希望の虹5〜歌を謳おう

■シリーズシナリオ


担当:マレーア4

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:2 G 49 C

参加人数:11人

サポート参加人数:1人

冒険期間:04月13日〜04月16日

リプレイ公開日:2006年04月21日

●オープニング

人は嘘をつく。
 言葉をどんなに重ねても伝わらない事がある。
 死んでいく言葉、嘘を覆い隠す為の麗句‥‥それはとても辛くて、恐い。
 ならばいっそ、言葉なんていらない。
 本当が伝わらないのは、本当を伝えてもらえないのは‥‥とても哀しいから。

「御領主様の前で歌を披露するの。これはとても名誉な事なのよ」
 嬉しそうに言う母の声はキレイだった。ララティカが世界で一番好きな声。
「叔母ちゃんの所でホンの少しの間だけ、待っててくれるかな?」
 申し訳なさそうな父が抱えた竪琴。奏でられるのはララティカが世界で一番好きな音色。
「うん。わたしだいじょうぶだから。にゃーといっしょに待ってるから、パパとママはおしごとがんばってきてね」
 大好きな二人を困らせたくなくて、強がった。本当は行って欲しくなかった。寂しいと、泣いてすがって引き止めたかったのに。
 もしも引き止めていたら、本当の気持ちを口にしていたら、今は変わっていただろうか? 今は、変わっていたのではないだろうか?
「ララティカがもう少し大きくなったら、一緒にステージに立ちましょうね」
 そして、二人は笑顔でいなくなった。叶わない約束だけを、残して‥‥永遠に。
 領主館に向かう途中、ララティカの大好きな二人は事故に遭い、命を落としたのだから。
「可哀相に‥‥今日からここがララティカちゃんの家だからね」
 叔母ちゃんはそう言ってくれたけれど。ララティカは気づいてしまった。そう言いながら、叔母ちゃん達が迷惑に思っている事に。
「まったく、困ったねぇ。ウチだって決して楽じゃないってのに。女の子だしロクに役にも立たないし」
 せめて男の子なら働き手にもなるのに‥‥眠れずにいた夜更けに聞いてしまった言葉。寒くはないのに、ララティカの身体はガクガクと震えた。
 まだ小さなララティカは理解してはいなかったが、それは怯えだった。温かな言葉の裏の本心‥‥悪意への。叔母一家とて大変だったのだ、そう納得するには少女は幼すぎた。何より、両親を喪ったばかりの心、無意識に喪失感を埋めようと愛情を求めていた心にそれはひどい衝撃を与えていた。
 恐かった。笑顔の裏で、誰かが、誰もが違う事を考えているのではないか? 誰かが、誰もが、本当は何を考えているのか‥‥分からない。
 その夜、ララティカは唯一残った家族‥‥猫のぬいぐるみをキツく抱きしめて眠りに就いた。そして、その夜からララティカはひどく無口になった。
 事態を知った領主から、面倒を見させて欲しいと申し出があったのは、その直ぐ後の事だった。

 引き取られた虹夢園では皆、優しかった。傷がカサブタになり少しずつ少しずつ治っていくように、ただ優しさにゆっくりと癒されていく毎日。
 けれど、久しぶりに‥‥本当に久しぶりに歌ったあの日。
 蘇ってきた記憶、こみ上げてきたあの‥‥恐さ。
「ララティカ、歌じょうずだね」
「もっと歌ってよ」
 彼らは本当に、心の底からそう思っているのだろうか?
 疑う自分はイヤで、なのに疑いは心にこびりついたまま消えなくて。
 そうして、少女の声は閉ざれた。


「って事で、お礼を込めて、ご近所の皆さんを招こう!」
 言い出したのは、ジェイクだった。先日のノアとパール捜索の折、近所の人たちにはとてもお世話になった。ちゃんとお礼しないと、と言われたし、自分もそう思うし。
「で、それだけだとアレなので、皆で歌を贈ろうと思うわけだ‥‥感謝の気持ちを込めて」
 折角先生達から楽器や詩を教えてもらっているのだ、先生達へのありがとうの気持ちも込めて、歌を贈りたいと。
「僕はそういうのは‥‥」
「ていうか、一番迷惑かけたあんたが辞退してどうするのよ」
 年下のルリルーに突っ込まれたノアは言葉に詰まり、暫くしてガックリと頷いた。
「‥‥確かに」
「じゃあ、先生達には歌の指導と、後、お茶会の助力をお願いしましょう」
 そうして、話は決まった。
「あのさ、パールの母さんとお祖母さんも招待してさ、何とか仲直りっていうかパールと会わせてやりたいよな」
「そうね。その件もお願いしましょう。大事にしちゃうと、動揺する子もいるかもしれないし」
 その影で、年長者二人はこっそりと打ち合わせた。じゃれあう年少組‥‥パールとショーンを、気遣わしげに見つめながら。
 何はともあれ、お茶会で歌を披露しよう!、と決まってからだった。
「クリス先生」
 困った顔でアイカがクリスに話しかけてきたのは。
「あの、ララティカ‥‥ララティカが、しゃべらないの」
 その言葉の意味が最初、クリスには分からなかった。
「ピクニックに行った後から、一言もしゃべらないの」
 けれど、続けられた言葉に、クリスはようやく悟り‥‥瞠目した。ララティカは元々、無口な少女である。それに、ノアとパールの事で暫くゴタゴタしていたし。
「‥‥いえ、それは理由になりませんね」
 ただの言い訳だと自分を叱咤すると、クリスはアイカに優しく告げた。
「分かりました。ララティカの事は先生達に任せて‥‥安心して練習して下さいね」
 折角の子供達の計画である、何とか成功させてやりたいと思いながら。

