蘇るマイルストーン 〜野生の呼び声6

■シリーズシナリオ


担当:マレーア

対応レベル:7〜13lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 56 C

参加人数:12人

サポート参加人数:2人

冒険期間:10月09日〜10月16日

リプレイ公開日:2005年10月18日

●オープニング

 冒険者の一言で、思いもかけずリーダーという大役を仰せつかった5人の人夫達。兄貴肌で仲間から好かれている彼らとはいえ、上に立つとなると当然ながら勝手が違う。無茶をして迷惑をかけた末に抜擢された彼らに反発したり、舐めてかかる者達もいる様で。技師達と人夫達の間に立って、それはもう大変な毎日を過ごしているのである。
 そんな彼らがある日、工事の責任者たるモリス・マンサールのもとに呼び出された。また何かやらかしてしまったか、と思案を巡らす彼らに、モリスは言った。
「村からの労役が、予定よりも早く出してもらえる事となりました。数日後には作業に加わるので、効率良く仕事を覚えてもらい、戦力となる様に指導を願います。以上」
 は? と素で聞き返してしまう程、5人は呆気に取られてしまった。まだ仲間内の統率さえ取れないというのに、そこに新たに加わるとは。しかも、彼らは単なる新人ではない。むしろ、地元の村に住んでいる彼らこそが古参なのであって、最近になって集められた人夫達が余所者なのだ。人夫達も工事完了の暁には、村に迎え入れられる事になっている。これから来る人々と、何れは共に暮らす訳だ。悪印象を持たれれば後々に響く。揉め事などはとんでもない事で。
「どう‥‥したもんかな」
 はは、と乾いた笑いを浮かべる彼ら。元が流れ者の人夫達は、悪意が無くとも無作法をしてしまう事が多々あり、実のところ地元民からの評判は今ひとつ芳しくない。
「ビビるな、今更手遅れだ。なる様にしかならん!」
 5人の代表ドニが言う。とにかく頑張ろうと言った声は、心なしかうわずっていた。
「‥‥大丈夫ですかね、彼らは」
 心配げに彼らを見送る技師。やってもらわねば困る、とモリスはそっけない。
「安全に工事が出来る状態になっているかどうか、3区から5区までの予定地を改めて見ておきたい。冒険者の手配を頼む」
 はい、と怪訝な表情で答えた技師が、暫し間を置き、少しにやけた。
「早速、大急ぎで。労役の開始に間に合う様にしておいた方がいいですよね?」
 余計な事を言うな、とばかりに睨みつけるモリス。飛び出しかけた技師は、あ、と呟いて戻って来た。
「里のシフールも連れて行ってはどうですか。彼らは森に詳しいといいますし」
 そうしてくれ、と面倒臭そうに言って、モリスは技師を追い払った。

 要請を受けた里のシフール達。
「そんな訳で、案内役をひとり出す事になった」
 ポロの説明を聞いて、彼らは大騒ぎだ。
「領主様の仕事のお手伝い‥‥偉い人のご案内‥‥」
 誰が行く? 何をお話すればいいの? 失礼があったら大変だ。皆で膝を突き合わせて、ああでもないこうでもないと話し合う。
「取り合えず、ポロは駄目だな」
「うん、駄目だ。根っからの無礼者だもんな」
「お前ら‥‥」
 彼らにも助言が必要そうだ。

●今回の参加者

 ea3630 アーク・ランサーンス(24歳・♂・神聖騎士・エルフ・イギリス王国)
 ea3693 カイザード・フォーリア(37歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea8650 本多 風露(32歳・♀・鎧騎士・人間・ジャパン)
 ea8928 マリーナ・アルミランテ(26歳・♀・クレリック・エルフ・イスパニア王国)
 ea9968 長里 雲水(39歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb0132 円 周(20歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb0746 アルフォンス・ニカイドウ(29歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb1158 ルディ・リトル(15歳・♂・バード・シフール・イギリス王国)
 eb1318 龍宮 焔(31歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb2244 クーリア・デルファ(34歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 eb2448 カルナックス・レイヴ(33歳・♂・クレリック・エルフ・フランク王国)
 eb2449 アン・ケヒト(27歳・♀・クレリック・エルフ・ビザンチン帝国)

