マチルド農園繁盛記7
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■シリーズシナリオ
担当:マレーア
対応レベル:7〜13lv
難易度:難しい
成功報酬:4 G 55 C
参加人数:12人
サポート参加人数:-人
冒険期間:11月08日〜11月13日
リプレイ公開日:2005年11月16日
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●オープニング
悪い噂というものは、あっという間に広まるものだ。
「あのマレシャルはとんだ食わせ物だ」
「退治した海賊のお宝をこっそり隠して独り占めしてたんだってさ」
「その上、女遊びに狂って、お気に入りの娘にはお宝の宝石をばらまいていたんだってな」
「ブロンデル様の奥方の寝所にまで忍び込んだって言うじゃないか! あの浮気者が!」
「挙げ句、ブロンデル家の小間使いを孕ませて、その小間使いを口封じのために殺そうとしたなんて!」
「マレシャルはとんでもねぇ下衆野郎だ!」
「あんな女の敵の顔、もう二度と見たくないわ!」
街のあちこちに流れる噂を拾えばきりがない。噂は人の口に乗ってサクス領内の村々にまで流れ、ついにはマチルドの耳にも届くことになる。
「ああ! どうしてこんな悪い噂ばかり流れてくるの!?」
マチルドはいてもたってもいられなくなり、使用人見習いに馬車の用意を命じると、慌ただしく身支度を整えた。さあ、これからドレスタットに行ってマレシャルをとっ捕まえて、一切合切の事の真偽を問いつめてやる。
ところが馬車に乗ろうという寸前で、お目付役のタンゴがしゃしゃり出て来た。
「あら? 農園の仕事を放り出してマレシャル様に会いに行く気ですかしらん?」
「こんな時に仕事だなんて! マレシャルは私の婚約者なのよ! このまま農園に籠もっているなんて出来ないわ!」
「ああ、そうでしたたわねぇん。マレシャル様は貴方の大事な婚約者。だから、頭に血が上ってカッカするわけか」
タンゴのその言葉で、マチルドは爆発した。
「タンゴさん! どうして貴方ったらそんな他人事みたいな口がきけるの!? 一体、貴方は何様のつもりなの!?」
しかしタンゴは平然としたもの。
「そう。私にとっては他人事。マレシャル様は私の婚約者でもなければ、将来を誓い合った恋人でもない。だから頭に血も上らず、冷静な判断が出来るというわけですわ。マチルド様、回りを見てごらんなさい」
言われてマチルドが辺りを見回すと、使用人見習い達がおずおずとした様子で立ちつくしている。その視線は皆、マチルドに集まっている。
「ああ、私ったら‥‥」
マチルドは失敗に気付いた。人の上に立つ者が、我を忘れてしまうことは禁物。我を失って感情を爆発させれば、回りに大波を広げることになる。
「第一、ドレスタットに行ったところで、あちこち飛び回っているマレシャル様が簡単につかまる訳もなし。行くだけ時間の無駄ですわよ」
そう言ってそそくさと姿を消すタンゴ。マチルドはしばし、その後ろ姿を見送っていた。
「マチルド様‥‥馬車にお乗りになりますか?」
馬車の御者台から、使用人見習いのマルセルがおずおずと訊ねてきた。
「ああ‥‥そうね」
用意させた馬車のことを思い出し、マチルドは馬車に乗り込むとマルセルに告げる。
「行き先はドレスタットではなく、ベルゼ村の教会へ」
「主よ。私に心の平安をお与え下さい」
祭壇の前に跪き、目を閉じ両手を合わせて祈る。これまで何度もそうしてきたように。一心に祈るうちに、逸る心もいつしか鎮まっていった。
ふと、マチルドは思い出した。酷い噂が広まる以前、自ら赴いたドレスタットで訪ねた教会のことを。自分は何も知らずに訪れた教会だが、その教会にマレシャルがいた。向こうはマチルドの存在に気付かなかったが、マチルドは確かに最愛の人をその目で見た。浮ついた様子もなく、以前会った時と変わらぬマレシャルの姿だった。
マレシャルはあそこで何をしていたのだろう? その答は分からない。だが、マレシャルが噂の通り女遊びに明け暮れる酷い男なら、神の家で出合うはずもないではないか。そう自分に言い聞かせると、今までの焦燥が嘘のよう。不思議と心が軽くなった。
晴れやかな気持ちで外に出たところで、将来の父となる予定の男と出合った。
「領主様。ご機嫌麗しゅうございます」
「おお、マチルドか。こうして顔を見るのも久々じゃな」
挨拶を交わす二人。サクス家当主は相も変わらず堂々としているが、今回の騒動はやはり心労となってのしかかっているのだろう。その顔には幾分、憔悴の色が見える。
「息子のことで、色々と苦労をかけさせたようだな」
言葉にマチルドは微笑みをもって答えた。