●今回の参加者

 ea0502 レオナ・ホワイト(22歳・♀・バード・エルフ・イギリス王国)
 ea0907 ニルナ・ヒュッケバイン(34歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea0941 クレア・クリストファ(40歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea1458 リオン・ラーディナス(31歳・♂・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea1683 テュール・ヘインツ(21歳・♂・ジプシー・パラ・ノルマン王国)
 ea4358 カレン・ロスト(28歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 ea7095 ミカ・フレア(23歳・♀・ウィザード・シフール・イスパニア王国)
 ea7509 淋 麗(62歳・♀・クレリック・エルフ・華仙教大国)
 ea7511 マルト・ミシェ(62歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 eb4072 桜桃 真治(40歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 eb4191 山本 綾香(28歳・♀・天界人・人間・天界(地球))

●サポート参加者

桜桃 真希(eb4798

●リプレイ本文

●前奏曲〜プレリュード〜
「お礼で音楽会か、絶対成功させてやりたいな!」
「ああ。子供達から何かしたいってんなら、それを全力でバックアップするのが俺達の仕事、ってな」
 桜桃真治(eb4072)に同意し、ミカ・フレア(ea7095)はクレア・クリストファ(ea0941)と挨拶を交わす子供達へと視線を向けた。
「その為にも、憂いはできるだけ取り除いてやらねぇと、な」
「クレア先生、こんにちは」
「貴方達、今日も元気ね」
 クレアはいつものように、一人一人に視線を合わせ、笑いかけていた。その中の一人。ララティカが自分の視線から逃れるように目を伏せた事に、胸が痛む。
「皆で素敵な歌を歌いましょうね」
 だから、指先でそっとララティカの髪を撫でると、アイカに声を掛けた。
「ララティカの様子、どうなの?」
「元気ないの。視線合わなくて、それを悪いって困ってる感じなの」
「でも、大丈夫だから」
 クレアは言った。一瞬だけ自分を見上げてきたララティカの、途方に暮れた揺れる瞳を思い出しながら。
「皆さんにお礼をするために自主的に行動するとは、嬉しいことです」
「皆、その感謝の気持ち、大人になっても忘れないでいておくれ」
 そのララティカや子供達を、淋麗(ea7509)とマルト・ミシェ(ea7511)は褒めていた。
「お礼の場としてでなく、新しい出会いの場として、もっと多くの子達とお友達の輪が増えて行くと良いですね‥‥」
 けれど、カレン・ロスト(ea4358)の前向きな言葉にクリスは、曖昧な笑みを浮かべただけで。
「‥‥ひゃあっ!?」
「クリスさんが心労で倒れたらそれこそ、子供達が泣いちゃうぞ」
 その脇の下をくすぐった、リオン・ラーディナス(ea1458)。
「オレらも頑張るから、あまり気負いすぎないでね」
「そうじゃな。ララティカの事、気に病むでないよ」
 気づいたマルトもまた、助言を与えた。
「心の迷路は途中誰かの手を借りても、最後は自分一人で出口まで行かねばならん。クリスさん達には、その出口で待っていてあげてほしいんじゃ」
 苦しむ子供に、必要な分だけ手を貸してあげ、後は見守る‥‥それはとても難しい事。それでも、一番身近だからこそ心得て欲しいと、マルトは思うから。
「確かに世の中には信じられぬ人もいる。でも、私達は生徒に信じられてこその先生だもの‥‥頑張りましょう」
 マルトのレオナ・ホワイト(ea0502)の励ましを噛み締め、ようやく息をついたクリスに安堵するリオン。
「だけど、きっかけ‥‥少しは手助けが必要だよな、ララティカにも」
 そんな思いを抱きながら。

