見えない依頼人 後編 真実の彼方

■シリーズシナリオ


担当:マレーア4

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:3 G 32 C

参加人数:7人

サポート参加人数:2人

冒険期間:05月16日〜05月21日

リプレイ公開日:2006年05月23日

●オープニング

「少し、手伝ってやるから状況を纏めることだ」
 ギルドで頭を抱える冒険者達に係員は助け舟を出した。
 状況が複雑に絡まりすぎていた。
 いくつかの事柄も動き出している。
 確かに整理が必要だと思われた。

「まず、依頼人キャロルが指輪を拾った。それが全 ての始まりだ」
 ごく普通の指輪に見えたそれは、やがて持ち主に同じ夢を繰り返し見せ始めた。
 誰かに殺される歌姫。その事件を夢として。
 そして、繰り返される夢に苦しんだキャロルは冒険者に夢の調査を依頼した。
 冒険者が調べた結果、夢は実際にあった殺人事件。
 被害者は歌姫ミザリー。夜中、誰かに階段から突き落とされ、首を絞められて殺害されていた。
 彼女は数日前から怪しい人物につきまとわれていたという。
 犯人はその人物ではないかと誰もが思っていた。
 つきまとっていたのは、元兵士の男。亡くした妻がミザリーそっくりで彼女を見るのが生きがいだと言っていたという。
 姉を殺されたミザリーの弟、ベアリーは犯人を捜して夜毎街を捜索していた。
 彼女の死後感じるようになった自分を見つめる気配を戦火に感じながら。
 ミザリーの恋人と言われていたヒースは、その思いを表にこそ出さないが、夜毎酒場で鎮魂の歌を歌い、彼女の亡くなった現場に足を運んでいた。
 そして、その現場でヒースは暴漢に襲われ襲ってきた相手を殺害してしまう。
 一方、ベアリーをつけていた男の正体は明らかになった。ミザリーとベアリーの父親。
 裏街を仕切る顔役の一人である彼は、娘の死後、その犯人を捜す為、息子を守る為部下を遣わしていたのだと言う。
「酒場のマスターは、その二人の父親から、子供達を頼まれていたんだとさ。‥‥いろいろ怨みもかっている相手だからな」
 ヒースが殺めた相手が犯人であるのなら、事件はこれで解決だろう。
 だが、冒険者の誰もがそうだとは思っていなかった。
「この指輪。姉さんのじゃない!」
 キャロルが拾った指輪を、ベアリーに返そうとしたとき、彼はそう叫んだ。
 冒険者の一人、神聖魔法の使い手は確かめるようにデティクトアンデットの呪文をかけた。
 その時、冒険者の前で指輪についていたゴーストが一瞬姿を現したのだ。
 一言。
『あの人の所へ返して‥‥』
 と呟いて。
 冒険者の前に現れたゴーストの存在は薄く、感じられたのは金の髪の印象のみ。
 ベアリーでさえ、それ以降いくら呼んでも姿を現さない彼女が姉であるという確証は持てないでいた。
 そして、神聖魔法の使い手は彼女の他にもう一人、ベアリーの背後にゴーストの存在を感じたと言う。
 追跡者は二人、そしてゴーストもまた二人。
 誰が犯人で、誰が被害者か。そして、依頼人であるゴーストが望んでいるのは何なのか。
 まだ何も確証は得られていない。
 事件解決とはとても言えなかった。
「ホントにこの指輪はあんたの姉さんのじゃないんだな?」
 係員の言葉にベアリー少年は頷く。
「形は同じだけど姉さんのにはそんな染みは無いし、内側に刻んであるんだ。ヒースとミザリーって自分達の名が‥‥」
 悔しそうに、だがはっきりと言う彼の言葉に嘘はあるまい。
 ならば‥‥これは誰の指輪なのか。本当の彼女の指輪はどこにあるのか? この指輪が「帰して」という『彼』とは誰なのか。

