美味しい夢5〜真実の味を求めて

■シリーズシナリオ


担当:マレーア4

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:10人

サポート参加人数:1人

冒険期間:03月31日〜04月05日

リプレイ公開日:2006年04月07日

●オープニング

 悪事千里を走ると言ったのは東方のことわざだったか。
 今回のことは無論、悪事ではない。
 ただ、悪い噂が広まるのは早かった。
 街が注目する料理コンクール。その席での毒物混入疑惑。
 まるで仕組まれていたように観客の前で行われた捕り物とその噂は、店を知り、アレフを知り、彼の味を知るもの達の足ですら店から遠ざけつつある。
 結果「グローリー デイズ」は再び閑古鳥が鳴く。
 いや、閑古鳥どころではない。
 投げつけられるゴミや、絵の具。続く嫌がらせ。
 時折やってくる無頼のやからの怒鳴り声。
 一人、いつもと変わらぬ表情で料理の仕込みを続けるアレフは痛々しいほどだと彼を知るもの達は語った。

 そんな中、冒険者ギルドに一人の来訪者が訪れた。
「見つけ出して欲しい人物がいるのです」
 普通の人探しかと書類を出しかけた係員の手が止まる。
「私の師、料理人ジェラール先生と、その奥方シャロン様。そしているならその子供も‥‥。多分アレフ君と言うのかもしれませんが‥‥」
「アレフに、シャロン? あんたは一体?」
 申し遅れましたと頭を下げた男性は、ヤイム家の料理人だと自己紹介をし主人の身内を捜していると言った。
「我がヤイム家には20年前まで天の腕の料理人と言われた師ジェラールがおりました。豪華絢爛な料理からありふれた日常食まで彼が作れば全てが天上に昇るほどの美味となったほどです」
 ヤイム家最初の料理コンクールの優勝者。ジェラールの名は冒険者の調べた情報にも入ってきていた。
(「シャロンの旦那がジェラール? でも、アレフの父親の名はジェラルドと、確か‥‥?」)
「ですが、その名は長く禁句となっていました。ジェラール先生は旦那さまの一人娘シャロン様と恋に落ち、二人は駆け落ち同然で家を出られてしまったのです。当時シャロン様には婚約者がいたのですがその方を捨てて。怪我まで負わせて‥‥」
 怒った伯爵は二人を追うこともせず、二人の存在を抹消するかのように20年を過ごしてきた。
 20年前18歳だったという彼女は今、30代後半というところだろう。
「これ以上の話は今は言えません。アレフ君の居場所はコンクールの申し込みを見れば判るのですが、それはガインさまとその側近である魔法使い殿が管理されていて私達には触れることができないのです」
「ガイン様ってのはこの間のコンクールに出ていた壮年の貴族で、魔法使いってのは、この男でいいんだよな?」
 冒険者が差し出した携帯電話の映像に、料理人ははいと頷く。
 高い知識と教養を持った地の魔法使いで、薬の調合に秀でていると彼は教えてくれた。
 魔法使いが薬を調合し、ガインがつききりで看病をしている。
 しかも、伯爵は未だ昏睡状態。元々身体が弱っていた老人だ。いつ最悪の事態が起きても不思議は無い。
「今、ガイン様は旦那さまに誰も近づけようとしませんが、‥‥アレフ君はともかく、ご息女であるシャロン様がおいでになれば無碍にはできぬはずです」
 無論、それが簡単なことではないことは冒険者達にも、依頼人である彼にも解っているだろう。
「‥‥あんた、アレフが毒薬を伯爵に盛ったって言われてるのは解ってるよな。それでも‥‥か?」
 係員の問いに、依頼人は勿論、と頷いた。
「だから、冒険者にお願いするのです。彼が、ジェラール先生の息子がそんなことをするとは思えません。あの味が全てを物語っていますから」
 必要なら家令も便宜を払う。必要なら家の中の潜入も可能だろうとまで言った言葉の意味を係員は理解していた。
 依頼はシャロンを伯爵家に連れて来ること。だが、その依頼の真意は‥‥。
「新しい使用人達はともかく、十数年来を仕える我々は皆、ジェラール先生とシャロン様を覚えています。そして‥‥旦那さまと同じに、心から慕っているのです。だから‥‥」
 守って下さい。と彼は言って去っていった。
 誰をとは口にしない。誰からも、とは言わない。
 だから、係員もあえて口にしない。
 料理人からの依頼内容は伯爵家の娘、シャロンを見つけ出し、父親と面会させることだけ。