「今、一番大変なのはマレシャル様。そのことを思えば、これしきのことなど苦にもなりません」
その返事にマレシャルの父は微笑む。
「此度の騒動の決着がつかぬ限り、おまえは父と母の元に戻って来るなと。そうマレシャルには伝えておる。何、この馬鹿げた騒動もやがていつかは終わる。それまでの辛抱だ。ところでマチルドよ。村人から色々と話を聞いたが、この辺りの村のこともだいぶ分かってきたようであるな。将来の息子の妻としての立ち振る舞いも申し分ない」
「勿体ないお言葉にございます」
「では今年の収穫祭を、そなたに仕切らせるとしよう」
「え!?」
マチルドにとって予想もしなかった言葉。しかし彼はマチルドの肩に優しく手を置き、言葉を続けた。
「領主不在の時、領地を切り盛りするのは領主の妻の勤め。既にそなたには、その大役を果たすだけの器がある。今年は手始めに、マイエ村とベルゼ村の収穫祭を任せよう。分からぬことは村長に訊くがよい。これは領主の命令であるぞ。良いな」
「はい、喜んで」
「さて、わしはそろそろ館に戻らねばならん。後は任せたぞ」
去りゆく当主の後ろ姿を見送るマチルド。その胸に、サクス家に認められた嬉しさがこみ上げてきた。
マイエ村は小さな村だが、ベルゼ村はそこそこに大きな村だ。サクス領の収穫祭は、マイエ村が先に祝い、その後でベルゼ村が祝うのがしきたりとなっている。収穫祭の間、二つの村の村人たちは互いの村を訪れて大いに楽しみ、遠方からも行商人や芸人がやって来て祭を大いに盛り上げる。もっとも祭で浮かれ騒いだ挙げ句、酒の勢いで乱暴狼藉を働く輩もいるし、盗みが目当てでやって来るような不届き者もいるから、そういった連中への備えも必要だ。
ふと、マチルドは教会に預けられたペールのことを思い浮かべる。
「あの子は、どうしよう?」
農園には妹のイーダもいる。収穫祭なのだし、一緒に楽しませてあげたいのだが、冒険者たちから色々と話も聞いている。まずは皆の意見を聞いてから決めることにした。
教会から戻って来ると、農園の門に一匹のカラスが止まっていた。カラスはマチルドの姿を見ると、カァと一声鳴いて空に飛び立っていった。
一抹の不安がマチルドの心を横切る。
「あのカラス‥‥」
言いかけて、やめた。御者台のマルセルが訊ねた。
「どうしました?」
「いいえ、何でもありません」
先ほどのカラス、まるでマチルドを迎えるように農園の門に止まっていたのが気になったのだ。カラスは死を招く鳥、そんな言い伝えを子どもの時から聞いて育ったせいだろうか? それとも、ジャックという男の話を冒険者たちから色々と聞かされたせいだろうか?
主よ、私をお護り下さい。──不安を追い払うように心の中で祈ると、マチルドは農園の門をくぐった。
●リプレイ本文
●共闘
既に見慣れたドレスタットの街。通りを急ぐ人々、屋台に売り物を並べて声を張り上げる商人。買い物篭を片手に立ち話をする街のおかみ、そこかしこで遊び回る子どもたち。
そんな見慣れた光景を目の当たりにしながらも、利賀桐まくる(ea5297)はついつい警戒心を働かせてしまう。
この中には彼ら冒険者の敵が混じり、密かに目を光らせ聞き耳を立てているかもしれない。あるいはナイフを隠し持ち、襲撃の時を窺っているかもしれない。
何しろまくる達は今、得体の知れない敵に狙われているのだ。恐らくそれは、マチルドの婚約者マレシャルに報復を為さんとする海賊とその手勢の者たち。
約束の場所、街の広場まで来ると、そこに男が待っていた。マントを着込み、その肩にペットの鷹を止まらせている。長く伸びた髪は肩まで垂れ下がり、バンダナがその耳を覆い隠している。
「サミルさん‥‥」
声をかけると、男はまくるを認めて微笑んだ。
「来たか。マレシャルから許可は取り付けた。歩きながら話そう」
男はマレシャルの依頼に関わっている冒険者だった。尾行してくる者がいないか気を配りつつ、二人は互いの情報を交換する。まくるからは、マチルド農園につきまとう不審者ジャックの情報を。サミルからは海賊との繋がりが疑われる役人ゴザンの情報を。
一通り情報の交換が終わると、サミルは付け足す。
「それと、マレシャルから伝言だ。海賊退治の依頼を受けた冒険者と、マチルドの農園に関わる冒険者、共に共通の敵に狙われている可能性が高い以上、危険に対処するためにも情報の共有が必要だ。二つの冒険者のグループ間での情報交換は歓迎する。ただし、部外者に対しては秘密厳守の上で──と、いうことだ」
「分かりました‥‥。僕は‥‥そろそろ‥‥戻ります。まちるどさんに‥‥みんなが‥‥待っていますから‥‥」
サミルとの会見を終えると、まくるは一礼して別れの言葉を告げる。それに答えてサミルが言った。
