美味しい夢3〜狙われた料理人
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■シリーズシナリオ
担当:マレーア4
対応レベル:8〜14lv
難易度:難しい
成功報酬:3 G 32 C
参加人数:10人
サポート参加人数:-人
冒険期間:03月05日〜03月10日
リプレイ公開日:2006年03月11日
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●オープニング
「何? 父上がまた外出されたと?」
部屋でくつろぐ男性に、ローブを身に纏った男ははい、と答えた。
「どうなさいますか? 捜しに参りましょうか?」
確認のような問いかけに彼は
「いい、放っておけ。出歩くだけ余命が減ると解っているのに好き勝手しているのは父上の責任だ。一向に構わん。むしろ早く死んで欲しいものだ」
とおざなりに手を翻す。
「ですが、あのお方を何とかしないうちに亡くなられてしまわれたら、後々やっかいなことになりませぬか?」
暗い声に、手が止まった。
「確かに‥‥。これだけ長く仕えているというのに私はまだ、正式に後継者と認められてはいないのだ。彼女を手にいれぬうちは‥‥」
ぎりりと歯を噛む音が聞こえてくる。
「奥方の忘れ形見として溺愛しておられましたし‥‥なんだかんだ言って旦那さまはあの男を気に入っておられたようでございます。聞く所によると子供もいるようでございます。しかも、あの男と同じ料理人を目指す者とか‥‥。男憎しの思いよりも孫が可愛いということもあるやもしれません‥‥」
言葉の外側に隠された意味を知って、彼は声を荒げた。
「だからか? 急に料理コンクールを開くなどと言い出したのは! もし、人々の集まる公式の場で彼女やその子等に何かを残す、などと言えばそれを覆すことはできぬ。せっかく、彼女が‥‥今までのように妨害が表に出ないやり方では手ぬるいか‥‥。何か‥‥策があるのか?」
闇色に光る瞳に彼は問いかける。
「はい。旦那さまと、あの方と、その子。三つの鳥を一つの石で落とす妙案が‥‥」
その後、どんな会話がなされたか、知る者はいない。
ただ、男が御意と言って退室した後、その部屋の主は満足そうに、楽しげに笑ったという‥‥。
最近、評判が上向いている宿屋兼酒場「グローリー デイズ」
だが、開店直後のその店は今、緊迫に包まれていた。
たった、一人の客の為に。
「どうだ! 爺さん!」
「お兄ちゃん! お客さまに向かって」
料理人アレフは、妹に諌められながらも自らの手で、出来立ての料理を彼に運ぶ。
注文の品は、腸詰、エール、野菜炒めに、スープ。そしてジンジャーブレッド。
前と同じ品。だが、味は前とは同じではないはず‥‥。
ごくりと喉を鳴らし、食事を口に運ぶ老人を見つめた。
一口‥‥二口、三口。
噛み締めるように味わった老人は、ジンジャーブレッド以外は完食すると立ち上がった。
「少しは解ってきたか。だが、まだまだじゃ。あの男にも遠く及ばぬし、今は金を取って人に食べさせるだけのものではない!」
蔑むような目線でアレフを見ると、無造作に金をテーブルの上に投げた。
「く‥‥っ。いーたい放題言いやがって!」
「ほう? ワシの言い分が不服か? ならば、近く行われる料理コンクールに参加するがいい。そこには街ジュから、いや国中から腕自慢が集う。その中でならば、貴様にも身の程というものが解るだろう」
「誰が! 俺には店があるんだ。父さんの分までこの店を守っていかないと‥‥」
彼を知る者が見たら驚きに目を見張るだろう。アレフはコンクールに出たいと思っていたはずで、父をライバルとして半ば敵視していたはずで‥‥。
それが、目の前の老人に対する売り言葉に買い言葉に近いものだったとしても、その言葉がでるとはとても今までなら思えなかった。
だが、
「かつて、お前の父親が通った道でも‥‥か? ならばお前は生涯父親に勝つことはおろか迫ることさえできぬであろう」
「何?」
聞き返す間もなく老人は店の外に出た。