 だが‥‥冒険者達は自らがやるべき事をそれぞれの胸に理解しているはずだから。 

●今回の参加者

 ea0144 カルナック・イクス(37歳・♂・ゴーレムニスト・人間・ノルマン王国)
 ea0353 パトリアンナ・ケイジ(51歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea7378 アイリス・ビントゥ(34歳・♀・ファイター・ジャイアント・インドゥーラ国)
 ea8594 ルメリア・アドミナル(38歳・♀・ウィザード・エルフ・ビザンチン帝国)
 eb0639 ジノ・ダヴィドフ(46歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 eb3838 ソード・エアシールド(45歳・♂・神聖騎士・人間・ビザンチン帝国)
 eb3839 イシュカ・エアシールド(45歳・♂・クレリック・人間・神聖ローマ帝国)
 eb4278 黒峰 燐(30歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 eb4395 エルシード・カペアドール(34歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4410 富島 香織(27歳・♀・天界人・人間・天界(地球))

●サポート参加者

サイラス・ビントゥ(ea6044

●リプレイ本文

●とおいゆめ
 それは古い古い話。今はもう遠い、知る者さえ殆どいない遠い昔の悲しい物語。

 昔々、一人のお姫様がいました。
 彼女は母親こそ無かったものの、父親に、家の者達に心から愛されて育って幸せな日々を過ごしていました。
 美しく育った彼女に沢山の人々が求婚しました。
 若い商人もその一人。家族も無く、地位も無く、親の残した財産を自らの才覚で生かして彼は、貴族のライバル達と一線を画す為、彼は姫の父君の大好きな料理に目をつけました。
 彼には兄のように慕い、幼い頃からずっと一緒に育った自慢の腕を持つ料理人がいたのです。
 彼の策は当たりました。
 父君の主催するコンクールで優勝した彼の料理人はその腕前を『天の腕』と称えられ、貴族に召抱えられ、やがて王宮でも料理をするほどに認められその主人である彼と共にその地位と存在感を上げていったのです。
 やがて彼は姫の婚約者となりました。
 愛する姫と結婚し、幸せに暮らすことができる。その願いは決して叶わなかったけれども‥‥。

「どうしてです?」
 語る家令に聞き手ルメリア・アドミナル(ea8594)は問いかけた。主家の醜聞を使用人が口には出せない。
 ほんの僅か彼は口ごもった。
 だが、あえてそれを聞き、語ってくれた彼は覚悟を決めたように顔を上げ、口を開いた。
「その料理人が、姫君を愛してしまったからだよ。そして、姫君もまた、料理人を愛してしまった‥‥」
 やがて二人は全てを捨てて家を出てしまう。家名、財産、名声、そして信用。文字通り全てを捨てて、裏切ってただ、愛を貫いたのだ。
「ご主人はそれを怒り‥‥だが、何故か連れ戻そうとはしなかった。代りにその存在を抹消するように彼らの事を語るのを禁じたのだ」
「では、その婚約者は‥‥」
 さあ、と家令は首を横に振る。彼女が逃亡する時、おそらくはずみであったのだろうが蝋燭の炎で、彼はその腕に大火傷を負ったらしい。その治療を終えて後、彼を見た者はいない。主人は負い目からか彼にその後近づくことも無く、彼もまたその後この家に姿を現すことが無かったからだ。
「アルシュ殿は、もし生きておられたらきっと彼らの事を恨んでおいでだろうな。自らが抱え、紹介したジェラール殿に裏切られ、心から愛した姫君を奪われたのだから‥‥」 
 もう20年も前の事。20年。人が生き、何かを為し、‥‥死ぬのに十分過ぎる時間。 
 だが、その20年を暗い情念だけを抱いて生きなければならないとしたら。その思いを誰も、想像することさえできなかった。 

