蘇るマイルストーン〜野生の呼び声7

■シリーズシナリオ


担当:マレーア

対応レベル:7〜13lv

難易度:やや難

成功報酬:3 G 4 C

参加人数:12人

サポート参加人数:4人

冒険期間:11月05日〜11月10日

リプレイ公開日:2005年11月14日

●オープニング

 近隣の村からの労役を加えて、ハイペースで進み始めたアルミランテ間道工事。皆で宴を楽しんだ事もあってか、厳しい労働にも関わらず現場の雰囲気は悪くない。少しずつではあるが、村人と工夫、里のシフール達との交流も生まれている様で、作業場に食べ物や薬など売りに来るシフール達の姿は、馴染みのものになりつつある。
「この雰囲気を保ったまま3区工事を乗り切りたいものだが‥‥」
 にも拘らず、モリスの表情は厳しい。と、いうのも、古代の道を掘り出し修復すれば良かった今までと異なり、3区では全く新しく道を造らねばならないからだ。ますます労働は苦しいものとなるだろうが、作業のペースを落とす訳には行かない。そうなってもなお、今の雰囲気を保てるかどうか。
「残り工期も心もとなくなっています。人夫達には安息日以外は出ずっぱりで働いてもらっていますが、労役は週3日が限度の決まりですし‥‥。もう一手二手、工期短縮と労力軽減の方策が欲しいところですが」
 技師の言葉に、モリスも頷く。3区の作業は、根を張った木々を引き倒して更地とし、一定の深さに掘って大量の石を敷いた上で、セメントを流し込んで固める‥‥と、大雑把に言ってこの様なものになる。4区5区は、これまでと同じくかつての道を修復するという手法が取られる予定だ。現在、3班が道造りに携わり、1班が石切り場に、1班が運搬に当たっている。

 そんな中、石を運ぶ荷馬車が、立て続けに事故を起こす。一度目は馬が暴れ、二度目は車軸が折れた。
「馬や道具の手入れくらいきっちりしておけよ。石の上げ下ろし以外は馬任せのくせして、弛んでるんじゃないのか?」
「なっ、馬鹿な事を言うな! 俺達が普段どれだけ気を遣って‥‥」
「なら何で事故なんかおきるかねぇ」
 笑われて、悔しげな運搬班。このままにしておくのは良くないと考えたドニは、壊れた荷馬車を念入りに調べたのだが‥‥
「これは‥‥」
 ドニはへし折れた車軸に人為的な傷を発見し、眉を顰めた。激怒する運搬班のリーダーを宥めながら、彼は言う。
「暫くは我慢してくれ。仲間内で犯人探しが起きるのは不味いだろ? そろそろ冒険者達が呼ばれる頃だ、まずは彼らに相談してみよう」

●今回の参加者

 ea3630 アーク・ランサーンス(24歳・♂・神聖騎士・エルフ・イギリス王国)
 ea3693 カイザード・フォーリア(37歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea8650 本多 風露(32歳・♀・鎧騎士・人間・ジャパン)
 ea8928 マリーナ・アルミランテ(26歳・♀・クレリック・エルフ・イスパニア王国)
 ea9968 長里 雲水(39歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb0132 円 周(20歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb1158 ルディ・リトル(15歳・♂・バード・シフール・イギリス王国)
 eb1259 マスク・ド・フンドーシ(40歳・♂・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 eb1318 龍宮 焔(31歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb2174 八代 樹(50歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2244 クーリア・デルファ(34歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 eb2448 カルナックス・レイヴ(33歳・♂・クレリック・エルフ・フランク王国)