振り返りざま、一度だけ。
「楽しみにしているぞ」
そう言って店の中を見たのはなんだったのか。誰を見たのか。
謎の老人の行動の意味を、アレフは理解できなかった。
「それで、今度はコンクールへに出品する料理のアドバイスか?」
三度目になる青年料理人の依頼書を一瞥して係員は確認した。
「ああ。本当は出る気あんまりなくなってたんだけどさ、あの爺さんにあれだけ言われて、引っ込んでるわけにもいかないから」
開催期日は主催者の体調不良とかで繰り下げられ、三月の中旬。
課題は前に聞いたとおり『天上の味』
材料は持ち込み可。無論、用意された食材から選ぶのも可で、かなり高価な食材やスパイスも用意されているらしい。ある程度下ごしらえしてから持ち込みできる。ただし調理時間そのものは決められている。
「天上っていうのは多分、比喩だと思うんだよね。要するに今まで食べたことの無いものを作れってことじゃないかなあ?」
それで、どんなものを作ったらいいか意見を欲しい、と彼は言う。
「沢山の人が、美味しいと思ってくれるものがいいなあ。‥‥俺一人だと、また調子に乗っちゃうと思うから、ま、頼むわ!」
相変わらずの性格だが、随分謙虚になったものだと係員は苦笑する。
そして、冒険者ギルドの外に出たアレフを見送り、依頼を貼り出した直後。
「うわああっ!!」
彼は悲鳴を聞き外に飛び出した。
見れば、アレフが壁沿いで悲鳴を上げ、それを襲おうとする黒い影が‥‥。
「待て!」
係員や、その声を聞きつけた冒険者の足音を聞いたのか。
影は振り上げかけたナイフを下ろすことなく、ローブを翻す。
「大丈夫か?」
差し出された手を掴んで立ち上がるアレフに、目立った怪我は無いようだ。
ホッとする係員に礼を言って、アレフは逃げていった影を見た。
「あいつが‥‥噂の奴なのかな?」
「噂の? 知ってるのか?」
怪訝そうな係員の問いかけにアレフはいや、と首を横に振る。
「ただ、俺達のギルドで噂になってるんだ。料理人ばかりを狙う通り魔がいるって。‥‥父さんも、ひょっとしたらそれにやられたんじゃないかって‥‥」
単なる噂だけど。ウィルの街の治安が悪いのは今に始まったことじゃないから。
そう言って埃を払って、彼は歩き去る。
彼を見送りながら‥‥
「料理人を狙う、通り魔?」
その言葉を、係員はずっと考え続けていた。
●リプレイ本文
●戻ってきた「グローリー デイズ」
夕方、陽精霊が月精霊と完全に交代する直前の時間。
酒場と食堂は一番のかき入れ時となる。
賑やかで活気のある時間帯。ひょいと店を覗きこんだパトリアンナ・ケイジ(ea0353)は
「おや、前よりか元気があるみたいじゃないの」
と明るい声で中に声をかけた。その声を聞きつけたのだろうか。忙しそうに働いていたウェイトレス、少女シャルロットが嬉しそうな笑顔で会釈する。
「忙しそうですね。手伝いましょう」
服の袖を捲り、イシュカ・エアシールド(eb3839)が厨房に声をかけた。勝手知ったる他人の厨房。その先には
「あ、来てくれたんだ。ありがとう。‥‥でも、今は忙しいから話は後で‥‥」
汗を拭きながら料理に向かう厨房の主、アレフがいる。
「気にしないでいいわ。あたしも手伝うから。‥‥これを運べばいいのね」
「お客さまに、そんなことは‥‥」
させられない、というように気遣うシャルロットをエルシード・カペアドール(eb4395)は片手と、笑顔で制した。
「始めて来たけど、仲間のつもりで思って欲しいな。気楽に‥‥ね?」
「ああ、その方は私達と一緒にアレフさんの依頼を受けた冒険者さんなんです。私はこっちを運びますね。向こうのテーブルですか?」
カウンターに置かれた皿を富島香織(eb4410)は軽く持ち上げて運び始める。
「そうそう。もっと頼りにして欲しいな。お客さんも待ってるんだから。っと、これはあっちだね」
黒峰燐(eb4278)の動きも小気味良い。まだ、軽い遠慮と気遣いは消えないが、とりあえず今は忙しい。
「じゃあ‥‥お願いします。今、軽いお食事をお出ししますから、良ければ召しがってくださいね」
