マスカレイダー7〜怪魚人、マグロ男

■シリーズシナリオ


担当:マレーア

対応レベル:7〜13lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 56 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月04日〜11月11日

リプレイ公開日:2005年11月14日

●オープニング

 辺境伯アレクス・バルディエの所領に流れる川は、水量豊かで川幅も深さも程々に広く深い。今日も川には、エスト・ルミエールに向かう川船の船影がある。街に向かうう客人を乗せた船に、市場で売りに出す商品を乗せた船。しかしその日はいつもと違い、見慣れぬ一艘の船の姿があった。
 他の船よりも一回り大きく、船首には金色に煌めく獅子の船飾り。船体にも、甲板にしつらえられた天蓋にも、趣を凝らした装飾がちりばめられている。その船の姿に、近くを行く船の者たちは感嘆の声をあげた。さほどに贅を尽くしたあの船に乗るお方は、いかなるお方であろう? さぞや高貴なお方に違いあるまい。
 いかにも。その船はドレスタットの社交界にその名を馳せたる自称・名門貴族、エミール・ド・クルーシーの持ち船、金獅子号であった。
 船の両弦では逞しい水夫たちがオールを握り、えっちらおっちらと水を掻く。船が進む間、彼らには休む間もない。しかし天蓋の下の船室は肉体労働とは無縁の別世界。ここではひたすら優雅に時が流れてゆく。
 ち〜ん。澄んだ音が豪華な船室に響き渡った。
「ふむ。これは華仙教大国の逸品でんな」
 白磁の壺をちんと指で弾いたその男、壺をしげしげと品定めして評する。
「良質の粘土を使ってしっかり焼き上げなければ、この音は出せませんわ。いや、いい仕事してまんな〜」
 などと言っているこの男、ジャパン仕立ての羽織袴を着込み、髪もジャパン風に髷を結っているが、れっきとしたイギリス人だ。その名もエドモンド・パーカー。知る人ぞ知る鑑定人であり、美術品に骨董品の目利きの腕にかけては第一人者と自負する、何かと噂の人物である。
 ち〜ん。再び澄んだ音が響き渡る。壺を弾いたのは、壺の置かれたテーブルを挟んでエドモンドの真向かいに座る身なりの良い紳士。
「うむ。素晴らしき音色である。あたかも極上の竪琴で奏でられる音楽のごとく」
 壺を指で弾き、気障な口振りで言葉を紡ぐその紳士は、自称・名門貴族のエミール・ド・クルーシー。
「真に良き壺。まさしく、エミール様のコレクションに相応しき逸品でございます」
 澄んだ声で応じたのはエドモンドの娘、鑑定人見習いのクラリスだ。父が羽織袴なら、娘は目にも艶やかな振り袖。ジャパン風に結い上げたその髪には、煌びやかに輝くかんざしの数々。だけど彼女もれっきとしたイギリス人である。
 ふと、クルーシーは船窓から外を眺めて呟いた。
「さて、ここは既に彼の成り上がり者の領地であるが。おお、なんたる殺風景、なんたる不毛」
 川の両岸に広がるのは、辺境ではどこにでもあるような、丈の高い水草の生い茂る岸辺。
「まさにここは、文化果つる地であるな。なればこの我、エミール。この荒涼たる辺境の地に文化の恩恵をもたらさん。さて、ロイスよ。この不毛なる土地は文化の響きに飢えておる。そなたの優雅なる琴の調べで、その飢えを満たしてはくれぬかね?」
 声をかけられたのは同行者の一人、ロイス・クーリン。社交界で売り出し中のバードである。
「畏まりました。では一曲」
 貴族の暇つぶしのお相手は馴れたもの。ロイスはこやかな笑みをエミールに向け、慇懃に一礼すると竪琴を奏で始めた。
「おおロイスよ。そなたの竪琴の調べは何度聴いても美しい。これぞまさに天上の音楽」
 竪琴の音に聴き入っているロイスを後目に、振り袖姿のクラリスは羽織袴姿の父にこっそり囁いた。
「パパ、私たちのこの恰好、どう見たってヘンよ。これで街を歩くの恥ずかしくない?」
「仕方なかろう? パトロンの趣味なんだから」
 答えるエドモンド。最近はエミールが東洋趣味にかぶれているだけあって、船室には華国の壺やジャパンの徳利、茶碗が所狭しと置かれていたり。壁を埋め尽くさんばかりにぶら下げられたのは、東洋の景観や動物を描いた水墨画だったりする。
 このまま平穏な船旅が続くと思いきや──。
 どばしゃあああっ!! いきなり大量の川の水が、まるで生き物のように船縁を乗り越え、船の甲板に流れ込んできた。
「うわっ!」
「何事だっ!?」
 驚く水夫たち。しかも尋常ならざる水の流れは異様な怪人までも甲板に運んできた。
「げぇ〜へへへ! 俺様は骨十字軍海戦兵団指揮官、地中海の覇王カルパッチョ! この船は我ら骨十字軍が乗っ取ったぁ!!」
 下卑た笑い声と共に名乗りを上げた怪人、どう見てもマグロにしか見えない奇怪な着ぐるみから手足を突き出し、その足には水掻き状の履き物、両の手には魚の鰭に似せた盾二つ。その姿はまさに二本足のマグロである!
「くらえアイスブリザード!」
 高速詠唱の響きと共に、怪人の手から氷の吹雪が放たれる。水夫たちがダメージ喰らって倒れたところへ、金獅子号の隣に横付けになった小舟から髑髏男たちが乗り込み、傷ついた水夫たちを川へ投げ落とす。そして全身、水をしたたらせたマグロ男は船室に乗り込んできた。
「うわっ! 水はいけまへん! 水墨画が台無しになりますさかい!」
「どうして川にマグロが出てくるのよ!」
「おお、かくもおぞましき怪人が闊歩するとは、何たる野蛮な土地だ!」
「さすがは辺境。何が起きるか分かりません」
 口々に叫び、呟くエドモンド、クラリス、エミール、ロイスに向かい、怪人は気色悪いほど丁寧な口調で言い放った。
「皆様方には我々の人質となっていただきましょう。命だけは保証して差し上げます。げへへへへ」

