希望の虹10〜「小さな(恋の)メロディ」

■シリーズシナリオ


担当:マレーア4

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:12人

サポート参加人数:5人

冒険期間:08月17日〜08月22日

リプレイ公開日:2006年08月24日

●オープニング

 ずっとずっと考えている
 自分に何が出来るのか、自分に何か出来るのか
 ただ受け取るだけでなく、ただ与えられるだけでなく、ただ守られるだけでなく
 何かしたい、何かを返したい
 誰かの為に‥‥大切な誰かの為に

「うっみ〜!」
 眼前に広がる海、やってきました虹夢園ご一行様。海で遊んだ事が無い子供達は皆、興味津々で瞳をキラキラさせている。
「皆、気持ちは分かるけど今日はダメですよ。明日、日が昇ったらたくさん遊びましょうね」
 そんな子供達に水を差すのは可哀相、思いつつクリス先生はやんわり注意した。このキレイな‥‥でも、プライベートビーチなせいか人気が意外な程少ない海岸は今、ゆっくりとその色を変えつつある。初めての海、薄暗くなっては危ないし、何より皆疲れている。
「‥‥ほら皆、ここは先生に従おうぜ」
 子供達は名残惜しそうにしつつ、クリス先生に従った。
「悪いチコ、忘れ物‥‥ちょっと先、行っててくれ」
「一人で大丈夫?」
「平気だ、すぐに追いつく」
 そんな中、ケディンは一人列から離れた。ちょっとした岩場を器用に降りていき‥‥ふっと低く声を出す。
「何か用があるなら出てきな」
「‥‥お願い、返して」
 と、小さな声がケディンの耳に届いた。自分達を窺っていた気配の主‥‥岩陰から覗いていたのは、一人の女の子だった。けれど、その女の子を目にしたケディンは目を大きく見開いた。その女の子が可愛かったから、というのもある。だが何より驚かせたのは、その女の子の下半身‥‥波に使ったその部分には、足の代わりに魚の尻尾が生えていたのだから。
「‥‥モンスター?」
「違うわ! 私はマーメ‥‥ええと、とにかくモンスターじゃないし、危害を加えるつもりはないから」
 寧ろ、怯えた表情を向けられケディンは頷く。確かに少女からは害意や悪意は感じられなかったから。
「私はマリーン。ずっとずっと遠い海から来たの」
 警戒を緩めたケディンに、マリーンはぽつぽつと語った。年長者の案内で初めて外の世界に出た事、どうしても陸の世界が見てみたくて、こっそり抜けてきてしまった事、そして、そこ‥‥ここで宝物を落としてしまった事を。
「大切なものなの‥‥とてもとても、大切な‥‥」
 瞳を潤ませたマリーンに、ケディンの胸がズキンと痛む。泣かないで欲しい、どうか泣かないで。そして、思った。この子の為に何か出来ないだろうか、と。思って、告げた。
「なら、俺が見つめてやるよ。お前の大切なもの」
 途端、少女はビックリして目を大きく開いた。拍子にポロリと一粒涙が海に還る。
「‥‥本当?」
「あぁ。どんなものなんだ?」
「ペンダントなの。こんな風なウロコが、一枚付いた」
 岩場に手を着き、自らのキラキラしたウロコを示すマリーンに、ケディンの心臓がドキっとした。その、ポーズが‥‥。
「あっえっと、何か手がかりとかあるか?」
 視線をさまよわせるケディンに気づかず、マリーンは頷いた。
「うん。多分拾ったのは、あなたくらいの男の子だと思う。プレゼントとか何とか言ってた‥‥気がする」
「だから、俺達を窺っていたのか」
 頷き、ケディンは考える。だけど、自分達の誰かではない。すると、近くの子供か。そういえば、小さな村があるって聞いた気がする。
「大丈夫だ、絶対に見つけてみせるから」
 すがる瞳に、男らしく請け負うケディン。カッコつけたいという部分もあった。しかし、何より‥‥こんな風に誰かの役に立てる事が、嬉しくて。
「明日の夕方、またココに来られるか?」
 そして、二人は約束を交わす。幼い、何の強制力も無い‥‥だけど、互いにとって大切なかけがえの無い約束。
「あ‥‥」
 と、ケディンは思い出して慌てて頼んだ。
「この事、皆に話しても良いかな?」
「みんな‥‥?」
 マリーンの顔が曇った。人は恐ろしいもの‥‥そう教えられた。ケディンは、この真剣な面持ちで約束してくれた少年は信じられる、けど。
 迷うマリーンに、ケディンは言った。
「大丈夫、皆信じられる」
 初めて口にする、言葉。照れくさくて恥ずかしくて、でも、嬉しくて胸があったかくなる、その言葉。
「皆、仲間‥‥家族、なんだ」
 ケディンをジッと見つめていたマリーンは、そして、頷いた。

