薬屋開店中3〜薬士の不養生

■シリーズシナリオ


担当:マレーア4

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月09日〜07月14日

リプレイ公開日:2007年07月15日

●オープニング

「いらっしゃいませ、何の薬がご入用ですか?」
 薬屋の店内に足を踏み入れると今日も、アルクの笑顔と元気な声が迎える。
 夏間近。この時期は薬屋も大忙しだ。体調を崩した者、食欲不振になる者、夜寝られないと訴える者‥‥そういう者達が薬を求めて訪れる。
「そうですね。では、このお薬を‥‥食後に飲んで下さい」
 そんなわけで、開店から少したったアルクの薬屋もただ今、目が回るくらいの忙しさなのだった。

「商売繁盛、結構な事じゃないか」
 顔を出したジャクリーヌの言葉に、けれど、アルクの表情は冴えない。
「それはそうなのですけど‥‥出来れば、事前療法というか、体調を崩す前に何とかならないか、と思うんです」
「ほう?」
「これからどんどん暑くなりますよね? 口当たりの良い食べ物とか、少しでも涼しくなる過ごし方とか」
 ジャクリーヌ様、何か良いアイデアありませんか?、問われジャクリーヌは小さく苦笑を浮かべた。
 正直、アルクは薬士だし借金もあるし、体調を崩し薬を求める者が増えた方が喜ばしいのではないか?、と思う。だが、そこはアルクである。自分の利益よりも、病気で苦しむ人を減らしたいらしい。
「後、効く薬ってどうしても苦くなっちゃうんですよ。子供とかどうしたらもっと飲みやすくなるかなぁ、って」
 そんなジャクリーヌに気づいた様子もなく、アルクは難しい顔で考え込んでいる。
「調合とか色々試してはいるのですが、これが中々‥‥」
 ふと、ジャクリーヌは気づいた。難しい顔をしているのは確かだが、それにしてもアルクの顔は変‥‥というか、顔色が悪くないだろうか?
 そして、店スペースの奥‥‥基本居住スペースへと向けたジャクリーヌの瞳が鋭くなった。散乱した羊皮紙や調合の道具や薬草、開店時にキレイだった部屋は既に散らかり放題になっている。というか、ベッドはどこだベッドは。
「なぁアルク、お前ちゃんと寝ているだろうな?」
「え‥‥‥‥ええっ、勿論ですよバッチリですよちゃんと睡眠とってます、はい」
 ぎこちなく笑みを返すアルク、しかしジャクリーヌはだまされない、てかバレバレだ。
「‥‥アルク」
「あっでも、薬を欲しいって人、たくさん来てくれますし、庭の薬草もようやくそれっぽくなってきましたし、遊びに来てくれるネコさん達の世話とか、他にも調合の勉強とかその色々‥‥あれ?」
 ジャクリーヌに必死に弁解していたアルク、その視界がぐにゃっと歪んだ。ぐるぐると目が回って、立っていられない。
「アルク!?」
 自分を呼ぶジャクリーヌの声。意識を失う前、自分の頭がカウンターに当たり立てた「ゴン」という大きな音を聞いた、気がした。


「風邪、だな」
 馬鹿者め、のニュアンスでジャクリーヌはベッドにくくり付けられたアルクを見下ろした。開店からここまでのムリがたたったのだろう、アルクは見事に熱を出していた。
「だ、大丈夫です」
「どこが大丈夫だ」
「でっでも、薬を必要とする人は今日も‥‥」
 赤い顔と潤んだ瞳で、それでもアルクは言い張る。困っている人がいる限り、店を閉める事なんて出来ない、と。
「それじゃあ仕方ないな」
 半ば予想していたジャクリーヌは溜め息を一つもらし。
「代わりの者を頼もう。その代わり、お前は治るまで大人しくしているんだぞ」
「‥‥ぇ〜」
「お・と・な・し・く、してるんだぞ!」
 青筋を立てたジャクリーヌ、アルクは小さく熱い吐息を吐き出したのだった。