●湧き出された決意
 人気の無いグローリー デイズに久しぶりの音が立つ。火の爆ぜる音、油の音、そして‥‥客の美味しい、という声。
「うん、味は落ちてない。いや、前よりもずっと良くなったと思うよ」
 口元を軽く拭いてカルナック・イクス(ea0144)は料理人に笑いかけた。
 父と同じ称号を受けた料理人に褒められて、数日ぶりの笑顔を青年は頬に浮かべる。それはほんとうに微かなもので、すぐに自虐的なものへと変わるが‥‥。
「久しぶりに、誰かに料理食べてもらったよ。‥‥みんなは、怖くないのかい? 僕の料理食べて」
「アレフさん!」 
 ピクンと背筋が伸びたアレフの両頬に、軽い感触が触れる。柔らかい手がぺチンと小さな音を立て、彼の顔を横へと動かした。
 珍しい程に声を荒げた富島香織(eb4410)の方へと。首ごと自分の方を向き、膝を折ったアレフに香織はそのままの強い口調で告げる。
「自暴自棄になってはいけませんわ。誰も本当は貴方が犯人だなどとは思っていない筈です。多分、貴方ははめられたのでしょう」
「‥‥はめられた?」
 思ってもいなかった言葉にアレフは伏せていた顔を上げた。
「そう。今まではっきりと言いませんでしたが、実は‥‥」
「止めて下さい!」
 さっきの香織にも劣らぬ強さで制止する声。冒険者達は一斉に振り向いた。
「母さん‥‥」
 憔悴しきった様子のシャロンは息子と娘、そして冒険者を揺れる眼差しで見つめた。
「どうか言わないで下さい。もう‥‥店も閉めます。元々この店はあの人の夢の為のもの。あの人が死んだ時、本当は閉めるべきだったのです‥‥。この店を閉め、私達が街を離れればきっとそれで‥‥」
「それで‥‥いいのですか? ヤイム伯爵家令嬢 シャロン・ヤイム様」
「えっ?」
「母さんが?」
 イシュカ・エアシールド(eb3839)が告げた過去は、子供達も知らなかった事。震えるシャルロットの肩をエルシード・カペアドール(eb4395)はそっと抱きよせ、シャロンを見る。彼らの視線を受け、彼女の唇は音がするほどに噛み締められていた。
「私達は、伯爵家の使用人たちから依頼を受けました。‥‥その依頼内容は『伯爵家息女シャロンを見つけ出し父親と面会させる事』
 ですが依頼の真意は『貴方と卿、それにアレフ様達を守る事』だと思います。私達はその依頼を果たしたい。ですが、逃げてしまえば貴方達を守る事はできなくなる‥‥」
「‥‥守るとは何からですか? お父様は私達が料理の道にある限り、帰ることを許しては下さらない‥‥。でもその思いは決して私達を危険にさらすものではない筈です」
「ねえ『彼』を知っている?」
 パチンと音を立てて開かれた携帯電話を黒峰燐(eb4278)はシャロンの前に突き出した。
「! まさか‥‥?」
 蒼白になった彼女の顔そのものが、シャロンの質問に答えている。燐がジノ・ダヴィドフ(eb0639)から借りた携帯電話に映っているのはずっと濡れた真綿のようにゆっくりと絡み付いてたこの店と、家族を狙う悪意の線を握る者‥‥。
「それに、あ、あの、シャロンさん、お父様にお会いにならないんですか? こ、このままお会いになれないままで、いいんですか?」
 おずおずと進み出たアイリス・ビントゥ(ea7378)はサイラス・ビントゥに背中を叩かれ、小さく喉を鳴らして勇気と言葉を紡いだ。
「き、機会は今掴まないと、手は届かなくなりますよ。あ、あの、あたしは父親の顔を知りません。でも、大事な人だと言う事は‥‥解るんです!」
 シャロンの震える手が握られ、組まれる。思いを手の中に握り締めるようなその仕草を見つめた香織は、アレフに目線を合わせ急いで告げた。
「アレフさん、貴方の口から、シャロンさんに事情を聞いて頂けないでしょうか? このままでは、彼女は自分の思いを閉じ込めてしまいます! それは、決して誰の為にもなりません!」
 急いで顔を揺らし、アレフは母親を見つめた。今にも凍りつくか、それとも溢れ出す直前の水面のような緊張。
「シャロン殿、我ら冒険者は相談にも乗る、できれば力にもなろう。だが決断は貴殿が下さなければならぬ。これは貴殿の試練なのだから」
「イシュカさんが言ったよね、依頼人は使用人達だって、貴方に慕っていて、今でも会いたいという人達の気持ちを思ってあげて欲しい」
「こ、後悔してしまいますよ。お、お父様に会えないままでは‥‥」
「話して頂けませんか? 私達には圧倒的に情報が足りないのです。20年前何があったのか、そして約束の事を」
 冒険者達の言葉に彼女の心の水面が揺れ、そして‥‥。
「母さん!」
 アレフの言葉が、最後の石を投じた。彼女の胸の中で、どんな逡巡があったかは定かではない。
「ごめんなさい、貴方‥‥。ごめんなさい。お父様‥‥」
 小さな囁きに冒険者の背が揺れる。だが、彼らの視線の先にあるのはシャロンの決意の眼差し。俯いてばかりだった彼女の顔は、今、決意と共に静かに上げられたのだ。

