美味しい夢6〜遠い夢、遠い願い

■シリーズシナリオ


担当:マレーア4

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:12人

サポート参加人数:3人

冒険期間:04月13日〜04月18日

リプレイ公開日:2006年04月21日

●オープニング

 彼は、良くその家の厨房に顔を覗かせた。
 厨房にはあの男がいた。魔法のように料理を作る年上のあの男が‥‥。
『これ昨日の料理にも使った酢だよな。花なんて入れてお前少女趣味だな?』
『ご主人。これはヘンルーダと言うんですよ。少し使えば料理に高貴な香りを与え、病を遠ざけると言います』
『へえ〜。ってどうしたんだ? お前、昨日のピクニックから何か辺だぞ』
 答えずに料理に向かう男は無言で野菜を刻む。その寂しげな肩に彼は声をかけたものだ。
『ああ、シャルロットの我侭なんて気にするな。サンドイッチのハーブの匂いが嫌なんて言ってたが‥‥。お前は俺の自慢、今や天の腕の料理人なんだからな。いろいろな料理を知って、最高の材料を最高の技術で調理できる。せっかくの夢が叶ったんだし、お前の料理を嫌う方が悪いんだ』
『いえ』
 だが、彼は首を振りナイフを止める。
『‥‥この花も多量に服用すれば幻覚を引き起こし、内臓に負担を与えるのです。ハーブは毒と薬が紙一重。憎しみと愛情も‥‥そうなのかもしれません』
『ジェラール?』
『彼女は教えてくれた。私の天上を‥‥』
『?』

 目を閉いて、彼は、ため息をつく。
 あの時、もし彼の気持ちを知っていたら?
 しかし‥‥時はもう戻る事は無い。
「あいつ‥‥あの男に似すぎている」
 捨て去ったはずの記憶。しかも綺麗な思い出ばかり見るようになったのはあの青年を捕まえてからだ。
 だがあの男が無防備に腕の中で死んだ時、胸の奥で何かが変わった気がした。
 復讐を成し遂げれば、きっと自分は変われる。胸の中に蟠るこの思いも消えるはずだ。
 もうすぐ終る。そしたら、自分は過去と別れ、新しく前を向いて生きられるのだ。

「お前ら相手が魔法使いだってちゃんと解ってたのか? しかも裏でガイン卿を操っていたかもだの、衛兵だって奴の手の者かもだのって気付いてたんだろ? なんでそこまで考えてたんなら、もちっと警戒しなかったんだよ」
 係員の言葉に冒険者達は一言も返さない。返す言葉が無いとは正にこの事だ。
「だってこの世界に魔法なんてあるはずは無いって思って‥‥。魔法を使うのは天界人だけなんでしょ?」
「何を言ってんだ? 確かに神聖魔法とか言う奴は無いが、ここは精霊が空を照らす国。そこで精霊魔法が無いなんて本気で思ったのか? ゴーレムは何で造るのだ?」
 返す返す言葉が無い。精霊達の生きる国アトランティス。魔法が存在するなら、才能があり、20年を情念を燃やして魔法の研鑽と復讐に生きてきたのなら、彼の実力と行動力は十分にありうることだ。敵を甘く見た事に今回の失敗の原因がある。
 酒場の火事の被害は少ない。冒険者が近隣に協力を頼んで、消火活動をした為、焼けたのは一階のごく僅かな部分だけ。少し直せばすぐ営業を再開できるだろう。
 だが、営業の中心になるべき者はいない‥‥。冒険者達の外傷は塞がっても心の傷は今も消えることが無かった。

