マチルド農園繁盛記8
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■シリーズシナリオ
担当:マレーア
対応レベル:7〜13lv
難易度:難しい
成功報酬:4 G 55 C
参加人数:12人
サポート参加人数:1人
冒険期間:11月30日〜12月05日
リプレイ公開日:2005年12月07日
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●オープニング
盛り上がりもたけなわの収穫祭のあの日あの時に、話は遡る。
村人たちへの挨拶に料理の手配と、祭の采配で忙しく動き回っていたマチルドのところへ、ペールが倒れたという知らせが届いた。
奉公人見習いとして雇った少年ペールは、過去に盗みを働くことで命をつないできた孤児。納屋への放火事件や、盗みの補償を求める行商人の訴えなどの経緯があって、ここしばらくの間は農園とは切り離され、村の教会に預けられていた。しかし折角の収穫祭なのだからということでマチルドの元に呼び戻され、料理を盛り付けたり配らせたりなどの手伝いをさせていたのだが。
急いで駆けつけると、既に周囲には人集り。ペールは地に倒れてひどく苦しんでいた。その傍らにはシチューの皿が転がり、半分ほど残った中味がぶちまけられていた。
「ペール、しっかりして!」
マチルドと冒険者たちは、苦しむペールを村長の家へ運び込んだ。
「食べ物が悪かったのかしら!? 他の人は大丈夫!?」
冒険者の一人が持っていた解毒剤をペールに飲ませると、ペールの容態はそれまでの苦しみが嘘のように回復した。そしてペールの行動の一部始終を見守っていた冒険者が、事の次第をマチルドに話して聞かせた。
ペールは自分でシチューに毒を入れ、それを自分で飲んだのだ。しかもその毒は、ペールのそばで商売に励んでいた行商人から手渡されたものだったという。
「ペール、これは一体どういうことなのかしら? 正直に話してくれる?」
質素な寝台の藁の上に寝かされていたペールは、表情の消えた顔でじっと天井を見つめていた。答が返ってくるまでに暫くの間があった。
「マチルドさん‥‥正直に話します。行商人のおじさんから薬の瓶を受け取ったら、その中味をみんなの料理に混ぜるよう、ジャックさんから言われたんです」
「それが毒だと分かってたの?」
「いいえ。ジャックさんは、みんなを元気にする薬だから心配はいらないって言っていました。でも、僕はその言葉が嘘みたく聞こえて、だから最初に自分の体を使って試してみたんです。ジャックさんの言う通り、本当に元気になる薬かどうか」
「そうだったの‥‥」
ペールと共に農園に帰ってきた時、農園の門で待っていたジャックがペールに囁いたのは、そのことだったのか。事実を知り、言葉も出ないマチルド。しかしペールには、まだ打ち明けるべきことが残っていた。
「マチルドさん‥‥ごめんなさい。ずっと隠してました。納屋に火を放ったのは僕なんです。ジャックさんとも、農園に来る前から会っていました」
「ジャックとは何者なの?」
「僕を使っていた窃盗団から、大金を出して僕と妹を買ってくれた人です。僕はジャックさんに命じられて、妹のイーダと一緒に周旋所へ行きました。そしてマチルドさんに雇われたんです。農園に来てからもこっそりジャックさんに会って、農園の中での出来事を報告してました。納屋に火をつけたのも、ジャックさんの命令です。僕が農園に入ってからも、ちゃんと自分の言いつけ通りの仕事ができるかどうか、ジャックさんは試したんです」
「どうして、今まで黙っていたの?」
「言うことをきかなかったり、秘密を漏らしたりしたら、妹を殺すって脅されていたんです」
行商人は早々に身柄を押さえられ、領主サクスの元へ引っ立てられてきた。
「収穫祭の料理に毒をまぜる手引きをしたとの訴えがあったが、それは真か!?」
厳しく問いつめられ、行商人はたちまち平身低頭。
