希望の虹3〜春を探しに

■シリーズシナリオ


担当:マレーア4

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや易

成功報酬:1 G 99 C

参加人数:12人

サポート参加人数:6人

冒険期間:03月12日〜03月15日

リプレイ公開日:2006年03月19日

●オープニング

 夜中に突然、飛び起きる。周りを見回して、皆がちゃんと息をしているのを確認して、安堵する。
 気づいた先生がさり気なく握ってくれる手、その温もりを得てようやく再び眠りに就く‥‥何度も何度も、繰り返し祈りながら。
 どうか今度目が覚めても誰も冷たくなっていませんように、誰も‥‥どうか誰もいなくなっていませんように‥‥!

「熱、ですか?!」
 虹夢園の子供達の一人、一番年上でしっかり者のサナが熱を出したのは、よりによってピクニックの前日だった。虹夢園に来てからこっち、バタバタしてロクに外出してなかったですよね、というリデアの一言が発端だった。
「街の外での課外授業、な感じはどうでしょう? 自然と触れる事で多くの事を学べると思うのですが。それに‥‥」
 子供達は虹夢園での生活に徐々に慣れてきたように見えた。だが、リデアはふと思ったらしい。子供達は「頑張って」新しい生活に慣れようとしてはいないか? 自分はムリを強いているのではないか?、と。
 だからこその、課外授業とお題目のついたピクニック。子供達の多くはウィルよりずっと田舎で暮らしてきた。ならば、街の外で自然に触れるのは楽しい体験に‥‥息抜きになるのではないか、と。
「まっ、いいんじゃねぇの。街道からそう外れずに、んで、先生達がついてきてくれれば安全だろうし」
 意外にも、真っ先に賛成したのは、ジェイクだった。完全に吹っ切れたわけではないだろうが、ここ最近は大分落ち着いてきた感がある。
 折りしも季節は春を迎えようとしていた。日々温かくなる空気と、目を覚ましていく緑と、楽しそうに嬉しそうに準備をしてきた子供達だった‥‥のだが、しかし。
「サナだけ置いてくわけにはいかないだろ? 違う日にすりゃあいいじゃないか」
 前日になっての突然の、幼馴染のダウン。強がりで無くごく自然に口にするジェイクを薄く開けた目で見てから、サナは緩く首を振った。
「‥‥みんな楽しみにしてたんだもの。わたしのせいで、何て‥‥その方がイヤよ」
「‥‥かえって負担になっちまうか」
「そうですね。なら、サナさんの看病には私が残りますから‥‥ジェイクくん達はピクニックに出かけて下さい」
 クリス先生が申し出た事もあり、ピクニックは決行される事になった。
(「今までの疲れが出たのでしょうし‥‥皆に気を使うサナさんです、一人でゆっくりさせた方が良いかもしれません」)
 ジェイクとは対照的に、最近少し元気が無いサナを気にしていたクリスだった。
「何か土産‥‥つってもそんな良いもんは無いだろうけど」
 サナが見上げるジェイクは、以前の‥‥村に居た頃のジェイクのようで、嬉しかった‥‥半分だけ。
(「ホッとしたのは本当なんだけど、なんでだろう‥‥?」)
 少しだけ悔しくて寂しい。ずっとジェイクやショーンを何とかしなくちゃ!、と自分を励ましてきた。なのに、その芯がポッキリ折れてしまったようで。
 だから、だったのかもしれない。どこか意地悪な気持ちで、
「‥‥春」
 そんな単語がこぼれてしまったのは。
「春が良いな、お土産」
 熱で潤んだ瞳。困惑を浮かべたジェイクは、だが、直ぐに大きく頷いた。
「任せとけ! みんなで探して、持って来てやるからな!」

●今回の参加者

 ea0502 レオナ・ホワイト(22歳・♀・バード・エルフ・イギリス王国)
 ea0907 ニルナ・ヒュッケバイン(34歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea0941 クレア・クリストファ(40歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea1458 リオン・ラーディナス(31歳・♂・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea1683 テュール・ヘインツ(21歳・♂・ジプシー・パラ・ノルマン王国)
 ea4358 カレン・ロスト(28歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 ea5068 カシム・キリング(50歳・♂・クレリック・シフール・ノルマン王国)
 ea7095 ミカ・フレア(23歳・♀・ウィザード・シフール・イスパニア王国)
 ea7509 淋 麗(62歳・♀・クレリック・エルフ・華仙教大国)
 ea7511 マルト・ミシェ(62歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 eb4191 山本 綾香(28歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 eb4410 富島 香織(27歳・♀・天界人・人間・天界(地球))