 ‥‥落ち込む冒険者達の後ろで、扉が開く。
「あんた‥‥この前の」
 冒険者達は飛び上がる。そこには先日依頼をしてきたヤイム家の料理人の姿があった。
「先日はありがとうございました‥‥」
「シャロンさんと、シャルロットちゃんは‥‥大丈夫?」
「はい、今はヤイム家にてお身体を休めておられます。皆様、アレフ様を案じておられますが‥‥」
 家が使えなくなった今、安全面も考え冒険者達は二人をヤイム家に保護してもらうように要請し、伯爵はそれを受け入れた。
 ガイン卿も怪我はそれほどのものではなく、彼も家で療養しているという。もっとも、彼は怪我そのものより手のものと思っていた魔法使いに裏切られたことのショックの方が大きかったようだ。
 所詮解りやすい小者である。そして魔法使いアールは当然あの後、伯爵家には戻っておらず、その下に居たであろう10名弱の衛兵も姿を消していた。
 その後の消息は掴めては居ない。
「実は、そのことでご相談があって来たのです。今朝、家の前にこのような手紙が‥‥」
 言われて冒険者達は、彼が羊皮紙を握り締めていることに気付く。封のリボンは解かれてはいない。ということはまだ中身が見られていない、ということだ。
「正式な手紙なら、ちゃんとした使者が運んできます。ならばこれは誰かが何かの目的の為に運んできたもの、ということになると思うのです。それにこの筆跡に見覚えが」
 宛名はある。
「シャロンさん?」
「はい、そして手紙と共にこれが‥‥」
「こいつは!」
 冒険者の一人が青ざめたようにそれを手に取った。差し出されたのは微かに血の着いた銀のナイフ。
 量産品であるが、見覚えのあるものは多かった。もう間違いは無いだろう。この手紙の差出人は‥‥。
「で、相談って言うのはこのことか?」
 はい、と頷いてだが手紙から手を離さない。その意味を冒険者も係員も理解する。
「既に我々の口出しできる域の事ではないと、わかっております。ですが‥‥」
「それ以上は言うではない。その責を負うべきはわしじゃ」
 いつの間にか開かれていた扉の向こうに、一人の老人がいる。あの病に臥せっていたはずの彼は‥‥。
「お身体はよろしいのですか?」
 微かに頷いて彼、ヤイム伯は顔を上げた。
「正式に依頼を出そう。魔法使いアール、いやアルシュとその一味を捕らえて欲しい。おそらくそこに我が孫アレフもおるはずだ」
「‥‥宜しいのですか?」
 過去のヤイム家の醜聞の被害者でもある男。だが、
「罪は償わなければならん。あ奴も、娘も、そしてわしもな。だが孫に罪は無い。だから、助けてやってくれ」
 寂しげに笑った老人は、コンクールの時よりもさらに憔悴し、皺が増えたようなそんな印象を受ける。魔法使いが飲ませていた毒の薬はもう切れているが、心を蝕む後悔と言う毒はまだ消えていないのかもしれない。
 一つだけ、どうしても確認したくて冒険者が問うた。
「シャロンさんや、ジェラールさん、いえ、ジェラルドさんを許しておいでですか?」
 笑って彼は胸元に手を当てる。そこにある何かを抱きしめるように。
「‥‥あの男、死ぬ直前まで毎日約束の料理の事を考えていたようだ。人の心を変える料理。自らの罪を償う料理。もし、これをアルシュが食べていたら考えは変わっていたかも知れんな」
 だが、と老は続ける。彼はあの男はきっと、アルシュが現れたら自らの罪を否定しようとはすまい。
 ‥‥ほんの少し、大切なものが過ぎったとしても。
「あの男は自分にそれができなくても、息子にはできると思っておったようだ。わしも、あの孫に預かりものを渡さねばならん。難しい仕事とは解っておるが、頼むぞ」
 ギルドを去る老人の背中はとても小さく感じる。おそらく、アールの介入が無かったとしても彼の命数はもうつきかけているのかもしれない。
「なら、失敗するわけにはいかねえぜ、これが、本当に最初で最後のチャンスだ」
 係員の言葉は、冒険者達の心の言葉でもあった。

 伯爵令嬢シャロンは机の上の羊皮紙を見つめた。
『七日後、約束の森の奥の広場にて待つ。あの男の忘れ形見と共に。  アルシュ』
 ウィルの街外れ。森の奥にぽっかりと開けた場所があった。
 思えば、あそこがアルシュとの最後の幸せな思い出。そして、あの人との最初の思い出。
 ナイフをそっと握り締め、彼女は羊皮紙の上に置く。
 彼女の決意と成すべき事はもう決まっていた。 

●今回の参加者

 ea0144 カルナック・イクス(37歳・♂・ゴーレムニスト・人間・ノルマン王国)
 ea0353 パトリアンナ・ケイジ(51歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea7378 アイリス・ビントゥ(34歳・♀・ファイター・ジャイアント・インドゥーラ国)
 ea8594 ルメリア・アドミナル(38歳・♀・ウィザード・エルフ・ビザンチン帝国)
 eb0639 ジノ・ダヴィドフ(46歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 eb0754 フォーリィ・クライト(21歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb3336 フェリシア・フェルモイ(27歳・♀・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 eb3653 ケミカ・アクティオ(35歳・♀・ウィザード・シフール・イギリス王国)
 eb3839 イシュカ・エアシールド(45歳・♂・クレリック・人間・神聖ローマ帝国)
 eb4278 黒峰 燐(30歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 eb4395 エルシード・カペアドール(34歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4410 富島 香織(27歳・♀・天界人・人間・天界(地球))

●サポート参加者

深螺 藤咲(ea8218)/ ソード・エアシールド(eb3838)/ 篠宮 沙華恵(eb4728

●リプレイ本文

●決意
「母さんに、手紙を出した?」
「そうだ‥‥。お前を助けに来るだろう。その時、俺の長い苦しみも終る‥‥きっと」
「いや、無理だ。きっと母さんだけじゃなくて、あの人たちも一緒に来る。あんたは倒されて全てを失うんだ」
「何故、そんなことが言える。所詮他人の為に命を賭ける人間など存在しない。あるとすれば、金を介した契約関係のみだ」
「そんなことはない。俺は信じてる。あの人たちはきっと来てくれると‥‥」