 ここはエスト・ルミエールの城内。書状を抱えた一人の兵士が、息せき切って領主バルディエの部屋に駆け込み告げる。
「一大事です! クルーシー殿の船が骨十字軍に乗っ取られました!」
「何だと!?」
 貴族クルーシーは、バルディエにとって鼻持ちならぬ相手。「ならず者上がりの領主に文化というものを教えてやる」などとうそぶき、今日にも自分の船でやって来るという話は聞いていたが、よりにもよってその船が骨十字軍に乗っ取られるとは。
 急ぎ、バルディエは届けられた書状に目を通す。

──────────────────────────
タレグソ・バカディエのあほうに告げる。
金獅子号と人質の解放を望むなら、
身代金としてその全財産を差し出せ。
さもなくば船に積まれたる財物を全てぶち壊し、
金獅子号は川に沈める。
人質の皆様方は、身一つでお帰りいただくことになろう。
さすれば貴様は、子々孫々に至るまで貴族界の笑い者だ。

              骨十字軍海戦兵団指揮官
              地中海の覇王カルパッチョ
──────────────────────────

「ウィステリア・トーベイを呼べ! マスカレイダーを招集するのだ! ‥‥しかし、厄介なことになった」
 なにせ貴族クルーシーは貴族界のうるさ型。敵に勝っても負けても何を言われるか分かったものではない。だが負ければ最悪。バルディエのボロクソな噂が貴族界に広まること間違いなしだ。ならば勝つしかない。
 マスカレイダー、いざ出撃!

●今回の参加者

 ea2031 キウイ・クレープ(30歳・♀・ファイター・ジャイアント・イスパニア王国)
 ea2832 マクファーソン・パトリシア(24歳・♀・ウィザード・エルフ・フランク王国)
 ea6561 リョウ・アスカ(32歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ea6647 劉 蒼龍(32歳・♂・武道家・シフール・華仙教大国)
 ea7463 ヴェガ・キュアノス(29歳・♀・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 ea7569 フー・ドワルキン(55歳・♂・バード・エルフ・イスパニア王国)
 ea7906 ボルト・レイヴン(54歳・♂・クレリック・人間・フランク王国)
 ea8417 石動 悠一郎(35歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●今度の敵はマグロだ!
 ここはエスト・ルミエールの街を臨む、バルディエの城の一室。
「あいかわらず骨十字軍が暴れてるな‥‥。まぁ、俺が来れば大丈夫! マグロだろうがホタテだろうが、あっという間に酒の肴にしてやるぜっ!」
 椅子の背にちょこんと腰掛けたシフール武道家・劉蒼龍(ea6647)が言う。今回は体に純白のたすきがけ、頭にはジャパン語で『必勝』と書かれた鉢巻きという出で立ち。どこでこんな物を揃えたかはともかく、いつにも増して気合い入りまくりである。
「まったく、妙な輩がやって来たのぅ」
 と、口にして、余裕で微笑むヴェガ・キュアノス(ea7463)。なにせ今度の敵は二本足で歩くマグロ。こんな敵とまともに戦っていられるか! と、依頼主の領主バルディエならずとも、視線を合わせず見て見ぬふりして退散したくなる相手ではあるが。
「なれど、アレクス卿の面目を潰すわけにはいかぬ。マグロ男なぞ切り身にして酢で漬け込んでくれるわ」
 そうだ。こんな敵だからこそ、我らがマスカレイダーに依頼が回ってきたのだ。とにかくこのマグロ男、海で大人しくしていればいいものを川にまでしゃしゃり出て、某名門貴族の超豪華な川船を乗っ取った挙げ句にそれを沈めようとしているのだから始末に終えない。
「またトンデモナイ‥‥いや、厄介な怪人ですな。しかも水の魔法を使うウィザードで、おまけに高速詠唱持ちかぁ‥‥」
 ぼそりと呟くリョウ・アスカ(ea6561)には、過去の依頼でウィザードの水の魔法で氷漬けにされたイヤ〜な思い出があったりして。
「‥‥まあ、過去のことはとりあえず置いといて」
 事件当時の状況については既に、放り出された金獅子号の水夫から聞き出してある。マグロ男の着ぐるみの中の人は、水の精霊魔法を使いこなすウィザードと見て間違いなさそうだ。
「私と同じ水のウィザードか。う〜ん‥‥」
 ついつい思案顔になってしまうマクファーソン・パトリシア(ea2832)。船の襲撃に当たってはアイスブリザードとウォーターコントロールを使用したものと察せられたが、今度の敵は他にも幾種類かの魔法を使える可能性がある。しかも、彼女と同じ高速詠唱の使い手だ。かたや、マクファーソンの習得した魔法といえば、ウォーターボム一本槍。分の悪さを感じ、内心穏やかではない。しかし今は、やれることをやるだけだ。
「私の魔法は1種類だけど、要は使い方次第でなんとでもなるわ」
 ここで、策士然としたフー・ドワルキン(ea7569)がおもむろに発言。
「クルーシー氏にも、我々の正体がばれない方がいいだろうね。いい笑い物だ」
 人質に捕らえられたクルーシーは、貴族界のうるさ型。マスカレイダーの正体を隠しておくに越したことはない。さもなくば、後で何を言われるか分かったものじゃない。
 作戦会議はトントン拍子に進んだ。まず怪人どもを人質ごと船からおびき出し、その後で人質を切り離して怪人どもをぶちのめす。それがダメなら船上で交渉すると見せかけて、機を見て怪人どもをぶちのめす。と、そういう流れで話はまとまった。
「基本はこれでいいでしょう。後は臨機応変に」
 マスカレイダーを統括するウィステリア・トーベイが、そう言って作戦会議を締めくくる。ん? 何だか、やけにあっさり決まってしまったが。
「本当にこれでいいのかな? 何か見落としがありはしないかな?」
 どこか腑に落ちない物を感じてフーは訊ねたが、ウィステリアは答えた。にこやかな笑みとともに、きっぱりと。
「大丈夫。特に問題はないでしょう」

