●リプレイ本文
●フロートシップ
「よしよし、今日も元気ね〜昨日はちゃんと眠れたかしら?」
私服に羽根付き帽子姿のクレア・クリストファ(ea0941)がいつものように挨拶すると、子供達からは口々に「は〜い!」という元気な声が返ってきた。
「うんうん、みんな良い子ね」
「行き先は祭! 普段とは変わった食べ物や音楽が堪能できそうだな〜。あ、踊り子とか綺麗かもよ!? きっとこの旅行、楽しくなるネー」
子供達だけではない。テンションが上がるのは引率のリオン・ラーディナス(ea1458)達も同じ。
けれど、満足げに頷いてから気づく。アイカやサナが時折、クリスの方を気遣わしげに窺っているのを。よくよく観察してみればそのクリスは少し離れた場所に佇み、らしくなくぼんやりしている。
「‥‥クリス、どうかしたの?」
「はい。ここ最近、元気ないんです」
「真面目すぎなのでしょうね。子供達がしっかりしてきた分、自分ももっと頑張らなくちゃと気負いすぎてしまってる感じです」
サナとリデアの説明に、クレアは「成る程」と首肯する。
「迷っているのね。自分の在りように」
「だから、あちらでお祭り見物の時は自由時間をあげたんです。ご協力お願いしますね」
「了解したわ」
「うん、これはオレも羽目を外すしかないねっ」
頷いたクレアとリオンの視線の先、そのクリスに マルト・ミシェ(ea7511)が何気なさを装い話しかけていた。
「ちょっとした遠出じゃ、子供達の体調には気をつけねばな」
「そう、ですね‥‥」
「ふむ。何ぞ元気がないようじゃが‥‥まぁここの所、クリスさんを慌てさせる事ばかりが起きたからのぅ」
クリスはただ力なく、それでも、笑みを浮かべようとした‥‥残念ながら成功しなかったが。
(「クリスさんは自分が園にとってどれほど大切な人物か、気付いておられぬのじゃろうか」)
マルトはそんなクリスに対して思う。
(「『必ずそこにいてくれる誰か』、それこそがクリスさんにとっての『誰にもできない役割』じゃのに」)
自分たちも勿論、子供達と虹夢園を気に掛けている。けれど、実際に常駐しているのはクリスとカレン・ロスト(ea4358)二人なのだ。二人がいてくれるからこそ、子供達は安心していられる。待っていてくれる誰かがいるからこそ、虹夢園は子供達の『家』たりうるのに。
けれど、それはマルトが告げるべきものではない‥‥クリス自身で気づかねばならぬ事なのだ。
「虹夢園は皆の家じゃ。皆で一緒に、元気に帰ってこないと、のぅ」
だから、ただそれだけを告げてマルトはクリスを促した。その背中、フロートシップに乗り込む背中に、クレアは呟いた。
「先生は教わる為じゃない、教える為に居る‥‥今は、悩みなさい」
「話には聞いてたけど、実際に乗るともっとすごいね」
滅多に乗れないフロートシップに、テュール・ヘインツ(ea1683)は子供達と同じように目を見張った。
「本当に宙に浮かんでるのよね?」
「ちょっと怖いですね。‥‥無事に着くのかなぁ」
とはいうものの、不安げな子供もいたりして。
「はいこれ、船乗りのお守りです。これで大丈夫ですから」
イリア・アドミナル(ea2564)はそんな子供達にお守りを差し出した。要は気の持ちようだし、折角だしこの船旅も楽しんで欲しいから。
「うん。という訳で、フロートシップ探検隊!、行きたい子はこの指とーまれ」
途端、指を突き上げたテュールの小さな身体は、群がる子供達に覆い隠され。
「ストップストップ! 探検前に、探検隊員4ヶ条だよ」
探検隊長は慌てて約束を取り付けた。
探検隊員4ヶ条
その1、お仕事してる人の邪魔をしないこと
その2、船の道具や機械には勝手に触らないこと
その3、年上の子は下の子から目を放さないこと
その4、勝手に離れてどこかへ行ったりしないこと
「4ヶ条をどれか一つでも破ったら、その子は夜店見物連れてってあげないよ」
夜店見物お預け、の言葉に子供達は今度は真剣な面持ちで、大きく頷いたのだった。
「カッコいいよな」
「子供ですね。僕は構造とか動力とかそういう事が気にかかりますよ」
