マスカレイダー6〜天の災厄、岩石男
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■シリーズシナリオ
担当:マレーア
対応レベル:4〜8lv
難易度:難しい
成功報酬:2 G 88 C
参加人数:9人
サポート参加人数:-人
冒険期間:10月01日〜10月06日
リプレイ公開日:2005年10月09日
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●オープニング
ここバルディエ辺境伯が所領の辺縁には、小さな開拓村がある。ごろた石と切り株だらけの荒れ地を開墾し、新畑と成したのは去年の話。汗水垂らした苦労の甲斐あって、畑は黄金色の麦穂でびっしり埋まり、たわわな実りを秋色の風の中にそよがせる。
今は実りの秋、収穫の季節。畑の一画ではもう刈り入れが始まっている。
今年は豊作だな。収穫祭が楽しみだよ──。時折、そんな会話を交わしつつ、村人たちは額に汗して熱心に鎌を振るう。
それはあまりにも長閑で平和な秋の光景。
‥‥だが、その平和は突然に破られた!
どおおおおん!!
いきなり、そいつは天から降ってきた。
「は?」
「何だべ?」
「こりゃ‥‥石でねぇか!」
村人たちは思わずその目を疑った。一抱えもある大石が、刈り入れ真っ最中の麦畑のど真ん中に落ちてきたのだ。
どおおおおん!!
何と、またしても大石が空から降ってきた。
どおおおおん!!
何と何と、またしても空から大石が。
どおおおおん!!
何と何と、またしても‥‥。
どおおおおん!!
これは一体、いかなることであろう!? 大石が次々と麦畑に降り注ぎ、その衝撃に大地が激しく揺さぶられる。おお、何たる惨状! 村人たちが丹精込めて育て上げ、後は刈り入れを待つばかりの麦が、無惨にも石の下敷きになってバタバタと薙ぎ倒されていくではないか! しかし天より降り注ぐ大石を前にして、村人たちは為す術もなく、ひたすら恐怖にかられて逃げ惑うばかり。
「ひぇぇ!!」
「助けてくれぇ!!」
その哀れなる村人たちの姿をあざ笑うかのごとくに、地獄の魔王の哄笑のごとき高笑いが響き渡った。
「ぐわははははは! 我が輩は岩石大魔王ロックガンプなり! 見たか村人ども! 我ら骨十字軍の報復兵器、ヴイ1号カタパルトの威力を!」
恐怖に打ち震えながらも、村人たちが声のする彼方に視線をやれば、そこに世にも奇怪なる怪人の姿があった。その全身は岩の欠片をびっしり張り付けた鎧と兜ですっぽり覆われ、さながら岩石人間の如し。しかもその怪人が乗っかっているのは恐怖すべき攻城兵器、移動式カタパルト投石機ではないか!
「だが覚えておくがよい村人どもよ。これはほんの序の口、本当の恐怖はこれからだ! さあ我が兵士達よ、次の作戦に取りかかるぞ!」
怪人の配下たる髑髏男たちが、馬車ほどもある移動式カタパルトに手をかけ、掛け声も高らかに押し動かして去って行く。
えっほ! えっほ! えっほ! えっほ!
奇怪な姿はみるみるうちに遠ざかるが、村人の中に後を追おうとする者は誰一人としていない。
「これは酷い!」
知らせを聞いてやって来たバルディエの兵士たちは、そこかしこに大石の転がる麦畑の惨状に唖然。そこへ一人の村人が息せき切って駆けつけ、その口からさらなる凶報がもたらされた。
「た、大変だぁ! 丸太置き場が怪人に乗っ取られたぁ!」
その丸太置き場は、開拓村から間近い場所にある。付近の森から切り出された丸太の置き場所である。早々に兵士の一団が駆けつけたが、彼らが目にしたものは世にも悲惨なる光景。おお、何たる非道! 丸太置き場で働く村人たちが怪人に捕らえられ、奴隷のごとくこき使われているではないか! ある者は丸太を運ばされ、ある者は鋸で丸太を切らされ、少しでも手を休めようものなら髑髏男たちの鞭が飛ぶ。しかもその過酷なる重労働によって作られつつあるのは、丸太を組み上げた巨大な装置だ。
「一体、あれは何なのだ!?」
あまりにも異様な光景に、バルディエの兵士たちはしばしその場に釘付けになる。そこへ現れたのが、牛馬のごとく荷車を引かされた村の子ども達。しかも荷車に山と積まれているのは、一抱えも二抱えもある大石ばかり。ちなみにこの辺りはかつての古戦場跡で、いたる所に石造りの砦の跡がある。石を調達することにかけては不自由しない土地なのだ。だが哀れなるかな、積まれた石の重さに荷車はギシギシと軋み、玉のような汗を浮かべた子どもたちの顔は苦痛に歪む。
「ええい! もたもたするなぁ!」
子ども達の背中に髑髏男の鞭が飛ぶ。怪人の悪行、ここに極まれり!