「わ、私は何も知らなかったんです! 私はただ、預けられた品をペールに渡すよう、連れのジャックに頼まれただけなんです!」
ジャックとは何者か、どのようにして出合ったのかと誰何され、行商人は話し出す。自分はかつてパリの商人だったが、商売に失敗して途方もない借金を抱え込み、夜逃げ同然の身でドレスタットに移り住んだ。以来、細々と行商を営んでいたが生活は苦しく、困り果てていた時に出合ったのがジャックという男だった。ジャックは商売の元手となる資金を提供し、お陰で商売も持ち直して生活も楽にはなったが、以来ジャックに頭が上がらずその言葉に逆らえなくなった。それからというもの、ジャックの使い走りのような役目を負わされ、時には危ない仕事にも手を出してきた、と。
そして行商人は涙ながらに訴える。
「私には家族がいます。どうか、寛大なお裁きを‥‥」
「よろしいですか、よく見てください」
今はタンゴの手の中にある毒の瓶から、真っ白な布の上に中味がサラサラとこぼれ落ちて小さな山を造る。それは金属に似た輝きを放つ砂粒のように見えた。
「これは毒砂。一部の鉱山で採れる鉱物性の毒です。臭いも味もしないから、しばしば暗殺者の手で貴族の暗殺に用いられてきましたわね。これだけ大量の毒砂があれば、大人の2、30人は楽に殺せるでしょう。子どもが混じっていれば死人はもっと多くなるし、運が悪ければ村一つ全滅していてもおかしくなかった量です」
その言葉にマチルドの顔から血の気が引いていく。
「でも‥‥ペールのお陰で‥‥村人たちは助かったのですから‥‥」
やっとのことで言葉をつむぎ出すが、タンゴのいつになく厳しい表情は変わらない。
「結果的にはそう。でも、もしもペールがジャックの言葉を信じきっていたらどうだったでしょう? 今頃、ベルゼ村は村を挙げてのお葬式で大忙しで、埋葬される棺の中には貴女も入っていたのでは? とにかく、用意しておいた毒消しが足りなくなるほど大量の毒が、料理に混ぜられる寸前までいってしまったのは大問題。私がサクス殿の立場なら、貴女に領主の妻の資格なしとするところですわよ」
もっともあの時、雇われた冒険者の中にはペールの動きを警戒していた者もいた。たとえペールが毒入りの食べ物を皆に差し出したところで、それが皆の口に入る前に食い止められていた可能性は高い。
マチルドはすっかりうなだれてしまったが、それを見てタンゴはいつものお気楽な口調に戻った。
「まあ、それはそれとして、今度の事件ではペールの働きで死人を出さずに済んだことだし。サクス殿からもそれほどきついお咎めはないでしょうねぇン」
そんな会話があって後、マチルドは領主サクスに呼び出された。事件のことで叱責されると思いきや、サクスはその事には一切触れずに切り出した。
「マチルドよ。ペールと行商人の裁きを、おまえに託そう」
「え!?」
思わず息を飲む。答えるべき言葉は頭の中にも思い浮かばない。
構わずサクスは続けた。
「領主が不在の折りに領内に諍い事あればその仲裁を取り持ち、罪を犯して捕らえられたる者あればその裁きを執り行うのも領主の妻たる者の役目。此の度の一件も、おまえがまこと領主の妻に相応しき者であるか否かを見定めるために、慈愛に満ちし主セーラが下し給いた試練であると、わしは受け取っておる。裁判にはこのわしも立ち会い、裁きの決着を見届けよう。それと、一つ忠告しておこう。裁きとは領民に一つの範を示すもの。重すぎる罰を下せば領民は領主に憤懣を抱き、逃亡や謀反を企てる者も出てこよう。その逆に罰が軽すぎれば領民は領主の権威を軽んじ、さらなる罪を犯す者も出てこよう。そのことを心して、裁きを行うがよい」
●リプレイ本文
●情報収集
じりじりとした時間がウルフ・ビッグムーン(ea6930)から過ぎ去っていく。
ドレスタットの町に赴いた彼はジャックの身元ともともとペールを使っていたという窃盗団との繋がりを調べようと歩き回っていた。
