蘇るマイルストーン 〜野生の呼び声4

■シリーズシナリオ


担当:マレーア

対応レベル:5〜9lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 85 C

参加人数:11人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月17日〜08月26日

リプレイ公開日:2005年08月25日

●オープニング

 恐るべき狼犬、頬黒が再び動き出した。冒険者達がギルドに応援を求める一方で、隠れ里のシフール達は迎撃の準備を整えている。群れは30匹程。現在、頬黒がねぐらを出て3区辺りを徘徊している事が分かっている。シフール達の隠れ里近くで群れの野犬数匹が目撃されている事から、彼らが里を襲うつもりなのではないか、とシフール戦士のポロは予想している。
「俺達を散々に苦しめてくれた仇だ、何としても今度こそは仕留めるぞ!」
 ポロが仲間達に檄を飛ばす。戦いに加わるシフールは10人程だ。彼らは緊張の面持ちで戦いの時を待っている。見知らぬ者達が戦いに加わると知らされ戸惑いながらも、共に戦ってくれる者がいるという事に大いに勇気づけられてもいる様だ。
「なるほど、状況は分かりました。ただ、こちらの作業も2区に入っています。影響が出ない様に、十分に配慮の上で願います」
 技師長モリスの物言いは少々冷たくも聞こえるが、目的の第一が間道整備であり、彼がその責任者である以上は致し方の無い事だ。その間を上手に取り持つのも、冒険者達の大切な役目である。
 これまでさしたる脅威に遭遇していない人夫達は、至って気楽に働いている。彼らの目下の悩みと言えば、手癖の悪い仲間から如何に持ち物を守るかという事くらいで‥‥。人夫達の掛け声、鎚の音。シフール達が生活の中でそれを聞く様になるのも、もう間も無くの事だ。

●今回の参加者

 ea3630 アーク・ランサーンス(24歳・♂・神聖騎士・エルフ・イギリス王国)
 ea8928 マリーナ・アルミランテ(26歳・♀・クレリック・エルフ・イスパニア王国)
 ea9968 長里 雲水(39歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb0132 円 周(20歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb0746 アルフォンス・ニカイドウ(29歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb0933 スターリナ・ジューコフ(32歳・♀・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 eb1318 龍宮 焔(31歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb1992 ぱふりあ しゃりーあ(33歳・♀・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)
 eb2174 八代 樹(50歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2244 クーリア・デルファ(34歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 eb2448 カルナックス・レイヴ(33歳・♂・クレリック・エルフ・フランク王国)

●リプレイ本文

●工事と備え
 石畳で整えられた道を、マリーナ・アルミランテ(ea8928)は感慨深げに踏みしめる。道の脇には、誇らしげに佇むマイルストーン。誰の名が刻まれているか、もうすっかり覚えてしまった。やがて工夫達の声が聞こえて来る頃には、掘り返されたばかりの古い石畳が顔を見せ、人の侵入に抗う森の圧迫感を感じる様になる。道のりはまだまだ遠いが、1区の工事は完了し、2区の作業もすごぶる順調。工夫達の声も明るく、仕事に慣れて来たのかその手際も見違える様になっていた。
「素晴らしい働きぶりです。獣が出るかも知れないのに、みんな肝が据わってますね」
 感心する円周(eb0132)に、実感が湧かないだけだと思いますよ、と苦笑するマリーナ。冒険者達は、ここが少し前まで毒シダ生い茂り巨大蜂が飛び交う危険地帯だった事を知っている。工夫達は話しにこそ聞いているが、見たことが無い。
「狡猾な頬黒のこと、こちらに手下を送り込んでこないとも限りません。うちらがしっかり守らないと」
 はい、と気合を入れて頷いた周。と、先頭を行くマリーナの愛犬カミーノがおもむろに道を外れ、森の中へと踏み込んで行った。何事かと後を追ってみれば、木の影でサボッている工夫達を発見。
「ああっ、これはマリーナさん周ぼっちゃん、今日もいい天気で‥‥ へへっ」
 彼らがマリーナにじっくりこってり絞られたのは言うまでも無い。