●サポート参加者

ガッポ・リカセーグ(ea1252)/ 七神 蒼汰(ea7244)/ ミィナ・コヅツミ(ea9128)/ 柿本 源夜(eb3612

●リプレイ本文

●モリスと
「派生依頼で得られた情報の共有ですか。それはしてもらって構いません。それでなくては仕事に不都合が生じますからな」
 カイザード・フォーリア(ea3693)からの質問に、モリス・マンサールはそう答えた。これを受けてカイザードは、依頼手続きを行う龍宮焔(eb1318)に前回の探索で判明した事柄を説明しつつ、次の依頼内容を詰めて行く。もはや彼らも慣れたもの、モリスは彼らに全て任せて、自分の仕事に専念する。
 と、そこに現れたマスク・ド・フンドーシ(eb1259)。彼は皆の前で、銭袋をモリスに差し出した。中には3G4C。
「今回の報酬はナシという事で良いのである。ついでに以前の依頼の分も返しておくのだ」
 ほう、と少し意外そうなモリス。対して、本当に良いのですか? と声をかけたのは焔だった。
「止めておいた方が良いのではありませんか? カツラと仮面を外し、服を着た姿がマスクと言う名で世に知れ渡っても良いなら別ですが」
 彼女の指摘に、む、とたじろぐフンドーシ。
「‥‥その話はまた後ほど。我が輩は隠れ里に行かねばならんゆえ」
「それは尚更困ります。一度彼らを怯えさせてしまった様ですし、正装しても里には近づかないで頂けますか?」
「だからこそである。心ならずもシフール達に恐怖感を与えてしまった。彼らにひとつ詫びたいのだよ」
 誠意の印に、今度はちゃんと服を着ているのである、とふんぞり返る彼であるが、体を突っ張ると弾け飛びそうな程にピチピチだ。自分で用意したという花の匂いを嗅ぎながら、これを贈るのであるよ〜と能天気に言う彼に、焔の眉がぴくりと上がる。
「花にも個性がある様に、我が輩たちも個性があるのだ。頭ごなしで拒絶しては、人格の否定に繋がる実に愚かな行為になる。歩み寄り、互いを理解する事が肝要であるな」
「ご意見は確かに伺いました。貴方が何をしようと勝手ですが、その結果拒絶されたり人格を否定されたりするのはご自分の責任だという事だけは、忘れないで下さい」
 ふむ、まあ分かったのである、と一応は言い置いて引き下がったフンドーシ。
「彼が何か仕出かす前に、拘束してしまいましょうか」
 本多風露(ea8650)が淡々と言う。目が本気だ。まあ、暫く見ていよう、と出てゆく彼を無言で見送るカイザードである。
「‥‥彼の後で何ですが、私も報酬はいただきません」
 風露の申し出に、かたじけない、と感謝の意を表すモリス。長里雲水(ea9968)は10Gを積み立てにと焔に渡す。更に、クーリア・デルファ(eb2244)は寄付金として、なんと200Gを持参したのだった。
「倉庫に眠っていた聖剣をオークションに出したら予想以上の高値になった。是非使って欲しい」
 あぶく銭である事を強調する彼女だが、とんでもなく奇特な行為である事は疑い様が無い。もちろん、最も求められているのは仕事で貢献する事だ。その点に関しても、モリスは大いに期待している。

 工事の効率化について最も熱心に取り組んだのは、円周(eb0132)だった。
「工事に役立つ魔法を使える人物を雇い入れる事は可能でしょうか。大幅に人数を増やすのは論外ですよね‥‥。農民の方に労役とは別に、日雇いとして働いて頂くのは如何でしょうか。そこまでの労働力が必要なのは3区だけなのだから、予算もそれほどはかからない筈です。欠点は、もしかしたら『領民を牛馬のように働かせている』などと噂を立てられる可能性がある事でしょうか」
 一長一短あるとは思いますが、と言う彼に、悪くありません、とモリス。
「この農閑期、収入を得たい彼らには喜ばれる筈。早速、各村の長に相談してみるとしましょう」
「他には‥‥鉄製工具を消耗を気にせず使える様に磨耗した端から直せる体制を整えるとか、早乙女と田楽のように、リラックスし活力が湧き出す様な音楽を奏でてもらうとか。短い休憩時間を増やし、効率的な労働時間を見直すのも大切だと思います。不満の相談や地元での農業での悩み相談など、ここに来る価値があると感じて頂く‥‥」
 そこまで行くとやり過ぎでしょう、と笑われ、そ、そうですか? と周は落胆。
「道具の修理、休憩、労働時間については考えてみましょう。魔法や鼓舞、不満の汲み上げについてはお任せしてよろしいかな?」
 いきなり振られて慌てたが、自分の出したアイデアだ、分かりましたと請合った。
「歌い手はルディさんがいますし、後は里のシフール達にお願いして手伝ってもらいましょう。‥‥土木魔法は仕方ありません、すぐに来れる人がいないかどうか、ギルドに問い合わせてみます」
 特殊な技能に秀でた人物を募るなら、やはり冒険者ギルドという事になる、周はギルドに相談を持ち込み、その方面に通じた魔術師を大至急手配してもらった。集まった5人の魔術師への報酬は、3区工事終了までで計30G40Cという事で手を打った。
 モリスも日雇いの件を各村の長に相談すべく、出かけて行った。なかなか現場に腰を落ち着けられない彼である。