表通りから裏通りまで聞き込みを行った。マチルドに迷惑がかからないよう、ウルフと農園の繋がりがバレないように気を配っている。
しかしジャックのほうが動きが早かったらしく、すっかり行方をくらましてしまい新たな手がかりは掴めなかった。
代わりというわけではないが、話のついでにある商人が言っていた。
「そういえばあの行商人、最近見かけないねぇ」
ジャックの連れの行商人のことである。彼が毒殺幇助の罪でサクス領で捕らえられた知らせは、まだここには届いていないようだった。
壁に寄りかかり、やや険しい顔で通りを眺めていたウルフは、うなるようなため息をもらすと一度農園に戻ることに決めた。
一方、ローシュ・フラーム(ea3446)は、例の行商人の家を訪ねていた。もしかしたら家の者達に危害を加える輩が出るかもしれないことを危惧したためである。
すでに夫の身柄が取り押さえられたという報告は届いており、妻と三人の子供達は途方に暮れていた。
ローシュが来意を告げると、とうとう妻の目から涙がこぼれた。それにつられて子供達もすすり泣きを始める。
「だから、ジャックみたいな男と付き合うのはやめるよう、何度も言ったのに‥‥っ」
エプロンの裾で涙をぬぐうと、彼女は真っ赤になった目をあげてローシュに願い出た。
「夫の裁判に立ち合わせてください。お願いします」
深々と頭を下げる彼女の背をやさしく撫で、ローシュはその頼みを快く引き受けた。
道中、ローシュのいかつい顔に少し怯えていたような子供達だったが、そのうち慣れてくると
「髭を触らせて」
と何度もせがまれる人気ぶりとなった。人となりを見分けるのは子供のほうが上手いのかもしれない。
サクス領に到着後、ローシュは毒砂の出所を推し量ろうとしたが、残念ながら今の彼ではわからなかった。
農園に戻ったウルフは、町で買った銅のスプーンを使って毒見の実演をするため、奉公人見習い達を集めていた。
「わしの耳学問によれば、銀が毒砂に触れると黒く変色するという。しかし銀のスプーンは高価なので、代わりに銅のスプーンを使うことにした」
こう前置きすると、タンゴから分けてもらった毒砂を粥の上にパラパラと落とし、銅のスプーンでよくかき混ぜてからゆっくりとスプーンを引き上げる。するとそこにはかすかに染みのようなものが。
しかし奉公人見習い達は半信半疑の態。
「こういう染みなら、強い火であぶっても出るのと違いますか?」
と、胡散臭そうである。
ウルフは妙に挑戦的な笑みを浮かべると、彼らに混じって見物していた料理人シーロの秘蔵品、銀のスプーンをその粥の中に突っ込んだ。すると、今度ははっきりと黒い染みが現れた。
「おお! やはりこうなったか!」
ウルフは得意顔だが、スプーンを台無しにされたシーロはみるみる渋い表情に。
「後でしっかり磨いてくれよ」
と、後始末を言い渡されたわけだが、これからはマチルドには銀のスプーンで食事をしてもらうことになった。問題はその他の面々である。彼らの分まではさすがに用意できない。あれこれ知恵を絞った結果、食事の前に捕まえたネズミに毒味をさせることに決まった。
●警備強化
マチルド自身や農園に対する危機意識が一層強まった。
御影紗江香(ea6137)は園内に鳴子を仕掛ける。東西南北で木や鐘を変えてあるので、ひとたび侵入者が引っかかればすぐ方角がわかる仕組みだ。さらに園内等の警備を担当する冒険者達には二人一組の行動を提案していた。そんな紗江香自身は、ティファル・ゲフェーリッヒ(ea6109)と組んで、農園の外で見回りを行っている。
さらに鳳飛牙(ea1544)は自警団にも警備を依頼していた。自分達は農園の手伝いもあるため、目が行き届かないこともあるかもしれないと思ったからだ。
どこかピリピリしている園内で奉公人らを見かけた時、彼はまめに励ましの声をかけることにしていた。そして注意として付け加える。
「一人で出歩かないように。シーロさん、わかってる?」
フラフラ出歩く料理人には特別に念を押すことも忘れなかった。
