希望の虹14〜ベイビーパニック

■シリーズシナリオ


担当:マレーア4

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:12人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月30日〜01月04日

リプレイ公開日:2007年01月06日

●オープニング

「うぇぇぇぇぇぇん」
 ガシャンガラガラゴロン。
「びえぇぇぇぇぇん」
 バンっ、ガンっ、ゴンっ。
「まぁま‥‥うわぁぁぁぁぁぁぁん」
 みゅっみゅみゅみゅみゅみゅ〜!?
「あぁっ、リデア様、そっちの子を抱き上げて‥‥サナ、雑巾を早くっ、ジェイクはみゅ〜を逃がして上げて!?」
 その日、虹夢園は時ならぬ喧騒に包まれていた。
「いっ意外と重っ‥‥」
「リデア様どいて下さっ‥‥っ!?」
「え?‥‥うあっ、危なっ‥‥うひゃあっ!?」
「リデア様っ?!」
「‥‥だ、大丈夫です‥‥スイちゃんは無事‥‥くしゅっ」
 バランスを崩し、サナとぶつかったリデアは頭からバケツの水をかぶり‥‥それでも、腕の中の赤ん坊だけは死守した。
「リデア様、ケガは?」
「大丈夫です、それよりジェイク、この子を早く‥‥」
 赤ん坊が濡れずに済んだ事にホッと胸を撫で下ろしつつ、リデアはずぶ濡れになった自分と周囲の散らかり放題の状況に知らず、溜め息をついた。

 それは今朝の事。リデアが友達であるナタリー・タリュス男爵令嬢から呼び出しを受けた事から始まった。
「子供を預かって欲しい‥‥?」
「ええ、そうですわ。突然の事で申し訳ないのですけれど」
 小首を傾げたリデアに、ナタリーは溜め息混じりに頷いた。
 タリュス男爵家はウィル郊外に小さいが領地と領民とを持っている。そこで現在、風邪が大流行しているというのだ。勿論、薬を送ったり医師を派遣したり手は打ったのだが、落ち着くまで一週間ほどはかかる、というのだ。
「大人はいいのですが、小さな子供は命にも関わりますもの」
 特に小さな赤子‥‥数名を最初はこのウィル、タリュス男爵家で預かる事になっていた。
「ですが、実は我が屋敷でも、風邪が流行っていまして‥‥」
 改めて深く溜め息をつくナタリー。そういえば、案内してくれたメイドさんもコホンコホン咳をしていたなぁ、とリデアは思い至った。
「幸い、症状は軽いようなのですけど、それでも赤ちゃんにとって良い環境とは言えないでしょう?」
「分かりました。では、赤ちゃんは虹夢園で預かります」
 困っている友達を、そして何より、既にこちらに向かっているという赤ちゃん達を見捨てる事など、リデアには出来なかった。
 だからこそ、了承した。まぁ虹夢園には寝具も場所もあるし子供達もいるし冒険者達に助力を請えば何とかなるだろう、という判断もあった。
 ただ、リデアは知らなかった。自分が知る子供達‥‥物心がついている子供と、赤ちゃんとは全然違うのだ、という事を。

「ううっごめんなさい、皆‥‥まさか赤ちゃんの世話がこんなに大変だとは」
 台風の後みたいな室内に、うな垂れるリデア。見知らぬ場所に来ての不安もあるのだろうか、赤ん坊達は泣いて暴れて危なっかしく動いて素早く這い回ってその辺のもの拾って口にいれようとして‥‥大騒ぎだった。当然、子供達も右往左往。
「いいですよ、リデア様。赤ちゃんのお世話は将来の為の、勉強にもなりますし」
「なっなななななななっ、サナちゃん何言ってるんですかっ!?」
「そそそそそっそうだよ! 何てコト言うんだよっ?!」
 リデアを慰めようとしたサナに、クリスとジェイクが慌てたように声を荒げた。二人とも、顔が真っ赤だ。
「だってジェイク、虹夢園の先生になるんでしょ? それに先生達だって言うと思うわ。わたし‥‥料理人だって歌い手だって仕立て屋だって、赤ちゃんと接する事で得るものがあるって」
 キョトンとするサナに、クリスとジェイクは顔を見合わせ‥‥ごまかす様に変な笑いを浮かべた。
「‥‥くしゅんっ」
「ちょっとリデア様、本当に大丈夫なの? 顔が赤いし‥‥少し休んだ方がいいんじゃないの?」
「ううん。私が引き受けたんだもの。皆だけに押し付けるわけにはいかないわ。そうね、もう少ししたら冒険者の方たちも来てくれると思いますし」
 案じるルリルーにキッパリ首を横に振ってから、リデアは小さく呟いた。
「それにしても‥‥子供を育てるって想像以上に大変だったんですね」