「許せん! 怪人め、成敗してくれる!」
兵士たちは剣を抜き放ち、雄叫びも高らかに丸太置き場に突撃。だが敵は情け容赦を知らず。あの恐怖すべきヴイ1号カタパルトが次々と大石を撃ち出し、頭上から大石の雨が降り注ぐ。
「ぐわははははは! カタパルトは男のロマンだ!」
高笑いする怪人ロックガンプ。兵士たちはカタパルト攻撃の前に立ち往生だ。
「があっ!」
運悪く、大石の一つが兵士の一人に命中。悶絶して倒れるや、仲間の兵士が命がけでその動かぬ体を引きずって行く。
「引け! 引けぇ!」
もはや退却以外に為す術のないのが口惜しい。その耳に怪人の高笑いが響く。
「ぐわははははは! 我らが報復兵器ヴイ1号カタパルトの前に手も足も出まい! だが聞いて驚くな! 我らは既に究極の報復兵器、ヴイ2号カタパルトの建造に着手した! その完成が成った暁には、この地の開拓村を最初の攻撃目標としてくれる! さあ、この書状を貴様らの恥知らずな領主に届けるがよい!」
ぼおん。その言葉と共に、書状をくくりつけた大石がカタパルトから撃ち出され、それは茂みの陰に身を隠していた兵士の目の前に落下した。
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もはや人と呼ぶのもおこがましき卑劣千万なる最低領主、
アレクサンダー・バルディエに告ぐ。
汝が戦時と平時の区別を問わずに繰り返したる、破廉恥極まりなき幾千万もの大罪、
天は世にも恐るべき大天罰をもってこれに報いるであろう。
すなわち今まさに恐怖の大王天より下りて、汝の領地の村を悉く討ち滅ぼさん。
この大天罰を免れたくば、その犯したる大罪の印として
馬一頭と等しき重さの大岩をその背に担ぎ、
ノルマン全土の戦場跡を一つたりとも余すことなく、
その足で回り歩きて己が大罪の懺悔を為すがよい。
骨十字軍岩石軍団長 岩石大魔王ロックガンプ
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「今度はアレクサンダーだと? 一体、俺をどこの国の人間だと思っている!?」
脅迫状で名前を間違えるのはもはやお約束。それにしても今回の怪人、カタパルトへのこだわりはただ事ではない。そもそも農村への嫌がらせに攻城兵器を使うなど、常軌の踏み外しも度が過ぎている。できればこんな敵の相手はしたくないが、贅沢は言っていられない。
バルディエの答は決まった。
「この一件はマスカレイダーに任せる。以上だ」
そもそも、それ以外に選択などありはしない。だが、今度の敵はあまりにも強大。果たして勝利の女神はマスカレイダーに微笑むか否か!? さあ、仮面の剣士たちの活躍をとくとご覧あれ!
●リプレイ本文
●敵陣を偵察せよ!
満天の星の下、茫漠たる平原に立つ男が一人。夜風をその身に受けながら、男は遙か彼方をきっと睨みつける。夜闇の中で定かには見えねども、その視線の彼方には悪しき者どもの根城と化したる土地がある。男の姿もまた、夜闇に溶け込んで定かには見えぬ。その身に纏いたるは黒の忍者装束。その背には日本刀に似た、漆黒の忍者刀。遠きジャパンよりその名を轟かせし忍者の姿で立つその者こそ、この広大なるノルマンの東方辺境を治める辺境伯アレクス・バルディエより、不逞なる輩どもの討伐を依頼されたる冒険者の一人、音羽朧(ea5858)であった。
ジャパンの秘術、忍法の儀に則り、朧は片手で印を結びて朗々と呪文を詠唱。すると彼の周囲に煙りが巻き起こり、忽ちにして摩訶不思議なる力がその全身に満ちる。そして走り出した。目指すは憎き敵、骨十字軍の怪人どもに占拠されたる材木置き場だ。
走る、走る、朧は夜の平原を疾風のごとく走り抜ける。忍法・疾走の術の力により、その走る速さは常時の2倍。やがて彼の視界の中に、目指す材木置き場が現れた。
時は真夜中。材木置き場はしんと静まりかえり、煌々たる篝火の炎を背に、二人の髑髏男が張り番をしている。
朧の手がまたも印を切り、その口が呪文を唱える。今度の呪文は湖心の術だ。立ち上る煙と共に摩訶不思議なる力が全身に満ち、その身体の立てる物音の全てを消し去った。
朧は手近に転がる石を拾い、見張りの間近にある茂みに放り投げた。
がさっ。
石の立てた音に、髑髏男の見張りが気付く。
「何だ!?」
見張りの視線が茂みに向かった隙を突き、朧は見張りの背後を周り、文字通り物音一つ立てずに材木置き場の中に忍び込んだ。
「何も怪しい物は何もいないぞ。動物でも通ったんだろう」
茂みを覗き込む髑髏男の声を聞き流しつつ、朧は物陰から物陰を伝って、材木置き場の奥深くへと進む。材木置き場中央には、材木を組み上げた巨大な装置が鎮座している。据え置き型の巨大投石機である。太いロープを強く捩り、その反動で石を飛ばすタイプだ。その構造はロープとその巻き上げ機を据え付けた本体、石を投げ飛ばすための長い主アーム、そして捩られたロープの力を主アームに伝えるための弓形の副アームの、計3つの部分から成る。この形式のカタパルトは古来より攻城戦に用いられ、本体から長い主アームを突きだした形が蠍(スコーピオン)に似るため、スコーピオンと呼ばれることもある。