●サポート参加者

ユパウル・ランスロット(ea1389)/ サラ・ミスト(ea2504)/ 利賀桐 真琴(ea3625)/ バルディッシュ・ドゴール(ea5243)/ ショウゴ・クレナイ(ea8247)/ 吾妻 虎徹(eb4086

●リプレイ本文

●ピクニックに行こう
「クリス様、お弁当の買出しに行きましょう」
 カレン・ロスト(ea4358)がクリスティアやマルト・ミシェ(ea7511)と出掛けたのは、近所の店だった。
「先生方、何が入り用だい? 今日は良い魚が入ってるよ」
「そうですね、今晩のおかずにそれをいただいて。後、サンドイッチを作りたいので‥‥」
 和やかにやり取りするクリスと店主に、カレンは思わず頬を緩めた。先日のお茶会からこっち、虹夢園への風当たりは確実に弱まっている。
 自分達と何も変わらないのだという安堵と、子供達への同情とで、今は寧ろ好意的とさえ言え‥‥それが何より、嬉しかった。
「カレン先生、他に何が必要ですか?」
「あっ、はい。サナちゃんの為に何か、栄養のつく物があれば‥‥」
 受け入れて貰える事、ありのままの自分で自分達で居られる事、それはとても簡単で難しい事。
「それと、カモミールやラベンダーのドライハーブは扱っておるかの?」
 同じくマルトはサナを思い、それらを求めた。
「サナは張り詰め続けた心を休める必要があるからのぅ。これらは役に立ってくれるじゃろう」
 勿論、サナだけでなく他の子供達にも使えるだろうし、決してムダにはならない。
「魔法使いはこういう事でこそ、役に立たねばの」
 善き魔法使いはそうして、穏やかな笑みを刻んだ。
「言わんこっちゃない、と思ったのは本当だが‥‥まぁ、仕方ねぇと言や仕方ねぇんだろうな」
 その頃。問題のサナの枕元に飛び、ミカ・フレア(ea7095)はそっと溜め息をついていた。
「身体的にも疲労しているのでしょうが、寧ろ、精神的にムリを重ねた結果、だと思います」
 サナを診た山本綾香(eb4191)はやはり気遣わしげに告げる。
 相手は育ち盛りの子供である。ストレスや気負いが食欲や睡眠を妨げているとしたら、参ってしまうのも当然だ。
「私、大丈夫‥‥です」
「そんな熱っぽい目で、何が大丈夫ですか」
 いつになく厳しい口調で言ってから、綾香は「本当に」とサナの額に冷たいタオルを乗せた。
「ムリせず、ゆっくり休むのが一番の薬ですよ」
「確かに。たまには存分に休ませてやりてぇトコだが」
 綾香に頷き、だが、ミカは難しげに眉根を寄せた。
 サナが心配なのだろうが、時折子供達が様子を見に来る。それは仕方ないのだろうが、その度にサナがムリして作る笑顔は‥‥見ていて痛々しい。
「やはり、ピクニックは予定通り決行してもらった方が良いようですね」
 同じ意見の綾香に、ミカは大きく頷いた。

「今回のピクニックにみなさんと一緒に行かせてもらう富島香織です」
 ピクニック当日、富島香織(eb4410)はキチンと挨拶した。天界人である香織、一礼と共に黒髪がサラリとこぼれる。
「カウンセラーの卵なので、何か悩みとかあったら相談にのりますのでよろしくお願いしますね」
 事前に大体の事情は聞いている。サナを気にしているらしいララティカ達に、ニコリと笑みを投げかけながら香織は優しく告げた。
「サナやクリスと一緒に行けないのは残念だけど、仕方ないよな」
 ぽむぽむっ、とチコの頭を軽く叩きながらリオン・ラーディナス(ea1458)も言い、テュール・ヘインツ(ea1683)も
「ムリ言って困らせたらダメだよ?」
 と同意した。
「なぁに、心配すんな。俺達もついてんだからな」
 そして、ミカがドンと胸を叩いて請け負った事により、ようやく子供達の顔が明るくなる。
「あのね、ミカせんせーやサナお姉ちゃんにお土産、持ってくるからね」
「おぅ、期待してるぞ」
 応えるミカ。そこに現れたのは、クレア・クリストファ(ea0941)。連れた愛獣クレッセントに、子供達の顔に怯えが浮ぶ。
「この子は貴方達よりも年下なのよ〜ってコラ、舐めちゃ駄目でしょ」
 けれど、その舌が軽くアイカの頬を舐めた。かぷっと噛み付くではなく、犬がジャレ付くように。それが分かったのだろう、一瞬ビクリと身体を固くしたものの、アイカはやがて恐る恐るクレッセントの身体に触れた。
「そう、この子は恐くないでしょ」
 現金なもので、恐くないと知れると子供達は一転して興味津々で触りまくったりして。
「一緒に行きましょう‥‥ね? 私達が愉しむ事、それがサナを喜ばせる事になるのですもの」
 今度こそ子供達は素直に同意した。
「そうですよ。皆さん、今回も楽しいものにしましょうね‥‥」
「美味しいお弁当作ったのよ。楽しみにしててね」
 更に、お弁当を作り終えたニルナ・ヒュッケバイン(ea0907)がレオナ・ホワイト(ea0502)がバスケットを示し、
「サンドイッチは自信作でやんす」
 フリフリなメイドさんがガッツリ請け負うと、「わぁっ」と歓声が上がった。
「いってきます。お土産楽しみにしててね?」
 そして、レオナは身体を起こそうとするサナを留めると、汗ばんだ頭を優しく撫で微笑んだ。