頭を下げたシャルロットに冒険者の半分は軽く手を上げて応じた。とりあえず手伝いをしない残りの彼らは店を見回して様子を見守る。
元気がある、とパトリアンナが称したのは兄妹だけのことではない。店の雰囲気が違うのだ。楽しそうな笑顔、疲れを癒す笑い声。そして‥‥
「‥‥うん。前よりも一段、確かにレベルアップしたね」
出されたのはスープと腸詰、野菜の煮返し料理。サラダ。簡単な、どこにでもある料理だがそれ故に差が出る。とカルナック・イクス(ea0144)は思う。前に話した言葉を、彼はちゃんと覚えて、いや、実にしてくれているようだ。
「このサラダのお酢、初めての味だ。いい風味が出ている‥‥香草入りかな。スープもさっぱりとしていて、臭みが無い。灰汁とりをよっぽどしっかりやってるんだな」
この味と、集まる人が証明していた。
「短期間でも人間変わるもんだな、前よりいい顔になったんじゃないか?」
時折厨房から除き見える汗を滲ませた青年の顔を、ジノ・ダヴィドフ(eb0639)は見ながらエールを呷った。笑みが頬に浮かんでいるのが自分でも解る。
「あたしたちの分も、残しておいて欲しいなあ〜」
「その野菜と腸詰のスープ。美味しそうですから、ぜひ」
「お二人とも、厨房のアレフさんに言ったほうが早いのでは?」
お客も、従業員も誰もが美味しさに笑顔になる料理の数々。
「夢に向って、真っ直ぐに歩く方は、微笑ましいですわね。ぜひとも助力になりたいものですこと」
「‥‥私も、そう‥‥思います」
ルメリア・アドミナル(ea8594)やアイリス・ビントゥ(ea7378)の見つめる視線の先にあるのは料理人。
真摯なまでに夢を追い続ける若者。
(「家族の平穏と、あいつの夢。それを‥‥守る為に、俺達に出来る事は何だ?」)
騒がしいまでの雑踏の中、ソード・エアシールド(eb3838)は一人、考え続けていた。
●遠い、あの人への思い
夕食時が終わり、一息ついた夜更け。
「まず、確認するが、コンクールに出ない選択肢もあるが、それをする気はないんだろ?」
依頼主と、依頼を受けた冒険者は同じテーブルを囲んだ。そこで切り出されたソードの質問にどうして、という表情を浮かべながらアレフは頷いた。
「勿論。その為に、依頼出したんだけどな。俺の腕が未熟なのは解ってる。でも、父さんを侮辱されるのは黙ってられない。それに‥‥俺、考えてみたら料理以外の父さんを全然知らないんだ」
子供の頃から、父親に遊んでもらった記憶は殆ど無い。小さいながらも繁盛していた店で、アレフがいつも見ていたのは父親の背中だけだったからだ。
料理については妥協を一切しない頑固な店主。だが、彼の周りにはいつも笑顔があった。美味しいと笑う幸せな笑顔が。
「‥‥いつの間にか、多分憧れてたんだよなあ〜」
冒険者に心の枷を解き放たれてから、冷静に自己分析などしてみた結果、どうやらそういうことらしいとアレフは自らに苦笑する。
彼に認めて欲しくて、料理人の道を選んだ。憧れて、彼のようになりたいと思った。憧れと、負けたくないという気持ちから、いつの間にか凝り固まっていた思いが、敵意とライバル心になったのはいつだったか。胸に開いた大きすぎる穴と、もう二度と届かない背中のせいだったのかもしれない。
肩を竦めるとジノはポンとアレフの頭に手を置いて笑みを浮かべた。
「それが、解ってるんなら俺達は依頼どおり、お前の手助けをするだけだ。頑張れよ」
まるで父親のような気分になる。
「明日から、早速料理の試作に入るかい? 俺達のアイデアは貸すけど結局作るのはアレフさんだから」
「解ってる。暫くの間、午前中にやってた特別料理の販売も休むことにしたから、夜まで時間をたっぷり使おう。コンクールまであんまり時間も無いしね」
カルナックとアレフが話し合う中を
「‥‥あのお‥‥」
おずおずとアイリスが割って入った。
「あ、あの、アレフさん、あ、あたしも出ますけど、コンテストがんばって下さいね」
「えっ?」
目を瞬かせてアイリスを見たアレフは‥‥
