●リプレイ本文
●待たれよ
「頼むから一人で乗り込むような真似はしないでくれ」
と、町の人々から泣いて縋られ、半ば不貞腐れたバランは宿屋に留まっていた。そして漸く冒険者達が宿屋を訪れる。
真っ先にバランへ膝をつき、礼をしたのはエリーシャ・メロウ(eb4333)。
「先立ってはお見苦しい様を‥‥」
恥ずかしそうに頬を赤らめる。
「お約束通り再び馳せ参じました。いよいよ伝説の騎士バラン卿の勲を間近で拝見できるのですね!」
「うむ。では、いざ行かん! 遅れるでないぞ!」
椅子を蹴倒して立ち上がったバランを、ヴェガ・キュアノス(ea7463)が慌てて引き止める。
「待たれよ。兵は拙速を尊ぶと言えども、敵を知らずして事が成せようか」
「少しだけ待ってください。今回のことは‥‥その商人だけでは終わらない可能性だってあるんですから」
続いてアレス・メルリード(ea0454)にも止められる。ダメ押しとヴェガは目を潤ませ
「わしらは旅の仲間であろ? 一人で戦うとは水くさい」
彼女のペットのゴンスケも同意するように「ワン!」と鳴いた。
その様子にコロス・ロフキシモ(ea9515)が喉の奥で「クックッ」と笑う。
「事情も知らず叩きのめし、こちらに非があったのでは割りに合わん。しばらく静観させてもらうとしよう」
バランは何かに耐えるように目を閉じ、冒険者達に事を委ねることにした。彼が大人しい間に、エリーシャは迷惑顔の女将をなだめておこうと、バランの武勲を語る。話が進むにつれ女将の顔は迷惑から呆れへと変わり、ついには投げやりだった相槌さえも絶えてしまった。
「‥‥あの有名な騎士道バカ一代かい。すぐ頭に血が上る悪い癖がなかったら、今頃押しも押されぬ伯爵様なんだろうけどね。抜け駆けの軍令違反は数知れず、やっこさんの勇姿に思わず駆け出して付き従った連中はほとんど討ち死にしたそうだよ。やっこさんだけが無傷なのにね」
果てしなく気まずい時間が流れた。
その頃ヴェガは話を接いでバランの気を逸らそうとしていた。
「バラン殿にはご家族はおいでなのじゃろうか。あ、悪い事なら別に‥‥」
「妻と5人の息子、2人の娘がおる。あと姪が一人。が‥‥次男のギアは正義の心に欠けるところがあってな」
つまり、常識人ということだ。多分次男の苦労は計り知れない。それを思うと言葉に迷うヴェガ。女将との沈黙に耐えかねたエリーシャがバランに声をかけたのはその時だった。
「バラン卿、仮に商人の暴利でないならば然るべき理由があるはず。そのために今、仲間達が情報を集めているわけですが‥‥」
「ならば、その悪の根っこを叩くまで。たとえそれがウィエ分国王だろうとククェス分国王だろうと!」
「もうじき仲間達が戻ってくるはずです。それまでは‥‥!」
椅子もテーブルも引っくり返して立ち上がったバランを、羽交い絞めにして止めようとするショウゴ・クレナイ(ea8247)。
「えぇい、放せっ。放せと言うに!」
「痛い痛いっ、腕を放してください!」
いつの間には立場が逆になっている。
騒ぎから少し離れたところでローランド・ドゥルムシャイト(eb3175)が竪琴をポロンと鳴らした。
♪老騎士バラン、ベーゼルハイドにて領民を苦しめる悪徳商人を懲らす♪
「うむ! 出陣じゃ!」
「あおらないでください!」
悲鳴じみたショウゴの声が店内に響いた。
●探れ
一番鳥もまだ目覚めぬ朝靄の中、ベーゼルハイドの出口に向かう影が二つ。背の高い細身の影と、ごつくて小さな影が町並みをすり抜けていく。
「ふむ。どこへ行くのだ?」
と、その影たちに背後より言葉がかけられた。静かだがどこか威厳のあるその声に影たち――ティラ・アスヴォルト(eb4561)とローシュ・フラーム(ea3446)が振り返る。
「‥‥随分と早起きなんですね」
「うむ。朝の鍛錬は日課でな」
ブン、と風を切る物凄い音が朝靄を割ると、現れたのは誰あろう、バランその人であった。言葉を裏付けるように素振りをしてみせる。鍛錬用であろう、鞘を鎖で固定した古びたグレートソードを。