農園上空にはペットの鷹であるルインとソレイユが放たれてある。不審人物を見つけたら鳴き声をあげ上空旋回で居場所を知らせる手はずになっている。
ものものしいこの雰囲気に、周辺の村人達も感化されていた。
今も一人、村人達の手によって偶然通りかかった旅人がテュール・ヘインツ(ea1683)の前に連れて来られていた。
わけのわからない旅人に対し、テュールは
「祭りの料理に毒を盛ろうという酷い人がいてね‥‥」
と事情を説明し、そのやり取りで不審はないか注意深く見ていた。そして旅人の帰り際、物陰からリヴィールエネミーをかけて敵意がないことを確認するのである。
中には噂を聞いている者もいて、テュールや自身を引っ張る村人に対し
「大変なことがあったねぇ」
と、同情を寄せる人もいた。
紗江香とティファルは見回りの途中、異様な風体の者が農園のほうへ歩いていったという情報を得た。
「あかん、はよ戻らな」
「これ使って」
紗江香はセブンリーグブーツを差し出す。そして自身は韋駄天の草履で大急ぎで来た道を戻ったのだった。
農園に着くとあちこちで鳴子が音を発していた。すばしっこいのか、うまく逃げ続けているようだ。
「みんな、身を低くして動かないで!」
ジェイラン・マルフィー(ea3000)が奉公人達へ叫び、利賀桐まくる(ea5297)が妙な動きをするものがないか周囲へ警戒の目を走らせている。
ティファルは上空のルインとソレイユの動きを見ながら、ブレスセンサーで仲間の位置と人数を確認していった。そしてついに彼女は数の合わない呼吸を見つけた。
「そこや!」
ティファルが指差した箇所へ紗江香が春花の術を仕掛ける。
木の上からドサリと落下したのは、身なりもボロボロの痩せこけた男だった。
眠りから目覚めた彼から話を聞き出したところ、食うものに困り果て農園なら何かあるだろうと潜り込もうとしたらしい。テュールのリヴィールエネミーで敵意がないことを確認すると、わずかだが食料と路銀を与えて出て行かせたのだった。
こういった出来事以外、特に何事も起こらなかった。つまりジャックが農園周辺で動いている気配はなかったのだ。事が露見した今、自分の保身を真っ先に考えて身を隠したのだろうか。
だからといって安心はできない。冒険者達は警備の手を緩めることはしなかった。
その晩、夜の見回りに出ていたジェイランとまくるはちょっといい雰囲気だった。紗江香が冬のための保存食を作っている、日中は陽が差さない場所でのことだ。
寒さを気遣って巻いてくれたふさふさ襟飾りに顔をうずめるようにして、まくるは身を寄せる。するとジェイランが冷え切った彼女の手をそっと包み込んだ。
「‥‥あったかい」
「あんたが冷えすぎ。‥‥はぁ、たまにはのんびりデートしたいぜ」
農園の今後の平和を思うのは当然だが、これもまた正直な気持ちだった。
●ペールと行商人の裁判
裁判の前日、マチルド農園の周りは、村人達が集まっていた。
村人の一人が、外の様子を見に出たウルフを引き止めて尋ねた。
「裁判はどうなるんでしょうねぇ?」
「故郷の東のほうでは、金貨10枚盗むと斬首とか。ビザンツ辺境では利き手を切り落とすとか」
重々しく答えるウルフ。嘘ではないが、多分に戒めのための脅しが含まれている。その刑の厳しさに思わず自分の首筋や右手をさする村人に、ウルフは表情をやわらげ、こう付け加えた。
「最終的な判決はみんなの話を持ち寄ってからだ。そのへんの量刑の相場に詳しい者もいることだろう」
村人達の間には『自分達は毒殺されかけた』という憤りがある。中にはあからさまに怒りの意志を示す者もいた。そういった者達に触発され、それまでおとなしく見守っていた者達もしだいに声を荒げるようになっていく。場が怒りに包まれようとしていた。
これはいけない、とカシム・キリング(ea5068)とローシュがなだめにかかった。このままでは裁判前に暴動が起こってしまう。