「ヒースさんは、指輪をしていた。ではこれは‥‥」
 言いかけた冒険者の背後で扉が開いた。
「あんたは、ベアリーをつけてた‥‥」
「失礼。ベアリー様がこちらにいると聞いて。冒険者の皆様にはご迷惑をおかけしました」
 裏世界の住人にしては礼儀正しい態度でお辞儀をした男は、ミザリーを殺した犯人が死んだから主の下へ一度帰る。そう冒険者に告げた。
「とりあえず、ミザリー様殺害事件は我が主の身には関係ないようですので」
 どうやら、彼が派遣された理由はベアリーやミザリーを心配してと言うよりも、別の理由だったのかもしれない。
「ベアリー殿も良ければご一緒に‥‥という訳にもいきませぬか‥‥」
 応じる訳が無いと解っているから彼は、簡単にその手を軽く上げた。
「でも、気が向かれたらぜひ、お戻りを。主は才ある存在であれば後継者に生まれは問わぬと仰せですので」
 そう言って笑う笑顔は、やはりどこか黒く闇の存在を感じさせた。
「ミザリー様の話でもお聞かせ頂ければ、主も喜ぶでしょう。あの吟遊詩人のように‥‥」
「あの吟遊詩人? ヒースとか言う奴か?」
 係員の問いに男はそうだ、と頷いて見せた。
「なんでも、ミザリー様の形見を渡したい、彼女の話を聞かせたいからと主への取次ぎを頼まれました。おそらく来週にでも館に招待されることになると思いますよ」
 では。そう言って彼は去って行った。
「姉さんの形見? そりゃあ、あいつだっていろいろ持ってるだろうけど‥‥くそっ!」
 憎憎しげにこの場にいない誰かを毒づくベアリーを見ながら冒険者達は、去っていった男の言葉が何かと何か。見えない真実の欠片を繋いだような気がしてならなかった。

「私は、あの夢は犯人を捜して、という意味だと思ってましたけど、勘違いだったのかもしれません。もし、良ければあの指輪を『彼』の所に返してあげて下さい」
 キャロルはそう言って依頼を出した。
 見えない依頼人の思い、その向こうにある真実。
 そして、この事件の真相に冒険者達は迫ることができるだろうか?
 

●今回の参加者

 ea0760 ケンイチ・ヤマモト(36歳・♂・バード・人間・イギリス王国)
 ea3329 陸奥 勇人(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea8147 白 銀麗(53歳・♀・僧侶・エルフ・華仙教大国)
 eb0763 セシル・クライト(21歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb4464 ロバート・ブラッドフォード(44歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4501 リーン・エグザンティア(34歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4863 メレディス・イスファハーン(24歳・♂・天界人・人間・天界(地球))

