マスカレイダー4〜陰険、毒吐き蛇女・中編

■シリーズシナリオ


担当:マレーア

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや易

成功報酬:3 G 71 C

参加人数:12人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月13日〜07月18日

リプレイ公開日:2005年07月21日

●オープニング

 ここはドレスタットに間近い『たんぽぽ村』。橋のたもとにある番小屋に、旅芸人一座の馬車がやって来た。
「あのぉ〜、ちょっとお聞きしていいかしらぁ〜ん?」
 馬車から降り、番小屋に詰める番兵に尋ねたのは、竪琴を手にした女芸人。その姿を見て、番兵は胡散臭そうに顔をしかめた。
「君は、誰だね?」
「見ての通り、旅芸人の女の子よんっ!」
「女の子って、何年前の話だそりゃ?」
 女の子にはまるで似合わぬ厚化粧。胸元も太股も露わなヒラヒラドレスに包まれた肉体は、目のやり場に困るほどに豊満で、今にもドレスを弾き飛ばさんばかり。
「うふふふ。あたしってば、年増に見られがちなのよねぇ〜☆」
 女芸人は軽やかにステップを踏み、しなやかに両手をくねらせてくねくね舞い踊る。目のやり場に困りつつも、門番の目はその姿にしっかり釘付けに。しかし胸元と太股に目を奪われるあまり、女芸人の口が紡ぎだした言葉の意味するところと、その手が形作った魔法印に気づかなかった。──女芸人の唱えた呪文は、チャームの呪文であった。
「まあとにかく、まずは君の名前を聞こうか?」
 番兵の顔に好意的な笑みが浮かぶ。早々に呪文の虜である。
「うふふ。あたしは『たんぽぽ一座』の花形芸人、ポリアンネよんっ☆」
 馬車から芸人達がぞろぞろ降りてきた。ネコの仮面を被った二人の男、ウサ耳付けた女ジャイアント、そしてエキゾチックな東洋風の衣装を着たシフール。
「あたしの仲間達を紹介するわねっ☆ 曲芸師のポッジーとネッガー、それに新入りさんのフローリスにナクシュリーよっ☆」
「君たちはもしかして、この村での興行をお望みなのかな?」
「実は、そうなのよん。あたし達、たくさんの人がこの村に避難してきたって噂で聞いて、やって来たの。ほんとに悪領主のバルディエって、悪魔のように酷いヤツだわ!」
「おいおい、滅多な事を口にするもんじゃない」
 番兵は人差し指を口に当てる仕草をする。
「まあ、悪い噂が洪水のようにはびこっているのは事実だが、全部が全部事実と決まったわけじゃないしな」
「それはそうだけど、でもたくさんの避難民がこの村にいることは事実でしょ? だから私達、その人たちを少しでも慰めるために、この村で慈善興行をしたいのよ。エイリーク様はお許しになってくれるかしら?」
「そうだな‥‥」
 ドレスタット領主エイリークから派遣されて来た番兵は、しばし考え込む。
「俺達が命じられた仕事は避難民を保護し、これ以上騒ぎが大きくなるのを防ぐことだ。興行自体は構わないが、バルディエ卿の悪口を言いふらすのは困る」
「そういうことなら、『バ』の人の悪口はナシってことで。催しで歌う歌は、エイリーク様を讃える歌だけにするわね。これならいいでしょ?」
 ポリアンネは竪琴を奏で歌い出す。

♪ああエイリーク様 貴方はまさしく我ら太陽
 貴方は弱きを守る盾 悪しきを打ち砕く剣
 ノルマン中の乙女という乙女は 皆あなたの名を褒め称えます
 雄々しき貴方の姿を思わぬ日が 一日たりともあり得ましょうか♪