 隠れ里でも、頬黒一味に対する警戒は着々と進んでいた。
「しふしふ〜」
「し、しふしふぅ」
 里の周囲に柵を巡らせ、守りを固めるアルフォンス・ニカイドウ(eb0746)。行き来するシフール達に気さくに声をかけながら、この妙な挨拶を広めている彼である。
「それじゃあ、避難訓練始めるよ〜」
 襲われた時を想定して、シフール達は逃げる訓練。出撃する戦士達にかわって村を守る若者達の、やる気はあるが空回り気味の訓練も微笑ましい。
(「彼らの勇気とプライドを傷つけずに、撹乱の一手に専念させるには‥‥ さてどうしたものであろうか」)
 考えているところに、龍宮焔(eb1318)が戻って来た。
「さすがにシフール達は良い場所を知っている。物見役を2、3人置けば、村が不意打ちを受ける事は無い筈だ。後は、翅に自信がある者に伝令を勤めてもらえれば」
 聞きつけたシフールの若者達が、自分が自分がと押しかける。
「あらあらあなた達、すいぶんとやる気ですわね。でも、実力の伴わない自信など何の役にも立ちませんことよ? この中に、私について来られる者が果たして何人いるかしら?」
 ぱふりあしゃりーあ(eb1992)の挑発に、奮起する若者達。日々の巡回に連れ出された希望者は、その中でふるいにかけられ、みっちりと鍛えられたのだった。
 クーリア・デルファ(eb2244)と鍛冶屋のトトは、頬黒退治に向かう面々の武具の手入れに余念が無い。皆忙しく働いていたが、作業をしながらクーリアが話す冒険話には、トトのみならずシフール達も寄って来て、目を輝かせて聞き入っていた。
「いよいよあたいも工房を持つことになった」
 嬉しそうに話した彼女に、まるで自分の事の様に喜び、おめでとうを連発するトト。
「トトもその気があるなら来てもいいが、あたいのように武器鍛冶の職人になるの?」
 そう聞かれて、彼は一転、考え込んでしまった。それまでの彼には、選択肢など無かった。自分の未来を自分で選べる状況に、彼は戸惑っているのだ。それを見て取ったクーリアは、一本の剣を持ち出して、彼に言った。
「あたいはこの剣で信仰の敵を排除してきた。それが正しいと思っていた。師匠に会うまでは‥‥。師は『武器は、使われれば相手を傷付ける。善悪関係なく‥‥。それは使い手の罪ではあるが、作り手の罪でもある』とね。あたいに武器の持つ力とその怖さを教えてくれた。師は作り手がそれを意識しておかないといけないと教えてくれた。あたいは作り手であり使い手だ。あたいは武器の持つ原罪と使い手の罪を背負うと誓った。だからトト、あなたが武器を作るなら、力の怖さだけは忘れないでね」
 銀のネックレスを胸元から取り出した彼女は、自らの言葉を心の中で反芻し、改めて師に誓う。それは、師の形見なのだ。
 よく考えて、自分で結論を出すんだよ、とクーリア。トトの槌音には、迷う心がありありと滲み出していた。

 身を清め、清浄な心の内に神託を得た八代樹(eb2174)と頬黒包囲の協力を申し出たシフール。2人の協力で、冒険者達により鉄城と呼ばれ始めた巨大なジャイアントベアと、頬黒の居場所が突き止められた。
「どちらも3区‥‥ 気をつけなければいけませんね」
 樹が呟く。これとシフール達の知識をもとに、迎え撃つ場所は決められた。鉄城とは遭遇せずとも済むように配慮はしたが、戦いは水物、どうなるかは神のみぞ知る、だ。依頼によって集められた見ず知らずの冒険者達が思い思いに準備を整える様を見やりながら、樹はシフール達に言い含める。
「知らない人に何か交渉事を持ちかけられたりはしませんでしたか? 私達がいない間も、そんな事があったら返事は先延ばしにして後で知らせて下さい。残念ですが、世の中には悪い人もいますから」
 心配のあまり、子供に初めて留守を任せる親さながらになっている樹を見て、長里雲水(ea9968)が笑い出す。
「確かにその通りだが、あんまり脅す様な事を言うもんじゃねぇぞ。見ろ、みんなすっかりビビッちまってるじゃねぇかよ」
 はい‥‥ と、落ち込む樹を、シフール達が慰める。そんな中、緊張に強張っているポロに気づいた雲水はそっと指を近付け、びしっと弾いた。見事にすっ飛んで、数秒。物凄い勢いで戻って来て怒る彼に、やっと解れたな、と雲水。
「知らねぇ奴と共闘するってのには抵抗あるだろうが、目的の為にはちぃとばかし我慢してくれや。でもま、俺らだって同じ冒険者同士とでも、不安になる時があるがな」
 こそっと耳打ちをする。そうなのか? ああ、と頷き合う2人。男同士が親睦を深め合う中、樹は彼らを見つめるシフール少女達の視線に気づき、歩み寄った。
「行って、励ましてあげたら?」
 しかし、少女は首を振るばかり。樹は優しく微笑んで、神秘のタロットを取り出した。
「じゃあ、占ってあげましょう」
 彼女達が勇気を振り絞るには、ほんの少し、運命の力が必要なのだ。
 準備を整え、出発する討伐隊。そこには、いつまでも名残惜しげに言葉を交し合う恋人達の姿があった。

