●リプレイ本文
●道中の護衛
ドレスタットに続く街道を行く、農園の荷馬車。マチルドは荷台に腰掛け、護衛についた鳳飛牙(ea1544)からシーロ・モントヒルについて聞いている。手綱を捌きながら、カイザード・フォーリア(ea3693)がカシム・キリング(ea5068)に問いかけた。
「彼女は今まで、どんな事を学んだんだ?」
「そうじゃのう‥‥。読みはかなり行けるが、書くのは拙い。礼儀作法は立ち振る舞いや言葉遣いの基礎と近隣の貴族の把握を。初歩の護身法に応急手当、後はこの実践経営といったところか。乗馬は苦手な様じゃな」
そんな段階か、と嘆息するカイザードに、生まれながらの貴族の様には行かぬよ、とカシム。彼女はまず、人の使い方を学ばねばならぬのじゃ、と彼は言う。
(「格好つけてもしょうがない。実践の中で学んで行くしか無いだろう」)
彼女が並ならぬ努力をしているのはカイザードにも分かる。それでも、貴族と庶民の隔たりはかくも大きいのである。故に、そこを飛び越えようとする者は奇異に見られ、災難にも見舞われる。
街に入ってすぐ、カシムが飛牙の肩をちょんと突付いた。すぐさまロングロッドを脇に構え、警戒を強める飛牙。カイザードも馬を進めながら小太刀を引き寄せる。物陰に潜んでいたゴロツキ達は、その隙の無さに舌打ちを漏らした。くそ、こうなったら! とばかりに彼らが掴んだのは、道行く馬達が落とした出来たてほやほやの、馬糞。子供から大人までが親しんだ、由緒正しき攻撃手段だ。
「いかんのう。それを放る様ならこちらも報復をせねばならん」
彼らの行動など、カシムはお見通しである。突然声をかけられたゴロツキ達は驚き慌て、一目散に逃げ出した。
「大した事がなくて何よりだけど、あんなチンピラまで絡んで来るのか」
「有名税という奴じゃな。しかし、それを疎んでいたのでは貴族の奥方は務まらんという話じゃよ」
やれやれ、と飛牙。護衛役も楽では無い。
周旋所に向かうまでの合間、マチルドに礼拝を勧めたのはカシムだった。無論、人目につく大きな教会では問題がある。選ばれたのは、町外れの小さな教会だ。暫し衆目から開放されて、ただ静かに祈りを捧げる貴重な時間。
(「あ‥‥」)
祈りの最中、マチルドが何かに気づいた。一時開いた部屋の奥に垣間見えたのは、彼女が決して見誤る筈の無い人の姿だった。扉が閉じられ、再び開いた時には、もうその姿は何処にも無い。その場で動揺を鎮め、彼女は何事も無かった風を装いながら教会を後にした。彼女の目は潤んでいたが、その輝かんばかりの笑顔は隠し様が無い。
「人というのはそれほど強い訳ではない。想いが人を強くするのじゃ。しかし哀しいかな、人は想いを維持し続けられない。じゃから、それを確認し合う不思議な巡り合わせがあってもいいのではないかのう」
「神様はなかなか粋な事をするね。導きの天使は、少々年を食って寝癖がついているけどさ」
飛牙の軽口に、カシムが笑った。
●周旋所での面接
近頃話題のマチルド農園とあって、募集に応じる者は少なくない。ただ、大勢が集まればそれだけ妙なのも増える訳で。
「いつまで待たせる! さっさと俺をやと‥‥」
凄んだ男は、台詞を言い終わらない内に飛牙とウォルターに叩き出されていた。雇われに来て暴れるなど論外である。物陰からひょっこり顔を出した利賀桐まくる(ea5297)は、ずるずると怪しい男達を引き摺っている。
「商品の秘密‥‥ 探りに来た‥‥そうです」
油断も隙もあったものではない。これ以上怪しい連中が入り込まぬ様に警戒する彼ら。待合室では、皆思い思いに自分の番を待っている。まくるはふと、幼い子供達と笑顔で話すおかみに目を止めた。子連れかよ、と茶化した男に猛然と食って掛かる様は、いっそ清々しい程で。皆係わり合いを避ける中、間に入ったのは素朴そうな初老の農夫。もみくちゃになりながらも相変わらずのノンビリした口ぶりに、まくるはくすりと笑うと、お爺さんの加勢に向かったのだった。
面接は、淡々と進められた。
「農場でどの様な働きが出来ますか?」
質問を投げかけ、相手の反応を観察するカイザード。マチルドはウォルター・ヘイワード(ea3260)の助言もあって、勤めて落ち着いた態度で話を聞いている。
「相手の目の動きに注目すると、言葉以上の事が分かりますよ」
ウォルターに言われたマチルドがじっと見つめるものだから、相手はかなりやり難そうだ。そして最後に、
「手を見せて頂けませんか」
ウォルターが差し出された手を眺め、ありがとう別室でお待ち下さい、と締める。どんなに言葉を繕っても手は誤魔化せません、というのが彼の弁だ。一通り面談をし、皆の意見も聞いて、最終的に決めるのはマチルドの役目。だが、人を雇った事などない彼女は迷いに迷った。
