●リプレイ本文
●ドレスタット
ドレスタットの街外れ、リュシアン工房。仲睦まじい若夫婦に見送られ、カイザード・フォーリア(ea3693)と長里雲水(ea9968)は活気に満ちた工房を後にした。
「120Gか‥‥もう少し安ければ最高なんだがなぁ」
あの手間だからな、仕方も無いか、と雲水。織り機の上でじわりじわりと美しい模様や情景が生み出されて行く様を思い出し、彼は満足げだった。緻密で鮮やかな織物の中に、アルミランテ間道で起こった様々な出来事がどう織り込まれるのか。想像するだけでも心が躍る。最低限、支援依頼回数分の場面はある訳だから、かなりの大作となる筈だ。
「好意を盾に随分と無理を言ってしまった。しかし、やってみたい事とは何だろうな」
カイザードが首を傾げる。この額で引き受ける条件が、納期に余裕を持たせる事と、形をリュシアンに任せる事だったのだ。どの場面を織り込むか、希望があれば早めに伝えて欲しいとも言われたが、あの張り切り様だとあっという間に織り始めてしまいそうだ。
「守秘義務のある報告書は見せてないが、それはどうする? 織り込んでもらうならモリスに相談しなきゃならない」
「そうだな、あの道が生まれるのに、欠けて良い仕事など何一つ無かった筈だからな」
2人が路地を曲がるまで、夫婦は彼らを見送っていた。リズミカルな織り機の音が、まだ路地の向こうに聞こえている。
シフール達は、荷馬車に押し込められてドレスタットへと到着した。彼らがいなくなった事が賊に知れては何にもならないという配慮から、窮屈な秘密裏の移動となったのだ。彼らを出迎えたカイザードだが、
「なんかもードキドキだったよー」
「せーまーいーっ、でーるーっ、街見せてーっ!」
「おおお、なんだこれ!? すげーっ!!」
この賑やかさで本当にバレなかったのかと苦笑する。それでも馬車の偽装ぶりは見事なもので、その辺りはさすがにアレクス卿の手の者といったところか。引率を引き受けた冒険者達に後を託し、カイザードは馬に跨ると、シフール達が来た道を遡って行った。
●隠れ里
「皆様、町は色々と危険なこともありますからお気を付けて‥‥」
ドレスタットの方角に向かい、シフール達の無事を祈る八代樹(eb2174)。彼女は里を見渡して、ここってこんなに広かったんですのね、と呟いた。シフール達のいない里は、まるで全く知らない場所の様だった。
「まあ、これで気兼ねなくやれるってもんでしょ」
カルナックス・レイヴ(eb2448)に言われ、樹も頷く。この村は、間もなく戦場になるのだ。真面目な表情で森を見据えたカルナックスだが、怒涛の如く押し寄せる『初めて』の数々に目を白黒させるだろうシフール達の姿を想像し、思わず吹き出してしまった。
「ゆっくり連中の土産話を聞ける様に、気を入れて成功させなきゃな」
そうですね、と樹も気合いを入れた。一方、アレクス卿が送り込んだ2人の騎士、フィデールとセレスタンも、引き続き里の警備にあたっている。守る相手がいないんじゃ張り合いが無いな、などと言いながら、日当たりの良い場所に腰かけて草笛など吹いているフィデール。巡回から戻って来たセレスタンが、その様子に肩を竦める。
「距離を置いて3人ほどが張り込んでますね。里の変化に気付いた様子はありません。夜になれば夜陰に乗じて、もっと近くまで寄って来るでしょう」
その時、どこまで彼らを謀れるか。その結果で、この策の成否が決まる。あんた達もよろしく頼むぞ、と声をかけた雲水に、任せておけと胸を叩く彼ら。樹は捕らえられた賊が白状したという賊の頭目の容姿から、敵の居場所が分からないかと試してみる。
「‥‥方角、距離から考えて、恐らくまだ廃村にいるものと思います」
いつどう動くつもりなのか、と考え込むアーク・ランサーンス(ea3630)。
「剣を出して。今のうちに手入れをしておこう」