「みんな落ち着いてよく考えてくれ。あんたらは今、ピンピンしてるだろ? 生きているんだ。もし犯行が未遂に終わらなければ、こんなところにはいない。みんなは被害者になりかけたのであって、被害者になってしまったわけじゃないんだ。でもその憤りはわかるつもりだ。その気持ちを晴らすためにも、判決が出るまで見守っていてくれ」
迫力のあるローシュの声に、村人達は口をつぐんだ。しかし気持ちが静まったわけではないことは、その目を見ればわかる。
カシムは彼らひとりひとりの顔を見ながら続ける。
「ペールの行動のおかげで皆が今こうしていられることはご存知であろう。ペールが、どういう立場であるのかも。これから出る判決で彼の今後が決定されるのじゃ。もし皆が少年の立場であったなら、彼のような行動ができたであろうか。少なくとも、あの時の彼の行動は英雄的と言って良いと、わしは思う。だからせめて決定が下されるまでは、彼の行動に免じて怒りを堪えてくれんかのぅ」
と、そこに当のペールの所有者であるキース・レッド(ea3475)がどこか気障な空気をまとってカシムらの前に現れた。
「今回の不始末の話は聞いた。はたして罪は誰にあるのか? それを明らかにしようじゃないか」
芝居がかったふうにそれだけ告げると、キースはさっさと農園内へ行ってしまった。
屋敷の一室では、ペールに対する処罰を巡ってさまざまな意見が出されていた。
「もちろん、ペール君は罪を償わんとあかん」
まずきっぱりと言ったのはティファル。
これには誰もが頷いた。
「‥‥でも、処刑だけは絶対に反対‥‥だよ」
まくるが、これだけは譲れない、と口を一文字に結ぶ。
架神ひじり(ea7278)も同意し、
「ペール少年は脅されていた上に、身をもって村人を救ったとして罪一等を減じるという扱いはどうかのぅ」
と、マチルドを見やる。
マチルドはずっと口を閉ざしたまま、足元を見つめるようにして考え込んでいる。その様子があまりにも思いつめているようだったので、飛牙は労わるように顔を覗き込み、言った。
「二人はタンゴさんのくすぐり攻めの刑で‥‥あひゃひゃひゃ〜!?」
「あら、いい声だこと。もっと鳴いてみる?」
「冗談ですスイマセン。いやそれにしても、ギルドにジャックを指名手配できないものかな」」
今回は痛い目は見なかったが、このままくすぐり刑が続けられていたらいろいろ悲惨なことになっていただろう。どう悲惨かは各冒険者の想像力行動力にお任せする。
ローシュはペールの所有権についてタンゴに尋ねていた。
「タンゴ嬢が金を渡し、それを受け取ったとの話を耳にしているが、これは代金を農園が支払ったということなのでは?」
タンゴは表情も変えず
「リスクを負う者だけが配当を得るのは世の定め。私は他人の正当な権利を奪うつもりは無いわよん。尤も、権利には義務と責任がつきまとうのも真実じゃない?」
食えない返事である。
そんな時、部屋の扉を蹴破るようにしてジェイランが駆け込んできた。顔を上げたマチルドの前にサクス家で調べてきた刑罰に関するメモを差し出す。
「サクス家での刑罰とノルマン国内での法律とを照らし合わせた、一応の基準をまとめてみたぜ」
「ありがとう‥‥」
マチルドはそれを受け取り、上から丁寧に読んでいった。
その間ジェイランは『スフィア』というものに聞き覚えがないか聞いていた。
「前に、ある依頼で子供を使う手口があってさ‥‥」
タンゴは口に人差し指を当てた後、噛んで含めるように
「あなたは知らない方がいいわよん。世の中には知らないことが身の安全に繋がるって事があることも。覚えて置いてね」
子供扱いされたようでちょっと腹が立ったけれど、世の中そのようなものかも知れない。
さて、マチルドがメモを読み終えた頃、ノックと共にキースが中に入ってきた。
「まったく、ギルドの相談ではさんざんでしたよ。だがこれでいい。まずはマチルドとタンゴ、二人とだけで話がしたいのですが?」
入るなり勝手なことを言い出したが、マチルドが了承したので他の冒険者達は部屋を出ることになった。
