蘇るマイルストーン 〜野生の呼び声3

■シリーズシナリオ


担当:マレーア

対応レベル:1〜3lv

難易度:難しい

成功報酬:1 G 9 C

参加人数:12人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月25日〜07月04日

リプレイ公開日:2005年07月03日

●オープニング

 アルミランテ間道の難所のひとつだった毒シダ群生地が焼き払われ、巣食っていた巨大蜂も駆除された事で、道路整備は目に見えて進み始めた。人夫達によって掘り返された土の中から顔を見せる、古代の石畳。長年の月日で傷んだ部分には補修が加えられ、間道は次第に道としての姿を取り戻しつつある。エスト・ルミエールの住人達は、その様子を期待を込めて見守っている。仕事をもらえるらしいと聞きつけて、町を訪れる流れ者も増えている様だ。
「今の時期、村々から人を出してもらうにも限度があるが、それでも1区の整備はすぐに終わるでしょう。そのまま速やかに2区の整備にかかれる様にしておいて頂きたい」
 技師の長、モリス・マンサールは、特にその点に念を押した。2区に残されている問題は、隠れ里のシフール達の扱いと、彼らが育てるスクリーマー畑の移転。幸い、畑については彼らの長老が移転に合意しているから、その手伝いをすれば良い、と、そういう事の筈なのだが。
「お前ら! 長老様がお決めになった事に逆らうのかっ!」
「いやだー! 畑を潰すのは嫌だー!! 畑の次は里を退かせって言い出すかも知れないじゃないか、もう一生懸命作ったものを無くすのは嫌だよーっ!!」
「そんな事にならないって、今度の人間達はいい人だって、お前も言ってただろ?」
「そうだけど、そんなのあの人達を雇ってる偉い人が『あんな役立たずのチンチクリン追い出してしまえ』って言ったらそれまでじゃないかっ!!」
 スクリーマーにへばりついて、テコでも動かない覚悟のシフール農民が数人。諭しに来た仲間と大揉めに揉めているのを、巡回の技師達は目撃している。冒険者達には幾分心を開きつつあるシフール達だが、彼らの警戒心はまだかなり強い。
「大勢の人夫を里の近くに送り込んだ時、果たして何の問題も起こらずに済むのかどうか。整備中、あるいは整備後、彼らが良き領民として振舞えるのか疑問が残ります。当初に私達を襲った様な行動を再び取られれば、苦心して整えた道も結局は廃れてしまう事になりかねません」
 そう語る技師の側にも、シフール達に対する不信感がある。対立が2区整備の時点でも解消されていなければ、その認識は領民一般にまで広まってしまうだろう。シフール達には領主の徳を、領主領民にはシフール達の善良さと価値を示す必要がありそうだ。

●今回の参加者

 ea3630 アーク・ランサーンス(24歳・♂・神聖騎士・エルフ・イギリス王国)
 ea8928 マリーナ・アルミランテ(26歳・♀・クレリック・エルフ・イスパニア王国)
 ea9968 長里 雲水(39歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb0132 円 周(20歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb0746 アルフォンス・ニカイドウ(29歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb1318 龍宮 焔(31歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb1992 ぱふりあ しゃりーあ(33歳・♀・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)
 eb2174 八代 樹(50歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2244 クーリア・デルファ(34歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 eb2448 カルナックス・レイヴ(33歳・♂・クレリック・エルフ・フランク王国)
 eb2449 アン・ケヒト(27歳・♀・クレリック・エルフ・ビザンチン帝国)
 eb2560 アスター・アッカーマン(40歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)