「くれぐれも気をつけてくれ。海賊は並のゴロツキとは訳が違う。目的のためならば手段は選ばないし、しかもやり口は狡猾だ」
●農園にて
寒気を運ぶ木枯らしが吹き、空がますます高く澄んでいく中、マチルド農園では冬支度が始まった。さらにもっと先の将来を見越しての準備も。冬だからとのんびりしてはいられないのだ。
次は何をして、その次には何をして、奉公人見習いたちにはどのように仕事を割り当てて‥‥マチルドは毎日忙しく頭を使いながらも、毎日の仕事に将来の夢を織り込んでいく。そしてその夢は、1本1本の糸が合わさって見事な織物が作られるように、毎日少しずつではあるが着実に実現に向かっていた。
ちょうど今の時期に撒くハーブの種をハーブ畑に撒いていたテュール・ヘインツ(ea1683)は、わずかに曲げていたため固くなった腰をぐっと伸ばし、ほぐした。
種まきに出る前にマチルドから聞いた今後の計画に、何となく頬がゆるむ。
「来年からは農地の拡大‥‥か。順調順調」
農園をはじめたばかりの頃の超貧乏だった時代が懐かしく思えてしまう。
と、同じく種まきをしていた人達が離れたところから手を振ってテュールを呼んでいる。
次は何をするのか、ということらしい。
一休みしている間に遅れをとってしまっていたようだ。
テュールは慌てて残りの種を撒き終えると、彼らにまだ手をつけていない荒地の整備を頼んだ。そこが新しい農地となるのだ。充分に耕し終えたら、ためておいた落ち葉をほぐした土に盛り込むのである。
「暑いくらいだね」
一人ごちると彼は乾燥ハーブの在庫量チェックへと向かった。
その頃、やはり農園に残っていた長渡泰斗(ea1984)は、マチルドに来た収穫祭取り仕切りの話に、ほぼ一年前にあったジャンのところでの収穫祭に思いをはせていた。
そんな彼の様子はどう見ても隙だらけだが、見る者が見れば例え背後からでも切りつけようなどとは思わないだろう。
見回りついでに犬の世話もしておく。
見回り兼雑用といったところだ。
そのかいあってか、心配していたような事件も起きず、時間は平和に流れていった。
あった変化といえば、久しぶりに御蔵忠司(ea0901)と再会したくらいである。
「ジャン殿のところの収穫祭からもう一年。光陰矢のごとし‥‥とはこのことだねぇ」
「本当に。昨日のことのようです」
泰斗がしみじみと言えば忠司も懐かしそうに頷く。
「ところで、何か用があって来たのだろう?」
聞けば、ジャンの領地に自分の出資で設けた牧場のことでマチルドに相談したいことがあって訪ねてきたのだという。
泰斗もしたたかな経理担当者に用があったことを思い出し、忠司と連れ立って屋敷へ戻っていった。
マチルドは忠司の訪問を喜び、牧畜の知識も快く教えてくれた。
よく乳の出る方法、牛に適したエサの与え方、環境の整え方等等。忠司はそれらをメモしていく。
「大変な作業ですが、あきらめずがんばってください。きっとうまくいきますよ」
マチルドは忠司の牧場経営の成功を微塵も疑っていない笑顔だった。それからふと真面目な顔になって付け加える。
「先ほどの説明でも申しましたが、敷藁はくれぐれも清潔に。エサのことも大切ですが、決して手を抜かないでください。病気のもとになってしまいます。‥‥ご自分のベッドが汚いのは、嫌でしょう?」
忠司も真剣な表情で頷き返した。
「将来は私の農場と良い協力関係を結びたいですね」
「はい。今日は訪ねてきて本当に良かったと思っています。お忙しい中、ありがとうございました」
「いえいえ。一緒にがんばりましょう」
会談は始終こんな具合に穏やかに進んだのだった。
一方泰斗はというと。
シェリーキャンリーゼを手土産にタンゴをデートに‥‥もとい、少し訳ありの用事に付き合ってもらっていた。他人にはあまり聞かせたくない話なので、二人だけで話せる部屋で。
シェリーキャンリーゼを飲みながら二言三言挨拶代わりの当たり障りのない会話を交わした後、泰斗は用件を切り出した。
「スレナス殿と余計なしがらみ抜きで真剣勝負をしてみたい‥‥本気の『ミラノの紅い狼』と」
言い切った泰斗の脳裏に苦い思い出が過ぎる。以前やりあった時は事情もあったが、武人として手加減されて勝たせてもらっても嬉しくないのである。
そのことをスレナスに伝えて欲しい、とタンゴに頼みにきたのだ。
呆れたような困ったような顔をしながらも引き受けたタンゴは、一言だけ断りを入れた。
「いちおうスレナスに会ったら伝えておくけど、スレナスは忙しくてあちこち飛び回っているから、どこで会えるかわからないわよん」
それでもいい、と泰斗は頷き、
「場所は、常在戦場の流派同士らしくということで」
と、最後に付け加えた。
話のすんだ二人が部屋を出たところにテュールが通りかかる。彼はタンゴの姿を認めるなり小走りに寄ってきた。探していたのだろう。