●サポート参加者

サラサ・フローライト(ea3026)/ メルキト・ハルドン(ea3581

●リプレイ本文

●寄付
 目の前に積まれた銭袋を見て、長里雲水(ea9968)と龍宮焔(eb1318)は、ただもう目を丸くするばかりだった。
「先日の依頼より、いささか考えるところがありましたので」
 そう言って本多風露(ea8650)が差し出したのは、なんと200G。庶民なら一生見ずに終わるだろう大金だ。みっちりと金貨の詰まった袋の、何と重いこと。
「どうせ趣味のお茶を買う位しか、お金の使い道もありませんしね。街道が整備されれば交易も益々盛んになり、冒険者の仕事も増えるでしょう。先行投資と思えば安いものです」
 良いお茶が飲める様になれば嬉しいのですけど、と微笑む彼女。ジャパン渡りのお茶は超高級品。それがこの辺境まで行き届く日が来るとしたら‥‥それは確かに、私財を投げ打つに値する夢に違いない。
「それでは、うちも」
 続いて100Gを差し出したのは、先輩冒険者ではない、マリーナ・アルミランテ(ea8928)だった。
「モニュメント製作にもにお金が掛かるんですよね。これを使って是非、良いものを作ってあげて下さい」
 人夫達の栄誉を後世に伝え残すモニュメント。これだけあれば、十分に立派なものを作ってお釣りが来るだろう。目の前に並んだ300Gに、雲水が溜息をつく。
「しかし、こうなると俺が出した額なんか意味無く思えてくるな」
 感心するやら呆れるやらといった様子の彼に、そんな事はあるまい、とカイザード・フォーリア(ea3693)。
「何Gもの寄付が無駄という事は無いだろう。それに、寄付は額では無い。その気持ちが尊いのだ。我らの本分は、あくまで知恵と労働での貢献なのだしな」
 カイザードは合わせて13Gの寄付を行った。加えて、支援依頼の為に薬品と食料の手配を行う予定である。
「この依頼には惹かれるものがある。有効に使って欲しい」
「必ず」
 力強く答えると、焔はこれらを纏めて、モリスのもとへ報告に向かった。
(「良かった、差し出がましいかも知れないと思ったけれど‥‥」)
 ほっと胸を撫で下ろす風路。いきなり大金を差し出せば、もしかしたら不快に思う者もいるのではないかと心配をしていたのだ。しかし、この依頼を受けた者の使命は第一に無事間道を完成させる事。例え何らかの感情を持つ者がいたとしても、それは後回しにするだろう。請け負った仕事の一部を先輩冒険者に委ねる事に関してさえ、力不足と見られた事への悔しさを飲み込んで、むしろ最大限に有効活用して見せた彼らなのだ。
「確実に歩を進める彼らを、もはや後輩とは呼べんな」
 しみじみと語るカイザード。
「いえ、まだまだ彼らにはまだ伸び代があります。私は若き冒険者達の、益々の成長を期待しています」
 まるで教え子を見守るかの様な風路の言葉に、カイザードがふっと笑う。
「我々とて老成を気取るにはまだ早い。安穏としていれば簡単に追い抜かれるぞ」
 本当に、と頷き、思いを新たにする風路である。

 さしものモリス・マンサールも、この寄付にはさすがに面食らった。これまでのものと合わせて400G超が、あっという間に集まってしまったのだから当然だろう。
「冒険者というものは‥‥良くも悪くもこちらの予想を超越した存在らしい」
 それは、彼流の賛辞なのかも知れない。モリスは冒険者一同への感謝を述べると共に、その資金を改めて冒険者達に委ねた。
 これにより冒険者の裁量で使える資金は、43G34C+420Gとなった。なお、モニュメント製作は80Gほどで出来そうだ。余分にかければ大きく立派に、質素なものにすれば減額する事も出来るだろう。