●点と点、線と線
「ああ、図書館なんてあたしの性質には合わないってのにさ〜」
 調べものを終えパトリアンナ・ケイジ(ea0353)は凝らした肩をぐるりと回す。セトタ語に堪能とは言えないだけに、調べものには少し苦労させられたが、目的は果たした。
「ルーの花に確かに微妙な毒性がある。でも、それは、あの魔法使いが言うようなものじゃない」
 ルーの花の別名はヘンルーダ。多く服用しすぎると幻覚を見たり、身体に異常をきたすことがあるという。だが、適量使用すれば万能薬とさえ言われる薬草なのだ。
『舌の肥えた審査員さえ気付かずに口に含めるほどに、味にも見た目にも分からない量と性質でゆっくりと効果を発揮する遅効性の植物毒』
 調べられる限り、素人であるパトリアンナが、山歩きなどまったくしないアレフが簡単に手に入れられ、的確に使えるものは見つからなかった。専門の知識のあるものが裏で捜せばいくらでもあるのだろうが、この場合はそれは無関係だ。
「まあ、証拠にはならないんだけどね」
 気分的には楽になった。あとは、実際に調べて見るほうがいい。家令達との約束の時間が迫っている。燐やルメリアに頼まれた調査の為にも中で動ける者がいたほうがいい。
「メイド仕事なんて、調べもの以上に性にあわんけど、まあ、仕方ないね。あとは、直接証拠でも探して見ますか」
 小さく苦笑しながら彼女は屋敷の裏門に手を伸ばした。

 毒性の調査。
 パトリアンナ経由で薬と、料理コンクール当日の食材や調理品の残りを手に入れた燐とルメリアだったが、それが思いの他簡単では無い事を知る。
「あ〜、ここは中世なんだっけ」
 燐のいた現代ですら、毒物の判定には専門家の知識が必要とされた。解剖も、成分分析も無いこの時代毒物の特定がいかに難しく、逆に毒殺がいかに容易いかを身を持って知らされる。
 だから、解毒剤が研究され、必要とされるのであろうが。ギルド経由で調査を手伝ってくれた薬師は、それでも頑張ってくれ、当日の料理の残りに毒らしいものが残っていないこと、そして、薬に長期に渡って服用すれば確実に体力を消耗させる毒が含まれていることを教えてくれた。
「このくらいの量なら即効性はありませんがね。まあ、少しずつ張り詰めた糸を引っ張るようなもので、続けていけばあと、ほんの少しのきっかけで糸を切ることができるようになる筈です」
 そういう意味ではこのような毒は性質が悪いと薬師は怒っていた。
「やっぱり、魔法使いっていうのは嘘かな。この世界に魔法があるわけないし。行方不明の間、薬の勉強でもしてたのかもしれない。じゃあありがとう」
「お手数をおかけしました」
 そう言って店を出て行く彼女達に、薬師は小さく首を傾げる。
「魔法が‥‥無い? 何を言ってるんだか?」