「そりゃあ‥‥特に制限とか無かったから‥‥皆が出ても平気の筈だけど‥‥。でも‥‥あれだよ。大丈夫?」
心配そうな眼差しでアイリスを見た。
告示があり、申し込みが始まって大分経つ。噂では貴族の主催と言うことで、腕自慢が何人も名乗りを上げているようだ。館の庭に造られた会場と、竈で料理を作ったり、持ち込んだ料理を仕上げることになる。
道具の使い方などに、天界人は少しハンデがあるだろう。と彼は心配したらしい。
「大丈夫ですよ‥‥多分。ここでいろいろ教えてもらいましたし‥‥。あ、ただ‥‥申し込みまだ‥‥してませんから一緒に行って貰えませんか?」
「んー、俺も実力試しに料理コンクールに出てみようかな? 仕官は好みじゃないけど、この世界での料理がどんなものかは興味あるし」
少し考えてから片目を閉じたカルナックに、アレフはなんとなく冒険者達の意図を察した。だから、後は軽く頷く。
「解った。じゃあ、明日申し込みに行ってみようか?」
朝にでも、と答えアレフは立ち上がる。厨房の片付けも残っているし、明日も早くなりそうだから。
「アレフ殿!」
立ち上がりかけたアレフにソードは声をかける。
「何?」
「なるべく一人歩きをしない事だ。変な通り魔とやらが出るのだろう?」
「ああ‥‥。最近、あちこちで怪我をした人の噂を良く聞くんだ。通り魔に襲われたって。手を切りつけられたりとかするだけで、死んだ人はいないみたいだけど‥‥あ、父さんがそうなら話は別か。でも、父さんは違うと思うし‥‥」
「料理人を狙う、っと言うのは?」
「通り魔に襲われた人が、料理人ばっかりだってこと。パン屋の兄さんとか、酒場のコックとか、貴族の館のお抱え料理人とかもいたらしいから、そんな噂になったんじゃないかな?」
「料理人だって確認してから襲ってくんのかい?」
真剣な顔で会話に入ってきたパトリアンナに、さあ? とアレフは肩を上げた。
「この間、襲ってきた奴は、何にも言わなかったけどね。偶然かもしれないよ」
じゃあ、と今度こそ立ち上がりアレフは厨房に戻る。
「お部屋の用意‥‥できましたから‥‥」
シャルロットは、冒険者達を促した。だが、熱心に相談と情報交換をする彼らが部屋に戻ったのは夜も、かなり更けてからのことだったという。
材料の買出しと、ヤイム家へのコンクールへの申し込み。護衛をかねてアレフについていった冒険者。
「ちょいっと行って噂の料理人通り魔を投げ飛ばして来るだけさ。すぐ戻るよ」
そんなことを冗談めかして言って、家を出た調査組。
彼らを見送ると、店は急に広くなったように感じるとイシュカは思った。
シャルロットは開店前の掃除と準備にと動き出している。彼女にはとりあえず、燐やエルシードがついているから大丈夫だろう。ならば‥‥。
ジノが用意してくれた解毒剤を店の隅にそっと置くとイシュカは立ち上がり、歩き出し‥‥ある部屋の前に立った。周囲に人がいないのを確認し、ノックを三回。
「シャロンさん、ちょっとよろしいでしょうか?」
「‥‥どうぞ」
静かに告げられた声に、彼はそっと扉を開いた。店の売り上げ計算をしている、冒険者と何故か顔を合わせようとしないこの家の今の主。
「何か、御用でしょうか? 私、今、忙しいのですが‥‥」
顔を上げずに羊皮紙に向かうシャロンに、的外れかもしれませんが、と前置いてイシュカは声をかけた。
「約束破ってしまったら、家に戻らねばなりませんか? ヤイムの家に‥‥」
微かに肩が動いたのをイシュカは見落としはしなかった。
「何故‥‥そのような事を?」
視線は羊皮紙に、だが、彼女は当然、文字など見てはいなかった。
「家を出てからお父様と直接会話されておられますか? ‥‥ソードが『同じ家から協力と妨害どっちも出ている』って言っていたんです。もしや、貴女は、そして‥‥あの老人は‥‥」
「‥‥私は、後悔しておりませんの。あの人との出会いも、今の選択も。そして、その為の選択も‥‥」
シャロンは顔を横に逸らしたまま言葉を紡ぐ。思いと共に。
