セーラ様が見てる7〜記憶を拾い育んで
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■シリーズシナリオ
担当:マレーア4
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:4 G 98 C
参加人数:12人
サポート参加人数:-人
冒険期間:09月15日〜09月20日
リプレイ公開日:2007年09月22日
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●オープニング
副学長室で地下宮殿での出来事をすべて話したセーラは、ホッと一息をついた。
ここにはトゲニシアの他に三人の花姫と、セーラの親友であるディーナと睦月がいる。
トゲニシアは副学長卓の上で組んでいた手を組みかえると、確認するようにセーラを見た。
「では、今すぐに壁画に封じ込めた魔物が飛び出してくることはないのざますね」
「はい」
セーラは自信を持って頷く。
自分でやったことだ。束の間とはいえ、状態を見ればどういう状況かくらいはわかる。
「じゃあ、後はしっかり準備してその魔物をやっつけちゃえばいいんだね」
簡単じゃん、と明るい声で言う睦月。
しかしセーラもトゲニシアも同意しなかった。それどころか困ったような難しい顔をしている。
「そんなに簡単な話じゃないのよ」
セーラは眉を下げてため息をつく。
「壁画から魔物を解放したとしても、戦闘になったらかなり派手なことになると思うの。どっかの平地ならいいんだけど、地下ともなると下手したら天井が崩れて生き埋めになっちゃうわ。もしそんなことになったら、この学院も巻き込んじゃうし」
「この学院自体が聖なる加護を受けたものだから、壊されたら元も子もないざますの」
困ったわ、と同時にため息を落とすセーラとトゲニシア。
妙案も浮かばず、室内を支配した沈黙を睦月が破った。
「壁画の魔物を解放しないでェ、セーラちゃんの剣を取り戻してカオスの世界と繋がっている部分を完璧に塞げればいいんだ?」
「そんな夢みたいな方法あるかしら」
否定的な反応をしたのはヴァイオレット寮の寮長シャーリーン。
「もしできるとしても、それ相応の代償が必要になるでしょうね」
タダで手に入るものなどない、というのが彼女の常識である。家が商家であるためか、年頃の娘にしては現実的すぎるところがある。
「地下の魔物がまだおとなしくしているというなら、セーラさんは記憶を取り戻すことに専念してはどうかしら。まだ戻らない記憶の中にヒントがあるかもしれないわよ」
ブリジットの言うことはもっともだが、これに関してセーラは手詰まりになっていた。
「地下宮殿で全部思い出せると思ったんだけど‥‥私を裏切った人のことだけが思い出せなかったの」
「少し、息抜きをするざます」
しばらく魔物は動かないのだからあなたも休息なさい、とトゲニシアはセーラに労わりの目を向けた。
話題は変わり、校内の風紀についての話になった。
魔物対策として銀のアクセサリーが有効であると教えてもらい、花姫三人でそれが流行るように仕組んだのはいいのだが、現在その流行は加速している。
「銀のアクセサリーだけならともかく、宝石のついた指輪を十本の指全てに付けている生徒もいるのよ。ここをどこだと思っているのかしら!」
パーティにだってそんな人は滅多にいないわ、とここの面子の中で最も憤慨しているのはリリー寮の寮長ユーフェミア。
彼女の怒りはこれだけではおさまらない。
「そういう派手すぎる人は特にローズ寮に多いのよね。ブリジットさんはちゃんと指導しているの?」
矛先を向けられたローズ寮の寮長ブリジットは、ひょいと肩をすくめていたずらっぽく笑った。
「おしゃれは個人の自由でしょう? むしろ校則に身形のことは厳しく書かれていないのに、今までよく皆質素にやっていたと思うわ。大丈夫よ、こんなことすぐに落ち着くわよ。それに、今は規制できないことわかっているのでしょう?」
魔物はまだ動き出さないだけで完全に沈黙したわけではない。
「それは‥‥そうだけれど。それなら、銀のもの以外は外すように言うべきよ」