 十数年。いや二十年ぶりに戻ってきた‥‥彼女にとっての我が家。暖かく迎えてくれる使用人達。そして、自分を本当は待っていてくれた父親。
 周囲が暖かく、優しいが故に彼女は、何より自分自身が許せなかった。無人のキッチンは二十年前と殆ど変わっていない。ここで、あの人と出会い、語り合ったのだ。そして‥‥決心をしたのもこの場所。
「あなた‥‥。私を許して。アレフは必ず私が‥‥」
 夫の形見を胸に抱き、呟く女性に‥‥
「シャロンさん。まさか、自分が犠牲になれば、なんて物騒なこと考えてるんじゃないでしょうね?」
 いきなり背後から声がかけられた。とっさに手を背後に回して
「えっ?」
 慌てて後ろを振り向く彼女はそこに、冒険者達の姿を見た。冒険者達。そう一人ではなく、今まで我が子を、いや自分達を見守ってくれていた人物達を。
「‥‥皆さん、どうして‥‥ここに‥‥」
「お久しぶり。事情はもうみんなに聞いたの。大変だったわね。出来るお手伝いはさせてもらいたくて来たんだけど‥‥」
 フォーリィ・クライト(eb0754)が笑顔でシャロンに声をかけた。シャロンは無言で会釈する。そして取り立てて手伝ってもらうことは無い、と言いかけたその時だった。
「‥‥シャロンさん。ハッキリ聞かせてもらうわ。あのアルシュとか言う人から呼び出しの手紙かなにか来ていない?」
「! ‥‥‥‥‥‥なんの、なんのことでしょう」
 前置きの無い真っ直ぐな問いに頭の中で考えていたその場しのぎの例文は全て消えうせる。それだけ言うのが精一杯。顔色こそが答え。フォーリィはやっぱり、と深く息を吐き出すと前を見た。決して短くも無い時を共に過ごしてきたのだ。少しなりと彼女の考える事は解ってきた気がする。
『彼女はきっと1人で現地に行って、アレフさんの代わりにとアルシュの目の前で自害するだろう。僕も事の発端が自分で息子は人質になったら、同じ事をすると思う。僕の命と引き換えに‥‥ってね』
 あの男、アルシュが何より怨んでいるのは、きっと『自分自身』だと思ったら‥‥。黒峰燐(eb4278)はそう言った時それがあまりにも有り得ることで‥‥全員が頷いたものだった。
 そして、それはどうやら間違いなかったらしい。
「あたし達はお手伝いに来たって言ったでしょ。アレフさんを助けるのを手伝うから、詳しい事を教え‥‥」
「ダメです! これ以上皆さんにご迷惑はかけられません」
 心配するフォーリィの言葉をシャロンは遮った。
「これは‥‥私達の問題だし‥‥それに悪いのは私なのですから‥‥アルシュも‥‥私さえ‥‥いなくなれば‥‥きっと‥‥」
「本当に、そう思っておられるのですか? だとすれば、それは間違いです!」
「えっ? ‥‥あっ!」
 富島香織(eb4410)の方を見た一瞬の隙にジノ・ダヴィドフ(eb0639)はシャロンの後ろ手を軽く捻った。
 カランと音を立てて何かが地面に落ちる。
「‥‥やっぱりナイフか‥‥。止めてくれ。こいつはアレフの使ってた父親のナイフだろう?」
 慌てて大ぶりのナイフを拾い上げ、胸元に抱くシャロンにジノは無言で厳しい眼差しを向ける。
「料理人にとってナイフってのはよ、料理を作る為の物であって殺し合いの道具じゃないよな。ましてやこのナイフにあんたの命を染み込ませたいなんて、アレフもあんたの旦那も思っちゃいないはずだ」
「でも‥‥他に方法は‥‥」
「話は聞いています。あなたが過去に婚約者を裏切った罪を感じるのは、仕方のないことだとは思います。でも、あなたがアルシュに殺されてあげた所で、誰かが幸せになれるのですか?」
「そう。そんな事をしたって誰も救われない、残された人は皆、自分の替わりに傷ついた人を見て、より深く傷つくだけ。だから償いをしたいなら生きてできる道を探して欲しいな」
「あの人の過去には、やりきれない思いが致しますが、アレフさんを見捨てる訳には行きません。それに‥‥復讐では、真の幸福は得られないと思います。あの人の為にもここで彼を止め憎しみと悲しい思いの連鎖を止めなくては‥‥」
 その為に私達は来たのだとルメリア・アドミナル(ea8594)は静かに告げた。冒険者達は皆頷く。
「でも、皆さんを危険な目に合わせるわけには‥‥」
「だ〜っ! もうごちゃごちゃ言ってなさんな! 元よりあたしは頭が煮えてんだ。自分の甘さと行動の未熟さにね! それを挽回したいと思うのはあたしの勝手。だから、あんたはあんたで自分のやるべき事をすればいいんだよ!」
「‥‥あたし、ではなくあたし達‥‥ってことで、パトリアンナさん」
 遠慮がちに言うアイリス・ビントゥ(ea7378)の声を聞いて、こほんとパトリアンナ・ケイジ(ea0353)は息と思考を整えた。
「‥‥シャロン殿。いつか言ったはずです。子供は、言わなきゃわからないと。すれ違ったままでいいのかと。父上殿と会った時もそうだったでしょう、言わなきゃわからないことがある。言ってあげなきゃいけないことがあるでしょう!」
「シャロンさんはアレフさんを、その、信じていないんですか? 今までお父様の影響もあってあまり熱心でなかったかもしれないですけど、必ずジェラルドさんを超えますよ」
「あたしは、アレフが一人前になるのを見届けるまでが仕事だと思ってます。だからあなたのするべきことは、ここで躊躇っていたり命を間違った形で賭す事じゃない」
「‥‥子供がいる方が死んではいけません。今のアルシュ様は貴方が罪を償うつもりでお一人で行ったからといって父親と同じ道を歩んでいるアレフ様を解放する保障はありません。‥‥どうか私達に力を貸して下さい。貴方とアレフ様双方を守れる最後の可能性を」
「必ず助ける、とは言えません。ただ、全力を尽くしますどうか、助太刀させて下さい」
 イシュカ・エアシールド(eb3839)とフェリシア・フェルモイ(eb3336)。二人の神職者達の思いやりも心に染みるが、まだ彼女は一歩を踏み出せないでいた。
 二十年の罪はそれほどまでに重く、彼女の心を縛っているのだろうか。決意したような足音が響き、パン! 乾いた音が場に響いた。
「‥‥あっ!」
 横に動いたシャロンの顔。上げられた香織の手が彼女の頬を叩いたのだと冒険者達が気付くより早く香織はシャロンの顔を両手の平で挟んで自分の方へと向けさせた。
 彼女は抵抗しない。真っ直ぐに瞳を覗き込んで香織は怒鳴っていた。その目に涙さえ浮かべて。
「あなたはアレフさんを殺したいのですか? そして、シャルロットさんを独りにしたいのですか? 二人を幸せにしてあげたくはないんですか? 彼らと幸せになりたくないんですか?」
「でも、私には幸せになるなんて‥‥そんな権利は‥‥」
「人は誰でも幸せになる権利、いいえ。義務があるんです。不幸な過去は過去として見据えて、未来への道を歩んで下さい。それが貴女の義務です!」
「貴女がご主人を失った時の気持ち、子供達に味合わせないであげてね。あの歳で両親を喪うのは早すぎるわ」
 手を離し、背を向けた香織の肩をぽんと叩いて慰めてからエルシード・カペアドール(eb4395)はシャロンに手を差し出した。震えながら、躊躇うように、だが自らの手をシャロンはしっかりと差し出された手に重ねた。冷たく重い感触はエルシードの手に移る。
「さてと、時間はそんなに無いと思うんだ。アレフさんの体力の問題もあるしね。シャロンさん、その辺はどう? 日付は指定されてた?」
 わざと明るめの声でカルナック・イクス(ea0144)は空気を動かした。シャロンは顔を上げる。
「‥‥ご存知だったんですか?」
「ええ、皆、貴方達のことを心配しているのよ。この事を教えてくれたのは家の方達だし、貴女の手助けを依頼してきたのは‥‥」
「お父様‥‥」
 問いにエルシードが返したのは頷き。彼女は目を閉じて手を前へと組んだ。祈るように‥‥。
(「私は‥‥包まれている‥‥」)
 そして瞳を再び開けたとき、冒険者達はそこに、今まで見たことの無いシャロンの強い、決意を見た。
「私に、でなくてかまいません。アレフを助けるためにどうか力を貸して下さい」
「ま〜だ、そんなこと言ってるの? あたし達は義によって助太刀しにきたんだから心配むよーよ!」
 ふわりと浮かんだケミカ・アクティオ(eb3653)がエヘンと手を腰に当てる。彼女の頬に笑みが浮かんだ。そして、頭を下げる。
「では、どうか‥‥お願いします」
「もっちろん。こっちからもお願いするわ。一緒に来て、そしてアレフを一緒に助けましょ。ね?」
 冒険者達の首が全て縦に動く。そして‥‥心と共に前へと歩み始めていた。

