マスカレイダー3〜陰険、毒吐き蛇女・前編

■シリーズシナリオ


担当:マレーア

対応レベル:5〜9lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 97 C

参加人数:12人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月27日〜06月30日

リプレイ公開日:2005年07月04日

●オープニング

 ノルマンの6月は、愛し合う恋人たちにとって最高の季節。ドレスタットの街に近い花の野原にも、逢瀬を重ねる幸せそうな恋人たちの姿があった。
「ああピエール、私たち最高に幸せよ!」
「僕もだよ、クレア。もうすぐ新しい土地で、僕たちの新しい生活が始まるんだ!」
 将来を誓い合った仲の二人が、エスト・ルミエールの街の話を聞いたのはつい最近。アレクス・バルディエ卿が新たに起こした街の話は、住んでいた街でも色々と話題になっていたのである。二人は心機一転、噂に高い新しい街で新生活を始めようと周旋人に掛け合い、早々にエスト・ルミエールでの働き口を紹介された。ピエールは樽職人見習い、クレアは領主バルディエのお屋敷でご奉公。旅立ちの日はもう間近に迫っている。
「ああ、早く新しい街をこの目で見たいよ!」
「きっと、素晴らしい街に違いないわ」
 燦々と輝く6月の太陽の下、愛し合う二人の笑顔はまさに輝くばかり。
 だがしかし! にわかに湧き起こった黒雲が太陽を覆い隠すがごとく、不気味な竪琴の調べに乗ってどこからともなく聞こえてきた陰気な歌声が、二人の顔から瞬く間に笑顔を奪い去ったのである!

♪世にも不幸なる恋人たちよ 私の歌をよくお聴き
 神をも恐れぬバルディエは 魔王のごとき悪徳領主
 罪なき者をだまし討ちして 成り上がった殺人鬼
 夕べもバルディエのお屋敷で 小間使いの娘が殺された
 だって人食い鬼のバルディエは 人のお肉が大好きだもの
 血のスープで目玉を煮込んで お肉は血のしたたるステーキに
 残った骨は粉にして 畑に撒いて肥やしにするの♪

 その歌はメロディーの魔力がこもったバードの呪歌。乾いた大地に水が染みこむように、毒に満ちた歌は二人の心の奥へ奥へと染みこんでいく。
「ああ、神様‥‥!」
 クレアはピエールの腕の中に倒れ込む。
「クレア! しっかりするんだ!」
 血の気を失ったクレアをしっかと抱きしめて叫ぶピエール。だが、今度はピエールが恐怖におののく番だった。

♪バルディエは税金取りの大悪魔 税金はどんどんどんどん増えていく
 今年は1割 来年は2割 再来年は3割だけど
 年が経つほど税金は増える 4割5割6割7割8割9割と増えていく
 10年経てば無一文 みんな税金に取られて借金まみれ
 そのうち人買いがやって来て 妻は女郎屋に売り飛ばされる
 おまえのかわいい子供たちは みんなまとめて奴隷船送り
 しまいにおまえは野垂れ死に 死体はカラスの餌になるの♪