クーリア・デルファ(eb2244)が買って出る。刃を研ぐその音を聞いて、フィーデルが身震いした。
夕刻。里に煮炊きの煙が上がる。
「生活のにおいがしなければ、賊が怪しむかも知れませんからね」
アークの配慮は細やかだ。雲水もクーリアも樹も、もうシフール共通語しか使わない。サラサ・フローライト(ea3026)がリュートを爪弾き口ずさむのも、シフール達が好んで歌う歌だ。普通を演じるくらい難しいものはない。仲間からの指摘を受けながら、彼らは偽りに磨きをかけて行く。
●3区増水調査
(「つけて来たのは‥‥1人かな」)
里を出て3区を巡る円周(eb0132)は、自分を監視する目に気付いていた。里の監視が手薄になるなら、それに越した事は無い。彼はいつもそうする様に、工事に問題が起こらぬ様、手を打って回るだけの事だ。
彼が訪れたのは、湿地帯。増水しているのは、一見して分かった。問題は、それが自然の現象か、そうでないかだ。底なし沼をじっと見つめていた周は、湧き出す水の強さに気付く。水面が、こぼこぼと頻繁に盛り上がっている。その不思議なテンポ。とんととんと、ととんととん。とんととんと、ととんととん‥‥。
どうにも原因が掴めず、暫くの間湿地を眺めていた周。夏頃ならば命に溢れ、美しくも痒かったり気持ち悪かったり襲われたりと大変なこの辺りだが、季節も冬を迎えて、それらさえ恋しくなる寂しさだ。と。
湿地に現れた、何とも美しい白毛の馬。腰を浮かせた周を無視して、辺りを歩む。違う、ケルピーだ、と気付くまでに暫しの時間を要した。周が更に近付こうとした時、茂みからガサ、と物音。監視者も暫し目を奪われ醜態を演じたものか、その物音に驚いてケルピーは姿を消してしまった。
周は、増水の原因を2つ考えていた。ひとつは自然現象。もうひとつが、以前の調査で明らかになった泉のケルピー達。
「サラサさんは行くなと言ったけど‥‥」
彼は事実を確認する為に、監視を引き連れたまま、ケルピーの泉に向かった。
報告にあった通り、泉は道から外れた森深くに存在する。そこには、3頭のケルピーがいた。漆黒の青毛、大きく逞しい葦毛、そして、湿地で見た美しい白毛。
(「誰かいるぞ、覗き見している」)
(「無礼な奴だ、失礼な奴だ」)
あまりにケルピー達が責めるので、周は少し腹が立って立ち上がった。
「湿地に水を送り込んでいるのは貴方達ですか? どうしてそんな事を」
(「酷い濡れ衣だ。疑いをかけて俺達を始末する気だな?」)
青毛は嘶きながら、周を責める。そんな事は無いと首を振る彼を、それならばもっとこちらへ来いと青毛が招く。本当の事を話して下さい、と詰め寄りかけた周の脳裏に突然サラサの忠告が蘇ったのは何故だろう。はっとして、踵を返す周。既に、ケルピー達の術中に嵌りかけていたのかも知れない。
「お前なんかに負けるものか、捻じ伏せて手綱を取ってやる!」
指を鳴らしながら進み出た男が、葦毛と組み合うのが見えた。が、とにかく自分の安全を確保するのが精一杯で、賊の心配までしている余裕が無かった。ケルピー達の蹄の音が聞こえて来る。とんととんと、ととんととん。とんととんと、ととんととん。
何とかその場を脱し、作業場に戻った周。この仕事中、彼が監視の目を感じる事はもう無かった。
●人夫達
「繋がったぞ!」
「おおおっ!」
作業場から、皆の声が沸き上がる。遂に道は旧道に接続し、後は残りの行程を再生するのみとなったのだ。4区の脅威も大方片付けられ、皆が仕事に慣れた今、一ヶ月の期間が残っていれば工事の完遂は十分に可能とモリスは確信していた。
「百里を行く者は九十九里をもって半ばとする。残り僅かだけど、これからが正念場と思い頑張って」
龍宮焔(eb1318)にも激励され、自ずと士気も上がろうというもの。皆、過酷な労働をこなしながらも、熟練の賜物かその表情には余裕すらある。彼らの中に賊に通じた者がいるかも知れないなどと、俄かには信じられない事だ。