●今回の参加者

 ea0502 レオナ・ホワイト(22歳・♀・バード・エルフ・イギリス王国)
 ea0907 ニルナ・ヒュッケバイン(34歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea0941 クレア・クリストファ(40歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea1458 リオン・ラーディナス(31歳・♂・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea1683 テュール・ヘインツ(21歳・♂・ジプシー・パラ・ノルマン王国)
 ea4441 龍 麗蘭(32歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea7095 ミカ・フレア(23歳・♀・ウィザード・シフール・イスパニア王国)
 ea7509 淋 麗(62歳・♀・クレリック・エルフ・華仙教大国)
 ea7511 マルト・ミシェ(62歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 eb4191 山本 綾香(28歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 eb4344 天野 夏樹(26歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 eb4410 富島 香織(27歳・♀・天界人・人間・天界(地球))

●リプレイ本文

●戦闘開始
「赤ちゃんですか。結婚もしていない私でも大丈夫でしょうか」
 いつもと同じ虹夢園の建物の前。淋麗(ea7509)は思わず足を止めた。外観は変わらぬが、中はどんな事になっているやら‥‥不安が胸を過ぎる。
「赤ちゃんの世話? それも5人分? うわ、大変そう」
 初めて虹夢園を訪れた天野夏樹(eb4344)もまた、しみじみともらした。
「親戚の子を預かって世話した事有るけど、あれは一騒動だったもんね」
「確かに今回は色んな意味で大変そうだけれど、頑張りましょうか」
 そんな二人に、レオナ・ホワイト(ea0502)は言った。幾分かは、自分への励ましを込め麗と夏樹を促し。
 開かれる扉、途端に喧騒に包まれながらレオナ達は中へと足を踏み入れた。そして。
「な、なんかすごいことになってるね‥‥」
「確かに、こいつぁ‥‥ある意味、今までの依頼で一番大変かも知れねぇな‥‥」
 それが、テュール・ヘインツ(ea1683)とミカ・フレア(ea7095)の偽らざる感想だった。彼らが見慣れた虹夢園の姿はそこに、なかった。
 めちゃくちゃになった室内と、赤ん坊の泣き喚く声と、そして、疲労困憊の様子で右往左往する子供達‥‥テュール達の眼前に現れたのは、そんな光景だった。
 それでも、ミカ達にこの惨状を放っておく事など、出来るはずもなく。
「これは気合入れてかからなくっちゃ」
「おっおう! き、気合入れていくぜッ!?」
 とりあえず二人は腕まくりしつつ、互いに気合を入れ。
「頑張るのは良いけどミカ、油断したら一大事だからね」
 そのミカを、そんな風に激励したのは、クレア・クリストファ(ea0941)だ。シフールであるミカ、赤ちゃんの容赦ない攻撃を受ければ本気で命に関わる。
「一歳前後の赤ん坊が5人、これは最早戦場だものね!」
 真面目な顔‥‥少々引きつり気味で頷き返してくるミカとは対照的に、気合を入れるクレア自身は、とても嬉しそうだ。実際、目の前の惨状も、クレアにとっては却ってやる気を起こさせるもの。
「‥‥子供はいいのぅ。たとえ、大騒動になろうとも‥‥」
 それはどうやら、年の功か全然臆した様子のないマルト・ミシェ(ea7511)も同じようで。
「初めまして。私は天野夏樹‥‥よろしくね?」
 多少なりとも経験のある夏樹もまた、ペースを取り戻しつつ、クリス先生や子供たちに挨拶して回った。
「あなたがアイカ? で、あなたがチコ、ね」
 一人一人、名前を覚えながら。
「今日はあなた達のお手伝いをしに来たの。一緒に頑張りましょうね」
「うん! なつき先生、よろしくね」
 にっこり笑む夏樹に、ぐったりしていたルリルーやララティカにも、幾らか元気が戻る。
「元気が出たところて、先ずは‥‥とにかくお掃除あーんどお片づけだね」
 その機を逃さず、テュールがにっこりと仲間達と子供達を見回した。
「片付けって‥‥それは散らかってますけど‥‥」
「あのね、赤ちゃんはきれいとか汚いとか気にせずに触っちゃうから、きれいにするのはもちろんだけど、危ないものや口に入れちゃいそうなものも片付けなくちゃなんだよ」
 小首を傾げたサナは、テュールの説明に成る程、と首肯した。確かにそのせいで、バタバタあたふたした事があるのだろう。
「じゃあ皆で‥‥」
「と、その前に‥‥リデア、あなたはドクターストップよ」
 それならば、と早速動こうとしたリデアを、クレアは止めた。上気した頬、素早く触れた額は熱を帯びていたから。
「でも、この子達は私が‥‥」
「気持ちは分かるけど、風邪の症状があるわ。軽度の段階で治さないと大変な事になるわ」
「リデアさんは少し休んで頂戴、後の事は私達が何とかやってみるから。ね?」
 使命感からか、抗弁しかけたリデアを、クレアもレオナも止めた。フラつく身体を支えながら、優しく言い含める。
「そうですね。ここはある意味、戦場になります‥‥リデアさんは回復してから参戦して下さい」
 やはり本調子でないリデアを案じる山本綾香(eb4191)にも、真面目に説得され‥‥リデアはそれ以上異議を唱える事が出来なかった。やはり、自覚はあるのだろう。
「しっかり栄養を取ってしっかり寝れば直ぐ治るはず‥‥手伝いたいなら全力で休んで来なさい」
 別室へと綾香に付き添われるその背中にクレアは優しく、声を送った。
「皆貴女も大事なんだから、ね?」