●今回の参加者

 ea0502 レオナ・ホワイト(22歳・♀・バード・エルフ・イギリス王国)
 ea0907 ニルナ・ヒュッケバイン(34歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea0941 クレア・クリストファ(40歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea1683 テュール・ヘインツ(21歳・♂・ジプシー・パラ・ノルマン王国)
 ea4358 カレン・ロスト(28歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 ea4441 龍 麗蘭(32歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea7095 ミカ・フレア(23歳・♀・ウィザード・シフール・イスパニア王国)
 ea7509 淋 麗(62歳・♀・クレリック・エルフ・華仙教大国)
 ea7511 マルト・ミシェ(62歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 eb4097 時雨 蒼威(29歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4191 山本 綾香(28歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 eb4604 青海 いさな(45歳・♀・忍者・ジャイアント・ジャパン)

●サポート参加者

チカ・ニシムラ(ea1128)/ ショウゴ・クレナイ(ea8247)/ アリシア・テイル(eb4028)/ ミアン・コールウェル(eb4285)/ ストレー(eb5103

●リプレイ本文

●海へ行こう
「良い思い出、たくさんたくさん創りましょうね」
 初めて目にする海に興奮しきりな子供達に、クレア・クリストファ(ea0941)はいつものようにニコニコと伝え。
「楽しみじゃのぅ、海! 日焼け鎮静用にレディスマントルの乾燥葉をたんまり持ってきたから、安心して真っ黒になるのじゃよ?」
 マルト・ミシェ(ea7511)もまた、子供達のわくわくを盛り上げた‥‥時だった。
「あの、皆に話‥‥お願いがあるんだ」
 海岸から一人遅れてきたケディンが、そう切り出したのは。彼の話は、足の代わりに魚の尻尾があるマリーンという女の子と出会った事、彼女が宝物を失くして困っている事、それを探す約束をしたから明日は別行動をしたい事、だった。
「誰かのために何かを為すってのはいいコトだ。それだけでも価値はあるが、折角だから結果を出してぇよな」
 反対されるのも覚悟していたケディンは、ミカ・フレア(ea7095)の言葉に顔を上げた。そこに降ってくる、優しい手。
「人助けも良い経験になると思うの。皆で手伝わない?」
 クレアはケディンの頭を撫でてから、皆を見回した。
「でも‥‥」
「こういうのは、頭数があった方がいいしな」
「そうだね、ジェイク。みんなも手伝ってくれるよね」
 変な遠慮しちゃだめだよ?、テュール・ヘインツ(ea1683)に子供達がそれぞれ笑顔で頷く。
「困ってるなら助けてあげないと、ね?」
「一人でやろうとしないで、皆で協力した方が効率的ですよ」
「探し物は皆でやった方が効率的じゃ、この婆が言うんじゃから信じて間違いないぞ」
 ニルナ・ヒュッケバイン(ea0907)の言葉に、皆に悪い‥‥言いかけたケディンを留めたのは、淋麗(ea7509)とマルト。
「ケーディーン? なんだか上手くやってるじゃないか」
 そして、青海いさな(eb4604)が茶化すように小突くと、それ以上の遠慮を諦めた。というか、慌てた。
「べっ別にそういうんじゃないよ」
「え〜そぉお?」
「ほほぉ、その辺りもう少し詳しく聞かせてもらおうか」
 いさなと同じくそういう話は大好き‥‥寧ろ自分はその為に、恋のドキドキサポーターとしてきたのだ!、と時雨蒼威(eb4097)に詰め寄られたケディンは顔を赤くして逃げた。勿論、直ぐに捕獲されるわけだが!
「話を聞いた限りではマリーンはマーメイドじゃな。遠い海の底の国で暮らしておる筈じゃが‥‥」
「人魚の肉は不死の妙薬って噂で、人間に狩られた事もある‥‥とかで人間の領域を離れてるんだったか」
 知識を持つマルトとミカの会話に、ふとケディンの顔が曇る。
「そんな人魚がわざわざ人の多い場所に何しに来たのかね‥‥いや、言い換えればここが会話を弾ませるポイント!、よく気付く男をアピールするのにもってこいだぞ」
 気づいた蒼威は発想の転換とばかりに、はっぱをかけ。かけられた方は再びあわあわしている。子供の恋は純粋な恋。ただ魂を恋うにしあれば、世の定めをも超えにけり。
「ふふっ。あぁいう所を見ると、安心しますね」
 そんな様を嬉しそうに見つめていたチコは、カレン・ロスト(ea4358)を振り仰ぎ、ニッコリと頷いた。その笑顔に、カレンもまた笑み返す。
 カレンにとって、チコとケディンは気になる存在だった‥‥その境遇を知ってから。かつての自分、過去の経緯と似ているから‥‥だから、嬉しい。今のように自然に笑ってくれていると。
 同じ気持ちで、いさながその大きな手をポンとチコの頭に乗せ。
「それはそれとして、あまり大勢で行っても村の人たちを驚かせちゃうだろうし、私は残って小さな子達を見てるよ」
「そうですね。私もお留守番‥‥ショーン君達を見ていましょう」
「私も挨拶に残ります」
 山本綾香(eb4191)やリデアも言い、一同は明日の予定を詰めていく。
「あっそうだ、これ‥‥」
 と、その中でテュールはケディンを呼び止めると、その手に白波の指輪を握らせた。
「あげるよ。使い道はケディン君次第‥‥自由にしていいから」
 交換に使ってもプレゼントに使っても良い、言うテュールに少し考え込んでから、ケディンは頷き。
「あのっテュール‥‥兄ちゃん‥‥ありがと」
 顔を真っ赤にしての感謝に、テュールはくすぐったそうに笑みを返した。
「今回はいっぱい遊びましょう。もちろんケディン君の約束も手伝ってあげないといけませんね」
 そんな様子を眺めながら言うニルナに、ノアは一瞬‥‥ホンの一瞬だけ沈黙してから、
「‥‥はい」
 ニルナの瞳を真っ直ぐ見つめて頷いたのだった。