●二十年ぶりの邂逅
 そこは花の咲き乱れる美しい場所だったと、シャロンは言っていた。
 今は、丁度春の盛り。草の合間、木の影に美しい色が顔を覗かせている。
「本当に、こんな所はピクニックにでも来る場所だよな。血で濡らすような場所じゃない‥‥」
 小さく呟きながらもパトリアンナはやぶ睨みの目で木陰を見つめた。太い呼吸音に、煌く鋼の光。弓に矢を番えながら横で目を瞑る魔法使いに聞く。
「あのあたりにいそうだが‥‥どうだい?」
「‥‥ええ、おそらく見張りだと思います。あちら側と、そうそちら側に一人ずつ。奥に行く途中にも何人か、隠れているようですね。奥の広場という所は‥‥まだはっきりとは解りませんが‥‥」
「そうか。今射抜くことはてきるのはできるけど、一気に倒さないと相手に気取られるね‥‥。一度、皆の所に戻ろうか?」
「その方がいいかもしれません」 
 先を行くパトリアンナの背を見つめつつルメリアは、一度だけ森の奥を振り返った。
 細い、人の通った道。その奥に確かにある気配。
「彼らに思いは届かないのでしょうか‥‥、いえ、言っても仕方ないことではありますが‥‥私は見届けたい」
「何してるんだい? 行くよ!」
 思わずにはいられなかった。微かな願いと思いは今はまだ届かないと知っていても‥‥。