●隠れ里
 こちらはシフールの隠れ里。クーリア・デルファ(eb2244)が贈り物として持って来たシフールの竪琴は、引っ込み思案なシフール少女に手渡された。
「これで、里の弾き手に行き渡っちゃった。今度みんなで弾いて見せるね」
 ぽろんぽろんと爪弾いて見せながら、嬉しそうに舞う少女。彼女は仲間に呼ばれ、クーリアに何度も礼を言いながら飛んで行った。
「‥‥俺の周りに集まっても、何も無いぞ?」
 カルナックス・レイヴ(eb2448)にきっぱり言われ、こちらはがっかり。
「仕方ないな、どれじゃあとっておきを」
 何々? と寄ってきたシフール達に、にっこりと微笑んで見せた。
「とっておきの笑顔」
 ぶーぶー、と不満そうな彼らを澄まし顔で宥め、彼は言う。
「俺は探検家であると同時に、そもそも白のクレリックなんだからな。白の教義では清貧は美徳なんだよ。まあ貧乏ってのもあるんだが」
「白の教義?」
「興味があるなら教えてやろう。まずは、これを読む事からだな」
 取り出したるは数冊の聖書。カルナックスの青空教会の始まりだ。
「見事な話術だな。何故普段はあれが異性相手にしか発揮されないのか」
 つくづく惜しいと思うカイザードなのである。前にもくれた人がいるけど、僕ら字は読めないよ〜、と口々に言うシフール達。唯一多少は分かるらしいポロも悪戦苦闘しているのを見ると、仕方ないなぁ、とカルナックス自ら聖書を手に取り、読み始めた。
 クーリアは、ナイトアーマーにマントofナイトレッド、聖剣「アルマス」デビルスレイヤーという姿で現れ、シフール達を驚かせた。
「クーリアさん強そう!」
「たまには、このような格好もしないとね」
 と、くすりと笑う。王国の神聖騎士、面目躍如といったところ。この後、トトはクーリアさん凄いよ格好いいよ、を連発し過ぎて、奥さんにヘソを曲げられるのだがそれはそれとして。聖書の一節を引きながらその教えを説くカルナックス、そして、神の剣としての立場から、人と教えの有り方を語るクーリア。2人ともかなり噛み砕いて話したが、聖書の中に語られる神という存在、それを軸に置き発展して来た文化と生活。基礎知識に乏しいシフール達には、少々難しかったかも知れない。
「一番大切なのは己の隣に居るヒトを愛し、ともに助け合って頑張るとゆー精神です」
 悪戦苦闘のシフール達に、冒険者がこっそり耳打ち。
「そう。詰まるところはそういう事だな。難しく考える必要は無いさ。困ってる人を見かけたら助けてやる、まずはそれで良いんじゃないか」
 カルナックスの結論に、それなら分かるよ、とやっと笑顔に。
「ジーザス教は、社会の基盤になっている。他と交流をもって生きていくなら、その考え方は知っておくべきだろう。知識教授を目的とした教会学校を建てるのはどうか」
 カイザードの言葉を、ポロが長老に伝える。他の者達にも問うてみるが、否応以前に、もうひとつピンと来ていない様子だ。
「どういうものか、まずは俺達が体現してみせるべき、てことか?」
 俺の女神様は大いなる父並みに手厳しいと見える、と愚痴るカルナックスだ。