「ていうか不思議だよね」
わいわいがやがや騒がしくも楽しそうな子供達、テュールも一緒になってはしゃいでしまう。
「リオン兄ちゃん、俺ってガキ?」
ちょっと傷ついたらしい。問われたリオンは笑顔で首を横に振った。
「年長者として、成長してきた‥‥そう感心してるんだぞ、頑張れ」
「そっかな」
照れながらも得意そうなジェイクに、リオンは少しだけ眩しそうに目を細めた。
「纏め役、お前なら出来るよ。‥‥オレには出来なかったそれが」
後半の呟きは、クレアの声にかき消された。
「こ〜ら、そっちに行っては駄目よ」
「さっ、手伝うか‥‥皆の纏め役さん」
柔らかい表情でショーンを抱き上げるクレアを示すリオンに、ジェイクは大きく頷いた。
「今まで色々ありましたけど‥‥これから楽しい日にしましょうね」
そんな風に色々と見て回る中。ニルナ・ヒュッケバイン(ea0907)は、懐から缶ジュースと固形保存食を取り出し。
「これは私から皆へのご褒美ということで持ってきました。天界の食べ物で、とっても美味しかったです」
缶ジュースを一人ずつに、固形保存食は折って分けて、渡す。
「えぇと‥‥こうやって開けるんですよ」
「気をつけて。少しずつ傾けてみて下さい」
ニルナと富島香織(eb4410)は、子供達に缶ジュースの開け方と飲み方とを教えていった。
「わ、美味しい‥‥!」
「これ、天界の飲み物なんですか?」
「ええ。私達の故郷のものですよ」
「お金を入れるとそれが出てくる、自動販売機という機械もあるんですよ」
香織と山本綾香(eb4191)が言うと、ルリルーとサナは目を真ん丸にした。
「慌てて食べてはダメですよ」
「‥‥すみません、ジェイクにつられて」
「俺のせいかよ?!」
他方では、じゃれあうノアとジェイクの姿に、ニルナとチコが目を合わせて笑っていたりして。
「お祭り、子供たちと一緒に楽しんでくればいい。この世界はまだ、子供たちが生きるには厳しい所だけど、素敵なものもちゃんとあるから」
手伝ってくれるルエラや勇人達に、ニルナは笑顔で頷いた。
「どうかしましたか?」
その中。イリアは一口飲んだ後、缶ジュースを持ったまま動きを止めたアイカの顔を覗き込んでいた。
「これ美味しいから‥‥これ飲んだらクリス先生も元気になるかな、って」
アイカに、自然と顔がほころぶ。実は気になっていたのだ。先日の事件でした怖い思いが、残っていないかと。だから、安心した。アイカがそれでも、他者を思いやる優しさを失っていない事が分かって。
「クリス先生は少し疲れているだけ。アイカちゃん達が楽しむのが、一番の薬だと思いますよ」
「本当に?」
「ええ。そういえば、あれからキャティアさんとはどうですか?」
「一度遊びに来てくれたの。家族がいっぱいで賑やかで羨ましいって言ってた」
「ふふっ、良かったですね」
そして、願う。この子達の為にも、クリスに早く元気になって欲しいと。クリスを案じているのは子供達だけではない。
「子供達の事、ちょっと頼むわね」
レオナ・ホワイト(ea0502)はニルナ達に告げると、一人佇むクリスに歩を向けた。隣に立ち言葉を紡ぐ‥‥今日は良い天気ね、と言うくらいの何気なさで。
「実は私‥‥子供の頃、親に金と引き換えで売られた身なのよ」
貧しかったから仕方ないけどね、笑うレオナにクリスは言葉を失くした。何か言わなくては、でも、何を言ったら良いのか分からなくて‥‥そんな生真面目さを好ましいと思う。
「身体を売って生きてきた人生なんて大変なだけよ。‥‥私のような人生を子供達に歩んで欲しくない。だから、あの子達の先生になりたいと思ったの」
笑いざわめく子供達の姿に目を細め、レオナはクリスへと視線を向けた。
「クリスさん‥‥先生になる理由は様々だけれど、貴女も先生である事には変わりないのよ。だから、もう少し自信持ちなさい?」
軽く肩を叩いて微笑むレオナに、クリスは小さく頷くのが精一杯だった。
「子供達を想う心は皆一緒。それに優劣なんかないわ」
半日後、フロートシップはワンド子爵領の発着所にゆっくりと着陸した。
●レッツゴー!