●野道を行く
「ピクニックですか、私もがんばらなくてはいけませんね」
 虹夢園を出発して早々、貧血で倒れやすい淋麗(ea7509)は
「これも修行です」
 と気合を入れた。
「街の外での課外授業と息抜き、時にはそういうものも必要じゃよ」
 言外に励ましを込めたのは、カシム・キリング(ea5068)だった。連れた驢馬にお弁当など荷物を積みながら、ゆっくり進む子供達を見守っている。
「子供らが将来、街の中だけで暮らすとは限らぬ。ならば外に出る事は当たり前に必要な事じゃよ」
 すれ違う景色は虹夢園にいたら目に出来ないもの。いつもと違う風景、いつもと違う大人や子供‥‥家族連れ。
 それらが子供達に影響を与えるかもしれないと、悲しみを呼び起こす可能性もあると、考えないでもなかった。だが、こういった機会は必要な事だと思うから、避けて通れない事だと思うから。
「大いなる父は状態ではなく、行為を求める。子供らには少しずつで良い、小さな歩みでも良いから進んで行って欲しいものじゃ」
 ニルナに話しかけられているノア、その姿にカシムは祈りを込めて呟いた。
「ノア君はこういうのは初めてでしょうか? 私は1度だけあるんですよ」
 少し前までの寒さが嘘のように暖かな日だった。戦闘馬リヴァーレを連れ、一応周囲を警戒しながらニルナはノアに歩を合わせていた。
「そのときはコボルトというモンスターに襲われましたね。でも大丈夫、今回はそういうのはないみたいですし‥‥」
 言う通り、ウィルに近い事もあって街道はいたって平和だった。
 証拠に、すれ違う人たちも和やかで、緊張感らしきものは薄い。
「ニルナ先生は‥‥」
「はい?」
「‥‥いえ、何でもありません」
 その中でノアの顔だけは鎮痛に沈んでいる。いや、正確にはもう一人、いた。
「こんにちは、じゃ」
「こンにちわ」
 道行く人に挨拶するマルトを真似るショーン。対照的に、パールは元気がなかった。
「大丈夫、大丈夫じゃよ」
 虹夢園から遠ざかるのに比例して、不安そうになっていくパール。時折、後ろを振り返って。
「パールちゃんは普段は元気な子だと聞きましたが?」
「そうじゃな。どちらかというと、ショーンの方が寂しがり屋なのじゃが」
 パールの様子が違う事が分かるのだろう、ショーンの方は寧ろ心配そうに‥‥気遣う素振りさえ見せている。
「虹夢園から離れるのが恐い‥‥不安‥‥もしかしたらパールちゃんはずっと、お母さんを待っているのかもしれませんね」
 ふと、香織は思った。虹夢園の前に置き去りにされていたパール。その身体に、自分の服の上にありったけの女物の服を着せられ。
「という事は、憎くて捨てたわけじゃないという事ですよね」
 だが、それも推測でしかない。
 そして、パールは何も分からないまま、それでも、今も待っている‥‥迎えに来てくれる、誰かを。
「事情は分かりませんが‥‥でも、何か事情があるのですよね」
 香織の見たところ、パールは2歳くらい。そのわりにまだ言葉が出ていないようだ。
「片言で言葉を出し始めてもおかしくないと思うのですが。回りで会話がなかったとか、やはり何か事情があったのではと‥‥全ては推測ですが」
「本当の事は分からぬよ。じゃが、信じたいのぅ‥‥待ち続けている、この子の為にも」
 そろそろ息が上がり始めたパールを、マルトは抱き上げた。
 そして、驢馬のククルに乗せてやるべきかどうか迷った時、一足先にギブアップが出た。
「はう〜、ごめんなさいね。私も年には逆らえませんね」
「ムリするなよな、先生」
 案の定というか予想通りというか、フラフラっと倒れた麗を支えたのは、ジェイクだった。
「頑張るのも良いけど、見ている方は結構辛いんだからな」
 細い身体を支えながら、少しだけ鎮痛に呟き。
「クレア先生、チビ共はクレッセントに任せていいか? カシム先生、先生の驢馬に麗先生乗せてやってくれ。荷物は俺達で手分けして持つからさ」
 意外と手馴れた様子で指示を出していく。
「僕、これ持つよ」
「あぁ。だけど、ムリするなよ」
「大丈夫、僕が半分持つよ」
 チコの持った荷物を反対側から持って、テュール。
「重い荷物も半分こ‥‥半分ずつ持つと、軽くなるよね」
 チコは一人になる事や拒絶される事が恐いのではないか、とテュールは考えていた‥‥それは、自分と同じように。
「あのね」
 でも、そんな事はないと、教えてあげたくて、テュールは続けた。
「僕もジェイク君もチコ君が望む限り一緒にいるから大丈夫だよ」
 チコは驚いたようにちょっと目を見開き、はにかんだ笑みを浮かべた。そうして、少し、荷物を持つ手に力を入れる‥‥テュールと共に持つ、それに。
「‥‥ふふ」
 そんなやり取りを驢馬の背上から見ていた麗は、調子が悪い事も一時忘れて微笑んだのだった。