 さて、カルナックスは日々教えを説きながら、これまで余り話した事の無いシフール達にも話しかけ、間道工事の話題を振ってみた。
「んー、正直ちょっと怖いね。物凄く人がいっぱいだしさ、何だか凄い勢いで地面を掘り返したり木を倒したりしてるでしょ。あんなに森を壊しちゃって大丈夫なのかなーとか、やっぱり思っちゃうよね」
 シフールのシフリンはそんな風に気持ちを語る。この急激な環境の変化を、彼らが不安に思っていない訳は無い。工事はそのもっとも分かり易い象徴だ。それを素直に言葉にする様に、むしろカルナックスは安堵した。
(「やっぱりこいつらじゃ無いな。本命は里の周りをウロついてる連中か‥‥」)
 その事も聞いて見る。
「今でも時々、人の居たらしい跡が残ってるよ。ポロ達が見回ってるけど、なかなか尻尾をつかめないみたい」
 そうか、とカルナックス。里に伸びた魔手は、未だ払われてはいないと見える。一方、いつもの様に日用品の修繕を始めたクーリアだが、今日はトトが先に出て、何かを一生懸命作っている。
「何を作ってるんだ?」
「釣り針と裁縫針だよ。いい出来だって、工事の人たちにけっこう売れるんだ。こういうのは、ちっこい僕らの方が有利かもね」
 皆でお金を貯めてるから、僕も頑張らなくっちゃ、と彼は言う。
「この村に何か、お金が必要になったの?」
「みんなで話をして、一度大きな街をみておこうって事になったんだ。クーリアさん達、冒険者の人がいろんな話や道具を持って来てくれるでしょ? もっと外の世界を知っておくべきだって話になって」
 僕は、街の大きな鍛冶屋がどんなのか見てみたいよー、と楽しそうに話す彼。どうやらこの事は、長老が言い始めた様だ。長老は長老なりに、この村の行く末を考えていたと見える。
(「髭を扱きながら笑っているだけの人かと思っていたが、色々考えているんだな」)
 失礼ながら、そんな事を思うクーリアである。

 同じ頃、シフール農夫達はスクリーマー畑でせっせと汗を流していた。
「おばけきのこの畑は〜、冬のお手入れも大事〜ふふふ〜ん♪」
 収穫後の畑に乾燥させた草を敷き詰めているのは、地中に張った菌糸を保護して来春も収穫を得る為だ。一仕事終えてのんびりと休んでいた彼ら。
「やあやあ、精が出るのであるな。手伝う事はもう無いかな?」
 そこに、にこやかに現れたのはフンドーシ。礼服に花束も持って、自分的にはもう非の打ち所の無いジェントルマンである。
「か‥‥」
「か?」
「怪人だ! はだか怪人! 助けてーっ!!」
 以前の恐怖が蘇ったか、わーっ、と逃げ散る農夫達。待つのである〜! と花束振りかざして追うのだが、巨大ピチピチ怪人に追い回される方は堪ったものではない。真っ青になって里に逃げ込んだ彼らと入れ替わりに飛び出して来たポロとシフール戦士達、そして冒険者一同。
「そこで何をしている!」
 誰何の声に立ち止まった瞬間、シフール達が一斉に放ったファイヤーボムがフンドーシに炸裂した。煙を吐きながらばったりと倒れた彼に、皆、おそるおそる近付き確認。
「お前か‥‥」
 カイザードは皆に落ち着くように言ってから、ボロボロになったフンドーシを捕縛し、モリスのもとへと送った。一先ず治療を受けた後、フンドーシはモリスの前に立たされる事になる。
「困りますな、この様な騒動を起こされては」
 みっちりと叱られた。踏んだり蹴ったりとはこの事である。名誉を共にするべき冒険者達の名簿を取り出したモリスは、フンドーシのところに『保留』と書き加えた。
「この様な事を仕出かした以上、他の者達と同格には扱えん。シフール達の許しを得る事。それを貴君の復権に課す条件とする」
「そうは言っても、近付いただけで黒コゲにされるのでは謝り様も無いのであるよ」
「信用が無いなら、信用のある者に仲介してもらう手もある。そこは知恵を絞ってもらわねば。この仕事を続ける以上は、して頂かねば困りますぞ?」
 むむむ、と言葉に窮するフンドーシである。

 カルナックスは、鳴子や落とし穴のトラップを隠れ里の周囲に配置し、侵入者に備えた。カイザードとシフール戦士達はローテーションを組んで、切れ目の無い巡回と監視の警備体制を築いた。仮面の人対策ではない、里の周辺を徘徊する賊に対する為のものだ。必ず守りきるという強い意志。とはいえ、長い夜をじっと過ごすのは楽ではない。退屈そうなシフール達に、カイザードは剣の手解きを買って出、クーリアは武道大会での戦いを語って聞かせた。
「‥‥そして、決勝戦。相手は我流の使い手で、武器を合わせる前からやり難さを感じていたんだ。先手を取って仕掛けるのだけれど、決め技をことごとく受け流されてしまった。駄目だ、間合いを取り直そう‥‥そう思った瞬間、それを見透かしていた様にぬっと滑り込んで来て‥‥」
 身を乗り出して、真剣な表情で聞く彼ら。夜の見回りは続く。