●サポート参加者

リディリア・ザハリアーシュ(eb4153)/ 毛利 鷹嗣(eb4844

●リプレイ本文

●最低の親、最悪の心
 思ったより時間がかかった。だが、間に合っただろうか‥‥。聞こえてくる足音。近づいてくる。扉が開き、彼が入ってくるのを確認し彼は丁寧な礼をとって立ち上がった。
「お初にお目にかかる。陸奥勇人(ea3329)と申す。此度は突然のお呼びたてという無礼をお許しの程を」
「ミザリーを殺した犯人が解ったというのは本当か?」
「‥‥その前に確認したいことがあるのだが」
 仮面で顔を隠した男に小さく頷いて勇人は問う。
『そう簡単にあの方とお会いできると思っているのですか?』
 この会見の為、仲立ちを頼んだ男はそう言ってあからさまに軽蔑の眼差しを送ったものだ。
 貴族階級である冒険者。その中でも爵位を持つもの。普通は有利にこそなれ、不利になることは無い肩書きは、いまここでは何の役にもたたなかった。だが今回の事件について話がある、と説明したところ、顔を見せない。家ではないところで、という条件の元やっと会見が実現したのだ。
 そしてやってきた男。冒険者は見るだけで背筋がざわつくのを感じていた。部屋の中は冒険者の方が数が多い。だが外に護衛が山ほどいる。油断はできないとロバート・ブラッドフォード(eb4464)は気を引き締めて質問に入った。
 男は視線を冒険者達、そしてその中でも一番小さな少年に送る。
「お前がベアリーか。ふむ、母親に似ているか」
「て、適当な事、言うな!」
 母親の記憶さえ殆ど無い少年は、今となっては唯一の肉親と言われる人物を睨み付けた。食ってかからんばかりの彼をメレディス・イスファハーン(eb4863)は後ろからそっと止める。勇人もベアリーを片手で制して、男を見つめた。睨むに近い顔で問う。
「そちらが、知る事について教えて頂きたい。特に、ミザリーが家を出る直前、貴方が死に追いやった女性の名と身元を」
「ほお、その娘の関係者が今回の犯人と言うのか?」
 否定も肯定もせず、勇人は仮面の男を見た。勇人の反応を面白そうに見ながら彼はマーサという商家の娘の名を上げた。明るく、美しい娘で素晴らしい歌声を持っていたとも‥‥。
「その歌声を見込んで、私がミザリーや娘達の歌の指導に呼んだのだ。家族は両親に妹が一人、恋人もいたようだな。若い商人見習いだったがマーサの死後、姿を消したと聞いている」
 娘の死後、両親は後を追うように他界。残された妹は、両親の遺産を受け継ぎながらも慎ましく暮らしている。
「そこまで‥‥そこまで解っていながら何もしようとしないのか? 罪の意識は感じないのか! そもそもの原因はあんたに‥‥」
 冷静に話し合うだけのつもりだったが、思わず感情的になった。反省しながらも彼は言わずにはいられなかった。
「何をする必要? 残された妹の面倒を見てやればよかったのか? これでも私なりに気を使ってやったのだがな」
「!」
 笑っている。なんの罪悪感も持っていない。殴りかかろうとするベアリーをメレディスは制したが本心は止めたくなかった程だ。言葉が通じない相手というものが目の前にいる。
「畜生! 姉さんの言うとおり最低の男だ!」
 ベアリーは精一杯の思いをぶつける。
『父親としてはともかく男としては最低』
 そういったと言うミザリーの言葉が正しいと勇人は確信した。殴りつけたい思いをぎりぎりに自制して顔を上げる。
「この事件にベアリーと依頼を受けた俺達に預けて貰いたい。手出しは無用‥‥どうだ?」
「ミザリー嬢は貴方の女性関係が原因で家を出、そして事件の関係者に殺められた。貴方は被害者であると同時に加害者でもあるのだ」
 冒険者の詰問にも男の飄々とした、他人事のような態度は変わらない。
「好きにするがいい。私に害を与えるものでなければどうでもかまわん」
 いや、実際娘が殺されたことも他人事としか思っていないのかも。
「魔法をかけさせて頂けませんか? 貴方の心から、彼女マーサさんの姿を‥‥」
「断る」
 後ろに控えていた白銀麗(ea8147)の願いを男はきっぱりと拒絶。
「なら、もう言うことはない。行くぞ」
 言質は得た。ならば、勇人は立ち上がり仲間を促し先に部屋を立つ。これ以上この男の顔を見ていたくなかった。
「私の所に来る気は無いか?」
 囁かれた言葉を無視してベアリーも勇人の後を追う。外で待つケンイチ・ヤマモト(ea0760)と合流して去っていく冒険者を見送りながら男は小さく笑った。
 それは、誰も見ていなかったのが幸運な程の、誰が見ても悪寒を感じる、最悪の笑みだった。

●思いを、伝えるために‥‥
「‥‥ダメ。ですね。申し訳ありません。考えが、甘かったようです」
 銀麗は手に持った指輪を置いてため息をついた。
「仕方ないわ。時間も無いし」
 慰めてくれるリーン・エグザンティア(eb4501)の言葉も銀麗には辛い。できるかぎり力になりたいと思ってきたのだが、指輪のゴーストにリードシンキングの呪文は効かず意識も殆ど読み取れなかった。
「恋人の外見が解らないとミミクリーをかけるわけにもいきませんし‥‥。今となっては彼女の外見を知っているのは彼自身と、あの方だけということは」
「できないことは仕方ないわ。もうすぐ彼が来る。彼を説得して、自白を促しましょう。もう一度できる?」
 魔法を、という意味を察し彼女は立ち上がった。
 ふと胸の中に過ぎったものがある。それはさっき、ゴーストから拾った心の、唯一の断片。
『ごめんなさい‥‥』
「来たわよ!」
「彼女は決して、復讐を望んでいない‥‥それだけは確かの筈」
 リーンの呼び声に銀麗は服を直した。自らにそう言い聞かせて。