●シフールの里
「しふしふ〜 また来たよ〜♪」
「しふしふ〜 いらっしゃい! ちょっとゴタついているけど寛いで〜」
 屈託のない笑顔で挨拶をするルディ・リトル(eb1158)に、すっかり顔なじみとなった里のシフール達も気さくに声をかけて来る。いつもは長閑な里が、今日は森での収穫を取り分けたり、何やらわいわい天日干しをしていたりで、たしかにちょっと賑やかしい。
「冬の準備を始めたんだ。今年は免除されてるけど、アレクス卿に納める産物がちゃんと揃えられるかの確認も兼ねてね」
 ポロが説明をする。
「なるほど。それは大事な事ですね」
 お気楽に暮らしている様に見えて、なかなかどうして、考えているものだ。アーク・ランサーンス(ea3630)が見たところ、薬草らしきものが何種類かと、干されているのは‥‥どうやら刻まれたスクリーマーらしい。女性達数人がかりで手際よく解体されて行く様は、思わず見入ってしまう見事さだ。ただまあ、カチ割られたスクリーマーがゴロゴロ転がっているのは、少々不気味でもあったのだが。
 さて、カイザードとクーリア・デルファ(eb2244)は、里の皆に贈り物を用意して来ていた。クーリアは生活金物色々、主に鍋釜調理器具などを。カイザードは布地と金物の製造修理に必要なインゴットを。これらは里のシフール達にとって、なかなか手に入らない非常に貴重なものだった。
「お祝い事が纏めて一度に来たみたい!」
 大喜びのシフール達。トトは鉄のインゴットを大事そうに手に取った。そして、ずらりと並べられた金物が太陽の光にピカピカ輝く圧巻に、ふう、と息をつく。
「ありがとう。でも、本当にいいのかなこんなに貰っちゃって」
 先日も貰い物をしたばかりとあって、トトは少々心配げだ。
「そうだな‥‥。では、保存食や薬草との交換という事でどうだろう」
 カイザードの申し出に、シフール達は、こんなものでいいなら好きなだけどうぞ、とじゃんじゃん持ってくる。
「大切な冬の蓄えを無計画に差し出すのは感心しないな。物には相場というものがあるのだ」
 たしなめるカイザード。
「こーら、この前教えただろ?」
 カルナックス・レイヴ(eb2448)も間に入って、品物の相場についてお勉強。結果、カイザードは里から干しスクリーマーの保存食60日分、薬草2束、解毒剤2つを受け取って、売買成立となった。
「これはおまけだ」
 カイザードが持ち出したのは、美しい大理石のチェス用具一式。
「街の人間が好む遊戯だからな、覚えておいて損は無い。戦術や交渉のやりかたを磨くにも使えるぞ」
 ルールを説明する彼にシフール達が寄り集まって来る。懐かれて戸惑うカイザードの姿に、笑いを噛み殺すクーリアである。と、彼女にぺこりと頭を下げる里の女性が。すぐに、トトの奥さんだと気付く。慌てて駆けて来たトトと、何やってんだよー、お世話になってるんだしご挨拶しないとー、と言い合う様が微笑ましい。
「トト、奥さんがいたんだね。これはあたいからの祝い品だよ」
 はい、と手渡したのは、シフール用の包丁だ。
「銀の鍵とか指輪の方がよかったかも知れないけど、あたいは作れないから‥‥」
 とんでもないです、ありがとう、ありがとうと夫婦揃って喜ぶ姿に、クーリアの頬も緩む。
「さ、仕事だよ。皆が使い良いものを選んだつもりだけど、中には手を入れた方がいいものもあるだろうからね」
 道具を持ち出し、シフール達の意見を聞きながら、使い勝手の悪い部分の改造に励むクーリアとトト。クーリアは実行した改造を記録に残し、それをトトに手渡している。これはトトや、彼の後に続く職人にとってかけがえの無い財産となるだろう。
「はーい、みんなちゅうもーく!」
 賑わいも一段落したところで、ルディが皆に声をかけた。
「あのね、村でパーティを開くんだよ〜。飲んだり食べたりしたい人、おいらと一緒に演奏したり踊ったりしてくれる人がいたら一緒に行こうよ〜。工事の人達も来るし、今回は村の人達もたくさん来るから、賑やかになるよ〜? たくさんの人と仲良くなれたら〜、それってすっごく幸せなことだよねー♪」
 ルディの説明に、人夫達との酒宴に参加したレク達が興味を示した。その時を思い出しながら楽しげに話す彼らに、見知らぬ人達と顔を合わせる事に躊躇していた者達も耳を傾け始めた。