だが、目の前の巨大投石機は未完成で、材木一本分の長さもある主アームはまだ本体に取り付けられていない。その巨大投石機の隣に置かれているのは、車輪を備えた移動式の投石機だ。こちらはロープの捩れる力によらず、人力でロープを引っ張って投石するタイプである。すなわち主アームの片方の端に、主アームとL字型をなすようにロープがくくりつけられ、そのロープを多人数で引っ張ると、もう片方の端に据え置かれた石が投げ飛ばされる仕組みである。このタイプのカタパルトは連射性に優れている。もちろん人力を石を飛ばすのだから、人力を供給する者にとっては重労働だ。
ぐるりと周囲を見渡せば、あちこちの砦跡から集めた石がそこかしこに積み上げられ、丸太の陰には蹲って眠る村人たちの姿。大人も子どもも脱走できぬよう、ロープで足を繋がれていた。毎日のごとく重労働を強いられて疲れ切っているのだろう、誰もが死んだように眠っている。その姿に朧の胸は痛む。
その村人たちの眠るすぐ間近に、軍が野営で使うような天幕が張られている。その天辺に掲げられた旗には、十字型に交差させた二本の骨に髑髏をあしらった骨十字軍の紋章。
朧は天幕に近づき、中を覗き込んだ。
「‥‥!」
向こう側に岩石男が立っていた。
素早く朧は天幕を離れ、身構える。だが、岩石男は襲ってこず、天幕の内側は静まりかえったままだ。朧は再び、天幕の中を覗き込んだ。
岩石男と見えたのは、ちょうど人が立つように揃えて置かれた岩石男の鎧だった。その中味の人間は、鎧のすぐ下に敷物を敷き、ぐうすかと鼾をかいている。が、天幕の闇の中ではその顔を伺い知ることはできない。その周りで枕を揃えて寝ているのは、配下の髑髏男たちであろう。
朧は速やかに天幕を離れ、材木置き場から抜け出した。敵陣の中で目にした物は、全て頭に叩き込む。
朝が訪れた。依頼を受けてバルディエ領にやって来た冒険者たちは今、荒れ果てた麦畑を目の当たりにしている。
「これまた酷い話だ。苦労が実り収穫直前の田畑を荒らし、子供達に過酷な労働を負わせるとは‥‥」
惨状を目にして絶句し、次いで絞り出すように言葉を発した石動悠一郎(ea8417)。その目に、遠くから走って来る朧の姿が映った。
「朧殿か。無事に戻って来たようだな」
仲間と合流した朧からその偵察の成果を聞くや、
「あんにゃろめには絶対一発お見舞いしてやるわ。子供を人質にとって強制労働させるなんて絶対許せない!」
義憤も露わに、マクファーソン・パトリシア(ea2832)はウォーターボムを打ち込む仕草。
「何故、奴等は何ら関わりの無い民の生活を踏み躙り、苦しめる? これではあの戦と一緒ではないか。嫌がらせの域を超えた侵略行為、何としても止めねばならぬ」
人間の3倍の年を生きるエルフのヴェガ・キュアノス(ea7463)にとって、ローマの侵略は未だに生々しく思い出すのも辛い過去。その言葉に頷きつつ、悠一郎が言う。
「当たり前だが、こんな連中に大義などは断じて無い。単なる凶悪な愉快犯として、処断に当たらせてもらう」
「拙者もまったく同感である。が、人質だけは何とかして、全員無事に助けたいものじゃ」
その言葉の主は新参の仲間、ジャパンの浪人・駒沢兵馬(ea5148)。
「敵は倒しました、ですが人質は全滅しました──では話にならんからの」
勿論、彼の言葉に誰もが同感であった。
戦いに先立ち、冒険者たちは情報収集に励む。何よりも朧の偵察の成果は大きかったが、難を逃れて村を離れた村人達からも、有用な情報が得られた。敵の数と捕らえられた村人達の数、敵が採石にやって来る砦跡の場所などが明かになり、それらの情報を元に綿密な作戦が練られる。
「ところで、活動時には仮面を被るのが掟なのか?」
訊ねたレイヴン・クロウ(eb3095)は兵馬と同じく、この依頼では新参の仲間である。
「戦いの先頭に立つマスカレイダー本体は、仮面を被るのがお約束となっていますが」
マスカレイダーの取りまとめ役、ウィステリア・トーベイが答える。
「‥‥出来れば黒が良いんだが」
レイヴンがそう言うと、ウィステリアは黒のマスカレードを彼に手渡した。
「これまでマスカレイダー・ブラックをやっていた『中の人』が今回来ていませんので、このマスカレードを貸し出しましょう」
そして兵馬には灰色のマスカレードが。三人目の新参の仲間、アルフォンス・ニカイドウ(eb0746)にはセピアのマスカレードが手渡される。
「今日から貴方達は、マスカレイダー・グレイにマスカレイダー・セピアです」
そして朧。彼もまた新参の仲間である。
「マスカレイダー・ネモでもシェイドでもヴォイドでもお好きに。名前もまた道具でござる」
そう言う朧にウィステリアはにっこり笑い、
「では、貴方はマスカレイダー・シェイドで行きましょう。それにしても、どうしてみんな地味な色が好きなのかしら?」
●髑髏男を捕獲せよ!