泰斗はテュールと挨拶を交わして再び見回りに戻っていった。
テュールは乾燥ハーブの在庫量をタンゴに伝えると、出荷量について尋ねた。
「聖夜祭の辺りに需要があるから、それまで保たせてね。ミントなど一部の物は、すぐに香りの成分が飛び易いので、急いで精製しておいた方がいいわよん」
「マチルドさんに訊いたら、雪が降る前に新しい芽や根を手入れしておくと言ってたけど、病気やカビを防ぐための‥‥木屑を蒸し焼きにして作る‥‥えーと木酢はどのくらい用意しますか? それと、ハーブに与える肥料は、葉を使うものは馬糞におしっこを掛けてゆっくりと腐らせた物がいいと言ってましたが、どのくらい備蓄しますか?」
ハーブは元々野草である。人間にとって使い道があるから香草などとも言われたりするが、役に立たなければ雑草と言って差し支えない。その生命力は野菜や穀物等の比ではない。対費用効果を考える部分なのでタンゴに話を通す。
「そうね。元々の自生地から植え替えた部分だけでいいと思うわ。それから、冬場は屋内の鉢に、香りの特別良いスペアミントの株を挿し木にしておくといいかも。市場に出す程の量は採れないけど、大切なお客様の急な御所望には応えられると思うわよん」
タンゴは、こまごまとした経営上の注意点を挙げた。
それらを記憶すると、テュールはまた足早に廊下を走り去っていく。出荷分をまとめたらミント水の抽出と調香が待っている。
とても一人では手が足りないので、ペットのボーダーコリー、フェンにも活躍してもらっていた。他の雇用人に混じって放牧の手伝いをしているはずだ。
後でうんとご褒美をあげなくちゃ、とテュールはフェンを思った。
●教会にて
「はい、書きました。よろしくお願いしますね」
マチルドから手紙を受け取った鳳飛牙(ea1544)は、大事そうに懐に入れる。それは教会に預けてあるペールを収穫祭へ連れ出すために司祭宛にマチルドに書いてもらったものだった。
飛牙の傍らには緩やかなローブを着けたペールの妹イーダがいる。隣には同じ格好をして、身を屈めたエヴァリィ・スゥ(ea8851)。万一の時、標的を分散するためだ。
交互に見やりながら心配そうにテュールが言った。
「本当に大丈夫かなぁ。あの人の許可もなしに‥‥」
「世の中には、偶然というものがあってな。神の御心故、これには誰も逆らえん」
ローシュ・フラーム(ea3446)がわざとらしい口調で髭をしごく。
テュールはすぐにピンきて、曇っていた表情を一変させ、
「あぁ、偶然ね。それならしょうがないよね。教会にお祈りに行ったら偶然、ね」
「そうそう」
「んじゃ、イーダちゃんは俺が責任持って、立派な格闘家に」
言いかけた飛牙のセリフは鈍い音と共に途切れた。
「おっとごめんよ、手がすべった。悪い悪い」
ローシュがかがんで火打石を拾う。これが頭に当たったのだ。
「火打石って‥‥っ」
飛牙は言いたいことが山ほどあったが、痛みでそれどころではなかった。
いつものように出発前に飛牙が軽傷を負ったところで、一行は幸先良しとマチルド農園を後にした。
イーダのことも考え、ベルゼ村へは馬車で行った。
何事もなく教会へ着き、イーダには礼拝堂で祈りを捧げていてもらう。その間に冒険者達は司祭へ相談に行った。
飛牙から手渡された手紙に目を通した司祭は、何やら思案するように黙り込んでしまった。
ペールの権利保持者のことを気にしているのかもしれない。
「ダメ‥‥かな? ずっと教会に閉じ込めたままというのは、少し酷な気もするんだけど‥‥」
伺うように司祭を見つめる飛牙。
「ここ数ヶ月であの子も成長していると思うがのぅ」
カシム・キリング(ea5068)も続く。
まずは情に訴えてみる。
しかし司祭は難しい表情を崩さない。一度預かった以上は、それなりの責任が生じるのだから、そう簡単に頷くことはできないのだ。何かあってからでは遅いのだから。
ローシュが何かを思いついたように手を打った。情がダメならきちんとした理屈のもとに引き出そうというわけだ。
「こういうのはどうだ? 労働の一環として、教会外での奉仕活動ということにするのは?」
「ふむ‥‥」
少し、気持ちがゆらいだような手ごたえがあった。
なかなか許可を出さない司祭に、カシムはもう一押しした。
「ペール本人はどう思っておるのかのぅ。収穫祭に参加したとて、良いことばかりとも限らない。村人から謗りを受けることもあろう。あの子も試練を受けておるのじゃ」
しばらくの沈黙の後、司祭は静かに判断を下した。
「‥‥いいでしょう。あの人へは私から話をしておきましょう。あの子のこと、くれぐれもよろしくお願いいたします」
緊張していた冒険者達の空気がいっきに解け、安堵の笑顔を交わした。
そうして兄妹は久しぶりに対面を果たしたのである。