陽が落ちて暗くなれば、作業は終了。
「あの‥‥怪我をした人は治療しますから‥‥明日も頑張って下さいね」
癒し手の優しい笑顔に見送られ、労役の者達は村に、人夫達はあてがわれた宿舎に戻って休む。人夫達のもとを尋ねたカルナックス、この日は何気なくこんな話をして聞かせた。
「誰しも、目先のお宝に心動かされる事はあるだろう。けど、真っ当にお日様の下で働き、生きて行く事の素晴らしさからしてみれば、何枚かの金貨にどれほどの価値があるのかって事だ。手段さえ問わなければ金を作るチャンスはあるもんだが、穏やかな日々を手に入れるのは簡単じゃ無い。そう、例えばとある奴は軽い気持ちで悪事に手を染めてしまったばかりに‥‥あ、いや、あんまり楽しい話題じゃないな。悪い悪い」
実に半端な生殺し状態。いったいそいつはどうなったんですか! と聞かれ、彼は内心狙い通りと手を打ちながら、裏切り者を決して許さない貴族の話、悪党や裏切り者を執拗に追い続ける冒険者の話から、追われ続け、身も心もボロボロになって行く愚か者の話を語って聞かせる。
「アレクス卿も、味方は決して見捨てないが、敵にはこれ以上無く厳しいお方と聞いている。一時の迷いで、獅子の尾を踏む様な真似はしたくないものだな」
焔がそう付け加える。だが、余りに皆で言うものだから人夫達、それが少々気に障ったらしい。
「それは、俺達に何かやましい事があると疑ってるのか?」
怒り出した者達をドニが宥めるのだが治まらない。と、そこに割って入ったのはマリーナ・アルミランテ(ea8928)だった。
「今はもうしっかりと働いている皆さんですから、一時の安易な甘言に乗せられるなどという事は無いと信じています。でも、人の心は迷うもの。迷うこと自体は恥ずかしい事ではありません。迷いに我を失うのが愚かしいだけの事。そんな時には、きっと相談して下さい。みっちりと大いなる父の説法をして差し上げますから」
こりゃ厳しそうだ、と人夫達に笑いが起こる。微笑んだ彼女に、文句を言っていた者達もバツ悪げに頭を掻く。
「気を悪くしたなら済まなかった。ただ、せっかく積み上げてきた功が灰塵に帰するのは勿体無いと思うだけだ」
焔の気持ちも真剣と分かれば、もとより文句を言い出す者などいない。カルナックスが、一同を見回して、にやりと笑った。
(「これは、傾きかけてた奴がいたとしても繋ぎ止めたな」)
もう、彼は心配しなかった。案の定、その夜に何人かが相談にやって来た。賊の接触を受け、迷っていたという。
「こうして懺悔に来たという事は、踏み留まると決めたのですね?」
彼らは迷っていただけで何ら悪事に加担した訳ではないが、マリーナは彼らに罰を与えた。その方が心が休まる事を知っていたからだ。普段の仕事をこなした上で、ドニ達リーダーが抱える雑用の一部を引き受ける事になった彼らはとんでもない激務に揉まれる事となったが、むしろその表情は落ち着いた様に見える。リーダー達も近くで彼らを見、彼らなりの助言などしている様だ。
そして。
「危険な事だが、是非協力して欲しい」
クーリアに申し出られ、顔を見合わせる。賊の接触を受ける彼らには、重大な役目が与えられたのだ。
夜。宿舎に現れた怪しげな男は、するりと滑り込む様に小屋の中へと入って行った。その様子を、じっと見詰めるカルナックス。やがて、男が興奮した様子で出て行くのを見送ってから、彼は眠りについた。
翌日から、冒険者の配置が大きく変化した。里の周辺から冒険者が消えたのだ。
●領主殿に一言
賊が根城とする廃村を領有する隣領の領主。彼に面会を求めたカイザードは、たっぷり刺繍のひとつも出来上がりそうな程に待たされる事になる。
(「何だというのだ、こちらは一刻を争うというのに」)
