希望の虹15〜灯火抱いて

■シリーズシナリオ


担当:マレーア4

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:2 G 49 C

参加人数:12人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月08日〜02月11日

リプレイ公開日:2007年02月15日

●オープニング

 お父さんとお母さんがいなくなった‥‥それが悪い夢の始まりだった。「緩んだ雪に押し流されて」「押された先で氷が割れて」「今年はいつもより温かいから」「可哀相に」「あの二人はこれから」いくつもの意味不明の単語たちと、近所のおばさんおじさんたちの奇妙な視線。リンナと二人さらされ、ただ待ってた‥‥お父さんとお母さんが早く迎えに来てくれる事。
 だけど、お父さんもお母さんも迎えに来てはくれなかった。代わりに、見た事もないような馬車がやってきて、僕らをどこかに‥‥遠い遠いどこかに運んだんだ。
 待ってなきゃいけないのに。僕たちは家で、お父さんとお母さんを待ってなくちゃいけないのに。なのに、そう言っても暴れても、誰も聞いてくれなかった。ただ、あの奇妙な‥‥向けられると不安になるような、視線を返すだけで。
 そうして、着いた知らない場所。王都とか言う、賑やかな場所。そこで僕たちを迎えた、知らない人達。同じ年くらいの子達。
「今日からここが貴方達の家だから‥‥安心していいですよ」
 なんて、冗談じゃない! 僕たちの家はあそこだけ、あそこだけなのに。優しそうなその人はそう言うと、やっぱりあの奇妙な顔をしたのだけど。
 多分、この人達は悪者なんだ。僕たちはえっと、多分『ゆーかい』っての、されちゃったんだと思うんだ。
 だから、何とかしなくちゃ。リンナを守って、二人で家に帰らなくちゃ。約束したんだから。お父さんとお母さんと、ちゃんと待ってるって。いい子で待ってるよって、約束したんだから。
 だけど、現実はそう甘くない。本日の脱走計画も失敗! 次こそきっとここから、この悪者たちの家から逃げなくちゃ‥‥だから、待っててね、お父さんお母さん。


「冬物一掃セール‥‥大バーゲンって言うのですか?、とにかくそれをする事になりました」
 いつものように虹夢園を訪れたリデア・エヴァンス子爵令嬢は子供達を見回しそう、告げた。
「えっと‥‥ここで、ですか?」
「その通り。ここは広いし、街の人達も足を運びやすいでしょう?」
「わぁ〜い、ショーンもおてつだいするぅ」
「ふふっ、ありがとうショーン。皆も、戦力として期待してますから」
 とりあえず、決定事項らしい。会場セッティングやら服の飾りつけや売り買い、これもまた良い経験、という事だろうか。
「当日は冬物衣料を売って売って売って売りつくしてもらうわけですが! 人寄せの為に他にも色々やってもらいたいわけです」
「宣伝とか‥‥あ、庭で炊き出しとかどうですか?」
「そうですね。今年はいつもより少し暖かいですが、それでもこの時期ですし、出かけてくれた人達は喜ぶと思います」
 そんなアイデア大募集な雰囲気の中、早速届いた冬物衣料。但し、エヴァンス領からの馬車はそれら商品の他にもう一つ、虹夢園に届け物を運んできた。口をへの字にした怒った顔の少年と、感情の抜け落ちたような少女‥‥双子の、入園者を。
 そんなわけで。
「だ〜か〜ら〜、ここ出てどこ行くってんだよ!?」
 本日三度目の脱走劇を阻止したジェイクは、双子の片割れ‥‥ネロの首根っこを捕まえ疲れたように言った。問答無用で手が出ない辺り、大人になったのだろうが‥‥さずかにこめかみがピクピクしている。
「‥‥っ!」
 対するネロは無言でジェイクを睨みつけている。
「ネロくんもリンナちゃんもお腹減ってるでしょ?」
 けれど、サナが穏やかに言って妹(或いは姉か)の手を取ろうとすると、慌てて割って入り威嚇する‥‥守るように。それでも、空腹には勝てないのか、一応反抗的な態度は潜めるネロ。
「ご両親は小さな雪崩に巻き込まれて‥‥流された先の川の氷が運悪く砕けて‥‥お亡くなりになったそうなの」
 そんな様子を見やり、リデアが溜め息をついた。ここに送られてきたという事は、二人には身寄りがないという事。だけど、問題は。
「ネロ君は死を‥‥ご両親の死を理解していないようですね。そして、リンナちゃんは‥‥」
 ネロに手を引かれるままの少女に、クリス先生の表情が傷ましげに歪む。
「ええ。死という概念を理解しているかどうかは分からない‥‥でも、あの子は両親が戻らない事を理解してしまって‥‥そして、それを認めたくないのでしょうね」
 感情らしい感情を、自発的な動作を、見せようとしないリンナ。手を引かれれば歩くし、口元に運べば食事も取る‥‥だけども。
「仕方ありませんわ。二人ともまだ五歳ですもの」
 だが、このままでいいとはクリスも思ってはいない。ただ、どうしたものか‥‥手を出しあぐねているのもまた、確かで。
「バーゲンセールの日も迫ってるのに‥‥今更止めるわけにはいかないわよね」
「そうですね。もしかして二人に良い影響を与える可能性も‥‥ないではありませんし」
 リデアとクリスはそうして、やっぱり大きく溜め息をついたのだった。

