蘇るマイルストーン 〜野生の呼び声5

■シリーズシナリオ


担当:マレーア

対応レベル:4〜8lv

難易度:難しい

成功報酬:3 G 74 C

参加人数:11人

サポート参加人数:3人

冒険期間:09月11日〜09月19日

リプレイ公開日:2005年09月20日

●オープニング

 隠れ里のシフール達を苦しめ続けた仇敵であり、間道整備の障害でもあった頬黒と野犬達が、冒険者達の手によって駆逐された。朗報にシフール達は大いに喜び、長老は遂に、アレクス・バルディエ卿の庇護下に入る決断を下したのだった。着実に進む障害の除去。シフール達の協力が得られれば、工事にも一層、弾みがつく筈‥‥ なのだが、肝心の工事の方は、ここに来て遅延の気配を見せ始めていた。
「野犬に襲われた事が余程堪えた様で、皆完全に腰が引けている。その上、どうやらうちの大将と冒険者達の話を盗み聞きしていた者がいるらしく‥‥ 首を切る切らないの話が広まって、どうも妙な空気になってしまっているんですよ」
 技師達は、困惑顔で状況を話す。これから最も過酷になるだろう3区工事が待ち受けているというのに、これはどうにも上手く無い。
「所詮は寄せ集め。真剣な取り組みなど期待するだけ無駄だったという事だ」
 仕事第一、典型的職人気質のモリス・マンサールは彼らの態度にますます気分を害して表情が険しくなり、それを見た人夫達はいよいよ縮こまるといった有様で、現場の空気は悪くなる一方だった。
 そんな中、事件が起こる。5人の人夫が独断で3区に向かったまま、戻ってこないというのだ。彼らは人夫達の間では人気があったが、頻繁に作業を抜け出しては問題を起こし、モリスから目をつけられるフダツキでもあった。話を聞き、眉を潜めるモリス。
「逃げ出したのではないのか?」
「それが、『森の獣など何ということはない、俺達が証明してやる』と、そんな事を言っていたというのです。不安を抱く仲間の為に、彼らなりに役立とうとしたのでしょうが‥‥ あの辺りにはまだ危険な獣も多い。手負いの巨大月輪熊だって徘徊しているというのに、短慮にも程がある」
 何とかして救って欲しいと人夫達は懇願しているが、技師達は頭を抱えている。既に命を落としたか、あるいは逃げ去ったかも知れない者達を探してあても無く3区を徘徊する事は、恐ろしく危険な事に違いないのだから。

●今回の参加者

 ea8928 マリーナ・アルミランテ(26歳・♀・クレリック・エルフ・イスパニア王国)
 ea9482 エリーナ・ブラームス(27歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ea9968 長里 雲水(39歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb0132 円 周(20歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb0746 アルフォンス・ニカイドウ(29歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb1158 ルディ・リトル(15歳・♂・バード・シフール・イギリス王国)
 eb1318 龍宮 焔(31歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb1992 ぱふりあ しゃりーあ(33歳・♀・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)
 eb2174 八代 樹(50歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2244 クーリア・デルファ(34歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 eb2448 カルナックス・レイヴ(33歳・♂・クレリック・エルフ・フランク王国)