 さて、城の一室で冒険者たちが熱っぽく怪人の料理法を論じ合い、マグロなどサシミにしてしまえ、いや煮物にしてしまえなどと息巻いている頃、領主の部屋では領主バルディエが届いたばかりの1枚の書状を前にして、苦虫を噛みつぶしていた。
 書状の送り主は、今は囚われの身となった貴族クルーシー。して、書状に書き記された内容たるや──。

────────────────────────────────
過去の栄光並び無きアレクス・バルディエ閣下。
ここはまず、御名を讃えますと書き記したいところでありますが、
閣下の御統治になるこの辺境の地にて、
斯様にも不作法なる怪人の跳梁跋扈を許すとは残念至極。
先の復興戦争にて閣下と共に国王陛下の戦列に馳せ参じたる
勇猛にして忠義に篤き戦友諸氏が、
仮に此度の不祥事のことを耳にすることあらば、
ああ、バルディエの威光も地に墜ちたり、
ノルマン全土にその名を轟かしたる名将は何処に消えたるやと
大いに嘆くこと間違いなしでありましょう。
仮に威光並び無き国王陛下が此度の不祥事をお聞き召されるならば、
ああ、バルディエも所詮は傭兵上がりの成り上り者、
領主の器無き者に分相応ならざる領地を授けたのは間違いであったと、
大いにご嘆じになられること間違いなしでありましょう。
我は閣下の名誉を思えばこそ、
一刻も早き事件の解決を望むものであります。
閣下のご手腕には大いに期待を寄せるところでありますが、
先ずは我が切実なる願いをお聞き入れ頂きたく存じまする。
この不毛なる辺境の地にて怪人の囚われの身となり、
口にするものといえば固いパンと干からびた干し肉のみ。
斯様なる惨い仕打ちに我が心は痛みで張り裂けんばかりであります。
我が今一番に望むは美味にして温かき食事。
閣下が我が願いをお聞き入れになり、
焼き上げたばかりのふっくらしたパン、
ほんわかと湯気の立つ具だくさんのシチュー、
極上のソースをかけた肉と魚の料理を、
その熱の冷めぬうちに我が元にお運び頂けるならば、
囚われの身となりたる我が心は大いに慰められるでありましょう。
閣下が我が切実なる願いをお聞き入れ下さるであろうことを、
我は願って止まないものでありまする。

                 エミール・ド・クルーシー
────────────────────────────────

「如何なさいます、閣下?」
 傍らに控える騎士に尋ねられたバルディエ、押し殺した声で命じる。
「城で一番の食材を用いて料理人に料理を作らせ、早々に早馬で運ばせよ」
 命令を伝えに騎士が部屋を出て行き、扉が閉まるやバルディエはドンと拳をテーブルに叩きつける。
「‥‥クルーシーめ! この俺を小馬鹿にしおって!」