●今回の参加者

 ea0502 レオナ・ホワイト(22歳・♀・バード・エルフ・イギリス王国)
 ea0907 ニルナ・ヒュッケバイン(34歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea0941 クレア・クリストファ(40歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea1458 リオン・ラーディナス(31歳・♂・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea1683 テュール・ヘインツ(21歳・♂・ジプシー・パラ・ノルマン王国)
 ea4441 龍 麗蘭(32歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea7095 ミカ・フレア(23歳・♀・ウィザード・シフール・イスパニア王国)
 ea7509 淋 麗(62歳・♀・クレリック・エルフ・華仙教大国)
 ea7511 マルト・ミシェ(62歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 eb4097 時雨 蒼威(29歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4191 山本 綾香(28歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 eb4410 富島 香織(27歳・♀・天界人・人間・天界(地球))

●リプレイ本文

●いつかの痛み
「よしよし〜皆、今日も頑張っていきましょ‥‥貴方達も、ね?」
 クレア・クリストファ(ea0941)はいつものように、子供達と視線を合わせて頭を撫でながら挨拶‥‥だが、その手は新顔の双子には伸ばさなかった。警戒している‥‥全身の毛を逆立てる猫みたいなネロと、表情の抜け落ちたリンナに、それが逆効果だと判断したから。
 だから、ただ静かに微笑みだけを送った。
「君たちの事は聞いてるよ。ネロ君とリンナちゃん、だね?」
 テュール・ヘインツ(ea1683)は反対に、皆に挨拶を済ませた後、双子に歩み寄った。
「少しお話、しないかな?」
 ネロもリンナも相変わらず‥‥だが、テュールは構わず双子と視線を合わせるように、膝をついた。
「じゃあ、皆で会場を設営しちゃいましょう」
 その様子を見ながら、クレアは他の子供達に言って、ジェイクを手招いた。
「ネロとリンナの事、頼むわね。勿論、私達も可能な限りフォローはするけど‥‥」
「だけど‥‥」
 だが、頼まれた方のジェイクは言いよどみ。
(「ネロとリンナについて、ジェイクも大分困っているみたいだな」)
 リオン・ラーディナス(ea1458)は察した。
「ま、ジェイク、相手はまだ五歳の子供なのでここはオトナの対応をしよう」
「分かってるけど、さ。それでも、誘拐犯とか往来で叫ばれたり噛み付かれたりされると‥‥やっぱちょっとヘコむ」
 肩を落とすジェイク。それはリオン達に対する甘えもあっての弱音だったが、ここで優しくしては逆効果。
「何でネロがオレ達を拒んでいるか‥‥ジェイクにはわかるはずだよ。相手の気持ちになれば、分かるはずだ」
 思ったリオンは静かに諭してから、ふと悪戯っぽくニヤリとした。
「一年ちょっと前、不安でしょうがない一人の少年がいたはずだ」
「‥‥ッ!?」
 途端、ジェイクの頬に朱が上る。
「‥‥チェッ、痛いトコ突くよなぁ」
 けれど、唇を尖らせたジェイクからは先ほどの、ショボくれていた影はキレイに拭われていた。
「おっと、ジェイクだけじゃないぞ。今まで感情に任せ暴走したり捻くれた奴、手挙げる」
 そんなやり取りがもれ聞こえたのだろう、クスクスと笑う子供達に時雨蒼威(eb4097)が言った。言われ気づいたのだろう、サナやノア、アイカ達も皆、神妙な面持ちになるとそろりと手を挙げた。
 やはり多かれ少なかれ、身に覚えがあるのだろう。
「リンナ達も同じ状況なんだ。ジェイクだけでなく皆も気を払うように」
 子供達はそれぞれ蒼威の言葉を噛み締めるように頷くと、誰からともなく部屋の隅を‥‥テュールと話し込む双子を窺った。
「頼むわよ、未来の先生?」
 そうして、クレアの最後の一言に、ジェイクは一瞬ビックリしたように目を見開いてから、表情を引き締めしっかりと頷いた。
「えっと、つまり君たちはお父さんとお母さんと家で待ってると約束したからお家に帰らなくちゃいけないんだ?」
 一方、ようやく聞き出した事情に、テュールはう〜んと考えた。二人の気持ちは痛いほど分かる。だけど、ここから出たら‥‥知らない土地で幼い子供二人では危険だ。
「でもそれは大丈夫だよ、君たちのお父さんとお母さんは遠いところへ行かなくちゃいけなくなって‥‥それでリデアさんに君たちのことをお願いしたんだから」
 だから、テュールは嘘をついた。優しい嘘。子供だましかもしれないけど、だけど、ネロとリンナが少しでも『ここ』を好きになってくれるように。『ここ』で心穏やかでいられるように。
「そうなんだ。お前達の両親はな、色々あって‥‥ずっと遠いトコに行っちまったんだ。‥‥当分、会えねぇだろう」
 同じ気持ちで、ミカ・フレア(ea7095)が言葉を重ねる。現実を、約束が果たせない事を、受け入れられるようになるまでの‥‥優しい優しい嘘。
「でもな、お前達のコトはちゃんと分かってるみてぇだぜ? 親ってのは、そういうモンらしいからな。だから、心配は要らねぇ。代わりっちゃ何だが、ここにはいい奴らが沢山いるしな」
「‥‥ウソだ。お父さんもお母さんもそんな事、言わなかった」
 いたわりと自信とを込めたミカに、ネロは反論した。だが、その口調と表情は少し揺れていた‥‥迷うように。
「うん。でも、君たちのお父さんとお母さんは‥‥君達を放っておくような人達じゃないでしょ?」
 けれど、もし生きていれば‥‥そんな切ない言葉は飲み込んでテュールが言うと、ネロはハッキリ大きく頷いた。
「だから、ね。君たちはここにいていいんだ‥‥安心して、ここにいていいんだよ」
 もし二人の両親が生きていたら‥‥きっとここに居て良いよって言ってくれるはずだから。思うテュールに、今度は頷きは返ってこなかったけれど。
 それでも少し、警戒の眼差しが緩まった‥‥そんな気がした。
 そのネロに庇われ続けるリンナは、やはり感情の色の無い瞳でぼうっとしているだけ、だったけれど。
「妹を守るお兄ちゃん‥‥ペールくんを思い出すな」
 そんな様子にテュールは一先ず胸を撫で下ろし。昔‥‥故郷で出会った少年を重ね見た。
 そして、願う。
「あの二人のように、ネロくんとリンネちゃんも道を見つけられますように‥‥」
 と。