●里での戦い
 事が起こったのは、頬黒討伐隊が出撃してから2日ほど経ってからだった。
(「頬黒は‥‥いないか」)
 焔が見るところ、敵の数は、6、7匹といったところ。討伐隊と一戦しているなら何らかの連絡がある筈。元々こちらに浸透していたものが集まったのかも知れない、と、彼女は想像を巡らせた。本隊が来るまでの間に、こちらの様子を探りながらひと騒動起こしてみよう、と、そんな所だろうか‥‥。それなりの数にも関わらず、音もなく里に迫る野犬達。それは、思わず見とれてしまいそうな見事さだった。
「連絡を頼む」
 焔に託されたシフール少年が、緊張の面持ちで頷いた。何度も言い含めた通り、高く高く飛んでゆく姿を見送ってから、焔は慎重に敵を追う。
 連絡を受けた隠れ里では、住人達の避難を急いだ。予め決めておいた木の上に皆が上がって行くのを見届けると、アルフォンスと若輩のシフール達は、迎え打つべく現場へ向かう。
 野犬達は村の異変に気づき、困惑していた。目立たぬように身を屈めたまま、何度も柵の周辺を嗅ぎ回り、奥の様子を覗き見る。彼らが最初に見たのは、何も知らず無防備な姿を晒すシフールではなく、ラージハンマーを構え、ゆっくりと迫り来るクーリアの姿だった。犬達が警戒音を発するのも構わず、クーリアは進む。
「どうした、来ないのか?」
 襲い掛かるか逃走するか、迷った僅かな時間が、野犬達の運命を決した。突如、頭の上から降ってきたシフール達。虚を突かれた事に怒り狂い飛びつこうとする野犬達だが、ひらひらと飛び回るシフール達は一定の高さ以下には決して降りて来ず、どう頑張っても捉える事が出来ない。その内に焔とアルフォンスも駆けつけ、戦いに加わった。及び腰となった犬達の姿に、どうする? とクーリアが問う。
「残党として徘徊する事となれば、シフール達に憂いとなろう」
 念仏を唱えたアルフォンスが、許せ、と進み出た。逃げようとした野犬達の鼻先をダーツが掠め、地面に突き立つ。シフール達が、おーっと拍手。
「やっぱり当たりませんわね。でも、逃がしませんわよ?」
 退路は既に、ぱふりあが絶っている。吠え掛かる野犬達をするりとかわし、目にも止まらぬ鳥爪撃が脇腹を抉る。
「色っぽいお姉さんを助けろっ!」
 シフール達も勇躍参戦。先ほどの拍手は、ダーツの腕前におくられたものでは無かった様だ。こらこら、張り切りすぎるではないぞ、と加わったアルフォンスが、オーラパワーを込めたメタルロッドで叩き伏せる。傷を負いながらも逃れようとした野犬が、呻きながら振り返る。彼は、大きく振りかぶったハンマーが自分に打ち下ろされるのを見た筈だ。戦いは、比較的短時間で終了した。
「しまった、少し逃がしたか」
 何度も野犬達の数を数え、焔が呟く。
「間道には伝えてある故、大丈夫とは思うが‥‥」
 念の為に見てこよう、とアルフォンス。ぱふりあは仲間の傷を癒した後に、不安がるシフール達に声をかけ、避難の途中で擦りむいた子供などに世話を焼く。隠れ里の警戒が有効である事は証明された。冒険者達は引き続き、周辺の警戒に当たったのだった。