●偵察行
「さて、まずは‥‥俺は飛べるから、単独で偵察に行ってくるぜ」
 羽根を広げ、蒼龍が窓辺から飛び立つ。人間の足で歩けば結構な時間がかかる距離も、シフールの羽根ならお散歩同然の短い時間で行って帰って来られる。
 街の畔に流れる川のずっと下流に、骨十字軍に乗っ取られた金獅子号は浮かんでいるはず。川面すれすれの高さで川に沿って飛んで行くと、金獅子号が見えてきた。大きな川船で、船首の船飾りの金獅子が太陽の光に照らされてキラキラ輝いている。船の甲板の上に、張り番の髑髏男たちの姿が見えた。蒼龍は川面を離れ、岸辺に生い茂る丈の高い水草の陰に身を隠しつつ、金獅子号に近づいていった。
 金獅子号が泊められた岸辺は、水草の茂みが途切れて河原が開けた場所。河原には髑髏男たちがたむろし、仲間とだべり合ったり賭博に興じたりして時を過ごしている。水草の陰から蒼龍が近づくにつれ、連中の話し声が次第にはっきりと聞こえてきた。
「‥‥しかし、ヒマだなぁ」
「‥‥ああ、まったくだぜ」
「バルディエの野郎、一戦交える気配もなし」
「退屈でしょうがねぇなあ」
 ガサガサ‥‥。近づく拍子に蒼龍はうっかりして、水草の茂みを揺らして派手な音を立ててしまった。髑髏男たちがその音に気付き、目線を向ける。
「何だ、狐でもいるのか?」
「放っとけ。たかが狐くらい」
 一瞬、注意を向けた髑髏男たちだが、さして気にすることもなく、再びだべり合い始める。慌てて身を伏せた蒼龍は、さっと身を起こすと素早く茂みから飛び出して、川辺に泊まった金獅子号の陰に身を隠した。
「連中、ぶったるんでやがるぜ」
 蒼龍の姿に気付いた者は誰もいない。
「ん?」
 ルルルルルン♪ ルルルルルン♪
 優雅な竪琴の調べが船から流れてるではないか。
 さっと船縁へ舞い上がり、舷窓から中を覗き込む。竪琴を弾いているのはバードのロイス・クーリン。しかし蒼龍の目に真っ先に映ったのは、テーブルを挟んで対面しているクルーシーとマグロ男の姿であった。テーブルの上にはチェス盤が置かれ、二人は共にチェス盤を睨んで駒を進めていく。
「チェックメイトでげす」
「むむ、ならばこれでどうですかな?」
 真剣勝負の面もちでチェスを指す貴族と怪人、いやはや何とも現実離れした光景である。テーブルの傍にはジャパン風の火鉢がでんと置かれ、エドモンド・パーカーが火鉢の火に当たりながら、せっせと骨董品の壺やら茶碗やらを磨いている。娘のクラリスは、何やら本を読んでいる。そう、本だ。羊皮紙を何十枚も綴じ合わせ、豪華な装丁の表紙を付けた、いかにも貴族のコレクションの中に収まっていそうな、高価な見てくれの本だ。恐らくはクルーシーの蔵書の中の一冊。ふとクラリスは本から目を離し、父エドモンドに呼びかける。
「パパったら、よく飽きないわね〜。朝から壺ばっかり磨いて」
「仕方あらへんわい。これしかやることが無いさかいな」
 テーブルでチェスの対戦中のマグロ男が声を上げる。
「げへへへへ、チェックメイトでげす」
「むむ! お見事! これで3勝負3連勝、貴殿は見かけによらずチェスの名手であるな」
「チェスの腕なら3歳のガキの頃から磨いてきましたでげすよ。げへへへへへ」
「さて、船の中に籠もりきりの生活にも飽きた。私はちと散歩に‥‥」
 船室から外に出ようとしたクルーシーの手を、怪人の手がぐいと掴んで引き戻す。
「おっと、それはなりませんぜ。クルーシーの旦那」
「ほんの短い時間でいいのだ」
「だめですなぁ。嫌というなら船を沈めますぜ」
「待て待て。それだけは困る。分かった、散歩は諦めよう」
 蹄の音がぱかぱかと聞こえてきた。バルディエの遣わした早馬が、食事を届けにやって来たのだ。届けられた食事が人質たちの前に運ばれる。
「いや、有り難いことでんな〜」
「冷めないうちに頂きましょう」
 エドモンドとクラリス、早速食事に手をつけ始める。ロイスも竪琴を弾く手を休めて食事にありつき、その一口を口に運んで一言。
「辺境の食事にしては、なかなかの味です」
 しかしクルーシーは不満を隠さない。
「冷めないうちに運ぶよう手紙に書いて送ったというのに、シチューがぬるくなっておるではないか。それに肉の焼き加減がなっておらん。ソースも大味で料理に品というものがない」
 ぶつくさ文句を垂れながらも料理を平らげると、怪人に言う。
「さて、食事も終わったことであるし、もう一局チェスのお相手を願えぬかな?」
「げへへへ、何度でもお相手しますぜ」
 蒼龍は呆れた。良く言えばのほほんした、悪く言えばだらけきった雰囲気。まったくこの人質と怪人たちは、自分の立場というものを分かっているのだろうか? ああもう見てられないぜ。──などと心中で呟いていると、ロイスと視線がばっちし合ってしまった。
「おや? 誰かが窓から覗いていますよ」
 その言葉にクラリスも窓に目線を向け、蒼龍の姿に気付く。
「あら、可愛いお客さんね」
「うわ、ヤベぇ!」
 蒼龍、慌てて窓から離れて飛び去る。
「待てぇ! 貴様、何者だぁ!?」
 怪人の怒鳴り声が後から追いかけてきたが、もはや我関せず。
「あ〜あ、見つかっちまったぜ。‥‥ま、いいか」