「いつか、時が来るのかもしれません‥‥。でも、あの人が亡くなって、今の私には打ちひしがれている暇も、過去を見つめている暇も無いのです。私は、あの子達を守らなければなりませんから‥‥」
「守る?」
彼女は一度口と、瞳を閉じてから仕事に戻った。これ以上は聞けまいと、イシュカは退室する。
「あなた‥‥、お父様‥‥」
だから、その後の彼女の思いと言葉を、知る者はいない。
●大切な味
「ご苦労様。やっぱりおコメは無かったかあ〜。お寿司食べたかったんだけどなあ」
買出しから戻った仲間の荷物運びを手伝いながら燐はがっかりと肩を落としていた。
イセエビの味噌汁とお寿司、彼女が故郷を思い出し作ってみたらと提案した料理だったが、
「米ってなんです?」
そもそも米という食用植物が見られないウィルの街では、寿司飯を作ることもできなかった。海老も見当たらないし、魚を生食する習慣も無い。
衛生状況や、運搬の関係からしてみても、寿司は諦めた方が良さそうだった。
「こうしてみると、日本って本当に食べ物に恵まれてたんだね‥‥」
しみじみと言う燐に香織は黙って微笑んで見せた。厨房からナイフが野菜を切るリズミカルな音と、柔らかな匂いが伝わってくる。
楽しそうなリズムも
「ルル〜ルルル〜〜ルル〜」
鼻歌を歌いながら、楽しげに粉を練るアイリスに
「それはなんですの? スパイスの香りが効いていますわね?」
手元を覗きこむ様にしながらルメリアは問いかけた。途端にいつものおどおどしたような表情と、話し方に戻るが‥‥
「あ‥‥あの‥‥サブジって‥‥言うんです。野菜の‥‥炒め煮です。家庭料理のような‥‥ものなんですけど‥‥」
刻んだ野菜の甘さと、香辛料のバランスが大事だからと、試作を何回か繰り返し味を調えている。
「真面目ですわね」
「で、出るからには、美味しく食べてもらいたいです、から‥‥その為にも自分の腕をさび付かせちゃダメですよね」
自らに言い聞かせるように、何度も呟くと、アイリスは手に力を込めた。仕上げに入るまでできるだけ手をかける。
「美味しく食べてもらいたい‥‥。そうですわね‥‥」
言いながらルメリアは視線を動かす。その先にはカルナックと顔を付き合わせながら料理の準備をするアレフがいた。
「‥‥フォン。骨を使った出し汁ですよ。そして、こっちは‥‥」
カルナックの手元を覗きこみながら、彼は真剣な目で料理の手順を学んでいる。
「天界の料理は、結構皆に好評なんだ。今までに味わったことの無い味だから、いろいろこれからも取り入れていきたいし‥‥」
アレフはさっき、そんなことを言っていた。
天界、もとい我々の世界の料理を学ぶのは悪いことではない。だが‥‥
「言っておいた方が彼の為かもしれませんわね」
皿を並べながら、ルメリアは小さく呟いた。
香辛料の香りが高いサブジ。逆に香りは薄く、どんな料理にも合うナン。
「‥‥豆の‥‥歯ごたえが、ポイント‥‥です。いかがで‥‥しょう?」
焼きたてのナンに挟んだサブジを冒険者達は大きな口でかぶりついた。感想と、食べた時の顔を確かめんとするほど心配そうなアイリスの顔。
「野菜って、こんなに甘かったんだ〜。味が濃い〜。おいし〜♪」
それに燐は迷わず答え、冒険者達も無言で同意した。声を上げなかったのは、口に料理を含んでいた為。
「よかったですう〜〜」
アイリスは、ホッと胸を撫で下ろし笑顔を見せた。思う香辛料が足りず、イメージどおりの味になったか少し心配だったのだ。
「俺が作ったのは煮込み料理。このソースはドミグラスソースと呼ばれている。いろいろ応用範囲は広いと思うよ」
カルナックが差し出したのは、濃厚な色のソースで、煮込まれた肉や野菜は目に見えて艶やかだった。味も、勿論、濃厚で美味しい。
「なるほど。こういう味と味の組み合わせが、天界の工夫の仕方なんだ‥‥」
真剣に味わうアレフの顔を見ながら、
「今までも教えてきたものもあるから、それらを組み合わせればかなりなバリエーションで、料理が作れると思うんだけど‥‥」
カルナックはふと、言葉を濁す。冒険者達も、そして、アレフもふと、目と手を止めて彼を見る。
「何か‥‥?」