 逃げた野犬達は、間道に現れていた。
「‥‥大丈夫。もう息絶えています」
 周が確認し、ようやくマリーナも戦闘態勢を解いた。現れた時、既に深手を負っていた3匹程の犬達は、里を襲って撃退され、逃げる内にここに出てしまったのだろう。退路を阻まれたと勘違いしたのか、死に物狂いで飛び掛ってきた。避難中だった工夫達はパニックになって逃げ惑い、マリーナと周は戦うよりもまず、彼らを正気に戻さねばならなかった。アルフォンスが駆けつけてくれなければ、もう少し面倒な事になっていたかも知れない。
「冷静に対処すれば、無闇に怪我などする事はありませんよ」
 傷の手当てを受けながら、マリーナにやんわりと窘められて、頭を掻く工夫達。その怪我の大半は、転んだりぶつかったりの傷で、犬達の負わしたものなどほとんどありはしなかった。だが、醜態を晒して収まらないのが人間というもの。工夫のひとりが怒りに駆られ、犬の骸を蹴りつける。
「おやめなさい!」
 マリーナに一喝され、ばつ悪げにその場を離れる。今までまるで気にしていなかった遠くに聞こえる獣の声に身を縮め、彼は不安げに辺りを見回した。工夫達はようやく、ここが危険の潜む未開の森なのだと認識したのだ。
 脱走者が出る様になったのは、この翌日からである。

●頬黒包囲網
 予定の場所に到達した討伐隊は、慎重に探りを入れながら、敵が来るのを待った。ぽっかり出来てしまった時間を持て余すシフール戦士達は、樹の占いを思い出し、戦いの結果を占って欲しいと言い出した。気軽に受けた樹は、良くない結果が出ても、それなりの言葉で取り繕うつもりでいた。が。
「良い啓示と悪い啓示が同時に出ています。願いは叶い、敵を生む。幸運が支配するが、悪意に囚われるだろう‥‥」
 その微妙さ故に、彼女は結局、ありのままを言った。どう受け取ってよいのか迷う彼らに彼女は、つまりは皆さん次第という事ですよ、頑張りましょうと話をぼやかした。
「そうか。まあ、願いが叶うっていうんだから頬黒は仕留められるに違いない。きっと成功させよう!」
 ポロの前向き解釈で、シフール達が盛り上がる。敵が現れたのは、それから間もなくの事だった。