●交渉の裏に策略あり
 金獅子号の停泊場所からさほど遠くない川縁に、一軒のあばら屋がある。無人のまま放置されて久しいその家をフーは借り受け、手始めとして『タレグソ・バカディエ』との表札を掲げた。骨十字軍より送られし脅迫状に記されていた、受取人の名前そのままにしたまでのこと。
「連中、引っかかってくれるかしら?」
 果たしてフーの立案した作戦でうまくいくのか、半信半疑のマクファーソン。いや、連中は必ず引っかけてみせると自信満々に答えるフー。
「ともかくも、ここで奴らを船から引き剥がしたい。バルディエ殿が自分の身を投げ打つ態度を見せれば、クルーシーに恩も売れるだろう」
 あばら家の確保に、財産譲渡の委任状の作製に、馬車3台の手配。全ての準備が整うと、フーは仲間と共に1台目の馬車に乗り込む。仰々しく仕立てられた馬車は、太陽がだいぶ傾いた頃合いに、金獅子号の泊まる川縁に到着した。
「あれが金獅子号か。腐れ貴族が金に明かせて作った半端なジャパンかぶれな船‥‥個人的には心底どーでもいいのだが、そういうわけにもいかぬのだろうな」
 言って石動悠一郎(ea8417)、はぁとため息一つ。
 一方、金獅子号の中では到着した馬車を目の前にして、囚われの人質たちが色めき立っていた。
「おお! あの立派な馬車はバルディエ殿の馬車に違いありまへんわ!」
 と、エドモンド。
「私たち、やっと自由になれるのね!」
 と、クラリス。
「物事がうまく運べばいいのですが」
 と、ロイス。
「バルディエめ、また随分とやって来るのが遅いではないか。昼寝でもしておったか」
 と、相変わらず文句を垂れるクルーシー。しかし馬車から下りた者たちの中にバルディエの姿がないことに気付くと、さらに文句を垂れる。
「なんと、バルディエは来ないというのか? この名門貴族の私が人質になっているというのに、領主たる自分が来ることなしに、あんなどこの馬の骨とも牛の骨とも分からぬ者たちを代わりに寄越すとは。何たる無礼! 何たる怠慢!」
 そして不敵に笑うマグロ男。
「げへへへへ。まずは交渉人のお手並み拝見でげすなぁ〜」
 髑髏男たちが目を光らせる中、一行の先頭に立ったフーが真っ先に金獅子号に乗り込む。続いてマクファーソン。その後から悠一郎とアスカが、二人して大きな二つの木箱を船の中に運び入れる。箱には身代金としてバルディエより借り受けた金貨が山ほど入っているが、箱の中味はそれだけではない。
 そして、フーと怪人の交渉が始まった。
「今回の件に関して、私は財産譲渡の交渉を委任された。委任状もほれ、この通り」
 用意した委任状を怪人の前で広げて見せる。ただし譲渡人の名義は『タレグソ・バカディエ』である。
「そしてこれが、差し当たっての身代金だ」
 言って二つの木箱の蓋を開けると、箱の中にはびっしりつまった金貨。少なくとも見かけはそう見える。居並ぶ髑髏男たちの目も、金貨の眩い輝きに釘付けになる。
 しかしそのおマヌケな外観とは裏腹に‥‥いや、マグロ着ぐるみの大目玉に宿す眼光そのままにと言うべきか。マグロ男の観察眼は鋭かった。
「怪しいぞぉ〜。この箱は怪しいぞぉ〜」
 やにわに箱の中の金貨に手を突っ込む。するとマグロ男の手は、金貨のすぐ下の木の板に当たった。
「ふん! やはり上げ底であったか。道理でな。これだけの大きさの箱に金貨がびっしり詰まっているなら、重すぎてたった二人の人間で持ち運びできるわけがない。この俺様をたばかりおって!」
 怪人のマグロ顔が、ぐぐっとフーに迫る。
「俺様は全財産を要求したはずだぞ」
 その言葉にしおらしく答えるマクファーソン。
「こちらの箱の中味はタレグソ・バカディエ様の財産の一部ですが、もちろん全てではありません。何回かに分けますのでご了解を」
 そして、フーが言う。
「この金はあくまでも手付けだから、正式な財産譲渡のためには屋敷に来て契約をして欲しい」
 そう、タレグソ・バカディエの表札を掲げた、あのあばら屋にだ。なにせ目の前の相手がその全財産を要求した相手は、タレグソ・バカディエなのだから。
「屋敷に来て契約だと?」
「何せ全財産を譲渡するからには、色々と煩わしい手続きが必要なのだ。ともかくも船から一度下りて陸に上がらねば、貴公は永久に財産を手にすることはできない。そのことはお分かりだと思うが」
「では、俺様は陸に上がり、財産譲渡の譲受人として契約書にサインするとしよう。ただし、契約を行う場所は貴様の言う屋敷ではない。後ほど我々が指定する場所で行う」
「何!?」
「そして、貴様が運んできた身代金は受け取らせてもらう。この金獅子号に積まれたる財物のうち、今回の身代金の額に相当する価値のあるものを、身代金と引き替えに貴様に手渡そう」
「いや、しかし‥‥」
 フーの目論みは狂った。怪人たちを船から引き剥がすつもりが、これでは‥‥。
 その時、高速詠唱の呪文の唸りが響いた。
「!!!!」
 マグロ男はそれを聞き逃さず、いきおい木箱の前から飛び退って叫ぶ。
「誰だ!? 高速詠唱の呪文を唱えたヤツは!? この箱の中かぁ!?」
 一番目の木箱の上げ底が、ガバッと跳ね上がる。金貨をまき散らし、二重底になった箱の中から颯爽と現れたるは、仮面でその素顔を隠したる麗人。
「マスカレイダー・サファイア見参!」
 その姿に人質たちの目は釘付となり、その口々からこぼれる言葉の数々。
「こりゃえらいこっちゃ!」
「え!? え!? あなた、誰なの!?」
「さすが辺境、何が起こるか分かりません」
「な、なんと! これもバルディエの差し金か!?」
 最後のはクルーシーの言葉。するとマスカレイダー・サファイアの仮面を被ったヴェガが凛々しく言い放つ。
「我はこの度のいざこざとは無関係。ただ、宿縁で結ばれたる我が敵と戦うべく、箱の中に忍び込んでこの時を待っていたまで! マグロ男よ、正義の縛めを受けるがよいわ!」
 叫んで高速詠唱の魔法をぶつけるヴェガ。だがマグロ男の動きを封じるべく放たれたコアギュレイトの魔法は、一度ならず二度までも無効化された。敵はウィザード、魔法への抵抗力も強いのだ。
「げへへへへ! 交渉決裂だぁ!」
 船室から甲板へ逃げるマグロ男。悠一郎とアスカ、二番目の木箱の上げ底をひっくり返し、箱の下に隠されていた得物を持って後を追う。行く手を阻む髑髏男どもは、問答無用でぶちのめし。
「どけっ!」
「邪魔だっ!」
 悠一郎のソニックブーム、アスカのバーストとスマッシュの合成技に吹き飛ばされ、船の上の髑髏男どもは一人また一人と川に転落していく。その有様を人質たちは、あれよあれよと見守るばかり。
 髑髏男どもがあらかた片付いたところでマグロ男はと見れば、怪人は金獅子号の舳先に立ち、冒険者たちを見下ろしていた。
「おのれぇ、有象無象どもが! かくなる上は俺様のアイスブリザードで‥‥ぐがああっ!!」
 言葉が終わらぬうちに上がる悲鳴。背後に回ってマグロ男に不意打ちの蹴りを加えたのは、青の仮面を被った蒼龍。
「マスカレイダー・ブルー、見参だぜ!」
 名乗りを上げてさらに蹴りを二発お見舞い。
「がああっ! がああああっ!」
 悲鳴を上げたマグロ顔に、水球がばしゃりと炸裂。マクファーソンの放ったウォーターボムだ。
「色々無い知恵絞ったみたいだけどまだまだね。魔法はこうやって使うのよ!」
 ばしゃ! ばしゃ! ばしゃ! 高速詠唱で放たれる水球をその身に受け、マグロ男が怯んだ隙を突き、アスカが突っ込んだ。その繰り出す斬馬刀をマグロ男、両手に備えた魚の鰭型盾で受け止めようとするも、アスカはバーストの技を効かせて斬馬刀を盾に叩きつけた。バキイッ! マグロ男の左腕の盾が砕け散り、刀身の勢いをその身に受けたマグロ男は舳先から突き落とされ、川に真っ逆様。
 どぼん! 派手な水音と共に水しぶきが上がる。
「やったか!?」
 舳先から身を乗り出し、川面に目をやる冒険者たち。だが、そこにマグロ男の姿は無い。
「沈んだか!?」
 しばし流れる沈黙の時間。
 どぼぼぼぼぼぼぼっ!! いきなり舷側のほうから大量の水が吹き出し、甲板を水浸しにし始めた。