●探し物はどこですか?
「皆、迷子にならないようにね」
 サナとジェイクと手を繋ぎながら、レオナ・ホワイト(ea0502)。目的の村は小さな集落だった。
「ですが、小さな村なら、皆様家族の様に近い存在かと思います。マリーン様の情報を元に、該当しそうな子を探しましょう」
 カレンはケディンを安心させるように言い、
「いいかい? 村の人たちに失礼がないように、子供たちとケンカしないよう気をつけてね」
 テュールもちょこっと注意を促し‥‥そして、拾い主探しが始まった。
「すみません、私の知り合いが近くの海岸で大事なペンダントを落としてしまったんです」
 龍麗蘭(ea4441)は村人達を警戒させない様にこやかに、礼儀正しく話しかけ。
「目撃者の話では恐らくこの村の子供が持っていっただろうと‥‥最近それらしき物を持った子に心あたりはありませんか?」
 マリーンの事は伏せたまま、聞いて回る。
「怪しい者ではないですぞ。数日ですが滞在させて貰う事になりましての、よろしくお願いしますのぅ」
「本当よ、皆。この方達はご領主様の所のお客様よ」
 いきなり余所者が人探し、疑われてはならぬと村人達に挨拶するマルトに、一人の女性が口を添えた。
「おぉ、昨夜は世話になったのぅ」
 見ると、昨日宿泊施設で何かと世話をしてくれた女性だ。
「何か知っている事があったら協力して差し上げて」
 口ぞえもあり、村人達は警戒する事無くマルト達捜索班を受け入れてくれ。
「俺達も手伝ってやるよ」
「あっ‥‥ありがとう」
 真っ黒に日焼けした村の子供達に案内されるケディンやチコに、カレン達は目を細め、子供達の後を追った。
「皆さん、この様な鱗を落としてしまったのですがご存知の方はいらっしゃいませんか」
 そんな中、麗はケディンから聞いたマリーンの鱗を丁寧に描写し、心当たりが無いか尋ねていた。
「‥‥ん?」
 その説明の中、ミカはどこかそわそわと落ちつかない一人の少年に気づいた‥‥注視したのは、彼がケディンと同じくらいの背丈だったから。
「もしかして、何か知ってるか‥‥?」
 ダメ元で問うてみる。少年は眼前に現れたミカに驚き、やがておずおずと頷いた。
「多分、それ俺が拾ったヤツだと思う‥‥けど、人にやっちまって‥‥」
「ごめんなさい。本当に申し訳ないのだけれど、その人のいる場所を教えてくれるかしら?」
 タイムリミットは夕方‥‥真剣な眼差しで訴える麗に、少年は不承不承頷いた。
「私達はその鱗を探している者ですが、その鱗を返していただけないでしょうか」
 ペンダントは、拾った少年が付き合い始めた女の子に初めてのプレゼント、として渡した後だった。皆にも伝え、少年と共に少女の元を訪れた麗は、説得した。初めてのプレゼント‥‥それが少女にとっても大切なものだと承知してはいたが。
「拾っていただけたのですね、ありがとうございます」
 カレンは先ず、ちゃんと頭を下げ。
「それは落としてしまった方にとって、とても大切な品物。どうか、その子の為にもお返し願えませんか?」
 心を込めてお願いした。
「そのペンダントは貴方にとっても大事なものなのだろうけど、ペンダントを無くして困っている子がいるの。だから、ペンダントを返してくれると嬉しいのだけれど‥‥駄目?」
 膝をつき、目線を合わせて真摯な眼差しで頼むレオナ。
「‥‥分かったわ」
 やがて、懇願を受けた少女は確りと頷いた。
「私にとってこれが大事なのは、彼がくれたから‥‥誰かの宝物を取り上げる気はないわ」
「折角だから、ただ拾っただけのモノより何か作ってやらねぇか? 俺達も手伝うからよ」
 と、ミカが少年に提案すると、少女はパッと顔を輝かせた。
「浜辺で綺麗な貝殻を拾い集めて、繋いで作った首飾り、とか?」
「あそこには沢山キレイな貝殻が落ちてるし‥‥あなたが作ってくれた、あなたと一緒に作る首飾りの方が嬉しいわ」
「そうか? おまえがそう言うなら‥‥」
 途端、二人の世界〜ラブラブオーラを出す少年少女に、マルト達は「これで一安心じゃ」と喜び。
「くっ、あいつら俺より年下だろ‥‥?」
 ジェイクは一人、衝撃を受けた様に悔しそうに、初々しいカップルを睨み。
「うん。どうせなら皆で作りたいけど‥‥ビーチに勝手に呼んだら怒られちゃうかな」
 そんなジェイクを内心で励ましつつ、「う〜ん」唸るテュールに男の子は首を振った。
「ご領主様は怒ったりしないよ。お客様が来ている間はダメだって言われてるけど」
「それって僕たちの事だよね‥‥なら、大丈夫かな?」
「穴場とか遊び方とか色々教えてあげるよ」
 屈託無く言う少年少女に、テュールは「お手柔らかに」と微笑み、明日の約束を交わしたのだった。