「来てくれた人たちをもてなす為の、ハーブ茶と果物を手に入れねばのぅ。桜桃さん、ショーンとパールを連れて店に出かけようか」
 一方、クリスが落ち着いたのを見て取り、マルトは買出しに出掛ける事にした。
「マルトさんと桜桃さん、買出しに行くんだよね?」
 そんな買出し組を呼び止めたのは、テュール・ヘインツ(ea1683)だった。
「あのさ、ハーブティーだけど、モーブなんてどうかな? ノドに良いからピッタリでしょ」
「確かに、の。探してみるとしよう」
 テュールに応え、四人は市場に向かった。
「パール、元気になってよかったな」
 真治が抱き上げると、すっかり元気になったパールが笑った。先日の、ぐったりした様子が印象強いだけに、それだけで胸がいっぱいになってしまう真治。
「虹夢園の新しい先生じゃ」
「よろしく!」
「で、虹夢園での‥‥」
 和やかな買い物の途中でも、宣伝を試みるマルト。
「おうた、うたうの。だから‥‥」
 たどたどしくも必死に言葉を紡ぐショーンを前面に押し出しつつ。
(「頑張れ、お兄ちゃん」)
 一度、ショーンの瞳が助けを求め、マルトを仰ぎ見る。が、マルトは眼差しで励まし口は噤んだだけ。ショーンはその先を続けようと、再び言葉を紡ぐ。
「だから、きて‥‥ください」
 そして、やり遂げる。ささやかで、大きな成長の足跡。
「子供達がお礼、したいそうだ」
「そっか、じゃあおばちゃんもいっちょ、聞かせてもらいに行こうかな」
 手にした熟れた果実に負けないくらいの頬で、ショーンは恥ずかしそうに嬉しそうに、笑った。
「で、後は布か」
 買出しの最後、飾りつけの布を求めた真治達はそこで、リデアと遭遇した。
「買出しですか‥‥てか、布ですか、布ですね? では是非持っていって下さい!」
 リデアは真治の腕にドサッと色とりどりの布を乗せた。
「じゃあ、御代‥‥」
「そんな!? 良いんですよ、桜桃先生。これは虹夢園の為なんですよね? なら御代なんてとれません」
「でも、そういうわけには‥‥」
「そぉですか? なら、御代の代わりに市場調査お願いします! 色と素材、どれが皆さんの興味を引くのか、さり気なく観察して教えて下さい」
 言われて手元を見てみると、どれもあまり一般的ではないような色や手触りだ。
「見本品? あ、メッシュ素材」
「丁度良かったですね、リデア様。夏素材の一押し、どれにするかサンプルになりますよ」
「ええ。やはりお客様のニーズは大切にしなくては、ですわ」
「まぁ、元気で何よりじゃ」
「あい!」
 苦笑するマルトに、パールが元気良く応えた。

●練習曲〜エチュード〜
「先ずは声を揃える事‥‥音程を合わせる事を覚えましょう」
 レオナは早速、指導に入った。授業で使う楽器を用い、正しい音を覚えさせていく。
 これは日ごろの指導の賜物か、結構ちゃんと出来ている事に安心する。ただ、やはり声が出せないララティカが気になったが。
「ゆっくりで良いの、焦らないで。貴女だけの声を聞かせて頂戴?」
 急かさないよう、気遣いながら旋律で促すが‥‥ララティカは悲しげに首を振るだけ。
(「歌いたいのに歌えないのね‥‥無理強いは酷かしら。少なくとも、今は」)
 だから、レオナは代わりとばかりに告げた。
「なら、声を出さなくても良いわ。皆の様子や、ハーモニーが作れているか、一緒に聞いていてくれる?」
 躊躇いながらでも頷いてくれた、それだけで今は満足して、他の子供達を次のステップに進めるレオナ。
「じゃあ、歌ってみましょう。声を揃える事、意識してね?」
 奏でるは、簡単な曲。子供達に声を揃わせる事が、他人の声を聞いてハーモニーを作り出す楽しさを教える事が目的だ。
「そう‥‥良い感じ。これを忘れないで」
 そうして、最後にして最大の難関に挑む。
「皆で歌を作りましょう。で、テーマを出したいの」
 提案したのは、詩の先生であるクレアだ。
「女の子達には『優しさ』。男の子達には『勇気』。‥‥そして、全員には『家族』」
 協力し合い、無垢な子供の心で歌を紡いで欲しい。その中で、ララティカの心の扉が少しでも開くならば‥‥密やかな願いを込めて。
「皆で協力して創るのよ。貴方達なら、良い歌を創れるわ」
 自信なさそうな子供達を、クレアは励ました。ララティカに筆談用の羊皮紙を渡し。
 そして、後をレオナに任せてクレアが出掛けた後、子供達は話し合い、詩を作っていった。
「この方がカッコいいだろ?」
「それはさすがにちょっと‥‥」
「こんなメロディはどうかしら?」
 レオナはそれを適宜、メロディに乗せていく。
「成る程、じゃあこの音階なら歌える?」
 同時に、それらを子供達の歌いやすいように整えていく。口で言うほど容易くないそれは、だが、楽しいものだった。
 皆で作り上げていく、皆でより良きモノに名なるよう考えていく‥‥喜び。
 その中で、レオナは気づいた。ララティカがうずうずそわそわ、している事。
 それはレオナも覚えがある。自分の中で鳴る音を外に出したい、歌いたい欲求があふれ出す寸前の。
「ララティカ、貴女の声は綺麗で柔らかくて‥‥私は大好きよ。もっと聞きたいと思わせてくれる、素敵な声よ」
 だから、レオナはそう、正直な気持ちを伝えた。
「大丈夫、先生を信じなさい。私は貴女達に心から信じられる先生になりたいんだから、嘘なんて言わないわよ?」
 揺れる瞳に、力強く笑むレオナが映えていた。