 その歌にメロディーの魔法がかかっていることなどつゆ知らず、番兵は歌に聴き惚れた。
「いや何とも、素晴らしい美声だな。そういう事なら俺も大歓迎だ。俺からも上役に申し伝えておこう。ああそれから、この村で興行するなら村の村長にも会って話を通して来い」
「とってもありがとうっ! エイリーク様にもよろしくねっ☆」
 ポリアンネは村長の家へ駆けて行く。
 その翌日。『たんぽぽ一座』の慈善興行は許可され、芸人たちは鳴り物入りで宣伝を始めた。ポリアンネはにこやかな笑顔で避難民達を元気づける。
「落ち込んだ時に一番元気になれるのは、『良かった探し』をすることよんっ☆ さあこれから毎日、みんなで良かった探しをしましょ〜☆ 今日も悪い『バ』の人に狙われてるけど、エイリーク様が守ってくれるから、良かった良かったぁ〜☆」
 そんな彼女たちの様子を、密かに探る者がいる。一見、村の慰問に訪れた貴婦人。しかしてその正体は、アレクス・バルディエ配下の骨十字軍対策担当ウィステリア・トーベイ。素顔を隠すベールの下で、鷹のように目を光らせる。
「どう見てもポリアンネの正体は、毒蛇の女王ナージョに違いないわ。二人の従者はナージョの僕のグリームーとジョゴラー。新入り二人は、ドレスタットの酒場でスカウトされた氷華とクシュリナね。さて、どうしてやりましょうか?」
 ウィステリアはしばし考え、やがてほくそ笑みがその顔に浮かぶ。
「折角だから、この機会を利用してあげようじゃない? ナージョの尻尾を掴むいいチャンスだわ。見物人でも飛び入り芸人でも何でもいいから、とにかくマスカレイダーを奴らと接触させて、骨十字軍の情報を掴ませてやりましょう。‥‥そうそう、慈善興行に参加するマスカレイダー達には、バルディエの名を禁句にさせておかなきゃ。避難民達が怯えて騒ぎ出したら、全てが台無しになりそうだもの。勿論、先に依頼人から出された条件の遵守も、徹底させるわよ」

●今回の参加者

 ea2031 キウイ・クレープ(30歳・♀・ファイター・ジャイアント・イスパニア王国)
 ea2832 マクファーソン・パトリシア(24歳・♀・ウィザード・エルフ・フランク王国)
 ea3475 キース・レッド(37歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea4100 キラ・ジェネシコフ(29歳・♀・神聖騎士・人間・ロシア王国)
 ea6561 リョウ・アスカ(32歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ea6647 劉 蒼龍(32歳・♂・武道家・シフール・華仙教大国)
 ea7463 ヴェガ・キュアノス(29歳・♀・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 ea7569 フー・ドワルキン(55歳・♂・バード・エルフ・イスパニア王国)
 ea8397 ハイラーン・アズリード(39歳・♂・ファイター・ジャイアント・モンゴル王国)
 ea8417 石動 悠一郎(35歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea8851 エヴァリィ・スゥ(18歳・♀・バード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ea9513 レオン・クライブ(35歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・ロシア王国)

●リプレイ本文

●計略
 ナージョは依頼人バルディエに怨みを持つ者ではないかと予想したキラ・ジェネシコフ(ea4100)は、怨みの理由を突き止めるべく調査を始めたが、短い依頼期間内で出来るのはドレスタット近辺の調査のみ。仲間の吟遊詩人などを当たってみたが、成果はまったく上がらない。
 そのナージョが新たに雇った氷華とクシュリナとは、かつてエヴァリィ・スゥ(ea8851)が別件の依頼で顔を合わせたことがある。
「二人ともかなりの手練れ。油断は禁物です」
 自分の知る情報を仲間に伝えておく。
「で、私は世間の裏の事情を知る人間を装い、ナージョ一味に接触したいのだが‥‥」
 自分の計画を話し、フー・ドワルキン(ea7569)はウィステリア・トーベイに協力を求めるが、
「私の存在をナージョ達に明かすのは勘弁してもらいたいわ」
 彼女は明らかに乗り気ではない。
「何故だね?」
「その‥‥私はナージョみたいのが凄く苦手だし‥‥」
「しかし、キミは骨十字軍の対策係として雇われたのだろう?」
 そう言われては嫌とは言えない。
「分かったわ。協力します。‥‥実は、ナージョ達をおびき出す秘密のサインを知っているの」