「森の真ん中あたりにね。こうぐるっと周囲を木々に囲まれた広場みたいな所が本当にあったよ。空から見えたのはこっちから見てのこの辺に兵士が三人くらいいて、奥のほうにその魔法使いっぽいのがいた、ってことまでだけど‥‥」
 ケミカは細い木の棒で地面にぐるりと輪を書いて、偵察の結果を仲間達に報告。先ほどのパトリアンナとルメリアの話と総合して、なんとなく敵の配置が理解できた。
「家令さんの話しからして彼の手駒はおそらく十人前後。二人と三人、ということは五人前後は森の中に隠れているってことだね」
 注意しないと、とカルナックは指折り数えながら呟いた。
「あと、馬での移動はお勧めできないよ。場所は森の中だ。よっぽどの騎乗の腕が無いとキツイんじゃ‥‥」
「解ってる。だが、あえて俺はやってみようと思っている。意表をつけるからな。問題は‥‥」
「OK。でも無理はしちゃダメだよ。ドラグノフ。ジノさんを手伝ってあげて」
 主の命に頷くように軍馬は嘶く。
「神の愛ゆえにこのお仕事を受けましたが、それは同時に、相手の方々を傷つけるお手伝いをする事でもあります‥‥。神の愛は無限。ですが世界の全てに愛と平和をもたらす事は、まだ遠い事。この事件も互いに誰の血も流さずに解決すると言うことは難しいのでしょうね‥‥」
 呟くフェリシアに視線が注ぐ。甘い考え、という厳しいものから、仕方ないという諦めたような眼差し。
 そして‥‥
「ですが‥‥できる限り流れる血は少なくしたいものです。アレフさんの未来の為にも‥‥」
 同意する同じ神の使い。彼の優しい瞳も。
「無論手加減はできないでしょう。ですが、ソードが伯爵に、今回の件に関わったものの処罰を厳しくはしない、という言質を貰っています。事がなった暁には投降を認めて下さい」
 そう言ってイシュカは仲間達を見つめ。
「下手な手加減はこっちの命が危なくなるからね。約束はできないよ。だけど、ま、努力はしてみよう」
 ぽりぽりと頭を掻きながらパトリアンナは呟いた。今はそれで十分だ。
「じゃあ、行きましょうか。いい? シャロンさん?」
「‥‥はい」
 静かに立ち上がったエルシードはシャロンにそっと手を差し伸べた。手を取り立ち上がった彼女を守るように燐や香織、ルメリアやフォーリィも付き従う。さらに後方をフェリシアとイシュカが付く。残り半分は彼らの背中を今は見送るように動かない。
「シャロンさん。アレフ君に魔法がかかるかもしれない。でもパニックにならないで。後で安全に元に戻せるしアレフ君を守る為だから驚かないでね。まあ、そんなことにならなければ一番いいんだけど。んじゃ!」
 ケミカだけはそう言って空に向かって消えた。
 約束の刻限まであと少し。命運を賭けた会談がもうすぐ始まる。
「シャルロットさんも、お父様も待っています。絶対に無茶はしないで下さい」
 香織がそっと囁いた言葉に頷いてシャロンはドレスの裾を持ち上げた。かつて、婚約者だった彼と共に時間を過ごした頃と同じように。あの時は自分が馬に乗り、彼が馬を引いてくれた。
 しかし、今は足で歩く。それが二十年の間の変化なのだから。