腹はもう十分過ぎる程に立っていたが、そこはぐっと我慢する。が、ようやく会わせてもらえたと思えば、領主殿は待たせた詫びなど一言も無し。
「さて、我が領内に冒険者といえど武装した者を受け入れ、なおかつ罪人を捕らえさせよと言う。それだけの事に目を瞑る見返りは、一体何だというのだね?」
その物言いに、カイザードはやれやれと頭を振る。
「ご領主。貴方の領内に根城を構える盗賊が、アレクス卿の領内に入り込んで事を起こしているのだ。大事にはせぬ方が良いだろうと思えばこそ、こうして筋を通しに来たのだが、お分かり頂けませんか」
きっと厳しい視線を向けられ、領主殿押し黙る。
「あくまで冒険者が動いて賊を討つのだという事にしておけば角も立ちますまい。捕らえた賊はお引渡しする」
不満そうな領主殿に、カイザードは何気なく言った。このまま放置すれば賊は更に活動範囲を広げ、放置していたご領主殿が大恥を掻く羽目になるかもしれぬが‥‥と。
「わ、分かった分かった。そうまで言うなら認めようではないか。ただしその代わり、形だけでもこちらの手の者は加えてもらうぞ」
正直邪魔と思わないでは無かったが、互いの面目が潰れない様にせねばならない。彼はこの条件を飲み、急ぎ廃村へと向かうのだった。
●廃村襲撃
今は賊のアジトと成り果てている廃村。接敵を避ける為、大きく迂回した末に辿り着いた一行は、この村の周囲に身を潜め、その様子を探りながら制圧許可が出るその時を待っていた。
「‥‥動き出す様だ」
アルフォンス・ニカイドウ(eb0746)が険しい表情で、獣道を行く賊の一行を見送った。その数、16人程。先頭を行く厳つい男が頭目だろうと察しがついた。残りは10人程か、とカルナックスが呟く。それから待つ事、更に暫く。
「すまない、遅くなった」
現れたカイザードが、許可が下った事を急ぎ伝える。そして、隣領からの援軍も紹介。数は‥‥騎士1人に従者が2人。ただし彼らは、自分達が戦う気はさらさら無い。
「思う存分戦ってくれたまえ。私は君達の戦果をこの目に刻むとしよう」
騎士殿、髪など弄りながら笑っている。本気でナイフ1本振るわない気だ。真の意味で『形だけ』の随伴である。それで旨味だけはもらおうというのだから良い面の皮だが、無闇に張り切られるよりはいいだろうという事で皆納する。急ぎ里に戻るカイザードを見送り、それでは参りましょう、と本多風露(ea8650)が呟いた。
以前から、罠と見えるものには概ね目星をつけてある。焔は姿勢を低くし駆け寄ると、次々に仕掛けを断ち切った。彼女の合図で、盾を掲げ突進するアルフォンス。ここで賊達はようやく襲撃に気付いた。怒号を発しながら斬りかかって来たうちのひとりが、突如その場に棒立ちとなる。高速詠唱で飛んで来るコアギュレイトに、賊は何が起こっているのかさえ把握できずにいる。
「さあ、次に縛って欲しいのは誰だ?」
カルナックスを後方に置き、アルフォンスのオーラソードと焔の日本刀が敵を薙ぎ払って行った。
「こいつ‥‥ふざけやがって!」
「生きて帰れると思うな!」
陳腐な恫喝を喚きながら一斉に襲い来る。数の有利を見て押し包もうとする賊達。が、内のひとりが呻き声と共に倒れ伏した。そこに風露の姿を見出す間に、更にひとりが打ち倒される。そちらに気を取られる間に詰め寄った焔の痛烈な一撃に、砕け散る剣。軽装の身軽さで、盾も鎧も関係なく直接肉体にダメージをもたらすオーラソードを振るうアルフォンス。次々に仲間が倒れて行く姿に、既に心折れ、へたり込む者もいる。
す、と彼らが退いた時、賊達は囲まれる形となっていた。
「話を聞くのは一人いれば十分です。抵抗するなら容赦無く斬り捨てますよ」
この人は嘘は言わないからな、言う事を聞いておいた方がいいぞ、とカルナックス。戦意を失った賊達は捕縛され、騎士殿に引き渡されたのだった。制圧した廃村には、酒や食料がたっぷりと蓄えられていた。いったいこれだけの物を、どうやってそろえたのか。