「言ってもムダよ。それに、いざって時はその宝石類を差し出して命は助けてもらおうっていう狙いもあるのだから」
「相手は盗賊じゃないのよ!」
ユーフェミアはすっかり機嫌を悪くしてプリプリと頬をふくらませてしまった。
「下手に取り上げて、恐怖で不安定になるよりはいいと思いますよ」
シャーリーンはなだめようとしたのだが、これは逆効果になってしまった。
ユーフェミアはバンッとテーブルを叩いて立ち上がると、
「だからって、このままじゃ学院の品位が下がるわ! 心にも隙が生まれるわよ!」
そう言い捨てて副学長室から荒々しく出て行ったのだった。
ブリジットとシャーリーンは顔を見合わせ肩をすくめた。
この日から三寮の仲はどことなく気まずいものになってしまった。ローズ寮とヴァイオレット寮対リリー寮のような構図ができあがってしまったのだ。
それだけ寮長の影響力は強い。
さらに寮内でも細かい問題も抱えている。
例えば、ローズ寮のフラヴィと睦月の争い。
寄ると触るとケンカである。
そしてリリー寮ではセーラとディーナがぎこちない。
セーラにはまったく原因に心当たりがなく、一緒にいる睦月から見れば、ディーナが一方的にセーラに遠慮していると言えた。
このことをセーラが尋ねてもディーナは、弱々しく微笑んで「何でもない」と答えるだけだった。
こんな状態の中、貴族女学院の年に一回行われる慈善バザーの開催日が迫っていた。
前に行った精霊祭とほぼ同じ規模だが、今回の場合売り上げは全て国の福祉のほうに送金されることになっている。
「お菓子作りもいいけど、そろそろアタシの本領発揮じゃん! 出来上がったらセーラちゃんにもあげるねっ」
ウキウキと話す睦月の『本領発揮』とは、男性同士で愛を交し合うというちょっと変わった内容のマンガだった。セーラは一度見せてもらっただけだが、雷に直撃されたようなショックを受けたのを覚えている。しかも登場人物の男性はどこかで見たような気がしなくもない。もちろん本人とはわからないくらい変わっているのだが、いろいろと彷彿とさせる点があったのも確かだ。
「あれを出すの‥‥?」
「出すよぅ。あ、製本手伝ってね」
睦月はとても楽しそうだが、セーラはどこか遠くをぼんやり見つめていた。
それからふとセーラは最近寂しくなった隣の空間に目をやった。
今日も、ディーナはいない。
「何だか、ディーナさんがどこかへ行ってしまいそう‥‥」
「ディーナちゃんを主役にした赤裸々なマンガをばらまくぞって、脅してみようか?」
睦月はもちろん冗談で言ったのだが、心配でいっぱいのセーラは、それもいいかもしれないなどと思っていた。
●リプレイ本文
●慈善バザー裏打ち合わせ
魔物騒ぎが落ち着いた今、貴族女学院は早朝から慈善バザーの準備に大忙しだった。
外はそんな華やかな活気に溢れているというのに、ここ、副学長室は少しぎこちない空気が漂っていた。
その様子は学院の裏事情をそのまま表していた。
ローズ寮&ヴァイオレット寮とリリー寮。
装飾品のことで意見が分かれてそれきりの状態だ。今は睨みあっているだけだが、バザー当日になってお互いの足を引っ張り合うようになっては、バザーが失敗してしまう可能性が大きい。それは由緒ある学院の恥となるし、訪れる客達にもつまらない思いをさせてしまうだろう。
意見は違っても寮長達はそのような事態は望んでいない。
そのため、冒険者を招き最悪の事態を回避する案はないかと話し合うことになったのだった。
何か意見があれば、とトゲニシアは最初に寮長三人を見やったが、ブリジットはゆったりソファに腰掛けたまま首を傾げ、ユーフェミアは不機嫌そうにブリジットを視界に入れないように顔を背け、シャーリーンはそんな二人に挟まれ困ったように苦笑していた。
トゲニシアは小さくため息をつくと、今度は冒険者達に意見を求めた。
彼らは少しの間視線を交し合うと、リオン・ラーディナス(ea1458)が最初に口を開いた。
「こんなこと、オレなんかに言われるのは癪かもしれないけど‥‥」
と、前置きしてからリオンは花姫達を見た。
「校則に書いていなければ何をやってもいい‥‥の考えのままだと後々の風紀にも悪い影響を与えてしまうと思うよ。かといって、生徒のものを取り上げたり急な校則制定、厳罰などはもっての外だよね。そんなことしたら、ルールを守るより抜け道を探すほうに知恵を絞っちゃうから」