●サポート参加者

七神 斗織(ea3225)/ 七神 蒼汰(ea7244)/ ユキ・ヤツシロ(ea9342

●リプレイ本文

●人夫達と
 5人の人夫の失踪は、他の人夫達に少なからぬ動揺を与えていた。話を聞きに現れた冒険者達に詰め寄り、どうにかして探し出して欲しいと訴える彼らの目は真剣そのものだった。
(「なるほど、人気があるというのは本当の様ですね‥‥」)
 八代樹(eb2174)は、彼らの様子に少し驚く。元々、赤の他人の寄せ集めに過ぎない人夫達。流れ流れての生活で荒んでいる者も多く、未だ様々な問題を引き起こす。その彼らが、こんな表情を見せるとは。共に暮らし、同じ仕事に励んだ時間が、少しは彼らを変えたという事だろうか。
「大丈夫です、きっと悪い様にはしませんから。彼らの事を聞かせて下さい」
 穏やかな受け答えで人夫達を落ち着かせながら、樹は5人の情報を聞き出して行く。
「待て待て一度に言うな。あーっと、リーダー格のドニは、四角い顔に大きめの鼻、と‥‥」
 長里雲水(ea9968)は筆先を噛み噛み、彼らの似顔絵を描き上げる。
「おおっ、そうそう、まさしくこんな感じですよ!」
 感心する人夫達に気を良くして、雲水、残りの4人にも取り掛かる。
「念の為に聞くのであるが、何故、彼らが逃げ出したのではないと思うのかな?」
 問うたアルフォンス・ニカイドウ(eb0746)に、人夫達は言う。
「あいつらはロクデナシには違いないが、嘘を言って逃げ出す様な、そんな姑息な奴らじゃない。逃げるなら大意張りで『逃げる』と言って姿を消しますよ。きっと何かあったに違いないんだ‥‥」
 ふむ、と頷くアルフォンス。世間一般の基準では駄目確定でも、ひとつ筋の通った性格で人から好かれる人物というのはいるものだ。ぱふりあしゃりーあ(eb1992)は似顔絵をまじまじと眺め、そして、指先でピシっと弾いた。
(「と、いうことはやっぱり迷子? まったく、子供じゃないんだから‥‥。自分達が帰ってこなかったら余計に皆不安になってしまうとは考えなかったのかしら? それともよっぽど自信があったのかしらね。ともかく、これ以上皆の不安を煽らないよう彼らにはなんとしても無事に帰って来てもらわないといけないわ」)
 このおバカ、と、もう一度デコピン攻撃。
「必ず見つけて帰って来ますわ。大船に乗ったつもりで待ってなさい。あなた達はちゃんと仕事に励むのよ?」
 ぱふりあが請合って見せると、人夫達の表情にも幾らか明るさが戻って来た。
「こちらの用意も済みました」
 5人の荷物を見せてもらっていたマリーナ・アルミランテ(ea8928)は、着古して草臥れた衣服を抱えて戻って来た。
「ふりかかる試練はいつも過酷です。でも、乗り越える事の出来ない試練はありません。それぞれの立場で最善を尽くしていれば、必ず大いなる父は応えて下さいます」
 頑張りましょう、と微笑む彼女。人夫達は仕事場に戻り、技師達の指示の下、作業に励んでいる。冒険者も彼らの期待に応えなくてはならない。

●隠れ里
「しふしふ〜♪」
 ここはシフールの隠れ里。元気良く現れたルディ・リトル(eb1158)に、里のシフール達もちょっと恥ずかしげに「しふしふ〜」と返す。それだけで何となく溶け込んでいる感じがするから不思議なもので。やはり本物は違うであるな、とアルフォンス妙に感心。
「しふ‥‥ごほん。あんまり見ない顔だな」
 里の戦士ポロに声をかけられ、初めて来たのよろしくねーと無邪気に答えるルディ。後から顔なじみの冒険者達もやって来るのを見て、なんだあの連中の仲間か、うんそうなのーと他愛の無い会話が続く。
「あのねー、工事の人がいなくなったから、探さないといけないのー。森の知識はおいらもほんのちょっぴり持ってるけどー、住んでる人のほうがいっぱいいっぱい詳しいよねー? だから、探すのを手伝ってほしいのー」
 話を聞いたポロは、そういう事なら手伝おう、と快諾。
「なんとか卿に従うって約束した手前もあるしな。もう何人かいた方がいいか?」
「そうだな、2人ほど出してもらえれば助かる」
 雲水の言葉に頷き、ポロは仲間から有志を募る。が、やはり人夫達とは未だ交流の少ないシフール達。反応は鈍かった。アレクス卿も彼らにとっては遠い存在。差し向けられた役人と直接話をする立場のポロや長老はともかく、他の者にとっては前と今とで、特別変わったという意識も無い。
「やれやれ仕方ないな、それじゃあ来てくれた者には俺が直々に、本場パリ仕込みのマル秘ナンパテクニックを伝授しようじゃないか」
 満を持して切り出したカルナックス・レイヴ(eb2448)だが、シフール達は全くのノーリアクション。『マル秘ナンパテク』が何の事かよく分からなかった模様。がっくりとその場に崩れ落ちた彼を、里の子供達が面白がって突付き始める。
「えーっと、戦いで役に立たなくてもいいならおいらが行くよ。工事の人達とは一緒にご飯を食べた仲だし」
 以前の宴に顔を出したひとり、レクが申し出て、捜索隊は無事結成の運びとなった。雲水とカルナックスが食料を用意して彼らに手渡す。えー、食事付きって言ってくれれば行ったのにー、と言い出すお調子者が笑いを誘う。
「ありがとね、頑張ろうねーっ」
 ポロの手を握って、力いっぱい感謝の気持ちを示すルディ。何だか喜ばれている様子に、里のシフール達も嬉しげだった。