●マグロ男の逆襲
 どばしゃああああっ!! どこからともなく出現した大量の水は、あたかも洪水のごとくに甲板を覆い尽くすと、どっと客室に流れ込んでいく。中の人質たちはたまったものではない。
「うわっ! えらいこっちゃ!」
「きゃーっ! 何よこの水は!?」
「あ〜、これは大変です」
「うわっ! 私の船がぁ!!」
 慌てふためき狼狽え叫ぶところへ、またも大量の水がどこからともなく出現。
 どばしゃああああっ!! 水は客室へ、船底へと流れ込み、内側に水が大量に溜まったおかげで金獅子号がじわりじわりと沈んでゆく。
「わ、私の船が沈んでしまう! 誰か何とかしてくれぇ!」
 溜まりかねてクルーシーが叫ぶ。
「この水、クリエイトウォーターの水よ!」
 水の出所に気付き、マクファーソンが叫ぶ。突如出現した大量の水は、水を湧き出す魔法によるものだったのである。
 と、川面にマグロ男がぽかりと顔を出し、マクファーソンに言葉を投げつけた。
「げへへへへへへへ! 魔法はこうやって使うのだぁ!」
 どぼぼぼぼぼぼぼっ!! またも風呂桶5、6杯をひっくり返したごとくに、大量の水が甲板にぶちまけられ、客室へ船底へと流れ込んで行く。思わずマクファーソン、ウォーターボムの水球を川面のマグロ男に放ったが、命中する前にマグロ男は水面下に姿を消していた。
「おのれ、マグロめ!」
 悠一郎はいきり立ち、その手にするメイスでソニックブームをぶっ放すが、川面にド派手な水しぶきを跳ね上げたのみ。
「姑息な手を!」
 アスカは斬馬刀で狙いをつけるが、そうこうするうちにも船はどんどん沈んで行く。 船室では人質たちが、腰まで水に浸かって大騒ぎ。
「うわーっ! 水墨画が! 水墨画が!」
「船が! 船が沈んでしまうぞ!」
 すっかり水浸しの船室。水面には壺や茶碗がぷかぷか浮かび、壁のあちこちに飾られた水墨画をシフールの蒼龍が大慌てで回収中。
「落ち着け! 落ち着くのじゃ!」
 マスカレイダー・サファイアことヴェガが、クラリスとロイスの手を取って岸へと導く。
「おまえ達も何とかせんかあ!」
 クルーシーが悠一郎とアスカを怒鳴りつけた。このままでは金獅子号は沈没、もはやマグロには構ってられぬ。二人は骨董品の壺を手に取り、船の中にたまった水を無我夢中で掻き出し始めた。
「見て! あそこにマグロ男が!」
 マクファーソンが、船からはるか離れた川面を指さして叫ぶ。そこにマグロ男が背中を出し、ゆっさゆっさと波を立てて逃げて行く。
「くらえウォーターボム!」
 マクファーソンの放つ魔法の水球が2発、3発と命中するも、マグロ男の逃走を阻めない。
「ならば、私の魔法で‥‥」
 フーがコンフュージョン、次いでイリュージョンの魔法を投げつける。だがマグロ男は相変わらず、ゆっさゆっさと波を立てて逃げて行く。
「効かぬな。相手がウィザードだけに、魔法抵抗されたか。‥‥むむ!? あの姿は!?」
 フーとマクファーソンは見た! 逃げるマグロ男の前方、水草の生い茂る川辺に颯爽と姿を現した全身まっ赤っ赤な仮面の女の姿を!
「あれは、紅き蜘蛛のアルケニー!?」
 そうだ、マスカレイダーが窮地に陥ると、なぜかどこからともなく姿を現す謎の女。相も変わらず怪しくきわどく悩ましき衣装を纏い、蜘蛛の仮面を被って高笑い。
「あははははははははは! マグロ男、逃げようったってそうは行かないわよ! この紅き蜘蛛のアルケニーが‥‥ちょっと、どこ行くのよ!?」
 アルケニーの言葉などお構いなしとばかり、マグロ男は波を立ててアルケニーの前を素通りしていく。
「待ちなさい! 私はシカトされるのが嫌いなのよ! こうなったら腕づくでも捕まえてやる!」
 アルケニー、大股でざぶざぶと川の中へ踏み込んで行く。するとどうしたことか、いきなり水面が大きく盛り上がり、アルケニーを飲み込んだ。
「うわあっ!」
 波立つ水の中であっぷあっぷしながら、アルケニーが救いを求めて叫ぶ。
「助けて‥‥え! 私‥‥泳げ‥‥ないのよっ!!」
 これはいかん! フーとマクファーソンは船を飛び出し、川辺の水草の中を駆け抜けてアルケニーの元へ。手を伸ばして彼女を引き上げてから川面を見れば、さっきまでの派手な水面の動きが嘘のように静まっている。
「これは、如何なることだ?」
 辺りを見回して、フーはすぐ間近にマグロ男がぷかぷか浮いているのに気付く。しかし、何だか様子が変だ。よくよく見れば、それはマグロ男の着ぐるみだけで、中はもぬけの殻。
「なんと! 着ぐるみだけ残して、中の人は逃げおおせたか! にしても、先ほどの派手な水の動きは‥‥」
 しばし考え込み、フーは気付いた。
「そうか! ウォーターコントロールの魔法で水を動かして着ぐるみを押し流し、しかも水の動きを巧みにコントロールして、さも実物が泳いで逃げているようにカモフラージュしていたわけだな。悪智恵の働くヤツめ」
 その言葉を聞き、手で額を押さえるアルケニー。
「ああ、何てことかしら!? この私がこんなドジ踏むなんて!」
 不意にアルケニーは、全身ずぶ濡れのまま立ち上がる。
「アルケニー、どこへ行くのだね?」
「敗者は語らず、黙して去るのみよ」
 そう言い残して、アルケニーは生い茂る水草の向こうに姿を消した。