リオン独特のどこか遊ぶような口調だったが、三人は彼の意見に同意した。
その反応にリオンは満足そうに微笑むと、そこで提案なんだけど、とやや身を乗り出して切り出す。
「ミス・女学院生を決めるコンテストをやらないかい? 題して『双花のしらべ』! 参加条件は、装飾品は流行の銀一品と制服。それと他寮の女子とペアを組むこと。どのペアが一番慎ましく、端麗であるかを競うんだ。審査員はキミ達三人とオレ達の中の誰か。司会はオレがやろう」
まさか女学院でミスコンをやろうと言い出すとは、と寮長三人は呆気にとられた表情でリオンを見ていた。
最初に立ち直ったのはブリジットだった。
「まぁ、その条件なら悪くないわね。ミスコンというとちょっと俗っぽいイメージがあったけど‥‥」
ブリジットが乗り気なのに気を良くしたリオンはあとの二人の反応もうかがった。
「そのコンテストで過剰な装飾と現在の学院の雰囲気を一掃しようというわけですね。いいでしょう。このままでは良くありませんものね」
「‥‥いつかみたいに変なのが来なきゃいいんだけど」
シャーリーンも賛成のようだが、ユーフェミアは制服泥棒を思い出して顔をしかめた。けれど、コンテスト自体に反対はないようだ。
三人が賛成なら後はトゲニシアの許可だけ、と彼女を見ると複雑そうな表情ながらも許可を出してくれたのだった。
明るい兆しが見えてきたことにメイベル・ロージィ(ec2078)は嬉しそうに手を合わせた。
「きっと素敵なペアが選ばれて皆のお手本になりますね。魔物は弱い心につけ入ります。襤褸は着てても心は錦と言いますの。清く強い心を持つことが一番の魔除けになりますの」
その言葉に部屋の扉の横で立って壁に寄りかかっていた本多風露(ea8650)も小さく頷いた。
「銀は魔を払い除ける力はあるでしょうが、宝石は人を魅了する魔の力を秘めていることが多いのです。そして欲望に駆られている者に魔は憑くのです」
「自発的にそれに気付いてほしいんだけどね」
私は何度もそれを注意したわ、と皮肉気に唇を歪めたユーフェミアに天野夏樹(eb4344)もつい苦笑がもれた。
「年頃の子がそろってるわけだし、着飾ることに凝り始めたら止まらなくなるのは仕方ないことだと思うな。もし浮つき過ぎだと思うなら、ユーフェミアさん達自身が模範を示せばいいんじゃないかな。ユーフェミアさん達がアクセサリーのさり気ない飾り方を格好よく示せば、皆もそれに倣うと思うし」
夏樹の言葉にユーフェミアは苛立ちをおさめて、なるほどと頷く。ブリジットとシャーリーンの協力が必要であることは理解できた。
「何ならもっと優れた流行を自分達で作り出しちゃえ」
悪戯っぽく笑う夏樹にユーフェミアもつられて笑顔になり、そうねと頷いた。
「それで、景品はどうするの?」
「一位のペアは、自分の寮長と銀のアクセサリーを交換できるってのはどうかな?」
ブリジットの疑問に答えたリオンの内容に、ブリジットは間を置かずに了承した。後の二人も同じだ。自寮の生徒全員に慕われているなどと自惚れてはいないが、自分の身につけたものが景品にふさわしいと思えるだけの立場にあることはわかっていた。
細かい段取りはこれから考えるとして、コンテスト開催は決定されたのだった。
「よぅし! 舞台作りとか審査員席作りとか手伝うわよ!」
楽しくなりそう、とパチンと指を鳴らすディーネ・ノート(ea1542)。
それからイコン・シュターライゼン(ea7891)が、魔物対策の特別講義を開きたいとトゲニシアに申し出た。
「いいざます。今後のためにも皆さんによく教えてあげてください。今日の夕方に枠を取るざます」
バザーの準備もあるから全員が授業を受けられるようにするのは難しいが、講義の内容を友達に伝えるように言えばほぼ全員の耳に入るだろう。足りない部分は他の教師陣や冒険者が何かの折にでも言えばよい。
そのことについて炎龍寺真志亜(eb5953)が一つ提案した。
「バザー開催中、あたいらは見回りをするが手が足りないかもしれん。そこで先生方にも生徒同士の嫌がらせ防止のために出ていただきたいのじゃ。万が一カオスが出てきた時のために見張りをするという名目でな」