●礼儀作法教室
 案内役を誰にするか、まだ決まっていないと言うシフール達。彼らは皆、そんな偉い人とどう接していいのか分からないと口を揃える。
「今後もこういった事はきっとあるぞ? その度に慌ててたんじゃ仕方ないだろう」
 カルナックスに指摘されて、面目なさげなシフール達。
「よし、お偉いさんを迎える時の礼儀作法についてと、交渉の仕方、経済と商売ってものについて、俺達が優しく教えてやろう。しかもタダ! こいつぁ今の機会に始めるしかねぇな、お客さん!」
 雲水が、とても礼儀作法を教えるとは思えない調子の良い啖呵を切って見せる。シフールの里の礼儀作法教室の始まり始まり。
「まずは、偉い人に応対する時の作法を。‥‥基本的に相手を敬う。この村で言えば長老相手よりも更に気を使う様、気をつける感じだな。口調は急に変えるというのは難しいが、丁寧な感じに。あと最低限シフール語とノルマン語が混じらない様にしないとな」
 ちゃんぽんをやりがちなレクが頭を掻く。
「混じるとどちらかの言語を知らない人には伝わらないからな。これから必要になるだろうし、敬語の使い方は覚えておいた方が良い。権威の高い人にタメ口は危ない。そしてピシっとしっかり応対。適度に笑顔も忘れずに。何より相手を心から歓迎しようという気持ちが一番大事だ」
 シフール達は熱心に聞いてはいるものの、今ひとつピンと来ていない様子。
「つまり、だ。お偉い人を前にして恐縮しているその気持ちを、態度に示せばいい訳だ。お偉い人だって相手の心が透けて見える訳じゃないしな。けど、かといって一々ひれ伏してたんじゃ話が先に進まない。敬称とか言葉遣いとかで、それを現すという訳さ」
 ははーっ、と大袈裟にひれ伏して見せるカルナックスに、シフール達の間から笑い声が漏れて来る。挨拶の時は相手よりも低く飛ぼう、とか、肩や頭の上で休んではいけません、といった基本の基本から始まって、色んな場面で使える便利な言葉や慣用句など、段々と本格的な内容に進んで行く。
「見ているだけでなく、実際に自分でやってみる事です。動きと共に覚えた方が覚え易いですし、必要な時に出て来易いものです。雲水さんの言う通り、作法とは詰まるところ、おもてなしのココロが大事。それについては皆、備わっていると思いますから」
 アークにアドバイスと励ましをもらい、仲間同士で試してみる彼ら。何せ俄か仕込みの事、非常に妙な言葉と仕草になっているが、そこは地道に教えて行くしか無いだろう。
「しふしふ〜 に代わって、基本的な挨拶でも流行らせましょうか」
 アークの軽口に、それって偉い人に使っちゃいけなかったんだ、と驚くシフール達。危ないところである。やっぱり色々難しいね、と話し合うシフール達に、風路は言う。
「私だって雲水さんだって、ジャパン式の作法しか知らないんです。それでも何とかなっているんですから、諦める事はありませんよ」
 シフール達はまた幾分勇気付けられて、講師陣の話を反芻している。
「次は、話術による交渉術だ。さしあたっては、商売をするのに必要になるだろう。交渉は弱気になりすぎちゃ駄目だが、強気になりすぎてもいけない。引き際と押し際、これを見極めてこそ交渉。希望はそれなりに高く、低く持っておき臨めば気持ちに余裕が出来るな」
 ちらりとシフール達を見てみれば、案の定、あんぐりと口を開けている。
「分かり難いか? じゃあ、実際の交渉だとどうなるか、やってみようか」
 クーリアが雲水の交渉相手となって、彼らの前で実演開始。最初は雲水がとにかくクーリアの顔色を伺って交渉。彼女が不満を臭わせただけで雲水が先回りして譲歩してしまうので、交渉はどんどん雲水に不利になってしまう。続いて、今度はやたらに強気に出る。初めは多少の譲歩を口にしていたクーリアの語気がだんだんと強くなり、やがては決裂してしまう。シフール達はその成り行きに、手に汗握りながら見入っていた。
「大事なのは、自分がどうしたいのかを最初にしっかりと考えておくこと。何処まで譲歩できるのか、何処は譲れないのか‥‥それが無いと、ずるずるとただ押し切られたり、必要の無いイガミ合いになってしまったり、ろくな事にはならないよ。こちらが何を望んでいるのかが見えなければ、相手も暗闇を手探りするようなもの。苛立って来るからね」
 クーリアの解説に、理屈はともかく、感覚で納得した様子のシフール達。
「例えその場では物別れになるとしても、後に続く何かを残せるか、そうでないかも重要だな」
 雲水の言葉に、確かにね、そうだよね、と頷いている。彼らにはやはり、直感的に分かる教え方が有効な様だ。
「あんまり詰め込んでも覚えられないだろ、今日はここまで。明日テストするから復習しておくんだぞ。分からない事は聞いてくれや。以上」
 えーっ! と皆から声が上がるのを、にっと笑って受け流す雲水先生である。