●奪還
 木々を潜り抜けた森の向こうに、彼はいた。だが、母親の視線は足元に踏みつけられるようにして倒れる我が子に先に行った。
「アレフ!」
「か‥‥あ‥‥さ‥‥‥‥。みん‥‥な」
 足は動かない。無理矢理、服の首元を持ち上げられ、立たせられたアレフの首元には冷たいナイフが当てたれていた。
「一人で来い、って言うのは確かに忘れていたが、まさかここまでぞろぞろ護衛を連れてとはな。息子の命なんてどうでもいいってことか?」
「アルシュ‥‥」
 鼻を鳴らす魔法使いから庇うように右と左からフォーリィとエルシードがシャロンの前にスッと立った。感情の無い瞳で魔法使いアール。いや、アルシュは手を払う。
「お前らに用事も興味も無い。とっとと下がれ。邪魔だ」
「どうせ、私達が来るのは予想していたんでしょ? でなきゃ女一人の迎えに衛兵を侍らす必要なんてないもの」
「とりあえず話の邪魔をするつもりはないわ。だから、暫くここにいさせて」
 広場を取り巻く兵達が踏み込もうとするのを、アルシュは目線で止めた。
「‥‥お前の言ったとおりか‥‥」
「何?」
「なんでもない。だが、邪魔するなら容赦はせん」
 それはとりあえず話を聞いてくれる、という意味だとフォーリィは安堵したが同時に戦慄もする。
 今の行為はアルシュが兵達を完全に従えているということであり、目に見えない意見さえも理解する洞察力を雇われ兵達が持っている、ということなのだから。
「アルシュ。お願い。アレフを返して‥‥」
「シャロン。二十年ぶりの再会の第一声がそれか? 期待したわけではないがそれよりも、何よりも先に言うことがあるのではないか?」
 ナイフを持った右手の甲。そして、手首にかけて黒褐色に変わった大きな痣が見える。
「‥‥あっ‥‥。ごめんなさい。許してアルシュ‥‥。貴方を傷つけてしまったことを、貴方を裏切ってしまったことを‥‥」
「母さ‥‥ん?」
 膝を折り、頭を下げシャロンは目の前のもと婚約者に謝罪する。それは、まごう事無い真実の思い。だが‥‥その謝罪を受取るべき魔法使いは微かに口元を歪めただけ。
 物言わぬ笑いに
「どうしたっていうのよ。シャロンさんに謝らせたって言うのにその顔は!」
 口出しはしまいと決めていたが思わずフォーリィの口から悪態にも似た言葉が出た。彼女には許せなかったのだ。アルシュがシャロンの真剣な謝罪に見せた顔は、同見ても侮蔑と嘲笑。
 彼は小さく呪文を唱えると指でアレフの首筋をトンと突いた。
「あっ!」
 小さな悲鳴とパリパリという微かな音。白い亀裂は足元からアレフを侵食し
「か‥‥、アル‥‥」
 その身体を物言わぬ石像に変えた。
「キャアア! アレフ!」
 草むらに倒れこむ石像をもはやなんの感情も持たずに蹴り倒すと、アルシュはそのナイフを握りなおした。後方で様子を見つめていたイシュカの手が振るえる。
「兄弟同様に育ったジェラルド様と愛した方の血を引くアレフ様を殺さずにいたのは‥‥まだシャロン様達への愛情も残っていたからではないのですか? 何故、こんな酷い事を!」
「‥‥やはり愚かな女だったのだと思っただけだ。まだジェラルドの方が解っていた。俺が、何に怒っていたのかを‥‥な」
「えっ?」
 一瞬、その場に居た誰もが思考を静止した。彼の言は蔑む以上に目の前の女を見下げ果てたという顔で虫けらのごとく見つめている。
「愛する女、か‥‥二十年、こんな女を憎いと思っていたとはな。我ながら時を無駄にしたものだ‥‥」
「それは‥‥どういう‥‥」
「だが、事を終えない限り俺は前に進むことができん。消えろシャロン。ジェラルドの所へ行け。行って教えてもらうがいい。自らの犯した本当の罪を‥‥。逃げるがいい。冒険者。さもなくば手加減などしない」
 指が上げられ茶色の光が彼を包む。
「アルシュ!」
「危ない!」
 冒険者達は横飛びに飛んだ。だが、遅れたシャロンと彼女を庇ったイシュカとエルシード、そしてルメリアは宙に浮かぶ。
「きゃああ!」
 叩きつけられる悲鳴と、同時衛兵達が踏み込んでいく。
 一方的な惨殺になるかと思われた場で
 キン! シュンシュン! 風を斬る弓の音、そして斬戟が響き渡った。
 今まで身を潜めていた冒険者達が、絶好のタイミングで場に割って入ってくれたのだ。
 馬上からのハルバードを巧みに旋回させ、ジノは先頭に立って今まさに切りかからんとしていた兵を逆に切り伏せていた。
「ブラハ号とグレトム号は衛兵たちを倒して、皆を助けてね」
 主の命に動物達は躊躇うことなく飛び込み敵のバランスを崩していく。香織に迫りそうだった一撃はグレトムの足止めで間に合ったアイリスが
「えい! やあ! たあ!」
 と打ち倒す。
「待ちやがれ! アルシュ!」
 踏み込みかけたパトリアンナの側には彼を庇うように兵士が立つ。襲い掛かってくる敵の攻撃を弓を捨てヘビーシールドで彼女は受けた。
 見張りを倒すのに弓を使ったが投げレンジャーの異名を持つ彼女は何よりも接近戦を得意とした。
 シュン!
 レンジャーの本領を発揮して木陰から敵に向かって矢を射るカルナック。その攻撃は動く敵故なかなか当たるものではないが注意を逸らすには十二分。そのわずかな隙を見逃さずにパトリアンナはシールドを地面に置くと兵をひっつかみ地面に叩きつけた。
「うあっ!」
 天地返しに叩きつけられた背筋に走った衝撃は屈強の男さえも悲鳴を上げる。
「この投げレンジャーの前に、防御など何の役にも立たん。かかってくるなら来い!」
 冒険者達のコンビネーションで、衛兵達との戦闘は有利に進んでいる。敵の数は目に見えて減ってきている。
 だが当然、全員が無傷ではすまなかった。
 バチン!
「うわああっ!」
 シャロンに迫ってきた男を燐はとっさにスタンガンで遠ざけた。その隙にルメリアがライトニングサンダーボルトで狙い撃つ。結果男は地に伏せた。
「‥‥うっ!」
 斬りつけられた腕を押さえ膝をつく燐にシャロンとフェリシアが駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
「今、傷を塞ぎます!」
 白い光が彼女を包む。息を荒げる燐を不安そうな、そして辛そうな顔が見つめる。
「これくらい‥‥大丈夫。気にしないで」
「でも、私のせいで‥‥」
「ダメだよ。気にしちゃ。死んで責任を取ろうなんてもっとダメ。貴方が死んだら二人が悲しむし、もっと自分を追い込むようになる。貴方は二人にそうさせたいの? 過去に縛られるのはもう止めて。過去ばかり見てたら先には進めないよ?」
「はい‥‥」
「解ったら下がって。大丈夫。石になってるってことはそれ以上殺されるってことは無いんだから‥‥」
 燐はシャロンを香織に託し森の奥に目をやった。今は、まだ言葉も届かない場所で魔法の光が何度も交差している‥‥。
「アルシュさん‥‥」