●リプレイ本文

●バルディエ説得
「つまりは、そのシフール達に庇護を与えよと?」
 アレクス・バルディエ卿の問いかけに、カルナックス・レイヴ(eb2448)は迷い無く、そうです、と返答した。
「この先、工事を問題無く進めていく為には、技師や領民達とシフールとの相互理解が必要になります。彼らは人が良く純朴だ。彼等の棲家に立ち入った自分達が、この短期間である程度の友好関係を結ぶことができたのがその証拠。シフール達の不安は、棲家を再び追い出されないかというただ一点。もしも寛容に迎え入れられるなら、彼らはきっと良き領民となって恩に報いるでしょう。当初不幸な行き違いがあったのも事実ですが、なんとかならないものでしょうか」
 彼は、これまで毒シダや巨大蜂が増えないように森を管理していたシフール達の実績を説明し、彼らを森に住まわせることで、人に害をもたらす動植物の駆除を任せることができると説いた。また、シフール達は貴重な薬草の存在を知っており、安定した利益をもたらすだろうとも付け加えた。
「随分と彼らを買っているのだな」
 アレクス卿の指摘に、やっぱり見抜かれるか、と苦笑するカルナックス。シフール寄りの目線になっている事は否定せず、それでもなお、今の言葉に嘘も誇張も無いと言い切って見せる彼である。
「彼等は今迄奪われ続けてきました。それでも奪う側には堕ちず、あの場所で慎ましやかに生活を営んでいます。‥‥私は彼等を善良だと判断しました」
 アン・ケヒト(eb2449)がすかさず助け舟を出す。さて、と卿が思案に暮れるところに口を開いた円周(eb0132)は、
「協力者に転じる可能性のある者を追い詰め、排除の労を費やすのは大きな損失です。言われ無き悪評の多いバルディエ様にとって、仕事を任せた人物を信じ、問題を話し合いで解決したという事実は大きな実績になると考えます。今後の為の投資とお考え下さい」
 と、少々搦め手からの攻めに出た。人の噂に気を揉む卿でもあるまいが、良い噂を疎む理由も無い訳で。
「お願いしたいのは、彼らに選択の幅を与えて欲しいという事です」
 ただ、周の求めは少々過大だ。アレクス卿の返答は、『配慮は可能だが、特別扱いをするつもりは無い』というものだった。シフール達が善良だというならば、卿の側に彼らを拒む理由は無い。ただそれは、領民としての義務を果たす事が前提となる。例えば他の領民達は、税として一定量の産物を納める他、慣習に基づく税、他に週3日を限度とした労役なども課せられている。これらは領主が領地を経営して行く上で欠く事が出来ないものなのだ。
「彼らの場合、森から得られる産物を一定量納め、間道周りの手入れを労役と見なすという事で良いだろう。怠惰な生活に慣れた身には厳しい要求に聞こえるかも知れぬから、暫くは猶予しよう。脈があるか否か、そこを見極めて欲しい。期待している」
 時間を割いてくれたアレクス卿に感謝の意を示しながら、どうしたものかと顔を見合わせる3人である。

 では、技師達の心情はどうだろう。アーク・ランサーンス(ea3630)は彼らが集まる時を狙って、その話を直接聞いた。
「ああ、森のシフール達ですか。正直、今でも信用はしていませんよ。何せ、私達はあれに森中を追い回され、攻撃されたんですからね。大事な機材も駄目にされましたし」
 そうだそうだと盛り上がる彼ら。その不信感はやはり根深い。共に働く人夫達も彼らの話を耳にする訳で、この先の工事に漠然とした不安を抱いている様だ。
(「まずいですね‥‥」)
 彼は、暗澹たる気持ちになる。互いにこんな有様では、どんな些細な行き違いが対立の火種となるか分かったものではない。開通に当たって事前に退治、などという話になっては目も当てられないではないか。災いの芽は早いうちに摘んでおかねばならない。誤解を解こうと対話を続けるアークだが、やはり最初に刻まれた悪印象を拭うのは、なかなかに難しい。
「付き合ってみれば気のいい奴らなんだ。ただ、恐かったのさ、俺達の事が」
 カルナックスも加わるが、技師達は、はあ、と気の無い返事だ。
「何を考えているのやら、分からない連中ですよ」
 そう突き放し気味に言った技師の肩を、アークがぽん、と叩いた。
「そこで、皆さんにひとつ提案があるのですが」
 にっこりと微笑む。その笑顔には、嫌を言わせない迫力が備わっていた。