 2人を加えて、冒険者達は捜索の準備を急ぐ。
「獣‥‥特に熊が苦手とする様な臭いは無いだろうか」
 龍宮焔(eb1318)の問いに、うーんと考え込むポロ。今回は救出が目的。避けられる戦いは避けたいのが本音だ。
「そりゃあ無くは無いけど、辺り一面真っ白になるくらい煙らさなきゃ効果無いぞ? ちょっとかけたり臭わしたりしたくらいで飛んで逃げる様なのは知らないな。半端なものじゃ、却って怒らせるだけだと思う」
 そうか、と肩を落とす彼女。胡椒玉でも作れれば良いのだが、と、自分の懐具合を思い起こす。10Gも持ち歩いている彼女は間違いなく裕福な部類に入る筈だが、武器として通用する程の量、胡椒を買うのはこれでは無理だ。それ以前にもったいなさ過ぎて天罰が下るに違いない。一先ず彼女は、たっぷりの油に浸した布を、皮袋に詰め込んで持って行く事にした。
「ゲルマン語が話せるのね」
 エリーナ・ブラームス(ea9482)に感心され、ポロはおお、と胸を張って見せる。
「どうしても村に出向いて買出ししなきゃならない事もあったから、自然と覚えたんだ。今までちっとも上手くならなかったけど、あいつらが来る様になってから少しは上達したかもな」
 俺の言葉、変じゃないか? とコッソリ聞かれ、エリーナは大丈夫ですよ、と笑顔で答えた。

 広場では、クーリア・デルファ(eb2244)が鍛冶師のトトと共に武器の手入れに余念が無い。出かける仲間は2人だけなのでトトの仕事はすぐに終わり、トトはクーリアを手伝いながら、その技を熱心に見つめている。
「それは?」
 最後にクーリアが取り出したのは、聖剣アルマス。デビルスレイヤーの名を持つ魔法の剣だ。ぞろりと引き出された刀身は鈍く褐色に光り、目利きでなくとも、特別な力を持ったものだと感じる事が出来る。
「これを使うことにならなければいいんだけど‥‥」
 クーリアの呟きに、トトがぶるっと震えた。
 一通り仕事を終え、汗を拭いながら自分の家に戻ろうとしていたトト。遠慮がちに覗く視線に気づいて、振り返った。おずおずと出て来る、若奥さん。
「あ、ごめんトト。‥‥疲れてるよね?」
 彼女が抱えていたのは、穴のあいた大鍋。
「いや、いいよ? 鍋が漏ってちゃご飯つくれないでしょ」
 ぱっと明るくなった彼女の笑顔を見て、トトも笑う。カンカンと槌を打つ音を聞きつけて、やれ農具の刃を付け直してくれの鍋の柄が取れただの、次から次へとやって来る。四六時中直している気がしないでもないが、小さなシフール達の道具は、それだけ傷みやすいのだろうか?
「‥‥」
 その様子を眺めるクーリア。銀色の髪を指先で巻きながら、さあどうしたものだろう、と空を見上げた。抜ける様な青空に、眩しい太陽が輝いている。