 そこは魔法が乱れ飛ぶ闘技場もかくやの戦場。シャロンを後方に下げ、唯一、兵達との戦いから抜け出てそこに辿り着いたフォーリィも手を出すことさえ叶わずただ剣を握り締めるだけだった。
 魔法の光の発生。それを見計らって空で様子を見ていた急転直下。真下にいるであろう魔法使いに向けて羽ばたきを止めて落下した。
 その中、用意していたアイスコフィンを魔法使いではなく、彼の手の中にいる存在に向けてかける。
「ごめんっ、少しだけ我慢して! ってええ!」
 既に固まって石と化していた青年は、さらに氷の中に封じ込められる。
「なに? って、ぼんやりしてる暇は無かったんだ! 考えるのはあとあと、よ〜し、やーいやーい間抜けーっ! シフール一匹に掻き回されて恥ずかしく無いの〜!」
 飛びのいた魔法使いは挑発に乗るようで乗らない。顔色を変えることなく無言で呪文を唱え、ケミカに向けて放った。
 だが、それはケミカが狙っていたこと。
 刹那のタイミングで氷の鎧が身を包み、呪文はかき消された。物理攻撃の魔法で
 ホッとした笑顔でさらに挑発をかける。
「はい残念、あなたの魔法は効かないわ♪ 修行に20年費やしたらしいけど、私は今年で61歳なの‥‥って、キャアア!」
 冷静さを失わせ、仲間を待とうとそんな考えを許すほど、目の前の魔法使いは甘い存在ではなかったようだ。急にかけられた負荷に羽根が重くなる。その隙をついて再び黒い波が彼女を襲う。
「うわああっ!」
「おしゃべりをしている暇があったらかかって来るがいい。これ以上時間の無駄などごめんだ!」
「もう、何すんのよ! いいわよ。武道会で幾多の英傑の剣を掻い潜り、ジアースでは悪魔とも戦った私の魔力、受けてみなさい!」
 かくて二人の魔法戦が始まる。能力的には互角に見える戦い。だが、時間が立つごとにケミカが押されているのが誰の目にも明らかだった。体力差と戦闘力。魔法以外の戦闘方法を持たないケミカと、基本的な体術を身につけていたアルシュとのそれが差である。
「うわっ!」
「邪魔をすると言うのならお前達にも容赦はしない!」
 追い詰められ、地面で息を荒げるケミカにナイフの刃が迫る。そこに
「ええい! ソニックブーム」
 見えない衝撃派が割って入った。とっさに飛び退るアルシュとケミカの間にフォーリィがその身と攻撃を滑り込ませたのだ。
「ケミカさん、大丈夫? ‥‥アルシュ。見なさいよ。あんたの仲間達はもう殆どが倒されようとしてる。それでも、まだ戦うっていうの? 復讐をまだ諦めらんないっていうの!」
「‥‥愚問だ。俺の二十年はその為だけにあった。ジェラールを殺した時から、もう後戻りなどできん!」
「‥‥アルシュ! うっ!」
「きゃあっ!」
 彼の指先が呪いの様に光、冒険者達にまた負荷をかける。手に持ったナイフが鈍く光る。
「‥‥確かに、こちらが劣勢になってきているようだな。だが、俺は諦めん‥‥」
「そう‥‥でも、無理よ。あんたは彼女を殺しても幸せになれない‥‥」
 ぱき、足元で木の枝が折れる音がする。負荷を振り切りフォーリィは立ち上がった。その瞳がアルシュにも負けない暗い光を放つ。
「復讐、それだけを考えてきた人が救われることなど有り得ない。あんた復讐をなし終えた後の自分が普通に生活してる姿ってのを想像できる‥‥。ほら、もう既にあんたの心は自らが殺したジェラールに囚われている‥‥ 」
 蔑む口調でフォーリィはアルシュに言い放つ。明るいかつての彼女の面影はそこにはない。戦闘の緊張感によってもたらされた‥‥ハーフエルフのそれは狂化であった。
 だが、彼はそれすらも笑い飛ばす。
「ハハハ、ジェラールの名前を知らぬ者が口にするか? そうして、俺の復讐を止めさせようとするか。だが、残念だったな。俺はこの世の誰も、何も信用しない。自ら以外は全て裏切ると知っているからだ!」
「そう、ならば、せめて殺してあげた方が‥‥あんたの為よね!」
 狂気を抱いた者同士が向き合い地面を蹴った。シールドを投げ捨て、一気に彼女はアルシュに向かって踏み込んだ。再び襲う重力の波。だがそれすらも突き破って彼女の剣は真っ直ぐに敵に向かった。
 そのスピードに疲労の溜まっていた身体は反応しきれない。
「くっ!‥‥」
 ザクッ。
 抵抗は無かった。聖剣は腹を破り背中に通る。剣を伝わって滴る血。
「‥‥最後の最後‥‥で、自分自身の努力‥‥さえも‥‥俺を‥‥裏切る‥‥か‥‥」
 フォーリィは躊躇わず、剣を抜き取る。剣と手に支えられていたアルシュの身体はそのまま崩れるように地面に落ちた。
「それは違う。努力はあんたに答えた。ただ、あんたが信じなかっただけ。自分自身を‥‥」
 魔力が尽きかけていたのかそれとも他に理由があったのか。彼が自らの全力魔法をかけてきていたら破れたかどうかは解らない。
 確実だが弱い魔法を選択したおかげで、彼女は踏み込めたのだ。
 勝者は立ち、敗者は敗れる。命運はここに決した。