●シフール村
 シフールの隠れ里に赴いた冒険者達は、長老に面会を求め、アレクス卿の意向を伝えた。
「里の者がこれを受け入れ良き領民となるならば、アレクス卿もまた領主たる者の責務を果たし、里に平穏をもたらすだろう」
 龍宮焔(eb1318)は冷静に、しかし厳しい話にも恐れず触れる。庇護者を持たない流民が如何に過酷な状況に置かれるか、まつろわぬ蛮族と見なされればどんな運命が待っているか。恫喝と取られかねない内容ではあるが、誤魔化したからといって状況が変わる訳でも無い。正確に知った上で判断を下して欲しかったのだ。当然ながら怒りを露にする者もいるし、すっかり青ざめてしまう者もいる。
「選択するのは貴方達だ」
 長老はふむ、と小首を傾げる様にして考えながら、その立派な顎鬚を扱いている。返答は、少し考えさせて欲しい、というものだった。重苦しい空気が漂う中、アスター・アッカーマン(eb2560)が進み出た。
「その代わりという訳ではありませんが、野犬共は必ず滅ぼします。ただ、それには時間が必要です。それまでの間この村にとどまり、村の外で薬草採取などを行う方の護衛をさせていただけないでしょうか?」
 申し出に、長老は手を掲げてにこやかに応えた。よしなに、という事らしい。ポロも文句は言わない。畑でも騒動が起きたおかげで、どうにも人手が足りないのだ。頼む、とぶっきらぼうに言う彼に、内心忸怩たるものがあるだろうな、と同情するアスターである。ポロと2人で護衛の仕方を打ち合わせた彼は、
「戦闘時には私は無謀になりがちなので、後から蹴るなりして誘導してくだされば助かります」
 と、フードを一度だけとって見せた。ポロがぎょっとした顔になる。
「あんまし見せるなよ、みんなびっくりするからな」
 はい、と穏やかな笑顔で答えるアスター。大騒ぎをしないのは、それ相応の信頼の証と受け取って良い筈だ。

「はい、もう大丈夫。完治してますわよ」
 本日の里の回診は、ぱふりあ しゃりーあ(eb1992)先生。頬黒一味が熟練冒険者達に掛かり切りだったおかげで新たな怪我人は然程おらず、先生、少々手持ち無沙汰だ。ちなみにシフール達は、話すだけならシフール共通語の他にゲルマン語もそこそこ使う。パフリアと彼らとの会話は、その両方をごちゃまぜにした不思議言語によって行われた。
「パフリアさんを見ていると、会話は気合いだと痛感しますね」
 あっはっは、と笑うアスターのこめかみに拳を当てて、パフリア、ぐりぐりとお仕置きをする。身悶えるアスターの足元で、作りかけの薬を抱えて逃げ回るシフール達。里の者は皆、生活に役立つ植物の生息地を教え合っていて、その用い方を一通り心得ている。必要に応じて採って来ては、こうして加工する様がよく見られた。パフリアはアスターをうっちゃると、散らかってしまった天日干し中の葉っぱを拾って戻す。
「薬も良いですけれど、わたくしはどちらかと言えば、森で手に入るご飯の材料や料理の味付けに使える物の方に興味がありますわね」
 と、そんな事を言ったから大変だ。シフール達は何だか分からない実だの葉っぱだの地下茎だのを片っ端から持ってきては、これは辛いとか甘いとか、煮ないとお腹を壊すの灰汁が出るのと、大喜びで教え始めた。
「いいですわ、どんといらっしゃいっ」
 大変な思いをしながらも、他愛の無い交流を嬉しく感じるパフリアである。
「‥‥何ていうか、賑やかになったなぁ」
 農具の打ち直しをしながら、トトがそんな事を言う。静かで、沈滞していたかつての里。ここに移ってからは、滅びの気配すら漂っていたというのに。なんとなく里の中が華やかなのは、先日アンがプレゼントした生地のおかげだ。それが良いか悪いかは別として、交流は変化を齎さずにはいないという事だろう。
「どうかな?」
 トトが差し出した道具を真剣な眼差しでチェックするクーリア・デルファ(eb2244)。彼女が笑顔で頷いて見せると、トトは心底嬉しそうな顔をした。
「さ、この調子で農具の手入れを終わらせてしまおう」
 クーリアも手伝って、片っ端から農具を整えて行く。まるでミニチュアの様な彼らの道具は何かと勝手が違い、彼らなりの工夫もある。それをトトに聞きながら作業を進めるのは、クーリアにとっても楽しく、学ぶ所の多い仕事だった。
「こんな風に外の人と付き合えるなら、ナントカ卿の領民になるのもいいかなぁ」
 冗談めかして、そんな呟きを漏らす者もいる。
「でも、何だか恐いなぁ。そのアレなんとかいう領主様は私達の事をお気にかけて下さるのかしら?」
「アレクス卿が横暴な領主なら、支配下にない村に冒険者を派遣などしませんよ、美しいお嬢さん方。私はここに残りますから、村の外に御用の際は是非私をお連れください」
 恭しく跪いて見せるアスターに、娘さんから人生経験豊富なお嬢さんまで、里の女性達が可笑しそうに笑っている。
「こうして話し合い、認め合いながら繋がっていくんだと思うよ」
 そう言ったクーリアに、トトは暫し手を止めて、そうだね、と頷いた。

