マスカレイダー2〜残忍、丸ごと蠍男

■シリーズシナリオ


担当:マレーア

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや易

成功報酬:4 G 34 C

参加人数:12人

サポート参加人数:2人

冒険期間:06月04日〜06月13日

リプレイ公開日:2005年06月12日

●オープニング

 アンジェは花屋の看板娘。今日一日の仕事を終え、アンジェは部屋の小さな祭壇に祈りを捧げる。
「神様、お休みなさい。アンジェとパパとママの幸せが末永く続きますように。アーメン」
 そしてすやすやと眠りにつくアンジェ。父と母は同じ部屋のベッドの上で、既に安らかな寝息を立てている。
 アレクス・バルディエ卿の街エスト・ルミエールで花屋を営むアンジェとその父母は、つつましくも勤勉に働き、庶民として平和な暮らしを営んでいた。
 だがその夜、アンジェ一家の幸福は、邪悪なる者によって踏みにじられたのである。
 ゴソ‥‥ゴソゴソ‥‥。
 怪しい物音に気づいてアンジェは目を覚ます。
「あの音‥‥何なの‥‥?」
 真っ暗な部屋の中、傍らで眠る父と母を起こし、奇怪なる音に耳を澄ます。
 ゴソゴソ‥‥ゴソゴソ‥‥。
 音は部屋の暖炉の上から聞こえる。何かが煙突を降りてくる。
「盗人が忍び込んだか!? 俺が相手してやる! おまえ達は外に出てなさい!」
 父の声に従い、アンジェは部屋のドアを開く。次の瞬間、アンジェは悲鳴を上げた。ドアの向こう側には松明を手にした髑髏男が立ち並び、逃げ道を塞いでいたのだ。
「フォッフォッフォッフォッフォッフォッフォッフォッ!」
 くぐもった不気味な笑い声と共に、暖炉から異形の者が現れる。煙突からの侵入者は、その奇怪なる姿を松明の光の中にさらけ出した。
「きゃあああああっ!! 悪魔っ!!」
 悲鳴とともにアンジェの喉を突いて出た言葉の通り、その姿はまさしく悪魔であった!
 素顔を隠すマスクは尖った角、飛び出した目玉、長きクチバシを備え、さながら巨大な毒虫の顔のごとし。その全身はぬめぬめと黒光りする皮装束にくまなく覆われ、さらにその両手には蠍のハサミによく似た鉄製の巨大なグローブ。その姿はまさに巨大な蠍であった。まさに丸ごと蠍男の名が似つかわしい。
「出たな化け物! この俺が相手だ!」
 勇敢にもアンジェの父は棍棒を振りかざし、丸ごと蠍男に打ちかかった。が‥‥!
「バルルルル!」
 信じられないほど素早い動きで、丸ごと蠍男のハサミグローブが動く。その一撃で棍棒を弾き飛ばし、続く二撃で父の体を張り倒す。
「きゃあ! 父さんが!」
「あなた! しっかりして!」
 アンジェの父は床に倒れてただ呻くばかり。娘と妻の呼びかけに返事もできず。
「フォッフォッフォッ! お嬢さん、お初にお目にかかる。我は骨十字軍武術指南、地獄の大蠍バルタンなり!」
 耳にするもおぞましいしわがれ声で怪人が名乗りを上げた。
「さあ受け取るがいい! 地獄からのプレゼントだ!」
 配下の髑髏男たちが、携えてきた箱の中味を部屋中にぶちまける。
「きゃああああああーっ!!」
「きゃああああああーっ!!」
 アンジェと母の悲鳴が二重唱となって響き渡る。恐怖に見開かれた二人の目に移った物は──毛虫、毛虫、毛虫、毛虫、毛虫、毛虫、毛虫、毛虫、毛虫、毛虫、毛虫、毛虫、毛虫、毛虫、毛虫、毛虫、毛虫、毛虫──部屋中ところ構わずはいずり回る毒毛虫の群!
「フォッフォッフォッフォッ! ではさらばじゃ!」
 抱き合ったまま恐怖に震える母娘にはもはや目もくれず、丸ごと蠍男と髑髏男たちはアンジェの花屋から足早に立ち去る。そこへ現れたのが、悲鳴を聞いて駆けつけた見回り兵二人組。
「何者だ! 怪しいヤツめ!」
 居並ぶ髑髏男たちがさっと左右に散る。次の瞬間、見回り兵の視界一杯に広がったのは、奇怪な雄叫び張り上げて突進してくる怪人の姿。
「バルバルバルバルバルバルバルバル!!」
「うぎゃ!!」
 どくわぁぁぁぁぁん!!
 ハサミグローブの強烈な一撃が、見回り兵の片方を文字通り吹っ飛ばした。
「見たか! 必殺技、蠍パンチじゃ!」
 残る見回り兵は、怪人に恐怖の眼差しを向けて後退り。
「うわっ! こっちに来るなぁ!」
「バルルルル!」
 ぼがぁ!! ハサミグローブの一撃で見回り兵は張り倒され、気がつけばうつ伏せに転んだ体の上に怪人が乗っかり、その手と足で見回り兵の下半身を絡め取っている。
「フォッフォッフォッ! 地獄の蠍固め、存分に味わうがよいわ!」
 下半身の関節が不自然な方向にぐいぐいねじ曲げられ、腰に、足に、激痛が走る!
「や、やめろぉ! やめてくれぇ! うぎゃああああああああーっ!!」
 哀れな叫び声は唐突に途絶える。あまりの痛みに見回り兵は悶絶、意識は闇に落ちた。