「可愛い可愛いと愛でるだけで子供は成長しないですしね‥‥頑張りましょう」
 掃除の為、ニルナ・ヒュッケバイン(ea0907)は言って髪を一つに縛った。髪が落ちないように、邪魔にならないように。
「まずは掃除、それから危険物の片付け、洗濯‥‥する事はたくさんありますから」
 振り返ったノアは随分と疲れた顔をしていたけれど。
「ノア君、貴方の力が必要なんです‥‥頑張りましょうね?」
 ニルナに微笑みかけられ、ノアは「はい」と大きく頷いた。
「まずは大掃除じゃ」
 マルトは、クレアと麗、富島香織(eb4410)やサナに五人の赤ん坊を託すと、自分を始め皆にエプロンを身につけさせた。
「焦らなくていいですから。先生達の指示に従って、落ち着いて片付けて下さいね‥‥決して無理はしないように」
 麗は気遣わしげに言い残すと、ファルナちゃんを抱いて園庭へと向かった。
「あ、みんなも一端、麗さん達の後に続いて‥‥とにかく空気を入れ替えないと、ね」
 と、見送ると思われた夏樹が最初にしたのは、とりあえず子供達全員を外に出す事。こもった空気を入れ替える為の換気だ。
 外に出ては危険、と慣れない者はついつい扉や窓を閉め切ってしまうが、換気はちゃんとした方が良いのだ。
 充分に換気を済ませてから、子供達を手招いた夏樹は、
「少し寒いけど、掃き掃除の間はこのまま開けておきましょうか」
 にっこり笑みながら掃除開始!、を告げたのだった。
「みんなも赤ちゃんたちの手の届くところに危ないもの置いちゃダメだよ」
 おっかたづけっ、おっかたづけっ、と早速テキパキと指示を送るテュール。
「あ、大事なものもやっぱり高いところに置いておいた方がいいかも‥‥おもちゃにされてぼろぼろにされたら、泣くに泣けないから。他の人の大事そうなものが置きっぱなしになっていたら避難させてあげておいてね」
「アイカほら、この竪琴もちゃんと避難させないと‥‥」
「ありがと。後は‥‥」
 従い、ルリルーやアイカも慌しく動く。とはいうものの、ただ闇雲に世話に追われていた時と比べると、その表情は明るい。
「おっと、チコ‥‥すぐに使うものは浅い籠に入れて手の届かない所へ置くのじゃ。使わないものはしっかりと仕舞ってしまう‥‥そうじゃな、いっそ割れ物や重い物は物置へ運ぼうかのぅ」
「これなんか、壊れたら危ないし‥‥チコ、運ぶか?」
「うん、手伝うよ」
「うむ。じゃがの、チコ、ケディン、決して気を抜くでないぞ」
 この調子なら時期にキレイに片付くじゃろう、マルトは男の子達を見送り目を細めた。
「‥‥綾香せんせ、何してるの?」
「赤ちゃんが自由に動いてもいいように、危険となりそうなものはないか確認してるんです」
 うつぶせになっていた綾香は、ララティカに少し照れた顔で説明した。
「赤ちゃんとは視点が違うでしょう? 視点を同じにしたら、危険なものや私たちとは違う光景が見えると思いまして」
「‥‥本当」
 ララティカもまた早速真似をし、危険物をどかす手伝いに入ったのだった。