今は辺境伯バルディエの所領であるこの地は、過去に血なまぐさい戦いが行われた古戦場でもある。領内のあちこちには当時の砦跡が点在するが、その一つが材木置き場の近場にもあり、石造りの砦跡は敵にとって恰好の採石場となっていた。そこへ、今日も材木置き場から荷車が向かう。荷車を動かすのは牛馬に非ず。浚われてきた村の子どもたちである。
「引けぇーっ! 引けぇーっ!」
「もたもたするなぁーっ!」
びしっ! びしっ!
荷車の上にふんぞり返った二人の髑髏男が、子どもたちの背中に情け容赦なくも鞭を飛ばす。荷車が砦跡へ到着するや、子どもたちには石運びの重労働が課せられる。
「ううっ‥‥」
「お父さん‥‥お母さん‥‥」
苦しみと悲しみを顔ににじませ、子ども達は足を引きずりながら重たい石を荷車に運ぶ。心ある者が見れば、世にも悲惨なる子ども達の有様に涙し、骨十字軍への怒りに身を震わせることであろう。
いたいけな子ども達をかっ浚い、あまつさえ奴隷としてこき使う。それが憎むべき悪の組織、骨十字軍のやり方なのだ!
「働けぇーっ! 働けぇーっ!」
監督役の髑髏男たちは血も涙もない。手を休める子ども、蹲る子どもを見れば、非道にも鞭を飛ばす。
「仕事をさぼるヤツは飯抜きだぁーっ!」
ごんっ!
「痛ぇっ!!」
近くの茂みの中から投げつけられた、拳ほどにも大きな石が、髑髏男の頭に当たった。
「誰だぁっ!?」
叫んだ髑髏男の見た者は、茂みの中から飛び出して、脱兎のごとく逃げて行く男。薄汚い野良着姿からして、取り逃がした村人か?
「てめぇ、待ちやがれ! ぶっ殺してやるっ!」
怒りにかられ、髑髏男は逃げる男の後を追う。森の中を走り抜け、あと少しで男の背中に手が届くまでに距離が縮まった時、不意に髑髏男は強烈な睡魔に襲われた。
睡魔に勝てず、よろめいて地面に倒れる髑髏男。そして木の陰からフー・ドワルキン(ea7569)、マクファーソン、悠一郎の3人が現れる。先ほど髑髏男を襲った睡魔は、フーの放ったスリープの魔法によるものだ。囮役になって髑髏男をここまで引き付けてきたアルフォンスも、仲間たちの所へ戻って来た。
「うまくいったな」
暫くして髑髏男が目覚めると、その体は縛られて自由を奪われ、目の前にはマクファーソンの顔があった。
「うわっ! 何だお前らは!? 俺をどうする気だぁ!?」
「わたくし達は悪を誅する正義の味方。にしても、中の人はずいぶんと貧弱ね」
「何!?」
言われて気がついた。髑髏の覆面は奪われ、素顔が丸見えだ。
「お、俺の顔が‥‥!」
両手で顔を覆おうとしたが、後ろ手に縛られて動かせない。
「さあ、材木置き場に入るための合い言葉を教えなさい」
「ふん! そう安々と口を割ってたまるか! ‥‥うわ、何をする!? うひゃ、うひゃ、うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」
出た! マクファーソンのくすぐり攻めだ! 動けぬ獲物の上をはい回る毒蜘蛛のごとくに、彼女の10本の指が男の全身をはい回り、くすぐり地獄に突き落とす。
「子供達の苦しみに比べれば軽いもんよね。だけど効果はあるわよ。覚悟しなさい!」
「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ‥‥わ、わかった、合い言葉を教える!」
髑髏男の中の人、あっけなく陥落。
さて、砦跡で仲間の戻るのを待っていた髑髏男の片割れだが、
「遅ぇな、何やってんだ?」
湖心の術を使い、背後から忍び寄ってきた朧の存在に、ついぞ気付くことはなかった。
ドスッ!