「‥‥い、いやだぁ! やめてくれぇぇぇ!!」
 ピエールは思わず大絶叫。そして気がついた。目の前に異様な姿の女が立っている。髪の毛も黒なら瞳も黒、おまけに服もブーツも手袋もマントもみ〜んな黒。しかもその服、蛇の皮で作ったような不気味に艶めかしい色つやを放っているが、レザーアーマーにしては‥‥やったら露出度が高すぎる! 黒い服に包まれた肉体は見事なほどに色白で、まさにはち切れんばかりの豊満さ。愛するクレアを腕に抱いているにも関わらず、思わずピエールの視線は怪しい女の胸元に、腰回りに、さらに太股に釘付けになり、そしてやっとのことで女の顔に釘付けになった。女の顔には素顔も分からぬほどの厚化粧がほどこされ、その額には怪しげな蛇の頭飾り。赤い宝石のはまった毒蛇の目がじっとピエールをにらんでいる。
 さらに女の背後には屈強にして怪しげな二人の護衛。その一人は白き獅子の仮面、もう一人は黒き獅子の仮面を被っている。一体何なんだこいつらは!?
 と、女の指がくねくねと動いて印を結び、その口が何事かを囁く。それがチャームの魔法呪文であることなど、ピエールもクレアもつゆ知らず。
「あの‥‥貴女様は‥‥?」
「どこのどなたでしょう?」
 怪しい女は大口開けて高笑い。
「お〜っほっほっほっほっほっほっほっ! 私は栄光ある骨十字軍の女幹部、毒蛇の女王ナージョよっ! そして後ろの二人は私の忠実なる僕、グリームーとジョゴラー。お前達のことはもうバルディエに伝わってるし、早く逃げないとヤツの手下がやって来て、この世の地獄のエスト・ルミエール送りよ!」
 高飛車に毒吐きまくりな女の言葉だが、ピエールとクレアはすっかり魔法の虜。手を取り合って見つめ合う。
「逃げましょう、ピエール!」
「‥‥でも、どこへ?」
 するとナージョが言う。
「そうねぇ。ドレスタットの領主エイリーク様なら力になってくれるんじゃないかしら〜?」
「そうしましょう! エイリーク様の所へ!」
「ナージョ様、ご恩は一生忘れません!」
 一目散に駆け出す二人。それを見て獅子仮面の護衛が言う。
「いいのですか? エイリーク様まで巻き込んで?」
「お〜っほっほっほっほ! 面白ければそれでいいのよ、後は野となれ山となれぇ〜♪ ケセラセラ〜♪ ケセラセラ〜♪」

 数日後、所は変わってエスト・ルミエール。領主バルディエはひどく不機嫌であった。原因はドレスタット領主の下吏からの手紙である。

──────────────────────────────────────
 威名並び無きアレクス・バルディエ閣下 御名を讃えます

 近頃、閣下の噂で周囲の村に避難民が参り難渋しております。
 曰く、閣下に殺されるとか、食べられるとか、
カラスの餌にされるとか、女郎屋に売り飛ばされるとか。

 噂とは申せ筆舌に尽くし難き悪評に、我が主は苦笑を禁じ得ませぬ。
 僭越ながら、然るべき手をお打ちに成られるのが宜しいのでは。
と申し上げる次第です。

                エイリーク辺境伯が臣 オーギュスト・サクス

 なお、このような物が投げ文されておりましたのでお届けします。
──────────────────────────────────────

 手紙と一緒に届けられたのは、もうお馴染み。骨十字軍からの脅迫状である。

────────────────────────
お〜っほっほっほっほっほっ!
悪賢くて腹黒くて、実はとんでもない変態領主の
アレクサーヌ・バルディエに、
ついに裁きの時が来たわよ!
この私が邪悪なお前の正体を一切合切、
ドレスタットで暴露しまくってやるわ!
どうしても許して欲しいなら、
悔い改めの印に素っ裸になって、
ノルマン中の全ての結婚式会場を回り歩いて、
新婚さんと来賓一同に己の罪を懺悔することね!

               毒蛇の女王ナージョ
────────────────────────
 案の定、またしても名前を間違えていた。
 やがて骨十字軍対策担当ウィステリア・トーベイが現れ、バルディエは命じる。
「後は任せる」
 いつもならこの一言で終わるはずが、今回は違った。
「但し、今回はドレスタットに赴いての依頼故、マスカレイダーの行動には条件をつける。一つ、街の物を壊すな。二つ、街の人間に怪我をさせるな。三つ、エイリークとその配下の者たちには見つかるな」
「して万が一、その三つの条件に触れた場合には?」
「正体がバレないうちにとっとと逃げろ。これ以上、エイリークの笑い物になってたまるか! 兎に角、悪い噂をばらまく輩を卿(おんみ)らで何とかしろ。一刻も早くな!」