 頬黒達にとって、こんなところで敵が待ち受けているなど‥‥そして、それが伝わって来ないなどという事は、全くの予想外だったに違いない。攻撃は、完全に彼らの虚を突く形となった。駆け抜けようとした犬達が、ライトニングトラップにかかって悲鳴をあげる。スターリナ・ジューコフ(eb0933)は恐れる風もなく敵中に踏み込み、巧みに爪と牙をかわしながらその動きを見極め、新たなトラップを仕掛けて行った。彼女を援護する様にシフール達の火炎が叩き込まれ、肉と地面を焼き焦がす。
「おいおいスターリナ、あんまり無茶をするもんじゃない、戻って来いって」
 カルナックス・レイヴ(eb2448)に言われた彼女は、事もなげに振り向いて言った。
「危険が好きな訳ではありません。とはいえ、適所適材を貫くためには仕方がないことでしょう?」
 彼女の方が経験豊かなのは確かだ。おお神よ、なぜ貴方は麗しき彼女にかくも剛毅な魂をお与えになったのか! と天を仰いで嘆く彼。と、戦場の様相が変わった。
「‥‥さすが、すぐに立て直して来るな。可愛げの無い性格だよ、ったく!」
 カルナックスは抜け目なく周囲の状況を読み取りながら、安全地帯を確保した。頬黒達は、自分達を襲った敵に強者と弱者が混在している事を早くも嗅ぎつけた様だった。となれば、弱いところから切り崩そうとするのはある意味自然。ただその事が、彼らの動きを単調にもしていた。誘い込まれ、腕利きの冒険者達によって草でも刈り取る様に薙ぎ払われて行く野犬達。
「凄いな。私達の出番は無さそうだ」
 アーク・ランサーンス(ea3630)が、半ば呆気に取られてそう言った。だからといって、何もしないでいる訳には行かないでしょう、と樹。彼女は安全地帯からサンレーザーを放って、仲間を援護する。
 戦いを一歩引いた場所から見ていたアークは、いち早くその動きに気が付いた。
「頬黒が逃げるぞ!」
 叫んだ声に、皆が反応する。混戦に紛れて、頬黒はいつの間にか彼らと距離を取っていた。追い縋る犬達を叩き伏せながら、逃すまいと追う彼ら。これは不味いのではないかと、誰しもが考えた。頬黒はまた、自分達を罠に填めようとしているのではないか、と。だが、逃せばまた、もとの木阿弥となる。今この時に、討ってしまわねばならなかった。
 熟練冒険者達の足が止まる。
「頬黒を追え。こちらは引き受ける。傷は負わせてある。必ず仕留められる筈だ」
 形容し難い獣の臭いと、圧迫感。森の中に揺れる巨大な影は、悪夢の様だった。
「ポロ!」
 駆け出しつつ、叫んだカルナックス。その声に弾かれる様に、ポロが動いた。この場に自分達がいても役に立たない、だが、傷つき仲間を失った狼犬ならば討てる可能性がある。カルナックスは、そう判断したのだ。シフール達の追跡力は完璧だった。鮮やかな鉱石顔料をぶつけられた頬黒の姿は、上空からでも容易に判別できる。傷つき疲弊し切った頬黒にはもはや、彼らの翅を逃れる事など不可能だった。
 カルナックスが仲間の背後で足を止め、バクアップの体制を整える。回り込みを試みるスターリナ。樹はカルナックスの傍らで詠唱を始めた。アークが彼らを守る位置取り。
 頬黒の背後を取ったポロが、振り向く暇も与えず叩き込んだ一撃。それが頬黒の足を完全に止めた。雲水は引いた鞘から抜刀するや、その首目掛け振り抜いた。肉を絶つ、微かな感触。空に止まった切っ先が、血の筋を引いている。頬黒は首筋から血を噴きながら数歩を歩き、力なく倒れ込んだ。
「‥‥怪我をした人はいませんか」
 アークの問いかけに、皆、放心状態のまま頷く。この時、頬黒にはまだ微かに息があった。動けなくなった獣を見下ろしたアークの胸の内に、複雑な思いが湧き起こる。異常な彼らの存在は、人の開発が遠因ではないのか、共に生きる道は無いのだろうか、と。
(「人と獣、単純に共存することは難しい。私はこの開発とシフールの村を守るためにいる。それを忘れてはいけない‥‥」)
 剣を向けた彼の迷いを、頬黒が笑った気がした。胸を刺し貫かれた頬黒はぴくりと震え、悲しいほど呆気なく息絶えた。溢れた血から立ち上る湯気が、そこに生命があった事を叫んでいる。
「頬黒を討ち取ったぞ!」
 ポロが叫び、シフール達が歓喜の勝鬨を挙げる。心の底から喜び、感謝の言葉を紡ぎ続ける彼ら。冒険者はいつだって、喜ぶ人々の笑顔で救われるのだ。

 その夜、隠れ里で祝いの宴が催された。シフール達に苦しみを与えていたもののひとつが、今日ようやく除かれたのだ。彼らの表情は、実に晴れやかだった。何処の流儀だろう、彼らの奏でる不思議な音楽。その音に耳を傾け、指先で節を取っていたスターリナがやおら立ち上がり、しなやかに一礼した後踊り出した。その音と踊りはまるで、ずっと昔から共に伝わるものであるかの様に馴染んでいて。おおっ、という驚きの声は、歓声と拍手となって一夜の舞姫に降り注いだ。
 男達は俄然、頬黒を仕留め、鉄城と戦った英雄達のもとに集まる。
「‥‥一閃っ! ‥‥我が刃、雷雨の如き、激しさよ‥‥って、どうよ」
「イマイチだな」
「そうか、駄目か」
 雲水が笑い、ポロが笑うと、皆もつられて笑った。今はただ、無事宿敵を討てた事を喜んで酔う。他の事は、明日起きてから考えよう。
 酔い覚ましの風を求めて宴席を立ったクーリアは、野犬達が埋められた小さな盛り土をじっと見つめるトトの姿に気づいて足を止めた。どのくらい、そうしていただろう。やがて彼が立ち去った後を見ると、そこには一輪の野花が供えられていた。