「依頼:薬屋の手伝い
 ダウンした薬士アルクの看病、及び、薬屋の店番等をお願いしたい」

●今回の参加者

 ea1466 倉城 響(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea1683 テュール・ヘインツ(21歳・♂・ジプシー・パラ・ノルマン王国)
 ea3651 シルバー・ストーム(23歳・♂・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 eb0520 ルティア・アルテミス(37歳・♀・ウィザード・エルフ・ビザンチン帝国)
 eb4097 時雨 蒼威(29歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4460 篠崎 孝司(35歳・♂・天界人・人間・天界(地球))

●リプレイ本文

●薬屋繁盛中
「いらっしゃいませ♪ どういったお薬をご所望ですか?」
 きちんと整頓された店内。足を踏み入れた客‥‥というか患者を迎えたのは、優しい笑顔で会釈した倉城響(ea1466)だ。
「最近、あまり良く眠れなくて‥‥」
「えっと、その症状には‥‥はい、この薬だよ♪」
 キレイに整頓した棚から、ルティア・アルテミス(eb0520)が手早く薬を取り出した。
「寝る前に、これを水で飲んで下さい。きっと良く眠れますから」
 安心させるような響の笑顔。
「ありがとうございました♪ お大事になさってくださいね」
 見送られ、客は入ってきた時より晴れやかな顔で、礼を言って帰っていった。
「このお薬が、痛み止めですか」
「うん、そう。で、二段目が腹痛や消化不良なんかの、薬ね」
 テュール・ヘインツ(ea1683)と共にした開店準備で、清潔にした店内。棚に置かれた薬類も、医者である篠崎孝司(eb4460)のアドバイスの元、分かりやすく目印をつけ、整頓してある。
「成る程、で、こっちが‥‥いらっしゃいませ」
 そうして、次のお客さんに気づいた響は、すかさず笑顔を浮かべ頭を下げたのだった。

「ふむふむ、こうなってるんだね」
 合間には調合も担当するルティア。アルクのレシピを片手に、試行錯誤。
「アルクも色々試してるんだね‥‥でも、ムリしすぎだよねぇ」
 何度も書いたり消したりされた羊皮紙は既にボロボロで。それはそのまま努力の跡でもあるのだが、やはり自分一人で調べるには荷が重過ぎる。
「あ、ここ‥‥んと、これよりもこっちの薬草を使った方が効果が高いよね。後、これは磨り潰すより、煮た方が薬効があるなぁ」
 だからルティアは、錬金術師として自分の持ち得る知識を惜しみなく発揮した。
 アルクのレシピを元に、見やすく書き換え、又は効果が高い方法を書き足し、一目で分かるようにキチンと整理していく。
「アルクが無理しないように‥‥僕、頑張るからね!」
 ここに居ない少年に、知識を意志を、伝えるように。

「‥‥」
 客に目礼しつつ、シルバー・ストーム(ea3651)は作業を続けた。庭に植えられた薬草。開店当時は雑草だらけだった庭は現在、一応キレイにそれらしくなりつつある。
「あっ、ムシ発見! ごめんね、ちょっと移動させるね」
 様子を見に来たテュールはヒョイ、とムシを取った。
「今のところ、病気は入ってないみたいだね」
 葉の裏や茎をチェックしてのテュールに、シルバーも頷く。こういうのは日々の世話が大事なのだ。
「‥‥」
「あっ、ネコさん達だネコさん、おいで」
 庭に植えられたまたたび、日参してくると思しきネコ数匹を手招き、テュールとシルバーはご飯を振舞った。

「アルク君、どうかしたんですか?」
 何人目の客だっただろうか? 心配そうに聞いてきたのは、子供の薬を貰いに来た近所の奥さんだった。
「ええ、今日は少しお休みさせていただいてるんですよ。たまには息抜きも必要でしょうし」
 響はにっこり笑顔で答える。薬士が過労でダウンした、なんてちょっと外聞が悪いし。
「そうですよね。アルク君、頑張りすぎてるから‥‥」
 だけど、奥さんの顔には案じる色が濃い。
「あっ、昔から先生‥‥アルク君のお父さんには親子共々お世話になりましたから」
 懐かしく少しだけ寂しげに呟く奥さんに、響はただ静かな微笑みを返し。
「薬を買いに来た人を心配させるなんて‥‥元気になったらガツンと言ってあげて下さいね」
 悪戯っぽく付け足すと、奥さんは目をぱちくりさせた後、「そうですね」と微笑んだ。
「ありがとうございました。お大事になさってくださいね」
 そして。笑顔と共に見送った響は寝室に続くドアを見つめ、小さく溜め息をついたのだった。先ほどの一悶着を思い出して。