●時にはこんな風に
「‥‥あー、先日の依頼で難しい話を聞き過ぎたせいだろうか、頭が疲れているみたいで、注文を全部覚えられそうにないなー」
 一方。買出し担当になったリオン・ラーディナス(ea1458)はそんな風に頭を抱えてみせると、クリスをチラと見た。
「というわけで、クリス。買い物にちょっと‥‥付き合ってもらえないかな」
 勿論、それは口実だったけれど。
「あっ、はいっ! お供させていただきます」
 そんな風に嬉しそうに頷いてもらえると、ホッとするしこちらまで嬉しくなってしまうリオンだった。
「必要なモンはこれで全部か?」
 その間に、ミカはジェイクと共に、買い出しの確認をしておく。荷物もちの、 驢馬イグナの準備も万端だ。
「ほら、いつまで見詰め合ってるんだ‥‥行くぞ」
 声を掛けるのは無粋と思ったが、放っておいたらいつまでもそのまま固まってそうだ‥‥思ってミカが促すと、リオンとクリスはようやく、慌ててこちらに駆けて来たのだった。
「この間のハイキング、楽しかった?」
「はい。景色もとてもキレイでしたし、麗蘭さんのお弁当もすごく美味しかったですし‥‥あっでも、リオンさんと一緒だったらきっともっと嬉しかったと思いますけど‥‥」
 にこにこと告げるクリス。それが本心なのか、お世辞なのか気になるところ‥‥とはいえ、少なくとも悪い気はしない。
「っと、少し距離が開いちまっか‥‥急ごうか」
 だから、それに乗る感じでリオンは少し強気に、クリスの手を握った。さり気なさを装いつつ。
 キュッ、内心ドッキドキで握った手は一瞬の後、柔らかく握り返された。
「‥‥何だかなぁ。見てるこっちが恥ずかしくなっちまうぜ」
 真っ赤になる二人をこっそり窺い見、ミカは小さく溜め息をついた。