 その翌朝。街は騒然となった。負傷した見回り兵は教会に担ぎ込まれ、花屋の回りには黒山の人だかり。バルディエ配下の兵たちが毒毛虫の後始末に大わらわの一方で、花屋の看板娘アンジェはすっかり打ちひしがれていた。
「私たち‥‥もうこの街で暮らしていけない‥‥」
 事件を知り自ら駆けつけたバルディエの前に、兵の一人が報告に現れた。
「また、例の脅迫状です。壺の中に納められ、事件の現場に残されていました」
 骨十字の印章で封印のなされた、あの脅迫状である。

──────────────────────────────────────
悪逆非道にして不埒なる成り上がり者領主、アレクソン・バルディエに物申す。
人倫を踏み外したる数々のその罪業、天はこれを大いに怒れり。
よって我ら骨十字軍は、天の正義をここに執行す。
汝の領民は汝の罪の報いを受け、その頭上に毒虫の災禍が雨霰の如くに降り注がん。
この世にも恐ろしき大災禍を免れたくば、
汝の悪行により成したる財物全てをうち捨て、
残るその一生を罪滅ぼしの苦行の旅に費やすがよい。
杖とボロ服以外の一切の物を携えず、裸足でノルマン全ての町々を巡り、
その犯したる大罪を衆人の前にて大声で懺悔し、泣いて天に許しを乞うのだ。

                  骨十字軍武術指南 地獄の大蠍バルタン
──────────────────────────────────────

「誰がアレクソンだ? また俺の名前を間違えおって」
 脅迫状に目を通して一言呟くとバルディエは、こんな下らぬ事件にいつまでも付き合ってられるかと言わんばかりに、簡潔な言葉でケリをつけた。
「ウィステリア・トーベイ、後は卿(おんみ)に任せる」
「御意」
 背後に控えた女騎士が即座に答え、バルディエは振り向きもせずに立ち去っていく。
「して、これが脅迫状が収められていたという壺ですか」
 ウィステリアは証拠品の壺を子細に観察する。欠けとひび割れが目立つ古びた壺だ。しかも壺に描かれている紋章は、ノルマン王国に縁のあるものではない。
「これは、ローマの壺ですね。何か心当たりは?」
 問われて兵は答える。
「かつてはこの地で激しい戦いが行われたこともあり、当時の砦の跡も少なからず残されています。そこからこの壺のような遺留品が見つかることも、珍しくはありません」
「成る程。この壺が骨十字軍の手中にあったということは、彼らはローマの砦跡を根城にしているものと考えられます。もしかしたら、その根城で大量の毒毛虫を繁殖させているのかもしれません。ならば、マスカレイダーの力によってその根城を見つけだし、即刻叩き潰すまでです」

●今回の参加者

 ea1842 アマツ・オオトリ(31歳・♀・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea2031 キウイ・クレープ(30歳・♀・ファイター・ジャイアント・イスパニア王国)
 ea2832 マクファーソン・パトリシア(24歳・♀・ウィザード・エルフ・フランク王国)
 ea3475 キース・レッド(37歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea4100 キラ・ジェネシコフ(29歳・♀・神聖騎士・人間・ロシア王国)
 ea4582 ヴィーヴィル・アイゼン(25歳・♀・神聖騎士・人間・ビザンチン帝国)
 ea6647 劉 蒼龍(32歳・♂・武道家・シフール・華仙教大国)
 ea7463 ヴェガ・キュアノス(29歳・♀・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 ea7569 フー・ドワルキン(55歳・♂・バード・エルフ・イスパニア王国)
 ea8397 ハイラーン・アズリード(39歳・♂・ファイター・ジャイアント・モンゴル王国)
 ea8417 石動 悠一郎(35歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea9513 レオン・クライブ(35歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・ロシア王国)