●新たな動き
 喜びの時は過ぎ行きて、再び日常が訪れる。焔は皆が落ち着いた折を見て、長老にかつての里の様子を報告した。
「わざわざ見に行ってくれたのか、感謝する、と仰っている」
 長老はといえば相変わらず笑顔? で、もぐもぐするばかりだが、ポロをはじめ、村の幹部達の態度がいつになく穏やかで、焔はそれまでにない居心地の良さを感じていた。本当の信頼を得られたのかも知れない、と嬉しく思う彼女。それ故に、その場所が隣領にあたり、アレクス卿も、卿に雇われている自分達も、おおっぴらに帰還を手助けする事は出来ないと、隠し事なく真摯に説明を行った。明らかに皆の落胆が見て取れる。もぐもぐと、何事かを語る長老。
「自ら捨てた村の事、今に禍根が残らぬなら何の未練があろうか。それよりも今後の事を話したい。アレクス卿の申し出を受けてその庇護を受けようと思うから、是非仲立ちをしてもらいたい‥‥って、ええ!?」
 ポロが驚いて声を上げる。他の幹部達も同様。彼らは冒険者には大いに感謝をしているが、アレクス卿はといえば何処か遠くの存在にしか感じていない。この話の流れに戸惑いを覚えたのも当然だろう。
「本当に、進めて良いのですね?」
 焔の念押しに、顔を見合せる幹部達。髭を扱きがら、ほっほっほ、と笑う長老。
「長老のお決めになった事だ。くれぐれもよろしく頼む」
 ポロの声が、少し裏返っていた。

 焔がモリスを尋ねると、先約がいた。
「例えば、後方で製造した板状セメントを運搬して、現場では設置するだけ、というのはどうでしょう」
「ふむ。面白い考え方だが、この場合は難しいでしょう。積んだ石をセメントで結合させる事で、馬車の往来にも耐えられる強固な道が出来るのです。どうしても現場で流し込むという作業が必要になる」
 駄目ですか、と落胆する周に、これに懲りず色々と考えてみることです、とモリス。こういった技術の話を始めると、彼は実に楽しげに、何処までも没頭する。早速周そっちのけで、そうか、後方で固めて、なるほど‥‥これは何かに使えぬものか、とブツブツ考え込み始めた。焔が慌てて声をかけ、現実に引き戻す。あからさまに不機嫌そうな彼に苦笑しながら、焔は里での出来事を話して聞かせた。
「おお、それは良かった。しかしさて、どういう具合に話を進めたものか」
 思いの他の良い知らせに、機嫌を良くするモリス。助言があれば現場の声として伝えておきましょう、と彼は冒険者達の意見を求めた。とにかくこれで厄介ごとがひとつ減る、と彼は喜ぶ。モリスは今、工夫達の士気の低下に悩まされており、これ以上厄介事を増やしたくないというのが本音なのだ。
「ところで、子犬達の事なのだが‥‥牧羊犬として育成した後、アレクス卿に買い取ってもらう事は出来ないだろうか」
 焔が話を切り出すと、モリスは少し渋い顔になった。
「今後定期的に確保でき益が望めるというならともかく、これきりの事にアレクス卿を担ぎ出すのは如何なものか。君達の判断で抱え込んだものなら、君達の裁量で片をつけるのが筋というもの。違いますか?」
 そう言われてしまえば、返す言葉も無い。モリスは基本的に、工事に関係の無い仕事を抱え込むのは反対なのである。
「本当にちゃんとした牧羊犬が育てられるなら、引き取り手は幾らでもあるでしょう。こちらから依頼した仕事が滞らぬなら、その他の事に口出しするつもりはありません」
 そこに、ああちょっと相談したいんだが、と軽いノリでやって来たのは雲水。
「工夫の面々が物盗られて困るってんで、貴重品預かり所みたいな事が出来ないかって話になったんだが、どうだろう。やるとしたら見張る人間をどうするかってのがまた、頭の痛いところなんだが‥‥」
それだけの為に人を出すのは難しい、とモリス。例えば村の者に依頼する事は可能だが、トラブルが起こった時に修復不能な禍根を残し兼ねない。
「優良者にはボーナスを出すというのはどうですか? 預かり所の利用権自体、ボーナスにするとか」
「しかしそれだと、工夫達の方に不満が出ないかねぇ」
 周と雲水が話している間、モリスは全く別の事を考えていた様だ。
「詰まるところ、工夫のモラルの問題だな。これまで彼らを技能では選り分けはしたが、モラルの面では玉石混合のまま。そろそろ村からも人を出してもらい一気に工事を進めようと考えていたが、彼らに仕事を教えるべき工夫達がこれでは、村人にも悪い影響を与えかねない。彼らは後々、この地に受け入れる事になっていた筈。村人達から不満が出る事も、十分に考えられる」
 モリスは同じ場所を3回ほど行き来してから、口を開いた。
「やはり工夫の選別をすべきなのだと思うが、皆の意見は?」