●たんぽぽ村へ
 『たんぽぽ一座』の派手な宣伝で、たんぽぽ村を訊ねてくる人が増えた。勿論、その中には冒険者達も混じっている。
「酔狂な冒険者達が見舞い代わりに救援物資を用意してるんだが、こちらに話は来てないのか?」
 橋のたもとの番小屋でレオン・クライブ(ea9513)が訊ねると、番兵は顎で村を指す。
「お仲間さんはもう何人も来ているようだな」
「ところで驢馬がへばったんで、できれば手伝ってもらいたいんだが」
 番兵がレオンの後に付いていくと、レモンの篭を背負ったロバが道端に座っていた。
「どうした、喉が乾いたか? 今、水を持ってきてやる。‥‥ありゃ?」
 気がつくとレオンの姿が消えていた。
 石動悠一郎(ea8417)は木彫りの人形の行商人を装い、村に乗り込んでいた。生業が木彫師だから腕は達者だ。
「ジャパンから来たんだって!?」
「流石はジャパン人、器用だねぇ」
 避難民の若者たちは木彫りの熊や人形に見入り、その幾つかは早くも買い手がついた。
「ところで話に聞く『たんぽぽ一座』、どのような人達であろうか?」
 訊ねると、避難民達は異口同音に答える。
「とっても楽しい人たちよ」
「歌と曲芸で私達を元気にしてくれるの」
 ハイラーン・アズリード(ea8397)は悠一郎の連れとして、さりげなくナージョ一味を観察。連中は見事に芸人を演じきっている。挨拶しようと近づくと、氷華に呼び止められた。
「オマエ、強そうアルな」
「おまえも、な」
 氷華はいきなり、ハイラーンの顔めがけて拳を突きだした。ハイラーンは右の手の平で素早く受け止める。氷華がにやりと笑った。
「一度、オマエと勝負したいアル」
 傍らから声がかかった。
「フローリス、ここで揉め事は起こすなよ」
 声の主はネコの仮面の男だった。
「済まぬな。血の気の多いヤツでね」
 前回、ナージョと顔を合わせている劉蒼龍(ea6647)は、正体を隠すため怪我人を装い、顔に包帯を巻いて村にやって来た。ところがそのおかげで大騒ぎ。
「大変よ! 大怪我したシフールがいるわ!」
「あなたもバルディエから逃げて来たの!?」
「きっと、あの悪魔に酷いことされたんだわ!」
 あっという間に避難民の娘たちに取り囲まれた。
「私達が手当てしてあげる!」
「誰か、教会の司祭様を呼んで来て!」
「大丈夫、お布施のお金は私達が出してあげるから!」
 咄嗟に、蒼龍は機転を働かせて答える。
「悪ぃ、実は怪我は直ってるんだ。だけどバルディエの追っ手の目をくらますためには、この恰好の方がいいのさ」
 すると、今度はリョウ・アスカ(ea6561)が取り囲まれた。
「まあ! あなたもバルディエの所から逃げて来たのね!」
 やはりナージョに顔を知られたリョウは、女装で顔をごまかした。髪を下ろし、服装もそれっぽく。言葉遣いも変えている。だが避難民の娘たちは、目ざとく女装を見抜いた。
「あの‥‥私は‥‥」
「隠すことはないのよ。私達が味方になってあげる。そんな恰好で逃げて来たなんて、きっとバルディエの悪魔に口では言えないような恥ずかしい事をされたのね!」
 ここは善意に誤解している彼女たちに合わせるしかなさそうだ。
「おい君達、頼みがある」
 やって来たのは、レモンを積んだ驢馬を連れた番兵。
「君達の仲間っぽいのが、驢馬と積み荷を置いたまま消えちまった。悪いが、君達で引き取ってくれ」
 一方、避難民の娘を装ってナージョ一味に接触しようと目論んだヴェガ・キュアノス(ea7463)の試みは、思いの外簡単に成功した。
「父は亡くなり、母は病に伏せ、弟達もまだ小さくて。折角奉公先が決まって家族を養えると思ったのに‥‥」
 偽名を名乗り、頭に布を巻いてエルフの耳を隠し、色々と世話を焼く健気な娘として『たんぽぽ一座』に潜り込んだヴェガ。話し相手は主に二人の仮面の男だが、意外にも男達は親身になってヴェガの相手をした。
「そうか‥‥。だが、母と弟達が生きているだけでも、おまえは幸せだ。世の中にはもっ不幸せな者達が大勢いる。明日の命さえも定かではない、生と死の瀬戸際で生きている者達もな」
「辛い毎日でも、おまえは神への感謝を忘れたわけではあるまい? ならば日々、祈るが良い。神のご加護があれば、人の運命は変わり行くものだ」
 私利私欲で動く悪人の言葉には聞こえない。それとも、これも演技のうちか?
 それにしても、吟遊詩人マーレーが働き口を世話した氷華とクシュリナがここにいるということは、マーレーも骨十字軍と繋がりのある人間に違いない。しかしマーレーとその相棒のウーマの姿はここには見当たらない。
「ところで、どういうきっかけでポリアンネ様と旅をするようになったのですか?」
「何年か前の話になるが、俺達は職を失って働き口を探していた。その時、親切な旦那に出会って、芸人の働き口を紹介してもらったのさ。その時にポリアンネと初めて出会い、以来ずっと一緒に旅をしている」