「はい、思いっきり遊んでらっしゃい」
 虹夢園内部の大掃除が行われている園庭では、クリスと麗、香織が赤ちゃん達を遊ばせていた。
「ぶ〜んぶ〜んぶ〜ん」「きゃっきゃっきゃっ」「あぅ〜」
「こうして見ると、それぞれ個性がありますね」
 感心しながら、香織。スイやルーイは嬉しそうによちよち駆け回っているし、ファルナは麗にべったりだ。
「やっぱり可愛いですね」
 最初は恐々だったものの、懐かれれば嬉しいもので。落ち着いてくれば、家事一般に覚えのある麗である。微笑みつつ相手をする余裕も生まれる、というもの。
「‥‥びぃえええぇぇぇぇっ」
「あ、おしっこですね。はいはい、今直ぐに替えてあげますからね」
 密かな香織の心配を余所に、麗は手際よくオシメを替え。
「昔々、ある所に‥‥」
 子守唄代わりに、お話を語ってあげたのだった。
「あっあっ、転んじゃう‥‥そんなに走ったら‥‥」
「大丈夫大丈夫、そんなに心配しなくても‥‥赤ちゃんって意外とタフだし。身体も柔らかいしね」
 元気に‥‥といっても、大分危なっかしくヨタヨタ動きっぱなしの赤ちゃんズ。ハラハラし通しのサナに、クレアは自信ありげに請け負い。
「あ〜!?」
「だぁ〜?!」
「あっクレア先生、ケンカ‥‥ッ!?」
「ダメダメ、仲良く順番に、ね」
 オモチャの取り合いを始めると、さっと割って入った。多分、この中で一番手馴れている、その手つきと心根。
 温かく大らかに見守り、決して怒らない‥‥感情に任せて接しないクレア。
「はぁ。クレア先生はすごいですね」
「サナちゃんだってすごいですよ。自分の出来る事をちゃんとしていますもの」
 肩を落とすサナを、香織は励ました。それは決してお世辞ではなく。
「でも、もう少し肩の力を抜いた方が良いですね。赤ん坊は、世話をする人の感情を敏感に感じ取る、と言いますから。不安な気持ちで接すると、赤ちゃんも不安になってしまいますもの」
「そうね。大事なのは、心の器を大きくする事よ」
 泣きそうだったルーイを抱き上げたクレアは、伝えた。言葉で、そして、態度で。腕の中の心地よい重み‥‥少しだけホロ苦さを覚えながら。

「ジェイク、これとこれを買うとしたら、銀貨何枚、銅貨何枚必要かわかる?」
「え? えっと、あの‥‥その‥‥」
 無事買出しまでこぎつけた買い物組。が、ここでリオンはその重要な役目をジェイクに託した。
「カモミールと西洋弟切草で‥‥」
 ジェイクは両の手を使い必死で考えた。言い訳だが、最近は忙しかった。慌しかった。バタバタしていた。それはまぁいつもの事だし所詮言い訳に過ぎないのだが、それを言い訳にして勉強がちょっと疎かになってしまっていた事を、少年は痛感した‥‥敗北だった。
「リオン兄ちゃん俺‥‥」
「うん、まだまだ勉強しないとな!」
 シュンとうな垂れたジェイクの背中を、リオンは励ましを込めて叩いてやった。
「ジェイク、ちゃんとうがいと手洗いをするんだぞ」
 買出しから帰ってくると、ミカは早速ジェイクに指示した。まだちょっと落ち込んでいるらしいジェイクの、気分を変える意味も込めて。
「人の多いトコに行って来たんだ、風邪を拾ってきてるかも知れねぇしな」
「そうだよな、チビ共に移したら大変だしな」
 果たして、ジェイクは慌てて、手を洗いに走った。
「お帰りなさい。丁度掃除も済んだところよ‥‥さ、みんなもジェイクくんを見習ってちゃんとうがいと手洗いね」
「そうね。風邪対策として、うがいと手洗いは徹底的にしないと。赤ちゃんの世話をする前にもね」
 そして、夏樹とレオナに従い、他の子供達も良いお返事と共に手洗いうがいを済ませるのだった。

●赤ちゃんと一緒
「この時期は水が冷たいや」
 布で顔を巻いたテュールは、洗濯に勤しんでいた。あんなに小さな身体でありながら、赤ん坊はびっくりする程洗い物を出す。勿論、出来るだけ清潔に、気持ち良く過ごさせてあげたい、というテュール達の思いあってこそ、だが。
 それから、皆が使ったエプロンなど、どうしてもかなりの量になってしまう。
「天気が良いですから乾きは悪くないはずですが‥‥あ、お手伝いしますね」
 最後の仕上げに、と窓をキレイに拭き終えた綾香は言って、大量の洗濯物と格闘するテュールの助っ人に入った。
 それでも、赤ちゃん達と子供達の為‥‥二人が根を上げる事はなかったのだ。