●サポート参加者

ミーファ・リリム(ea1860)/ シンザン・タカマガハラ(eb2546

●リプレイ本文

●マスカレイダー集結
「おのれ馬公め! 今度こそとっ捕まえて‥‥え? 今回は違うのか相手。‥‥んー、バルタンねえ、何だか忍者みたいなヤツだな」
 依頼期間の初日。待ち合わせ場所に現れるなり口にする石動悠一郎(ea8417)。だが、そんな彼にシフール武道家・劉蒼龍(ea6647)が、つい余計な一言。
「ま〜とにかく、迷わずここに来られたのは褒めてやるよ」
「ふん! そう何度も道に迷ってたまるか!」
 何せ悠一郎はとんでもない方向音痴で有名。実はここまで来るまでにも、仲間に道案内してもらっていたり。
「え〜、今度は蠍男? おまけに毛虫!」
 先の戦いの丸ごと馬男も酷かったが、今度の怪人もそれに輪をかけて酷い。だが、負けてなるものか! マクファーソン・パトリシア(ea2832)はその双眸に熱き闘志の炎をめらめらと燃やす。
「ところでわたくしのマスカレード、水のウィザードらしく青いマスクをお願いしたいところだけど‥‥」
「色付きのマスカレード、もう少し待っていて下さらない? 今、職人に頼んで鋭意作成中だから、とりあえず色付きのマフラーで」
 マスカレイダーの仕切り役、謎の女騎士ウィステリア・トーベイはそう言って、水色のマフラーをマクファーソンに手渡した。
「蒼龍のブルーと区別するため、貴女の暗号名はウォーターブルーにしましょう」
「何か長ったらしいけど、まあいいか」
 ここでウィステリアはハイラーン・アズリード(ea8397)に顔を向け、
「ハイラーン、あなたの希望も聞いておくわ」
「まあ、特に希望はないし、この前と同じで。金ぴかとか‥‥」
「分かったわ。金ぴかね」
「‥‥いえ、イエローで」
 集った冒険者の中には新しい顔ぶれもいる。まずはヴェガ・キュアノス(ea7463)。
「正義の味方‥‥良い響きじゃ。しかしバルディエ閣下も妙な輩に目を付けられたものじゃな。このヴェガ、微力ながらお手伝いをば」
 にっこり笑ってウィステリアに訊ねる。
「ところで、そなたと骨十字軍の因縁を聞かせてはもらえぬじゃろうか? そなたの力になりたいのじゃ。名声だけが目的ではないのであろ?」
 ウィステリアは一瞬口ごもり、苦渋の表情と共に言葉を吐き出す。
「‥‥復讐のためです。私はあのゴロツキ達によって言葉にも現せぬほどの辱めを受けたのです。‥‥それ以上を語ることは、どうかお許し下さい」
 その表情にその口調、妙に芝居がかって見えたのは気のせいだろうか?
 ヴィーヴィル・アイゼン(ea4582)も、これが初の顔合わせ。
「ヒーローものですね、任せてください! 昔から大好きだったのです!」
 ヒーローもの即ち英雄譚。ヨーロッパに住む者なら誰でも子どもの頃、吟遊詩人が引き語る英雄の冒険に心ときめかせた覚えがあるだろう。
「ちょっと、いいかしら?」
 ウィステリアはヴィーヴィルの銀の髪の毛をすうっと手で梳(す)き、微笑む。
「とても美しい髪だわ。貴女にはこの髪によく似合うシルバーの暗号名を授けましょう。マフラーは‥‥そうそう、あれがいいわ」
 ウィステリアが荷物箱の中から取り出したのは、見るからに高価そうな銀色の毛皮のマフラー。
「銀狐のマフラーよ。シルバーの貴女にはぴったりね」
「これを私に!? ありがとうございます! ‥‥でも、今の季節だとちょっと暑苦しくないですか?」
 などと楽しそうに話している二人を見やりながら、キース・レッド(ea3475)は心中でぶつくさ。
(「‥‥やれやれ、冒険者は役者でも着せ替え人形でもないんだが。悪ふざけが過ぎるぞ、ウィステリア。‥‥もしや、君はあの紅蜘蛛の中の人か?」)

●示唆
 陰の風が吹き滅の雨が降る。初夏と言うに、未だ心の中に吹き荒ぶ木枯らし。悩みと恥にやつれし身を持て余し、流離いの中に朽ちかけていた。その名をアマツ・オオトリ(ea1842)と言う。尋ねてくる筈もない彼女の元へ、一人の吟遊詩人が訪れたのは、日が天頂に差し掛かる頃。箒と竪琴を持ち、仮面で素顔を隠すその人物は歌う。