●バーゲンバーゲン
「バーゲンですか。品物の配列とかしておいたほうがいいですね。子供向けとか‥‥」
「そうだな。種類別に置き場所を分ける、綺麗に畳んで並べていく‥‥これは徹底しねぇとな」
 実際に準備を始める段になり。服の山を整理しながらの山本綾香(eb4191)に、ミカは同意し、それから手伝いのルリルーとノアを見た。
「今回はパーティじゃなくて商売だからな、やるコトがちょっと違ってくるぜ。どんなモノを売ってるのか、ってのを分かり易くするのが一番大事だからな」
 さすがに二人にも緊張が滲む。
「とはいえ、元気に気持ちよく‥‥いつもの調子で接すれば大丈夫ですよ」
 見て取った綾香は言い、ミカにも「そうだな」と言われると、ホッと肩の力を抜いたけれど。
「後、特にお勧めってヤツは目立つよう壁に飾っておくのも良いな‥‥見に来た客の目を引くよう、アクセサリーを添えたりとか。この辺りは‥‥そうだな、ルリルーに少し任せてみようか」
「うん、任せて」
「じゃあ早速‥‥そうね、どの部屋にどういう傾向の服を置くのか、決めましょう」
 クレアは笑って、商品の配置を決めていった。

「細工用の工具一式を持ってきたから、自由に使ってね」
 あぁでもないこぅでもないと意見を出し合いながら服を並べていく女性達。一方、テュールと蒼威は、チコとケディンと一緒に小物作りに入っていた。
「なにを作るのがいいかな、ドレスにあわせたものとか春を先取りして花とかもいいよね」
「ペットを模したのもいいんじゃないか」
 服に合うようなアクセサリーや小物。蒼威は、商品を並べる品棚も担当している。
「んー題材が少ない。トルクに戻れば色々といるが‥‥黒グリフォンとか4m紳士猫とか子爵しふしふとか」
「え〜と師匠、俺達は普通でいいから」「うんうん」
 残念そうな蒼威にややホッとしながら、ケディンとチコ。
「チコくんもケディンくんもまたうまくなってる、僕じゃもう敵わないかな」
 細かい花をまとめたブローチ、可憐な花弁をあしらった髪留め。二人の手元を覗き込んだテュールは満足そうに目を細め問うた。
「二人がまだやりたいなら工具は虹夢園に置いていくけど、どう?」
 男の子達は顔を見合わせてから、首を振った。
「テュール兄ちゃんにはまだまだ色々教えて欲しいから‥‥また一緒にやって欲しいから」
「そっか‥‥うん、そういう事なら」
 少し照れるテュールの手の中でも、春の花が生まれ出でていた。
「さて、ケディン‥‥それと特別参加のチコ、授業です」
 と、おもむろに蒼威が言い放った、ビシッとな。
「とりあえず何か作ってリンナに贈れ」
「「ええぇぇぇっ!?」」
「高価な品よりも手作り‥‥コレ基本なり!」
 抗議の声を上げるものの、蒼威師匠の命令に逆らえようはずはなく。暫くしてから二人は、命令遂行の為に手を動かし始めた。
「でも、拒絶されても何も言うな」
 その様子に満足げに頷き、だが、付け加える蒼威。
「知らない人間から手を差し出されたら誰も疑う。大切なのは相手を救いたいのなら振り払われようが何度でも手を出す事だ」
 気づかれない窺う先には、ネロとリンナ。先ほどから、皆の忙しさに紛れて脱走を試み、テュールの愛犬フェンと蒼威の愛犬奏の「遊んで♪」攻撃に阻まれているネロの姿があった。
「ノア君、ネロとリンナのこと‥‥どう思います?」
 同じく、そ知らぬ顔を装いつつ商品の陳列をしていたニルナ・ヒュッケバイン(ea0907)は、一緒に手伝うノアに問うてみた。
「二人とも悪い子じゃないです。何て言うか、気持ちが分かるから‥‥だから、対処が難しいんですが」
 子供たちもまた双子を案じているのが伝わってくる、気遣わしげな表情。ニルナは少し笑って、告げた。
「今日も楽しい日にしましょう。色々な意味で、ね」
 受け止め、ノアは頷いた。ニルナと同じ‥‥双子にとっても楽しい日になればいいなと、願いながら。

●只今セール実施中
「バーゲンね、張り切っていきましょうか」
 宣伝担当であるレオナ・ホワイト(ea0502)は竪琴を構え、アイカとララティカとを促した。
「アイカ、一緒に弾きましょう? ララティカも素敵な歌をお願いね」