●収穫祭の準備
二人の大人がすれ違えるくらいに狭い道を歩めば。教会、居酒屋、宿屋‥‥。刈り取った春小麦の切り株が明るく拓け、冬枯れの広い草原を思わせる。刈り入れの終わった畑には、落ち穂拾いの子供や寡婦。腰に括り着けた麻布に一生懸命穂や麦の粒を摘んで入れている。
そんなどこにでも在るような鄙びた農村の風景の中に、妙にときめく風。村がわく、雲がわく、夢がわく。わくわくとした風が村を包み、沸き立つ若いワインのように、熱を持ち、込み上がってくる喜びの歌。そう、収穫祭は間近なのだ。
「祭りの流儀ですか? 毎年のことですし‥‥他と変わった事ですか‥‥」
ウルフ・ビッグムーン(ea6930)の問いに、司祭は首を傾げる。ふーむと唸る。
「ブドウ踏みとか、パンの早食いとか、なんか無いじゃん?」
口にして、ジェイラン・マルフィー(ea3000)は思い出す。
(「あの時のまくるちゃんも可愛かったよなー♪ ニコ(ユニコーン)はどうしてるかな」)
数多美女の居る中に、明けの星のように一等輝いて見えた彼女の姿。夕映えよりも紅く色づいた頬と、野のユリのようなその笑顔。それだけで‥‥。
「騒動を起こす側から見れば,収穫祭は何かと都合がよろしいかと‥‥」
先の事件で警戒して怠りの無い御影紗江香(ea6137)は、単刀直入に怪しげな人物の出入りを尋ねる。用心に越したことは無いのだ。
同じ頃、ローシュとウォルター・ヘイワード(ea3260)は手分けをして村長達を訪ねて居た。
マイエ村に行ったローシュの問いに、村長は簡単に内容を告げた。
「その日は断食して身を清め。教会での礼拝の後に、無礼講で飲み食いし、一夜を過ごす。毎年、ちょっとした騒ぎで怪我人が出たりもするが、お調子者などは、当夜の酒故の狼藉を予め懺悔して赦しを乞う始末だ。ゴロツキどもが酒とごちそう目当てで乱入することもあるが、村人に乱暴さえしなければ勝手に飲み食いしても問題ない。時に起こるゴロツキ同士の殴り合いは、即興の良い見せ物として博打がはじまるくらいだ。奴らも心得たもので、あがりの一部を『試合の賞金』として持って行く」
「他には?」
ローシュが合いの手を入れると、
「うーん。そうさのう。男は、娘なら誰かれ言い寄っても構わない。娘の方が三度続けて断るならばあっさりと引くのが決まりだ。公認の恋人からの口説き以外は、二度断るのが慎み深い乙女の作法となっておる」
普段はそんなことなど考えられないが、祭りの空気が村を開放的にしているのだ。
一方ベルゼ村に行ったウォルター。正に祭りの準備真っ最中。小さな居酒屋に豚や鶏や牛や山羊の乳が、挽きたての小麦が、御領主恩賜の未だ泡立つ若いワインが、次々と運び込まれ、調理が始まる。それを後目にウォルターが、
「私たちは、祭りの警備を承りました。今までの祭りでどんなやっかいが起こっていたのでしょう? 楽しい祭りを全うするために、是非とも教え下さい」
過去のトラブルを確認する。
「酔っぱらいのケンカ。暴れて物を壊す者は何人か居たな。それから子供に酒を無理強いする不届き者もいるから取り締まって欲しい。祭りには余所者も訪れますからな。酔っぱらった隙に金を無くす奴も珍しくない。落としたのか盗まれたのかは、神さまだけが知っている有様じゃ。大した金を持っている訳でもないのじゃが、翌日大騒ぎする奴がいる」
話を聞く限り、酒に絡むトラブルが最も多い。中には馬に酒を飲ませたら馬が暴れて大騒ぎ、などという騒動もあった。
「‥‥子供が迷子になるのは恒例行事。松明を掲げて探すのも時々ある。じゃが‥‥」
村長は急に声を落として瞑目し、静かな声で伝える。
「一番悲惨なのは数年前のあの事件じゃな。酔っ払って川に落ちて溺れて、翌日水死体で見つかった‥‥」
合いの手も許さぬほどの重い沈黙。再び口を開いた村長は、
「くれぐれも死人だけは出さぬようにな」
一人一人、警備に着くウォルター達冒険者の手を取って、念を押す村長であった。
●特別メニュー
「あーあ。残念じゃん」
司祭の説明にがっかりしたジェイラン。マイエ村とベルゼ村は葡萄の産地では無く、供されるワインも領主であるサクス家からの恩賜であり、葡萄踏みの行事はなかったのだ。
「その代わり、ベルゼ村の教会で厳かにして盛大な礼拝が執り行われるぞ。真に主の名は誉むべきかな」
お説教を頼まれたカシムは当日の草案を考え始める。ジェイランもまた思案に入った。思ったよりもキノコの生育が良く、温度管理さえしっかりすれば、冬場の主産物になり得るからである。
「ベルゼの酒場と宿屋に頼めばどうですか?」
紗江香の提案に
「ここからすぐだ。いってみよう」
ウルフも賛成する。その足で一向は宿屋と居酒屋へ。
「産物のお披露目も兼ねた料理ですか?」