●土にまみれて
 3区工事は、それまでに無いペースで進んでいた。
「思い切って魔術師を雇ったのは正解でしたね。かなり作業が楽になったと評判もいい様ですし」
 マリーナ・アルミランテ(ea8928)にそう聞いて、ほっと安心する周である。木々を根こそぎ引き倒し、整地し、掘り返して石を大量に敷き詰め、現場で練ったセメントを流し込む。その作業たるや過酷の一言に尽きるのだが、モリスが現場近くに簡易な炉を作らせ鍛冶仕事をさせた事で、道具の損耗が作業に影響し難くなった事、日雇い効果で労働力が安定した事など改善案が良い方向に働いたのだ。地元の農夫達が歌う収穫の歌を、シフール達が歌っている。それに合わせ、力を共にして働く人々。雇われ楽師が、その歌に活力を奮い起こす効果を少しばかり付け加え。厳重注意処分のフンドーシも、ここで一から出直しだ。皮肉なもので、上半身はだけた彼もこの中では然程違和感が無い。既に風も冷たいというのに元気な事ではあるが‥‥自慢のマスクが泥まみれになるのも気にせず、気持ちの良い労働の疲労に酔い痴れる彼なのである。
「この空気を、つまらぬ事で挫かれたくないものですな」
 モリス自ら陣頭に立ち、巨木を引き倒すロープを握る。本当に、と何度も頷くマリーナだ。彼女は何者かが直接彼らを襲う事が無い様、作業場に常駐してその警備にあたる。と、休憩中、シフール達が歌を歌いついでにちゃっかり商売などする中、人夫達がやって来て彼女に聞いた。
「マリーナさんが常にここにいるのは、俺らを疑ってるからだと言う者がいます。どうなんですか、本当の事を言って下さい」
 それを聞いたマリーナは、少し悲しそうな顔をした。
「うちが付きっ切りになるのは、みんなを守る為。それ以外にどんな理由があるというんですか? うちは信じてますもの。この工事を一生懸命やっているあなた方が、工事の妨害などすることはないとね」
 そして、微笑む。彼らは自分達の疑心を恥じて、すいませんでした、と頭を下げた。現場に戻る彼らが嬉しそうに笑うのを見て、マリーナと周も笑い合った。そこに、うんうん、と頷きながらやって来たアーク・ランサーンス(ea3630)。
「彼らはこの道を造ったという自負を持ち始めています。村人達にとっては生活を楽にしてくれるだろう大切な道。彼らが工事の妨害などする訳が無いのです。誰かに脅されている可能性が無いとは限りませんが‥‥」
 何にせよ、やはり外部からの悪意ある介入と見るべきでしょう、と彼。
「そうなると、狙いを運搬班だけに制限する道理は無い、という事ですね」
 呟くと、少し勝手に動かさせて頂きます、と後を託し、さっさと何処かへ行ってしまった。
「‥‥うちらは頑張ろうね、カミーノ」
 ふわわ、と大あくびの愛犬に、がっくりと項垂れるマリーナだ。