 応え、虹夢園前に、軽やかな曲と歌声とが流れる。それは果たして、レオナの睨んだ通り、通り行く人々の興味を引く。
(「予想通りね‥‥とはいえ、ちょおっと恥ずかしいけど」)
 何せ、ルリルーが見立ててくれた衣装は、白いブラウスとフリルをあしらった超ミニのスカートだったりする。
「店員さんはこういう服を着るんだって」
 どんな情報ソースなのか、女性陣に用意されたのは、そんなとっても可愛らしいものだったから。
(「ううっ、でもでも、これも客寄せの為‥‥頑張らなくちゃ」)
 着慣れない服を身にまとい、だが、レオナの演奏は冴え渡っていく。通りに響き渡る、楽しい心弾む曲。ララティカと共に歌い上げるレオナの周りには、次々と人が集まってくる。
「本日、虹夢園では冬物セールを催しております」
 寄ってきた人達にすかさず、富島香織(eb4410)が営業スマイル攻撃をかける。
「暖かな服、温かな料理‥‥少し寄ってらっしゃいませんか?」
「とんでもなくいいモンがとんでもなく安かったりもするからな、一度見に来てくれよな!」
 ミカのテコ入れ、そして、園庭から漂ってくる香りにも誘われるように、人々の足は自然と園内へと吸い込まれていく。
 そんなわけで。
「バーゲンですか。来られた方には、安く良い物を買ってもらいたいですね」
 そう淋麗(ea7509)がのんびり構えていられたのは、ものの数刻だった。
「‥‥ががが頑張りましょう!」
 呼び込みが功を奏し(すぎ)、次々と訪れる‥‥膨れ上がっていくお客さん達に、麗はやや引きつり気味で自分に気合を入れた。
「ふっふふふふふっ、売って売って売りまくるわよ!!」
「ええ! レオナ先生達の努力は無駄にしません」
 反対に、非常に楽しそうなのは、クレアとリデアの二人。あぁバーゲン! 売り尽くさずにおくものか!
「あの、お二人とも‥‥押し売りや吹っ掛けはダメですよ?」
 思わず心配になる綾香に「分かってるわ」と頷いてから。
「よく見てなさいね、ルリルー」
 クレアは傍らのルリルーに、胸を叩いてみせた。
「冬物初売りですよー! 目玉商品目白押し、今年の冬もこれで乗り切りましょー!」
 キレイにセンス良く並べられた服たちが、訪れた人々を出迎えた。
 早速戦場と化した会場には、ニルナの元気の良い声が響く。しかも丁寧な一礼つきで、細かな配慮も感じさせる。
「はい。これとこれですね。‥‥そうですね、これですとこのコートの方が似合うと思いますが」
 それはノアも同じ。両親が商人だったノアもソツなくこなしている。
「決して余り物を押し付ける様な売り方をしてはいけませんよ。こつは、その人が必要そうな物を親身になって考えてあげることです」
 そんな麗の忠告もあり、慎重かつ親身な対応を心がけているようだった。
「お嬢さんは何をお探しですか?」
 その麗は元より、巧みな話術で親切丁寧に接客中。
「そうですね。この形とこの形では‥‥うん、こちらが合うと思います。‥‥そうですか、この色お好きなんですね」
 言葉や表情の端々から、相手が商品を気に入ったかどうかを察しながら、接する。満足して、良い買い物をしてもらえるように。
「プレゼントをお探しですか? お相手は‥‥お若い方ですと、ちょっとしたアクセサリーも良いかもしれませんね」
 綾香もまた丁寧に、訪れた人の要望を聞いていく。
「そういう事なら、こっちに来てください。色々取り揃えてあります」
 すかさず、小物コーナーに誘うテュール。
「まぁ、奥様。このお色、とても似合いますわ。え?、少し恥ずかしいですか? そんな事、ありませんわ。奥様は色が白いですから、映えますわ」
「この服にこの上着の組み合わせ‥‥似合いますでしょう? セットでご購入いただければ、お安くさせて貰いますけど」
 勿論、クレアとリデアも負けてはいない。巧みな言葉と鉄壁な営業スマイルを駆使する二人に、ルリルーは感心しその姿を目に焼き付けた。
 とはいえ無論、クレアもリデアも無理な押し売りやゴリ押しはしなかった。
「ありがとうございます! 来年もお越しくださいね!」
 証拠に、ニルナが元気良く送り出す、商品を手にしたお客さん達は皆、満足そうな顔をしていたのだから。