●今回の参加者

 ea2031 キウイ・クレープ(30歳・♀・ファイター・ジャイアント・イスパニア王国)
 ea2832 マクファーソン・パトリシア(24歳・♀・ウィザード・エルフ・フランク王国)
 ea3475 キース・レッド(37歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea4100 キラ・ジェネシコフ(29歳・♀・神聖騎士・人間・ロシア王国)
 ea6561 リョウ・アスカ(32歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ea6647 劉 蒼龍(32歳・♂・武道家・シフール・華仙教大国)
 ea7463 ヴェガ・キュアノス(29歳・♀・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 ea7569 フー・ドワルキン(55歳・♂・バード・エルフ・イスパニア王国)
 ea8397 ハイラーン・アズリード(39歳・♂・ファイター・ジャイアント・モンゴル王国)
 ea8417 石動 悠一郎(35歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea9513 レオン・クライブ(35歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb1259 マスク・ド・フンドーシ(40歳・♂・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)

●リプレイ本文

●封印のマスカレード
「‥‥にしても前回の相手の末路はなんと言うか、まあ悪人には相応しい末路なのだろうがイマイチ‥‥いや、これは言わぬべきか」
 石動悠一郎(ea8417)のその言葉を受けて、
「ハハハ! んん〜我輩、彼ら骨十字軍にひっじょーにシンパシーを感じるのだが!! やはり着ぐるみはダメであるな!」
 豪快に言い放ったのはマスク・ド・フンドーシ(eb1259)。
「んでは! 我輩こそイギリス‥‥」
 言いかけて、キース・レッド(ea3475)の嘆かわしい視線に気づく。
「そんな悲痛な顔をせんでくれ〜、同郷のレッド青年よ!! イギリスではフトゥーであるぞ、フトゥー☆」
「最近、自警団の選抜試験で活躍されている様だが‥‥やはりその格好か」
「ま、我輩の協力する自警団選抜試験が延期になってしまったからの〜」
 人目はばかる公の場では、きちんと礼装するようになったらしきマスクだったが、今度の依頼では元通り。半裸、褌一丁の覆面姿。‥‥本当にこれがイギリスでは普通なのか!?
 話を戻そう。前回、着ぐるみ怪人・丸ごと蠍男をローマの砦跡に見事葬ったマスカレイダーだが、またも怪しい敵が現れた。
「今度の敵は毒蛇のナージョ。次から次へとまぁ‥‥」
 マクファーソン・パトリシア(ea2832)は半分呆れ顔。気を取り直し、キースが提案する。
「ビブロ一味にしてやられた冒険者たちの例もある。敵はこちらの情報工作を逆手に取ってくるかも知れない。皆、十分に気をつけて。単独行動は控えて欲しい。まずは情報収集だが、可能な限り『黒十字軍』や『ナージョ』と言った具体的な単語の使用を控えよう。マスカレイダーの関係や、僕らの正体を逆に探られかねない。荒事はご法度、みんないいね?」
「情報集めか‥‥苦手だなぁ〜。ぶん殴って倒す仕事なら、何も考えずに済んで楽なのによぉ」
 軽口叩いたシフール武道家・劉蒼龍(ea6647)に、マクファーソンがきつい目を向ける。
「蒼龍、あのね‥‥」
「分かってるって。アレクスの命令の『街を壊すな』『町の人を傷つけるな』は厳守するつもりだぜ。とりあえず、基本的な行動は、パトリシアさんの護衛かな? 女性を守るのは男の仕事だしな。‥‥身長とか関係なく」
 その言葉がマクファーソンの微笑みを誘う。
「確かに、傍に男の人がいてくれるのは心強いわ。この際、身長は関係なしで」
「そうそう、聞き込みではいつもと違った恰好していくぜ。骨十字軍のやつらが気付いて、騒ぎ立てる可能性もあるからな」
「あたいも服を換えなきゃね」
 そう言うキウイ・クレープ(ea2031)はいつもの小間使い風の服装。
「こんな服着たジャイアントなんて、あたいくらいだからね。‥‥だけどレオンのその恰好も相変わらずよねぇ」
 かたや、エスト・ルミエールでは怪しい黒ローブ男で通していたレオン・クライブ(ea9513)は、服を普通の緑色のローブに変えただけ。
「ローブを変えるだけでも、中身を誤魔化す程度の真似は可能だろう。‥‥中に人が入っている事は忘れろ」
 大まじめで答えるレオンであった。
 かくしてお馴染みのマスカレードは封印され、あくまでも一般人を装った調査が始まった。依頼の初日は、避難民たちの避難先となった村の調査だ。