●遠い光、輝く時
 戦いが終わり、地面に伏した男は微かな呻き声を上げていた。
 疲労で一歩も動けないケミカは、さっきと逆。フォーリィが掲げた剣をその行為を呆然と見つめていた。
「さよなら‥‥。何も信じられない、哀れな男‥‥」
 白銀の光が陽精霊の力を弾く。その時
「待つんだ! それ以上やっちゃいけない!」
 フォーリィの腕をジノがきつく握り締めた。皆も総出で取り押さえる。
「何?」
 感情の消えかけたハーフエルフの瞳をジノは苦い思いで見つめつつイシュカとフェリシアを促す。二人は頷いてアルシュの傷に手を翳した。
「これは、互いの信念と意地の通し合いだ。アレフを助けられたなら、アルシュは死なせない。アレフの料理を食って貰わなきゃ困るんでな‥‥。それに、こいつも心配している」
 掴んでいたフォーリィの手を後ろへと身体ごと向かせ、それに触れさせた。ほのかな温もり。
「ドラグノフ‥‥‥‥あ、あたしは‥‥」
 戻った光にホッとしながらジノはアルシュを一瞥し、近くに倒れていた氷柱を立てさせた。
「アレフ‥‥」
 駆け寄ったシャロンは喜びと不安の入り混じった目でそれを見つめる。
「大丈夫ですよ。氷は直ぐに自然に溶けるし、石化は彼女達でも、教会でも治せるそうですから」
 気遣う香織の言葉に安堵の涙を流す。
「こっちは、持ち直しました。でも、もう‥‥魔力はすっからかんです」
「俺たちの方は気にしなくていい。薬もあるしな‥‥」
 言いながらジノはイシュカの肩を軽く労うように叩いた。すれ違うように目を閉じたアルシュの側に燐は近寄った。聞こえるかどうか解らない。だが本当は最初に贈りたかった歌を彼に聞かせたい。
「♪〜〜」
 思いを込めて、燐は歌う。
「過去に思い出を思い出して〜。懐かしく暖かい気持ちを〜。
 人を愛して人の為にあった頃の自分を〜 人を愛して人の為にあった頃の自分をどうか、どうか思い出して〜」
 彼女の歌声が聞こえたかどうかは知る術は無い。
 だが‥‥
「あら?」
 振り返ったフェリシアは彼の瞼の下に微かな光を見た気がした。
 それが何であったかは定かではないが‥‥。

 街に戻った冒険者は、ある場に立ち会う機会を得たという。
 それは、聖なる教会にて。
 白い石柱に血が通い、生き返る瞬間。
「‥‥かあさ‥‥ん? シャル‥‥ロット?」
「アレフ!」「お兄ちゃん!」
「なんとかなったようだな‥‥」
「良かった。本当に良かった」

 教会を離れてからも、彼らの心の中にはいつまでも、彼らの美しい笑顔が輝いていた。