●ここにいるよ
「体の疲れもそうですが、やはり心労が大きな原因でしょうね」
 皆を見送った後、また熱のあがったサナの額の冷たいタオルを片手で取替え、カレンは痛ましげに呟いた。
「マルトがコレ、枕元に置いてくれって」
「ラベンダーの香りは良い眠りをもたらしてくれるそうです」
 綾香が置いた、サシェに詰めたラベンダーの香りがふわりと微かに漂う。
 その香りに小さく笑みをもらし、カレンはサナの汗ばんだ手にそっと、触れた。
「我慢はもう、良いのですよ? 辛かったでしょう。私達が全部受け止めてあげます」
 小さな身体に溜め込んだ悲しみを受け止めてあげたいと、心から思いながら。
「大丈夫‥‥私はここに居ます」
 その力ない手はあまりにも頼りなく。小さな手が必死に何かを‥‥握り返してくれる母の手を求める様は、そのままサナの心の傷の深さを示しているようで、カレンの胸は切なさでいっぱいになる。
「誰も居なくなったりしませんよ‥‥。だから、安心して‥‥私達の大切な子‥‥」
 だから、祈った。今はもういない、サナの大切な人達の代わりに。負けないくらいの愛情を胸に。
 心なしか、サナの呼吸が楽になる。
 しっかりと握られた手と手は、祈りの形に似ていた。