「では私達は行商人様からジャック氏の依頼で何をされたのか、詳細を聞いてまいります」
最後に紗江香が行き先を告げて扉を閉めた。
マチルド、タンゴと向かい合うように腰掛けたキースは、ようやくその真意を明かした。
「知っての通り、まだ敵の影響から逃れてはいません。仲間達もそれを知っています。それで今回の始末。僕はね、試したのさ。危機管理もできず、契約をないがしろにした罪は重いな。目的は農園拡大じゃない。それは手段です」
そこまで一気に話すと、キースは視線をマチルドだけに定めた。
「本当に目指すものはマチルド、君が領主の妻にふさわしいかどうかです」
「キース。貴方、自分のやろうとしている事の重さをわかって?」
思わずきつい口調になるタンゴ。
しかしキースはクールな笑みできっぱりと答える。
「タンゴ君、今回もまた僕は捨石になろう」
そして裁判の日がやってきた。
場所は領主館の大広間。そこは裁判の関係者で埋まり、傍聴席には村人全員はとうていおさまらず、玄関口や窓から少しでも見ようと押し合いへし合いしている有様だった。
昨日、カシムやローシュと約束した通り、村人達は昂ぶる気持ちを抑え、マチルドの下す裁決を待っていた。
結局一睡もできなかったマチルドだが、集中力はもっとも高まっていた。席を立った彼女は目の前で裁きを待つ少年と行商人へ、静かに判決を読み上げた。
「ペールについては、身をもって村人の命を救った功により、毒殺に加担した罪については不問。放火の罪、悪人の手先となった罪については、成人前であること、脅しを受けていたことなど諸事情を鑑み、教会での3年間の無償奉仕を課す」
マチルドは顔を上げ、傍聴席の隅のほうにいる冒険者達を見た。教会で数年間の無償奉仕を提案したのは飛牙であった。ひじりとカシムが頷いている。それを見たマチルドは初めて晴れがましさを覚えた。そして思いがけないことに、村人からも喝采の声が上がっていた。
続いて行商人への判決のページを出す。
先日の紗江香達の調べにより、行商人はジャックの命令で盗品売買や盗みの下見などの犯罪にも加担していたことがわかった。
ふと、マチルドの目に傍聴席で涙ながらに見守る行商人の妻と子供達の姿が映る。彼女はかすかに顔を曇らせながらも、努めて事務的に紙面を読んだ。
「毒殺幇助の罪については、財産剥奪の上サクス領内から追放。ただしジャックが捕らえられるまではサクス領内に幽閉し、ジャックが捕らえられた時点でドレスタットに護送。過去の罪状について商人ギルドに報告し、過去に犯した罪についてドレスタットで裁きを受けさせる。以上」
一瞬呆けたような顔をした後、行商人の妻は大粒の涙をこぼして泣き崩れた。村人からは嘆息。
けれどマチルドはこれでいいんだ、と表情を硬くしたままその様子を見ていた。行商人への判決は、ひじりやティファル、飛牙の助言から導き出した。
この裁判に立ち会っていた領主オーギュスト・サクス卿は、いかめしい顔でマチルドへ向けて大きく頷いてみせた。
「マチルドよ。見事な裁きであった」
●冒険者たちの裁判
かくしてペールと行商人に裁きが下った。しかし法廷の緊張は柔らがない。それまで傍らで見守っていた領主オーギュスト・サクス卿がマチルドに下がるよう命じ、自らが裁判官の席についたためだ。
「今回の事件に関しては、雇われた冒険者に落ち度が無かったわけではない。だが、死者を出すことなく惨事が防がれたことで、儂は冒険者の責任については不問に付すことも考えておった。しかし冒険者キース・レッドより、事の次第を明かにし然るべき裁きを下すよう告発が為された以上、冒険者の罪を看過することは出来ぬ。よってこの件については、領主たるこの儂自らが冒険者に裁きを下す」
冒険者の裁判は、キースの告発から始まった。
「今回の事件は、事実を知りながらペールを連れ出した冒険者に罪がある」