 翌日のテストでもっとも良い評価を得たのはレクだった。元々の人懐っこい性格が幸いしてか、人の気持ちを読み取るのが上手な様だ。慌て者なのが玉に傷だが。
「案内役を誰にするかという話なんだけど‥‥ここはやっぱり、一番優秀だったレクがいいと思う。人夫の人達と交流した事もある訳だしな」
 ポロが言うと、本人を除いて異論がある訳も無く、あっという間に決定してしまった。頑張れよ、と皆で激励。
「そ、そんな‥‥」
 慌てても、時既に遅し。

●悩める人夫達
「村からの労役が出るという事は、収穫期もほぼ終わり、農閑期になるのですね。そろそろ冬の足音が聞えてくるのですか」
 マリーナは、いつの間にか周囲の風景が変わっていた事に驚いていた。植物が好きでいつも目を向けていた筈の自分なのに、季節の移ろいも見過ごしてしまった。気が付けばこの森も、すっかり秋の気配だ。それだけの間、この仕事に関わってきたという事でもある。
「ドニさん。村の人達が合流して来るからといって、手遅れだとか、なるようにしかならないだとか、自らに課せられた試練から逃げていてはいけませんわ」
 マリーナはきっぱりと言った。道具の手入れをしていた彼の手が止まる。
「いや、俺達は別に逃げているつもりは‥‥」
 言い訳をしようとして、ドニはその言葉を腹の中へ押し戻す。『手遅れ』も『なるようにしか』も、自分を追い込む為の言葉であって、逃げているつもりは無い。だが、マリーナはそこに含まれた逃げの気持ちを見抜いてしまった。考えるのを止めてただ突っ込む事を、戦っているとは言わないのだ。
「貴殿らの努力は、分かっておる。しかし、それが伝わっておらぬ者達がいるという事だ。まずは一度、反発する彼らと話し合ってみてはどうか」
 アルフォンス・ニカイドウ(eb0746)が提案すると、ドニは特大の溜息をついて、ばりばりと頭を掻いた。彼らと向き合う事が必要なのは、分かり切った事。しかし、事によれば決裂を招いてしまうかも知れず。そう思えば、踏ん切りもつかなかったのだろう。彼の肩を、アン・ケヒト(eb2449)が軽く叩く。
「貴殿らはリーダーと聞くと、どんな人物像を思い浮かべる? 判断に迷ったときは、その者ならどんな決断をするか、と考えてみるのも、ひとつの手だ」
 いや‥‥と苦笑した彼。その気持ちを見抜いたか、アンは続けて言った。
「最初は真似からでも良いさ。いつかは本物のそんな男になれるかもしれんぞ」
 答えは待たず、頑張れ、と背を叩いて去る。
「やっぱり、そうするしか無い、か」
 そうだな、と頷きあう5人。
「このくらいの助言は許してもらおう」
 アンの言葉に、仕方ありませんね、とマリーナ。できる限りの助力をしてあげたいのは、マリーナとて同じ。しかし、そうしてしまっては次なる試練に当たった時に、彼らはまた、誰かを頼ってしまうかも知れない。それでは、彼らは成長しないのだ。自ら目の前にある困難に打ち勝ってこそ、人は育つ。黒のクレリックらしい導き方である。
(「うちも大いなる父の御心に近づけるよう向上しなくては」)
 冒険者の奏でる美しき旋律が、5人を送る。暫し耳を傾けていた彼らは、やがて立ち上がり、仲間のもとへと向かった。