●現場捜査
 長里雲水(ea9968)と八代樹(eb2174)は、事故の現場に足を運んでいた。まずは馬が暴れたという場所。綺麗に整備された間道には、馬が驚く様な段差も亀裂も無い。モリスや配下の技師、人夫達の真摯な仕事が再確認できる見事なものだ。
「衝撃の様なものは無かった筈です。何か飛び出したり飛んで来たりですか? さあ、獣の類なら気付いたと思いますが、あまり自信は‥‥」
 当の御者は、その時の状況をそう語る。
「ふむ、森に潜んで攻撃するのも出来ないこっちゃ無いな」
 雲水は実際に森に踏み込み、道までの距離など確認してみる。例えば小石など投げつけるだけでも馬を脅かす事は可能だ。視界を通らなければ御者も案外気付かないし、証拠だって残らない‥‥。道に戻りかけた時、彼は設置されたマイルストーンに汚れがこびりついているのを見つけた。それが干からびた痰唾だと気付いて、眉を顰める。彼は無言でそれを拭った。
 荷馬車が壊れた現場には、その荷台が道の脇に避けられ、無残な姿を晒していた。ドニが言っていた通り、よく見れば車軸の折れ方が自然ではない。
「前日は‥‥いつも通り石切り場に荷馬車を戻して、馬の世話をしてから上がりました。朝、馬を引いて来て荷台を繋いで、石をのっけてここまで来たら突然ガタン! と」
 細工をしたのが前日とも限らないのが難しいところだが、誰か何かしようと思えば出来る状況なのは間違い無い様だ。
 樹は荷車の前に立ち、天照様に御神託を賜る。
「この荷馬車に細工を施した人物は何処にいますか?」
 しかし、返答は無い。太陽が届かない場所にいるのか、特定できないのか。まあ、地道にやるしか無いわな、と雲水。
 雲水は人夫達を送る最中にも、彼らと何くれと無く話をして過ごした。
「最近夜は特に冷え込むな。前みたいにこっそり抜け出す物好きもいねぇだろ」
「それが、いるんですよ。あれは何処の誰なんだか、俺達雇われ人夫同士なら顔は見知っているから何処かの村の者かとも思うんですが、こっちに飲み仲間でもいるのか、何度かウロウロしてるのを見ましたよ。寒空の下でご苦労なこって」
 ほう、と雲水の目が細まる。が、それ以上追求しても何も出まいと見切りをつけ、作業中の防寒対策は十分か? などと話の方向を変え気遣って見せた。単なるポーズではない。寒いと能率が落ちるのは勿論、体が動かず判断力も鈍って危険が増すものだ。
「一応、十分な備えをして来る様に言われてはいますが、どうにもね。冷え込む日は堪えますよ。労役の人らも辛そうにしてます」
 誰しもが全てを自前で備えられるというものではないが、道具以外は自前が普通なのでこういう話はなかなか上がって来ない。
「こっちで考えてもいいぞ? 防寒服の支給がいいか? それとも、あったかい食べ物とか飲み物を振舞うのがいいか? 暖を取る為の燃料を増やしてもいいな」
「やっぱり、もらえるとしたら防寒服ですかね。安くはないものですし、作業中に体が冷えるのが一番辛い。他は、私らが自分で補う事も出来ますからね」
 分かった、と請合った雲水に、人夫達が喜び合う。雲水は仲間と相談して人数分の防寒服を手配する一方で、『寒空の下を徘徊していた男』をそれとなく探したが、どうもそれらしい人物に行き当たらない。
(「外部から入り込んだ者、という事か?」)
 その事を風露に話す。と、
「そういう事なら、きっと釣り出しは有効ですね」
 自分達の作戦に確信を得て、彼女は張り込みに戻って行く。