「‥‥なあ、アレフさん、俺達の料理を学ぶのはいい。でも、アレフさんの考えた料理っていうのは無いのかな?」
意を決したようにカルナックはアレフに思いを告げた。
「俺の‥‥料理?」
「そう。俺達のアイデアを使うのはいいけど、それはアレフさんの料理じゃ、無いんじゃないかな‥‥ってさ、ちょっと思った」
「私も、思っておりましたの。天上の味ということで、天界の料理を学ぶのは悪いことではありません。ですが、それよりももっと大事なことがあると思うのです」
返事に窮し、考え込むアレフを、ルメリアとカルナックは黙って見つめていた。この答えは他の誰も出すことはできない。彼自身が出さなければならないことだから。
答えが出ないまま、夕刻の店の開店時間を迎えた。
「‥‥ほら、アレフさん。料理している時に気を逸らしちゃだめだってば!」
トトンとカルナックに肩を叩かれ、アレフはハッと意識を目のサラダに向けなおす。
「いけない。酢を入れすぎるところだった」
ふんわりと柑橘系の香りが鼻腔を擽り、やがて油と合わさって食欲をそそる爽やかな匂いへと変わる。
「昨日食べた時も思ったけど、それは何?」
興味深そうにカルナックはアレフの手元を見つめる。お酢と塩と油。単純なドレッシングだが‥‥
「去年父さんと仕込んだ香草入りのビネガー。別に珍しいものじゃないと思うけど?」
「いや、十分珍しいって。そういう素材そのものの味を高め、取り入れる工夫は俺も教えて欲しいくらいなんだけどなあ〜」
「これが?」
信じられない、と首を捻るアレフに厨房から給仕役達の声が掛かる。
「野菜と腸詰のスープ。注文入ったんですけど、まだ大丈夫かしら?」
「あ、ちょっと待って。‥‥後一人分ってところだから、あとは、注文を打ち切って」
「了解。残ったら私も頂こうと思ったんだけど、残念だわ」
肩を竦めながら、さりげなくエルシードは振り向いて、さりげなく言った。
「コンテストも、下手に奇を衒ったりせずに、いつもお店で出してるメニューを出した方が良いんじゃないかしら? だって『天界人直伝特別メニュー』よりもスープとか、サラダとか煮込みとかの方が良く出てるでしょ?」
それは、ごく普通の雑談のような一言。だがそれに反応したアレフは明らかに表情を変える。何かを考え、決心したような顔。その様子と、表情を見て、カルナックは実に、楽しそうな、嬉しそうな笑みを浮かべていた。
●料理人を狙う『通り魔』
「ちっ! やっぱりチンピラかい!」
パトリアンナは悔しそうに足元の石を蹴りとばした。ついでにチンピラにも当たるが、とりあえず気にしない。街に出て彼女は仲間達と『通り魔』の情報を集めていた。
「そもそも料理人を狙う通り魔って変だ。一々相手が料理人だと確認してから襲うなら、それは完全に刺客じゃないか。偶然料理人が続いたにしても三度続けばそれは偶然じゃない。誰かが引き起こした必然だ」
アレフやシャルロット達には言わなかったが、そんな思いを噛み締めつつ、彼女は被害者への聞き込みと、犯人の捜索を続けていた。
通り魔が確認されはじめたのは一月末。以降、料理人が何故か、狙われ続ける。
だから、その頃変死したアレフの父は最初の犠牲者ではないかなどと言われているらしい。
そんな噂を集め、聞き込みを続けた‥‥夕刻
「うわあっ! 助けてくれ〜〜!」
突然、耳に聞こえてきた悲鳴。
パトリアンナは躊躇わず地面を蹴り、角を曲がる。そこにはナイフを構えた男と、野菜の入った箱を取り落とす、男性の姿。
「こんの〜 許さん!」
突如現れた大柄な女性。しかも鬼気迫る迫力で突進してくるその様子は、通り魔はおろか助けられている男性さえも凍りつかせる。武器はあったにしても、勝敗は一瞬でついた。
向かってきた男のナイフを避け、通り魔を投げ飛ばして彼女は勝利する。
「さあ、白状してもらおうか? なんであんたは料理人を襲う!」
襟元を掴んで、飛びかけた男の意識を強引に引っ張り戻す。
さっき助けた男性も、聞けば料理人ギルドの一人だと言う。ならば、この男こそが『料理人を狙う通り魔』か?