「今回は只で提供するじゃん。お店も儲かって、こちらも宣伝になる。それに、パリでも有名な料理人のシーロさんが手伝ってくれる。あんたに損はないじゃん」
「そうだな。お祭りでもあることだし‥‥頼むか」
こうして、収穫祭特別メニューに農園のキノコやホエーのドリンクが追記された。
●行商人
「ふう」
この寒いのに、額の汗を拭う忠司。こうして普通の村人の世話を焼くのもジャン卿のところの仕事以来だ。祭りに使う水を、砂と炭で濾し煮沸する。その設備の設置に余念が無い。そして磨いた銀貨を水がめに入れる。
「祭りの間は、さらに酢を数滴たらしてから使ってください」
(「何か大事があってからでは大変ですからね」)
ここまで用心すれば敵も随分と仕掛け難いだろう。忠司は、心からこれらの労力がまったくの無駄骨になることを祈った。あながちそれも杞憂とは言いがたい。収穫祭が近づいたため、一部の者から胡散臭いと警戒されている『かの行商人』も村を訪ねて来ていたからだ。
「どうだ? 当面は代価後払いで捌いてもらう。売れ残りを返して、売れた分の代金を払えばいい。それが市場を開拓するあんたの取り分だ」
リスクを背負わず商売が出来る。悪い話ではない。それでも、かなり渋った演技の末。
「‥‥判りました。売れ残りを持ち帰る手間がありますので、卸値を他の者より十分の一だけ安くして頂けるなら引き受けましょう」
彼の客寄せと売り込みの腕を考えれば落としどころか? ローシュは快く快諾し、ジェイランが詰める。
「おおむねこれでいいじゃん。ただ‥‥」
ラテン語とゲルマン語で同文を併記した契約書を創り説明する。
「ドレスタットの商人ギルドへの上納金ですか‥‥」
「こればっかりは、あんたのほうでお偉いさんに話を通さないと無理じゃん」
組織の権力を背景に、元値を吊り上げるジェイラン。
「いいじゃん。売れ残った分は払わないんだから」
「それはいいとして、支払いは預かってから5日以内ですか‥‥しかもそれを過ぎて売った事実が判明したら賠償金1万G‥‥これ、なんとかなりませんか」
「傷んだ物を売られても困るんだぜ。うちのキノコが売れなくなるじゃん」
軽口で言うジェイランだが、売れ残りに金は要らないと言う最大メリットが行商人には在る。あくまでも強気の姿勢だ。しかも、
「聖書の言葉で書かれた契約を違えたら、天国に行けないじゃん。こっちは売れた分だけお金を貰うから、ちゃんと新しいキノコだけ売るといいじゃん」
神様まで公証人にする抜け目のなさ。
「判りました。売れた分だけ頂きます。5日を過ぎて売ってはならないと言うことは、売れ残りを全て返品せよと言うことですな」
ジェイランは頷く。ルールを理解した行商人は快く承諾した。
●収穫祭
収穫祭は教会の礼拝で始まる。その日のベルゼ村の教会は、マイエ村からも大勢の人が集まったおかげで、いつになく熱気に包まれていた。厳かな教会、静粛な祈りはいつもと変わらないながらも、どこかわくわくする雰囲気が漂っている。男、女、老人、そして子どもたち、誰もがこれから始まる楽しみを心待ちにしているのだ。
賛美歌の合唱、祈り、そして教会の主たる司祭の説教と、恙無く進んで行く。今年の収穫祭の日の礼拝には、黒の司祭たるカシムがゲストとして招かれた。司祭の好意による取り計らいである。
説教壇に立ったカシムは、一堂に会した村人たちを前に短い説教を始める。
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ある国に金持ちの家があった。多くの使用人を住まわせ、門前市を為すような大層な賑わいじゃった。その家の当主の名は『タロン』と言い、厳格ではあるが物惜しみや分け隔ての無い篤志家で知られておった。
一人の娘が玉の輿を目指し家の者に近づき、娘は一人の好ましい若者と婚約に漕ぎ着けたのじゃ。じゃがある日、若者は告げた。
「充分なお金が貯まりましたので、両親の待つ故郷に帰ります。あまり贅沢はさせて上げられませんが、あなたに、何を食べたいとか思わないような不自由ない暮らしをさせて上げることは出来るでしょう」
てっきり若者が跡継ぎだとばかり思っていた娘は、そこではたと気が付いたのじゃ。そう言えば、彼は当主の事をタロン様と呼んでおったと。
我らは神の子として創造された主の相続人じゃ。その我らが何故に父を『父』と呼ばず名を呼ばわるのか? それは使用人の作法じゃろう。十戒に、みだりに主の御名を唱えては成らぬとは、我らが神の子であるからこそ。
世の父が、子を相続人足るに相応しくなるよう訓練する。それは親の愛じゃ。同様に天の父は我らを試みに遇わせ給う。世の諸々の困難は、災いは、悩みは、全て主が我らを主の相続人に相応しき者にするための計らいじゃ。