●陰謀の正体
 夜が来た。家々の灯りは消え、たんぽぽ村の避難民たちは皆、寝静まっている。そんな中、キウイ・クレープ(ea2031)とキラが村の外から様子を伺っていると、ポリアンネが旅芸人の馬車から現れた。そのまま街道を歩いて行く。
「何処へ向かうんだろう?」
「後を付けましょう」
 尾行を開始した途端、邪魔が入った。
 シュッ! 刃がキウイの真横を掠める。即座に身をかわしたものの、服の袖がすぱっと切り裂かれる。
「おまえ達は何者!?」
 空中から厳しく誰何する声。シフールのクシュリナが剣の先を向け、二人の行く手を阻む。
「さては、バルディエの手先アルね!!」
 背後の声に振り返ると、そこには氷華が。
「状況、ヤバいね。全力で逃げるよ」
 キラに囁くと、キウイは猛然と氷華に体当たり。次いで空中のクシュリナにマントを叩きつける。
「先に逃げな!」
 二人の敵を牽制し、キラが逃げ切ったのを確認すると、キウイも全速力でその場から逃げ出した。
 その時、ヴェガは馬車の近くに寝泊まりしていたが、騒ぎに気づいて周囲の様子を伺っていると、ポリアンネが早々と戻って来た。
「これは何の騒ぎ!?」
「どうやらバルディエの手先に狙われている様子です」
 仮面の男が答える。
「実は、村の外から来た者達の中にも、怪しいのが何人か混じっています」
「でしょうね。知る人が見れば一目で分かるほどあからさまに動いているのだし、向こうが気づかないわけないわ」
「で、如何なさいます?」
「勿論、計画通りに行くわよ。バルディエ一味が挑発に乗って、慈善興行に殴り込んでくれたらしめたもの。エイリーク様に楯突く悪党バルディエ一味の汚名を着せて、晒し者にしてやるわ。だって私の歌う歌は、エイリーク様を讃える歌ばかりだもの。ああエイリーク様、エイリーク様ぁ〜♪」
 そういうことだったのか──。ヴェガは納得した。
 翌日、バルディエ一味が『たんぽぽ一座』に襲撃を企てたという噂が村中に広まったのは、言うまでもない。

●歌の力
 そして、今日は慈善興行の最終日。
「何でもいいから接触しろって言ったって、飛び入りでめちゃくちゃ暴れるくらいしか‥‥でも本当に暴れちゃマズいわよね。敵の思う壺だわ」
 ヴェガから聞かされた話をマクファーソン・パトリシア(ea2832)は思い出す。
 しかし会場にやって来たマクファーソンは、思わず頭を悩ませる羽目になった。
「ほとんどの関係者がここにいるじゃない。まずいわねぇ‥‥」
 周りの避難民たちはナージョの虜。強硬手段は暴動に繋がる。そのことにはキース・レッド(ea3475)とエヴァリィの二人も、とうに気づいていた。だから二人は策を練って事に臨んだ。
「準備は、いいな?」
「はい」
 会場では今まさにポリアンネの歌が始まろうとしている。
「みんな、私の歌を聞いてぇ! 1曲目は、エイリーク様に捧げる愛の歌‥‥」
「おおっと‥‥なかなかの美声らしいね、レディ・ポリアンヌ」
 現れたキースが、ポリアンネの言葉を遮った。
「だがその歌声、ドレスタッドじゃあ2番目だ」
 厚化粧の下で、ポリアンネの顔色が変わる。
「じゃあ1番目は誰だって言うの!? まさか貴方だって言いたいのかしら!?」
「違うね。ドレスタットで1番目は、彼女さ」
 キースに招かれ、赤頭巾の姿をしたエヴァリィが現れる。ポリアンネはせせら笑った。
「こんな子供が1番目ですってぇ?」
「たとえ子供でも彼女の歌は素晴らしい。最近この辺りを騒がすナージョとかいう下品なバードとは段違いだ。あれは美しくないね。ドレスタッドどころか、世界でも最低ランクの歌唱力さ」
「何ですってぇ!?」
 掴みかからんばかりにムキになったポリアンネ。その目の前で、キースはクールに言い放つ。
「チッチッチ。何故、赤の他人の君が怒るのかなレディ? ナージョと違うなら、魔法ではなく歌唱力で勝負するんだね、当然」
 思わぬ展開に、会場に居合わせた者達の視線が集中。次は何が起こるのだろう?
「彼女、ハーフエルフあるよ」
 仮面の男に氷華が囁くのを、傍に張り付いていたヴェガは聞いた。
「本当か?」
「自警団の試験の試験官だった冒険者アル。彼女のせいで試験に落ちた受験者から、話を聞いたアルよ」
「そして今はバルディエ側の仕事人か? なら、彼女の耳を皆に見せてやれ。大騒ぎになるぞ」
 氷華とクシュリナがエヴァリィに向かって行く。慌ててヴェガは仲間に合図を送る。ハイラーンと蒼龍が、二人の前に立ちはだかる。
「やあ、ちょっと話が‥‥」
「邪魔アルよ!」
 エヴァリィの歌が始まったのはその時だった。穏やかで心洗われる、慈愛に満ちた賛美歌だった。勿論、メロディーの魔法は無しで。