「急ごう、里の方は苦戦しているかもしれん」
アルフォンスの言葉に、皆頷く。彼らは獣道を辿り、急ぎ里へと向かう。
●隠れ里襲撃
事故により冒険者達は作業場の警備に重点を置いた、という情報は、狙い通り賊を動かした。もしも策を漏らす者がいれば成り立たない危険な賭けでもあったが、人夫達への信頼が裏切られる事は無かった。頭目からしてみれば、警戒と解いた途端に襲われ領民を攫われる、という状況は願っても無いものであり、絶対に見逃す訳には行かなかっただろう。安易な策士は、自分が嵌められるとは思わないものだ。
しかし、その襲撃は決して温くは無かった。
(「来た‥‥みんな、注意を!」)
テレパシーでサラサが警戒を呼びかける間に、恐ろしい勢いで打ち込まれた幾本もの矢。
「くっ、これは‥‥」
掠り傷を負った直後、腰が砕ける様に倒れたアークの目が痙攣しているのを見て、マリーナは事の重大さを即座に理解した。
「毒矢よ、気をつけて!」
解毒剤を急ぎ取り出し、アークに与える。駆け寄った樹が一巻の巻物から、彼らを守る月光結界を生み出した。
「敵は‥‥南側に10、北側に‥‥6」
マリーナがデティクトライフフォースを使い、敵の陣容を明らかにする。家屋の影に身を潜め、敵の出方を窺うサラサ。
「賊の頭目を貫け」
サラサの放ったムーンアローが、夜空に鮮やかな軌跡を描く。その攻撃は、再びの毒矢で返礼された。マリーナがホーリーフィールドを張り巡らし、安全地帯を作り上げる。賊の先鋒が、恐る恐る里の垣根を越えて踏み込んで来た。その静かさに、怪訝な表情なのが分かる。
「よぉ、ひでえなお前ら。危うく死ぬところだ」
苦笑しながら現れた雲水に、賊らは顔を見合わせ、冒険者が残っていたかと舌打ちをする。しかし見れば、雲水はこれといった武器も持っていない。
「おいお前、この村の有様は何だ? シフールどもは何処へ行った!?」
彼を取り押さえようとした賊の腕は、肘の上でばっさり斬り落とされていた。ああ、あああ、と呻き声を上げる男。それをうろたえ見ているばかりの相棒。
「ま、こんな仕事に就いちまったのが悪ぃんだから、腕の一本ぐらい無くなっても文句言うなよ」
刀を鞘に戻し、敵の少ない北側に足を向ける。
「武運を」
クーリアが雲水にグットラックを施し、自らは十字を切って暫し祈った。
(「今一度、刃となる事をお許し下さい」)
みんなの村を守る為に、もう一度。彼女はラージハンマーを構え、南側に向かった。次々踏み込んで来る賊の前に立ちはだかり、彼女は言った。
「命が欲しければ大人しく投降しろ。逃げるなら地の底まで追うぞ」
駆け寄り、振り下ろしたハンマーを避け切れず、足を砕かれた賊が悲鳴を上げる。
「何をしている、相手は少ないぞ、押し包め!」
鎧姿の男がしわがれた声で叫ぶ。決して広く無い隠れ里の中に、雪崩れ込んで来た賊徒達。彼らはサラサが放ったイリュージョンに囚われ、どんなおぞましい光景を目の当たりにしたものか、悲鳴をあげのた打ち回った末に、泡を吹いて気を失ってしまった。
「何? 村にはシフールどもはいないだと!?」
頭目は愕然とし、ぎりぎりと憎々しげに歯軋りをしながらも、撤収を配下に叫んだ。と、そこに立ちはだかっていたのはアーク。
「逃がす訳には行きません。貴方からは話を聞かなくてはなりませんから」
まだ苦しげな息を吐く彼を一瞥し、斬って捨てろ、と言いかけた彼の頭上に屈強な軍馬の馬蹄。転がるようにして避けた彼を馬上から睨みつけたのはカイザードだった。次々に現れる、アルフォンス、風露、樹、カルナックス。情勢は一瞬にして逆転した。
「遠慮するな、もう少し遊んで行けよ」
何箇所も傷を負いながら、雲水の太刀筋はまだ些かも衰えていない。
「お、お‥‥お前、何者‥‥」
訳も分からぬ内に切り捨てられた賊が、苦しげに呻く。