●敗北を噛みしめよ!
 金獅子号はかろうじて沈没を免れたものの、船内はすっかり水浸し。岸辺に避難したクルーシー達は、毛布にくるまってぶるぶるがたがた震えている。
「とにかく、大した怪我人が出なくて何よりです」
 ボルト・レイヴン(ea7906)がクルーシー達を労うが、クルーシーは最悪に不機嫌だ。
「おお、何ということだ! 私の大切な骨董品がすっかり傷んでしまったではないか!」
 船の中から運び出した品々の一つ一つを手に取り、渋い顔になる。
「おお! 傷一つなかった壺にひび割れが! ああ! ジャパンの名匠の手になる茶碗の縁が欠けてしまった! なんと! 水墨画に水の飛沫が飛んで、絵が滲んでしまったではないか!」
 一通り文句をぶちまけて、ボルトの顔をじっと見つめて言う。
「ボルト殿の魔法の力で、元通りにすることはできぬものか?」
 ボルトは苦笑して答えるしかなかった。
「人間や動物の怪我を治すならともかく、私の魔法ではアイテムの修繕は出来ません」
 そんな一同の様子を遠くから眺めながら、ヴェガが呟く。
「今回の件、エミール卿の来訪も襲撃も、最初からそうなるように仕組まれていたと見た。という事ならば‥‥敵はドレスタットに在り、かえ?」