 農具の手入れが終わったところで、シフール達はポロを先頭にして、畑作りに出かけて行った。
「頬黒の群は、その数を増しているそうだ。くれぐれも気をつけて」
 焔の忠告に、頷くポロ。彼らを見送った焔は、ポロから聞いた廃村の場所を地図で確認し、支度を整えると、ろくに道も無い藪の中へと踏み入って行ったのだった。

●畑にて
「なあ、もういい加減に聞き分けてくれよ。腹減ったろ? 疲れたろ?」
「いやだ〜っ!」
 畑に陣取ったシフール農民達は仲間の説得にも耳を貸さず、今になってもまだ頑張り続けていた。なかなか見上げた粘りだが、これでは作業が進まない。暫くはシフール達がするに任せていた冒険者達だが、埒が明きそうにないと見て、手を出す事にした様だ。アルフォンス・ニカイドウ(eb0746)の異様な風体に、ごくりと息を飲む彼ら。
「しふしふ〜」
 ずり、と滑り落ちかけて、慌ててスクリーマーにしがみつく。
「な、なんだよそれ!」
「む、おかしかったであろうか? 旅先で斯様な挨拶を耳にしたのであるが」
 ふむ、と首を傾げるアルフォンスに、方言かも、流行なのかも、とヒソヒソ話すシフール達。長里雲水(ea9968)も寄って来て、さりげなく話に加わる。
「貴殿らの苦労は聞かせてもらった。不信に陥るのも已むを得まい。だが、意固地に抵抗しても誤解は深まるばかり。それよりも、相手に認めさせる事を考えるべきであろう」
「そういうこった。お前さん方、悲観的に考え過ぎだぜ。そりゃ確かに居るだけで何もしてなけりゃ『役立たず』言われても仕方無ぇだろうが、本気で自分達の事、そう思ってるかい? 村奪われてもこうして逞しく生きてるんだし、俺はそうは思わねぇな」
 噛んで含める様に言って聞かせるアルフォンスと、その場に座り込んでざっくばらんに話す雲水。そうかな、でも‥‥、と話すうち、嫌だの一点張りは無くなり、シフール達はむしろ、救いを求める様な表情になっていた。農民達だけではない、他のシフール達も同じだ。皆、不安な気持ちに変わりは無い。
「領主殿も人々も、奪おうなどとは考えておらぬよ。アレクス卿は、貴殿らが穏やかに暮らすのであれば他の領民と同じく扱うと明言しているのだ。それでも不安というなら、シフールがどれだけ役立つかを自身でアピールすれば良い」
「まぁ、俺もアレクス卿と会ってそんなに長くねぇから、詳しくはねぇが‥‥。確かにやるこたぁ厳しいかもしれんが、自分の得になる事にだったら割と協力を惜しまない、そんな人物に思えたぜ。逆に自分達が利用してやる! ぐらいの心持ちじゃねぇとな。本気で駆け引きするつもりあるなら、俺らが間取り持つぜ?」
 ええっ、駆け引き!? と困り果てる彼らに、雲水が笑った。やがて、おずおずとスクリーマーから離れた彼らに、ポロが農具を差し出す。
「お前らが仕切ってくれなきゃ、みんな動き様が無いんだぞ」
 うん、と頭を掻く彼ら。