●波間のマーメイド
「いいか、友情は無限でも愛は有限‥‥時間制限付だ」
 ゆっくりと暮れゆく海辺。ペンダントを手にマリーンを待つケディンは、蒼威のレクチャーを受けていた‥‥ちなみに拒否権は無し!
「愛とかそんな‥‥俺はまだ子供だし‥‥」
「ほほぅ、いいのか? 奪い勝ち得ない奴は敗者‥‥よく見ろ周りの大人にも沢山いるぞ?」
 指摘にケディンはショックを受けた、ビビッと。そういえば、身近にもいるいる大人ばかりではないが。
「お前には秘策を授ける」
 顔色を読んだ蒼威は重々しく告げると、おもむろに取り出した銀のネックレスを、その手に握られた。
「これをペンダントに、『外れてまた失くさないように』とでも言って通して来い。彼女の大切な形見に、お前との思い出を刷り込むのだ!」
 ペンダントを見る度に彼女はケディンを思い出す‥‥蒼威の熱意に煽られ、ケディンはこくこく頷き。
「あと彼女が何しに来たのかとか事情を聞いとけよ」
 そして、蒼威は最後のメッセージを贈る。
「ここが今回の要‥‥! 弟子よ、目的や住所を聞き出し次への機会、フラグを立てて来いっ」
「分かったぜ師匠! 自信はないが、当たって砕けてくるぜ!」
「砕けてどうする!?‥‥お」
 スパーン、突っ込んだ蒼威は気づく。待ち人が到着した事に。
「100年以上何も進展していない私が云うのもなんですが、恋(一方通行)を愛(双方向)に変えられれば、今以上の幸せを感じられるはずです。お互いがんばりましょう」
 途端、ガチガチになったケディンを、麗は励ました。というか、わが身を省みつつ気合を入れた。
「ほら、頑張ってらっしゃい。笑顔になったあの子を見たいんでしょ?」
「お前の約束だからな、やっぱお前が締めるのが筋ってヤツだぜ」
 そうして、「うん」と一つ深呼吸したケディンの背を、レオナとミカはそっと押し出した。