「怠けると取り戻すのに倍の時間がかかるのだ。フンっ、フンっ」
大剣が片手で振られるたびに大気が震え、鳴滝がティラの髪を揺らす。
「それはそれとして、こそこそと何処へ行こうというのだ? ここ数日、毎朝人目を忍ぶかの行動。些か不審に感じられるが」
素振りをしながら尋ねるバラン。ティラは開いた口が塞がらない。代わってローシュが答える。
「調査のため調べに行っているのだ。誅するは容易いが、事態確認が必要であろう」
「‥‥今日はサガンの町まで足を延ばそうかと」
ついで我に返ったティラが答えると、バランは不満そうに唸った。
「それは分かるが、何故こそこそと」
「不確実な情報で動き、民に迷惑がかかっても問題がありますでしょう?」
迂闊な報告をしたくなかったのだという言葉にバランが黙り込む。
「‥‥道理だ。わかった。私も民のため、真実が分かるまでは剣を収めよう。だがその間も民の苦しみは悪徳商人の搾取により続いているのだ。そう一刻一分一秒も早く真実を見極め、我が剣で」
「「善処しますゆえなんとかお待ちくださいっっ!!」」
ティラとローシュが周辺の地域を探り、クリオ・スパリュダース(ea5678)やローランドが市場で塩の動きを調べる。
そしてバルディッシュ・ドゴール(ea5243)が商人の人物像から評判、住処と周囲の地理条件まで調べ、
「いいかショウゴ、見張りの交代のタイミングを見計らえばここから進入できるはずだ。脱出ルートも確保してあるが‥‥」
「わかりました。なんとかうまくやってみます」
ショウゴが忍び込む。ミミクリーを駆使し、商人の家に忍び込んだショウゴは、天井裏から商人と誰かの会話を盗み聞くことに成功。
「お主も悪よのう。山賊騒ぎで希少さの増した塩を買占め、値段を吊り上げるとは」
「滅相もない。実際、塩の原価は鰻上りで仕入れにも苦労しております。それ故纏め買いによる値引き交渉を進めたわけで」
「うむ。相変わらずの商才、商魂よのう。わしがツテで免状を都合し、価格の適正も見極めた甲斐もあったというもの」
●値上げの背景
集められた情報が吟味され、バランの元に届けられた。
「塩が希少化、高額化していたのは事実でした」
ローランドが市場調査を伝える。
「塩の税も上がっていて、ウィエでも随分と高くなっていた。税引き上げの理由は街道に盗賊、山賊の被害だ」
「最近シシェラに納める税も上がったため、ククェスから塩を買い付ける値段も上がっています」
さらにローシェ、継いでティラが塩の全体的な市場価格の高騰を伝える。
「ウィエでは塩の扱いには免状が必要で、かの商人はそれを取得していますわね」
とクリオ。女性らしい服装のせいかどこか儚げで、バランは目を細める。
「盗賊に備えてか、傭兵上がりを10人ほど集めた私設の護衛隊を持っている」
「塩をこの町にもたらすのは彼ただ一人。値段を決めるのも彼です」
周辺地価格と比べて過ぎた上乗せがされているのは明らかだった。
バルディッシュとショウゴが商人についての報告を終えると、最後にアレスが総括した。
「裏にウィエの貴族の影がある。税を重くしたことが高騰の最大の理由といえるだろう。尤も、それも領内に蔓延る山賊によって財政が悪化していることが原因だが」
腕組みをして報告を聞いていたバランは、目を閉じ、しみじみと呟いた。
「人は自覚的であれ無自覚であれ、正当な理由さえあれば普段は押し止めている欲望を開放することができる。仮令普段の自分が忌み嫌っていることであろうとも」
そして目を見開き、すっくと立ち上がる。
「いくら塩の値段が上がる理屈理由があろうと、限度がある。いわんや余計に搾り取ろうなど、許されようか?」
有無を許さぬ雰囲気で一同を見渡すと
「行くぞバランと正義の徒よ!」
言うや宿を飛び出した。何人かが慌てて追いかけたが、バルディッシュら何人かはあっけにとられて取り残された。クリオはひらひらと手を振ってたおやかに見送る。
「鎧をガチャガチャと鳴らしていくと賑やかでいいと思いますわ〜。町の人たちも応援してくださるかも〜」
バタン! ガチャガチャ!