「天におわす天照大神よ、森の中を徘徊する野犬たちの首領『頬黒』の所在を教え賜え」
 始める前に八代樹(eb2174)が伺いを立て、頬黒がねぐらに篭っている事を探り出す。手下どもが徘徊している可能性はあったが、頬黒抜きならばさして恐くはない。今が好機とばかり、畑を移し変える作業が始まった。尤も、そもそもがスクリーマーの生命力に頼って半ば自然任せで成長させる農法だから、適した場所さえ選んでしまえば然程難しい作業も無い。必要なのは人手と、叫び声を我慢する忍耐力だけだ。
「畑仕事など、故郷にいた頃はした事など有りませんでした。なかなかに奥が深いもですわねぇ‥‥」
 汗を拭いながら、樹がしみじみ語る。
「何と言うかこりゃ、戦ってる方が楽だな」
 上半身肌蹴て、ほっ、ほっ、と引っこ抜いたスクリーマーを運ぶ雲水。最近お嬢さん方に良い所見せてねぇ気がするわ、と苦笑する彼に、土に塗れて働く姿も素敵なのにね、と弟を持つ姉の様な気持ちになる樹である。と、そこに数人の技師と人夫が姿を見せた。
「おお、待ちかねましたぞ。ささ、こちらへ」
 アルフォンスが彼らを手招きし、シフール達に紹介する。アークに言われて渋々やって来た彼らだが、気まずそうにしながらも作業の輪の中に入って来た。さすがにモリスの教育が行き届いているという事だろうか?
「ここの地面にはスクリーマーの菌糸がびっちり張ってるから、それを引っぺがして新しい畑に移すんだよ」
 説明を受けて、さっそく彼らも作業開始。まだ双方ぎこちないが、それなりに言葉を交わしながら働いている。
「まずは一歩前進といったところか」
 周囲の警戒をしながら、そんな光景に口元を弛めるアン。気を抜いてると怪我するぞ、とぶっきらぼうなポロの態度も、それ程は気にならない。
「思うのだが、畑の周囲には何か、柵の様なものを作った方がいいな。野犬を防げる物が望ましいが、そこまでの物でなくとも畑なのだと分かる様にしておけば、腹を空かせた駆け出し冒険者に取って食べられる事も無い」
 それはお前達の事じゃないか、と呆れる彼に、はは、と男前な笑顔を見せる彼女。
「よし、それはあたいがやっておくよ」
 菌床を移す作業が粗方終わったところで、愛用の鎚を振りかざし、杭を打ち込んで行くクーリア。こうして、シフール達の新たな畑はその形を整えたのだった。後は無事に菌糸が定着してくれる様、祈るのみ。
 周が榊を振り、鈴をならして踊り出す。
「輪になりて踊れ、うつほかざほとみずはにの(空火風穂水埴)〜」
 あれは何をしているの? と聞かれた樹が、田畑に実り多き様、祈っているのですよと説明をすると、シフール達は甚く感激して、皆それぞれ自分達なりにお祈りを捧げたのだった。

 一仕事終えた後、雲水はポロを呼ぶと、彼に言った。
「実はな、俺ら、頬黒退治の準備を進めてるんだ」
 ポロの表情が変わる。やはり、彼も戦士だ。
「それまで精進しとけよ。俺も負けねぇ様に強くなってくるわ」
 にっと笑って、踵を返す。雲水は一度だけ、ひらひらと手を振った。

●1区整備
 こうして冒険者達がシフール達との関係を深めている間に、間道の整備も順調に進められている。
「以上が、新しいグループになります。質問があればどうぞ」
 マリーナ・アルミランテ(ea8928)は、人夫達を技能別に分け直した。以前の出身地別グループの居心地が良かった連中は不満を漏らしたが、元々が故郷に縁の薄い流れ者、ぶつぶつ言いながらも一先ずは従っている。
「なかなか思い切った事をしたね」
 モリスにそう声をかけられたマリーナは、思い切って『どうでしょう、うちの処置』と聞いてみた。彼は少し考えてから、
「彼らは今後、この土地で住み暮らす身だ。それを考えたら、上手く集団に溶け込めない人間は弾いてしまっても良かった。ただ、彼らには何れここを故郷と思ってもらわなければならないのだから、出身地別とは違う形を取ってみるのも悪くは無いでしょう」
 と、そう答えた。それなりに評価されて、意気込みを新たにするマリーナである。彼女は作業場を回り、人夫達の話を聞く。
「今の作業はどうですか? してみたい仕事の希望はありませんか?」
「そうは言われても難しい事は技師の人がやる訳だし、掘って掘っての肉体労働以外に何か仕事あるの?」
 ‥‥軽く空回りもしている。
 ところで。大勢が集まれば、必ず中に、手を抜こうとする者が現れるものだ。人夫達を守る為に巡回していたパフリアは、藪に隠れて休憩している男達を見つけ、すすっと背後から歩み寄った。
「あらあら、大して働いてもいないのに手抜きの技ばかりお上手になって、良いご身分ですこと!」
 蔑みの目で見下しながら高笑いするパフリアに、驚いて飛び上がり、腰を抜かしてへたり込む怠け者達。何事かと駆けつけたアンも事情を察し、彼らの前に立ちはだかる。
「情け無い!」
 一喝である。集まってきた人夫達にも聞こえる様、アンは大きな声で言った。
「この道の完成は即ち、貴殿らが人々の為に尽力した証だ! 将来『この道を蘇らせたのは自分達だ』と、子や孫に語り継ぐ事が出来るのは、なんと素晴らしく誇り高い財産か‥‥そして、それは道がある限り、決して失われる事は無いのだ!」
 アンの声が、森の中で反響する。すっかり萎びて、お許しをと平伏す怠け者達を前にして、この仕事に対する熱意や誇りを持ってくれる事を祈るばかりのアンである。この工事が最も過酷になるのは、3区、4区辺りの筈。今からこれでは、先が思い遣られるというものだ。