「何か知らねぇが、祭って聞くと心が躍るんだよなぁ。‥‥っても、浮かれてばかりもいられねぇんだが」
周囲を見回し、ミカ・フレア(ea7095)は少し表情を引き締めた。ごったがえす発着所、大多数はお祭りの影響で足取りが軽い。だが、中にはこちらを窺っているような、柄のよろしくない輩もいるわけで。
「警備は強化させているでしょうが、注意するに越した事はありませんからね」
淋麗(ea7509)にイリアも頷いた。
「トラブルに巻き込まれ無い様、子供達が決して怖い思いをしない様にしましょう」
イリアの目は、不審な様子で周囲を窺ういくつかの人影を捉えていた。スリか何か‥‥中には、虹夢園の子供達と同じくらいの少年もいたりして、胸が痛む。随分離れた位置にも関わらず、やはり職業柄敏感なのか、イリアに気づいて直ぐに身を隠してしまったけれど。
「フェンも、頼みますよ」
足元でボーダーコリーが、一声鳴いた。
「ていっても、あんまピリピリしててもしょうがないけどな」
気を取り直すように、ミカ。子供達の気分に水をさすこともない、自分たちが気をつけてやれば良いのだと。
「同感です。お祭りを楽しむことも大切ですが、街の方々と交流をもつことで社会勉強もしてほしいですね」
麗も表情を和らげた。子供達が、初めて目にする蛮族におっかなビックリな様子を微笑ましかったから。遠くから見ているだけだが、言葉を交わす機会などあったら良い経験になるかも、とも思う。
勿論、この街の人々とも触れ合って欲しいと願う、麗だった。
「さぁ、皆行きましょ〜愉しまなきゃね」
「アイカちゃん、一緒に回ろう」
そして、麗とイリアはクレアと共に、ジェイクとアイカとララティカとそれぞれ手を繋いだ。
基本的には皆で動くが、万が一に備えて班分けしておいたのだ。
「お祭りね‥‥私、実はお祭りに行くの初めてなのよ。楽しみね♪」
「ノア君、チコ、ルリルー、どこに行きましょうか? 私はGCRの時にお祭りのお手伝いはしたことあるのですけど、実際楽しむ側にはなったことがないので‥‥ふふ、ワクワクしますね」
レオナとニルナはテュールと綾香と共に、ルリルーとノア、チコの担当。
「私自身も、こう“お祭り”と言う雰囲気に触れるのは久しぶり‥‥わくわくしてきました」
カレンはミカとマルトと共に、サナとパールとショーンを中心にみる。
「せっかくのお祭りですし、楽しまなければ損というものです。自分も楽しまなければほかの子達と一緒に行けませんし。‥‥さあ、見物しましょうか」
綾香の言葉にそれぞれ頷き、虹夢園ご一行は屋台街へと繰り出した。
「皆、楽しんできて下さいね」
色々とやる事があるという、リデアに見送られて。
「それにしても、問題はプレゼントだよなぁ」
軽い足取りの中、唯一気になるのはその事。
「私は別れの時、皆で心を込めて歌う‥‥というのが良いと思うわ。幼い心にも残るくらいの歌を、皆で」
考え込む子供達にクレアはアドバイスを送った。最終的に子供達に決めさせたいが、その為の助言は必要だと思うから。
「お守り‥‥が真っ先に思い浮かびますね。すくすくと元気に育ってくださいと。それと、再会を願う物を」
「皆との繋がりこそ一番の宝物‥‥皆の名前を刻める物が良いのではなくて?」
カレンやイリアもまた同じ気持ちで。
「ノア君はパールに上げるプレゼントは何が良いと思います? 私はちっちゃな人形とかが良いかなぁと思うんだけど‥‥」