 吟遊詩人のいない酒場はいつもより静か。
「犯人はもう死んだ筈ですよ。僕を、お疑いなんですか?」
 殺人事件の当日の事を聞くケンイチとリーン。彼らに向かい合う彼は薄い笑みを浮かべていた。
「別にそうではないけど。ただ、私達の行動が、誰かの救いになることを信じたいの」
「悔いを残して亡くなったミザリーさんの為に。せめて真相を確かめたいのですよ。まだ証拠はありませんしね」
「そうですか‥‥。でも、知っていることはお話したとおりですよ。その日は一緒に帰ることはできなかった。だから、彼女を助けられなかった。それは悔いています」
「貴方が悔いているように、彼女は殺されるときはさぞかし無念だったでしょうね」
 かまをかけるようにリーンはヒースを見た。ヒースもかまをかけられているのを承知の上だろう。
「ですが、皆さん。あの男が犯人で無いと言う証拠が無いというのであれば、私が犯人だと言う証拠はありですか?」
「証拠‥‥?」
 冒険者達は何も言葉が出せなかった。証拠‥‥。
「それが無いのに、犯人呼ばわりは良くありませんよ。あの男はミザリーに付きまとい、私を襲ってきた。それが最大の証拠ではないんですか?」
 彼はそれだけ言うと立ち上がった。
「キャア!」
「人に無断で魔法をかけるのも、あまり良いことではありませんよ。面白いものが見れたとは思いませんが。では‥‥」
 気付かれていた! ヒースが立ち上がり、店主と軽く話して店を出た。それを知りながらも、リーンは追わずに隅にいた銀麗に駆け寄る。
「どうしたの? 大丈夫?」
 全身に鳥肌を立てて自分の身体を抱きしめる彼女の肩を揺すってリーンは問いかけた。
「あんな、あんな心の人が、生きていられるなんて‥‥」
「どうしたのよ。何を見たのよ。一体!」
「人は‥‥あれほどまでに人を怨むことが‥‥できるのですね‥‥。恐ろしいこと‥‥です」
 意識が遠のく。彼の表層思想。いや、きっと心の全てがそうなのだろう。それは、悲しいまでに絶望の黒に染められていた。

●復讐鬼。そして‥‥
 きっと、彼はここに来る。その確信からほぼ全員がここに集まっていた。
「あの男とヒースを会わせちゃいけない。絶対」
 勇人の言葉に仲間達は頷く。既にあの男に調査状況を話してしまったのだ。犯人と思われる人物の、詳しい名前こそ言わなかったがあの男。裏街に顔の聞く彼がその気になればミザリーのパートナー、ヒースに辿り着くことは難しくないだろう。
 なにせ、酒場のマスターすら子飼いの一人であるのだから。
 もし、会見ということになれば、確実に彼の命は‥‥。ヒースの為にも、今晩彼を止める必要があると誰もが解っていた。だが
「証拠‥‥か」
 冒険者達の意識の中で、完全に滑落していたものの存在を容疑者本人から指摘されて、ロバートは正直悩んでいた。証拠などと口にする以上、犯人がヒースであるのは間違いない。だが、彼が決して譲れぬ何かを持って犯行に及んでいる以上、目的を達成していない彼から自白を引き出すのは並大抵では無いように思う。
「明確な証拠を突きつけるか、本人の罪悪感や、心に訴えかけるしか無いでしょうな‥‥」
「彼女はきっと彼に止めて欲しいんだ。こんなこと。そして‥‥」
 指輪を握り締めながらメレディスは呟く。『彼女』がいる、と解ってからもう一度見た夢は、今までのものとは違っていた。夢の中に現れるのは悲しい目をした、金の髪の娘。ただ、ミザリーではないと何故か確信できたのだ。
 どこかで出会った、誰かに面差しが似た彼女は‥‥
『マーサさん?』
 呼びかけに小さく頷いた。彼女は、何か口を動かしていたようだがメレディスには聞こえない。
 見えたのは祈りの仕草と、涙。それはきっと銀麗が感じたと言うあの‥‥思いと同じ。
「伝えよう。絶対に‥‥」
 闇の向こうから現れた暗い影に向けて彼は、彼らは近づいていった。