●行進曲〜マーチ〜
「以前はご協力頂きありがとうございました。お礼も兼ねて、またもや一席用意していますので、宜しければ」
「虹夢園の子供達が皆様に感謝の気持ちを込めて、お茶会と合唱を行います。是非ともお礼をさせてください」
 リオンと麗は、ニルナ・ヒュッケバイン(ea0907)やジェイク、ノアと連れ立ちご近所を回っていた。
 礼儀正しく誘うリオンと、すかさず招待状を差し出す麗に続き、ジェイクも「よろしく」とペコリ頭を下げる。
「あの、この間はすみませんでした」
「そういう時は『ありがとう』ですよ、ノア君」
「‥‥この間はありがとうございました」
 ニルナに優しく訂正されたノアは、ちょっと照れた頬できちんと頭を下げた。
「音楽会にきて下さい。用意されるのは、お茶とちょっとした果物と、子供達の優しい元気な歌声です」
 そんなノアを嬉しく見つめるニルナ。
「子供達は日々、成長しています。努力して、頑張っています。それを見ていただくだけでも楽しいと思います」
 そして、麗がダメ押しとばかりに言葉を重ねると、顔見知りのおばちゃん達は快く返してくれた。勿論、応じる旨を。
「ありがとうございます」
 麗はリオンやジェイクと視線を合わせ、ご近所の皆さんにもう一度、頭を下げた。
「ノア君、今回は皆さんに喜んでもらえるといいですね」
「‥‥うん」
 同じように一礼しながら、ニルナはノアと視線を合わせ。頷いたノアが淡く微笑んでいる事を認め、自らも笑みを含めた。

「ケイト様のお加減はいかがなのですか?」
 パールの母を訪れたのは、カレンとミカ。
「精神的に少し不安定になっているけれど、体調的には問題ないようです」
「そうですか、それは良かった‥‥実は」
 男性の言葉に、カレンはお茶会について説明した。
「あんたの娘も会いたがってるからな、是非会いに来てやって欲しい」
「私の、娘‥‥」
 ミカの要請に、ケイトはポツリと呟く。表情の揺れは、心の揺れか。
「これがパールちゃんです」
 その目に、そっと携帯電話の画面を映すカレン。映っているのは、パールの笑顔だ。
 出来るだけ早く記憶を取り戻して欲しい、カレンはそう願っている。1分1秒でも永く、親子である時間を過して欲しい、と。
 瞬間、ケイトの手が大きく震え、男性が励ますように握る手に力を入れた。
「‥‥会ってみたい、です。この子に」
 収まった震え、食い入るように画面を見ていたケイトはやがて、小さく告げた。
 そして、ケイトが落ち着くのを待って手を放した男性に、ミカはふと問うた。
「すまん、名前聞いてもいいか?」
「チャールズです」
「お袋さんだけじゃ何かと危なっかしいからな。今現在一番頼りにされてるだろうあんたにも是非来て欲しいんだ」
「‥‥分かりました」
 チャールズは言い、だが、躊躇うように言葉を繋いだ。
「でも、もし彼女が‥‥」
 途切れた先を、ミカは察した。彼も気づいているのだろう。ケイトの記憶が戻りつつある事、だからこそ不安に思っている。
「いえ、それは誰かに聞く事じゃないんだ。彼女が一番良いように‥‥」
 それでも、自分に言い聞かせながら、チャールズは笑った。ぎこちなかったけれど、必死に笑みを形作った。
「‥‥すまんな」
 願うのはパール親子の幸せ。けれど、叶うならチャールズにも祖父母にも辛い気持ちを味わわせたくない‥‥ミカとカレンはそう思った。