「確かに人形だと、可愛がってくれそうですよね」
「やっぱり? あたし作るよ。で、途中皆にも一針ずつ入れてもらうの」
「確かに皆で一つの事をやると、良い思い出になるよな」
「そういえばこれ、僕からパールちゃんへのプレゼント」
口々に意見が飛び交う中、テュールは懐からリボンを取り出した。パールの名前と同じ、真珠色の光沢が美しい綺麗なリボンだ。
「エヴァンス領の特産なら見たときとかシーハリオン祭でも使えるから、この時期になったら思い出してもらえるしね」
早速レオナに、パールの髪を結んでもらう。真珠色の輝きはパールの髪にキラキラと良く映えた。
「テュール兄ちゃんズルい!」
「でも、キレイ‥‥いいなぁ」
「!? サナお前、こういうの興味あるのか」
「そりゃあ似合わないかもしれないけど‥‥」
「二人ともストップ、ケンカはダメですよ」
往来で揉め始めた年長組は麗に止められ慌てて口を噤んだ。
「サナさん、今日くらいちょっぴり贅沢しても良いんじゃないかしら? さっき見かけた髪飾り、気になったんでしょ?」
「いえ、折角ですしパール達と何か食べたいかな、って」
「‥‥」
ともすれば人並みにさらわれそうになるショーン、ミカはグッと唇をかみ締めたショーンの頭をポムっと軽く叩いた。
そう、サナのセリフも、「これが最後だから」のニュアンスがあるし、皆が話しているプレゼントも別れの為のもの。分かっていても、寂しさは隠しきれないのだろう。
だから、告げた。小さな心が少しでも慰められるように。
「心配すんな、パールだってお前達のコトは忘れねぇさ‥‥家族、なんだからな」
例えばプレゼントなんてなくても、きっと。ショーンは「うん」と頷いた。
「もし、迷子になったら、ここに来て下さい」
屋台街の中央、少しだけ開けている木陰で足を止めたカレンは、子供達を見回し言い聞かせた。
「人も多いですし、なるべくココを中心に行動しましょう」
更に仲間達とも確認し合う。勿論全員、そんな事態にならないよう充分気を配るつもりではあるが。
「迷子にならないように、なんて言わなくても大丈夫だよな」
と、リオンが子供達にニッコリ告げた。
「あ、今回オレはちょっと、別行動なんだ。なんつーか‥‥道に迷ってくる!」
堂々と宣言するリオンを、苦笑交じりで香織が追っていった。
「頑張れ、兄ちゃん!」
「ステキ! 男のかいしょ〜ね!」
麗達から耳打ちされた子供達の声援が、その背に掛けられた。
「‥‥」
クリスは一人、ポツリと佇んでいた。たくさんの人がいた。屋台街は多くのカップルや家族連れで賑わっていた。それが寂しくて。
と、俯く眼前に誰かが立った。
「どもー、オレ迷子になっちゃいマシタっ」
明るい声に顔を上げるとそこには、リオンの笑顔があった。沈む気持ちを吹き飛ばしてくれる、ピカピカの笑顔。
「というわけで、クリス、一緒に夜店歩いてくれない? ピクニックの時の『今度』が『今』って事でっ」
慌てて頷きながら、内心で自分を叱る。嬉しいのに何でもっとちゃんと言えないのだろう。どうして自分はこんなに‥‥。
「こんな楽しい雰囲気の中、そんな顔していたらダメですよ」
暗くなりかけた思考を遮ってくれたのは、香織だった。
「あ、香織も含めて三人だね。それではレッツ夜店!」
グッと突き上げた拳を下ろしたリオンは、少し気弱に尋ねる。