「良かった‥‥」
 ペンダントを見せると、マリーンは安堵の息をつき。
「宝物が見つかって良かったな」
 ケディンに、「それもあるけど」と、はにかんだ笑みを見せた。
「ケディンと、ケディン達と出会えて良かったなって」
 その瞳は海岸‥‥こちらを見守っている蒼威達を映して。
「皆は人間は怖い生き物だって、近づいちゃいけないって言ってる。でも、お母さんは人間は優しいって、友達だよって言ってた」
 母の言葉は本当なのか、それとも皆の言う通り嘘なのか確かめたかった‥‥マリーンは切なく呟いてから、
「お母さんの言葉が嘘じゃなかったって、確かめられて本当に嬉しい」
 満面の笑みを浮かべた。
 争いを好まぬ人魚は人の生存圏を避け、深い海の底で暮らしている。それでも、何らかの出来事があって、或いは何らかの事情があって、人と関わりを持つ者もいるという。
 おそらく、マリーンの母親もそんな一人だったのだろう。
 その笑顔に半ば見とれていたケディンは、ハッと気づき慌ててペンタント‥‥蒼威が言っていたように、多分お母さんの形見なのだろうそれを手渡した。白波の指輪で繋いだ銀のネックレスと、一緒に。
「これ、プレゼントなんだ」
「私に? 嬉しい!」
 マリーンはそれをそっと受け取り。
「ちょっと待ってて」
 何を思ったかその身を、波間に滑り込ませた。飛沫と共に、キラキラした尾びれが輝く。
「‥‥あのね、私もプレゼント」
 直ぐに戻ってきたマリーンの手には、小さな巻貝が乗っていた。
「ありがと、大事にする」
「うん。それと、私もう帰らなくちゃ‥‥」
 有頂天になっていたケディンはその言葉で一気に気落ちした。で、思い出す。蒼威からのアドバイスを。
「また、会えるかな?」
「‥‥難しいかもだけど、また会えたらいいな」
「あのさ、また来年‥‥俺、毎年この季節にこの海に来るよ。だから、いつかまたこの海で会おうよ」
 多分師匠辺りが聞いていたら「いや、それは気が長すぎだろう!」と突っ込んだだろうが、ケディンにはこれが精一杯だった。
 恋と呼ぶには幼くて拙くて、だけど、確かに大切な気持ちで。
「うん‥‥きっとまた、ここで」
 二人は約束を交わした。
「青春ね‥‥若いっていいわぁ」
 海岸から二人のやり取りを見守っていたレオナは、そんな光景にほぅっ、と溜め息をついた。視線の先、小さな人魚が海へと還って行く。
「もうなくさないでくださいね‥‥大事なものなら尚更です」
 両手を口に当てて、大きく声を張り上げるニルナに、マリーンは大きく頷いてみせた。その胸元を飾る、指輪に繋がれた二つのペンダント。大切な絆の証。
「この出逢いは希望の架け橋。輝く未来を作る為の欠片。願おう‥‥何時か、欠片が一つとなる刻を」
 手を振るマリーンと子供達を見つめ、クレアは海風にそっと囁いた。