 円周(eb0132)は晴天を願い、雲を散らす儀式に集中していた。元々薄かった雲は今や完全に消えて、清々しい程の青空となっていた。
「良い空です。これならば」
 ありがとう、と言葉をかけられ、少し照れ臭そうに俯く周。彼は下がって樹に場を譲り、樹が天照大神様に祝詞を捧げる様を見守った。彼女が求めるのは、まず手負いの鉄城。
「分からない、と。傷を庇い、何処かに隠れているのかも知れません」
 続いて行方不明の人夫ドニ。
「方向は、こちら。距離は‥‥」
「3区にいるのは、間違いないみたいですね」
 何処かに消えてしまった訳ではないと分かった。だが、その彼がどんな状態なのかまでは分からない。
「すぐに出ましょう。この距離だと、明るい内に行って戻れるかどうか」
 出発する皆を、里の者達が見送ってくれる。慣れないレクは緊張でカチコチだ。
「あ、そだ。もらい物ですが、良かったら差し上げます」
 周が差し出したのは、シフールの竪琴。それを見て、彼の表情がぱっと輝いた。
「ありがとう、ありがとう! 本当にいいの?」
 もちろんです、と周。やったー! と無邪気に喜ぶレク。
「それじゃ、さっそくひとつまび。冒険に行って来るよの歌〜」
 冒険に〜いってくるよ〜、きっと素敵なことが起こるんだ〜、とまあ、実に適当な歌を歌い始める。シフール共通語と拙いゲルマン語がチャンポンになった妙な歌詞に、エリーナがくすりと笑う。
(「シフール達と一緒に歌えたら楽しいでしょうね‥‥やっぱりシフール語、覚えようかしら」)
 と、そんな事を思う彼女である。