♪日出処(ひいずるところ)に勇士有り 威・智・信の備う若き虎
 主君に纏う奸賊を 一触に斬る誠有り

 されども主君の御不興は 出仕許さず籍削り
 奉公を解く何処なり 参れと宣らせ給うなり

 友胞去りてあざ笑う 人の誹りを一身に
 真(まこと)の友は只三人(みたり) 去りゆく彼を引き留めぬ

 真っ先駈けて突進し 殿(しんがり)護り戦場(いくさば)に
 武勇を示す者は誰(た)ぞ 仮面の騎士と人ぞ謂う

 素顔を隠し戦場に 屠りし敵は十有五
 重ねる勲(いさお)何者ぞ 戦(いくさ)の神か稲妻か

 この働きぞ健気なれ 真(まこと)の騎士の粋(はな)と知れ
 主君は讃え誉めつれば 三人(みたり)の騎士は声高に

 今この彼を召し抱え 馬前に置きて走らせば
 御身に敵う者は無し 名君の業(わざ)弼(たす)けまし♪

 吟遊詩人は、笑みを浮かべこう言った。
「あなたの為すべき事を成しなさい」

●エスト・ルミエールにて
 バルディエの街エスト・ルミエールに到着するや、冒険者たちは調査にかかる。まずは事件の現場、アンジェの部屋から。
「この部屋中が毛虫だらけか。考えただけでも‥‥いや想像したくないな」
 気色悪すぎな想像はさっさと中断し、ハイラーンはぎゅっと拳を握りしめる。
「とにかく、そのふざけた輩を捕縛せねばな。前回の馬男を取り逃したのは悔やまれるが、今回は必ず! 逃さず! ところで、蠍男が残していった物は他にないか?」
 調べたが、ローマの壺以外に遺留品は残されていなかった。
 アンジェはすっかり打ちひしがれ、台所の隅にうずくまったまま。両親も為す術もなくただおろおろ。
「怖いの‥‥」
 消え入りそうな呟きを聞きつけ、ヴェガはそっとアンジェの手を握った。
「怖がるでない。わしらが付いているぞえ」
「‥‥ありがとう」
 主ジーザスは我が巌、我が砦、我が救い主──。厳かに祈りの言葉を唱え、笑顔で話しかけるうちに、アンジェとその両親の顔にも幾分明るさが戻った。
 その後、ヴェガはヴィーヴィル、蒼龍と共に街で聞き込みを行ったが、不審人物が出入りしている気配はない。ただ、街人から気になる話を聞いた。街に働きに来ている奉公人の数名が、数日前から行方不明になっているというのだ。無事だといいのだが。
 フー・ドワルキン(ea7569)も聞き込みを行っていたが、
「ドワルキン、久しぶりじゃないか」
 向こうから声をかけてきた者がいた。以前に街で出会ったバードのマーレー、どことなく怪しいので気になっていた男だ。
「これはこれは、久しぶりだね」
「あんたの顔は特徴あるからすぐに分かったよ。蠍男の件で呼ばれて来たのかい?」
「只のネズミ捕りだよ。キミも仕事かね?」
「いいや、俺はお気楽な渡り鳥。あまりにも面白い事件が続くものだから、野次馬根性でこの街に滞在中というわけさ」
 話をするうちに、いつぞやの馬男のことが話題になった。
「何でもあの馬は人質をとって、やっとの事で冒険者に相手をして貰ったらしいな。実際にはかなりの実力者だったらしいが、正面から勝負を挑めば人心が離れる事も無かったろうに」
 マーレーにさりげなく水を向けると、
「脛に傷持つ愚か者は何処にだっているものさ。で、あの馬男を相手に、我らがマスカレイダーはド派手な立ち回りを演じたそうじゃないか。ああ、もしも俺がその場に立ち会えたなら、とびきりの英雄賛歌が作れただろうに! とっても残念だよ」
 マーレーの態度は好意的に感じられる。少なくとも表向きには。
 聞き込みから戻ると、フーはさりげなくウィステリアにカマをかけてみた。
「先の事件で我らの窮地を救った謎の女、紅き蜘蛛アルケニーについて何かご存じかな?」
「いいえ、何も」
「アラクネ(アルケニー)は生前、織物の達人だったと言うが‥‥君は『骨』を使ってどんなタペストリーを作るつもりかね?」
 途端、ウィステリアは妙な顔になる。
「おかしなことを言う人ね。骨なんかを使ってタペストリーが織れるのかしら?」
「おかしいか? 我ながら名文句だと思ったが」
 フーの方も、ここは空っとぼけておいた。

●敵の根城
 街の次は領内の調査だ。まずキウイ・クレープ(ea2031)は、城の者から領内の地図を借り受ける。
「あたいの力量だと、こう言うのでフォローしないと追跡は難しいんだよね」
 詳しい地図だ。領内の村はもとより、主立った砦跡もかなりの数が記載されている。その全てを回るのは、馬を使うにしても結構時間がかかりそうだ。
「でもこの砦跡のどこかに毛虫繁殖所があるに違いないわ。必ず突き止めて壊滅させてやるわ、見てらっしゃい!」
 その心に闘志の炎をめらめらと燃え立たせるマクファーソンであった。
 まずは街道沿いの村々での聞き込み調査から始めたが、領内の村では特に手がかりが得られず。
「隣領でも調査をしてみるべきだろうね」
 フーのアドバイスを受け、キース・レッド(ea3475)とキラ・ジェネシコフ(ea4100)は馬で隣領へ向かう。
「ところで、君はなぜこの依頼に加わったんだい?」
 キースがキラに訊いてきた。
「あの方のやる事に、少し興味があるのですわ。新しい道を作ろうとしているあの方にね」
「あの人? ああ、アレクス卿のことだね。で、ウィステリアからマスカレードを受け取ったかい?」
「マスカレードは受け取りません。敵との戦いは他の方にお任せしますので。キースさんも?」
「ああ。僕にはマスカレードも暗号名も要らない。人呼んで『流離いの渡り鳥』‥‥だからさ」
 道中、キースとそんな会話をしながら隣領の村に到着。聞き込みを始めるや、村人が話してくれた。
「この春先の話だがね。毛虫商人を名乗る男がたびたびやって来て、毛虫やらエサになる木やらを高値で買いまくっていったのさ。何でもお隣領の殿様に雇われた錬金術師が、秘薬の材料にするとかでねぇ」
「それで、その錬金術師の居場所を知らないかしら?」
 キラが訊ねる。
「何でも研究を邪魔されぬよう、お隣領の秘密の場所で暮らしているそうな」
 一方、バルディエ領内でも冒険者たちが手分けして調査中。
「うーむ、こちらは‥‥あれ? いつの間にか民家があたりに見えなくなっているような‥‥??」
 相変わらず悠一郎が道に迷っていると、相変わらず胡散臭い黒ローブ姿のレオン・クライブ(ea9513)が、すたすたすたすたと超早い足取りで追いかけて、悠一郎の体をぐるりと南に向ける。
「そのまままっすぐ歩けば街に戻れるからな」
「あ、ありがとう」
「おい、振り返るな。方向がずれたじゃないか」
 再び進路修正。
「‥‥よし、今度こそまっすぐ歩くんだぞ」
 言い残してレオンは次の村へ。韋駄天の草履を履いているから早い早い。あっという間に次の村。
「ねぇ、ヘンな人が走ってきたよ」
「しっ! 見てはいけません!」
 レオンの姿に気づいた農家のおかみが、慌てて子どもを中に入れ、入口の扉をバタリと閉める。
「この辺りで怪しい奴を見なかったか?」
 道で出会った親父に尋ねたレオンだが、
「怪しい奴はあんただろ?」
 逆に言われてしまった。
「う〜む、今一つ聞き込みが捗らんな」
 などと呟きながらもレオンは村から村へ、砦跡から砦跡へと渡り歩き、そうして日も暮れかけてきた頃。
「おおっ! 見つけたぞ!」
 街道に近く、森の陰に隠れて見つかりにくい場所に、その砦はあった。砦には骨と髑髏をあしらった骨十字軍の旗が高々と掲げられ、髑髏の仮面を被った男たちが出入りしている。ここが骨十字軍の根城であった。