 反発している人夫達を集めたドニは、決して自分達が役目を蔑ろにしたりはしないないのだと訴え、協力してくれる様に頼み込んだ。そんな彼らに対し、何も答えない反発組。どうなる事かと、人夫達が寄って来る。見かねて反発組に物言おうとしたアルフォンスを、マリーナが止めた。もう少し見ていてあげて下さい、と。
「もし、俺らよりもあんた達の方がずっと上手くやるというなら、いつでもこの役目は譲る。俺達の仕事はこの道を一日も早く完成させる事だからな。けど、もう少し続けさせてくれたら、きっと無駄飯食いじゃないと証明してみせる。仕事で誤解を解きたいんだ」
 頼む、と真正面から頭を下げたドニに彼らの舌鋒も鈍り、そこまで言うなら、と折れる形となった。無論、彼らの反発が消え失せた訳ではあるまい。そこは、今後の働きで納得させて行くしか無い。
(「良かった‥‥」)
 仲間を止めた手前、一番安心したのはマリーナだったろう。

●警備
 モリス一行が巡視に向かう一方で、里に残った冒険者達は、周辺に不審者の痕跡があったと聞き、各々空いた時間を利用し、辺りの張り込みを始めていた。
「あの後も、同じ様な事があったのか?」
「そうなんだ。長時間人がいた痕跡が残っていたりね‥‥。まだ実害は出てないんだけど、正直ちょっと気持ち悪い」
 ポロの説明に、カルナックスが考え込む。
「もしも人夫なら、頻繁に長時間怠けている様な奴がいれば、俺達の耳にも入ってそうなもんだけどな」
 雲水の疑問に、そうなんだよな、と相槌を打つカルナックス。ふとアークが言った。
「もしかして‥‥以前シフール達を追い出した者達ではないでしょうか」
 ポロがそれを聞き、ぎょっとした表情になる。
「だとしても、アレクス卿の庇護を受けた今、手出しはし難いはずですが‥‥。それを知らずに動いている可能性もあります。あるいは、知っていて動いているのかも‥‥」
 間道整備を妨害する目的で動いているのだとすれば厄介極まり無いが、そこまでする者がいるのかどうか。
 昼間にぐっすり寝溜めして夜の監視を頑張るルディ。彼は怪しい人影を発見し、仮眠中のポロを揺り起こす。
「ほら、あれ〜」
 向こうも2人。隠れ里を指差し、何事か相談している。
「顔をみてやる」
 カルナックスとアークが来るのを待とうとルディが止めるのも聞かず、じりじりと距離を詰めたポロ。だが、薄闇の中で相手の顔を見ようと、迂闊に近付き過ぎた。
「なんだこいつ!」
 叫んだ男は仲間と共に、脱兎の如く逃げ出した。急いで追ったが視界も取れない時間帯のこと、すぐに撒かれてしまった。
「間違いない、あいつ、俺を騙した奴だった!」
 ポロが悔しげに言う。思いもかけず予想を的中させたアークも複雑な面持ちだった。

●間道調査
 モリスによる、3区から5区にかけての巡視が始まった。焔は工事の安全を祈願して、地鎮祭を執り行う。略式で四方払いと祝詞を多少行う程度のものではあるが、技師達は珍しそうに、この異国の祈りを眺めていた。
 さて。当のモリスは作業計画に修正が必要かどうかを確認するのに夢中で、案内役の作法や物言いなどまるで気にしていないのだが、レクはもうカキコキに緊張している。何か言おうとするのだが踏ん切りがつかず、くちをパクパクさせるばかりだ。
「そんなに緊張するなって。自分がされたら嫌なことをしない、自分が言われたら嫌なことを言わない。それだけ守ってれば大丈夫だからな」
 笑って励ますカルナックス。が。
「‥‥そういえば、ジャパンなんかだと無礼だって理由で、いきなり首をはねられちまうって言うぜ。怖いなおい」
 ぼそっと耳元で呟く。え、ええっ!? と真っ青になるレク。
「カルナックス‥‥。励ましたいのか怖がらせたいのか、どっちなのだ」
「無礼打ちといっても、気分ひとつでやって許されるものでは無いんですよ? 妙な知識を吹聴するのは止めてください」
 呆れるカイザードと風路に、カルナックスはにっと笑う。
「おやおや、怖がっただけ損だったな。世の中大概、そんなもんだ。なーに、頼まれてやって来た案内役が青くなったり赤くなったりする必要は無いのさ。むしろ向こうの礼儀がなってるかどうか、お前がチェックしてやれ」
 ひどいよカルナックスさんっ! と怒るレクだが、この遣り取りで幾分緊張も解れた様子。訥々とながら、森の様子など説明を始める。モリスは彼の話に頷きながら、経路を外れて周辺を確認したり、木や地面の様子を確かめたり。疑問があれば矢継ぎ早に質問責めにする。レクは細かい事を気にする暇も無くなって、むしろ平常心になれた様だ。

