
ムーンアローはリオンを仕留め損ねた魔物に直撃した。
弾かれた魔物は机や椅子をなぎ倒して教室の隅まで転がっていく。
振り向かずに走るリオンとディーナを、音を聞きつけて駆けつけてきたセシリアがドアの向こうで手招いていた。
「私の後ろに」
その言葉のすぐ後には銀麗のブラックホーリーが飛ばされたが、これはかわされてしまったようだ。
じりじりと睨み合いが続いた。教室内ある机や椅子が障害物となり、どちらも思ったように動けない。
外への窓を背にしていた魔物がちらりとそちらを気にした。
逃げる気かもしれない。
思った通り魔物が後方に飛んで窓を割って逃走しようとした時、窓の向こうに細い人影が立った。
魔物の目に鈍く光るものが映った。
窓を突き破り外から鋭く魔物を貫いたものは、風露の刀『長曽弥虎徹」+2 』。
研ぎ澄まされた刃は魔物の右目を後頭部まで突いていた。
光のないところでも正確に急所を突く腕は、日頃の鍛錬の賜物だろう。
風露はいつの間にか庭方面へ回り込み、攻撃の機会を伺っていたのだった。
刀を引き抜かれた後もまだ動く余裕のあった魔物だが、間髪入れず叩き込まれたムーンアローとブラックホーリーに、ついに息絶えたのだった。
この騒ぎは寮まで届いていたが、アルフェールやイコンらになだめられ生徒達が恐慌状態に陥ることはなかった。
この魔物以外に敵はいないと判断した冒険者達は、改めてディーナに視線を集中させる。
最初に彼女の危機に駆けつけた者としてリオンが何故こんなところにいたのか尋ねた。
息絶え、塵になっていく魔物を真っ青な顔色で見つめながらディーナは答えた。
「セーラを、助けたかったの‥‥」
「友達思いはいいことだけど、今回はちょっと無茶だったね」
もっともなことをリオンに言われ、ディーナは俯いた。
その後、冒険者達はディーナを寮まで送り、不安顔の生徒達にもう魔物はいないことを告げ、ベッドに行くように促した。
消えたルームメイトの無謀にセーラが怒ったのは言うまでもない。
●ある生徒の懺悔
今回の依頼で学院に来た日から、銀麗は空き教室の一つを借りて『懺悔の部屋』というのを設けていた。
情報収集が第一の目的だが、表向きは生徒の心を少しでも軽くするためというものだった。
もちろん秘密厳守で、よほどのものでない限りはトゲニシアにも言わないことを誓った。
また名前を名乗る必要もなく銀麗と生徒は暗幕で仕切られていて顔も見えないということで、初日からちらほらと不安を抱えた生徒達が相談に来ていた。
そして、潜んでいた魔物の退治が完了したことを全生徒の前で発表したその日の放課後、一人の生徒が部屋のドアを叩いた。
暗幕越しにでもわかるほど、その生徒は怯えていた。
「わ、私‥‥友達を売るなんて、で、できません‥‥! でも、やらないと、べ‥‥別の友達を襲うって‥‥。どっちも‥‥どっちも大切なのに。本当は、私がこんなこと思うのはふざけた話で、あの人は、ほ、本当のことを知ったら、きっと‥‥ううん、絶対、私のことを許してくれないだろうし‥‥でも、でも、私は罪を償いたいのです‥‥っ」
泣いているのか、つっかえつつもそこまで吐き出すと、彼女は椅子を蹴立てて教室から出て行ってしまった。
●さらに奥へ
「本格的な遺跡探索をするのはかなり久しぶりだ」
これまでの冒険の日々を思い出すようなアルフェールの言葉で、地下宮殿の探索は始まった。
手回し発電ライトを持つシルバーが先頭を進み、最後尾はリオンがランタンを持って歩く。予備の油は持っているし、万が一それが使えなくなってもアルフェールが別の予備を持っていたので何の問題もない。
前回来た大ホールまで、一行は何事もなく到着できた。
「そういえばレンさんは教会でここの石像について調べてきたのよね?」
相変わらず祭壇に立つ気味の悪い彫像を見やり、セーラが言った。