●捜索
 3区に踏み入った一行は、頻繁に樹が神託を得、当たりをつけながら進んで行った。
「どうやら、今も少しづつ移動している様ですね」
 樹の言葉には安堵と不安が入り混じる。まだ生きているのは確か。だが、無闇に動かれては保護に手間取る可能性もある。そして。
「‥‥鉄城が近くにいます」
 1度だけ、あの手負いの巨大熊が陽光のもとに姿をさらした。遭遇は極力避けたいが、ドニの居場所とかなり近い。ポロは風を見てから、風下から回り込めるルートを示した。工事ルートを外れた場所である。冒険者達にとっては未知の領域だ。
「おーい、誰かいるなら返事しろーっ!」
「さっさと出てこないと酷いですわよーっ!」
 雲水とぱふりあが、大声を張り上げて5人の名を呼ぶ。もしかしたら、彼らはバラバラになっているかも知れない。もしそうでも彼らの耳に届く様に、と同時に、熊避けの効果も狙っての事だ。
「でも、手負いの巨大熊もこれに当てはまるのかしら? ‥‥当てはまらなそうねぇ」
 難儀だわ、とぱふりあ。まあ、気休めでもしないよりはした方がマシというものであるよ、と笑いながら、長い木の枝を手に地面を突き刺しながら進むアルフォンス。この辺りは例の底なし沼も近く、うっかりすると足を取られる場所が幾つもある。泥濘に僅か脛辺りまで嵌まっただけで、自力で抜け出すのは容易ではない。こんな事でも、しないよりはした方がずっと安全という訳だ。
「丸ごと水脈を移し変えたり、すっかり水気を抜いてしまえる魔法があればいいのに」
 湿地の探索は気が滅入る。愚痴を零した周に、贈り物ですっかり懐いたらしいレクが、工事用の地図を覗き込みながら不思議そうに問う。
「でもさ、何でみんな、こんなぬかるんでる所をわざわざ選んで通るの? もっと西の方なら地面もしっかりしてるし、木もそれほど密集してなくて歩きやすくて飛びやすいのに」
 不思議がる彼に、カルナックスが説明を。
「ここには昔、道が通っていたんだ。それを再生しようってのが、俺達の仕事なのさ。その下準備で切り開かれたのが、普段俺達が使ってる道なんだ。人夫達は、何かの理由で道を外れてしまったみたいだけどな」
 なるほどね、とレク。ちゃんと理解しているかどうかは不明である。実にお気楽に振舞う彼に、カルナックスがあのなぁ、と苦言を呈した。
「こういう所も全部、そこにいる記録係が報告書に書くんだぞ、少しは気を使え。お前らこの森の知識なら相当なもんなんだろう? それを普段は眠らせっぱなし、偶に使ってもただの善意のダダ流しってのは感心しないな。これから世知辛い世の中に揉まれて生きて行かなきゃならないんだ、俺達みたいに能力を生かして商売にするなり、もっとアレクス卿とでも交渉して売り込んで、評価を改めてもらうなりするべきだろう。見ていてなんというか、むず痒くなって来るんだよ」
 そんなこと言われても‥‥とレク。どうしろってんだよ、とポロ。よし、俺がみっちり仕込んでやる! とカルナックスが奮起したところで、エリーナがあ、と声を上げ、突然しゃがみ込んだ。自慢のブロンドが泥濘につかぬように何度もたくし上げながら、地面の痕跡に目を凝らす。
「人の足跡‥‥複数人、私達のものではありませんね」
「それほど日数も経ってはおらぬな。マリーナ殿を呼ぶのである!」
 アルフォンスも興奮を隠せない。泥濘に注意を払っていた心がけの勝利である。
「カミーノ、頑張って」
 マリーナは愛犬に衣服のにおいを嗅がせ、足跡周囲のにおいと嗅ぎ比べさせる。カミーノは一声吠えると、軽快な足取りで追い始めた。神託で得られる情報は非常に大雑把なものに過ぎない。最後は、彼らの探索力が物を言うのだ。
「周りに注意を払うんだ、不慣れな者が迷いそうな場所を探すんだぞ!」
 カルナックスに頷いて、ポロとレクが飛んで行く。カミーノの鼻を頼りに森に踏み込んで、暫く後。皆よりも少し先を進んでいたルディとレクは、なんとも言えない生臭い臭いに顔を見合わせ、互いに鼻を摘んで見せた。と、遠く林の中で、大きな影が揺れているのに気が付いた。その臭いが獣臭と血の臭いが混じったものだと、彼らはすぐに理解した。あまりの恐ろしさに叫びそうになるレクの口を、ルディが咄嗟に手で塞ぐ。
「大丈夫だよレクおにーさん、風下だし気づかれてないよ多分きっとー」
「ででででも、な、何か食べてるよ、バリバリってっ」
 鉄城は山の様な体を揺らしながら、何かを貪り食っていた。まるで獲物を憎むかの様に、乱暴に、引き千切る様に。
(「こっちに来たら駄目だよー、熊さんがいるよーっ」)
 とにかく、テレパシーで仲間に伝える。慎重に近付いたクーリアが2人を手招きし、
「落ち着いて、ゆっくりと離れるんだよ」
 シフール共通語で話しかける。うん、うん、と何度も頷き、ルディに助けられながら下がって行くレク。クーリアは目を細めてじっと貪り食われているものを見る。昼でも薄暗い森の中。木々の陰になり、また大きな体に大半遮られていて、それが何なのかよく分からない。もしもそれが人なら、そしてまだ息があるなら、無謀と言われても助けねばならない。
「近づければ生死を確かめられるのに‥‥」
 にじり寄るマリーナの肩を掴んで、焔が止めた。
「もう振り回されているだけ。あれが何にしろ、生きてはいないわ」
 くっ、と唇を噛みながら、クーリアが抜きかけた剣を収める。彼らはゆっくりと、音を立てぬ様に細心の注意を払いながら、その場を立ち去った。
 ルートはポロとレクが確保してくれるものの、臭いの経路を断たれてしまった一行。
「方向は‥‥もう、ほんの間近の筈‥‥」
 樹は座り込んで額の汗を拭い、暫しの間をおいてから、行きましょうと立ち上がった。太陽は傾き、もう帰路に着かねばならない時間だが、血に飢えた鉄城の徘徊する近辺に彼らを置いて帰る訳には行かない。
 もう一度、皆で彼らの名を叫ぶ。と、僅かに開けた草むらの中で、寄り固まっていた彼ら。よくも今まで、獣の餌とならなかったものだ。エリーナは逸早く彼らに駆け寄り、その傷の具合を確かめた。深手を負っている者が2名。他は薄汚れ疲労困憊しているものの、傷は軽いものだった。
「自業自得な人達に使うのはもったいない気もするけど、仕方ありませんわね」
「仕方ない奴らだな、男相手に大盤振る舞いだ」
 ぱふりあとカルナックスが、薬を取り出し使用する。他の者達にも、エリーナの手当てが施された。クーリアは、何度も人数を数え、やっと安堵の溜息を漏らしてから、思い切り、ドニの頬を平手で打った。
「獣退治なんて馬鹿な事を‥‥身の程知らずが!」
 ドニは力なくへたり込み、頭を抱えた。
「獣退治なんて、そんな大それた事を考えていた訳じゃないんだ。ただ、ここに来て、何か証拠になるものでも持って平気な顔をして帰れば、怯えてる連中も気を強く持てるんじゃないかと思って‥‥」
 しかし、彼らは『まるで森から湧いて出る様に』突如として現れた巨大な熊‥‥恐らくは鉄城に襲われ、道を外れ命からがら逃げ切ったものの、負傷者を抱えてほとんど動けず自分の場所も見失い、今日まで放浪していた訳だ。出かける時にくすねた僅か2本程の回復薬が、彼らの命を救う事となった。
「それは、あなた達の役目ではない。あなた達はあなた達でやる事があるはずだ。やるべきこともやらずに恥ずかしくないのか?」
 クーリアの言葉は厳しい。心意気は買うが、彼女の言うとおりだな、とカルナックス。
「馬鹿だったと思っているよ。結果がこれじゃあ、却って皆をビビらせちまったよなぁ。仲間にこんな怪我までさせて、結局、俺は役立たずの大馬鹿だったって事か。恥ずかしくて皆に合わせる顔がねぇ」
 自嘲気味の笑いを浮かべて言う彼に、マリーナは語りかける。
「ここが頑張りどころなのです。馬鹿か役立たずか、そうでは無いのか、モリス隊長にあなた方の働きを見せる事で証明すべきです。あなた方はその手で、これからの人々の交通を変える道を作っているのですよ」
 別のひとりが、溜息を吐く様に言った。
「でも、結局はクビだよな俺ら」
「‥‥それでも、自ら戻って処罰を受けなくてはならない。違いますか?」
 マリーナに真っ直ぐ見据えられ、ドニはああくそ! と頭を掻き毟った。
「その通りだ、その通りだよ姐さん」
 叫ぶ様に言った彼。マリーナは彼に微笑んで見せた。
「とにかく、今は食え。ろくに食って無いんだろう?」
 雲水が彼らの前に、あり合わせの保存食と水を置く。
「食べ終わったら、その根っこの生えたお尻を持ち上げてもらいますからね」
 ぱふりあが言ったのも、果たして聞こえていたかどうか。どれだけ食べていなかったものか、彼らは何の変哲も無い保存食を、貪る様に頬張った。
「こらこら、そんなに詰め込むものではない。それ見た事か、嵩張ってどうにもならぬではないか」
 アルフォンスが差し出した水を飲んで、げふげふいいながら飲み込んでいる。
「ゆっくり食わないと腹が引っくり返るぞ」
 雲水が呆れて言う。彼らと一緒に抹茶味の保存食を食べながら、その様子をにこやかに見守っていた樹。ただ、彼女はあまりに疲れ果てていて、せっかくの抹茶の味を、全然覚えていなかったという。
「そら、肩貸してやる」
 カルナックスに掴まって、何とか歩く負傷者1。取り合えず動けるとなれば長居は無用。では一刻も早く戻りましょう、とマリーナが歩き出した。
「あ、姐さん、逆だ逆、そっちじゃドレスタットに抜けちまうよ!」
 赤面して戻って来た彼女に、皆が笑った。
「みんな、とても心配していましたよ」
 エリーナの短い言葉に、改めて自分達の仕出かした事の重大さを噛み締める。
「私達があなた達を守ります。不服でしょうか?」
 そう言われ、ただただ首を振る彼ら。
「確かにこの森は危険かもしれませんが、その森の危険からあなた方をお守りするのが、うちら冒険者なのですからね」
 マリーナがドニの肩をぽんと叩く。彼は深く頭を下げ、仲間達に改めて、帰ろう、と声をかけた。
 なお、
「途中で熊さんに会ったんだ。多分気が立ってるから、静かにしないとまた出てきちゃうかもよー?」
 道中、ルディが彼らを脅し倒していたのだが、散々に振り回された彼ら。このくらいのおちゃめは許されるであろう。