この収穫祭の善き日を迎え、わしは今ここに主を仰ぎ『天の父』と呼びかけて感謝を捧ぐ。主の相続人たらんと思う者は、唱和せよ。今この場より自覚せよ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「天の父よ。尊きあなた様の子供として戴き感謝いたします。アーメン」
カシムの言葉を受け、教会に集う村人たちはその言葉を一斉に唱和する。ペールもまた、村人たちの中に入り交じり、共に同じ言葉を唱和している。説教壇のカシムの目に映るその姿は、その父その母と共に居並び、共に口を揃えて神をたたえる言葉を唱和するつぶらな瞳の村の子どもたちと、まるで変わるところがなかった。
礼拝が終わると、人々は教会の外に繰り出した。皆、うきうきしている。これから大きな楽しみが待っているのだ。厳しい冬が来る前に、皆で大いに飲み食い歌い踊り楽しもう。
「さあペール、マチルドさんの所へ行こう」
教会から出てきたペールを飛牙は早々に見つけ、その手を取って迎えの馬車に招いた。御者台には奉公人見習いのマルセル、その隣にはマチルドが座っていた。
「ペール、お久しぶりですね」
「マチルドさん‥‥僕は‥‥」
はにかみながら、何か言おうとしたペールだったが、
「話は後。今日と明日、思いっきりお祭を楽しみましょう。色々とお手伝いもしてもらうけど、よろしくね」
荷台の上ではイーダが待っている。ペールが乗り込むと、イーダはペールとくっつき合って、にこにこ笑っている。よほど再会が嬉しいのだろう。
同じ荷台に飛牙も乗り込む。飛牙の傍らにはペットの鷹が2羽。今日はペールとイーダの護衛として連れて来ている鷹の1羽に、飛牙は話しかけた。
「空からペールの護衛を頼むぞ、ルイン‥‥あれ? お前ソレイユだっけ? 痛ッ!?」
ふとしたはずみか、それとも間違いを直感で理解したか、鷹は飛牙のほっぺを嘴で突っついた。
農園の帰り道、同じ馬車に乗った一同はわいわい楽しくお喋りしながら時を過ごした。しかし農園の門まで来た時、そこに立つ人影を見て、皆の顔から笑顔が消えた。
あの不審人物、ジャックがそこに立っていたのだ。
真っ先に声をかけたのはマチルド。
「ジャックさん、何かご用でも?」
ジャックは愛想の良い笑いを浮かべて答える。
「仕事でしばらく会えなくなるから、別れの挨拶に来たんだ。ペールにも挨拶していいかね?」
「どうぞ」
マチルドは強ばった表情で答え、冒険者たちは警戒を強める。ジャックがペールをかっさらいでもしたら、すぐに取り押さえられるよう身構える。
「おまえと会えなくなると寂しくなるな。新しいご主人ともうまくやるんだぞ」
馬車の荷台に乗ったままのペールをジャックは抱きしめた。にこやかに微笑み、さも親しげな間柄であるような風情で。そして、ペールの耳に口を近づけ、小声で何事かを囁いた。そしてジャックはペールを抱いていた腕を放し、皆に向き直る。
「ご縁があったら、また何処かで会おう」
別れの言葉を告げると、ジャックは自分の馬に乗って早々に姿を消した。
それは、ほんの短い時間での出来事。
様子を伺っていたらしきテュールが、農園の中から駆けてきた。
「みんな、大丈夫!? ジャックに何もされなかった?」
訊ねられ、皆は首を振る。
「僕、こっそりリヴィールエネミーの魔法を使って、ジャックを調べたんだ。ジャックは間違いなく、みんなに敵意を持っていたよ。でもどうして、ジャックは何もしなかったんだろう?」
「う〜ん。こっちの人数が多くて手も足も出なかったのかな?」
言った飛牙はふと気になり、ペールに訊ねる。
「さっき、ジャックに何て言われたんだい?」
一瞬口ごもった後、ペールは答える。
「どんなつらいことがあっても、頑張るようにって」
世俗の祭はマイエ村から始まる。
「ずいぶんと集まったな。他の者が楽しんでいる時に、警護しよう等とは物好きな」
祭の間の巡回警備のために村の住人から有志を募ったローシュ、予想以上の人の集りを見て皮肉っぽく言うが、その顔に浮かぶ微笑みは温かい。
「オレは、少しでもマチルドさんのお役に立ちたくて‥‥」
志願者の若者の一人は、照れながら答えた。
これから始まる歌と踊りと飲み食いの一夜のために、村の広場は綺麗に整えられた。並べられたテーブルの上には料理の数々。宴の主役であるワインの大樽も、沢山の杯を従えてしっかりご鎮座なさっている。
そして大勢の村人が見守る中、マチルドの挨拶が始まった。
「マイエ村の皆様。これまで色々ありましたが‥‥」
前もって考えてきた挨拶を続けようとしたマチルドだが、祭の始まりを今か今かと待ちわびている村人たちの顔を見て思い返す。
「堅苦しい挨拶は抜きです。今宵は皆で大いに楽しんでください!」
その言葉に、広場はどよめきに包まれた。
さあ、祭の始まりだ! 今夜は無礼講!