 幾度も繰り返した聞き込みの中、ジノはやっとその証言を手に入れた。
「誰かに追われていた?」
 アレフとグローリーデイズに関わるようになってから、何度と無く調べたアレフの父親の死因。調べても、目立った情報が出てこなかったのは、全く不審な点が無かったからだ、とジノは再確認していた。
 目立った外傷も無く、争った形式も無い。発見された時には既に死亡していたので、死因が胸、特に心臓に纏わるものらしいということ以外には何も解らなかった。というのが正直な所らしい。彼の死に顔が憎悪に浮かんでいた、と言うわけでもない以上、彼が誰かに殺された、などと思う者は少なかったに違いない。
 冬の最中、倒れ路地で死する者はそれほど珍しい訳ではない。だが、それなら何故、彼は通り魔に殺されたのでは、などという噂を得たのか。その多くは直前まで元気だった名料理人の早すぎる死を惜しむ人々の願いが言わせたものだった。
 病死などではないと、思いたかったのだろう。だが、それでも唯一根拠と言えるものがあったのだ。
 ジノの問いかけになじみの露店の店主は頷いて答えた。
「かもしれない、って話。最初は旦那、買出しに来たと思ったんだよ。だけど、何かに怯えたような顔をしていて、店の前をすり抜けていって‥‥、何かを考え込むようにして路地裏に消えていって‥‥そしてそれっきりさ」
 怪しい人影が目撃されたわけではない。だが、もし、彼を誰かに追われていたのだとしたら‥‥。
「だけどまあ、その後、通り魔事件なんてあったろう? だから、旦那を追っていたのも通り魔だったんじゃないか? って思ったんだよ」
 ジノはその場を離れてから唇を噛み締める。確証は無いが、一つの点と点が繋がって意味のある線を紡ぐ。
「つまりは、あれか? 通り魔事件は、カモフラージュだった、と‥‥」
 最初に何者かにアレフの父親が『殺される』。犯人は毒物か何かを利用して、殺されたと思われないようにしたかもしれない。しかしその途中を誰かに見られてしまった。誰かに追われていたようだ、などという話も沸いて出た。
 だから犯人は、料理人を狙った通り魔を展開する。万が一、死因が判明してもそれは通り魔の反抗だったと思わせられるように‥‥。
「そんなことの為に、幾人もの人を傷つけ、幾人もの人間を殺したっていうのか!」
 ルメリアが聞いてきたアルシュの話はジノの耳にも入っている。自分なりにその後の捜索をしてみたが、なにせ20年前のこと。しかも、その後完全に消息を断っているので目ぼしい情報は手に入らなかった。
 微かに集まった昔の『彼』を知る人は明るい気持ちのいい青年だった。それ故に、あの事件の後の変わりようは見ていられなかった。と話す。一応携帯の写真も見せてみたが、確証は得られなかった。だが、ジノは確信している。
『彼』が誰であるか。『彼』が犯人だとすれば、アレフの父や、シャロンを、ひいてはヤイム伯を怨んでも仕方ないか、と思う。
「だが、無関係なアレフまで‥‥。これ以上好き勝手はさせぬ!」
 予定どおりなら、そろそろ屋敷で捕り物が始まる筈。
 その前に!
 ジノは目的地へとこれ以上無い急ぎ足で向かったのだった。   

●20年ぶりの邂逅。そして‥‥
「なあ、アンタ踊らされてるんじゃないか?」
 毒薬事件に進展があったと、聞かされ取り次いだ冒険者にそんなことを言われ、何をいきなり、と言う顔をしたガイン卿は
「何をいきなり、無礼なやつめ!」
 表情とまったく同じ言葉を吐き出す。以外に解りやすい奴だ。とジノは苦笑した。と、すれば、本当に彼は何も知らないのかもしれない。 
「毒薬事件はあのアレフとか言う奴が父上に毒薬を盛った、ということでケリがついている筈だろう? 正式に訴え出て捕らえさせないだけでもありがたいと思うことだ! 部下は牢に閉じ込めるべきだとまで言っていたというに‥‥」
「その部下、ってあの魔法使いか? なあ、あんたシャロンに恩を売って彼女を取り込むのが目的なんだろう? だがその為には彼女の夫が邪魔の筈だ。知ってるか? 今回の発端となったアレフの親父さんの死因を、アンタが指示したのか?」
「馬鹿を言うな! そんなことは知らん。元々、私は父上が動き出すまでシャロンが生きていたことさえ知らなかった。シャロンが生きていて夫を失ったと聞いたから手に入れたいと願っただけだ。何も悪いことなどしていない!」
 本当に解りやすい。ジノの苦笑が、だが真剣なものに変わる。
「そうか、じゃあ本当に踊らされているんだな。アンタ、知っててアイツを使ってるのかい? あいつの正体を」
「正体? なんの事だ?」
 身を乗り出したガインの部屋の扉からノックの音がする。
「ご主人様。お手紙が届いております」
 入ってきたローブの男が皿に乗せられた手紙を主に差し出す。
「手紙? 誰からだ?」
 会話を一時打ち切り、ガインはその手紙を手に取った。ジノも口を紡ぐ。本人の前で本人の正体など言えない。
 開いた手紙を握り締め、ガインはいすを蹴った。
「出かける! 支度をしろ。アール!」
「お供しましょうか?」
「いや、いい‥‥」
 ジノの方を向いてガインは手を横に振った。では、と出かける準備と手配をする為に彼は退出する。
 その瞬間、冒険者に向けた視線にジノは息を呑んだ。一瞬だけのあの射る様な視線に、彼は推測を確信に変えた。手紙が来たということは仲間達が来ているということだろう。
 限りなく黒に近い魔法使いの背中と、慌しく駆け出すガインを見つめながら、ジノは仲間を待とうと歩き出した。