 暗くなりかけのその帰路で、一行はモリスと出くわす。
「無事だった様ですな」
 モリスは淡々とそう言ったのみ。彼は負傷者を連れて来た荷馬車に乗せる様に指示し、そそくさとその場を去ろうとした。
「ん? 心配で様子を見に来たのかな?」
 カルナックスにからかわれ、む、とモリスの眉間に皺が寄る。人夫達はもう、目も合わせられない。
「旦那もンなプンスカするなって。ほらスマイルスマイル♪」
 彼に言われる程に、モリスの顔は渋くなる一方だ。さっさと行け、と御者に指示し、荷馬車を走らせる。素直じゃないねぇ、とカルナックスは肩をすくめるばかりだ。
 むっつりとしていたモリスに果敢にも話を振ったのは、他でもない周。彼が相談したのは、これまた軽くない話題、サクスとソウドの水争い。
「いっそ、この3区の水を引いてしまえばと思うんですけど、無理でしょうか」
 モリスの返答は、芳しいものではなかった。
「それは実に魅力的な提案ですが、3区はこの広い森のほぼ中央。森を抜ける水路を切るだけで、とんでもない難工事となるでしょう。少なくとも、その費用は2村の問題を解決する為に出費できる額では到底収まらない筈。それに、いつ始まるかもしれない工事をこちらが待っていられないという事情もある」
 アレクス卿には、この間道を年内に開通させるようにと言われているのですよ、と彼。間もなく農繁期を終えて手の空く領民達を動員して、作業をペースアップさせる予定なのだ。
「そうですか。上手く‥‥行かないものですね」
 周の呟きに、森の獣達の鳴き声が幾つも重なった。