と、その声を聞いて、飛び出していったはずのバランが駆け戻った。クリオの元に跪き、手をとる。
「レディ、素晴らしい提案ですな。その礼にぜひ食事を振舞わせてください。女将、彼女に最上級の料理を。ちょうど良い塩加減でな」
そしてバランは女将に金貨数枚を手渡しクリオに優雅に一礼すると、バルディッシュの手を引っつかみ出て行った。
「‥‥アンタ食料の持ち合わせないんだろ。顔色悪いよ。儚くなりかけてたの、バランさんは気づいてたようね。猫かぶりには気づいてないようだけど」
女将は笑いながら、クリオに料理を差し出した。
●討ち入り
「悪徳商人の家はどっちだ!?」
ガチャガチャと音を立て、町の人の注目と冷ややかな視線を浴びながらバラン一行は商人の店を目指した。情報統制により引率されるしかないバランは、突撃することもできず、歩きながら冷静さを取り戻しつつあった。これ幸いとローシュやアレスが話しかけた。
「どうだろうバラン卿。騎士が商人を討伐するというのはどうにも絵にならないとは思わないか?」
「商人を懲らしめるには、商人のやり方で行うのが相応しいのではないかと思うのだが」
「例えば、彼奴に代わり我々が適正な価格で塩を仕入れ、販売する」
「‥‥なるほど。商人に対するには商人の作法に則れと申すのじゃな?」
言い換えれば聖杯ならぬ塩の探求。商人ギルドとの問題など様々な困難は着いて回るだろうが、それはそれで魅力的な任務のようにバランも思ったようで、店に辿り着く頃には、まずアレスやローシェに交渉を委ねるという段取りになていた。
しかし。
「ええい、傍で聞いていればのらりくらりと! そこへ直れ!! 貴様らがやっているのはな、知っているか? アコギな商売と言うのじゃー!!」
「な、何を言うデスかー!? つか、おいお前ら、このジジイを排除しなさいぃ」
交渉は3分で決裂した。商人の私設護衛団とバランと正義の徒一党のガチンコバトルがスタートする。一触にバランが三人を轟沈。浮き足立った護衛団をコロスのチェーンホイップで数人まとめて絡めとる。全体を注視していたバルディッシュが、逃げようとする商人の姿を目ざとく発見。合図を受けたコロスは店を出、口笛を吹いた。
「待てええええ!!」
隠し扉に消える商人に向かってバランが吶喊。間一髪、扉の向こうに消えた商人だったが、勢い余ったバランは壁を打ち破り、さらに残敵をと大立ち回りを繰り広げる。ガシャン、バリ、ボキ!! 商品が砕け散り、飾り棚が叩き切られ、一瞬静かになったかと思うと、今度は隠し扉或いはその周囲をぶち破ろうとでもいう破壊音が周囲を襲う。
「店が、商品が、金があああ!!」
泣きながら隠し通路を出、逃げ惑う商人。と、その眼前に、先回りしたコロスの姿があった。
「二度と金勘定が出来ん様に腕の一本か二本切り落としてやろう」
商人に付き従う最後の護衛二人が進みで、その隙に商人はそっと逃げ出そうと‥‥
「クァァァァ!!」
だが異形の大きな影がその退路をふさいだ。コロスの騎獣たるグリフォン、ギルゴート!