「もし差し支えなければ手、握ってもらえたら、はぐれないかも‥‥なんて‥‥」
そして、差し出された手にクリスは自らの手をそっと重ねた。繋いだ手は温かかった、とても。
「さぁさぁ、よってらっしゃいみてらっしゃい‥‥うまいよ! このアイス!」
そんな三人の耳に届く。アイスクリームとは祭りのためにやって来た天界人が苦心して作り上げた高級菓子だ。よくぞこの値段で売りに出せるものだ。屋台からの、威勢の良い声。
「どう! そこのお二人さん!‥‥二人の熱さにアイスもすぐに溶けるってか!」
「確かに美味しそうだな、食べようか」
「はい‥‥あ、御代は私が‥‥」
「こう言う時くらい、オレが奢るよー!」
これも男の甲斐性‥‥ニコニコした笑顔で、リオンは屋台へと向かった。
「いつも『クリス先生』ばっかりだったら、肩凝るじゃん? だから今くらいは『クリス』で良いんじゃない?」
振り向きざま、屈託なく笑いながらのリオンに、クリスは頬を赤くしつつ頷いた。フラレーでないリオンはアトランティス初公開かも知れない。
●初めての経験
「皆良いかえ? 人がたくさんおるから、婆や先生の手を離すでないよ? 面白い物を見付けたら、皆で見に行くんじゃよ?」
改めてのマルトの注意、子供達はお行儀良く「うん」と答え‥‥それでも、多少バラつくのは仕方ない。
「さぁさぁ寄ってらっしゃい見てらっしゃい! そこなお兄さんにお嬢さん! お子様まで!」
マルトの手を引き、ショーンとパールは飴屋の前で立ち止まった。客寄せなのか始まった漫才には目もくれず、飴職人然としたお姉さんの手元をジッと見つめている。
「器用なものじゃな。ショーン達には不思議じゃろうて」
マルトが言う通り、薄く伸ばされた飴が動物の形になっていくのは魔法のようで。と思ったら、年少二人の関心はちょっとだけズレていたらしい。
「みゅ〜、みゅ〜」
「ねこたべるの、かわいそう」
「二人とも、それは猫さんの形をした飴よ、カワイイでしょ」
泣きそうになった二人に、サナが慌てて言った。
「これ、食べる?」
問うサナに、コクンと頷く二人。そのままお店の人にお金を渡そうとするサナを、マルトは視線だけで止めた。
(「これも経験じゃ。ショーンにやらせてみては、どうじゃな」)
汲み取ったサナ、カレン達もじっと見守った。
「‥‥」
小さな手に握られたお小遣いと店の人とを交互に見るショーン。初めてのお買い物はおそらく、ショーンにとって勇気のいるものだったろう。
ショーンは一度ミカ達を振り返ってから、顔を上げ小銭を店の人へと渡した。
「偉かったな」
店の人に褒められたショーンは、ドラゴンを模した飴を手にし、満面の笑みをこちらに向けた。
「あっ、あれ可愛い‥‥ん〜、ていうかあれ欲しいわ」
隣の射的屋では、ルリルーがキランと目を光らせていた。
「ちま人形ですか? 確かに可愛いですが‥‥」
小首を傾げた綾香は、続くルリルーの言葉に納得した。
「いい出来よ。パールへのプレゼントの参考になるわ」
と、果敢に挑戦したものの、ダーツはあさっての方向に飛んで行ってしまう。
「あ、あ、あ、当たらない!? 何で?」
「こういうのって、ダーツに仕掛けがしてあって当たらないようになってるんじゃないですか?」
ノアの言葉に内心で焦るニルナ。察した通り、その言葉は店番の青年にも届いたらしい。
「え〜、そんな事ないよ‥‥ほら」