●罠の臭い
「おかしいわ」
 根城発見の報を聞いて駆けつけたキラ、しばし森の木陰に身を隠して様子をうかがっていたのだが。
「何だかあからさますぎない? わざわざ旗なんか立てて、発見してくれと言わんばかり」
「砦なら出入り口が複数あるかもしれねぇから、俺は小さな出入り口を見張るぜ」
 シフールの蒼龍が、砦の後方に飛んで行く。
「何だい、後ろ側はがら空きじゃねぇか。出入り口、出入り口っと‥‥おや、こんな所に窓が」
 小さな窓を見つけた。中を覗き込んだら、いきなり視線がかち合った。
「うっ!」
 向こう側に髑髏男がいて、外を見張っていたのだ。
「貴様! 何者だ!?」
 髑髏男の手が伸びる。首根っこを掴まれかけて咄嗟に回避したが、服の端っこを掴まれてしまった。
「うわっ! やめろ!」
 逃れられずじたばたしていると助けが現れた。一匹の鷹が空から舞い降り、髑髏男の腕に嘴の一撃を見舞った。
「痛ぇ!」
 腕が蒼龍から離れ、窓の奥に引っ込む。窮地を救ったのはキースのペットの鷹、ホッパーであった。
「礼を言うぜ、ホッパー」
 蒼龍は仲間の元へ戻り、報告する。
「奴ら、油断してるように見せかけて、実はしっかり待ち構えて外を見張ってやがった。何だか罠の臭いがぷんぷんするぜ」
 キースは偵察隊の一同を見回して言った。
「ならばマスカレイダーにはあえて、敵の罠の中に飛び込んでもらおう。その後で、僕たちが敵の背後を突く」
「ふむ、いいだろう」
「わしらは後から、じっくりとな」
 何やら考えるところがありそうなフーとヴェガが頷いた。
 彼らはまだ気づかなかったが、彼らから遠く隔たった森の中からも、敵の様子を伺う者がいる。純白の戦装束に身を包み、美しい羽根飾りのついた戦乙女の兜を被った剣士だ。白い覆面で顔をすっぽり隠しているので、それが何者かは定かではない。

●はめられたマスカレイダー
 キースたちの別働隊が砦の後方で密かに待機する一方、マスカレイダーの主立った面々は砦の正面に勢揃い。だが、彼らは敵の罠のことなどつゆ知らず。
「見たところ見張りも立てていないし、砦の中から人が出てくる気配もなし。奴ら、完全に油断しきっているな。まずは火攻めで燻り出そう。敵が苦し紛れに砦から飛び出してきたところを、順に撃破だ」
「私は出入り口の前に陣取って、壁になるわね。攻撃は任せるわよ」
 レオンの言葉に答えると、ヴィーヴィルはマスカレードを手早く装着。マクファーソン、悠一郎、キウイ、ハイラーンもマスカレードで素顔を覆い隠す。さあ、火攻め作戦の始まりだ! 予め用意しておいた幾つもの草束に火を点けて、片っ端から砦の中に投げ込んで行く。やがて目にしみる煙がもうもうと立ちこめ、砦の中から髑髏男たちが悲鳴を上げながら飛び出してきた。
「た、助けてくれぇ!!」
 外に飛び出した瞬間、レオンが仕掛けておいたライトニングトラップが発動。
 バシッ!!
「ぎゃっ!!」
 電撃に撃たれて一人目が倒れ、さらに二人目も三人目も四人目も‥‥。飛び出してきた髑髏男たちは皆が電撃の罠にぶちのめされた。
「た、助けてくれぇ!!」
「殺さないでくれぇ!!」
 這い蹲って逃げ回りながら命乞い。
「何だい。もう戦意喪失とは、あっけないな」
 敵の弱さに呆れる悠一郎だが、
「待って。何だかおかしくない?」
 敵のあまりの弱さを訝しんだヴィーヴィル、髑髏男の一人に近づくと、その男は髑髏の仮面を投げ捨て、素顔を露わにして訴えた。
「俺たちはバルディエ様の街で働く奉公人なんだ! あの髑髏の連中に浚われて、無理矢理に仮面を被らされてたんだ!」
「まあ! 何て非道い! 何の罪もない人たちを盾にするなんて!」
 レオンも仮面の下で思わず歯がみ。
「こんな汚いやり口で、俺の魔法を無駄に使わせるとは。つくづく腐った奴らだな」
 奉公人の口から、さらに衝撃的な言葉が飛び出す。
「砦の中には、奉公仲間の子どもたちが捕らえられているんだ! 助けてやってくれ!」
 悠一郎、毅然として言い放つ。
「突入敢行だ。突っ込むぞ」