●春の野原で
「春ははじまりの季節です。あなた方も私から見れば、はじまったばかりなのですよ」
 ついこの間まで雪に覆われていたとは思えないほど、そこは眩しかった。芽吹きを全身で感じながら、麗は目を細めた。太陽は無いのに全身に感じる日差しに似た何かはやはり、温かかくて。
「私なんて、もう、おばあちゃんなんで、あなた方がうらやましいですね」
 何より、芽吹いた緑はそのまま、子供達と重なるから。
 だが、その子供達の顔は喜びに輝いた後、曇った。多分、ここに来られなかった「お姉ちゃん」を思い出して。
「サナちゃんは、自分が一緒だと気を使わせて楽しめなくなっちゃうんじゃないか?、と恐れてこなかったんだよね?」
 だから、香織は子供達に目線を合わせて、優しく言い聞かせた。
「それなのに、君たちが楽しまないんじゃ、サナちゃんは悲しむんじゃないかな? サナちゃんを忘れて楽しむんじゃないの。サナちゃんのお願いをかなえるために楽しむんだよ」
「サナお姉ちゃんの為に?」
「うん」
「そうですね。今まで頑張ってたサナの為にも、皆愉しんで『春』を探しましょう」
 クレアは香織に一つ笑むと、クレッセントを伏せさせた。クレア達の言葉の意味を感じ取ったのだろう、その身体に抱きつくアイカとララティカ‥‥ここで愉しむ為に。
 それは二人だけではない。
「この遊具、サッカーボールっていうんだ。コレ転がしたり蹴ったり投げたりして遊ぼうぜ」
 リオンとテュールに誘われ、ジェイクとチコも嬉しそうに駆けて行く。
「ノア君もおいでよ」
「‥‥僕はいいです」
 誘いを一言で拒絶するノアに、
「うん。でも、気が変わったらいつでもおいで」
 テュールはあくまで笑顔で伝えた。
「ショーンとパールはまだムリじゃな。一緒に鬼ごっこでもするかの?」
「なら、私が鬼になりますよ」
 マルトと香織は幼子二人と共に鬼ごっこを始めたようだ。
「新しい地はどんな所かと思いましたが、何も変わりませんね」
 そんな子供達を見つめながら、麗はつい考えてしまう。
「修業ばかりで子供も夫もいませんでしたが、私も子供がほしかったです」
 考えても仕方の無い事だが、それでも‥‥もしも自分に子供が居たらと想像すると、胸がチクリと痛む。
「麗せんせー大丈夫〜?」
 けれど、そんな感傷を吹き飛ばすように、元気に跳ね回っているチコがショーンが、こちらに手を振ってきた。
 その笑顔に、心がふっと軽くなる。麗は自覚した‥‥子供達の笑顔に救われている自分を。
「はぁ〜い、大丈夫ですよぉ」
 だからこそ、笑顔を返した。自分の笑顔もまた、子供達の笑顔に繋がると知っているから。

 そうして暫く遊んでいる内に、香織がふとノアに話し掛けた。
「どうして皆と一緒に遊ばないの? 何が楽しめないの?」
 悩みがあるなら相談に乗りたかった‥‥それが香織がここにきた理由だったから。
「‥‥」
「いいのよ、ノアはいつもそうなんだから」
 と、横合いから切り込むような声‥‥ルリルーだ。
「あんたは結局、いつもそう。自分の殻に閉じこもって自分を守って。なら、一人で一人だけで生きてけばいいじゃない‥‥そういうの、見ててイライラするわ」
 ノアが手にしていた本を、ルリルーは怒りに任せてもぎ取った。ページが、風に舞う。
 視線を避けるように俯くノアの代わりに、ニルナが本を、ページを拾い上げる‥‥ノアにとって大切なはずの本を。
「ルリルーちゃん」
 香織は尚も言い募ろうとするルリルーを、そっと留めた。
 来られなかったサナの為にも、サナの分まで皆で一緒にピクニックを楽しみたい‥‥ルリルーの気持ちは分かった。
 けれど、皆と一緒に楽しめなくて、それでも、ノアが一緒にいたい‥‥一人になりたくないと思っているのも見てとれるから。
「多分、ノア君にも色々あるのですよね? だから、もう少し見守ってあげて。ノア君も‥‥気持ちはちゃんと言葉にしないと伝わりませんよ?」
「‥‥」
 香織の言葉にキツく唇をかみ締め俯くノア。それはやはり何かを堪えている‥‥自分を守ろうとしているようで。
 その肩をニルナは無言で、抱いた。肩がビクリと震えるが、今度こそ離さずに。
「ノア君は任せて下さい」
 ニルナは軽く頷き、ノアを促した。
「のぅ、ノア。わしは、思うのじゃ‥‥人と人の繋がりは『一緒に』の積み重ねだと」
 そして、うな垂れた背中に、カシムは静かに声を掛けた。何をするでも何をしたでもなく、一緒にの積み重ねが人と人とを繋げていくのだ、と。
「おぬしにも色々とあろう。じゃが、ルリルーの気持ちも分かってやって欲しいのじゃよ」
 ノアを優しく促すニルナに一つ頷きながら、その背に語りかけ。
「これもまた大いなる父の試練‥‥試練の時じゃな」
 カシムは心の中で呟いた。