●サマーバケーション
「さーて、無事解決したことですし‥‥いざ出撃ですね」
 一夜明けて翌日。ニルナが取り出したのは、ビキニの水着。
「皆さんも着替えて下さいね」
「ちょっと恥ずかしいですけど、試してみます」
 同じようなビキニやワンピースの水着を取り出したリデアから、カレンが勇気を出して受け取ったのは、白いワンピース型の水着。恥ずかしいからパレオも付けて。
「み、水着? 嫌よ、私の身体の貧相さを見てわからないの?」
 対照的にしり込みしたのは、レオナだ。
 だがしかし、ほぼ同じ体形のサナ達‥‥はともかく、リデアがピクンっ、と動きを止めると、何と無く口を噤んでしまう。
「‥‥水着って、つるんぺたんだと着ちゃいけないのですね」
 更に、子供達が暗い顔で着替えの手を止める。
「子供は良いのよ? 子供は‥‥」
 慌てて言うレオナだったが、クレアやニルナの無言のプレッシャー、笑顔で水着を差し出されるっていうか押し付けられるとそれ以上抵抗は出来なかった‥‥子供達が悲しそうな目で見ているし。
「‥‥分かったわよ、着れば良いんでしょ、着れば!」
 最後には半ば自棄になって叫ぶ、レオナ。
「マルトおばあちゃんはどれにするの?」
「いやいや水着というものは、あと100年若くないと着ることはできんでのぅ」
「おねーさんもね。水着は恥ずかしいからこっちにしておくわ」
「泳ぐつもりはありませんし。日焼け対策もしておかないと、ですね」
 その横ではちゃっかり、マルトが濡れても大丈夫な服を用意してたり、いさなが海女姿+サラシを装着していたり、綾香に至ってはスボンをはいていたりしたのだった。
「うぅっ、裏切りものぉっ!」
 そんな仲間達に対する悲鳴が、海岸に響いたとか響かなかったとか。
「ジェイク君、サナちゃんの水着姿、ちゃんと褒めるんだよ?」
 女性陣の着替えを待っている男性陣、テュールはジェイクにそっとアドバイスを送っていた。
「女の子は褒められるのが好き‥‥らしいよ、僕も聞いただけだから本当かはわからないけど」
 途中から自信がなさそうになってしまうのは仕方ない。テュールとて実践はまだなのだから。
「だけど、気の利いた事言える自信、ないよ」
「大げさにならないように思ったままをさりげなく言えばいいと思うよ」
 テュールは囁いてから、姿を見せた女性陣‥‥サナの方へと、ジェイクを押し出した。
「どう? ジェイク」
「‥‥いいんじゃね? カワイイ、と思う」
「そうでしょ? この水着とてもカワイイの」
 懸命なアプローチを勘違い‥‥軽く流されたジェイクはヘコみ。
「ね、早速海に入ってみましょ」
 だけど、手を掴まれた途端、嬉しそうに駆けて行く。
「ノア君も早くいきましょう!」
 同じように、何故か顔を背けているノアの手を引くニルナ‥‥と、気づいた。ノアの顔が、真っ赤になっている事に。
「暑いですか?」
「いえ! ただ、ちょっと目のやり所が‥‥」
 らしくなく口ごもるノアに、ニルナは自分の格好を‥‥ビキニ!、バッバ〜ン!、ナイスバディ!、を見下ろし問うた。
「ふふ、ノア君‥‥私の水着どうですか? 似合います?」
 意図したわけではないが、少しだけ前かがみになったニルナ、その胸の形の良さがハッキリと見て取れたノアは、ノックアウトされた。
「ノア君‥‥!?」
 鼻血を拭きながら仰向けに倒れるノア。
「いやいや、青少年には少々刺激が強すぎたようだね」
 笑みを含んだ声音で言うと、いさなはニルナをひょいと抱き上げた。
「何するんですか‥‥って、その窪みはいつの間に!?」
 そこには丁度人一人が埋まるくらいの窪みが準備完了、待ち構えていたりして。ぽすっ、と落とされてしまう。
「うふふっ、何の為の穴でしょう?」
 先ほどの恨み、とばかりにレオナが率先して埋める、埋め埋め。
「あぁぁぁぁっ、これでは遊べないじゃないですか」
 勿論、レオナもいさなも鬼ではない。脱出は可能にはしておき。
「直ぐに助けますっ!」
 カレンに看護され復活したノアもまたすかさず、救出に掛かった。
「さぁ貴方達、大物釣るわよ〜」
 そんな光景を横目に、クレアはアイカ達を誘い、釣りに繰り出す。
「先ずはかまどね」
 見送り、麗蘭は石かまど作り。かまどを作り火を起こし、用意してきた鍋一杯に海水を汲み火にかける。これで塩が出来るはず。
「クレア達の手腕には期待しているけど‥‥」
「昨日留守番の間潜ってみたんだけど、ナマコとか海の底に使えそうなものがあったよ。引率がてら獲っておくよ」
「それは嬉しい、私も探してみるよ」
 いさなに、麗蘭はニコリと礼を述べた。
「わっ、しょっぱい」
「ね、怖くないでしょ」
 先ずは水に慣れる事から‥‥クレアに抱かれ水に入ったアイカは目を丸くした。
「ララティカさんも、気持ち良いですよ」
 カレンに誘われたララティカも、最初は恐々と波打ち際に寄り。波が寄せると逃げ、返すと追っていき。クレアに水をかけられるとビックリ顔で、直ぐにきゃらきゃら笑い声を立てながら水をかけ返してくる。
「ほら、レオナ先生も!」
「この辺は魚獲れるのよ」
 波打ち際で戯れながら、クレア達は地元の子供から穴場も教わり、釣りにも挑戦した。
「ほらほらおまえ達、いきなり飛び込まない! ちゃんと準備体操してからだぞ」
 一方。競うように海に飛び込もうとした村の子供達とジェイクを、空中からの声が留めた。
「はいみんな〜、海の中では危険な事をしない事! 慣れてるあなた達もね、キチンと言う事を聞いてね」
「そうだぞ、海を甘くみたらダメだぞ」
 引率に戻ったいさな、そして、ミカに返る良い返事。
「約束は遠くに行き過ぎない、危険な事はしないの二点、じゃあ準備運動してから思いっきり泳ごうね!」
 子供達は分け隔てなく歓声を上げて海へと飛び込んだ。
「ううっ、身体中砂だらけです」
「海に入れば大丈夫ですよ」
 その後を脱出に成功したニルナとノアも、追った。

「砂山を作るのも面白そうじゃな」
「うん。おっきいおうちつくるね」
 砂浜では、マルトがショーンと愛犬のグリと砂山作りに興じていた。というか、ショーン的には虹夢園らしい。
「海‥‥きれいですね。自然がたくさんで、気持ち良いです」
「って、ボールそっち行ったよ〜」
 近くでは綾香とテュールが、チコやケディン、ペンダントを返してくれた少年達と一緒に、蒼威から借りたビーチボールでビーチバレーを楽しんでいる。
「カッコ良い所を見せるのだ‥‥アタ〜っク!」
「させるか、レシ〜ブ」
「うふふっ、みんな上手ですよ」
 はしゃぐ子供達に目を細め、木陰でゆっくりバカンス気分に浸るのは麗。こうしてゆったりしているだけで中々楽しいものだ。
「あーバカンスだ‥‥ああ礼服でも涼しいわ‥‥」
 同じく蒼威もゆったり気分。そういえばここの所、仕事三昧‥‥たまにはこういうのも良いもんだなぁ、気分で。
「蒼威せんせぇ、こっち投げてぇ」
「おぅっ、行くぞ〜」
 ころんころんと転がってきたビーチボールを投げて、蒼威もまた海面に映る光と強い日差しに目を細めた。