トゲニシアは引き出しからスケジュール帳を取り出した。そこには各教員の予定が書き込まれている。
しばらくそれを見つめていたトゲニシアは、やがて顔を上げると真志亜に頷いてみせた。
「わかりました。調整をつけるよう先生方に相談しておくざます」
最後に白銀麗(ea8147)が校舎内での魔法の使用許可を求めた。
前に来た時に開いた懺悔の間で罪を訴えてきた生徒が気になったから、その調査のためだった。
「カオスが関わっているかもしれない生徒の悩みを独自に調査したいのです」
危険な魔法は使わない、と言うとトゲニシアは他の生徒に察知されないようにということと何かわかったら報告すること、と言って許可を下ろした。
●特別講義
当日の急な講義にも関わらず、トゲニシアが用意した教室には充分な生徒が集まっていた。
イコンはそのことに安堵するとさっそく講義を始めた。
彼が教壇に立ち「こんにちは」と言えば、わざめいていた生徒全員がおしゃべりをやめて聞く姿勢になる。
「バザーの準備が忙しい中、急な開講にも関わらず集まっていただきありがとうございます。これからお話しすることは、とても大切なことですのでここに来られなかったご友人にもどうか伝えてあげてください」
静かな教室にイコンの声が響く。
「今日の皆さんはとてもおしゃれですね。その中に銀製品はありますか? 少し前に銀製品を身につけているとカオスに襲われにくいとお話ししましたね。カオスの魔物に効果があるのは銀製品です。宝石ではありませんよ。このことはよく覚えておいてください」
カリカリと羽ペンを走らせる音があふれた。
一通りその音がやむとイコンは続けた。
「魔物は我々人間と精神構造が違います。万が一遭遇した時に、宝石と命を取り引きしようとしても通じません。逆に煽ってしまう可能性もあります」
さざなみのようなざわめきが静かに広がった。
「さらに魔物は人の不和や心の隙を突いてくる狡猾なところがあります。それに対抗するには、魔物の揺さぶりに負けない強い意志を持ち、皆で協力しあうのが一番です。突く隙がないとわかれば魔物のほうからいなくなるでしょう」
小さなざわめきはそのままに羽ペンを動かす音が加わった。
生徒達の顔を見るに、まだ宝石に効果がないことに納得はいかないようだが、まずはこの話が頭に残ればいいだろう。
その後魔物の種類についていくつかの質問を受けた後、イコンは最後にこんな質問をされた。
「先生が皆の前で脱ぐって本当ですか?」
●これが修羅場
セーラとディーナの所属するクラスは惣菜屋を開くことになっていた。
セーラは担当分が終わったのでしばらく休憩に入る。
ディーナとは分担が違うので、セーラは彼女に出かける旨を伝えると調理室を後にした。
ブラブラと廊下を歩いていると見回り中のディーネとセシリア・カータ(ea1643)に出会った。
少しの間立ち話をしていたがセーラはふと睦月の様子が気になった。決して彼女の作る本が気になったわけではない。
そんなわけで三人で睦月が作業しているという美術室へ入ると、教室の隅に何やら鬼気迫る空間があった。その周囲は美術部員が作品の仕上げや飾りつけの準備をしている。こちらは殺気立ってはいない。
セーラはできるだけ足音を立てずにその異様な空気を放つ場へ接近する。
案の定、中心にいたのは睦月だった。初めて見るような真剣な目でペンを動かしている。
その向かい側には同じく羊皮紙にペンを走らせているレン・ウィンドフェザー(ea4509)。さらに睦月の隣に夏樹、驚いたことにレンの隣には睦月の宿敵フラヴィがいる。
「あの‥‥睦月さん?」
いったい何が起こっているのか、とセーラは遠慮がちに友人に声をかけた。
ギロリ、と睦月が目を上げる。血走っていた。
思わず一歩引いてしまうセーラ。
「た、大変そうだけど‥‥がんばって。いいものができるよう、応援してるから」
「ありがとうセーラちゃん。セーラちゃんもがんばって」
睦月は口の端を吊り上げた。
それはセーラを励ますための笑顔だったのだろうが、セーラにはひどく殺伐とした笑みにしか見えなかった。
少し離れたところで何枚もの似顔絵を見ていた真志亜が、睦月に二枚の絵を差し出し言った。
「この組み合わせなどはどうじゃ」