レンは頷いてスケッチブックを開く。
祭壇の彫像を指差し、
「これはマルティム。それから‥‥あれがゴモリー」
後者は少し離れたところの彫像を指して言った。
「マルティムにゴモリー。‥‥あ!」
目を細めて考え込んでいたセーラが突然声を上げた。
レン達の注目が集まる。
「あ、何でもないの。悪いことじゃないわ。ただ、確かマルティムとゴモリーはここを清めた討伐隊に倒されたんだってことを思い出したの」
「‥‥だれからきいたの?」
首を傾げるレンにセーラも一緒になって首を傾げた。
「誰だったかな。何かすごく身分の高い人。ねぇ、ここ、ちょっと広すぎるから手分けして何かないか探してみない?」
セーラの提案で、彼らは二手に分かれて大ホールを調べてみることになった。
不自然に床がすり減っているところや、叩いた時に音の違う壁、あるいは壁のヒビ、など何かありそうなポイントを冒険の先輩達から教えてもらい、セーラは見よう見真似でそれらを試してみていた。
そのセーラの横で、壁を叩いていた夏樹が声をかけた。
どことなく心配そうな声で。
「あのね、セーラさんの使命ってのが何なのかわからない。でも、どんな使命を背負ってたって、もうそれを一人で背負うことはないんだからね」
セーラは手を止めて夏樹を見た。薄暗い中でも輝きを失わない瞳と出会う。
「忘れないで。あなたが誰であろうと、あなたの傍には私達がいるってことを」
セーラはやわらかく微笑むと、しっかり頷いた。
それをたまたま見てしまったイコンは、こっそり安堵の息を吐いた。以前のふさぎ込んだような雰囲気はもうない。
その時、壁に耳を当てて空洞か何かがないか調べていたセシリアが、セーラを呼んだ。
「音がします‥‥」
その声に、セーラと夏樹がやって来て、セシリアと同じように壁に耳をくっつけた。
「あ、ホントだ。何の音だろ」
「う〜ん、呼吸音に聞こえない?」
「壁を通して聞こえてくるような呼吸音‥‥ですか?」
夏樹、セーラ、セシリアが音の正体をそれぞれ想像していると、後ろからリオンがランタンを掲げてやって来た。
「三人とも、何してんの?」
三人並んで壁と密着している様は、傍から見るとそうとう奇妙だったようだ。
セーラは不思議そうにしているリオンからランタンをもぎ取り、聞いてみて、と壁に押し付けた。
わけがわからないながらも壁に耳をつけると、規則的な低い音が聞こえてくる。
「‥‥生き物?」
「わからないの。他の場所からも聞こえるのかしら‥‥あら? シルバーさんが呼んでるわ。行きましょう」
暗闇の向こうで大きく動くライトの光を見つけ、セーラは皆を促した。
シルバーとはホールの端と端くらいに離れていた。
全員が集まるとシルバーは大きな亀裂の入った壁をライトで照らした。亀裂は天井付近から床まで伸びている。
「この壁にクレバスセンサーをかけてみました。というのも、この亀裂の向こうに何かありそうでしたので」
結果、思った通り壁の向こうにもう一枚壁があるらしいとのこと。
それからアルフェールに壁を破壊してもらおうとしたのだが、思い直してリヴィールマジックをかけたら向こう側の壁から反応が出てしまい、彼には武器を引いてもらったらしい。
「ものすごーく小さい力でバーストアタックとかどう? 他の人は万が一に備えて身を守っておくってことで」
ディーネが提案した。
向こう側の壁を調べるにはそれしかなさそうだ。
目の前の壁をどうにかする装置か仕掛けがないか一通り調べたのだが見当たらなかったのだから。
「ただ気になるのは、この真ん中あたりの色の違う部分なんですよね」
コツコツと拳で壁を叩き、息をつくシルバー。
皆に倣ってセーラも顔を寄せてみれば、確かにその箇所は黒っぽく変色している。
「‥‥血に見えなくもないですね」