 ぱふりあは近頃、工夫達の相談に乗る事が多くなった。
「やっと明日の飯を気にしなくていい仕事に就けたはいいが、ここがこんなオソロシイところだったなんてなぁ。なんか最近、お偉い技師様方の目が冷たい気がするし。そりゃまあ、ちょろまかしたり怠けたりだから仕方ないちゃー、仕方ないんだが。結局俺らみたいのが、まっとうに働いてまっとうに暮らすなんてのは、儚い夢だったって事かねぇ」
「馬鹿ね。下らないこと言ってないで、しっかり働いて見返せばいいんですわ」
 はっぱをかけてみたものの、姐さんには敵わないなぁ、と笑うばかりの彼ら。もちろん、真面目に懸命に仕事に励んでいる者は多い。少々の事では放り出されないと、なんとなく安心を得てしまった彼らは、最初にあった筈の目的意識も失ってしまっているのだろう。だからこそ、簡単に逃げ出すし、怠けるし、盗む。本気でここで暮らして行こうと思うなら、例え取るに足らないものでも、軽々しく盗んだりは出来ない筈なのだから。
(「技師長が言う様に、放り出すしか無いのかしら? 何か、工夫達で心をひとつに出来る様な事があるといいのでしょうけど」)
 ただ、同情する気持ちも少しはある。彼らは恐らく、まだろくに感謝の言葉すらかけてもらった事が無い筈なのだ。人々がどんなにこの道を望んでいるか、それも多分、漠然としか知らないのだろうから。

 工事が2区に入り、3区の調査も本格的に始まっている。
「どんどん水が染み出して来ますね」
「地下に大きな水脈でもあるのかもしれないな」
 周と焔は、マジカルエプタイトで底なし沼の水抜きをし、その状態を確認した。ここに道を通すのは素人目にも絶望的と分かる。他、数箇所で水抜き作業をしてみたが何処も似た様なもので、水抜き工事が可能なのだとしても、かなり大掛かりなものになってしまうのは確実だった。
「では、モリス様には迂回路工事を進言するという事で、よろしいですか?」
「それも簡単では無いと言っていたけど、他に手が無いんじゃ仕方ないな」
 一旦隠れ里に寄った後、焔はアルフォンスと共にエスト・ルミエールにまで足を伸ばした。ヴェガ・キュアノスの口利きで、子犬達はひとまず、ここの教会学校に預けられる事となっていたのだ。子供達との仲も良好な様で‥‥人々はその様子を微笑ましく見守りながら、今から別れの日の事を心配していた。
「本当に大丈夫なのか心配したが、上手く行っている様だ」
 子供とじゃれあう子犬達を見て、焔は胸を撫で下ろした。人を信頼する事を覚えられたなら、彼らには頬黒達とは違う未来が拓けるだろう。何れは牧羊犬にという計画も、ぐっと現実味を帯びてくる。
「何匹かは、なんとか農園に貰われて行ったのであったな。この子らにも行くべき家が見つかると良いのだが」
 アルフォンスの言葉に、焔が頷く。立ち去る彼らを、子犬と戯れる幸せそうな子供達の声が送ってくれた。
 今回の経費、5G。カンパが12G84C集まり、残金は45G34Cとなっている。