 馬車と、護衛が数名、門を出て行くのを確認してソード・エアシールド(eb3838)は屋敷の外で待つ仲間達の元へ走りよった。
「今、ガイン卿が出立した。あと少ししたら魔法使いの部屋でパトリアンナが騒ぎを起こす筈だ。その隙に、伯爵の所へ」
 少し早く屋敷に来て、家の構造を把握したソードが案内役をかって出る。小さな箱を胸に抱き、頷くシャロン。冒険者達もそれに続き、全員が前に踏み出そうとしたとき
「なあ、あいつらは何しにいったんだ?」
 心配そうな顔をしながらアレフは馬車の行く先を見た。
「彼は、グローリーデイズに言った筈よ。シャロンさんの名前で呼び出したから‥‥」
「! なんで、店は今誰もいないんだぞ!」
 エルシードの言葉にアレフは青ざめる。
「だって、どうしてもガイン卿に家にいてもらっては困るんですもの。大丈夫よ。家が無人となればガイン卿だって‥‥」
「俺はイヤだ。父さんの店をこれ以上荒らされるのは絶対に!」
 くるり、立ち上がり後ろを向きアレフは店に戻ろうとする。
「アレフ!」
 静止しかけた母親の方を一度だけ、肩越しに息子は見つめた。
「俺は、どうでもいいから。母さんが誰であろうと、父さんが昔何をしていようと。父さんは父さんだし、母さんは母さんだし、それに俺は俺だから‥‥」
 それは、冒険者が教えてくれたこと。だから、自分の信じる道を行く。駆け出していく兄をシャルロットは追いかけた。
「お兄ちゃん!」
「時間は無い。タイミングがずれるとまずいことになるぞ」
「‥‥私が‥‥お二人の護衛に行きます‥‥。もとより、この体型では‥‥忍び込むのに‥‥目立ちすぎてしまうから、そのつもりだったし‥‥」
「私も、行きます。皆さんは早く!」
 香織とアイリスが言う。ただでさえ、完全に統一したとは言いがたかったこの侵入作戦の計画だ。ならば、実行できる所だけでもやりとげなくては大変なことになる。
「‥‥解ったわ。伯爵の回復を目指し、シャロンさんと面会させ、可能なら魔法使いを追求する、そっちはお願い」
「子供達を、頼みます」 
 小さく頷いて、二人は二人を追いかける。そして、残りの冒険者達は足を踏み入れる。後ろに着く彼女にとっての20年ぶりの遠い我が家へ‥‥。

 パトリアンナは踏み込んだ部屋で思わず声を上げた。
「はあ〜、薬や毒が一杯だね〜。本も随分と‥‥これだけありゃあ、薬も毒も思いのままってかい?」
「薬も、毒も紙一重だと、昔知り合いが行ってたよ。で、君はどちらをお望みなのかな?」
 気配を感じ、後ろを振り向く。これでも少なくない修羅場を潜り抜けてきた自信があった。
「ああ、すみません。新しく入ってきたんですけど、うっかり〜」
 だがそれ故に、彼女は看破する。この男を甘く見て対峙してはいけないと。
「くっ!」
 とっさに床を蹴り彼を投げ飛ばそうと一気に踏み込む。
 だが
「うわああっ!」
 黒い波に弾き飛ばされながら彼女は思う。
「こいつは‥‥強い」
 それが最後の意識だった。