それでも、怒った様子もなく、投げられたダーツは正確にど真ん中に突き刺さった。
「うわぁ、お兄ちゃん凄いね」
「‥‥分かった、頑張るよ」
チラリと意味ありげな視線を向けられたテュールは、苦笑しつつダーツを手に取った。
「頑張って下さいね」
子供達の期待に応えてあげて下さい、励ましにテュールは頷き、ダーツを投じる。狙うはルリルーが執心の、どこかで見たような短い黒髪の女性のちま人形を示す場所。
テュールの放ったダーツは狙い違わずそこに突き刺さった。
「やった!‥‥やっぱりこの小さな人形、すごく良く出来てる」
「それ、ちま人形って言うんです。大事にして下さいね」
人形を受け取り、早速ひっくり返したり縫い目をチェックしたりしているルリルーはお店のキレイなお姉さんに大きく頷いた。
「さあさあ! うまい! 安い! 早い! の三拍子そろった、このアイス! 買わなきゃ損だよ!」
アイスの屋台にはアイカとララティカが張り付いていた。こちらはクレア達に気をもませる事もなく、無事目当てのモノをゲットし。
「どうだ、美味いか?」
「‥‥」
お店のお兄さんにコクン、返すララティカ。
「こう言う時は、ちゃんと『美味しいです』って言わないと」
「‥‥美味しい、です」
アイカに促され、ララティカは小さな声で告げた。イリアは「頑張ったね」と笑むアイカを優しく見つめた。
「女ってあぁいうの好きだよな」
麗が、ララティカ達からちょっと距離をとっているジェイクに視線を向けると、箸巻き売りの女性と話している所だった。
「素直になった方が人生お得だぞ」
「そりゃそうかもだけど‥‥男にはグッと我慢しなきゃいけない時もあるんだよ、うん」
「‥‥そうか」
差し出された串焼きを受け取るジェイクに、麗はそっと近づくと、囁いた。
「アイスを我慢した本当の理由‥‥さっきの髪飾りが気になってるのでしょう?」
図星だったらしい。グッと声に詰まったジェイクはやがて、周囲を確認し小さくお願いしてきた。
「麗先生、一緒にきてくれる?」
「ええ、勿論です」
あぁいう屋台に一人で行くのは恥ずかしいらしい‥‥麗は快く了承すると、クレアとイリアに簡単に告げてから、サナには内緒の買い物に付き合ったのだった。
「いつかは、あの人の子供と一緒に‥‥」
こんな風に手を繋いで買い物する日がくるのかも‥‥思い頬を赤くした麗は、
「ふ〜ん、麗先生ってカレシいるんだ。どんなヤツ? カッコいい?」
「おっ大人をからかうんじゃありませんっ」
子供達は日々進化する、良い意味でも悪い意味でも‥‥からかわれ更に顔を赤くした麗は、そう実感してしまったのだった。
「少し休憩しましょうか」
待ち合わせスペースで、マルトが水分を補給させる中、レオナはオカリナを取り出した。
「何が聞きたい?」
奏でる、緩やかな曲調。最初に歌いだしたのは、ララティカだった。子供達は視線を交わしあい、やがて重なる歌声。
聞いていた歌姫さんの歌声も重なり、ゆっくりと月精霊の気配が満ちていく屋台街をつかの間、美しい歌声が満たした。
●あなたらしく
「うん、みんな上手に歌えてるね」
グルリと屋台を見て回ったリオンと香織、クリスは歌声に引かれ来た。歌が終わり、周囲からの拍手を受ける子供達。
「まだ、悩んでいるんですか?」
自らも嬉しそうに拍手するクリスに、香織は問うた。「え‥‥?」とクリスが表情を再び暗くするが、構わず告げる。