最初にそう前置きし、冒険者に罪有りと滔々と党与罪(徒党を組んでの犯罪)であると主張するキース。領主は、ところどころ相槌を打ちつつロウ板に要点を書留め、キースの主張を聞いていた。彼の弁論が終わると、
「そなたが外国の生まれであるから知らぬのも無理は無いが、神聖ローマの圧制を跳ね除けて復璧を果たした我がノルマン王国では、世襲制の奴隷身分と言うものは認めておらんのだよ。勿論、非合法の奴隷売買や、債務奴隷が居ないわけではない。養子にするために子供を買い取ることもあるし、そなたのように罪人を金で購うこともある。そなたが外国人であるが故に、微妙な言葉の言い回しを使いこなせぬことを前提に訊ねる」
ここで領主は、厳かにイギリス語を交えて質問した。
「ゲルマン語でそなたが述べた『私有財産であるペール』とは、イギリス語で『家人であるペール』という意味だな? そなたが使った『ファミリア』の語は、イギリス語の『家族』であり、古いラテン語の『奴隷』の意味では無いと思うのだが‥‥。確かに、罪人ペールを購ったそなたには、家長として彼を保護監督する権限がある」
無理に罪人を生み出す必要を感じない領主は、ゲルマン語の拙さを理由にキースに言い逃れの機会を与えた。
「‥‥意味を理解する時間を下さい」
キースとて馬鹿ではない。質問に隠された罠と猶予を嗅ぎ取って即答を避ける。
「暫し考えるが良い。ほかにこの事で申す者はおらぬか?」
その声に、エヴァリィ・スゥ(ea8851)の証言。
「‥‥と、言うわけで、私の目の前で彼らはペールを連れ出しました」
キースの時と同様に、メモを取りながら最後まで聞いていた領主は、
「それで全てか? 言い残した事や、隠している事は無いのだな?」
「はい。これで全部です」
(「おぃ! エヴァリィ、君は何を言っているのか判っているのか?!」)
思わず叫びそうになるキース。法廷ゆえに自制したが、これでは‥‥。
エヴァリィの証言を要約すると、冒険者達がペールを連れ出した様子を一部始終、そばに居て事態を見守ったという事になる。案の定、エヴァリィは厳しく問いつめられる。
「つまり、そなたは依頼を受けた冒険者でありながら、しかもキースから前もって事情を聞かされ、現場でそれを防ぐことも出来たにも関わらず、村人多数の毒殺という危険を看過したというわけだな?」
「‥‥はい」
そう答えるしかないエヴァリィ。その返答を聞き、村人たちが大きくどよめく。この瞬間、キースは腹を括った。自分は相棒の選択を間違えたと。彼女の心得違いにより、もはや連座は免れまい。
そして、告発を受けた冒険者たちの抗弁の番がやって来た。彼ら一同の代理人として立ったのは、ティファルとひじり。
「人を物扱いするのは不愉快じゃが、敢えてその言を取ろう。キース殿、貴殿の言葉では少年は奴の『所有物』であるそうじゃな。人を噛んだ犬の賠償は、犬の飼い主が行うべきもの。すなわち、監督不行き届きの罪を貴殿に問う! 少年に掛かった金子はわしらがのしを付けて支払う故、少年は全てのくびきから自由にすると良いのじゃ」
ジャパンの巫女であり教師でも在るひじりの冷ややかな目。
「タンゴ! 参考に奴隷制度の在る神聖ローマの法を述べよ」
領主の諮問にタンゴは、
「あくまでも古代ローマの話ですが。ティベリウスの法令曰く、病気の奴隷を治療せず放置した主人は、病気治癒の後、所有権を主張できぬとあります」
即ち、保護義務の放棄は所有権の放棄である。それに力を得て、
「金がどうとか言うならうちが全額払ったるわ」
キースに金袋を見せ付けるティファル。
「権利と義務が不可分なのは、光に影が従うも同じや‥‥」
滔々と流れるティファルの一言一句が、まるで百発百中の矢の如くキースを貫く。修辞を尽くした詩文のような言葉は、その堂々たる信念と、万人が望む正義を体現して余りあり。静かな物言いにも関わらず、傍聴人の村人達に正義のためなら火をも踏まん気概を喚起させた。その圧倒的な迫力の反論の熱気は、村人たちにも伝染。ブーイングが法廷を包む。
「ええい! 静まらんか! ここは裁きの場であるぞ!」