「びぃえぇぇぇぇぇぇん」
「うぇぇぇぇぇぇん」
 夏樹が温かく整えた部屋。それでも、まだ外で遊びたかったのか、何かを訴えているのか、赤ちゃん達は一様にご機嫌斜め。
「さぁ、子守は婆の年の功の見せ所じゃな」
 だがここでマルトは宣言どおり、非常に手馴れた所作でもって赤ん坊と接した。それこそ、いつも泣きわめいている赤ちゃん達とか見られずにいた子供たちが、魔法かと思うくらい。
「すごいな、ばぁちゃん」
「うん。何で抱っこしただけで泣き止むの?」
「うむ。赤ん坊はな、心臓の音を聞くと安心するのじゃよ。力を入れすぎず、こうそっと抱きかかえるようにしてじゃな‥‥」
「‥‥正直、俺には出来そうにないな」
「そんな事はない、ケディンは器用じゃしのぅ。なに、要は慣れじゃよ慣れ」
 自分はそんな風に抱かれた記憶が無いから‥‥言外の声を拾ったマルトは、示すようにそっと、ケディンにスイを託した。
 途端、泣き出すスイ。
「わっケディン、抱き方が乱暴なんじゃない?」
「いっいや、そんな事、言われたって‥‥」
「まぁこういうのも良い勉強じゃよ」
 慌てながらも、必死で泣き止ませようとする少年達。マルトは助言とサポートをしながら、共に世話に明け暮れた。
「離乳食ってどんな味がするんで‥‥ち、違いますよ? 食べたいとかそういうのじゃないんですから」
 ノアに言い訳しつつ、ニルナは赤ん坊の一人‥‥ニーナを抱き、慎重にその口元に離乳食を運んだ。
「ニーナちゃんですか‥‥私と名前ちょっと似てますね」
 お腹が減って泣いていたニーナは、パクっと食べた。あむあむっと形のない食べ物を食む様は、やはり愛らしい。
「可愛いんですけど‥‥どんなモンスターよりも強力かもしれません」
「確かに‥‥そうですね」
 その顔を覗き込んで、ノアも珍しく素直な‥‥優しい笑みを浮かべ。その表情に、ニルナはふと思った。
「ノア君も、好きな人ができて‥‥子供を授かったら‥‥・絶対離しちゃ駄目ですよ。自分と同じにしちゃ駄目だって幸せにするんだって‥‥約束してください」
「‥‥ニルナ先生はどうなんですか?」
 頷きかけたノアはふと、口ごもった。
「その、好きな人が‥‥子供を授かりたいような相手は‥‥あぁっ、やっぱりいいですっ!?」
「? それより、ノア君」
「はい‥‥約束、です。僕に‥‥もし将来子供が出来たら、ちゃんと幸せにします」
「はい。あっ、それと、ノア君自身ちゃんと幸せにならなくちゃダメですよ」
 ニコニコと無邪気な念押しを受け、ノアはもう一度頷いた。やはりちょっぴり、溜め息混じりに。

「ほら、キレイだろ」
 また元気が有り余っている赤子、ミカはその鼻先をヒラヒラと飛ぶ。途端、ターゲットロックオン!、な感じで伸びる小さな小さな手。
「にょ!」
「おっと‥‥」
 けれど、避け方は慣れたもの‥‥パールの相手で鍛えてあるから、お手の物だ。
「追いかけっこだぞ、ルーイ。鬼さんこちら♪」
 周囲にぶつかったり転んだりケガしたりしないよう気を付けながら、ミカは上手に遊ばせたのだった。
「ちょっ、ちょっとタンマ‥‥ッ」
 同じく買い出しから帰ってきてから、赤ちゃん達に手品を見せたり、馬になりお馬さんごっこをしたり、遊ばせまくっていたリオンはさすがに体力の限界を感じて倒れこんだ。
「てか、何でこんな元気なんだよ」
 疲れ知らずの子供達、あの小さな身体のどこにそんな体力があるのか、いっそ不思議でさえある。
「子守って思ってた以上に大変だよなぁ」
 だから、リオンはつい弱音をもらした。
「そうですね。覚悟はしていましたが‥‥体力勝負ですよね」
 聞こえたらしいクリスが、穏やかに返してくる。その腕の中、赤子をあやしながら。その光景に、リオンは少し目を細めた。
「でもいずれ、クリスも子守は経験するんじゃないかな――あ、あイヤ! 相手が、だだだだだ誰かはワカラナイけどさ!?!?」
 思わずしんみりと呟いてしまってから、リオンはクリスが自分を凝視している事に気づいて、慌てて首を振った、カクカクカク。
「そんな、私なんて‥‥その、リオンさんこそ‥‥カッコいいですし優しいですし、おもてになりますし‥‥そういう方、いらっしゃるのでしょう?」
「いっいや〜? 俺なんていつもフラれてばっかだし、そういう当ては今のところないなぁ」
「‥‥そうですか」
 ははは、と乾いた笑いを立てるリオンは、クリスの小さな小さな呟きを捉えた。聞き間違いでなければ、「良かった」という安堵の響き。
「いやぁ〜若いって良いわね、本当」
 黙り込む二人の前、わざとらしく手をパタパタさせ風を送りながら通り過ぎるクレア。冷やかされた二人は顔を見合わせ、ほぼ同時に顔を真っ赤にしたのだった。