その似顔絵はレンが描いたものでどれも男性の絵だった。そしてどれもどこかで見たような男性達だ。
差し出された絵を見た睦月の目が光る。
「イイじゃんこれ! これ、色つけよう! フラヴィちゃん、色作り手伝ってね」
印刷されたマンガを製本していたフラヴィは睦月を睨んだまま「了解」と返事をする。
その様子に真志亜は三日月のように目を細くした。
「いったいどう焚きつけたのです?」
小声で聞いていたセシリアに真志亜はくつくつ笑う。
「このバザーの売り上げについての噂を流したであろう? それを利用したのじゃ」
今回のバザーで売り上げ一番の寮は各教科の成績に特別点が付く、という噂があった。ちょっと前に真志亜が流したものだが、この手の話はあっという間に全員が知るところとなった。本当の狙いはこうすることで各寮対抗の形に持っていき、良い方向で競い合わせることで嫌がらせを牽制することにあった。
「睦月の売るものはこの学院では必ず売れる。それに協力してこれまでの失態を挽回せよ、と言ったらあの通り」
「あなたという人は‥‥」
セシリアは呆れたとため息をついたが、真志亜はまったく悪びれず手元の似顔絵を見ている。
その時、イコンが顔をのぞかせた。
「調子はどうです?」
これが彼の運の尽きだった。
ハッと顔を上げた睦月とレン。猟師の目だ。
イコンはテーブルの上に広げられている絵や本に目を走らせると、何も言わずに背を向けて立ち去ろうとしたが、いつの間に席を立ったのか二人にガッチリ両脇を固められてしまった。
「わざわざニエ‥‥じゃなくてモデルに来てくれるなんて、やさしいじゃん! やっぱり実物がいてくれたほうが描きやすいもんねっ」
「いそがしいのに、ありがとうなのー」
「ニエって言いましたね? 生徒達に妙なことを吹き込んだのはあなた達ですか!?」
助けてっ、とイコンは仲間達に視線を巡らせるが、皆は薄情だった。ディーネなどは退室しようとしている。
「あはは〜ん。ちょっとした、せんでんなのー」
かわいいレンの笑顔がイコンには悪魔の笑顔に見えた。
●輪郭のない記憶
一通り悲(喜)劇が終わると、それを見計らっていたかのようにシルバー・ストーム(ea3651)がセーラを訪ねてきた。
いまだ全て戻らない彼女の記憶を気にかけたのだ。
「一つ一つ、整理していきましょう」
シルバーはセーラと向かい合って座ると、筆記用具を取り出した。
セーラは頷いてこれまで思い出してきた記憶をおさらいする。
自分がどこから来て、何をしにここにいるのか。それを依頼したのは誰なのか。
シルバーは聞いたそれを羊皮紙に書き出していく。
気合の入った○×△のイラスト作成にひと区切りつけたレンが、セーラの横に椅子を用意して座りスケッチブックを開いて言った。
「あたしが、うらぎったおとこのにがおえをかくの」
ふと、セーラが視線を揺らした。
「‥‥ううん。裏切ったのは男の人じゃないわ。女の人よ。たぶん、私と同い年くらいの」
初耳の情報にシルバーとレンだけでなく、睦月達までもセーラに注目した。
「顔は‥‥あー、ン、と‥‥思い出せないわ。いえ、そうじゃなくて、思い出したくない‥‥のかも」
それだけ忌まわしい記憶なのか、それとも他に理由があるのか。
セーラにはそこらへんの区別もまだわからない。
「ただ、そのせいで私は武器を奪われそうになって、そうなるわけにはいかなかったから、あの魔物を壁に封じ込めるのと引き換えに記憶を十二個に割って飛ばしたのよ」
おや、と話を聞いていた者達は思った。一拍遅れてセーラも疑問に思う。
セーラの武器はあの壁画に刺さっているロゼの剣ではないのか? まだ他に武器があるというのか。
「‥‥どういうことかしら?」
セーラは首をひねるが、答えを持っているのは彼女自身だ。
いくら考えてもわからないものはわからないので、しばらく様子を見ることになった。もしかしたら、何かのはずみで思い出すかもしれない。
それから話題は最近様子がおかしいディーナのことに移った。
「一度、胸の内を話し合ってはどうですか?」
イコンの言葉にセーラは「そうね」と頷いた。
ディーナが話してくれるまで待つつもりでいたが、こちらから歩み寄ることも必要かもしれないと思い直したのだった。
●角は引っ込めてバザー開催!