「虹夢園で音楽会を開く事になりました。どうか是非、いらして下さい」
 同じ頃。クレアはパールの祖父母を訪れていた。
「楽しそうですね。ええ、是非‥‥」
「ケイトさんもいらっしゃいます」
 その言葉に、夫人の言葉が止まった。それを知りながら、クレアはもう一度、頼んだ。
「後を見ずに前を見て、先へと進む‥‥その為にも、子供達の歌を聴いて欲しいんです」
 狂ってしまった運命の歯車。止まってしまった時間。それを正しく、もう一度動かす為に。
「あの子達は、希望の光‥‥必ず、道を示してくれる」
 クレアの言葉に、パールの祖父が妻の肩を抱き‥‥夫人は小さく頷いたのだった。
「クレアせんせー、お歌聞いて、聞いて」
 虹夢園に戻ったクレアは、自分達を出迎えた子供達の顔を見、微笑んだ。
 キラキラと光をまとう笑顔に、眩しそうに目を細めて。

●狂想曲〜カプリッチオ〜
「まずは掃除だね。落ち葉やごみを掃きだして、花壇の雑草もついでに抜いておこうっと」
 春盛り、庭に咲いた花々を傷つけないように、テュールはチコとルリルーと、掃除に勤しんだ。
「歌の調子はどう?」
「うん。少し恥ずかしいけど、楽しいよ」
「こっちはバッチリ!、とはいかないわね、やっぱり」
「そっか」
 丁度掃除が終わる頃、真治達が帰って来、続いてミカ達招待班が帰ってき始めた。
「おかえり、みんな。じゃあ、飾りつけしようか?」
「おう。よし皆、くれぐれも気をつけてな」
 ミカは真治の持ち帰った色とりどりの布をチコに示し、請け負う。
「高いトコは任せな」
「じゃ、頼む。これを木と木の間に渡したいんだ」
「うん、ここにはこの色が合うかな?」
 テュールの方は布をルリルーから受け取ると、花の咲いていない木や壁に、見栄え良く飾り付けた。
「もっとちゃっちゃとやっちゃって良いんじゃないの?」
「ダメダメ。それじゃあ草木を傷めちゃうよ」
「そっか。キレイにするだけじゃダメなのね」
「そういう事。バランスは大事にしないと、な」
「そうね‥‥あ、そこもうちょっとピンとさせた方が良いかも。うん、そう‥‥」
「キレイだな。まるで聖夜みたいだ」
 真治がふと口ずさんだのは、大好きな曲。
「ロマンチックな歌ね?」
「そうだな。祈りの歌‥‥かな」
 飾られていく木々を見上げ、真治はふっと微笑んだ。
「皆おいで。ナイフだけでできる魔法を見せてあげよう」
 一方マルトは、手伝ってくれていたサナやアイカを手招くと、買ってきた果物にナイフを入れた。
 器用に淀みなく動くナイフ、その切っ先が果物を全く別の形に変えていく。咲き誇る花のように、鮮やかに。
「すごい‥‥本当に、魔法みたい」
「おもてなしはいかに気持ちよくしてもらえるか、じゃからのぅ」
 その手際を、特にサナとアイカが食い入るように見つめ。
「わたしにも、出来る?」
「うむ。じゃが、皆がナイフを使うのは、もう少し大きくなってからじゃ」
 嬉しくも、一応釘を刺して、マルトは子供達をぐるりと見回した。
「さぁ、もう一頑張り、お客さんが来るまでに、準備万端にしておくんじゃ」
 ここにララティカがいない事を、ララティカの笑顔が無い事を、痛ましく思いながら。