●寒空の下で
「やっぱ寒い空の下で食べるなら、こう言う一杯作れて暖かい料理が一番よね」
 園庭では龍麗蘭(ea4441)が、自ら腕を振るった料理を用意していた。身体の底からあったまる、あったかシチューと果物酵母パン。
 辺りに漂う匂いも当然、客寄せに一役買っている。
「普通に作ったんじゃ面白くも無い! 麗蘭流と来るなら、少し手を加えなくちゃね」
 張り切って作った麗蘭である。勿論、味も一級品だ!
「でも、隠し味にチーズって‥‥意外です」
「そうかな? コクがでるし、まろやかになるでしょ?」
「はい。料理にはこうでなくちゃ、っていうのは無いんですね」
「そうね。基本は押さえないとだけど、その上でアレンジを加えたり新しいものを作り出したり‥‥その挑戦も大切よね」
「そうじゃサナ。渡す『どうぞ』のとき、にっこり笑って両手で差し出してごらん?」
 と、麗蘭と一緒に炊き出し担当であるマルト・ミシェ(ea7511)は、真剣に聞き入るサナにアドバイスを送った。
「笑顔もご馳走のうちじゃからのぅ」
「おばあちゃん、ぼくは?」
「ショーンは熱いものをもつと危ないじゃろうから、こっちでシチュー出していることを来た人にお知らせしたり、椅子に案内しておくれ。こっちも『こっちへどうぞ』のとき笑って言うんじゃよ?」
「うん、わかった」
 コクン、頷くショーン。
「あっ、こっちへどうぞ」
「ありがとう、ショーン君」
 最初のお客は、見知った人‥‥以前ショーンを引き取りたいと申し出た商人夫妻だった。
「お久しぶりですのぅ。今日はゆっくりしていって下され」
「はい、ご馳走になります」
 ハーブティーを添えながらのマルトに、夫妻は嬉しそうに頭を下げた。とはいえ、こちらもお昼が近くなる頃には目が回るくらいの忙しさとなってきた。
「シチュー二つとパンを二個、お願いします」
「了解〜まだまだいくわよ」
「お待たせしました、どうぞ」
 寒空の下、足を運んでくれた人達に喜んでもらおうという麗蘭の気持ち。込められたシチューとパンは、大好評だった。手際よく手渡していくサナの、とびっきりの笑顔と共に。