「ハイ、ありがとうございます! あ、この制服ですか? これはスィーツ・iランドの制服なんですよ。もし近くまで行くことがあったら、ぜひ寄って行ってくださいね!」
夏樹はひまわりのような笑顔を振りまきながらセーラとディーナのクラスの売り子を手伝っていた。ちゃっかり店の宣伝もしている。
寮長達が表立った対立をしないおかげか、他の生徒達もそれに倣いおとなしくしている。晴天のもと開かれた慈善バザーは何事もなく終われそうだ。
見えないところではどうなっているかわからないが。
そんな影の部分を補うために冒険者がいるわけなのだが、ここに約一名それを忘れかけた人がいた。
「きゃー、かわいいっ。これもかわいいわっ」
「ディーネさん‥‥」
ぬいぐるみや小物を中心に展示販売する教室に入ったとたん、ディーネの頬は緩みっぱなしだ。
彼女が夢中になっているコーナーは猫グッズのコーナーだった。
端布などで作った小さな猫のぬいぐるみはこの店の主要商品でもあった。他にも猫の刺繍が入ったハンカチやビーズで猫を模したアクセサリーもある。
「セシリアさん、どうしようっ」
「私のほうがどうしようなのですが‥‥」
目をうるませてすっかり興奮状態のディーネは、もはや手の付けようがない。
さらにディーネのこの調子がうまい具合に客寄せとなっていたのは、当人達の知らないことだ。
ディーネを静めるには何か買わせたほうが良さそうだと判断したセシリアは、これはどうですか、とビーズで作られた猫のブローチを示した。
カジュアルなそれは改まった場でなければ、どこにでも付けていけそうだ。
「ああん、愛らしい〜」
うっとりしながらディーネはそれを一つ買ったのだった。
その後、怖いもの見たさで睦月のいる美術室を覗いた二人は、見てはいけないものを見てしまった気分に陥った。
女性はきれいなもの美しいものかわいいもの、そして儚いものが好き。
睦月と主に一部の冒険者の血と汗と沢山の涙によって完成した、禁断の書は飛ぶように売れていた。
最初から乗り気で手伝っていたレンは、それでも肝心な点は忘れておらず、質素だが品の良いドレスに身を包み装飾品は野の花で編んだ花冠やコサージュといった、素朴ながらも可愛らしく見える姿で売り子をしていた。宝石類で飾らなくても自分を輝かせる方法はあるのだ、ということを無言でアピールしているのだ。
ただし、アピールの現場は世にも怪しい空気の場だが。
「あと一歩で人外魔境ですね‥‥」
セシリアの呟きはなかなか的を射ている、とこの手のモノが苦手なディーナは思った。
が、やはり派手好きはどこにでもいて。
見回りの中、たまたまそんな生徒を目にしたアルフェール・オルレイド(ea7522)は、その生徒にこんなふうに言った。
「このように付けたほうが似合っているぞ」
と、彼女が身につけていたアクセサリーを半分に減らし、付けかたにも一工夫加えた。
はじめ、その生徒は不満そうだったが一緒にいた友人に「ずっと素敵になった」と言われるとはにかんだ笑顔になった。
もう一人の生徒にも同じようにしながら、最後にアルフェールは重要なのは、と告げた。
「アクセサリーに振り回されるのではなく、自分を引き立たせるために使うものだということを覚えておくといいぞ」
生徒二人は顔を見合わせると、鏡を見に行こうと言って小走りに去っていった。もちろん、アルフェールへの礼は忘れずに。
●その眼差しは遠くへ
ミミクリーで生徒に変身し、他愛のないおしゃべりをしながら欲しい情報を聞き出すのは、そんなに簡単なことではない。変身した生徒と鉢合わせするわけにはいかないし。
そんなわけで、銀麗は苦労しながらディーナについての情報を集めていた。
二人の親友がいて、それを狙う者がいる。その者は親友を襲うよう脅迫された。さらに許しを請うべき相手がいる。
そんな人物の心当たりは、今のところディーナしかいなかった。
最近のディーナは沈みがちだ、というのが周囲の友人達の共通意見だった。
あんまりぼんやりしているものだから、見かねた一人が何かあったのかと聞いたところ、逆にこんな問いが返された。
「もしも私が、カオス騒ぎの原因だったらどうする?」
尋ねた彼女は笑い飛ばしたそうだが、銀麗にとってはこれは重要なことだった。
ミミクリーを解き、バザー用に飾られた廊下を歩いていると、窓の外を一心に見つめるメイベルを見つけた。
銀麗が近づいて声をかけると、メイベルは窓の外を指差す。
そこは丁寧に世話されている花壇がずらりと伸びる庭だった。今が盛りと色とりどりのコスモスが咲き誇っている。その花壇の前にぽつんとたたずむ生徒が一人。
「ディーネさん、ずっとあそこでああしてますの。寂しそう‥‥」
ここからは後ろ姿しか見えないが、その背中はメイベルの言うとおりだった。
●学院の花
見回りがてら図書室を訪れたシルバーは、地下宮殿の魔物についてもっとよく知るため、学院創設について書かれている本を探した。
以前メイベルも探したのだが、関係する本は意外と少ない。あまりにも昔のことで残っていないのかもしれない。