ぽつりとこぼれた風露の呟きにそれぞれの頭に様々な想像が巡った。
例えば、ひたすらここを殴ったとか、何人もの人がここで頭をかち割ったとか‥‥あまり現実的ではないが。
ついでにセーラの記憶にも引っかかるものはない。
何にしろこれを取り除かないかぎりは進めないのだから、とアルフェールはランスを構えた。
防御も得意な者は前に、そうでない者は後ろに。
セーラはイコンの後ろに配置された。何か飛んできた時は、イコンのオーラシールドで守れるだろうとのことだ。
一番危険な役のアルフェールの横にはレンがついた。何かあればストーンウォールで防ぐことができるだろう。
「では、ゆくぞ」
アルフェールの合図と共に全員が身構える。
彼は呼吸を整え壁の一点に集中すると、目の前の壁一枚だけを砕く分の力でランスを繰り出した。
破砕音と同時に展開される各魔法。
破壊の衝撃で塵は身の周囲を飛んだが壁のカケラなどが当たることはなかった。
もちろんアルフェールも。
視界が落ち着いた頃、魔法を解除し前方を見てみると、見事に前の壁だけが壊されている。
そしてその向こうの壁には頭が七つもあるドラゴンと見た目の凛々しい人間っぽい大男の壁画があった。この大ホールに来る途中で見た壁画よりもずっと芸術的な仕上がりだ。
「これも、カオスの魔物でしょうか‥‥」
メイベルがもらした言葉は全員が思っていることだった。彼女はここで見たものは全て克明に記憶に焼き付けている。寿命の長いエルフとして、ここのことを後の世に伝えたいからだ。
その時、目を細めて壁画を見ていたセーラが小さく息を飲んだ。
ドラゴンの首のうち一つの目が光ったのだ。
あ、と思った時は皆が突風に吹き飛ばされていた。
うまく受身をとれたセシリアや風露、アルフェールが素早く武器を構え仲間達に叫ぶ。
「いったん出るぞ!」
明かりを持つシルバーやイコンが先頭を走る。リオンは三人を補佐するため殿についた。
突風の後の動きがないのを訝しく思いつつも、彼らは大ホールを出て狭い階段を駆け上がり、倉庫を抜けて地上へ飛び出した。
●記憶と武器
しばらくは誰も何も言わず、倉庫から何かが出てきはしないかと警戒していたが、結局いくら待っても何も出てこなかった。
その中、膝を着き息を乱すセーラの顔は紙のように白い。
怖かったにしては異常な様子に、真志亜も膝を折りそっと背に手を置いた。
「どうした? 何か見たのか?」
弾かれたように顔を上げたセーラは、すがるように真志亜の肩に額を乗せる。
「大男の絵を覚えてる? あの男には似合わないレイピアを持っていたでしょう。あれ、私の剣なの」
「ゆっくりで良いぞ」
「うん、ありがとう。ここに来て、裏切られたけどあの魔物達を追い払うことができたって話はしたわよね。それはちょっと違ってて、追い払ったんじゃなくてあの壁に封じ込めただけなの。一人じゃ倒せないことがわかったから、あの剣を媒介にして。すぐに体勢を整えて戻るつもりだったんだけど、向こうも抵抗してきてほとんど相打ち。記憶、なくしちゃったから」
「その効力が失われようとしているのじゃな」
「うん。だから、剣を取り戻して、今度こそ倒さないと。それでカオスの世界との繋がりも塞いで‥‥そうしないと、ここからカオスの魔物があふれてしまう」
一通り吐き出したせいか、セーラの振るえは止まっていた。
「私をここに降ろしたのはセーラ神よ」
その後にセーラは何かを続けようとしたが、飲み込んだ。
そのためらいに気付いたアルフェールがセーラの頭を軽く撫でながら言った。
「どんな記憶であろうとも、セーラはセーラ以外の何者でもないのではないか?」
「もどってよかったね。おめでとーなのー♪」
レンも明るい声で続ける。
ようやく顔を上げたセーラは、瞳に不安げな色をたたえながらも微笑んだ。