♪我らが聖なる母セーラよ その慈愛は絶ゆることなく天より降り注ぐ
 たとえ死の谷を歩むとも 絶望の淵にたたずむとも、
 我らはその慈しみに満ちた眼差しを 片時たりとも忘れることなし♪

 清らかなその歌声に誰もが聞き惚れていた。氷華とクシュリナさえも。
 仮面の男が氷華の背中に手を置いた。
「やめておけ。聖なる母を敵に回してはならぬ」
 賛美歌が終わると、会場は水を打ったようにしんと静まり、やがてその静けさは盛大な拍手に変わった。ポリアンネは目に涙をにじませている。エヴァリィの歌は彼女よりも遙かに素晴らしい。歌で負けたことの悔し涙か?
 ややあって、ポリアンネは会場の人々におずおずと呼びかけた。
「ごめんなさい。今だから白状するけど‥‥私は歌に魔法をかけて、魔法の力で皆さんを歌の虜にしていました。でも‥‥本当は魔法に頼らず、真剣に歌の技量を磨くべきだったんです。私はそのことをセーラ様に、そして皆様に懺悔します」
 頭を垂れて謝罪するポリアンネ。会場から温かい声援が返ってくる。
「いいんだよ!」
「過ぎた事じゃないか!」
「これからも歌を聞かせてくれよ!」
 ポリアンネは何度も目の涙を拭い、涙声で懸命に答えた。
「みんな、ありがとう‥‥」
 そしてポリアンネは歌い始める。その姿をキースは冷ややかに見つめ、心中でつぶやいた。
「(まったく、演技力だけは大したものだ)」

●誘い出し
 その後はマクファーソンが飛び入り参加。どさくさに紛れてナージョをウォーターボム攻撃は流石に不味いから、代わりに歌を歌ったり。その後も様々な出し物が続き、慈善興行は盛況のうちに終わった。
 フーは帰り支度の最中の仮面の男たちを呼び止め、人気の無い場所で話を持ちかけた。
「以前ちらと会ったかも知れんが、私も貴人の浮名で食っていてね。君達には深く感じるところがあったのだよ。しかし私も歳だ。パトロンは更なる優秀な人材を欲しがっている。どうだろう、君達を是非紹介したいのだが」
「そのパトロンとやらは、どこの誰なのだ?」
 その質問にフーはにんまり笑い、
「君達なら、これで分かると思う」
 左手の小指を突き立てて示した。小指に巻き付いた赤い糸、それが秘密のサインだ。反応はすぐに返ってきた。
「では後日、我々がパトロン殿に直接連絡しよう」
 『たんぽぽ一座』の出発の時が迫ってきた。
「できれば‥‥私も連れて行って欲しいの」
 避難民に扮したヴェガが頼み込むと、ポリアンネはその耳に囁く。
「この街道の先の『嘆きの十字路』の楡の木の枝に、白いリボンを巻きなさい。その日の夜に迎えが来るわ」
 悠一郎はポリアンネに、一座の者達を象った木彫りの人形を手渡す。
「これを持っていかれよ。今回の記念の品である」
「ありがとうっ☆ うれしいわっ☆」
 ポリアンネからのお礼は、ほっぺたへの熱烈なキッス。
 やがて馬車は村を離れて行く。別れを惜しむ人々の視線と、一部冷ややかな冒険者たちの視線に見送られながら。
「その悪事の全てを暴けずとも、連中に一矢報いることは出来たわけだな」
 キースのその言葉にエヴァリィが答えた。
「でも賛美歌だけじゃなく‥‥もっと激しい歌も歌いたかったな。あの姿で」
 赤頭巾の衣装の下に隠したもう一つの姿に、周りの者達はついぞ誰一人気づかなかった。
「終わったようだな」
 姿をくらましていたレオンがやっと現れた。
「レオン、何処に行っていたんだ!?」
「万が一に備え、人目のつかぬ所に待機していた。しかし、もうその必要もなくなった」
 事も無げに言うレオンであった。