忍者刀の峰打ちが髑髏男の胴の急所に決まり、髑髏男は失神して倒れた。
「悪いヤツは拙者たちがやっつけたぞ」
「もう大丈夫よ」
悠一郎とマクファーソンの二人で砦跡の子ども達に告げ、彼らを解放する。
「お兄ちゃんにお姉ちゃん、村の人たちも助けてあげて!」
「もちろんだ」
「約束するわ」
子どもたちを安全圏へと連れて行くマクファーソンの後ろ姿を見やりながら、悠一郎は奪った髑髏の覆面を被る。
「これで、よし」
髑髏男になりすまし、材木置き場に侵入するのが冒険者たちの作戦なのだ。
「しかし、子ども達を連れて戻らないと、敵に怪しまれるな」
「敵を丸め込むのは私に任せてくれ。伊達に1世紀半も生きているわけじゃない」
もう一人から奪った髑髏の覆面を被り、しばし考えを巡らすフー。そして閃きを得た。
「いい考えを思いついたよ」
●敵陣に潜入せよ!
髑髏男に成りすました悠一郎とフーは、アルフォンスを連れて材木置き場へ。入口に辿り着くと、見張りの髑髏男が合い言葉を発する。
「ムッシュムラムラ」
「人間松明」
教えられた奇妙な合い言葉を返し、冒険者たちは無事に中へ通された。と、髑髏男の班長格のヤツが、一行の前に現れて訊いてきた。
「おいお前ら、連れて行ったガキどもはどうした!?」
フーはアルフォンスを放り出す。アルフォンスは両手を縛られていた。
「この近くの村人だよ。こいつが邪魔してくれた御陰で、子ども達には逃げられてしまった」
勿論、敵を欺くための芝居である。
「お前らがしっかりしていねぇからだ! お前らは今夜はメシ抜きだ!」
ぼがっ! ぼがっ!
髑髏男は悠一郎とフーをしたたかに殴りつけ、次いで地面に転がるアルフォンスを蹴り飛ばして言う。
「文句があるなら、この野郎に言え! どうした、この野郎が憎くねぇのか!?」
ここで手加減しては、敵に怪しまれる。だから悠一郎とフーも髑髏男と一緒になって、アルフォンスを蹴り飛ばし、罵声を浴びせる。
「ふざけた真似をしおって!」
「思い知るがいい!」
どがっ! どがっ! どがっ!
それでも、仲間を苦しめる行為が楽しいわけがない。
ひとしきり暴行を加えると、髑髏男が命じる。
「この野郎もヴイ2号の建造工事にこき使ってやれ!」
ふらつくアルフォンスを小突きながら、巨大投石機ヴイ2号の建造現場に連れて行く二人。彼らの姿は周囲の注意を引き、捕らえられた村人たちが悲しみと同情の眼差しを送る。
「ああ、何てことだ」
「また一人、捕まってしまったのか」
そんな囁きがあちこちで交わされるが、それを耳にするや監視の髑髏男が怒鳴りつける。
「ええい、無駄口きかずに働けぇ!」
悠一郎とフーは敵の注意を引き付けぬよう、こっそりと耳元に囁く。
「すまぬな。さぞや痛かったろう」
「許せ、アルフォンス」
二人の胸の内をアルフォンスも分かっているから、不敵な笑みを浮かべながら囁き返す。
「分かっているとも。これも勝利のため」
建造途上の巨大投石機の上では岩石男が仁王立ちになり、高笑いしながら悦にふけっている。
「ぐわははははは! 報復兵器ヴイ2号の完成まで、あと僅かだ! 思えば我が輩の道は長かった。十年前のあの戦いの時、このヴイ2号が我らの手にあれば、勝利は我らの物となったものを。だがついに報復の時は来た! このヴイ2号で憎きバルディエを地獄の底に突き落としてくれるわ!」
●人質たちを救出せよ!