●危機一髪そして大逆転
 砦の出入り口から中に飛び込むと、そこには世にも気色悪い空間が広がっていた。木製の棚が所狭しと建ち並び、棚の一段一段には木の葉が敷き詰められ、そこに群がる無数の毒毛虫。床や壁や天井にも、棚から這い出した毒毛虫が蠢いている。
 そして目の前には憎むべき怪人、丸ごと蠍男の不気味な姿があった。
「フォッフォッフォッフォッ! マスカレイダーの諸君、我が毒虫の城塞へようこそだ!」
 その腕の中で、人質の子どもが泣き叫ぶ。
「怖いよぉ〜! 助けてぇ〜!」
 と、砦内に陰々滅々と満ち満ちたる気色悪さをかき消すように、名乗りの声が響き渡った。
「マスカレイダー・グリーン見参!」
「マスカレイダー・シルバー見参!」
「マスカレイダー・イエロー見参!」
「マスカレイダー・ブラウン見参!」
「マスカレイダー・ウォーターブルー見参!」
「マスカレイダー・ブラック見参!」
 悠一郎グリーン、ヴィーヴィルシルバー、ハイラーンイエロー、キウイブラウン、マクファーソンWブルー、レオンブラックが颯爽と名乗りを上げて決めポーズ。
「前回の馬糞に加えて今回は毒毛虫とはな。貴様らはよほど品のない行動が好みのようだな。その上に、またしても子どもを人質に取るとは、救いようのないほど腐った奴らめ」
 悠一郎グリーンに続き、レオンブラックが言い放つ。
「それにしても‥‥地道にここまで毒毛虫を繁殖させる労力と資金があれば、街一つひっくり返すほどの陰謀でも企めたろうに。‥‥賞賛物の阿呆だな」
「フォッフォッフォッフォッ!」
 丸ごとさそり男が嘲り笑う。
「賞賛物の阿呆とは、貴様らのことよ! ローマの壺を残したことが罠とも知らず、我らの根城に自ら飛び込んで来るとはな! まさしく貴様らは、ドラゴンの口に飛び込む愚かなシフールだ!」
「罠を恐れて正義の味方がつとまるか!」
 言葉を返し、悠一郎グリーンは油断なく上方に注意を向ける。が、罠らしき仕掛けは見当たらない。
「子どもを返しな! 拒むなら力ずくで取り戻すわよ!」
「フォッフォッフォッ! 取り戻せるなら、取り戻してみるがいいわ!」
 キウイブラウンの言葉にまたも嘲り笑いで答えると、蠍男は子どもと共に砦の裏口へ逃れる素振りを見せる。
「待て!」
「逃がすか!」
 蠍男を追って一斉に駆け出すマスカレイダー。だが、足を踏み出したそこには敵の罠が!
 ぼこっ! 足が床に飲み込まれた。落とし穴だ!
「しまった! 下だったか!」
 グリーン、シルバー、イエローが穴の中に転げ落ち、Wブルーとブラックはかろうじて落とし穴の縁に踏みとどまったが、それを背後から髑髏男たちが突き飛ばす。これでマスカレイダーは無様にも全員が穴の中。その頭上から蠍男の高笑い。
「フォッフォッフォッフォッ! さあ者共、毒虫地獄をとくと味合わせてやるがよいわ!」
「ウイッ!」「ウイッ!」「ウイッ!」
 怪人の命令で、髑髏男たちが情け容赦なくも毒毛虫を穴の中にぶち込みまくる。頭上から雨霰と降り注ぐ毛虫、毛虫、毛虫、毛虫、毛虫、毛虫、毛虫、毛虫、毛虫、毛虫、毛虫、毛虫、毛虫、毛虫、毛虫、毛虫、まさに毛虫地獄!
「うわぁーっ!!」
「またこれかぁー!!」
「おまえらいい加減にしろぉーっ!!」
 毛虫地獄でのたうち回るマスカレイダーを見下し、蠍男は高らかに勝利宣告。
「フォッフォッフォッ! マスカレイダー、ローマの砦に敗るるというわけだ! さあ者共、引き上げ‥‥」
 言葉の途中で、なぜか蠍男の体の動きがぴたりと止まる。
「うあ‥‥なぜだ‥‥体が‥‥動かぬ‥‥」
 そのまま彫像のごとく凍り付く。配下の髑髏男が慌て出した。
「バルタン様!」「どうなさいました!?」
 と、砦の入口から声が響いた。
「ヒーローとは一発逆転、じゃ。そうでなくては面白うない」
 現れたるは深き青のマフラーを巻き、仮面で顔を隠した男装の女。
「貴様! 何者だ!」
 髑髏男の声に応え、仮面の女は凛とした声で名乗りを上げる。
「我が名はマスカレイダーサファイア・青き乙女スピカ」
 仮面の女の正体はヴェガ。つい今し方、蠍男にコアギュレイトの魔法を放って動きを封じた当人だ。
「ほほほ、蠍は蠍らしゅう地に這い蹲るが良いわ! 皆の者、やっておしまい!」
 ヴェガサファイアの背後から、仲間の冒険者たちが躍り出た。