だが、主要な部分は残っているはずだ、とシルバーはそれっぽいタイトルの本を開いた。
『カオスの世界へ通じる穴をふさいだ聖者達は、二度とその穴が開かないよう土地に聖なる印を残した。それはこの学院そのものであり、それを支える十二種類の植物である。万が一、学舎が破壊されてもしばらくは持ちこたえるように‥‥』
ふと、シルバーはひっかかるものを感じた。
同じ箇所を何度か読み返すうちに、ハッとしてポケットの中のフラワーストーンに無意識に探る。
セーラの記憶も十二個に分かれた。
さらに読み進めると十二の植物というのは、エーデルワイス・コスモス・スミレ・タンポポ・バラ・パンジー・デイジー・ペチュニア・ポインセチア・ユリ・ローズマリー・イチイだ。
シルバーが持っているのはユリ。
他の冒険者が持っているものも、どれもこれらの植物だった。
偶然の一致ではないだろう。
これらの植物のほとんどが、たいした手入れがなくても勝手に増えていくものばかりだ。どれかを削ろうとすれば焼き払うくらいしか手がないと思われる。それでも根は残りそうだが。
セーラ神から使わされたセーラは記憶を託すのに、これら守りの植物を頼ったのだろう。
●貴族女学院初のミスコン
もうじき校庭でリオン主催のミスコン『双花のしらべ』が始まる。
校舎のあちこちでパートナー探しや髪型や銀のアクセサリーの位置を気にする生徒が増えてきた。
そして悪だくみをする生徒も‥‥。
「取ってきたわよ」
「ふふふ。これであの女はコンテストに出られないわね‥‥」
「どうするこれ? 切り裂いて返す?」
「まぁ、悪い人ね」
おほほうふふ、と校舎裏に満ちる暗い微笑。
たまたま通りかかった風露は、やれやれと肩を落とした。
「由緒正しい学院の淑女にあるまじき行為ですね」
わざと足音を立てて少女達の前に姿を見せると、大げさなほどに肩を震わせた。
そのうち一人がそれでも果敢に風露を睨みつける。
「何よ、罰でも下そうというの?」
「そうですね‥‥悪い子にはお仕置きが必要でしょうね」
じりっ、と後ずさる少女達。
その分風露は距離を詰め、やさしく諌める。
「そのようなことをしても、あなた達の美しさが増すわけではありませんよ」
「うるさいわねっ」
「華美なものを見せ付けることは、その人間を浅ましく見せるものです」
風露の視線はその生徒の、制服には派手すぎるブローチに注がれている。
彼女はそれに気付き、手で隠した。
「お洒落というものは一点のものにこだわることにこそ意味があるのです」
風露は髪を束ねている紐に触れた。
それから彼女は頭上の晴天のような微笑で身も凍るようなことを言った。
「さて、覚悟はよろしいですか?」
彼女達は盗んできた新品の制服を放り出して逃げていったのだった。
これは『双花のしらべ』のためのちょっとしたパフォーマンス。
リオンは、よくもここまで派手にしたものだと思うような出で立ちをしていた。指輪、腕輪、ネックレス、バックルに羽飾り。歩く装飾品とでも言おうか。
その彼は、ディーネが中心となって設定したコンテスト審査員席で開始を待っているブリジットの前に歩み出ると、優雅にお辞儀をした。
「今日のあなたは一層美しい。美を審査する席にあなたほどふさわしい人もいないでしょう。こんな特別な日こそ、特別な人と一緒にいたいものです」
熱っぽい視線も忘れない。
そろそろ会場に集まってきた人々が、派手な男のナンパ行為に好奇の視線を注いでいた。
花姫は何と答えるだろう。
派手男を見る限りではそこら辺の貧乏庶民とは思えない。どこかの財産家ではないか、と見物人達は想像していた。
人々の見守る中、ブリジットは片方の眉を器用に上げて小馬鹿にしたように鼻で笑った。
「ここを舞踏会か何かと勘違いしているようね。遠慮するわ」
まったく相手にされなかった派手男を周囲の人々は遠慮がちに笑う。
ま、あのバランスの悪い恰好じゃねぇ。センスの欠片もないものねぇ。
そんな囁きが聞こえてくる。
リオンとブリジットは二人にしかわからない笑みを交わした。
この反応を引き出せただけでミスコンの半分は成功したと言ってもいいだろう。
後は参加者しだい。
リオンは余計な装飾品を外すと、司会席に着きコンテスト開始を高らかに宣言した。
「──審査員は生徒代表の花姫方、副学長先生、作法担当の教授、そして‥‥あ、ちょうどいいところに。おーいアルフェール! 冒険者アルフェールと司会の私、リオンが務めます!」
それから改めて一人ずつ紹介し、いよいよ貴族女学院開校初のミスコンが開催されたのだった。
●本当の友達になりたい
校庭の方角から聞こえてくる拍手に、『双花のしらべ』は盛況であることがわかった。
舞台を整えた者としてとても満足なことだ。
ディーネの頬が自然に緩む。
と、突然横を歩いていたセシリアが駆け出した。
ハッとして彼女の向かう先を見ればディーナの姿。
花壇のコスモスに向かって何かをしようとしている。
手に持っているのは‥‥魔法のスクロール?