●眠れ良い子
「子育ては大変と聞いたけれどココまでとはびっくりよ。私もまだまだ若いわね‥‥」
 泣くたびに、おしめを取り替えて離乳食を食べさせて、遊んだりあやしたり抱っこしたり‥‥それこそ目の回るような仕事量に、レオナはしみじみ呟いた。
「交代でしててもコレだもの。世のお母さん方はすごいわね」
「確かに」
 うんうん、頷いた夏樹はふと気づき、ソラトを覗き込んだ。
「どうしたの?」
 赤ちゃん達を観察していたところ、この子は比較的大人しくて手の掛からない子、だった。だけどそれは言い換えると、ずっとずっと我慢しているに他ならない。
 現に今、ソラトは堪えていた何かがあふれ出したように、しゃくり上げていた。静かに静かに、泣きじゃくる。
「おしめも濡れてないし、お腹もいっぱいのはず‥‥そっか、寂しいんだね」
 だから、夏樹は優しく抱き上げた。腕の中にすっぽり収まってしまう、小さな小さな身体。小さな小さな胸で、母を恋しがる。
「ほら、泣かないの」
 少しだけ恥ずかしそうに言い、夏樹はソラトの耳元で子守唄を囁いた。優しく優しく、少しでもソラトの不安を減らせるように。
 そんな夏樹の気持ちが通じたのだろう、ソラトの泣き声は徐々に小さくなっていった。
 だが、今度はつられたように、遊んでいた子達も泣きじゃくり始めていた。今までのように、不満や要望を伝える激しい泣き方ではなく、不安で仕方ないように、切なげに。
「ララティカ、今から子守唄を弾くから歌ってくれない? 赤ちゃんがぐっすり眠れる様に優しく‥‥ね?」
 そんな赤ちゃん達に動いたのは、レオナだ。遊びつかれてお腹もいっぱいになって、そろそろおねむの時間、と竪琴を構え。
「アイカ、折角だから一緒に弾いてみない? 私がリードするから、それにそって竪琴を弾くだけ‥‥ララティカと一緒に赤ちゃんぐっすりを眠らせちゃいましょ?」
 アイカと共に、静かに静かに‥‥優しいメロディを奏でる。重なる、ララティカの柔らかな声。
(「大丈夫、ここには優しい人達がいるから‥‥寂しくないよ」)
 思いを込める、旋律。その寂しさごと、優しく包み込むように。
 拙いながら優しい音、それをサポートし導く音、それから、ただ優しさと祈りを込めた歌声と。
 包み込まれ、赤子たちは静かに‥‥優しい夢へと落ちていった。
「アイカ、上手だったわよ‥‥勿論、ララティカもね」
「‥‥うん。アイカちゃんの音‥‥丁寧で‥‥歌いやすい‥‥」
 褒める声は囁き。囁かれたアイカは嬉しそうに笑い。
「ニーナ、スイ、ルイ、ソラト、ファルナ‥‥あなた達も虹夢園の子達の様にどうか健やかに‥‥」」
 そして。眠りに就いた赤子達の髪を、レオナはそっと撫でた。