このままでは繰り返すだけ、根本的な悩みを解決しなければならなかった。クリスの為にも子供達の為にも。
「私は人の悩みを聞いてあげることで、解決方法を見出すヒントを出してあげることを生業にしています。正直に悩みを打ち明けてくれませんか?」
一瞬の沈黙。
「私、香織先生やレオナ先生のように、子供達の役に立っていないのでは‥‥と」
歯切れが悪いのは、言いづらい気持ちと先ほどのレオナの言葉が心にあるせいか。ただ、誰かに聞いて欲しいと、ハッキリ言って欲しいと願う心が口を開かせた‥‥宙ぶらりんは辛いから。
「こんな私に皆が気を使って優しくしてくれて‥‥これでは反対ですよね? 香織先生、私‥‥私は先生失格なのではないでしょうか?」
改めて口にした言葉が、痛い。視線が下がるクリスに、香織は告げた。
「クリスさん、それはあなたの思い違いではないでしょうか?」
「‥‥え?」
「人はみなすべてほかの人を理解することは不可能です。子供たちの気持ちを完全に理解できるなんて考えること自体が幻想にしか過ぎません」
慰めの甘さや励ましの優しさとは違う、淡々と事実だけを告げる響き。
「たまたまクリスさんがすれ違ってしまっただけで、教師失格と思いつめるなんて、むしろ思い上がりではないでしょうか? すべて理解できる人なんているわけないんですから」
立ち止まる三人に、散っていく人々が不思議そうな視線を向ける‥‥が、香織は構わず続けた。
「私や他の冒険者がいない時に、クリスさんがいるおかげで子供たちが笑顔をしていないとでも言うのですか? よく思い出してください。あなたが子供たちに笑顔を与えたことは何度でもあるでしょう?」
「‥‥あ」
「もっと自信を持ってください。子供たちにはあなたが必要なんですから」
指先が示す先、こちらに気づいた子供達の満面の笑顔があった。
その中、ミカとカレン、麗がこちらに足を向けた。
「重要なのは結果よりも過程、切っ掛けだ。何かしようと思う意思だけでも決して無意味なんかじゃねぇ、と俺は思うぜ?」
ガラじゃねぇよな、照れながらのミカの励ましに、クリスの瞳が潤んだ。子供達の役に立ちたいと、何かしなくちゃとそれだけが膨らんで押しつぶされそうだった。だけど、一番初めの気持ち。ホンの少しでいいから、誰かの為に何かがしたい‥‥そんな気持ちが蘇る。
「クリスティア様は多分、もう分かっていらっしゃるはず‥‥ですが、一つだけ言わせて下さい」
カレンはその表情を見て取り、微笑んだ。
「温もりを与え続けていたら、いつか自分が凍えてしまいます。凍えた身体では、誰も温める事ができませんし、自分も駄目になってしまいます。だから、温めて頂くのは、決して弱さなんかじゃないんです」
つられたクリスはリオンと目が合い、頬を朱に染めた。
「誰かを幸せにしたいと願うなら、まずは自分が幸せにならなくちゃ上手く行きませんよね」
「そうですね。これは私の自論なんですが、自分が幸せでない人には、他人を幸せにすることなんてできないと思いますよ。だから、子供達のためにも幸せになってください」
そして、カレンと麗はクリスの背を押した、リオンの方へと。その場を離れる二人‥‥というか気づくと、香織やミカの姿もない。
「オレはやっぱ、クリスの笑顔を見ていたいな。笑った顔の方が好きだし‥‥クリスが笑っていると幸せな気持ちになるし、多分、子供達もそうだと思うよ」