ボッと炎が噴き出す寸前にセシリアがディーナの手から魔法書を叩き落した。
「いったい何をして‥‥」
「ディーナさん!」
セシリアの声を遮って響いたのはメイベルのものだった。その後ろから銀麗もやって来る。
囲まれそうになったディーナはそこから逃げ出そうとしたが、冒険者達のほうが一歩早かった。
ディーナの瞳から色が消え、崩れるように膝を着く。
メイベルも一緒に膝を着きディーナの背に手をあてると、やさしく言った。
「セーラさんがずっと心配しています。相談しましょう。一人が心細いなら私もご一緒しますから」
「あなたはセーラさんを許したでしょう? きっとセーラさんも許してくれますよ」
銀麗の言葉にディーナは怯えたように身を震わせた。
何故そんな反応になるのか、ディーネとセシリア、メイベルにはわからなかった。
銀麗は確信を持った上でリードシンキングでディーナの苦悩を読んだのだった。
「その花を燃やしても余計にセーラさんが苦しむだけです」
俯いていた顔を上げたディーナは、ぼんやりとした目でコスモスを見つめると、やがて小さな声でセーラの名を呼んだ。
待ってて、と言ってディーネが走っていく。
間もなくしてディーネはセーラの手を引いて急ぎ足で戻ってきた。
彼女の姿を見たとたんディーナは立ち上がり、セーラに抱きつく。そして何度も謝罪の言葉をこぼした。
「ごめんなさい、ごめんなさい。見捨てたのは私なの。カオスにあなたを売ったのは私なの。私はあの魔物達が恐ろしかった。セーラ神からの使いだとしても勝ち目はないと思った。そのせいであなたは何もかも忘れてしまった」
真実を告げられたセーラは、最初こそ驚きに目を丸くしていたがそれをゆっくり受け止めると、目を閉じて気持ちをまとめた。
「今度は、一緒に来てくれる?」
「‥‥行くわ。何があっても必ず」
セーラは微笑んでディーナの背に両腕を回した。
●勇気をわけてください
「皆、お疲れ様だ。わしが腕によりをかけて作った料理を堪能してくれ」
慈善バザー閉会の後、大広間では盛大に打ち上げが始まった。アルフェールの手料理に生徒達が歓喜の声を上げる。
見回りの上ミスコン審査員に狩り出されたというのに、いつの間にこれだけのものを作ったのか。
バザーは無事成功した。ミスコンで貴族令嬢としてもっともふさわしいと選ばれた、質素だが気品あふれる姿で優勝した生徒のファッションは、すぐにでも広まるだろう。
寮長達の関係も落ち着くはずだ。
そして大広間の隅で、冒険者達はディーナから花壇での出来事を聞いた。
セーラがすでに許していることも。
そのディーナは風露の前に出ると、気まずそうにしながら手のひらに乗るサイズの透明な球体を差し出した。中には虹いろに輝く神秘的な花がある。
「セーラさんの剣の鞘です。記憶が全て戻ったので鞘が息を吹き返しました。次に剣を抜く時まで預かっていてもらえますか? 風露さんの勇気と潔さをわけてほしいのです」
風露は頷くと丁寧な手つきでそれを受け取った。