●夏の思い出
「さぁてと、準備は‥‥うん、出来てるわね」
 お昼の準備、となれば麗蘭の本領発揮である。
「美味しいご飯‥‥ふふ、先生頑張っちゃうんだから」
 ニルナやカレンと共に、子供達も手伝いに入る。
「良い? まずはお腹に切れ目を入れ、そしたらこうして内蔵を取り除くんだよ」
 麗蘭はそんな子供達に、クレア達が釣ってきた魚の捌き方や調理の仕方をレクチャー‥‥何事も経験だ。
「じゃみんなもやってみて、もし出来なかったら無理せずに私に言ってね、包丁を使うから危ないしね」
 さすがにララティカやルリルーは危なっかしいが、アイカとサナは中々の勘の良さだ。
「上手ね‥‥料理は好き?」
 笑みと共に「はい」と答えるサナに、麗蘭も笑み返す。
「これで下拵えは完了、次は焼く準備」
 本日作るのは塩だけで味付けた焼き魚とスープだ。
「こうして串を尻尾から刺してエラから出す、そしたら目に刺して口から串を出したら完了っと、あとは焼くだけよ」
 スープは鍋に水を入れ沸騰させアラで出汁を取る、その際灰汁を小まめに取る‥‥注意を聞きながら、子供たちもおっかなびっくり、だけど楽しそうに手を出していく。
「出汁を取ったら野菜と魚の切り身を入れて一緒に煮込み、塩で味を調えたら‥‥完成よ」
 それから、コノコや酢の物を添えて、皆でご飯となった。
「はい、皆。ケンカしちゃダメですよ」
 言いつつニルナは固形保存食を配った。更に缶ジュースを子供たちに、缶コーヒーは大人達に手渡す。見ると、固形保存食を渡されたジェイクやサナは、心得た風に小さな子供たちや村の子供達と分け合っていて‥‥自然、ニルナは目を細めた。
「美味しいっ!」「これいつもの魚だよな」「全然違う」
「そう? ありがと」
 口々に上がる歓声に、麗蘭は満足そうに笑みを深め。
「本当に美味しいです。どうしたら麗蘭先生みたいに上手に料理できるんですか?」
「料理は心なり! 料理が好きって気持ちを、大切にしてね」
 その答えにサナは真剣な顔で大きく頷いた。
「ノア君、口についてますよ」
 ニルナは微笑みながら、その指をツとノアに口元に伸ばした。少年の唇に触れる、と、ノアは顔を真っ赤にしてウロたえた。
「すみませんっ」
 慌てて口元を拭くノアに、ニルナは「どういたしまして」のほほんと笑った。
「では、プレゼントを作りましょうか。先ずは貝殻探しですよね」
 美味しい料理に舌鼓を打った後は、皆で貝殻のネックレス作りだ。綾香やカレン、ミカが率先して貝殻を集めていく。
 と、クレアの目に、寄せては返す波を見つめ佇むクリスの姿が目に入った。
「リオンが居なくて寂しいんじゃないの?」
 突っ込まれたクリスは、瞬間顔を真っ赤にし、素直に白状した。
「そんな事無‥‥くもないですけど」
「正直ね」
「リオンさんにはご迷惑かもしれませんけど‥‥気持ちは止められませんし」
「そうね」
 二人はどちらからともなく、出来たばかりの貝殻のネックレスに喜ぶ幼い恋人達を眺めていた。