領主の一声に漸く静まる法廷。
「御領主様。ここに彼の了解を得ている議事録があるさかい。読んでもええなぁ?」
「宜しい。証拠ならば読み上げよ」
予めキースの了承を得ていた議事録が朗読される。またしても騒然とする法廷。キースとエヴァリィの席には腐ったカブやら小石やらが投げつけられたが、全く改竄の無い内容にキースは男らしく沈黙を守る。否、沈黙こそが彼の最も雄弁な自己弁明であり、その堂々とした威に打たれて傍聴人達の手が止まった。
「さすが『法の使徒』を名乗るだけあるわ。じゃが、貴殿の主張からすると、自ら法の裁きに従うべきじゃな」
キースは冷ややかな目で見つつも沈黙を保つ。
「そうだ! 責任を取れ!」
と、傍聴人の村人が叫んだ! それを合図にするかのように、再び小石や腐ったカブが。
(「やめて!」)
この時、興奮の余り、エヴァリィは信じられない行動を取った。両手で祈るように印を組み、そして、村人の一人ががくりと頽れて床に転がる。
「何事だっ!?」
怒鳴る領主。村人たちの顔に恐怖の色が浮かぶ。先の毒殺未遂事件のことは、まだ頭から離れてはいない。そしてすぐにそれは、エヴァリィのスリープ魔法によるものと判明。
「乱心者を捕らえよ!」
領主の命令にエヴァリィは衛兵に捕らえられ、武器を隠し持っていないか確認するため、上着を探られフードを剥ぎ取られた。露になるハーフエルフの耳。そしてそのまま法廷の外に連れ出されたが、そこで待っていたのは村人たちの罵声と投石だ。
「呪われたハーフエルフめ!」
「こいつのせいで俺たちは殺されかけたんだ!」
尖った大きな石が運悪く、エヴァリィの顔面に当たった。額が割れ、鼻血が吹き出す。傷に手をやったエヴァリィの手が血に染まった。
(「血、血、私の血‥‥これは私の血、血、血血血血血血血血‥‥」)
意識が血の赤に飲み込まれ、血の赤に飲み込まれていく。
エヴァリィは狂化した。獣のような叫びを上げて衛兵の戒めを振りほどき、その姿を見て村人たちは一斉に逃げ出す。その場には運悪く逃げ遅れた子どもが取り残されていた。
そのあどけない眼差しが、狂化したエヴァリィの心を赤い闇から救い出す。
(「いけない‥‥血を見るからこんなことに‥‥)
だが、時既に遅し。衛兵の剣がエヴァリィの体を貫いていた。
外の騒ぎを聞きつけて現れた領主に、衛兵は告げる。
「こいつは狂化したんです。子どもの命を守るためには、しかたありませんでした」
エヴァリィのまだ温かい死体を前にして呆然とするキースに、領主は告げる。
「キース・レッド。そなたに、保護者の義務を怠り領民を毒殺の危険に晒した監督責任を問い、また、そなたの弁護人エヴァリィ・スゥの法廷侮辱罪、ならびに法廷での妄りな魔法行使による暴行脅迫罪と衛兵への哨令違背罪の連座によって、ペールの保護権剥奪に加え、サクス領における平和喪失刑を科す。潔くペールの正当な代価を受け取り罪に服せ。なお、そなたの信託を裏切り、責務を果たさなかった代理人エヴァリィ・スゥも同罪じゃ。‥‥死刑では無い故、急ぎドレスタットへ向かうが良い。そなたと彼女の全財産を費やせば、おそらく一命を拾うであろう。但し。再びこの地の土を踏むなら、命の保証はないと知れ」
タンゴは高速馬車を用意し、ペールの代価を中に入れる。
「これで大丈夫じゃん」
二人を哀れんだまくるに頼まれ、ジェイランがスクロールでエヴァリィの亡骸にアイスコフィンを掛ける。3度目の試みで漸く成功し馬車に積む。
「道中、ご一緒するわ。だけど今回の事件は、いずれ私の主人の耳にも届くでしょう。そうなれば貴方は、私の主人の領地でもかつてのように自由に振る舞うことはできない。捨て石になるということは、こういうことよ。でも‥‥運命の導きがあるなら、またどこかで会えるでしょう」
そして残された冒険者に対する裁き。皆から一通り事情を聞いた領主は、
「キースの主張にも一理はあった」
と述べて、冒険者たちに軽微な罰金刑を下した。