「いいですか?」
「‥‥お願いします」
 家令とシャロンの首が縦に動くのを確認して、イシュカは神に祈った。毒を消し、体力を回復させ、そして心のダメージを回復させる。 
「ちょっと、強引過ぎないか?」
 と言う意見もあったが、シャロンと伯爵を面会させる以上、伯爵の意識を回復させる必要はある。
 エルシードの指示でイシュカは全身全霊で魔法を駆使した。伯爵の血の気の薄い顔を心配そうに見つめていた二人の前で、
「う‥‥ん‥‥」
 小さな声と共に皺の多い瞼が微かに動いた。そして、ゆっくり開いて目に映る者を虚ろに見つめた。
「シャロン‥‥」
「おとう‥‥さま!」
 瞬きをしてから伯爵は目を見開いた。起こそうとする身体は軋みを上げるがそんなことを気にしている余裕は無い。
「お前、どうして‥‥ここに‥‥」
「お父様が危険と伺って‥‥どうしても、会わなくてはと思ったのです‥‥」
 屋敷の者達に万が一にも負担がかからぬように、シャロンは言って父親の手を握り締めた。
「‥‥そうか、だが‥‥お前がこの家に戻る事は許さぬ。あの約束を忘れたわけではあるまい?」
「その約束とは一体なんですか? かつて、お二人が駆け落ち同然にこの家を出て、勘当されたという話は聞きました。その後にひょっとして‥‥?」
 問いかけたエルシード。冒険者が事情を知っている。一瞬の驚きを秘めて伯爵は顔を上げた。
「ワシはあの男に言った。人の心を変える料理を作れと。人を裏切り、傷つけた罪をお前の料理で償ってみよと。それができるまで家に戻る事は許さぬ‥‥」
「あの人は、いつか、必ずと言いました。それが『約束』‥‥。お父様、この箱を見て下さい。これは、あの人が残した‥‥」
「下らない! 料理が人の心を変える筈は無い。料理など所詮、一瞬で消えるなんの役にも立たないものですよ」
「!」
 振り返った冒険者達は、剣呑にだが楽しそうに微笑む男の顔をそこに見た。
「アールだったな、何時の間にそこに?」
 ジノは無意識に剣に手をかけながら呟いた。パトリアンナがこの男の部屋でわざと騒ぎを起こして彼を遠ざけていた筈。
 ここは二階で、彼の部屋は一階で‥‥。
「扉は、見張っていた筈だよ‥‥。動かないで!」
 燐は口の中で呪文を詠唱し放つ。だが、燐が紡いだ銀の光は、彼の手の中に浮かんだ黒い光に吸い込まれた。
「あの煩い女でしたら今頃部屋で寝ているでしょう。‥‥まったく、人の部屋に忍び込んで何をしているかと思えば、家中が結託してこんな悪巧みをしていたとは。やはりそろそろ潮時だったということですね」
 決心してよかった、などと呟いている男は一人きり。その周囲には誰もいない。
「家令殿。確か、衛兵の中には古くから仕えている者はいない、ということだったな?」
 伯爵を背後に庇いながらソードは問う。はい、と頷き問われた家令は声を上げる。そのうちの何人かはガインが雇ったもので、その支持は目の前の男がした筈だと思い出したのだ。
「2人が倒れて衛兵が来るまでが早すぎる。まるでこれから起こる事を知っていて、誰かが準備していたかのように‥‥」
 ソードの言葉をそよぐ風のように彼は腕組みしたまま聞き流す。頬には笑みさえ浮かんでいるようだ。
「伯爵に毒を飲ませたのはあの少年だ、と言ったでしょう? 伯爵が口にした料理の中で毒性があるものというのはあの酢の中のヘンルーダしかなかった筈ですが‥‥」
「料理には、事前に私がピュリファイという魔法をかけました。浄化の魔法、例え直前に毒を混入されていても効果はありません」
 実は、毒を消すのはアンチドート。ピュリファイで除ける毒素は腐敗毒や汚れによる毒素だけ。神聖魔法が良く知られていないことを利用したはったりだ。
「それに、料理その他を調べてもらいましたが毒物混入の形跡はありませんでした。それなのに、伯爵様が倒れたのは料理以外の要因があったからに違い有りませんわ! アレフ様の料理に毒が混入されたという貴方の説は間違っています」
 いざとなったら毒薬を自分で飲んでもその効果を証明しようとしていたイシュカとルメリアは、冷静に魔法使いアールを追求していく。
 だが、それでも彼の表情は変わらない。微妙な笑みを浮かべたまま‥‥
「そしてこの薬! 伯爵に飲ませられていた薬は毒性があるって言ってたんだよ。毒を飲ませ続けていたなんて一体あんた何物!」
 燐の問いにも彼は無言。だが、
「アルシュ‥‥」
 それまで口を閉じていたシャロンが小さく呟いた。
「‥‥まさか、本当に‥‥アルシュなの?」
「アルシュ? お前が?」
 伯爵も目の前の男をまじまじと見つめる。ガイン卿が連れてきたローブを纏った魔法使い。その顔をマジマジと見たことは無かったが、ほんの僅かに昔の面影があると言えるかもしれない。
「やっぱりそうか。20年前に行方不明になった商人アルシュ。シャロンの婚約者。ガイン卿を踊らせ伯爵家の財産とアレフたちを狙う黒幕はお前か!」
「‥‥何を言うかと思えば。私にはこの家の財産など興味も何も無い。私の望みは私から全てを奪ったこの家とシャロン、ジェラール、そしてその血族全てに復讐することなんだからな!」
「何!」
「それなら、大人しく‥‥きゃああ!!」
 完全な自白。縛につけと言いかけたエルシード、剣を持って打ちかかろうとしたジノやソード、そしてその場にいた全員が即座に悲鳴を上げた。
 瞬間伸びた腕、そして重力反転。天井と、地上、その両方に叩きつけられて、誰もとっさに立つことさえできなかった。
「どうして‥‥この世界に魔法なんて‥‥?」
「‥‥20年だ。20年の間俺はただ、復讐だけを考えてきた。自分の名前も、過去も全て捨てた。魔法を学び、草木の知識を学び、シャロン、お前とジェラールそして伯爵あんたに俺の苦しみを思い知らせるためにだ!」
「くっ、神よ‥‥我らの敵を縛りたまえ‥‥」
 だが、それも軽い身じろぎで抵抗され消えうせる。正直、彼の魔法の実力は燐どころか、イシュカでさえ格が違うと感じさせる。
(「あれは‥‥私とさえ同格かもしれませんわね」)
 ルメリアは身体の傷を押さえながら歯を噛んだ。地の魔法使いに彼女の魔法は相性が悪すぎる。
「さて、シャロン。来てもらおうか。‥‥長い間、俺はお前に復讐することだけ考えて来たんだ。あの男も、ももう居ない。お前がいなくなれば、きっと俺はこの苦しみから解放される‥‥きっとな‥‥」
 手を引こうとする魔法使い、だが、それをカルナックが必死で払った。
「ふん!」
 魔法使いは後退し、楽しそうに小さく笑う。
「余計な奴らが多すぎるな。俺の目的はこの一族の破滅だ。余計な敵と戦うのは好みではない。‥‥ここは一つ退くとしよう。シャロン。後でまた会おう」
「「待て!」」
 ジノとソード、二人がなんとか立ち上がり、剣を握って踏み込むと同時に彼の姿は消えた。
「えっ?」
 石造りの床に吸い込まれるように彼は、姿を消した。冒険者達が足元を叩いてみてもまったく変化は無い。アースダイブの魔法を冒険者達が知っていたかどうかは解らない。
「くそっ! 逃げられた」
「伯爵! シャロンさん、大丈夫ですか?」
 イシュカは全員の治療を始める。表向きの傷はそれほど大きくは無い。
 だが、心の傷はそれ以上に大きく深い。
 この場の勝敗を誰よりも冒険者達は知っていたのだから‥‥。