 夕方の点呼が終わった後、用意された炊き出しで腹を満たした人夫達が、各々酒を持ち寄って酒宴を始めるのは毎日の事であり、彼らのささやかな楽しみだ。思い思いに酔いを楽しむその場所に、この日は冒険者達も顔を出していた。
「連れて来ましたよ」
 アークに続いて姿を見せたのは、隠れ里のシフール達、数人。ざわつく皆を宥めながら、アリーナは彼らを当たり前の様に招き入れた。
「彼らからの振る舞いです、有り難く頂きましょう」
 運び込まれたのは、シフール達が集めた森の食材。それに、アークが身銭を切った幾許かの酒。彼の苦心に絆されて、周と焔も手持ちの酒をこっそり加えて見栄えを良くした。
「折角だから、簡単なおつまみくらいは作ってあげましょうかしら。味の保障はするわよ?」
 ふふっ、と笑いながら、森の食材を手に取るパフリア。ジャパンでは皆で同じ物を食べて結束を固める風習があるらしいわよ、と軽い薀蓄など語る内、見慣れない素材はあっという間に調理され、質素な酒宴に1品2品と彩を添えた。
「あ、これ美味しい‥‥」
 シフール達も驚いている。人夫達は、最初こそ怪訝な顔で突付き倒していたが、すぐに取り合いとなって、あっという間に無くなってしまった。宴が盛り上がるようにとアークは何かと話題を振った。だが、すぐにそれは必要無くなった。畑の手伝いで顔見知りとなった人夫が声をかけ、良い具合に場を混ぜた。大酒飲みのシフールに何人も挑戦し、大法螺吹きの人夫の話を、シフール達が目を丸くして聞く。
「わたくしが人前で演奏する事は滅多に無いのよ‥‥ 耳に出来る事を幸運に思うと良いわ」
 竪琴は完全な趣味だと言いながら、パフリアの演奏はなかなかの腕前だった。酒が尽きる頃には皆、心の底から楽しんで、すっかり飲み仲間になっていたのである。
 帰り際。クーリアは、十字架を握り締めてシフール達に言った。
「貴方達は森に詳しく、薬草などの知識もある。言い方は悪いかもしれないが、損得だけで考えても有益な人材だと思う。その特技があれば、良き領民としてきっと大切にされる筈だ。一度騙されているから人間を信用できないのかもしれないが、考えてみる価値はないだろうか? 領主との交渉に際しては、私達皆が全力を尽くす。約束する。‥‥我が信仰に誓って」
 それは神の下に集った者にとって、最も固い誓いの言葉だ。
「領民に、か‥‥」
 シフール達は、その言葉を何度も呟いてみる。
「そうだな、そうなってくれれば、私達も安心だ」
 技師の言葉に、頷く人夫達。ここに集った者は少数ではあるが、きっと互いの仲を取り持つ役目を果たしてくれる筈‥‥アークは期待を込めて、その光景を目に焼き付けた。
 1区の作業は終わり、間もなく2区の整備が始まる予定だ。