「ララティカには、元気を出して出してもらいたいなぁ」
「何か出来る事があるといいんだけどなぁ」
 近所周りから帰ってきたリオンとジェイクは「う〜ん」、と考え込む。
 と、その前をトテトテと一匹の猫が通った。
「おっ、ミュー! うん、キミの好きなララティカの為、ちょっと協力してくれ」
 思いついたリオンは猫を抱き上げると、「?」顔のジェイクに頷いてからララティカの元に向かった。
 ララティカは一人、教室にいた。歌の練習は終わり、他の子供達は準備の手伝いに追われているようで。一人で、立掛けられた竪琴に指を沿わせていた。
「え〜、ゴホンゴホン」
 驚かせないよう、近づいたリオンは猫の前足をちょこちょこ動かすと、言った。
「『ララティカ、笑顔デ歌ッテホシイ、ニャー』‥‥と、ミューも言っている」
 腹話術の心得などないので、リオンが喋っているのがモロ分かり‥‥だったが、ララティカはそっと微笑んだ。猫の動きに、ではなく、リオンの気持ちを感じ取って。
「そうそう。やっぱり女の子は笑顔だよね。な、ジェイク」
「そうだよな、やっぱ笑ってた方が安心するよな」
 ジェイクは屈託無く言って、トトトと距離を詰めララティカの手を引いた。
「な、行こうぜ。手伝いサボったら、後でサナに何て言われるか分かったもんじゃないからな」
「そうだね。準備も楽しいしね。うん、頑張ろう」
 そうして、リオンは二人の肩を後ろから包み込むように、促した。
「手伝ってくれるのですね、ありがとう」
 料理を作っていたカレンは、姿を見せたララティカを温かく迎えた。マルトやサナもまた。
 そして、料理の仕上げをしながら、カレンはララティカの瞳を覗き込んだ。
「私はララティカちゃんが好き。サナちゃんもショーン君もチコ君も、皆大好き。100回聞かれても100回好きって答える自信があります」
 胸を張る、誇らしげに。嘘偽らざるカレンの気持ち。もし‥‥もしも、ララティカやサナに嫌われてしまっても、それだけは変わらない自分の正直な気持ち。
「ララティカちゃんは私のこと、皆の事が好きですか?」
 頷くララティカ。そこに躊躇いは無かった。
 それが嬉しくて、カレンは「ふふ」とこぼれるような笑みを浮かべ。
「ララティカちゃんが好きである限り、皆もララティカちゃんが好きなんですよ」
 当たり前みたいに、揺ぎ無い事のように笑むカレンを、ララティカはビックリ顔で見つめた。

●交響曲〜シンフォニー〜
「ようこそいらっしゃいました。さぁどうぞ」
 麗は柔らかな笑顔で、訪れた人たちを迎えた。
「こっ、こんにちは。今日はその、お招きいっいただき、あのぉ‥‥ありがと」
 その中、妙に緊張した男の子が一人。麗はその子があの時‥‥お茶会の時に石を投げ入れた子だと気づき、微笑んだ。
「そんなに緊張しなくて良いのですよ? それより、この間は二人を探してくれて、ありがとう」
 男の子はホッと息をつくと、足取り軽く虹夢園に足を踏み入れた。
「よう来てくれたのぅ」
 認めたマルトは早速、ハーブティーを振舞った。
「先日は世話になったの」
「でも、無事に見つかって良かったわね」
「本当じゃ。いなくなった子供達だけではない、他の子供達も心配しておったからのぅ」
 他のお客達をも、もてなすマルト。ハーブティーの香りが優しく、辺りを満たしていく。
「懐かしい香り‥‥農園の皆、元気かな」
 その香りに、テュールはホンの少し遠き地に思いをはせた。
「‥‥帰りたい?」
「そうだね。帰りたくないって言ったら嘘になるけど、今は‥‥うん、皆が居るからね」
 寂しくないよと笑うテュールに、チコはホッと安堵を浮かべた。
「それより、良く似合ってるね」
「‥‥ちょっと恥ずかしいんだけど」
「まだカンペキじゃないわ。これ、つけて」
 と、トコトコ駆け寄ったルリルーが有無を言わさぬ迫力で、仕上げとばかりにチコの首に蝶ネクタイをつけた。
「自分を飾るのも良いけど、他人を飾るのも面白いもんね」
 言うルリルー達女の子は、ふわっとした短いワンピース姿。窮屈そうに恥ずかしそうにしている男の子達も、短いフォーマルジャケット姿で、ちょっぴりおめかしさんだ。
「音楽会にプレゼントはつきものだろ」
 そんな子供達に、真治は自作のぬいぐるみを手渡した。
「これは感謝な」
 一人一人頭を撫でながら、首にリボンの巻かれた、動物さん。
「すごい。このウサさん、せんせいが作ったの? 今度教えてくれる?」
「あぁ、いいぞ」
 ルリルーに応えながら、真治は最後の一人‥‥ララティカの頭を撫でると、差し出した。
 いつものぬいぐるみを抱えていたララティカは、差し出された可愛い子猫なそれと、真治や子供達とを見比べて‥‥身を翻した。
「ララティカは私に任せて。皆は歌、頑張るんだぞ!」
 真治は子供達に言い聞かせると、その後を追った。

「ようこそいらっしゃいました。そろそろ、始まりますよ」
 整えられた庭の中央‥‥簡易ステージを、クレアは訪れたパールの祖父母に指し示した。視線でツイと、パールの母ケイトの姿を探しながら。
(「うん。でも、きっと来てくれる」)
 信じるクレアの耳に、男の子達の歌の開始を告げる、リオンの声が届いた。

♪行け行け僕らの虹レンジャー!
 飛び出せ僕らの虹レンジャー!♪

「‥‥勇気とは違う気がするけど、楽しんでるしウケてるから良いのかしら?」
 ノアとチコは非常に恥ずかしそうだけど‥‥お客やニルナが喜んでいるのを確認し、クレアは呟いた。