「そうさな、切り裂き鎌鼬とでも呼んで貰おうか?」
貴様ら‥‥と唸りながら剣を抜き、彼らに立ち向かった頭目。しかし、その背後から追い縋って来る影があった。はっと気付き、振り向き様に剣を打ち込む。しかしそれは絡め取られ、跳ね上げられていた。ゆっくりと振り下ろされるハンマーを避ける事が出来ぬまま、頭目は肩を砕かれ悲鳴を上げた。
「か、頭がやられた‥‥」
こそこそと倒れた仲間の間を這いずりながら逃げようとする賊に、叩き込まれたブラックホーリー。無様に突っ伏し、それでもなお逃げようと足掻く彼。
「これだけの事をしておいて今更逃げようなどと、決して許される事ではありませんよ?」
マリーナの表情はあくまで穏やかだったが、その賊は小さく悲鳴を上げて腰を抜かした。あるいは彼女が、大いなる父の化身の様に見えたのかも知れない。
「俺をこんな目に遭わせていれば、何れ仲間がやって来て報復するぞ。悪いことは言わん。俺を釈放しろ」
頭目は不遜な態度でそう啖呵を切ったが、アジトの仲間も捕らえられ、秘密の武器庫まで焼かれていたと知って、彼は言葉を失った。
「‥‥くそ、アレクス卿だって昔はいくらでも汚ねぇ真似をして武功と名声を得たんだろうが。俺がそれをやって何が悪い! 俺はこんな所で終わっていい男じゃ無いんだ、今助けておけば将来きっと引き立ててやるぞ、おい、聴いてるのか!」
その姿に、アークが大きな溜息をつく。
「命がけで捕らえた相手があんな奴だったとは‥‥偉業の足を引っ張るのは、何も大きな悪ばかりではないという事ですか。むしろ、小さな悪意や嫉妬で頓挫する事のなんと多い事か。彼とて一度は騎士にまでなった身、真摯に取り組めば得るものもあったでしょうに‥‥」
アークは一瞬、彼を惜しく思ったが、考え直し首を振った。この男は賊として死ぬ。アレクス卿のもとで取り調べを受け、その後、隣領の領主のもとに送られて、間違いなく死を与えられるだろう。そして、数年と立たぬ間に忘れ去られるのだ。
「クーリア、何だか目が怖いよ」
カルナックスに言われ、頬を叩いて頭を振った時、彼女はいつもの表情に戻っていた。皆、何かしらの傷を負っている。彼らは腕まくりをし、魔法と薬での治療を始めたのだった。
●シフール達の帰還
「おわ! なんだこれ!」
死体や血の類は片付けたものの、壊れた家の修繕までは間に合わなかった。楽しい旅行から帰ってみたら、村がボロボロ。シフール達もさぞ驚いたに違いない。
「賊が襲って来たのだ。どうやら皆を攫いに来た様だが、居ない時に限って来るとは案外と間抜けな奴らだ。奴らは皆捕らえられた。きっと近々縛り首になるだろう。もう、皆を悩ます事も無い。よかったな」
アルフォンスにそう伝えられ、シフール達はもうひとつ喜びを得る事になった。
「‥‥何が間抜けだ、俺達を全員村から追い出したのはそういう事か。何で俺達にもやらせないかな」
不満たらたらのポロと戦士達を雲水が宥めている。アルフォンスは笑いながら、壊れた柵に板切れをあてがう。
「さあ、文句を言っている暇があったら村を直さないと。忙しくなるよ」
そうだ、大変だ! と仕事場に飛び込んで行ったトトに、クーリアが優しく微笑む。
「ほら、ドレスタットの土産話を聞かせろよ」
「しふ〜、カルナックスさん聞かなくても知ってるよね〜?」
馬鹿だな、そこを敢えて聞くのが面白いんじゃないか、とそんな事を言いながら村の修繕に励んで、この依頼期間は終わりを迎えた。
依頼による支出32G6C、褒章による支出45G、タピスリー製作に支出120G。雲水の積み立てが15Gで、残金は207G83Cとなった。次回依頼は増水対策、適正報酬をギルドに委ねた為正確ではないが、支出は50G超になると思われる。また、最後の褒章で45Gが支出される。
間道工事は、間もなく完了の日を迎えようとしていた。