●蠍男の正体
「よくもやってくれたわね!」
 穴の中から助け出されたキウイ、毛虫地獄のお返しとばかりに髑髏男を殴りまくり。狭い場所ゆえ悠一郎もウィップを二つ折りにして振り回し、近づく敵をぶちのめす。
「可哀相だけど我慢してね! 毛虫ちゃん」
 毒毛虫の棚に向かってマクファーソンがウォーターボムをかましていると、子どもの叫びが聞こえてきた。
「助けてぇ〜! 助けてぇ〜!」
 見れば、髑髏男の一人が人質の子どもを抱きかかえて、裏口へ逃げて行く。
「しまった! 子どもが!」
 だが心配には及ばず。髑髏男の前に戦乙女の兜を被った剣士が立ちはだかり、日本刀の峰打ちを髑髏男に喰らわせて、子どもを助け出した。
 気がつけば、髑髏男はことごとく倒され、残るは蠍男一人。ここに至り、かけられていたコアギュレイトの魔法がようやく解けた。
「うわっ! 我が手下どもが! おのれマスカレイダー‥‥ぶはっ!」
 ウォーターボムの水球が顔にぶち当たり、続くはずの言葉を封じる。
「毛虫は嫌いだし苦手だけど、罪の無い毛虫を利用するなんて許せない。覚悟はいいわね。毛虫の分まで食らえ!」
 マクファーソン、高速詠唱ウォーターボムで容赦なく撃ちまくり。
「ぶはっ! ぶはっ! ぶはっ!」
 攻撃くらってふらついた蠍男の前に、キウイブラウンが進み出た。
「おい、変態その2。仲間は居ないぞ。理解出来るかどうか怪しいが、徹底的に不利そうだから降参すればぁ?」
「ばかにするなぁぁぁ!! バルルルル!!」
 その言葉に蠍男は怒り、ハサミグローブ振りかざして打ちかかる。キウイブラウンは咄嗟にサイドステップで避けるが、避けきれず。右の肩に強烈な一撃をくらってしまった。
「うっ‥‥!」
「ふん! 未熟者めが!」
 と、怪人の背後を突き、蒼龍ブルーのシフールキックが左足の膝の裏に決まる。膝を崩してがっくりと前へつんのめる蠍男。
「おのれ! 不意打ちとは卑怯な奴め!」
「ふん! 俺を卑怯呼ばわりするとは、いい面の皮じゃねーか!」
 と、蠍男のマスクの下から、一段と不気味な笑い声が。
「フォッフォッフォッフォッフォッフォッフォッフォッ! シフールの分際で、よくも我をここまで怒らせおったな。これでも喰らうがいい! 必殺技、蠍ミサイルパンチじゃ!」
 凄まじい速さで蠍男の右腕が上下し、腕にはめられていたハサミグローブがすぽっと抜けて矢のように飛び出した。グローブは空中の蒼龍ブルーに真正面から命中。
「うがあっ!! ‥‥こんな隠し技が」
 ハイラーンイエローが背後から飛びかかって取り押さえようとしたが、蠍男はひらりと身をかわし、攻撃喰らって床に倒れた蒼龍ブルーに飛び付いた。
「フォッフォッ! 人質をいただいたぞ!」
 腕で蒼龍ブルーの体をがしっと掴み、脅迫する。
「近づけば、こやつの背骨をへし折ってくれるぞ!」
 と、それまで後方で成り行きを見守っていたフーが、その怪紳士然とした姿を怪人の前に現した。
「革命の士よ、君は何故人心を省みぬ戦いをする?」
「人心など知ったことか。全ては偉大なる骨十字軍大首領様の御心のままに」
「ふむ、ではダモクレスの剣の逸話はご存知かな? 君の器はどれほどのものであろうな」
「ダモクレスの剣だと? そんな物は知らぬわ!」
「そうか。では教えてやろう。これが即ちダモクレスの剣だよ」
 そう言うが早いか、フーは高速詠唱で呪文を唱えた。途端、蠍男が恐怖に叫ぶ。
「うわぁ! やめろぉ! やめてくれぇ!!」
 捕らえた蒼龍ブルーを放り出し、蠍男は両手で顔を押さえて床を転げ回り、そして気絶した。すかさず、ハイラーンイエローががっちり抑え込む。
「これでもう逃げられまい。ところでフー、こいつに何の呪文をかけたんだ?」
「なあに、イリュージョンで幻覚を見せたのだよ。降り注ぐ剣が鎧を切り刻み、素顔が露になってゆく幻覚をね。もちろん、最後の剣は脳天に」
 ヴェガは蒼龍ブルーの怪我を回復魔法で癒し、捕縛された蠍男に目を向ける。
「無辜の良民に怪我を負わせ騒ぎを起こした罪は軽くは無いぞえ。正体を暴き然るべき罰を(にこ)」
「さぁて、こいつの顔を拝んでやろうじゃん」
 蒼龍ブルーが蠍男のマスクを引き剥がす。現れた顔は‥‥いかにも歴戦の傭兵といった感じの、無骨な男の顔だった。
「こいつ誰だよ?」
「初めて見る顔だな」
 取り囲む冒険者たちの間で言葉が飛び交うも、誰もその顔を知らない。まあ、当然といえば当然だが。すると、マスクを剥がれた蠍男が言う。
「貴様ら、傭兵バルタンの名を知らいでか!? 貴様らの雇い主、バルディエのクソ野郎が10年前にしでかした悪事は一生忘れんぞ! あのバルディエの野郎はこともあろうに、酒宴の席でしこたま酔っぱらった俺を襲って有り金をそっくり奪い、身ぐるみ剥いでドブに放り込みやがったんだ! ヤツの悪事を役人に何度も訴えたが相手にされず。俺は身を持ち崩し、場末の酒場で酒に溺れる毎日。その俺を拾ってくれたのが、骨十字軍の大首領様だったのだ! さあ俺をバルディエの所へ連れて行け! 裁判で真相を洗いざらいぶちまけてやる!」
 ‥‥なんだってぇ!? 思わず一同、顔を見合わせる。
「この男の言うこと、本当なの?」
 ヴィーヴィルが疑問を口にするが、答える者は誰もいない。ややあって、ハイラーンが言った。
「とにかく、奴はバルディエ殿の所へ連行する。それが俺たちの仕事だからな」