●ただ今安静中
「ふふふ、さあ貴様はこのかよわいにゃんこや軍馬を強制排除して店頭に向かえるかな」
 時間は少しさかのぼる。どうにも店が気になって仕方がないアルク、こっそりベッドを抜け出そうとしたのを阻んだのは、時雨蒼威(eb4097)の仕込んだ罠の数々だった!?
 にゃんこさん達に、愛馬黒薙、更にドアには鳴子という徹底ぶりである。
「もー! アルク、何で君ってば何時もそうなのかな」
 すかさずルティアが教育的指導! というか、この肉球ぐろーぶでのぷにぷに攻撃ももう何度目だろう。ルティアがふくれるのもムリはない。
 勿論、ルティアにはアルクの気持ちも分かる。分かる、からこそ‥‥声に真摯なものが宿る。
「無理する事が良い事だと限らない。それが想いもよらぬ悲劇を招いてしまう事もあるんだよ。僕はそうやって、色んな物を失っちゃった。そんな経験‥‥アルクには、して欲しくないんだよ」
「ルティアさん‥‥」
 真剣な、痛みを堪えるような表情のルティアに、掛ける言葉が思いつかず言いよどむアルク。
「ルティア君の言う通りだ。自身の体調の管理がなっていないぞ、アルク君」
 孝司はここぞとばかりにズバリ、指摘した。医療に携わる者が倒れたら、誰が患者を救うのか。
「‥‥はい」
「今の貴方は、しっかりと治す事がお仕事なんですよ。心配なさらずに床で横になっていてください?」
 シュン、落ち込むアルクを優しく諭す響。皆にそうまで言われては、アルクとてそれ以上ごねるわけにはいかず。とはいえ。
「‥‥でも、気になるんです」
 ルティア達を信用していないわけではない。自分が調子を崩している事も分かっている。それでも、落ち着かない。
 他人に迷惑をかけて、やるべき事を放り出して、ただ寝ているなんて‥‥握り締めた手、爪を手に食い込ませるアルク。
「アルクさん、この前トムくんに疲れたまま接客して大変なことになったばっかりなの覚えてないの? 気をつけてるつもりでも疲れてると自然とミスが増えちゃうんだから、ちゃんと休まないとだめだよ」
 そんな心情を推し量ったテュールは、いつになく厳しい口調で告げ、その手の上に自分の手を重ねた。
「お金をちょっと間違えたりとか位ならいいけど、渡す薬とか配合の分量を間違えちゃったら笑い事じゃすまないでしょ。子どもじゃないんだからこんなことで年下に説教させないの」
 まったく、正論だった。テュールはアルクの手をポンポン叩きながら、言い聞かせる。
「普段風邪引いてお店にやってきた人に言ってることを思い出してちゃんと治す、できるよね?」
「‥‥はい」
 今度こそ観念してうな垂れるアルクに、テュールは「よし」と微笑み。
「アルクは安静に、だよ! 大丈夫、お店は僕達に任せて♪」
 そしてルティアは、いつもの笑顔でもって豊かな胸を頼もしげに叩き、請け負ったのだった。

●遠い背中
 夢を見ていた。夢の中でアルクは小さく、先を行く大きな背中を必死で追いかけている。
 だけど、追いつけない。どんなに走っても走っても、距離は縮まらない。伸ばした手は、虚しく空を掴み。
 悔しさと情けなさと、切なさと。
 何度目か、空を切った手が伝える温かさに、アルクは目を覚ました。