「最後の夜ともなれば、肝試しよね」
 クレアの主張と共に、先生達はクジを引き‥‥悲喜こもごものドラマがあったりした後、準備期間を経て始まりました肝試し!
「さぁジェイク、男の子なら泣かない様にね」
「わっ、分かってる」
 クレアに答える声は、言葉とは裏腹に震え気味。というか寧ろ、サナに気遣われている。
 ノアとクレアとララティカと麗、ショーンと綾香とテュール、ケディンとチコとカレンとクリス、アイカとルリルーとレオナ、ジェイクとサナとクレアとリデア、という風に数人のグループを作り一組ずつアタック。
「ニルナ先生は僕が守りますから!」
 昼間とは違う雰囲気にビビリながらも、頼もしく言うノア。
 木陰で佇んでいたマルトは四人が通るのを待ち構え、地の底から響くような声音で言った。
「うらめしやぁ〜」
 意味は分からないながらも、迫力がある。髪を下ろしたマルトは、すごく雰囲気があるし。
「大丈夫ですよ、あれは本当のお化けではありませんから」
 シクシクと泣き出したララティカを、麗は慰めに掛かった。
「少し脅かし過ぎたかの。次からは気をつけんといかんな」
 馴染みの手で頭を撫でられ、ようやく涙は止まった。
「ななな何か雰囲気ありますね」
「ショーンが一緒だから、手加減してくれてるみたいだけどね」
 いさなが遥か頭上からランタンで脅かしてきた時は、心臓がドキドキしてしまった二人だったが。それでも、綾香もテュールも、ショーンの手は最後まで離さなかった。
「こんなの怖くないだろ」
「でも、やっぱ怖い‥‥」
 元の職業柄か、夜目が利くらしいケディンは堂々たるものだったが、チコはビクビクしていた。
「私もこういうの、苦手なんです」
「ケディン君チコ君、私達を守って下さいね」
 それでも、カレンにそう言われてしまうと、男の子としては頑張らないわけにはいかないわけで。
 はぐれない様、道を外れない様、しっかりと手を繋いでゴールを目指したのだった。
「だ、大丈夫よ、こんなの恐くないわ‥‥」
 アイカとルリルーと手を繋ぎ、レオナはうそぶく。実際は怖い、すごい怖い、超怖い怖すぎ。己が恐怖心と戦いつつ。
 だが、ゴーストに扮した麗蘭と、鬼火を模したミカとが前方をスゥ〜っと横切ると、もうダメだ。
「い、いやぁ〜!!」
「大丈夫よ、先生」
「あたし達が付いてるから‥‥!」
 思わず抱きついてきたレオナを、ルリルーとアイカは抱き返し必死に励ました。いつもカッコ良いレオナ先生が大ピンチ!、あたし達が頑張らなくちゃ!、な二人はそれはそれで、良い思い出になりそうだ。
「ふふっ、あれだけ怖がってもらえると脅かし甲斐があるよね」
「確かにな」
 二人は笑みを交し合うと、次の犠牲者を待ち構えた。
(「うむ、頑張れ頑張れ青少年!」)
(「ひっ、ひぃぃぃぃ〜」)
 脅かし役である蒼威のエールが届いたのか、とりあえずジェイクは頑張った。少なくとも大きな悲鳴を上げたり、サナを残して逃げ出したりはしなかったから。
「あらあら頑張ってるじゃないの」
 (わざと)少し遅れて歩を進めながら、楽しそうにクレア。
「愛のなせるわざですね」
 場違いに感動するリデア。この辺になると麗蘭達脅かす方も心得たもの、脅かし方も板についている‥‥脅かしすぎず手を抜きすぎず。
「頑張ったわね、偉かったわよ」
 それでも、頑張って耐え切った勇者に贈られる、賛辞。だけど、ジェイクの頭を「よくやったわ」と撫でるサナの図は、どうみても姉と弟だなぁ、と‥‥先生達が思ったのは、恋するジェイク少年には内緒だった。

「大丈夫、怖くないよ」
 夜。先ほどの興奮が覚めないのか、中々寝付かれない様子のショーンやジェイクを、テュールは優しく宥めた。
「別に怖くはないんだけど‥‥」
「分かってるよ。目を閉じて‥‥ほら、微かに波の音が聞こえるでしょ?」
「‥‥本当だ」
「たくさんたくさん、楽しかったね。ウィルに戻ったら、みんなでおじ様にお礼の手紙だね」
 やがて、さざ波に誘われるように子供たちが眠りに就いたのを確認してから、テュールもまた床に就いたのだった。

 そうして、海に別れを告げる朝。
「皆の夏の思い出、聞かせてくれる?」
 クレアとレオナはいつものように、子供達に海をテーマにした歌を歌ってもらった。楽しい歌、嬉しさがあふれた歌‥‥それから、小さな恋の切ない歌。
「きっと、また逢えるわ」
 クレアは、マリーンから貰った貝殻をじっと見つめるケディンに、優しく告げた。約束は絶対ではない。けれど、互いの想いが、気持ちが本当ならばきっとまた逢える。一等大切なお友達に。
 そして、カレンはふとその貝殻に手を添えると、ケディンの耳に当ててやった。
「波の音が聞こえませんか‥‥?」
「あっ!‥‥うん、聞こえる」
 海との別れ、それでも、心に残るたくさんの思い出。
「楽しい思い出がたくさん出来て、良かったですね」
 カレンはそっと抱きしめるように、微笑んだ。