●その後
 傷の重かった2人はドレスタットに送られ、そこで治療を受ける事になった。残りの3人は仲間達と再会し無事を喜び合ったが、当然ながらモリスの下す処罰を待つ身となる。アルフォンスはモリスの元に赴き、直談判に及んだ。
「許可も無く現場を離れたのだ、当然厳罰を与えるのが筋であろうが、彼らは皆に人気がある。対処を誤れば大きく士気に影響するでしょうな。あるいは、工事が進められぬ事態となるやも」
「‥‥脅すのですか?」
 眉を顰めるモリス。しかしアルフォンスは構わず続けた。
「寛大な処置を望む、という事である。いっそ、彼らの統率力を活かして今後リーダー役として人夫の統括をさせるのは如何であろうか」
 半ば驚き半ば呆れ、これにはさすがのモリスも、む、と唸ったきり二の句が継げなくなってしまった。
「全く冒険者という奴は、突拍子も無い事を思いつく」
 腕組みをしたまま、暫し思案に耽っていた彼。
「いいでしょう、ではその様に」
 意外にも、あっさり承諾。おお、と喜びの表情を見せたアルフォンスに、ただし、とモリスは釘を刺した。
「後見人はあなた方だ。もしも彼らが不始末を仕出かした時には、きっちり責めを負って頂きますからな、そのつもりで」
 む、と唸ったアルフォンスに、モリスがフフンと笑って見せる。人夫達の手前、やはり問題を起こした者をいきなり統括者として上に置く訳にも行かないので、5人は当面、人夫と技師との間に立ってあらゆる面倒事を処理する係としてコキ使われる事となった。てっきりクビになるものと荷物の整理までしていた3人は呆然となりながらもこれを受け入れ、キリキリ舞の日々を過ごしている。今のところは続いている様で‥‥治療を終えた2人も間もなくここに戻され、あんぐりと口を開ける羽目になるだろう。
 更に、冒険者達は今回の事件の遠因となった人夫達の士気の低下を解決する方法も考えなければならなかった。
「信賞必罰を徹底する事が必要ではないでしょうか。勤労を賞し、怠惰を罰し、これらが正常に機能するように機能の監視・監督を行う。ノルマを課して各班の成績を記録し、達成できれば酒などふるまい、仕事の早い班には褒章金を出す。遅れれば叱責、それでも改まらなければ何らかの罰を与える‥‥というようにすれば自然と「なら頑張ったほうが得」となりますし、成績で表彰されれば、班ごとの対抗意識も出るとおもいます」
 周は褒章用の資金20Gを用意した上で、この様に提案した。
「この工事が完成した暁には、ご褒美として人夫の方々の手形を押したモニュメントなんて作ったら、どうでしょうか。人夫さん達も自分達がこの道を作ったんだと後の世にも伝えることができるんじゃないと思うんですが‥‥」
 そう提案したのはマリーナ。確かに励みにはなりそうだが、何かを作ろうとすれば当然資金が必要になる訳で。周のアイデアも同様。ちなみに現在、仕事別に分けられた班が5つあり、ひとつの班に6人の人夫がいる。1つの班に1人1Gの褒章を与え、全員に30Cの発泡酒を振舞ったとすると、1回の表彰で15Gが飛ぶ計算になる。2人の提案を受けたモリスは、一旦奥に引っ込んだかと思うと、銭袋を持って戻って来た。
「ここに80Gあります。とある方からの寄付で、どう使うべきか思案していたのだが‥‥これも全て預ける事にしよう。人夫達の管理も含め、皆の裁量で工事に差し障りの無い様に考えて頂きたい」
 80Gは、どっしりと重い。元々、冒険者達のアイデアで掻き集めた人夫達。そして、この地に定着させる予定なのだという事も忘れてはならない。責任をもって彼らを導き、良き働き手、良き領民とせねばならないのだ。