♪庭の片隅 ひっそり咲いた 小さな花
 見つけて そっと 微笑んだ♪

 続く女の子達の歌。レオナが爪弾く、柔らかな音色に乗せられたそれは、耳に優しく心地よく響いた。
「へぇ、良い感じじゃないか」
「ええ。でも、この歌は未完成だわ」
 クレアに、ミカは頷く。
 足りないもの、欠けたるもの。子供達が作った歌は完成してはいない‥‥大切なピースが欠けているから。
 その欠けたピース‥‥ミカは庭の片隅に居るララティカと真治とを見つめた。
「まだ会って日が浅いけど、私はお前達が大好きだ」
 そのララティカを、仲間達を遠い瞳で見つめるララティカを、真治はぎゅぅ、っと思い切り抱きしめた。
「大好きは信頼してるって事だ。信頼は『うそをつかない』って事なんだ。‥‥少なくとも私の中ではそうだ。ララティカ、大好きだ。だからお前は『大丈夫』なんだ」
 その頭を優しく撫でながら、真治は繰り返し、繰り返した。
「大切なのはどう思われるのかではなく、よく思われる様に努力することだと思います」
 やはりララティカを案じていた麗は、さり気なく声を掛けた。
「一生懸命に努力している人を笑う人がいるのなら、そんな方によく思われる必要なんてありませんよ」
 だから、大丈夫。自分のしたいようにして良いのだと、歌を歌って良いのだと、笑む。
 優しい声、優しい言葉、優しい眼差し、優しい‥‥優しすぎる温もり。
 真治や麗、リオンやカレン‥‥皆の優しい気持ちは、自然なほど『信じられた』。
(「せんせい達はウソ、つかない。心と言葉が一緒だもの」)
 いや、ララティカにはもう分かっている。分かったのだ、先生達が皆が、分からせてくれた。
 信じる、という事を。
 真治の手から受け取る、ぬいぐるみ。今度はちゃんと受け取れる。何も失くさないの。お父さんやお母さんを大好きな気持ちも、先生達大好きな気持ちも。
 胸がふわっと軽くなった。ノドにつかえていた重苦しい何かが、スッと消えた。もしかしたらさっきのハーブティーにも何か、魔法がかかっていたのかな? それとも、この猫さんに?
 胸が軽くなって、だから、言葉は自分でもビックリするくらいスルリと出た。
「わたし‥‥わたしも、大好き。せんせい達のこと、みんなのこと、大好き‥‥だよ」
「うん」
 真治は満面の笑みで頷くと、ステージを‥‥そう呼ぶにはあまりにもみすぼらしく、同時にとても素晴らしいその場所を、指し示した。
「行っておいで」
 同じく見守っていたテュールに背中を押され、足を踏み出す。途中、ミカがピッと親指を立ててくれたり、カレンが「頑張って」と口を動かしているのが見えたり、皆が‥‥励ましてくれた。
 泣きそうになった。温かな何かが、胸から瞳からあふれ出してしまいそうで。
 そして、司会進行のリオンに手を取られ。
 ぎこちなく、ステージに立つ。あの日約束したのとは違う、ステージ。同時に、同じくらい大切な人たちが居てくれる、ステージ。
 口を開こうとして一瞬、動きが止まる。恐い。本当に声は出るのだろうか?
 けれど、その時目が合った。「大丈夫」と頷いてくれるマルトやニルナ達の。そして、励ますような旋律が後押ししてくれたから。
 歌う。

♪いつもそこにある 温もり
 いつもそこにある 笑顔♪

 ゆったりとした旋律、包み込むように。

♪僕らの居場所 大好きな人達
 手を携えて 共に行こう
 陽だまりの中 歩いて行こう
 かけがえの無い 僕らは家族♪

 重なり合う歌声。層のように波のように、重なり合い響き合う。一つ一つは拙い歌声。
 しかし、感謝の気持ちを精一杯込め、声を想いを合わせようとする歌声は‥‥心に響く。
 歌が終わり、レオナの旋律が止まり。贈られた拍手は、お世辞よりもずっと大きく熱心なものだった。
「良かった、良かったわ! 本当に‥‥皆、本当に素晴らしい歌だったわ」
 クレアもまた、心からの惜しみない拍手を贈った。隣では、祖父母がやはり熱心に拍手している。瞳にうっすらと涙さえ浮かべているのはやはり、思い出しているのだろうか。
 と、そこでクレアは気づいた。門の所に立つ一組の男女に。
 そして、パールが声を上げた。