「私、ノア君に聞きたい事があったんです。‥‥正直に、ノア君の口から聞きたくて」
 美味しいサンドイッチを平らげ、ノアが落ち着くのを待ってニルナは静かに話しかけた。
「そう、あの時私が貴方に触れようとしたとき、どこか怯えたような感じでしたよね‥‥どうしてですか?」
「僕は、別に‥‥」
 俯こうとするノアを逃がさぬように、真っ直ぐ見つめる。逸らさぬ事を許さない、真摯な眼差し。
 それはノアを心から案じているから。
「どんなことがあったかは分りませんが‥‥今回はちゃんと話してもらいたいんです‥‥私は先生として人として、貴方が好きだから」
 時が止まる。ニルナはじっとノアを、その苦悩を見つめ待つ‥‥受け止める為に。
 やがて、時が動く。遠く、微かな歌声がもれ聞こえ止った時を動かす。
「‥‥僕は、人殺しです」
 そうして、ノアは重い重い口を開いた。
「両親の隊商は盗賊に襲われ‥‥父も母も僕を守る為に死にました」
 悲しい事に、それは決して珍しい事ではない‥‥ニルナは知っている。けれど、言葉は挟まない‥‥まだ。
「抱きしめた腕、僕を庇わなければ二人とも死なずに済んだかもしれないのに‥‥」
 自分を掻き抱く。凍えた身体を、心を堪えるように。
「他にも、僕のせいで死んだ人がいます」
 震える声は、苦悩に満ちて。やはりそれは懺悔に似て。
「僕のせいで人が死んで‥‥何より、僕はもう嫌なんです。大切な人がいなくなるのが」
 喪うのが恐くて。ならば、最初から大切なものを作らなければ‥‥傷つかずに済むのでは、と。
「ずっと一緒にいる、なんて嘘ですよ。ニルナ先生だってテュール先生だって、明日にはいなくなってしまうかもしれないのに。絶対なんて、そんなものありはしないのに」
 自嘲は、だが、どこか自分に言い聞かせるようで。
「うん、でも、それはとても‥‥寂しいですよね」
 風が、まだ肌寒い風が本のページをめくる。ノアにとって唯一の居場所、それが頼りなく風にあおられた。

●優しさに包まれて
「欲しいモノとかあれば遠慮なく言ってくれな。出来る限りは持って来てやるからよ」
「いえ、大丈夫です。先生達のおかげで、もうすっかり楽になりましたし‥‥」
 大分楽になったようだが、まだ全快には見えない‥‥そんなサナにミカは、その眼前で「あのな」と大きく溜め息をついた。
「嫌なコトもわがままも、もっと言っちまっていいんだぜ?」
 他の子供達がいない今、せめてこんな時ぐらいは存分に甘えて欲しかった。
「ここはお前達の『家』なんだから、思うようにやりたいようにやればいいし、その為に俺達がいるんだしな」
「ミカ先生‥‥」
 サナは目を見開いた。虚を突かれた‥‥目からウロコが落ちた心持で。
 そして、一度瞬きしてから、恥ずかしそうに言った。
「あの、じゃあもう少しだけ‥‥眠るまで側にいてくれますか?」
「ああ。俺達はその為にここにいるんだから、な」
 ミカは「それで良し」という風に笑むと、綾香を手招いた。
「丁度いい頃合いでしたね」
 お盆の上には、ハーブティー。カモミールの香りがほのかに、辺りに漂う。
「何でも、これ飲むとよく眠れるようになれるって話だ。何はともあれ、ゆっくり寝てゆっくり休みな」
 マルトが用意してくれたものだ、間違いは無いだろう。
「そうですよ。今日は、ゆっくり休んで明日以降に備えるべきです」
 ハーブティーの香りに、ミカや綾香の優しさに包まれて。その温かさはじんわりと、閉じ込めていた思いを溶かしていくようで。
「ごめんなさい、わたし‥‥」
 途端、ポロリと零れた涙。
「良いのですよ」
 カレンは優しく優しく微笑んだ。
「今はいっぱい泣いて、いっぱい寝て、早く風邪を治して、皆が帰ってきたら笑顔でお出迎えしましょう」
「‥‥はい」
「笑顔でいると、幸せが舞い込んでくるんです。きっと、とても幸せな事が起きますよ」
 勿論、それは嘘でない、ムリでないものでないと、ダメですけどと胸中で呟き、カレンはふと悪戯っぽく言葉を添えた。
「勿論、泣いていた事は秘密ですね」
 自然な笑みがこぼすと、サナはハーブティーにゆっくりと口をつけた。良い夢が見られそうですと、囁いて。