「リデアさん、お加減はどうですか?」
 ひと段落ついたのを見計らい、綾香はマルトのいれたカモミールティーをリデアに届けた。
「ん、大分良いみたいです」
「そうですね‥‥熱も下がった気がします。後は、これを飲んで‥‥もう少し休めば風邪もどこかに吹き飛んでしまいますよ」
「‥‥すみません」
 明るく励ます綾香にポツリ、力ない謝罪が落ちた。湯気に、気弱な表情が揺れる。
「クレアさんが言ってたでしょう? みんな‥‥私達も子供達も皆、リデアさんが好きなんですよ」
 だから早く良くなって下さいね‥‥綾香に、リデアはコクンと一つ頷いた。幼い子供みたいに。
 二人の耳にずっと、遠く優しい子守唄が聞こえていた。

「こうしてると可愛いけど、起きてると‥‥」
 寝入った赤ちゃんズ。思わず、といった風にぼやくアイカに、香織はクスリと笑んだ。
「あなた達もこんな時代があったんですよ、そしていつかは貴方達もこういった赤ん坊を授かるのです」
 アイカもララティカは、その言葉に互いの顔を見合わせ‥‥くすぐったそうに笑み合った。
「今は大変ですが、いつかは自分の子供として一緒にいることになるのですから、慣れておくというのも一つの手かもしれませんよ」
 だから、香織は二人の頭をそっと撫でながら、囁いた。
「ね、テュールおにいちゃん。あかちゃんはどこからくるの?」
 と、不意にショーンが問うた。赤ちゃんが、引いては自分がどこから来たのか‥‥ふと気になったのだろう。
「ん〜、とね」
 ジェイクやクリスが慌てる中、テュールは天井を仰ぐと、
「僕がじぃちゃんに聞いたところによると、赤ちゃんは真に愛し合う男女が同じ部屋で一晩中、神様に‥‥こっちでは精霊さまにだね、祈りを捧げてその祈りが通じれば授かるんだって」
 そう説明した。
「大事なお祈りだから絶対に覗いたりしたらいけなくて覗いたりするような人には罰が当たるんだってさ」
 真剣に聞き入る、年少組。そこから赤ん坊達へと視線を移したテュールは、ふと呟いた。
「あぁでも、この子たちは大きくなっても、数日だけ一緒に過ごした僕たちのことなんて覚えてないんだろうね‥‥僕も覚えてないし当たり前のことだけど」
 すやすやと眠る赤子に、テュールはホンの少し切なげに目を細めた。
「あっ、そっか‥‥そうよね。それってちょっと‥‥寂しいわね」
 つられ、初めて気がついたらしいルリルーがシュンと肩を落とした。色々と大変な事も多いけれど、どうやらすっかり情が移ってしまっているらしい。
 そんなルリルーの頭をテュールはそっと撫でると、優しい声音で続けた。
「でもさ、僕が今ここにいるのはやっぱりこうやって色々お世話してくれた人がいるっていうことで‥‥なんかそう考えるだけで『ありがとう』っていろんな人に感謝したくならない?」
「‥‥うん、そうね。そうよね。テュールお兄ちゃんも、ありがとう、ね」
 だからルリルーは少し考えた後で、照れたように笑った。
「寝て、食べて、遊んで‥‥この子達がそうできる未来を私達は守っていかないと」
 ニルナの指先、伸ばしたそれをニーナの小さな小さな手がギュッと握ってきた。その温もりと意外な力強さを感じながら、ニルナはそう思ったのだった。

「夜は不眠に効く西洋弟切草じゃ」
 リデアや子供達がゆっくり休めるよう、マルトはハーブティーを手ずから入れた。ご近所の皆さんにもお裾分けしたハーブは今夜、皆を心地よい夢の世界に誘ってくれるだろう。
「あぁ、結局ここで年を越す事になったか」
 ふと気づいたリオンは、皆を‥‥仲間達を子供達を見回し。
「園の皆、どうか今年も宜しく!」
 そう、笑顔で告げた。
「「「リオン兄ちゃんレオナ先生、みんなみんなこちらこそよろしくお願いしますっ」」」
 返って来る、子供達の元気な声と弾ける笑顔と。
 クレアはそれを眩しげに見つめ、願った。
(「この光景が、何処でも見れる日常‥‥その煌く未来を支える礎を、私は築いていこう」)
 それは願いというよりも、決意。新しい年を迎え、クレアは決意も新たに空を見上げたのだった。