「奴の所に行って何をする? 奴を殺して仇を討つつもりか? ならここまでにしておけ。彼女もこれ以上は望んでない」
 ミザリーの殺害現場。長い、階段の上から下を覗き込んでいた吟遊詩人に勇人は声をかけた。振り返った彼が薄く笑ったのが、ランタンと月明かりでもなんとなく見て取れる。
「なんのお話です? 約束があるので今日は忙しいんですが」
「俺達は見たんだ。お前が姉さんを殺すのを!」
 声を荒げたベアリーを、勇人とセシル・クライト(eb0763)は止める。
「やれやれ、よっぽど私を犯人にしたいようですね。皆さんは」
『見た』
 その言葉にもヒースの表情は揺れない。
「どうやって見たのですか? 私がやったという証拠があるのですか?」
 平然と答える。
「私はミザリーを守れなかったことを悔いています。彼女の仇を討った今も‥‥。だから、せめて彼女の父君に思い出を語って差し上げようと思うだけなのに、何故、邪魔をするのです?」
 寂しさと、悲しさを合わせたような罪悪感さえかんじさせるその顔が、心の全てを殺して作ったものだと、冒険者は知っていた。
「もう、止めてよ! マーサさんは、そんなこと望んじゃいないよ」
「!」
 初めて彼の顔色が変わった。叫んだメレディスの差し出した手のひらに握られた小さな、銀の光に照らされて。
「‥‥あんたの言うとおり、証拠は無い。だがこの指輪は俺達に教えてくれた。見せてくれたんだ。ミザリーが殺された時の様子を。彼女の首を絞めた細い指を‥‥。それは間違いなくあんたが犯人だと指し示している」
「その指輪は」
 ごくり、息を呑むヒースに勇人は冷静に説明と、推理を紡いだ。ここ場所でキャロルに拾われた指輪のこと。この指輪が見せた夢も、冒険者の推理も包み隠さず。全てを‥‥話す。
「この指輪はミザリーのものではありません。そして、ご存知ですか? この指輪にはゴーストが宿っているのです。ごめんなさい、と貴方に謝る金の髪の娘さんが‥‥」
「‥‥まさかマー‥‥サ?」
 首のネックレス。その鎖を引き千切り、彼は通してあった指輪を投げ捨てた。そしてメレディスの差し出した指輪に手を伸ばし、触れ、愛しい者を抱きしめるように掴み取る。
 逆に足元に、転がった指輪が一つ。拾い上げたリーンはそれを手の中で‥‥強く握り締めた。殺害現場から消えた、これはおそらくミザリーの指輪だ。
 その意味に、知らず手が震える。
「貴方にとってミザリーさんってなんだったの? 酒場での鎮魂歌‥‥あれもただの見せかけ?」
「今の私にとって、唯一全てなのはマーサの復讐だ。それ以外のことを考えたことも、心を留めたことも無い」
 笑顔を捨て、仮面の下に隠していたものも全て、脱ぎ捨てた男「ヒース」がセシル達の目の前に立っていた。
「じゃあ、何か? 姉さんは、親父への復讐の為だけに殺されたってのかよ!」
 ベアリーの言葉にそうだ、と何も隠さずに彼は頷く。
「あの男に近づくのは容易ではない。それに‥‥あの男の血を引く者は、存在そのものが全て罪だ!」
「なら、認めるのか? ミザリーを殺した犯人はお前だと‥‥」
「ああ」
 勇人の言葉に、彼は悪びれずに頷く。少し前までそこにいた吟遊詩人と彼は今、全く違う顔をしている。歴戦の勇士である勇人やケンイチですら、その気迫に息を呑むほどに。
「ミザリーを突き落としたのは本当にあの男だ。一緒に帰るとき、突然襲って来たんだ。あの男に突き落とされて階段下でもがいてたあいつを俺は楽にしてやっただけさ」
 どこから出したか彼の言う『護身用』ナイフを手の中で弄ぶ。
「あの男ともみ合った時、鎖が切れて指輪を落としたのは一生の不覚だった。万が一疑われたときの為に仕方なく、ミザリーの指輪を下げていたが‥‥誰も気付きもしないんだからな」
 馬鹿にしたような笑みを浮かべるヒースに
「姉さんの仇!」
 ベアリーは飛びかかった。
「待て!」
 冒険者達は彼を止めようとする。セシルは前に出て庇おうとする。目の前の男の実力は決して低くない。ベアリーの喉が切り裂かれる。手を伸ばしかけたその時!
 シュン! 微かに空気を切る音と共に
「えっ?」
 信じられないことが起きた。
 ベアリーと、そのナイフにダイブするようにヒースが倒れこむ。
「あっ‥‥。えっ!」
 逡巡無く駆け出した冒険者達がそこで見たものは‥‥腹と背中にナイフを差したヒース。
 そして血に濡れた手とナイフに震えるように立ち尽くすベアリーだ。
「しっかりしろ! 二人とも!!」
 手配に動き出す冒険者達。だから草陰から逃げ出す闇色の背中を見た者はいても、誰も追う事ができたものはいなかった。

 どこか、遠いどこかで誰かの笑い声と、誰かの悲しい鳴き声が聞こえる。
 それが、長いこと冒険者の耳と頭から消え去ることは無かった。