●魔の手を逃れて?
 ドレスタットから街道を少し下り、小さな川を渡った所が『たんぽぽ村』の入口である。どこにでもあるような小さな村だ。橋のたもとの番小屋にはエイリークの遣わした番兵たちの姿。聞いた話では、ここが避難民の相談受け付け所だとか。
「あのぉ‥‥」
 キウイが声をかけると、番兵がにやりと笑う。
「おや、お嬢さんたちもバルディエの魔の手から逃げて来たわけかい?」
「いいえ。噂が気になったので、ちょっと話を」
 キウイの姿は小間使い風から一転、髪を三つ編みにした田舎の娘風だ。番兵の話では、押し寄せた避難民たちは村の教会や農家などに仮の宿を与えられ、村の者たちが世話を焼いているという。教会の場所を教えてもらい、冒険者一同で向かうことになった。
 小さな教会の扉を開けると、祈りの声が聞こえてきた。
「主よ、悪魔バルディエの魔の手から我らをお守りください」
 礼拝堂の中には30人ばかりの若い男女がひしめいている。
「あの‥‥話を聞いてやって来ました。私はエスト・ルミエールでの奉公を希望する者なのですが、噂の真偽を確かめたくて」
 話を向けるヴェガ・キュアノス(ea7463)は、いつものクレリックの姿ではなく、農家の娘を装っている。髪型や口調も変えているから、普段のヴェガを知る者でもそう簡単には気づくまい。なにしろヒーローは神出鬼没。それはさておき‥‥。
「エスト・ルミエールにだけは行ってはだめ!」
 案の定、避難民の娘たちから異口同音に答が返ってきた。
「領主のバルディエは世にも恐ろしい悪魔よ!」
「皆さん落ち着いて。何処で何があったか、それだけで良いので聞かせて欲しい」
 悠一郎の言葉で娘たちは落ち着きを取り戻し、少しずつ話し始めた。
「親切なバードのナージョ様が、教えてくれたのよ」
「ああ、最近この辺を騒がしているという女流吟遊詩人ですね。彼女のことについて、もっと詳しい話をお聞きしたいのですけど、宜しいかしら?」
 キラ・ジェネシコフ(ea4100)が訊ねると、避難民たちは教えてくれた。ナージョの姿恰好はかくかくしかじか。その二人の従者の恰好もかくかくしかじか。そして避難民たちは誰もがナージョの歌によって、バルディエの恐ろしさを聞かされていた。
「で、その変態だけど、どの辺りに出没するんだい? そんな変態に遭うような道は通りたくないんだよ」
 キウイの言葉に、避難民の若者たちがムキになって突っかかった。
「失礼な! あの素晴らしいナージョ様を変態呼ばわりするなんて!」
 憤る彼らをなだめすかすのが大変だったが、ナージョの出没地点を地図に点で記していくと、それは見事に街道筋に沿って並んだ。
 その後も詳しい聞き込み調査が続き、全てが終わったのは夕刻。その教会からの帰り道で。
「税金どころか血肉までも搾り取る吸血鬼、借金の方に領民の女子供を人買いに売り飛ばす大罪人か。いやはや‥‥」
 避難民から聞き集めた罵詈雑言のほんの一部を口にして、フー・ドワルキン(ea7569)はにんまり笑う。
「いつの世も、貴人の悪名はいい商品というわけだよ。特にバルディエ殿のような、出すぎた杭はな」
 罵詈雑言の数だけで言えば、途方もない収穫である。その全ては、ナージョが歌に乗せて避難民たちに聞かせたものだ。しかも避難民たちは、全てがエスト・ルミエールへの移住希望者であった。
「敵は間違いなく、バードの月魔法を使っているね。これまでの脅迫状では毎度名前を間違えるので、バルディエ殿に反感を持つどこぞの将軍とやらが、似たような名前の奴に恨みを持つ者を誘導していると思ったんだが。今回の敵がバードとなると、仮説を見直すべきかな?」
 それを聞き、ハイラーン・アズリード(ea8397)が何気なくぽつりと口にする。
「どう考えてもバルディエ殿の名前、間違えているというよりありゃわざとだな」
「それにしても、今回の脅迫状の要求は微妙な内容だな。‥‥ナージョは結婚式に特別な思い入れのある行き遅れか何かか?」
 レオンの発したさりげない言葉に気づかされ、皆は一瞬沈黙する。ややあって、
「ともかく、あの様な品の無い輩をこのままのさばらせておいてなるものかえ。‥‥きちんと教育してやらねばの(にこ)」
 ヴェガがいつものクレリックの顔でほくそ笑んだ。