「能力も大事だが、人柄は特に重視すべきだ。ある程度までの能力は、やる気があれば補える」
カイザードの助言で思い切り、結果、採用されたのは、夫に先立たれた子連れのおかみ、実直そうな若者、初老の農夫、孤児の兄妹など、予定よりも多い10人程となった。半数以上が子供である。
「困っている人を、見捨ててはおけませんから‥‥」
ふむ、と考え込むカイザード。自分の助言がこんな結果を招くとは想定外だったが、主の意向なれば致し方無し。如何に使いこなすか見守る他無いだろう。マチルドは、当面は少ない給料で我慢してもらう事を伝えて皆の了承を得た。
「良い良い、多彩な個性を使いこなしてこそ、主たる者」
ローシュ・フラーム(ea3446)は愉快げに禿頭をぺちぺち叩く。断る事となる者達にはマチルドが自らその事を伝え、集まってくれた事に感謝を示した。その事にも、ローシュは満足している様だ。
雇った者達を引き連れて、帰路に着く彼ら。帰り道とて油断は出来ない。
●農園にて
「どんな人たちが来るのかな、怖い人じゃないといいな」
テュール・ヘインツ(ea1683)は、やって来る人達の事をあれこれ想像しながら受け入れ準備に余念が無い。
「結構いい感じになったわねぇ。使用人部屋にするには勿体無かったかしらぁ?」
タンゴに褒められて、彼は鼻高々である。他の仕事にも精が出るというものだ。
キノコ栽培は至って順調。ジェイラン・マルフィー(ea3000)は、この状態を収穫期まで持たせるべく奮闘中である。キノコはこちらの苦労を察して我慢してくれたりはしないので、相変わらずの我侭ぶりに振り回されっぱなしの毎日だ。
「ぐー。毎日毎日、よくもまあこう違う事を言い出すよね〜」
「早く育って農園の主力になってくれじゃん。正直体が持たないじゃん‥‥」
ジェイランとテュール、クーリングでこさえた氷で涼みながら愚痴をこぼす。でも、その成長を一番楽しみにしているのはやっぱりジェイラン。収穫の時を思うと、思わず口元が緩んでしまう。
「ふふん、愚息の成長を見守る父親の心境といったところか? ふう」
汗だくで外回りから戻って来たウルフ・ビッグムーン(ea6930)に、ジェイランがもう1つ2つ氷を作ってお裾分け。
「油の絞り粕もおが屑も、大方行き先が決まっておる様だ。その上、マチルド農園の者と名乗るとどいつもこいつもふっかけおってからに! 儲かっているという噂だけが先行しとるから実にやり難い。コネの無いぽっと出の悲しさだな」
近隣の農家とは家畜の遣り取りで良い関係を築けつつあるが、肥料の素材は彼らにとっても必要なものだから無理は言えない。町の者は利に聡く金の臭いを嗅ぎつける。既にある輪を乱す事無く、互いの利益となる事を提案できると良いのだが。
候補者達がやって来て。タンゴは溜息をひとつついただけで、特に何も言わなかった。こうなる事を予想していたのかも知れない。慌てたのはテュールである。
「え、10人!? 住み込み部屋作り直さなきゃ!」
大慌てで駆けて行き‥‥ とっとっと、と戻って来た。
「マチルドさん、これあげる。気分が落ち着いて良く眠れるらしいよ。最近疲れが溜まってるみたいだから」
ラベンダーオイルを手渡して、来年ラベンダーが取れたらマチルド農園特製安眠セットなんてつくれるかも、と笑う。ありがとう、と受け取りながら、マチルドはタンゴを振り返った。まあ、大目に見ますわ、とタンゴ。
「みんなも手伝って。でないと床で寝ることになっちゃうよっ」
それは大変と候補者達がテュールに続く。とにもかくにも、こうして新たな使用人達との生活が始まったのだった。
●料理人シーロ来る
いつの間にか、あの料理人シーロがマチルド農園に来ていた。自前の驢馬に調理道具一式と数々の食材を乗せて。
「俺がシーロ・モントヒルだ。よろしく頼む。手間はかけない」
短い挨拶を済ませ、農園の炊事場の使用許可と、農園での宿泊許可をマチルドから取り付けると、シーロは農園の外れにある空き地にテントを張った。当分の間、ここがシーロの仮住まいとなる。
ほどなく、農園のあちこちを歩き回ってはハーブやキノコの育ち具合とか、水の流れ具合とか、こと細かなことを子細に観察するシーロの姿が目立つようになった。目ざとい近所の村人たちは、早速噂の種にする。
「あれは新しく農園で雇われた番人かね?」
「ここのところ、よく見かけるわねぇ」
そんなシーロのお相手は、もっぱら御影紗江香(ea6137)とウルフの役目だった。紗江香は乳清化粧水やミントバターを夏の暑さから守るため、農園の風通しのいい所に日よけ場を建ててみた。木枠を組んだ上に乗せた屋根には、巻き藁を隙間無く連ねて固定する。この巻き藁に水を含ませれば、水の蒸発で多少は涼しさが得られるのだが。