 一行は底なし沼に向かう道と獣道との分岐点に立った。
「沼のどこから水が沸いてるか、レクは知っているか? 水脈を塞き止めてる物でもあるのか等調査出来れば良いのだけど」
 さすがに、そこまではレクにも分からない。ただ、どうやらずっと昔は、湿地はこれほど広がっていなかったという話はあると言う。
「一先ず迂回路を作っておいて、魔法での水抜き溝や溜池など、水を誘導する仕掛けで迂回を最低限に抑える方法を考えては如何でしょう」
 円周(eb0132)の提案に、ふむ? と、少し妙な顔をしたモリス。
「沼地帯の大きさを測り、直線で引いた場合どの程度日程が短縮されるかをざっと勘定してみようかと思います。沼地を迂回する道を作った後に、直進路を作る事は可能でしょうか」
 周が幾つかのアイデアを書き込んだ地図を見て、パシっと額を打った。
「最初の報告で触れられてるのですが、この道は大げさに言えば、『く』の字に折れているのです。だから、水没している部分を捨て、その間を繋ぐ道を造ろうと、そういう計画なのです。むしろ新しく作る道の方が短縮されているのですよ」
 え、と地図を見直す周と焔。アンも、咳払いなどして誤魔化している。
「この道に使われている技術は、古代から良くあるものなのか?」
 アンの問いに技師達は、石をセメントで固める技術は非常に一般的なもので、現在でもさして変わってはいませんよ、と答えてくれた。
「何故この道が廃れてしまったと思う? 確かに沼地の存在もあるが‥‥この道を作った者達なら、新たに迂回路を作る事も可能だったと思うのだが?」
「そう、そこなのですよ」
 口を開いたのはモリスだった。
「本来、この様な古代ローマの道は、目的地まで一直前に敷かれるもの。ところがこの道は折れ曲がっている。この道自体、迂回路ではないかとも思っています。何かを避けて敷き直したものの、結局は放棄された‥‥と、その様に見えなくもない。沼の問題は、後から生じたものでしょう」
 それは、一体どういう事だろう? 答えを得ぬまま、彼らは道を折れ、辛うじてそれと分かる獣道に踏み入った。思った程は険しく無く、樹木は疎らで、これならば作業に支障は無さそうだった。
「この辺りはもう、さほど危険な生き物も見当たらない様ですね」
 風路の言う通り、森に獣の気配は感じるものの、彼らを積極的に襲おうとするものは現れない。こちらが寄って行けば、向こうの方が逃げて行った。
「一応、集団行動を徹底しておいた方がいいかもしれんな。ひとりでいれば襲ってくる野犬や狼もいるだろう」
 カイザードが狼の毛を弄びながら指摘する。
 4区に入ると湿地の気配は急速に薄れ、気持ち良い森林の気配に気分が緩んで来る。ところが。
「あ」
 レクは顔を上げたところ、大猪と目が合ってしまい、そのまま硬直した。
「そういえば、最初の報告書にも大猪の記術があった様な‥‥」
「この辺りでは猪をよく見ますよ。ただ、以前はもっと森の深いところにいた筈なんですけどね」
 レクの説明が終わらない内に、その大猪は一行目掛けて突進して来た。慌てて飛び退く技師達。アンと焔が声をかけ、彼らを安全な場所に誘導して行く。その間に、自身にオーラ魔法を付与しながら技師達を庇う位置に立つカイザード。風路はゆっくりと猪に近付き、突進を誘って、カウンターの一撃を叩き込む。苦しげに嘶きながら、僅かに曲がってカイザードに向かった猪は、オーラの加護を受けた彼の一刀を脳天に受け、その場にどうと横倒しになった。
「これ一匹、という事は無いだろうな」
 カイザードが呟く。あまり繁殖している様なら、処置せねばならない。
「こりゃあ取り敢えず、ルディにいい土産が出来た」
 重そうな大猪をべちんと引っぱたき、持って帰る算段を始めるカルナックス。5区ともなればもう人里も近く、特に凶暴な獣の姿も見えない。
「これが、マリーナさんが発見したマイルストーンですね」
 その古びた石を、風路がしみじみと眺める。
「うむ、気になる事は色々とあるが、道造りの障害となるものはもう余り残っていませんな。予定通り進めて問題は無いでしょう」
 モリスの承認を得て、これより工事は急ピッチで進む事になる。