●仮面に隠したその心
 戦いは終わった。骨十字軍の旗も降ろされ、ローマの砦跡には再び静けさが訪れる。そこからやや離れた所に、砦跡に背を向けて去りゆく女剣士の姿がある。純白の戦装束に戦乙女の兜、白い覆面がその素顔を覆い隠している。
「待ってくれ!」
 背後から駆けつけたのは、悠一郎とキラ。
「子どもを助けてくれてありがとう。せめて、名前だけでも聞かせてくれない?」
 白覆面の女剣士はふと足を止め、短い言葉だけを口にした。
「私に名は無い。ただの影だ」
 森の木陰に繋いであった馬に乗ると、白き女剣士は振り返ることもせず走り去っていった。
(「もう、名乗る事も許されん。この私自身が、私を許せんのだ」)
 その心中の思い、誰が知り得たであろうか?
 残された二人は、ふと思い当たる。あの白き女剣士の声と立ち振る舞い、かつて依頼を共にした冒険者の一人に似ている。確か『シフール報復団事件』の時だ。その冒険者の名は確か‥‥。
「なんだ、こんな所にいたのか」
 キラの背後からキースが声をかけてきた。
「で、何か見つかったかい?」
「それがね、キース。砦には証拠になるような物は見事なほどに何も残されていなかったわよ」
 キースと共に砦に戻ろうとした時、
「しっ!」
 キースが手で制止し、すぐそばの茂みに向かって声をかけた。
「そこに隠れていることは分かってるんだ。出てきたらどうだ、紅き蜘蛛のアルケニー」
「ああもぅ、仕方ないわねぇ!」
 茂みの陰から仮面の女、紅き蜘蛛のアルケニーが姿を現した。前と同様、きわどくも悩ましい姿で。
「私の出番がいつ来るかいつ来るかと待ってたけど、結局出番は横取りされちゃったわ。こんな姿でこそこそ帰るなんて、決まり悪いったらありゃしないわよ」
「アラクネ(アルケニー)は蜘蛛の姿に変えられた愚かで憐れな女‥‥ですわね。貴方達の真の目的は何かしら? 貴女は組織の情報を握っているのでしょう?」
「私の目的? 組織の情報? そんなことをこの場でべらべら喋ったら、私の立場がなくなるじゃないの。自分の身を危うくするようなヘマを、この私がしでかすと思って?」
 そう言うとアルケニーはもはや冒険者たちには目もくれず、とめてあった自分の馬に乗って何処かへと走り去って行った。

●裁き
 さて、領主バルディエの元にしょっぴかれた蠍男バルタンのその後であるが。
「ええい! たわけ者の痴れ言には聞く耳もたぬ!」
 バルタンは相変わらず騒々しくまくし立てたが、バルディエは一切耳を傾けず。形ばかりの裁判が行われたものの、バルタンは弁明の機会を一切与えられなかった。かくして下された裁きは、鞭打ち付きの苦役刑。刑場で背中にたっぷり鞭を食らった後、バルタンは囚人護送用の馬車に乗せられた。道中、余計な事をべらべら喋らぬよう、口にはしっかり口枷をかまされて。
 送られた先は領地の果ての果ての森の中。その地では、毎日のごとく大木を切り出すという過酷な重労働の日々が待っている。これが悪名を馳せたる怪人の、哀れな末路であった。