「で、これが例の乳清化粧水か」
今日作ったばかりの化粧水を数滴指につけ、シーロは味見して鮮度を確かめる。続いて、作り置きして一昼夜日よけ場に置かれていた化粧水を味見したが、途端に顔をしかめた。
「だめだ、これじゃ売り物にならない。別の方法を考えなければ。保存法としてよくあるのは、冷たい地下水のわき出る泉や深い井戸に浸すとか、保存料を混ぜるとか‥‥。この農園ではミントが沢山獲れるのだから、それを加えてみてはどうだろう? ところで、君はジャパンの種苗を育てていると聞いたが‥‥」
「ええ。ご覧になりますか?」
紗江香が農園に持ち込んだ種苗だが、種の中には未だに芽を出さぬものもあったり、早くも枯れてしまった苗もあったり。伸び始めたばかりの小さな芽を育てていくには、手間暇かけてじっくりと面倒見なければなるまい。
「自家製のりんご酒などを作る要領で、薬草酒を造れぬものかな? 場合によっては糖分を加えねばならぬから、蜂蜜や水飴も必要になってくるだろう。だが生憎と、蜂蜜や水飴を安く入手するコネが無いものでな」
ウルフが水を向けると、シーロが言う。
「白ワインが手に入るなら、ミント酒が作れる。白ワインにミントを漬けて、しばらく寝かしておけばいい。ただし、作るなら涼しい場所でだ。暑い場所ではワインがすぐにダメになる。ワインに蜂蜜に水飴、近くの村で作っている所があれば、交渉次第で手に入るかもしれないな」
「ところでシーロ様。私は保存食の改良に関心があります。まずは参考までに‥‥」
紗江香が差し出したのは、某所で手に入れた抹茶味の保存食。シーロはその一部をナイフで削り、味見して見た。
「替わった味だな」
「ジャパンの味です」
「大いに研究の価値ありだ」
言って、ふとシーロは付け加える。
「パンや保存食にミントを加えるという手もあるな」
他にも、紗江香が試作してみたい料理は色々ある。これから秋に向かう折り、キノコを食材に使うのもいいかもしれない。しかし物事には優先順位がある。さて、どれに重点を置こう?
●不審火
農園近くを流れる川は、かなり遠くに源を発する川らしい。農園に流れ込む水量はさほど多くないが、湿地帯の湧き水や森から流れ込む小川によって水量を増し、下流へ流れていく。川下の村にとっても川の水は貴重な水源だ。
ローシュ・フラーム(ea3446)が土地の者に聞いたところ、川は冬に増水し、夏はいくらか減水するというが、それでも年間を通じた水量はその需要を十分に満たしている。
噂に聞くエスト村とソウド村の水争だが、同じエスト領でもマチルド農園の場所はエスト村から遠く隔たった場所だ。水争いが農園にまで波及する心配は、まず無いだろう。
ローシュの案により、雇い入れた者たちの実地試験は湿地帯の泥炭掘りから始まった。きのこ増産の準備のためもあるが、何よりもローシュは彼らの資質を見極めたかった。仕事への熱意、作業に対しての創造性、他者との協調性、等々。
初日は誰もがきつそうだった。子どもにとっては尚更だ。それでも皆、汚れ仕事に文句も言わず、真面目に仕事をやり遂げた。
農園近くの森の探索も、ウォルターを中心に行われた。グリーンワードを使って森の植物に訊ねてみたが、森に住む動物は鹿、狐、リス、野ネズミなど。危険な動物は住んでいなさそうだ。森に源を発する小川の水は清らかで、手を入れるとひんやり冷たい。
「ピクニックにはもってこいの場所ですね」
そして依頼最終日。一同が集まったところで、ウルフがタンゴに訊いた。
「マチルド殿はご近所の噂を気にし過ぎて気疲れしているようだが、近所に挨拶回りや愚痴聴きに行った方が良いのかな?」
「ま〜ご近所付き合いも大切だものね〜」
ここで本来ならお給金の時間となるのだが‥‥。
「火事だぁーっ!!」
外からの叫びに、皆は部屋を飛び出した。農園の納屋に火がつけられ、炎がめらめらと壁をなめていた。
「水を! 早く!」
幸い発見が早く、火事は小火うちに消し止められた。周囲を見渡すと、物陰に怯えた子どもが隠れていた。奉公人見習いとして雇ったばかりの孤児だ。
「僕、見たんだよ。覆面をした怪しい男が火をつけるのを」
「ワタル君‥‥何か‥‥見なかったかな?」
愛犬との会話を、まくるはジェイランに頼む。あの時、ワタル君は門のそばにいたはずだから、不審人物の侵入を目撃したかも? ところが、テレパシー魔法で会話を終えたジェイランは、ぼそっと答える。
「ぐっすり寝ていて、何の物音にも気づかなかったってさ」
まくるは気まずくなり、つい謝ってしまった。
「役に‥‥立てなくて‥‥ごめんなさい」