●花を摘んで
「綺麗な花ね。この花は確かクロッカス‥‥春を告げる花ね」
 ちょこんと顔を覗かせた薄紫の可憐な花。指し示すレオナに、ご飯後もまだ怒った顔のままだったルリルーも、オロオロしたままのララティカとアイカも興味を示した‥‥どこか、ホッとしたように。
「花を見ていると心が和みますよね」
「‥‥そうね」
 香織もまた、険の取れたルリルーに胸を撫で下ろした。多分、ノアと同じくらいルリルーも傷ついただろうから。
「レオナ先生、この花は?」
「これは‥‥う〜ん、プリムラ。そっちはカミツレ、ムラサキツメクサかしらね」
 マルトに確認しながら子供達に教えていく。春を待ち望んでいた、ようやく外に出られた喜びを謳っている花々。
「ほぅ、これはヨモギじゃな。アイカ、ララティカ、後で一緒にヨモギ団子を作ろうかのぅ」
「それって美味しい?」
「あぁ」
 いそいそと摘みにかかるマルトの姿を見、レオナはアイカ達に聞いてみた。
「ヨモギも良いけど、この花たち、お土産に持って帰ろうかしら?」
「うん。サナお姉ちゃんも綾香先生達もきっと喜ぶわ」
「じゃあ、サナが喜ぶ様な綺麗な花束にしましょうね」
「う〜ん、意外と難しいわね‥‥ほらほら、貴方達も来なさい」
 同じく、花飾り作りにジェイク達を引っ張り込むクレア。サナの為なんだからと笑顔で。
「っと、あら意外、結構上手ね」
「まぁ‥‥結構、な。こういうのは得意なんだよな」
 ジェイクとチコも中々良い手つきで。
「この分だと花飾りは任せていいみたいね」
 見て取ったクレアは、女の子達に提案した。
「自分の目で見て、肌で感じた『春』を詩として創ってみましょう。で、それをレオナに曲にしてもらうの」
 詩によって自由な発想や表現力を養う授業の一環を、遊びの中に取り入れて。
 何より、
「作った詩も、サナに届けてあげましょうね」
 その一言が子供達を喜ばせた。

「あのさ、ジェイク君。『春』ってこれで良いのかな?」
 器用に花を結っているジェイクに、テュールは問いかけた。ずっと気になっていた事。
 テュール自身「春が欲しい」と言われれば一番先に思いつくのはやはり「花」だ‥‥なのに。
「サナちゃんは何故、最初から花が欲しいって言わなかったんだろう‥‥?」
 そこに何か‥‥ジェイクとサナだけに通じる何かがあるのではないか?、テュールにジェイクは「あ〜」と暫く言葉を探してから。
「‥‥ウチのトコとサナのトコと、春になるといつも一緒に近くの野原に行ってたんだ。冬を越せた事を喜び、これからの春に‥‥まぁまた次の春まで頑張ろうとか何とか、細かい事は分かんねぇけど」
 瞳が微かに苦く揺れた。それでも、クレアやリオンを見つめ、ジェイクの揺れはゆっくりと収まった。
「だから、さ。サナの言う『春』ってのは、そういう事なんだよ」
「‥‥そっか」
 サナにとって春は象徴だった。家族‥‥願いと約束、絆の。
「でも、だからさ、大丈夫なんだよきっと」
 黙りこんだテュールが顔を上げると、そこにあったのはジェイクの笑顔。
「ばあちゃんがいてリオン兄ちゃんやテュール兄ちゃんがいて、クレア先生やレオナ先生や‥‥皆がいてくれて」
 指し示す、手にした花冠、その一部。
「だから、これが春なんだよ。皆で作るこれが‥‥『春』なんだよ」
 喪ったモノは戻らない。それでも、それを補うように、新しく作り上げていく‥‥築き上げていけるならば。
 その時、テュールの耳に歌声が届いた。

♪春 春 春
 キラキラの 春
 ドキドキの 春
 ウキウキの 春
 全てが動き出す 春
 春 春 春
 サナお姉ちゃんに お・く・り・た・い
 始まりを告げる 春♪

 アイカとルリルーが考えたそれは、拙いけれど素直で率直で、楽しそうな詩。それにレオナが弾むような明るい旋律をつけ‥‥いち早く飲み込んだらしい澄んだキレイな歌声が、ララティカのそれが、春の野原に響いていた。
「うん。これがサナちゃんが欲しがってた『春』なんだね」
 きっと喜んでくれる、テュールにジェイクが嬉しそうに頷いた。