「‥‥どうしたの?」
 慌しさの中。テュールはふと、ネロに問うた。寂しげな‥‥どこか居た堪れない影を感じて。それも当然か、と少し思う。無関心でいるには、ここの様子は賑やかで‥‥楽しげだ。
 伸ばした手は、届く前に避けられてしまったけれど。その瞬間にネロが見せた申し訳なさそうな、顔。
 テュールは少し考えてから、リオンと視線を交わし合った。
「うぅぅ〜、サナの奴、あんなに可愛い顔しなくてもいいじゃないかよ〜」
 ちなみに、双子の世話役であるところのジェイクは先ほどからこの有様。園庭で笑顔を振りまく幼馴染みが随分と気になる様子。
「脱走するには今がチャンスだな」
 そんなジェイクを見やり、リオンがネロに囁いた。
「ハイ防寒義もしっかり整えて、そして一緒に外に脱走だ」
 人差し指を唇に当ててから、手早く支度を整えてやって促す。
「ん、美味しそうな匂いだよな。帰ってきたら食べような」
 言って、麗蘭とマルト達の横をすり抜ける。大丈夫、そう示して。それは、園の外‥‥レオナ達にも、同じく。三人はそして外に、ウィルの街に出る。
「生きている者は、生きていかねばならん。当然のことの、なんと難しいことか」
 その背を見送り、マルトは思わず呟いていた。
「‥‥たくさん、人がいる」
 少し歩いて。ポツリ、ネロは呟いた。改めて‥‥初めて目にする、ウィルの町並み。その、行きかう人達の多さに、少年は圧倒されていた。
 逃げて‥‥帰ろうと思っていた。決めていた、けれど。
 だけど、『ここ』はあまりに大きくて、自分達は‥‥自分は、あまりに小さくて。
「俺、ダメだ‥‥こんなんじゃ、ダメだ。リンナの事ちゃんと‥‥守れない」
 湿った声。俯いたまま、リンナの手を握る手に力を込める。握り返されないままの、その手。
「‥‥まぁ、無理する事はないさ」
 リオンは低い位置にある二つの頭を、ぱふっと軽く優しく叩いた。
「だから、俺達がいるんだ」
 思い出す、ミカの言葉。『代わりっちゃ何だが、ここにはいい奴らが沢山いるしな』。
 思い出す、テュールの言葉。『君たちはここにいていいんだ‥‥安心して、ここにいていいんだよ』。
 思い出す、その温かさ。二人だけではない。知ってる、気づいてた‥‥あそこの人達の、温かさ。でも、認めたくなかった。認めてしまう事が怖かった。
 何故両親が迎えに来てくれないのか‥‥子供でも、否、子供だからこその理屈でない、本能的な恐怖。
 だけど、認めてもいいような気がした。少しだけなら、許しても。この人達は温かくて‥‥多分、ゆーかいはんじゃなくて。だから。
「‥‥かんぜんに信用したわけじゃ、ないからな」
 ぶっきらぼうに言うネロの頬は赤く染まっていた‥‥多分それは、寒さの為だけでなく。
「うんうん、分かってるさ。じゃ、帰ろうか」
 確認し、リオンは笑みをかみ殺しながら‥‥殊更真面目に頷き。
 そうして、共に虹夢園へと向かう‥‥帰っていった。
「おかしいなぁ」
 さて。虹夢園に戻ったリオンは、クリスを探していた。一先ず落ち着いた様子の双子の事を報告して安心させようと、園内を一通り見て周ったりだが‥‥いないのである、どこにも。
「こんな日に、休んでるクリスじゃないし‥‥ん?」
 呟いた時。リオンの目は廊下をせかせかと横切った目当ての人物を捉えた。慌てて追ったリオンが見たのは、果たしてクリスだった。
「‥‥成る程、らしいなぁ」
 認め、思わず苦笑する。どうやらクリスは、足りなくなったお釣りや袋を補充したり、商品を直したり、靴やスリッパを揃えたり、そういう細々した事をしながら、移動を繰り返しているらしい。
 決して華やかではない、気づかれにくい気遣い。だけど、それはとてもらしくて‥‥何だかとてもらしくて‥‥愛しくて。
 だから。
「‥‥え?」
「あイヤ、寒いかなーって思って‥‥」
 肩に置かれたマフラーに、クリスの顔が驚きから‥‥はにかんだ笑みへと変わった。
「ありがとうございます。ふふっ、何だかリオンさんの匂いが‥‥」
「えっ‥‥?」
 言いかけたクリスの顔がみるみる紅潮し、リオンもつられて赤くなる。
(「‥‥廊下の真ん中で何、やってんだか」)
 通りがかったミカはこっちまで顔を赤くしながら、ネロとリンナを手招いた。
「‥‥若い者はええのぅ」
 気づくと、マルトやジェイク、ギャラリーが増えている。更に、その瞳が蒼威のそれと合い‥‥ミカは内心溜め息を零した。
「ちっちなみにソレ‥‥返さなくても‥‥」
 それらの視線の先。いいから、とリオンが伝えようとした時。横合いからタタタッと駆けて来た一匹の猫が、ファーなマフラーの端に「にゃん♪」と飛びついた。
「こっこら‥‥ッ!?」
 にゃんにゃんにゃん、引っ張りじゃれ付きマフラーが床に落ちる。更におちょくるようにマフラーを引きずって駆け出す猫――ていうか、蒼威のペットである黒薙――を追いかけるリオン。クリスは片手を上げ「‥‥ぁ」と小さく吐息をもらした後、猫と追いかけっこをする背中に愛しそうに微笑み。
「想い人に物を贈る時の悪い例として‥‥周りに人が多いときは大概、邪魔が入ります」
 そうして、指差す蒼威に子供達はうんうんと何度も頷き、ミカは遠い目をしてしまう。
「ほーら、貴方達〜ちょっと手伝って頂戴」
 それは、クレアからの協力要請が来るまでの、ホンの短い微笑ましい(?)出来事。
 リオンやジェイクは笑んだクレアによって、戦場へと連行されていった。
「ほら、貴方達も‥‥」
 そして、ついでを装い双子の‥‥ネロの手を引くクレア。不意を突かれたネロは「‥‥ぁ」と小さくもらしただけで、その手を振り払おうとはしなかった。ただ、反対の手を繋いだままのリンナを、困ったように‥‥助けを求めるように見た。