夜の帳が下り、辺りは闇に包まれる。明かりといえば、見張りのために焚かれた篝火の明かりだけ。囚われの村人の中に混じり、寝たふりをしていたアルフォンスは、むくりと体を起こした。他の村人たちは逃げられぬようロープで足を繋がれているが、彼の足にロープはかかっていない。髑髏男になりすました仲間が、こっそり解いてくれたのだ。
アルフォンスは隣に寝ている村人の耳に囁く。
「起きられよ。話がある」
その声に目覚めた村人から返って来たのは、かすかな呻き声だけ。構わず、アルフォンスは続ける。
「拙者は貴殿らを助けに来た」
その言葉に、村人はぱっちりと目を見開いた。
「本当か!?」
「しっ!」
静かにするよう促すと、アルフォンスは小声で告げる。
「救出は今夜。他の皆にも、そのことを伝えねば」
突然、辺りが騒がしくなった。
「起きろ! 起きろ! 敵襲だっ!」
死んだように眠りについていた村人たちの間を髑髏男たちが走り回り、乱暴に蹴りを入れて叩き起こしていくではないか。
岩石男はといえば、例のごとく巨大投石機の上に立ち、夜の闇の彼方をにらみつけている。その視線の先には、闇の中にゆらめく幾多もの炎があった。篝火の炎だ。材木置き場を間近に臨む夜の平原に、数多の篝火がゆらめく光景は、今まさに戦いに臨まんとする軍勢の野営の陣を思わせる。いや正に、岩石男の目にはそのごとく映ったのであった。
「バルディエめ! とうとう兵を率いてしゃしゃり出てきおったな! 今こそ10年前の戦いの雪辱を晴らしてくれるわ!」
岩石男は配下の髑髏男に命じる。
「突貫作業でヴイ2号を完成させるのだ!」
「あと3時間はかかりますが‥‥」
「1時間でやるのだ!」
「ウイッ!」
夜の静寂に包まれていた材木置き場は一転、喧噪の場と化した。篝火が次々と焚かれ、叩き起こされた村人達が突貫作業に駆り出される。
「ええい、急げ! もたもたするなぁ!」
ひっきりなしに髑髏男の鞭と罵声が飛ぶ中、アルフォンスは囚われの村人たちに告げて回る。
「救出まで、もうすぐだ。がんばってくれ」
突貫作業の過酷さに、村人の一人が倒れ込んだ。
「貴様! 何をしている!?」
髑髏男がその手をひっぱり、無理矢理に立ち上がらせる。だがその髑髏男、実は髑髏男になりすました悠一郎。
「拙者は味方だ。もうしばらく辛抱して欲しい」
骨十字軍の怪人たちの預かり知らぬところで、冒険者たちによる救出作戦の情報は、囚われの村人たちの間にどんどん広まって行く。
そしてカタパルトは完成した。疲労困憊した村人たちは、さらなる重労働に駆り立てられる。
「いざ戦いの時は来たれり! 戦闘開始だ! ヴイ2号回頭、左30度! ロープを巻き上げい! 石を乗せい!」
岩石男の号令が次々と飛ぶ。だが疲労の極限に達したか、村人たちは発射準備の途中でバタバタと倒れてしまう。
「ええい、ここに来て何をしているか!?」
怒鳴る岩石男に、髑髏男の一人が報告。
「ロックガンプ殿、こやつらはもう使い物になりませぬ」
さらにもう一人の髑髏男が、岩石男に促す。
「ならば残る戦闘を我々の手で行い、勝利を掴もうではありませぬか!」
その二人の髑髏男の中の人、実は髑髏男になりすましたフーと悠一郎だったりする。だが岩石男は見事、二人の言葉に誘導された。
「よかろう! さあ髑髏男たちよ、戦闘を続行せよ! 我らの勝利は目前だ!」
「ウイッ!」
髑髏男たちがロープの巻き上げ機をじりじり巻き上げ、重たい大石を主アームに乗せる。
「撃ち方、準備よし!」
「撃てぇ!」
岩石男の号令が下るや、巻き上げ機の留め具が外され、主アームが一瞬にして跳ね上がる。
ぶうん!
投石機から撃ち出された大石は、弾道の軌跡を描いて夜空に吸い込まれて行く。ややあって、鈍い落下音。闇夜の中で燃えていた篝火の一つが、大石の下敷きになってかき消された。
「次だ! 撃てぇ!」
ぶうん! またも大石が撃ち出される。
「撃てぇ!」
ぶうん!
「撃てぇ!」
ぶうん!
「撃てぇ!」
ぶうん!
約1分ほどの間隔を置いて、次々と撃ち出される大石。しかし撃ち出す髑髏男たちにとっては、巻き上げ機を巻き上げるのも大石をセットするのも重労働だ。それでも戦いの興奮が、彼らを奮い立たせている。中でも岩石男の興奮ぶりはただ事ではない。
「ぐわはははははははっ! 見ろ、敵兵たちが慌てふためいているぞ! 何というみっともない有様だ! おおっ! あそこで逃げ回っているのはバルディエではないか! ぐわははははははは! 見たか、この報復兵器ヴイ2号の威力を! バルディエめ、ざまあ見るがいい!」
いや、岩石男の目には、確かにそのような光景が映っていたのである。ただしそれは、フーがこっそり仕掛けたイリュージョンの魔法の力によるものだった。岩石男一人に幻を見せることなど雑作もないこと。配下の髑髏男たちは皆、投石機を動かすのに忙しくて、大石の飛んで行く先の様子を見る暇もない。
同じ頃。篝火の立ち並ぶ平原では──。
どおおおおおおおん!