話に聞いていただけあって、いつもは物静かなマイエ村も祭の時には天地がひっくり返ったような浮かれ騒ぎよう。祭もたけなわになると、酔っ払いがあっちにふらふら、こっちにふらふら。当然、あちらこちらで騒ぎが起きる。
「こらっ! 犬にまで酒を飲ませるな!」
「うるせぇ! この若造が!」
巡回の若者に注意されていきり立つ酔っ払いも多いが、そんな時はローシュが割って入る。
「まあまあ、押さえて押さえて」
ここは年の功。ローシュの言葉でたいてい騒ぎは丸く収まる。それでも収まらぬ時は、御蔵の出番だ。
「はいはい、お帰りはこちら」
足払いをかけてひっくり返し、大人しくなったところを納屋にお連れする。
ともかくも色々と騒ぎはあったものの、マイエ村の収穫祭は無事に終わりを迎えた。祭の後、ローシュは巡回に当たった者たちを労い、大いに酒を振る舞った。
その翌日はベルゼ村の収穫祭。大きな村だけに盛り上がりもまたひとしお。それだけにマチルドの仕事も増え、村人への挨拶やら、酒と料理を配る采配やら、迷子の訴えの聞き届けに子どもの連れ戻しやらで大忙し。そんな中、陽気な音楽で祭を盛り上げるのはエヴァリィである。
「うわ‥‥何だか久しぶりに吟遊詩人っぽいかも」
いつもの赤頭巾の恰好ながら、今回は久々にバードの本領発揮。竪琴を片手に会場をぐるりと巡回しつつ、陽気な曲を流す。もちろん敵に対する警戒も忘れないが、今のところ気になるのは祭に付き物の酔っ払いにごろつきくらいだ。
祭の時こそ売り込み時。あの行商人も、村人相手に熱心に商売に励んでいる。
ペールはマチルドのそばでお手伝い。料理を皿に盛り付けたり、開いた皿を片づけたり。そんなペールの様子に、まくるはずっと注意を払っていた。
ふと、行商人がペールに近づき、小さな小瓶を渡した。
「ジャックからの預かり物だよ」
その小瓶をしばしペールはじっと見つめている。何やら躊躇うような表情。いきなりペールは小瓶の中味を目の前のスープの皿の中に混ぜ、両手で皿をつかんでスープをごくごくと飲んでしまった。
「ペールくん‥‥何を入れたの?」
まくるの言葉に、ペールがはっとしてその目を見る。
「見ていたの? でも、大丈夫だよ‥‥。これが体にいいものか、悪いものなのかは‥‥僕の体で‥‥試して‥‥」
言葉が途切れ、そのままペールは倒れた。顔面は蒼白、ひどく苦しみながら今食べた食べ物を吐き出すが、それでもその苦しみ様はますます酷くなるばかり。
「どうしたんだ!?」
いつの間にかペールの周囲に人の輪が出来る。
「ペール、しっかりして!」
マチルドが介抱に駆けつけ、苦しむペールを村長の家へ運び込んだ。
「食べ物が悪かったのかしら!? 他の人は大丈夫!?」
「まちるどさん‥‥これを使って」
まくるが自分の解毒剤を渡し、マチルドがそれをペールに飲ませると、ペールの容態はそれまでの苦しみが嘘のように回復した。そしてまくるは、先ほど目にした一部始終をマチルドに告げた。
ペールの看病を冒険者たちに任せると、マチルドは何事もなかったかのように祭の場に戻る。そして収穫祭は中断することなく最後まで執り行われ、村人たちが事の次第を知ったのはその翌日のことであった。