●燃えるグローリーデイズ
 イシュカの治療もそこそこに、燐は仲間達と共に路地を駆け抜けていた。
「決心してよかった? まさか、嫌な予感がする。シャルロットさん! アレフさん!」
 その燐の予感は的中する。街路の向こうに、燃え上がる細い煙。
「あれは! まさか!!」
 嫌な気配と匂いに足をさらに早めた彼らはそこで、立ち尽くすことになる。
「グローリーデイズが‥‥燃えてる?」
 周辺の住民達が必死に消火活動をしているなか、息を荒げている香織と疲労困憊の中、それでも消火活動を手伝うアイリスの姿があった。そして‥‥血で胸元を濡らしたガイン卿と、腕から流れた血を押さえたまま炎を見つめるシャルロットを見つける。
 アレフの姿は‥‥無い。
「どうしたの、一体? アレフさんは?」
 駆け寄った燐の胸にシャルロットは飛び込んで泣きだしたのだ。
「お兄ちゃんが、お兄ちゃんが‥‥」
「‥‥ごめんなさい‥‥です。甘く、見てました。‥‥私達が店に着いてすぐ‥‥衛兵達が私達に詰め寄ってきたガイン卿に、切りつけたんです。そして、私達にも襲ってきて‥‥そして、店に‥‥火を」
 複数の敵を相手にし、アイリスはそれでも奮闘した。香織も必死にアレフたちを守ろうとした。だが、燃え上がる炎と複数の敵。彼らを相手にした時、彼女らができた最善策は逃げること。
 その混乱の最中、気がついたらアレフの姿はどこにも見つからなかったのだ。
「まさか、火の中に?」
 アイリスは首を振る。それだけはない筈だ。
「じゃあ、まさか‥‥」
「多分‥‥」
 泣きじゃくるシャルロットの涙が火事を消す雫となったように、炎は急速に消えつつある。

 だが、その焼け跡に‥‥幸か不幸か、この店を守ろうとした青年アレフの姿はどこにも見つからなかった。