●ドレスタットにて
 依頼2日目はドレスタットでの調査である。マクファーソンは蒼龍を伴い、買い物しながら店主や客にそれとなく訊ねて回ったが、
「へぇ、二人の下僕を従えた悩ましい厚化粧の女バードねぇ‥‥」
「貴族の殿方の夜のお遊び相手かね?」
「だったら夜の色町を回って探してみなよ」
 ナージョについてはろくな返事が返ってこない。
「で、話は変わるけど、エスト・ルミエールにバルディエ卿はかなり力を入れてるらしいわよ。移住できる人は幸せよねぇ」
「幸せだってぇ?」
 話し相手は可笑しそうに吹き出した。
「どうしたの?」
「いや、おかしな噂が色々あるからね」
 一方、ハイラーンもジャパンの修行者を名乗り、街の広場で聞き込みをしていたが、こちらも成果は今一つ。
「ここ最近で何か印象深い出来事はなかったか?」
「印象深い出来事なら‥‥ほら、あそこを歩いてるよ」
 訊ねた男が指さす方を見て、ハイラーンは絶句。そこにはキースとマスクの二人連れがいた。マスクは例のごとく例のあの恰好で。キースはマスクを指さしながら、人々に尋ねて回っている。
「こんな風体で、仮面を被った連中を知らないか?」
 そんな質問に皆は大笑い。うち、一人から答があった。
「この近くの『どん詰まり』って酒場に行ってみな。お仲間さんのたまり場だよ」
 あまり期待はしていなかったが‥‥。夕刻、キースとマスクは件の酒場に足を運ぶ。そこそこに繁盛している店だが、はっきり言って客の柄が悪い。獣耳の飾りにかぶり物、天使と悪魔の羽根飾り、半裸の体に絵を描いたり。皆が皆、奇抜な恰好で浮かれ騒ぐ中、けたたましい声で歌っているのはウサ耳付けた派手な仮装のバードだ。
「何だ、この店は‥‥」
 と、店に足を踏み入れたマスクに、客の視線が一斉に集まった。
「おおっ! ドレスタットの有名人のご登場だ! イギリスのナイト殿に乾杯っ!!」
 客のエールに包まれ、マスクはすっかり上機嫌。
「ハハハ! 我が輩の名声がこんな所にまで広がっていたとはな!」
 マスクの周りの客の輪はどんどん広がるばかり。
「こんな所で有名になってもな‥‥」
 キースは他人のふりして、そっとその場を離れた。
 店の中で騒ぎが始まったのは、その時である。
「ここで会ったが百年目アルよ!」
「黙れ! おまえさえいなければ!」
 華国人の武道家と、刃物を振り回すシフールの大喧嘩だ。二人の顔にマスクは見覚えがあった。
「おおっ!? 君たちは氷華とクシュリナではないか?」
 過日の依頼で、マスクは二人と顔を合わせたことがある。
「試験官殿! こいつのせいで不合格アルよ!」
「五月蠅い! 悪いのはお前だ!」
「待て待て。気持ちは分かるが、店で乱闘はいかんぞ」
 説得を始めたマスクだが、二人の怒りは治まらず、ぐちぐち文句を垂れ続ける。すると、店で歌っていたウサ耳バードがマスクの前に進み出た。
「高名なるナイト殿、ここはこの私めにお任せを。聞けば二人は望む職にありつけず、自棄になっている様子。ならばこの私が働き口を世話して差し上げましょう。色々と伝がございますので‥‥」
 その様子を見守っていたキースの肩を、とんとん叩く者がいる。振り向くと、レオンとマスクの姿があった。
「街に流れるアレクス卿の噂の出所を探って、辿り着いた先がこの店だったが‥‥」
「まさか、こんな所であのマーレーに出会えるとは、驚きだね?」
「あれがマーレーだって?」
 フーの言葉に、思わずキースはウサ耳バードの顔に視線を向ける。派手な仮装で最初は分からなかったが、よく見るとエスト・ルミエールで顔を合わせたことのあるバードのマーレーだった。幸いというか、マーレーはマスクの存在にすっかり気を取られ、他の冒険者の存在には気づかぬ様子だ。