●パーティにようこそ
 労役の村人達60人を加えての作業は、最初こそぎくしゃくしていたものの、やがてそんな事を気にしている暇さえ無くなった。新たに道を造らねばならない3区の工事は、伐採し、深く掘り下げ、大きな石を運び、積み重ねてセメントを流し込むという工程を全てこなさなくてはならない。今までの、埋まっている道を掘り返して補修するのとは段違いの忙しさである。5人のリーダーも、村人の面倒を見なければならない人夫達も、一番キツい場所で仕事を覚えなければならない村人達も、それはもうキリキリ舞の忙しさだ。
 日が暮れる頃には、皆もうクタクタに疲れて腹ベコだ。
「今日は皆さんと親交を深めたく思い、ちょっとした食べ物、飲み物を用意させてもらいました。是非ご参加下さい」
 慣れない言葉遣いで舌を噛みそうになりながらも、ドニは何とか言い切った。ルディがにっこり彼の健闘を讃えつつ、皆を誘導して行く。シフール達も20人ほどがやって来て、並んだご馳走に涎を垂らしている。シフールの里から持ち込んだ干しスクリーマーは戻されて、大鍋の中で極上の旨みを染み出しているし、獲物の大猪は火の上でジュウジュウ堪らない匂いと煙を撒き散らしている。それにつられてか、村の人達も大勢、酒や食べ物を手に集まって。
(「うわー、凄くいい雰囲気だよ〜」)
 ルディ、ちょっと感動。陽気な乾杯の音頭、他愛の無い雑談のざわめき。まだみんな少しぎこちないけれど、少しづつ打ち解けている、確かな実感。
「1番ルディ・リトルー、いっきま〜すっ♪」
 皆の前で披露する大道芸は、足がもつれるやら転がるやら。その見事な道化ぶりに、屈託の無い笑いが起こる。
「2番行きます!」
 シフール達も、村の人も、人夫達も。これで全て解決という訳でも無いけれど、きっと何かのきっかけにはなるだろう。冒険者達はその様を肴に一杯。

 焔は教会まで足を延ばし、子犬の行く末についての相談を。
「彼らをこれから、番犬や猟犬として躾ける事が可能だろうか」
 10Gと共に頼んだところ、何人かの猟師に預けて育ててもらう事を提案された。中には気に入って、そのまま引き取ってくれる人もいるだろう、と。
「大きくなったな」
 持ち上げると、しっかり重い。成長の早い彼ら、いつまでもここに置いておく訳にも行かないだろう。幸い教会のつてという事もあり、これまで預けた金額で頼んでもらえる様だ。

 宴は楽しげな雰囲気の中で終了した。皆の持ち寄りで出費を抑える事が出来たが、何せ大人数、30Gほどを支払う事となった。
 今回募集する依頼は、最大で24Gを必要とする。カイザードが里で調達した保存食60日分、効能の高い薬草2束、解毒剤2つに、ヒーリングポーション2つを加えて、支援依頼用の準備物資としてあり、参加者はこれを必要に応じて使うだろう。
 現在の残金は43G34C+390Gである。