●春を届けに
「いやー、ピクニック先は凄い吹雪で、顔にこんなに雪がー」
 帰ってきて早々、「え〜先ずは一笑い」と白い付け髭でボケて見せたリオン。ビックリ顔のサナはリオンの予想より顔色も良くて、ホッとしたりして。
「あぁっ! リオンさんがおじいさんに!? しっかりして下さいっ!」
 そんなリオンのボケにボケで返したのはクリス‥‥思わず膝から崩れ落ちたリオンを抱きとめるように。
「とっ、とりあえずお湯を‥‥」
 雪を‥‥てか付け髭だが、払おうとオロオロするクリスを「あ、カワイイ」とかつい思ってしまったりするリオンだった。
(「ていうか、膝枕‥‥ちょっと幸せかも」)
「子供達の前で何してるの」
 さすがにそこでレオナの突っ込みが炸裂したわけだが‥‥サナがクスクスと笑ってくれたので結果オーライ?
「ただいま、サナ」
 抱きしめたレオナは、やはり落ち着いた様子のサナに自然と頬を緩めた。
「ん、掴みはオッケって事で」
「良かったです、リオンさんがご無事で」
「あっ、あぁうん。サナの為とはいえ、驚かせてごめんな」
 一方のリオンは、安堵の笑顔を浮かべたクリスが可愛いと思って‥‥だから。
「是非キミとも行きたかったなぁ〜。いや、むしろ今度、個人的にお誘いしたいッ」
 え〜い、当たって砕けろ、言っちゃえやっちゃえとクリスの手を取ったリオンに、
「そうですね。では今度、ご一緒して下さいね」
 でも、ビックリは無しですよ?、クリスは恥ずかしそうに笑った。
(「これが男ってもんだ、次はジェイクが頑張る番だぞ」)
 そして、リオンは小さくVサインを送る事でジェイクを促した。
「サナ、これ‥‥皆で作ったんだ」
 ジェイクが差し出したのは、皆で作った花冠と、皆で集めた花をリオンから貰ったレインボーリボンでまとめた花束。
「これがサナの欲しかった『春』なんだろ」
 受け取り、花の匂いを確かめるように一度目を閉じたサナは、小さく頷いた。おそらく、この花を摘むララティカやテュール達の姿を思い浮かべて。
「‥‥うん。ありがと、ありがとね、ジェイク」
 証拠に、目を開けたサナは幸せそうに、満足そうに微笑んでいた。
 それが嬉しかったのだろう、今まで堪えていた子供達がサナに駆け寄った。
「サナ姉ちゃん僕ね、ジェイク兄ちゃんとリオン先生とテュール先生と、サッカーボールで遊んだんだ。すごいんだよ、いっぱい弾んで。でも僕、頑張って追っかけたんだ」
「はい、とても上手でビックリしました」
 嬉しそうに話すチコに、麗もニコニコと言葉を添える。口々に自分の体験を話す弟・妹達にサナも楽しそうだ。
「はい、ミカせんせーカレンせんせー綾香せんせー。せんせいたちにもおみやげだよ」
「ありがとな」
「キレイですね」
「ええ、嬉しいです、とても」
 看護組にもそれぞれ小さな花束が手渡され、笑顔が増えていく。
「ララティカはすごく良い声してたわ」
「‥‥」
 その中でクレアが褒めると、ララティカはいつものように無言でギュッと猫のぬいぐるみを抱きしめてしまったけれど‥‥その顔は嬉しそうだ。
「だからね、この子達の歌、聞いてあげて」
 そうして、ララティカがアイカがルリルーが、歌を贈る。拙いけれど、一生懸命思いを込めた歌に、レオナの旋律と歌声が華を添える。
 それもまた、届けられた春。気持ちのこもった、贈り物。
「すごく良い歌ですね。聞いていると、春の野原にいるみたい」
「来年は一緒に行きましょうね」
 そして、クレアから何気なく掛けられた言葉。
「‥‥はい」
 サナは噛み締めるように、抱きしめるように頷いた。
「はい、そろそろドクターストップですよ。話したい事がたくさんあるのは分かりましたが、それはまた明日。今日はサナさんを休ませてあげて下さいね」
 子供達が渋々サナの元を離れたのは、綾香がストップを掛けてようやく、だった。
「‥‥安心しなさい。貴女の先生達や友達は、大好きな貴女の前からいなくなる事なんてないから」
 一番最後に部屋を出ようとし、レオナはふと足を止めた。
 そのまま数歩戻ると、ベッドの上、置かれたままのサナの手をそっと握り、優しく告げる。
「約束するわ、私の心にかけて‥‥ね?」
 サナはじっとレオナの顔を見つめてから、
「はい」
 はにかんだ笑みを浮かべた。
 皆が運んでくれた『春』に囲まれながら。