●罠
 夜。ひとけの少なくなった厩舎の荷車置き場。
「ぐっすりお昼寝したしー、犯人さんいつ来てもばっちりだよー」
 毛皮の敷物を敷き、毛皮の手袋をして毛布をかぶるという完全防備で荷台の隅に身を隠すルディ・リトル(eb1158)。これで夜の冷え込みも何のそのだ。
「んー、でもこの温かさはちょっと危険かもー」
 ルディ、ぬくぬくの中で奮闘中。
「彼は大丈夫でしょうか」
 荷車置き場から目を離さぬまま呟く風露に、ええきっと、と微笑んで見せる樹。
「随分と意気込んでいた様ですから。もしもの時も、仕掛けはしてあります」
 樹は夜空の星を眺めながら、静かにその時を待つ。焔が用意した防寒服を着込んで、この寒空の下、張り込みを続ける彼女達。火も焚けない中、その冷え込みは体に堪える。
「普段の警備は?」
「厩舎には人が付くが、荷車までは行き届いていなかった様だ。そのままいつもの警備を続けてもらっている」
 焔の手配で、荷車周辺は無防備のまま。犯人にとって望み通りの状況の筈だ。張り込み続ける事、数時間。深夜遅くとなり、ちょっと意識が飛びそうになっていたルディだが、ガタ、という物音にハッと顔を上げた。と、辺りを何度も窺いながら、隣の荷車に近付く怪しい男の姿。彼は見つからない様に、毛布の中で薄べったくなりながら息を潜める。風露、焔、樹もこれに気付き、身を隠しながら注視している。
「くそ、ひとけが無くなるまで待ってたらこんなに遅くなっちまった。さっさと終わらせて帰らねぇと‥‥」
 ぶつぶつ言いながら荷車の下に潜り込む。程なくして、がり、がり、と小さな音がし始めた。
(「焔おねーさん! 風露おねーさん! 樹おねーさん!」)
 テレパシーを受けて飛び出す3人。ルディもバーンと毛布を跳ね除けて怪しい男に突進だ。
「こらー! なにしてるのーっ!」
 驚いた男が逃げようと踵を返す。しかし、そこには風露が立っていた。まるで幻でも見る様に、呆然と立ち尽くす男。
「一体何が目的なのか、話してもらいます」
 む、と唸ったまま、言葉も出ない。が、男を取り囲む4人の遥か遠くで、ガザガサ、と音が起こった。それは、森の中へと遠ざかって行く。
「しまった、もうひとりいたか」
 焔が舌打ちするが、樹は慌てず。足音に水を踏む音が混じったのを聞き逃さなかった彼女は、その水溜りに踏みつけて行った者の事を聞く。軽装備の男となれば遠くには行くまいと判明した方角に森を掻き分け追って行くと、やがて、乱雑に土をかけられた焚き火の跡を発見した。今し方まで、ここに誰か居たらしい。合流して逃げたという事か。
「‥‥これ、何だと思いますか?」
 打ち捨てられた袋には、どろりとした薬臭い液体が詰まっていた。調べると、周囲の木々に同様のものが塗布されている。
「カイザード殿に聞いた毒薬かも知れない。持って帰って見てもらおう」
 残念ながらその先の足取りを示すものが無く、彼らは毒薬袋を持って帰還した。焔の見た通り、果たしてそれは猪を狂わせている毒薬だった。
 樹は戻ってから他に傷つけられた荷車がないかも調べ、安全を確認してから食事と休息を取った。木々の間から、朝の強烈な光が差し込んで来る頃の事だ。
 その日の昼。
「何をしているんですか?」
 覗き込んだアークに、男はひ、と小さな悲鳴を上げた。村人風の姿をした男は、しかし顔に見覚えは無く、何より真っ当な生活をしている者では有り得ない胡散臭さを漂わせていた。
「なるほど、足場に細工ですか。‥‥向こうで話を聞かせてもらいましょう」
 さあ、と促した彼を睨みつけ、男は隠し持った短剣に手を延ばす。アークは穏やかな表情を崩さぬまま、おやめなさい、と一言。敵わぬと悟ったのだろう、男は力なく膝をついた。
 男が連れ行かれる中、石切り場には人夫達の声が響く。いっぱいに石を積み込んだ荷車を引こうと息む馬に、励ましの言葉をかける彼らの姿。工事は滞り無く進んでいる。

 捕らえられた者達は別々に取り調べられたが、彼らは皆同様に、臆する事も無く『この森を領する郷士だ』と嘯いた。そして、
「俺達はどうとでも動く事が出来る。一日も早く道を通したいというのがアレクス卿の望みなら、俺達の要求を聞くべきだ。この辺境で生きる者同士、まあ仲良くやろうじゃねぇか。俺達は何かと使い手があるぜ?」
 彼らの要求は、この森での仕事(盗賊行為だろう)の黙認と、シフール達を自分達に協力させる事。そのかわり、あがりの一部を渡しても良いと言う。捕らえられたらそう言う様に、賊の頭から言伝られていたらしい。
「とんでもない話だが‥‥冗談を言っている様には見えない」
 呆れ気味に言う風露。何とふざけた連中だ! と激怒するモリスだが、彼に裁きを加える権限は無い為、渋々ながらアレクス卿のもとへと送り届けさせた。
 アレクス卿はこの罪人達を牢に叩き込み、隠れ里に配下の若き騎士、フィデールとセレスタンを派遣した。これはカイザードが求めていた事でもある。
「初仕事だ! 見ていてくださいアレクス卿、きっとご期待に応えてみせます!」
「神の御心のままに行けば、まあなるようになるでしょう」
 ‥‥多少心許なくはあるが、常駐してくれるのは心強いというものだ。