●子守歌〜ララバイ〜
「マァァァァァァァァァっ!?」
 パールのそれは、嬉しそうな、喜色があふれた、大きな声。
 パールの母‥‥ケイトはその声に打たれるように、小さな小さな女の子を見た。知らず、頬を涙が伝う。
 最初はよろけるように、おぼつかない足取りで。だが、やがて駆け足で、ケイトはパールへの距離を一気に詰めた。
 瞬間、ケイトに手を伸ばしかけたチャールズは拳を握り締めると、そっと笑った。どこか切ない、視線の先。
「マァマァママぁ‥‥」
「‥‥うん、うん、ごめんね‥‥遅くなって、ごめんね」
 そこには、互いを確かめ合うよう抱き合う親子の姿が、在った。

 お茶会がおひらきになってから。
「記憶は簡単には戻ってこねぇ。だが、それでもやり直す事はできるハズだ‥‥そうだろ?」
 ケイトとパール、祖父母とチャールズを順繰りに見つめ、ミカは語尾を強めた。
「まずは、それぞれのことを知るのから始めましょうか」
 ここから、始める。麗の提案に、パールの祖母が「ふっ」と口元を緩めた。
「そうですね。また新しく始める‥‥私達はここに生きているのだから」
 そして、告げる。多分沢山悩んだ末に出した、答えを。
「貴女はバートが‥‥私の息子が愛した人、私の娘です。だから、貴女さえよければパールと一緒に私達の家に来て頂戴」
 それは先日、麗のした提案だった。おそらく夫婦で話し合ったのだろう、祖父もまた穏やかに頷いた。
「‥‥そうだね、それが良いと思うよ」
 対照的に寂しそうに、それでも、笑みを作ろうとしていたのがチャールズで。
「それでもし、貴女がこの方と一緒になりたいのなら、そうなさい。私達の家から、お嫁に行きなさい‥‥私達の娘として」
「‥‥あ」
「それは良い考えだと思います」
 目を見開くケイト、麗はゆっくりと言葉を紡いだ。
「パールさんの事を思い出したケイトさんには少し、時間が必要ですわ。お義母さんの下で色々考えてみてはどうですか?」
 開いた、記憶の扉。チャールズと一緒にいて、亡き夫の事を思い出したら傷つき苦しむのは、ケイトなのだから。
「準備が済むまで、パールちゃんはこちらで預かりますわ‥‥落ち着いたら迎えにきてあげて下さい」
「あ〜い!」
 カレンの腕の中、パールが嬉しそうに嬉しそうに、手を挙げた。

●夜想曲〜ノクターン〜
「良かったですよね、パール‥‥バートさんだってきっと」
 月精霊の力が強まっていく空の下。片付けの手伝いをしながらノアがポツリと呟いた。
「そうですね。本当に、良かったです」
 ノア君の為にも、とニルナは心の中でだけ続け。そして、言葉を繋げる。
「今更ですけど、私本当に心配したんですよ‥‥でも、元気になって本当に良かった、ノア君は笑顔のほうが似合いますしね」
 今の顔。いつも難しい顔をしていた‥‥作っていた頃よりもずっと素敵な。
「私、ちょっとだけアトランティスの字が書けるようになったんです‥‥初めて書く文字は『ノア』がいいですね」
 だから、気づくのが遅れた。辺りが暗くなりつつある中、ノアの顔が真っ赤になっている事に。
「唄も音楽も大好きだ。人の心に滑り込んで人の事大好きだって思わせてくれる」
 余韻に浸り、真治はほぅと溜め息をついていた。
「子供達にもそんな思い出として刻まれていたらいいって思うよ」
 願いを込め、見上げた空。そこには、月のような星のような輝きがある‥‥真治の故郷と似て、だけど、異なる空。
 ふと、真治は手を自分のお腹に当てた。そっと、撫でる。想うは、あの子の事。恋人との子‥‥思いを馳せる真治の顔は、ひどく大人びて、自愛に満ちていた。
 しかし、それは幻影のように。子供達の呼び声と共に儚く掻き消えた。
「ずっと一緒、だね」
 歌っていてララティカは気づいた。自分の声が母に少し似ている事。受け継がれるものがある、いなくなっても側にいてくれる、きっと。思いはいつも寄り添って‥‥それに。
「わたしの大切な、家族‥‥」
 呼ぶ声がする。自分を呼ぶ大切な‥‥家族の声が。
「今、行くから‥‥待ってて」
 そうして、ララティカは可能な限り声を張り上げて駆け出した。大きく両手を振って。
「家族の絆、それは何よりも尊きもの。失ってはならないもの」
 嬉しそうに虹夢園に‥‥家族の元に掛けていくララティカの背中に、クレアはそっと独白した。
「私は影から護ろう、あの子達の希望の全てを‥‥」
 ほのかな、けれど、確かな光に向かうその背中に優しく目を細めながら。