さらに隠し扉の向こうから響き渡る鎧の音。商人は腰を抜かし、助けを求めるが、彼らも及び腰だ。
「こ、この状況からだと報酬あと3倍は必要だぜ」
そしてバランがぬっと現れると、
「こ、降参しましゅ‥‥」
商人は白旗を上げた。
「うむ。その邪な心を縦縞にする気持ちで頑張るのじゃ。塩の値段を元に戻すと約束せい!」
「改心します、努力します! でででも、値段を戻すのは山賊がいる限り無理でしゅ〜!!」
をんをん泣き出す商人を前に、むう、とバランは唸った。
「諸悪の根源は山賊か」
どこか遠くを見つめる。
「山賊の輩は、家畜を盗み、人の子を拐かして売り払う。逃げ惑う婦人を陵辱する。餓えねば人を襲わぬオーグラども蛮族にも劣る害悪じゃ。いや、伝えに聞く所によると、オーガには見事主君の仇を討った『ギュンター』なるまこと天晴れな騎士も居ると言う。きゃつらと比べるなど、蛮族に対して無礼千万かも知れぬ」
一つの悪を挫いたが新たな敵を認識し、さらに燃えるバランであった。
●大元の悪
「山賊か‥‥」
アレスはほっとしたように呟く。こう言ってはなんだが黒幕がウィエの分国や塩の製造元のククェスの分国王だったとしたら、この人マジで戦争を始めかねない。バラン個人はそれで良いかも知れないが、周囲の者は大変だ。冷静なときには知恵が働き色々と計算の出来る人なのに、正義に燃え上がる時には子供のように弁えが無くなってしまう。
今すぐにでも討伐じゃ。と勇むバランを宥める頃には、ヴェガもエリーシャもバルディッシュも、皆へとへとになっていた。ショウゴなんぞは軟弱者と殴られたくらいだ。結果的に止めたのはコロスであった。止めるどころか尻馬に乗り、果ては、
「やるからには徹底的にやろう。一人残らず撫で切りにし、細切れにしてギルゴートのエサにしてくれよう。いっそ兵を募るか? 獅子欺かざるだ。斥候を放ち、搦め手を押さえ、山賊の三族を根絶やしに討ち滅ぼそう。悪事に手を染めて居らぬ年老いた老母も、生まれたばかりの乳飲み子も、ウィルの市に引き立てて寸刻み、百刀以上を切り立てて、焼きゴテで血止めをしながら3日に渡り生きながら解体してくれよう」
逆にバランよりも過激な事を言って煽り立てたからである。流石のバランも、これには苦笑いして落ち着いた。
冷静な時のバランは極めて理非の判る男である。話の流れでローランドが質問した。
「エーガン陛下は何を脅威としておられるんだろうね。その為さり様を見るに陛下は、分国連合の盟主に止まらぬウィル全土の君主、皇帝となる心積もりの様だ。思うにそれは、各分国君主を敵に回してでもウィルの統一を急がねばならぬ理由が有るのでは? 今、ウィルに取って外部から脅威になる存在が有るとすれば、それは何だろう?」
バランは少し考えて言葉を返す。
「先代御崩御の少し前から、カオスの魔物が現れるようになった。天界人殿が大量に降る様になったのと時を同じくして、あちこちでカオスの魔物の話を聞くようにまで為ってきた。先頃、その事でメイの国から欠地卿が使いに参ったと聞く」
「欠地卿?」
「ベクテル・フィラーハ卿のことじゃ。帰順海賊シュピーゲルの頭領でな。メイのスコット侯爵の家臣で、ラケダイモンからクテイス岬に到るバシレウスの海を領土とする男爵じゃ。本土に寸地も持たぬ故に欠地卿と呼ばれ、目が悪く細めて見るクセがあるので三日月男爵とも呼ばれておる」
蔓延りだしたカオス。途方もない答えを聞いて、冒険者達は目を丸くした。
「じゃが、若の歩む道は険しい。修羅の道じゃ」
バランはしみじみとした感じで口にした。