「だから、もっときちんと作戦を練っておくべきだったのよ!」
 アルケニーとは入れ違いに姿を現したウィステリアが、非難がましい口調で言う。
「敵は水の魔法を使うウィザードだってことは分かっていたのだし、クリエイトウォーターの魔法を使って船を沈めようとすることくらい、想定しておくべきだったのよ!」
「だったらなぜ、先の作戦会議でそのことを指摘しなかったのだね?」
 フーが突っ込むと、ウィウテリアは黙り込む。フーはさらに畳みかける。
「仮に、君の正体がかの蜘蛛女だとしてだ。最近出番がないから欲求不満ということで、わざとマスカレイダーをピンチに陥らせて、そこへ自分が颯爽と登場して事態を収拾──などと考えていたのが裏目に出てしまったとか‥‥」
「あははははは! 知らないわ、知らないわ、紅い蜘蛛のアルケニー? いったいそれは、どこの誰だったかしら? あはははははははははははは!」
 露骨に笑って誤魔化すウィステリア。正体バレバレだって。

「それにしても、マグロ男はどこへ逃げたんだろう?」
 何事もなかったかのように、ゆったりと流れる川の水面を見ながらアスカが呟く。それに答えるように、悠一郎がぼそっと言った。
「マグロはどーでも良い、馬公は何処行った?」
 その脳裏には、骨十字軍との最初の戦いで取り逃がした怪人の姿が浮かんでいた。

●邪悪の胎動
 ここは何処とも知れぬ、邪悪なる者どもの巣窟。
「ぶはははははは! 我が復讐の時は来たり!」
 奇怪な馬のマスクを被った怪人の高笑いが部屋に響く。
「マスカレイダーめ! 目に物を見せてくれるわ!」
 扉が開き、伝令の髑髏男が現れた。
「暗黒馬将軍スレイプ閣下、大首領閣下がお呼びです」
「何!? 大首領閣下が!?」
 部屋を出た馬男、マントを翻して長き通路を歩き、通路の果ての扉を開いて中に足を踏み入れる。そこは豪華な大広間。立ち並ぶ燭台の光に照らされてテーブルに居並ぶは、世にも恐ろしき姿の怪人たち。その怪人達と肩を並べて、骨十字軍の大首領の姿があった。
「来たか、暗黒馬将軍スレイプよ」
 地の底から響くが如きくぐもった声が、馬男の名を呼ぶ。
「はっ! 大首領閣下!」
「我らが敵との決戦の時は近い」
「はっ! 私も戦いの日の到来を待ち望んでおりました!」
「だが、戦いの前に、貴公に引き合わせたい者がおる」
 大首領が顎で指図を送ると、髑髏男が奥の部屋に通じる扉を開ける。扉の向こうには、禍々しき異形の者が立っていた。
「こ、これは‥‥!?」
 そのあまりにも異様な怪人の姿に、さしもの馬男も驚きを隠せない。大首領がおごそかに告げる。
「この者こそ、骨十字軍最強の怪人。我らの最強の切り札となろう」