「熱がある時は、悪い夢にうなされるものだ」
 手を握っているのと違う方の手で、アルクの額に浮いた汗を拭きながら、孝司は素っ気ないとも取れる口調で言った。
 だけど、その調子でアルクはホッと息をつく。夢に怯えて手を握ってもらった、なんて子供みたいで、恥ずかしい。
「少し熱は下がったか。食欲があるなら、軽い食事を取った方がいいな」
 胃腸も弱っているから、いきなり普通の食事はNGだ。だが、薬を飲むにしろ何かお腹に入れておかねば胃を傷めてしまう。
「とりあえず、定番でお粥と野菜スープをチョイスしてみたぞ」
 タイミング良く顔を出したのは、蒼威。お盆の上から漂う香気に、アルクのお腹が控え目にクゥと鳴る。
「食欲が出てきたのは良い傾向だ」
 真っ赤になるアルク、孝司と蒼威は気づかぬフリで食事の準備にかかった。

「しかし男衆のみが看病担当とは女縁が無いなーアルクよ‥‥」
 自分と孝司を見比べ、しみじみ思った蒼威はポンと手を叩いた。
「よし、誰が好みか兄ちゃんに言ってみ、参考までに」
「えっえっえっと、好みなんてそんな大それたものは‥‥」
「ジャクリーヌ嬢の家にいいメイドが一人くらい余ってないかね? 部屋の一つを住まいに貸し出して、食事込みでなるべく安く雇えんかなあ」
「はっ? あの、そんな人を雇うだなんてそんなおこがましい‥‥」
 恐縮仕切りの少年薬士、蒼威は少しだけ意地悪気分でにっこりと笑んで言った。
「うむ、基本は店番に掃除洗濯で猫好き‥‥もういっそ恋人募集とするか?」
「ええっ?! そんな恋人なんて‥‥まだ修行中ですし、僕には早すぎますよ」
 途端、顔を真っ赤にして大慌てで首をブンブン横に振るアルク。あんまり勢い良く振ったものだから、目も回る。
「はいはい、最後のは高度なパーティージョークだっての、照れるなウブなヤツめ」
 素早く支えてやると、アルクはホッと安堵を浮かべ。
「じゃあ、アルクの希望も入れて女性限定、なるべく同年代の若い子、と」
 続けられた言葉に、不意を突かれたアルクは思わず口にしていたお粥を噴出した。
「行儀が悪い。というか、食べ物を粗末にしてはいけないぞ」
 こんな時も淡々と注意する孝司に、「すみません」と頭を下げたアルクに更に襲い掛かる蒼威の口撃。
「ふ、アルク‥‥出会いは待ってても訪れないよ‥‥チャンスは掴み取るんだ。‥‥あ、それとも年上のお姉さんがいいか?‥‥年下はアルクの年齢だと犯罪だぞ、兄ちゃん軽蔑するぞ」
「出会いって‥‥えっ? 年下は犯罪なんですか?」
「ほほぅ、食いついたのはそこか」
「いっいえ、あの、参考までに‥‥」
 じゃれ合う二人。孝司は僅かに苦笑を上らせると、空になった皿を持ち、立ち上がった。もう少し休めば、大丈夫だろう、と。
「ううっ、病人をからかうなんて酷いです」
 その背中を感謝の眼差しで見送り、自分がからかわれている事にようやく気づいたアルクは、今度は非難の眼差しでもって蒼威を見上げた。
「まーもっと心に余裕を持て。逐一、倒れていたら話にならない。こっちもちょっとは信頼しろ」
 けれど、返ってきたのはそんな‥‥優しい、とさえ思える声。
 この人はズルイ、そう思う。軽い口調でからかって、なのにこんな風に不意に心の奥に、欲しい言葉を投げかけてくる。
「お前の父親が何十年とかけて歩いて来た道だ、そう一足飛ばしに行けると思うな。もっとゆっくり、しかし確実に一歩を踏みしめて歩め」
 思い出す、追いつけない大きな遠い背中。だけど何故だろう? その時、父が足を止めて振り返ったような‥‥笑ってくれたような気が、した。