たくさんの言葉を笑顔を花束に、クリスは抱きしめた。自分が幸せでいる事、それが役に立っているのならば‥‥子供達が喜んでくれるというなら、大丈夫。
子供達やリオンやカレンや皆がいてくれるだけで、自分は幸せなのだから。
「じゃあ、私達の出会い、そして子供達の幸せを願って記念写真を撮りましょう」
そうして、祭りの終わり。ニルナは皆に‥‥子供達と先生達全員を見つめ、デジカメを構えた。
「すみません、このボタンを押してください」
通りががった人に頼み、自分もそこに‥‥輪の中に入る。
「はい皆、良い顔して下さいね」
イリアは優しく言葉をかけながら、祈った。
(「天に居られる精霊様、如何か精霊の祝福を全ての子等に、そして、虹夢園の皆に、良き未来をお示し下さい」)
パチリ、カメラが笑顔達を写し出した。
●交錯
「この旅行から帰ったら、また授業を開始しましょうね。エヴァンス子爵から公開授業の話も窺っていますし」
サナと手を繋ぎながら、カレンは微笑んだ。街の人たちに虹夢園を、孤児院の様子を見て貰える‥‥それはチャンスであり、子供達にも良い経験になるだろう。
「勿論、その前にもう一仕事、頑張らないとですけれど‥‥大丈夫です」
今のあなた達なら‥‥頷く代わりにサナは、はにかんだ笑みを浮かべた。その髪に、ジェイクからのプレゼントを飾り。
連れだって歩く。皆で仲良く、心地よい疲労と楽しい思い出で胸をいっぱいにして。
「お前チコ‥‥チコじゃないか?」
と、すれ違った少年が、驚きの声を上げた。
「‥‥ケディン? 本当に、ケディンなの!?」
答えるチコもまた目を見開き。すぐに、少年達の顔は嬉しそうなものに変わった。
「何だ、元気そうじゃないか。‥‥安心したぜ。お前トロいからさ、あの時捕まっちまってひどい目に合わされたんじゃないかって」
「‥‥うん。大丈夫だった。俺は大丈夫だったけど、ケディンは」
「俺も何とかな‥‥まぁ相変わらずボチボチやってる。ちょっと今、良い話があってさ。そうだ、良かったらお前も一緒に‥‥」
と、チコと共に足を止めたテュールが尋ねた。聞くともなしに聞こえてしまった会話、チコは嬉しそうだ。嬉しそうだけど、何となく‥‥。
「その子、友達なの?」
「あっ‥‥う、うん」
「へぇ。それが今のお前の連れか」
ケディンと呼ばれた少年は、テュールを頭の上から足先まで値踏みするように眺めた‥‥年不相応の鋭さでもって。
「どうかしましたか?」
その時、遅れた二人を案じた綾香が声を掛けた。不意に、ケディンの表情が硬くなる。
「‥‥そっか、お前‥‥いや、悪かったな。会えて嬉しかったよ」
それだけを残して、チコと同じくらい小柄な身体が人ごみに紛れる。いともたやすく、紛れ込む。咄嗟に伸ばした手をすり抜けて。
(「皆に会うまでの俺だったら、ここで諦めてしまってたかもしれない。でも、今は‥‥俺は‥‥」)
逡巡は一瞬。チコはテュールと綾香を‥‥そして、その向こうの『家族』を目に焼き付けた。
「‥‥テュール兄ちゃん綾香先生、ゴメン。でも、でも‥‥ケディンは友達なんだ!」
身を翻す。人ごみをすり抜ける。先ほどの少年と同じ動きで。
それは、テュール達が初めて触れる、普段のチコからは考えられない動作で。それでも、咄嗟にテュールも後を追う。綾香は皆に声を上げ。気づいたイリアが愛犬に指示を出す。
ランタンの明かりがゆらゆらと、濃い影を落としていた。