 話は変わって。子犬の引き取り先探しに苦慮する焔は、里のシフール達に相談を持ちかけていた。
「え、あの野犬達の子犬を!?」
 頬黒には散々酷い目に遭わされた彼らだから、この反応は当然と言える。心配そうな彼らに、ちゃんと躾はして渡すからと頼み込む。
「うーん、そこまで言うのなら考えないではないけど‥‥でも、僕らに牧羊犬は必要無いよ? 猟犬なら欲しいかもだけど」
 それは、もっともな指摘である。しかしその為には牧羊犬とは違った訓練が必要。シフール達自ら訓練というのは難しそうだし‥‥と考え込んでいた焔は、聞き流していた言葉に引っかかり、どういう事かと聞き直してみた。彼らは、番犬も必要かもね、そうだねー、と頷きあっていたのだ。
「昨日見つけたんだけど、里村の外の林の中に人の足跡が残ってて、保存食の食べかすが落ちてたんだよね。苔が掘れて、足型がくっきり。工事の人がサボッてたのかも知れないけど、目の前まで来といて挨拶も無しでコソコソとさ、何か気持ち悪いでしょ?」
 ふうん、と焔。癖の悪い連中が里にちょっかいを出そうとしているなら、灸を据えておかねばならないが、さて。
 子犬達は教会学校や引取先の農場で、すくすくと成長している。

 前回残金45G34C、カンパが2Gあり、47G34Cとなった。焔が出す予定の鉄城討伐依頼費用は、最大で30G必要になる。その他、人夫達の褒章費として用意された20G、匿名での寄付80Gの、合わせて100Gがモリスに預けられている。これらは間道整備を円滑に進める為のものだが、その用途は冒険者達の裁量に任されている。