●労いの宴
「皆の見事な働きに、アレクス卿よりお褒めの言葉を賜った。この調子で残りの工区も手際良く、確実な仕事を心がけて頂きたい」
 皆を前にして、モリスはその労を惜しみなく労った。様々な改善に、防寒服の配布も目に見えて効果を発揮。最も難関とされた3区迂回部の作業を既に7割方終えてしまったのだ。残り3割を済ませれば、後は1区2区と同じ再建作業。素人同然だった最初と異なり、今ならばずっと短い日数で終わらせる事が出来るだろう。シフール達への労いの言葉もあって、彼らを大いに喜ばせた。事故の原因が部外の者という話は不安も与えた筈だが、皆、むしろほっとしている様に見える。
 労いの宴は、表彰で始まった。モリスの助言で、褒美はピカピカに磨き上げられた金貨1枚で支払われる事に。使い勝手から言えば銅貨か、せめて銀貨で渡した方が良いのだが、心理的な効果を考えての事だ。
「‥‥俺、金貨持ったのなんて生まれて初めてだ」
「ふざけるな、俺なんか見たのも初めてだっての」
 その感動やいかばかりか。この様な大金を軽々しく支給するのはどうかという声もあったが、まず士気を鼓舞する効果は大いにあった様だ。表彰が終われば、冒険者が用意した酒にアレクス卿からの振る舞い物を加えて、皆揃っての飲み食いとなる。ぽーぽぽーと聞こえて来た和やかなオカリナは、星空を眺めながらルディが吹くもの。
「よっ、悪漢を追い詰めた大英雄! 何か楽しいのやってくれよっ」
「褒められてるのかなー、なんかちょっと微妙かもー」
 言いながらも進み出てぺこりと一礼、ぽろっぽっぽっぽぽろりろりーと不思議に楽しげで軽快な曲を奏で始めた。皆の楽しそうな笑い声に、彼の演奏も弾み出す。

 冒険者達の運用資金、計635G29C。モニュメント製作に80Gを残し、今回の表彰に18G、酒代に27Gで、計45Gの出費。これは人夫30人に労役の者60人で、1班18人、全体で90人となったからだ。なお、この労いはあと2回行われる予定。全員に防寒具を支給する事にしたので90Gの出費も加わる。更に、雇った魔術師達への報酬30G40Cも忘れてはならない。
「自分達で言い出した事とはいえ、恐ろしい出費だな」
 嘆息する焔。今や十分な資金があるとはいえ、金貨が数十枚単位で飛んで行くのはなかなか心臓に悪い。これらを清算した結果、残金は389G89C。次の派生依頼での支出は、最大で48Gだ。
「お話があるのですが」
 アークに呼び止められ、足を止めるモリス。
「将来、街道や街道界隈、シフール村の警備網を考えると、やはり駅の設置を真剣に考えるべきだと思います。早馬を置くのも勿論ですが、シフール達空飛ぶ者も組み入れられないでしょうか。今起きている妨害工作への対抗も賊の出現情報がどれだけ早く得られるかが問題になります。是非、ご一考を」
 駅の設置は、この計画当初から冒険者達が唱えていた事だ。更にアークは、この災いをきっかけにシフール達の存在価値を高められれば、と考えている。
「実は、その話は既に進んでいるのですよ。しかし、シフール達を使うというのは存外でした。シフール達に話をして、仕事にあたらせる事が出来ますかな?」
「分かりました、折を見て話してみます」
 ひとつ、仕事を抱え込んでしまったアークである。ところで。このシフール達の村、正式な名前がまだ無い。今までは単に『隠れ里』と呼ばれていたが、いつまでもそれでは具合が悪いのでちゃんとした名を教えて欲しい、と担当のお役人から冒険者達に問い合わせが来た。
「『うちの村』って呼んでるけど、それじゃ駄目なの?」
 と、返答はこんな感じだ。そんな訳で、彼らは大急ぎで村の名前を決めなくてはならなくなった。良い名を思いついたら、冒険者も是非提案してほしいとのこと。

 樹は街に帰る前に、底なし沼に立ち寄った。
「この沼にパッドルワードのスクロールを使うと、さてどうなるのでしょう」
 ちょっと楽しげな彼女。が、残念ながら返答は得られなかった。がっかりして帰ろうとした彼女は、違和感を感じてもう一度沼に目を向ける。
「この沼、こんなに大きかったかしら」
 沼の水面に、盛んに湧き上がる気泡が見える。妙にリズミカルな、そのテンポ。
 とんととんと、ととんととん。
 とんととんと、ととんととん。