またも大石が空から降ってきて、篝火を粉砕する。
「あ〜あ、よく続くわねぇ」
その有様を安全圏から眺めて、半ば呆れ気味に呟くのはキウイ・クレープ(ea2031)。平原に立ち並ぶ篝火は、実はキウイが敵の注意を逸らすために、バルディエの協力を得て調達したものだ。大勢の兵が夜営をしているように見せかけているが、篝火に照らされる平原には兵の姿など一人もいない。それでも冒険者たちの策略が功を奏し、敵は見事に引っかかったわけだ。
「ぐわははははは! 我が輩はついにバルディエに勝ったぞ!」
岩石男は高らかに勝利宣言。
「バルディエは尻尾を巻いて逃げおったわ! もはや我々は向かう所敵なし! さあ者ども、ぐっすり寝るぞ! 目が覚めたら祝いの宴だ!」
すかさず、髑髏男になりすましたフーが、悠一郎と共に進言。
「念のため、我ら二人が見張りに立ちましょう」
「よかろう。後は任せる」
岩石男は髑髏男たちと共に天幕に引っ込み、早々に寝入ってしまった。それを確かめると、フーと悠一郎は辺りでぐったり倒れている村人たちに合図。
「さあ、今のうちに」
すると、もはや動く力さえ失っていたはずの村人たちが、一斉に起きあがる。全ては計略の内だ。材木置き場の入口には、レイヴンとマクファーソンが迎えに来ている。
「皆、森の中へ逃げるんだ」
「わたくしの後に付いて来て」
二人は村人達を近場の森へ誘導。殿(しんがり)を守るはアルフォンス。幸いなことに、今宵の夜空に月は無い。
かくして脱出は成功。そしてレイヴンはその目に闘志を宿す。
「こんな非常識な連中を放っておくわけにはいかない。ここで叩き潰す」
そう。彼の知るあの子の為にも、バルディエ領を荒らす敵を倒さねば。
●岩石男を倒せ!
ドガッ! バキバキバキ! ベキッ!
壮絶なる破壊音で、岩石男は目を覚ました。
「何事だっ!?」
慌てて天幕から飛び出した途端、その身が硬直する。自慢のカタバルト2基が仮面の剣士たちによって、ボロクソにぶち壊されているではないか。
「わ、我が輩のヴイ1号がぁ、ヴイ2号がぁ! ゆ、許さん!」
その声に、仮面の剣士たちは一列に整列。決めポーズを取り名乗りを上げる。
「マスカレイダー・グリーン見参!」
「マスカレイダー・セピア見参!」
「マスカレイダー・シェイド見参!」
「マスカレイダー・ブラック2号見参!」
「マスカレイダー・グレイ見参! 石の撃てないカタパルトなど、只のガラクタだ!」
怒り狂った岩石男が、髑髏男たちをけしかける。
「行け! 髑髏男たちよ! 奴らを地獄に叩き落とせ!」
だが、昨夜の重労働で消耗しきっていた悲しさ。
「うぎゃーっ!」
「あぎゃーっ!」
次々と悲鳴を上げ、逆に髑髏男たちはあっという間に殲滅されてしまった。
「おのれぇ! ならばこの我が輩が‥‥」
ごんっ! 背後からの一撃で、岩石男はよろめいた。振り返れば、そこにはロングクラブを構えたマスカレイダー・ブラウンことキウイの姿が。
「おい、変態岩男! あんたの相手はアタイだよっ!!」
さらに、岩石男に言葉を発する暇も与えず、マスカレイダー・ウォーターブルーが登場。
「攻城兵器狂いめ、喰らえ!」
ウォーターブルーの中の人、マクファーソンが高速詠唱で放つウォーターボムが、立て続けに岩石男の顔面を直撃する。
ばしゃ! ばしゃ! ばしゃ!
「ぶはっ! ぶはっ! ‥‥おのれぇ、よくも!」
岩石男、巨大な棍棒を振りかざす。その周りを取り囲むのは、7人のマスカレイダー。
「おい、変態! 引き際が肝心だぞ、降伏しな!」
「誰が! 降伏などするかぁ!」
キウイの降伏勧告に怒鳴り返す岩石男。兵馬が2本の野太刀を抜き放ち、岩石男に相対した。
「岩石男よ! 拙者と勝負だ!」
兵馬、一気に間合いを縮める。一瞬、両者の身体がぶつかり合ったかに見えたが次の瞬間、兵馬の左手の野太刀が岩石男に弾き飛ばされて宙に舞う。
「甘いわ!」
「(それが狙いだ!)」
敵にガードされることは計算済み。そのガードをこじ開けて、必殺の一撃を打ち込むことこそ戦いの極意。兵馬は残る右手の野太刀に渾身の力を込め、ガードの動きによって生まれた隙を突き、岩石男の胴体に強烈な一撃を見舞った。
ごぉん!
岩石男の鎧を覆う岩の欠片が盛大に飛び散り、鎧に割れ目が走る。
「がああっ!」
なんと、岩石男は頭突きを繰り出した。避ける間もなく、兵馬はもろに頭突きを喰らい、転倒。目の前が真っ白になり、何も見えない。
「ぶっ殺す!」
止めとばかり、岩石男が高々と棍棒を振り上げた。──その動きが、唐突に止まった。
「がああっ! わ、我が輩の体がぁ‥‥!」
体が硬直し、動きを封じられた岩石男の背後に、マスカレイダー・サファイアことヴェガが、優雅にその姿を現した。岩石男の動きを封じたのは、彼女の放ったコアギュレイトの魔法であった。
「何が、『カタパルトは男のロマン』か。天罰が下るのは貴様の方じゃ、痴れ者が」
その言葉が終わるや否や、
がごん!