●囮作戦
 もしやと思い訪れた斡旋所で、ヴェガは興味深い人物を目撃した。斡旋人と噂話に興じるシフール少年である。やがて少年が飛び去ると、ヴェガは斡旋人に訊ねた。
「先ほどの少年は?」
「ああ、ウーマって坊やだよ。よく遊びに来るもんでね」
 エスト・ルミエールで聞き覚えのある名だ。ウーマが斡旋所に目を光らせている骨十字軍の密偵なら、バルディエ領への移住希望者ばかりが狙い撃ちされる理由の説明がつく。ならば、それを逆手に取る手もありだ。
 さて依頼3日目、引っ越し希望者を装ったキウイ達が斡旋所を訪れる。
「あたい達、エスト・ルミエールで働きたいんだけど」
「それは良かった。最近、途中で逃げ出すヤツが妙に多くてね」
 すぐに働き口を紹介され、冒険者たちは引っ越しを装った馬車を仕立てて街道を行く。
 おや? 道の先で誰かが歌っている。あの厚化粧にきわどい恰好、ナージョに間違いない。二人の従者も一緒だ。冒険者たちの馬車が止まると、ナージョは歌いながら歩み寄って来た。

♪この道は地獄への道 大悪魔バルディエの住処への道
 さあ引き返すなら今のうち 命があるうちにお逃げなさい♪

「こういうこともあろうかと‥‥」
 用意した耳栓を耳に詰めるキウイ。
「あれが毒蛇のナージョ? コスチュームも悪趣味ねぇ。着る物で色気出そうなんて根性ひん曲がっているわね」
 マクファーソンがそう口にするや、キウイが呟いた。
「でも、この道引き返した方がいいかも‥‥いやな予感するし‥‥」
 耳栓をしても、歌声は心に直接影響を与えていた。

♪バルディエは悪魔 バルディエは人殺し
 バルディエは大罪人 バルディエは神に背く者♪

 心の声が囁き始める。──あんな罪深いバルディエの依頼、考え直した方がいいんじゃない?
「やめろ! そこまでだ!」
 馬車の荷物の陰に隠れていたリョウ・アスカ(ea6561)が飛び出した。と同時に、悠一郎が馬車から素手のソニックブームを放つ。ナージョの竪琴が砕かれ、歌声が止まった。
 アスカは戦士の眼差しでナージョに歩み寄る。二人の従者が身構える。
「手荒な真似をするつもりなら覚悟しな」
 シフールの蒼龍が空中から従者に牽制をかけ、一触即発の空気が漂い始める。
「お止めなさい」
 一同を制したのはキラの声だった。
「今ここで戦わない方が、貴女のためですよ」
 さらにバードのフーが言う。
「同業者同士、無粋な真似はよし給え。我々は同志だろう?」
 するとナージョが微笑んだ。
「あなた達、ただ者ではないと見たわ。だけどそうまでして、あの悪逆非道なバルディエの側につくと言うの? 地獄に落ちる前に引き返しなさい」
 道端に止めてあった黒い馬車に乗り、ナージョ達は去って行く。その馬車に呼びかけるフー。
「私のパトロンに何時か紹介したいものだ。きっと君の事をお気に召すだろう」
 ややあって、後方から様子を伺っていたヴェガがやって来た。
「皆、無事で何よりじゃな。早速、バルディエ殿に報告を‥‥どうしたハイラーン、何でそんな暗い顔をするのじゃ?」
 ハイラーンもしっかりメロディーの魔法の影響を受けていた。しばらくはバルディエの名を聞くだけで、いや〜ないや〜な気分になりそうだ。