●奪われた村
 シフール達がかつて暮らした村は、森の外延部‥‥間道よりはむしろ、既存の街道寄りの場所にあった。寄り、とは言っても広大な森の奥深く。それこそ、迷いでもしなければ辿り着けない場所なのだが。
(「今は、誰もいない様だな」)
 ひとり調査に訪れた焔は離れた場所に身を隠し監視を始めたが、全く人の出入りが無い事を確認すると、思い切って村に踏み込んでみた。踏み締められて、自然についた道。目の高さの枝を払った跡もある。シフール達の家が朽ちかけている一方で、明らかに人間用と思われる小屋が建てられており、中には武器や保存食が置かれていた。人が入り込み、最近も使っているのは間違い無い様だ。
 今でも貴重な薬草を運び出しているのか、とも思ったが、そう繁盛している風でもない。考えてみれば、シフール達抜きで採取し続けられる訳もなく。
 その後も暫く張り付いていたが、何の動きも捉えられなかった為、焔は一先ず撤退した。彼女には、他の仕事も詰まっている。

 その後、アスターがモリスに託した手紙は、彼を経てアレクス卿に手渡された。そこには、シフール達がもともと住んでいた村を奪い返したい旨が書き記されていたのだが‥‥村の正確な位置が記された地図を見て、む、と眉を上げるアレクス卿。
 実際には支配の及んでいない森の中ではあるが、シフール達の廃村は隣領に位置していたのだ。シフール達が廃村への帰還を望むならば、アレクス卿との係わりはここまでという事になるだろう。

●頬黒を追い詰めろ!
 次の依頼を作成する為、焔は奔走する。野犬の子犬達の扱いについては、モリスから『任せる』との返答をもらったし、被害者である里の者達からも了解を得る事が出来た。ただし、すぐに引き取ってもらえる事が条件だ。
「雑種には通常犬種よりも優れた特質が出るとも言う。狼犬の血を引くならば尚の事」
 そう自信を覗かせる焔だが、狼犬は屈強な一方で気性が難しい事でも知られているし、血統のはっきりしない犬にはペットとしての価値は無い。誰に、どの様に話を持ち込めば引き取ってくれるかを考えて、こちらから売り込みに行くくらいの事をしなければ、子犬達を救うのは難しいだろう。
 支援依頼に参加なさった方々にも栄誉をと、支援依頼が上手く行った際に、参加者を讃えるタピストリーを作ってその働きを伝え残そうという彼女のアイデアに関してはというと。
「その予算はどうしますか? 私はタピストリーがどのくらいの値がするものなのか知りませんが、額によっては、そんなものを作るくらいならきっちり金を支払ってくれという話になりはしませんか」
 モリスの指摘はなかなかに手厳しい。だが彼の話は『と、言いたいところですが』と続いた。
「幸いにも今、予算に幾許かの余裕があります。タピストリーを工房に発注するという事自体が、この事業を知らしめる役目も果たすでしょう。貴方のアイデアは面白い。話を進めさせてもらおうと思います。ただ、作成を請け負ってもらえるかどうかは先方次第。本当に実行するかどうかは返答待ちの状態です」
 ‥‥そう、ですか、と努めて冷静に振舞う焔。バルディエの部下達は揃って難物揃いで知られているが、どうやらモリス氏もその例外ではないらしい。

 里からさして離れていない森の中、茸を採りたいというシフール達を護衛していたアスターは、昼下がりの長閑さを引き裂くファイヤートラップの炸裂音に、驚いて辺りを見回した。彼は慌てふためくお嬢さん方を庇いながら、作動したトラップを確認する。
「犬‥‥」
 藪の中に消える傷ついた犬達は、せいぜい2、3匹といったところ。ほっと胸を撫で下ろした瞬間、背筋に走った悪寒。‥‥振り返ると、ポロが棍棒を持って振りかぶっていた。
「なんだ、狂化してないのか」
 額を拭いながら、どきどきして損した、とのたまうポロ。危うく脳天をカチ割られるところだ。
「奴ら、また偵察に来やがった」
 ポロが険しい表情で呟く。ああやって何匹かの犬が姿を見せてから暫くすると、群れで里を襲いに来るのだという。
 話を聞いた樹は、改めて天神地祇に伺いを立て、頬黒の居場所を探ってみる。
「ねぐらを出ています。いつの間に3区に‥‥」
 神出鬼没の頬黒達。彼らは獣道を駆使して行動する為、その動きを察知し難いのだ。しかし、今回は先に動きを捉える事に成功した。これは、願っても無い好機である。シフール戦士達は、宿敵の討伐に燃えている。焔は支援を得る為、急ぎギルドに向かった。
 現在の残金37G50C。作成依頼の経費は、最大で25Gとなる。