●前を向いて
「皆、お疲れ様。よく頑張ったわね」
 大盛況で終わったバーゲン。クレアのねぎらいに、子供達はくすぐったそうな、得意げな表情で応えた。
 場所は園庭。お疲れ様の意味も込め、皆で麗蘭のシチュー&パンをご馳走になる事にした。
「よく育つためには、よく食べるのが大切なんだ。でも、ヤケドしないようにね」
 お腹ペッコペコ、と早速ガッつこうとする男の子達に、リオンはやんわりと注意した。
「‥‥ッ!? 熱ッ熱ッ?!」
「ニルナ先生、お水飲んで下さい、お水っ!」
「‥‥気をつけないと、あぁなるからね」
 やれやれと肩をすくめるリオンと、「でもおいひい〜♪」と満面の笑みを浮かべるニルナに、子供達からも先生達からも笑い声が上がる。ただ一組、双子達を除いて。
「永遠にいなくなってしまう痛みは、遺された者だけにしか感じることはできん」
 そんなネロとリンナを眺め、マルトは小さく呟いた。
「しかし、この園にいる子たちは皆、その遺された者。同じではなくとも、同じような痛みを、皆背負っておるのじゃ」
 傷ましげな眼差しはだが、直ぐに掻き消える。周囲の笑顔‥‥疲れた顔に浮かぶ満足げな子供達のそれに、目を細め。
「分かち合えるとわかってくれたら、あの子たちはここでも呼吸ができるじゃろうか」
 マルトは双子を、見守った。優しく、願いを込めて。
「はい、どうぞ」
 美味しい匂いの湯気を上げるシチューの入った器。ネロに手渡した後、リンナの手にそっと受け取らせ、麗蘭もまた思う。
「私に出来るのは仲間や園の皆を信じて、二人が食べたら心から笑えるような料理を作る事位か‥‥こんな時に力になれない自分がちょっと悔しいなぁ」
 料理以外の‥‥他に上手いやり方を知らない自分が少しだけ、悔しかった。だけどその時、サナが言った。
「麗蘭先生、料理ってすごいですよね」
 尊敬と喜びを併せ持つ、とびっきりの笑顔で。
「心のこもった料理は皆を笑顔にさせる‥‥それって本当にすごい事、ですよね」
 せんせー美味しい、何か深いよな、疲れなんかぶっとんじまう‥‥向けられた子供達の声と笑顔と。
「あ‥‥」
 そして、気づく。ネロに補助されシチューを口にしたリンナの表情がいつか、歪んでいる事。
 優しさと気遣いと願いと‥‥込められた想いは受け止めずにスルーするには、大きすぎて。
「‥‥リンナ」
 気づいた蒼威は、その膝にコトと小さな‥‥木彫りの猫を置いた。チコとケディンと、二人が作った、それ。
「リンナが感情を押し殺すのは自分のためか? 未だ両親の死を理解できないネロのためか?」
 必死で耐える小さな身体に、静かに問う。問うて、告げる。今なら届くと、信じて。
「でも一人で頑張る必要は無い」
 蒼威は知っている。人同士は完全に理解し合えない、という事。厳然たる純然たる、その事実。
 だが、同時に蒼威は知っている。しかし、人はまた支え合う事が出来る、という事を。
「だから言う。リンナは我慢しなくていい、泣いてもいいよ。ここはそれが許される場所、互いに支えあう場所だから」
 だから。何も移さなかったリンナの瞳から、涙が零れ落ちた。ハラハラハラハラと、止め処なく。止まっていた、止めていた時が一気に動き出したように、涙は零れ落ちた。
 それを見た麗蘭は一瞬だけうろたえてから。
「‥‥たくさん食べてね。おかわり、いっぱいあるから」
 優しく優しく、微笑んだ。
「リンナ‥‥」
 突然泣き出したリンナに一番驚いたのは、ネロだった。その顔には嬉しさと共に、戸惑いがあった。
「死って何? 両親って‥‥お父さんとお母さん‥‥何? どういう事、なんだ‥‥?」
「死を意識させること。大変で残酷ですが、いつかは通らねばいけない道なのです」