岩石男の脳天に天罰が下った。キウイがそのロングクラブに渾身の力を込めて、大上段から打ち下ろしたのである。
がごん! さらに二撃目が打ち下ろされる。
がごん! 三撃目が打ち下ろされるや、岩石男の兜がばっくり割れ、岩石男は何も言わずにぶっ倒れた。
「やったな、キウイ」
仲間たちが労いの言葉をかけるが、キウイは複雑な表情。
「岩みたいな装甲の奴が相手なら、棍棒系が有効とは解っていたんだけど‥‥‥ますます棍棒が似合う穢れた女に成り下がってしまいそう‥‥」
ちょっぴり複雑な乙女心が痛んだ。
●戦い終わって
戦いは冒険者たちの圧倒的勝利に終わった。傷ついた仲間はヴェガが治癒魔法で手当てを施す。そして岩石男の中の人は‥‥。
「ええい! 我が輩をこんな目に遭わせて、ただで済むと思うなぁ!」
なんと、村の糞溜めに放り込まれていた。
「開拓村の畑を荒らした罰だ。あと一週間ほど糞溜めに漬かっているがいい」
糞溜め漬けの提案者、フーが事も無げに言う。
「き、貴様ぁ! この我が輩を知将ロックガンプと知ってのことかぁ!」
「知らぬな、そんな名は」
「おのれぇ! 10年前のあの戦いに勝っておれば‥‥!」
やがてバルディエの兵達がロックガンプを連行しにやって来たが、あまりの臭さに顔をしかめ、フーに文句を言う。
「おいおい。怪人を捕らえてくれたのはいいが、取り調べる我々の身にもなってくれよ。まあいい、髑髏男たちを連れて来い。奴らにこいつを洗わせよう」
後に行われた取り調べの結果、岩石男の中の人はノルマン王国復興戦争でバルディエの敵方となって戦った武将、ロックガンプと同一人物であるが判明。
「貴様があのロックガンプであったとはな。また随分と落ちぶれたものよ」
早々に開かれた領主裁判の席で、バルディエは囚われのロックガンプに蔑みの視線を向けると、刑を言い渡した。
「貴様を強制労働百年の刑に処す」
「ひ、百年だとぉ!?」
顔色を変えるロックガンプを見てバルディエはにんまり笑い、言葉を続ける。
「だが、刑に服する貴様の態度如何では、しかるべき減刑を与えることを約束しよう」
かくしてロックガンプは兵たちの監視の下、開拓地で牛馬のごとくこき使われる。その背後から、村の子ども達が石を投げつけてはやし立てる。
「はたらけ〜! はたらけ〜!」
ロックガンプは歯を食いしばり、
「おのれぇ、憎きバルディエめ! この屈辱は必ずや千倍にして返してくれるわ!」
頑なに復讐を誓うのであった。
「これで、拙者の仕事は終わった」
復旧の進む麦畑を見やり、アルフォンスは呟いた。
「もう行ってしまうのか?」
村人の中に混じり、麦畑からの石の撤去にいそしむレイヴンが声をかける。アルフォンスは布を巻いた頭の耳のあたりを指さし、答えた。
「拙者はハーフエルフゆえ、村人には嫌がられても仕方なき事。村人達を守れれば、それで良い。任務が終われば静かに去るまで」
その言葉を残し、去りゆくアルフォンス。その後ろ姿をしばし、レイヴンは複雑な表情で見つめていた。
ヴェガはバルディエと面会する機会を得、気になることを訊ねてみた。
「先のナージョの言葉も気になっていたのだが、バルディエ殿の過去の所行、包み隠さず話してはくれぬじゃろうか? 無礼なのは承知の上。これまでの動きから察するに、骨十字軍は閣下の傭兵時代に恨みを持つ者達の集まりじゃ。星の数と言えども、ひとつずつ紐解いて見れば奴等の正体が見えてくるのではないかえ?」
「卿(おんみ)は、神に仕える身であったな」
返答の前に、バルディエは穏やかな顔でそう前置きした。
「仮に我が死の床に伏せり、明日にでも天に召される身であったなら、卿に全てを語り聞かせるやもしれぬ。だが、未だその時には至らず。今の我はこの領地を治め、領民を守る身なれば、我が胸の内に止め置かねばならぬ秘密も数多い。だが‥‥卿らの働きにより、俺には敵の正体が次第に見えてきたような気がする。そのことには礼を言うぞ」
「骨十字軍の首魁の正体に、心当たりでもおありじゃろうか?」
ヴェガのその質問に、バルディエはただ悠然と微笑み返すのみ。その胸中に浮かび上がった者の名前は、ついぞ明かされることがなかった。