「俺は、ただ頼まれただけだ。誰でもいいから料理人に怪我をさせろ。と!」
「誰でも‥‥いい? 怪我?」
パトリアンナの目が光った。それが、さらに男を怯えさせる。
「知らない、黒いローブの男だ。酒を奢ってくれて、纏まった金を渡されて殺す必要は無いからと言われたんだ。本当だ! 信じてくれ‥‥うぐっ!」
「ああ、悪い悪い。思わず足が当たっちまった」
腹を抱えて蹲る男に、棒読みでパトリアンナは告げた。以降依頼人に会ったことは無いし、最初の数回を終えてからは、自分自身で楽しんでやっていたと言う。最悪の男に同情は必要ない。
「誰でもいい? ターゲットは誰なんだ? 意図は何だ? 狙いはアレフか‥‥それとも‥‥?」
依頼を受けたのは一月末。アレフの父親が路地で亡くなった日に程近いが確実な後だ。
「嫌な感じがする。一体‥‥何が‥‥、誰が‥‥」
パトリアンナと同じ言葉を同日、ほぼ同時刻。ジノも呟く。
「嫌な感じがする。一体‥‥何が‥‥、誰が‥‥」
彼もまた今回、調査に動いていた。二転三転する伯爵家主宰料理大会の開催日。三月の初旬と言われていたのが、中旬になり、また数日延期されると告知があったと、申し込みに行った冒険者達が言っていたのだ。理由は、伯爵家当主ヤイム翁の体調不良。
今、実際にヤイム家の指揮を執るのは、遠縁から引き取られたという養子のガイン氏。そして彼の片腕は魔法使い。
「グローリー デイズの従業員に圧力をかけてきた黒いローブの男‥‥か。ヤイム翁に一度会って話でもできればいいんだが‥‥」
体調不調の老人に面会などできないし、そもそも貴族に簡単に謁見などもできない。
「ヤイム翁が、アレフが出会った老人なのか、そしてシャロンがこの家の‥‥なのか」
謎解きに必要なパーツは、まだそれぞれ個々に散らばったままだ。あと、何か一つきっかけさえあれば、繋がりそうなのに。
「さて、どうするか。何をすればいいのか‥‥」
答えは、まだジノ自身にも解らなかった。
●足元にあった真実
「ちょっと‥‥頼めるかな?」
翌日の早朝、少し眠たげな目を擦る冒険者達を起こしに来た。いつもより随分早起きしたアレフ、いや早起きでは無いのかもしれない。とても二度寝する気にはなれず、素早く身支度を整える。
促され、やってきたのは人のいない食堂。そのテーブルの上に並べられたのは、湯気の上がるでも、ローストされた肉、にんじんと、タマネギと、キャベツが丸のまま腸詰と一緒に煮込まれたスープ。酢漬けのピクルス、そしてサラダ。
ごく普通のありふれた料理。
アイリスはアレフの顔を見つめた。ただの朝食にも見えるが『頼めるか』と聞かれ、起こされてまで用意されたもの。外見どおりではあるまい。
「何を‥‥すれば‥‥?」
「食べてみて欲しい。そして、感想を」
見た目、ありふれた料理の数々、感想など言うまでも無い? そんなことを思いつつ、だが、冒険者達は言われるままに口に運んだ。
同時に意識が完全に覚醒する。
「あ、美味い」
「新鮮で‥‥それでいて、鮮烈で‥‥って料理漫画ではありませんが美味しいですわ」
「身体が美味しいって言ってるよ」
それは正直な感想であり、思いだった。今まで、彼が出してくれたどの料理よりも美味しいと感じる。
「どうしたんだ? 一体?」
随分と味が変わったじゃないか、と言う目のジノにどこか、自虐的な笑みでアレフは眼を伏せる。
「皆が、言ったろう? 奇を衒うな、相手の事を考えろ。そして、本当の勝負所で頼れるのは、培ってきた技術だと」
だから。しかし、上げられたアレフの顔は明るかった。
「シンプルに作ってみたんだ。宿屋で人気の普通の料理をさ」