 香織はだから、ネロの肩をそっと抱き寄せ、静かに口を開いた。
「リンナちゃん、ネロ君、あなた達はあなた達のご両親とはもう会うことは出来ません」
 死というものを理解させたい‥‥とはいえ、香織の故郷でも死というのは未だ解明されていない現象である。ましてや情報量の少ないこの世界では‥‥事象として理解するしかないのだろうが。
「会いたい気持ちはわかりますが、不可能なのです。というのもあなた達のご両親はすでに、この世界から別の世界に旅立たれてしまったからです」
 ビクリと震える肩を抱く手に力を込め、香織は続ける。
「しかし、あなた達が追いかけることは許されません。あなた達はこの世界でまだやることがあるからです。会うことの出来ない悲しさは乗り越えなければなりません。いつまでも逃げることは出来ないのです」
 悲しみを乗り越えて欲しいと、少しでもその手助けをしたいと。
「理解しにくいかもしれませんが、私の信じる方から教わった話しですと、死はまた生まれ変わるための1つの過程なのですよ」
 麗もまた、双子に言葉を‥‥思いを語る。
「だから、あなた方のご両親はまた、この世のどこかに生まれています。そんなご両親がそんな暗い顔をしてるあなた方を見たらがっかりしてしまいますよ。ここでしっかり学んで、立派になったあなた方を見せてあげたいと思いませんか?」
 難しいかもしれない。でも、勇気を‥‥夢を持たせてあげられれば、と。
「あなた達がもし家に戻れたとしてもお父さんとお母さんにはもう会えないの。あなた達が触れられない所にいってしまったのよ」
 幼い心が理解しやすいよう、レオナはそう表現した。
 死という概念はやはり難しいのだろう。
「‥‥もう、会えないの? お父さん、お母さんに‥‥?」
 しかし、それだけは分かったらしい。認められたネロの表情が、崩れた。リンナを守ろうと、必死で戦っていた不安が涙となってあふれ出す。
 だけどその時、リンナがネロの手を‥‥ずっと守ってくれた半身の手を取った。涙で濡れながら、繋ぎ合う‥‥繋がれる握り返される、手と手。
「ただ、触れられない場所に行っただけで離れたわけじゃない。あなた達が想い続けている限り、傍に居てくれる。それだけは信じて欲しいの」
 わぁわぁ声を上げるネロと静かに泣くリンナ‥‥レオナはただ優しく、その髪を撫でた。自分達の想いが伝わるよう、優しく優しく、何度も。
 双子が泣き疲れ‥‥その涙を止めるまで。
「私には母親も父親も健在です‥‥でもいる世界が違う分、やはり会えないのは確かに寂しいです‥‥でも貴方達の場合、もう手の届かぬ場所まで言ってしまった‥‥それが死です」
 やがて、ようやく涙を止めた双子に、ニルナはゆっくりゆっくり言葉を紡いだ。
「もうお父さんとお母さんには会えない‥‥どんなに手を伸ばしても、どんなに遠くへ行ってもです。でも貴方達が泣いてくれれば、笑ってくれればきっと喜んでくれるはずです‥‥だから‥‥」
 合わせた視線‥‥泣きはらした瞳を見つめる、自分の瞳の奥も熱い。込み上げそうになる熱い塊を押し止め、ニルナは真摯に告げた。
「貴方達は必ず私達が守ります‥‥父親にも母親にもなれないけれど、私達ができる精一杯の思いです」
 そうして、クレアは二人の手を其々の胸に当てさせ微笑んだ。
 両親の姿は見えなくとも‥‥心の中に居てくれる。心配させないように、強く優しい心を育てなさい。でも辛くなったら‥‥『家族』を頼りなさい、と。
「皆、迎えてあげなさい‥‥貴方達の、新しい『家族』を」
 答えは、拍手と笑顔。
 この日、虹夢園にまた新しい家族が‥‥本当の意味で増えたのだった。