●優しさに包まれて
「ふむ‥‥、原因は水分の取り過ぎだろう」
 アルクの状態も一先ず落ち着いたし、と孝司は響達にアドバイスしながら、訪れる客の症状も看ていた。
「水分を少し控えた方が良いな。勿論、我慢のしすぎはダメだが」
 簡単な診察と問診で、ある程度の当たりをつける。
「精神的な疲れが原因の可能性が高いな」
 話を聞いて貰えたり、原因をハッキリ指摘して貰ったり、というのはやはり安心する。
「では、こちらをどうぞ。この香りは精神をリラックスさせる効用があるんですよ」
 察した響が薬を手渡した。その手際も、すっかり手馴れたものだ。
「ありがとうございました♪ お大事になさってくださいね」
 そして、響は今日何度も繰り返した会釈で客を送る。変わらぬ笑顔と共に。

「‥‥?」
 庭で薬草の世話をしていたシルバーは、もじもじとこちらを窺っているらしい女の子に気づいた。
「何か御用ですか?」
 愛想が無いのは自覚している。それでも一応、精一杯にこやかに問うてみる。
 と、女の子は、恥ずかしそうに頬を染めると、手にしていたモノをシルバーに突き出した。
「これ、アルクお兄ちゃんに‥‥」
 摘みたての、花。
「ありがとうございます。アルクさんもきっと喜びます」
 膝を落としつつ受け取ったシルバーに、女の子は嬉しそうに微笑んだ。

「ふぅん、それがこの花なの。キレイだね」
 良かったわね、のニュアンスでルティアが言うと、アルクは嬉しそうに笑った。食事を取ったせいだろうか?、顔色も良く、表情もすっきりと落ち着いている。
 もう一眠りすれば大丈夫そうだね、安心しつつテュールは思い出した。アルクが気にしていた、飲みやすい薬についてだ。アドバイスがあったからだ。
「僕が前にお手伝いしてた農園で、モーヴに卵白とお砂糖を少し入れたのとか、バターにフィーバーフューを練りこんだのとか作ってたんだけど、飲みやすい薬を目指してるならどうかな?」
「成る程‥‥砂糖は高いですけど、代わりに蜂蜜で‥‥あっ、配合とか分かりますか?‥‥て、自分で試してみた方が勉強になるかな‥‥」
「ストップ! 色々考えたり試してみたりするのは、全快してからだよ。早く元気になって、みんなを安心させなくちゃ」
 ぶつぶつ考え込み出したアルクを止めるべく、お約束のぷにぷに攻撃を繰り出すルティア。
「うん、だからもう一頑張り‥‥ていうか、もう一休みだよ」
 テュールにも釘を刺され、アルクはバツが悪そうに首をすくめて見せた。
「え〜、でもずっと寝てたから、全然眠くないんですよ」
「まぁ横になってるだけでも、身体は休まるから」
 それでも、ルティアに諭され渋々布団に潜りこみ‥‥。
「さて、閉店後は薬の在庫量を調べて、お金のチェックをして‥‥」
 胸中で呟いたテュールはベッドに視線を止め、クスッと口元を緩めた。あんな事を言っていたのにアルクはもう、夢の中だ。
(「おやすみアルクさん、良い夢を」)
 テュールとルティアはだから、音を立てないよう注意しつつ、寝室を離れた。

 静かに閉じられた扉。開いた僅かな時間に、接客している響の元気の良い声がした。庭からは微かに猫達の嬉しそうな鳴き声。調理場からは、何か良い匂いがして。
 そういえば、こんな風に誰かの気配がする中で眠りに落ちるのは久しぶりだ、と夢うつつの中アルクは思う。
 それは少しだけ恥ずかしくて、でもとても安心できる。そうすると妙に身体が重く感じられて‥‥自分はやはり疲れていたんだな、と素直に認められた。
 寝て、起きたら元気になるから。また頑張って‥‥ええと、頑張りすぎないように、頑張るから。だから、今だけはこの優しい空気に身を沈めていたい。
(「‥‥おやすみなさい」)
 ありがとうを胸いっぱい抱きしめて、アルクは心地よい眠りに身をゆだねた。