酒場での料理は、エールに合う強い味の美味しいものが求められる。だが、宿屋の料理は毎日食べるだけに飽きの来ない、誠実な味が必要なのだ。
「それに、主催者の貴族は体調を壊しているって言うし、豪華な料理は食べ飽きているだろうし‥‥」
身体にいいハーブなどを取り入れた料理を考えてみたと言う。そう、これは父親に叩き込まれていた。そして、忘れていた『食べる人のことを考えた』料理。
「付け焼刃の天界料理よりも、こっちの方が俺らしいかも、と思うんだけど、どうかな?」
答えの代りに、ジノはバックパックを探り
「アレフ。これをやろう」
何かを差し出した。
「何これ?」
「シルバーナイフだ。コンクールのお守りに持っていけ。お前が出した答えは正しいと俺は思う」
テーブルの上のナイフの光が、キラリ、同意するように朝の陽の精霊の光を弾いた。
「今まで数え切れない程作ってきて、そして食べてきた料理達。天上の味は知らないがお前は天にいる親父さんの料理を知ってる。それを追い求めていけばきっとその先に光はある」
「単純な素振りも極めれば岩をも砕けるようになるように、平凡を突き詰めた先に非凡の極みがあるんじゃないかしら? 材料の入手や必要な助力には遠慮なく、私達の力を使って!」
「みんな‥‥」
本当は目の前にあった答えに、ぐるりと一回りと半分遠回りしてやっと気づいたようなものだ。少しの気恥ずかしさがアレフの頬を赤くする。だが、きっと冒険者と出会わなければ、何周回ろうと気付かなかっただろう。
「勿論、このままで終らせはしないつもりだから、コンクールまで相談にのってくれると助かるんだけど‥‥」
ありがとう、の言葉は全て終った時に。そう思ってアレフは胸の中に飲み込んだ。
「ああ、じゃあ、早速。この間のデミグラスソース。鹿肉のローストに使ってみたら?」
「塩味と、ソースの二種で、出してみようかな‥‥」
「このサラダのお酢は香草入りだと、おっしゃっていましたよね。ヘルシーでステキですから、いっそ油も凝ってみませんか? 胡桃油などはとても美味しいそうですよ。ショートブレッドでも使われていたようですし、」
「これは、ヘンルーダを漬け込んであるんだよ。身体にいいって父さんが作ったんだ」
「薬膳に通じるものがありますわね。身体にいい料理というのは美味しいと思いますよ」
冒険者達全員の積極的な意見が交差する。
「一緒に手伝ってあげようよ。ね、シャルロットさん?」
一歩引いて兄の様子を見つめていた妹に、燐は優しく声をかける。そっと触れた手に、促されてこくん、と小さく首を縦に動かした。賑やかな、前向きな美味しい夢を語る輪の中に入っていく。
だが、もう一人‥‥
「なかなか、逞しいだろ? 貴女の、そして父君が残した息子は。運命は時として、呪いの様に人を縛る。だが、呪いは解けるもんだぜ。いつか‥‥。だから自分の息子を信じてやってくれ、そして真実を‥‥」
「‥‥養娘に捨てた故郷の事は話した事がない私達が『昔起こった事をお子さん達に話してあげて下さい』と頼むのは筋違いかもしれませんけど‥‥どうか‥‥」
後ろに下がったままの母は前に進み出てはくれない。
「確かに、呪いかも知れません。でも、私にとっては誓いなのです。破ることの出来ない、たった一つの‥‥」
ジノの言葉も、イシュカの願いも、まだ彼女を縛る何かを解き放つことはできなかったようだ。
だが‥‥
「ですが‥‥」
彼女は始めて前向きにイシュカ達の顔を見た。
「コンクールが終れば、時が来るのかもしません。私と父と、あの人。そしてあの子達の運命から解き放たれる日が‥‥」
兄弟と同じ色の瞳が願いと言う名の意思を帯びる。彼女の呟きを聞いた者は少ない。だが、その日が来るまで、力を貸そうと冒険者達は心に決めていた。