マチルド農園繁盛記9

■シリーズシナリオ


担当:マレーア

対応レベル:7〜13lv

難易度:難しい

成功報酬:3 G 80 C

参加人数:10人

サポート参加人数:2人

冒険期間:12月20日〜12月25日

リプレイ公開日:2005年12月28日

●オープニング

 毎日がすっかり寒くなった。季節はもう冬。
 日曜日が巡って来たので、マチルドはベルゼ村の教会に出向いて主日礼拝に与った。そこで領主サクスとその奥方とに出合う。いつもなら短い挨拶をして別れるのだが、その日は違った。
「マチルドよ、折り入って話がある。儂の館へ来るがよい」
 サクスからそう告げられた。老人の顔に浮かぶにこやかな笑みは 良き知らせの前触れのように思えた。
 サクス夫妻と共に領主館へ向かい、居間へと通された。領主サクスは自分の椅子に座り、その隣の隣には奥方。サクスは向かい側の椅子にマチルドを座らせ、おもむろに話を始めた。
「さて‥‥ここで、儂と最初に会った日のことを覚えておるな? そなたが我が息子マレシャルと共に、この館を訪れた時のことじゃ」
「はい」
「思えばその日から今日この日に至るまで、思えば色々な出来事があった。儂と最初に会ったあの日、そなたが口にした言葉をまだ覚えておるかな?」
 忘れるわけがない。あの時のマチルドは何も知らない田舎娘で、もの凄い剣幕でマレシャルを怒鳴りつけたサクスに向かって、ありったけの勇気を振り絞ってこう言ったのだ。
『御舘様。あたしは側女でも構いません。若様のご出世に障りがあるというならそれでも構いません』
 今となっては思い出すのさえ恥ずかしい。
 顔を赤らめて言葉の出ないマチルド。その姿を見て、老人の口元から笑いがこぼれた。
「儂は覚えておるぞ。一字一句、しっかりとな」
「不躾な振る舞いをお詫びします あの時の私は、何も知らぬ村娘でした」
 サクスは声をあげて笑った。
「もう良い。過ぎた事だ。それに今、儂の前に立つ娘は何も知らぬ村娘などではなく、正しく領主の妻たるに相応しき智恵と徳とを備えたる乙女」
「勿体なきお言葉にございます」
「マチルドよ。よくぞここまで成長したものだ」
 サクスは、その分厚い手の平をマチルドの肩に優しく置く。続いてその口から出た言葉は、マチルドがずっと待ち望んでいた言葉。
「そなたと息子との結婚を許そう」
 マチルドは感極まり、言葉を失った。
「‥‥ありがとうございます」
 その一言を言うのでさえ、やっとのことだった。

 ドレスタットから3通のシフール便が届いていた。
 一通は、大勢の村人の毒殺を企てたジャックが、ドレスタットで捕らえられたという知らせ。この報を受け、それまでサクス領に幽閉されていた共犯者の行商人も、ドレスタットへ護送されることとなった。
 また一通は、ドレスタットの教会から。平和剥奪刑を受けた吟遊詩人が一命を拾ったと言う報せ。何にしても喜ばしいことである。因みに平和剥奪刑というのは、指定された領域内で法の保護の外に置くと言う宣言であり、彼らに対して犯す全ての犯罪が裁かれない。と言うものである。早い話、盗もうが、傷つけようが、殺そうが、下手人は一切お咎め無し。但し、指定地域に入らなければ何のことはない。平たく言えば重追放なのだ。
 最後の一通は、貴族未亡人セシール・ド・シャンプランからのもの。
 マレシャルが海賊相手の再度の海戦で勝利を収め、それまでマレシャルに着せられていた嫌疑の数々も、海賊の陰謀による濡れ衣だったことが判明。一時は決闘裁判の直前までいくほどに関係の険悪化していた貴族マルク・ド・ブロンデルも、マレシャルに対する誤解を解いた。──と、手紙の前半にはその辺りの経緯が詳しく書かれていた。
 マルクはマレシャルとの和解、そして再度の海戦の戦勝を祝う祝賀会を主催する考えでおり、その会場に選ばれたのがセシールの屋敷。この祝賀会については、既にマレシャルの同意も取り付けてある。マレシャルの婚約者であるマチルドにとっても、ドレスタットの貴族たちに対する恰好のお披露目の場であるから、ぜひとも主賓の一人として祝賀会への参加を望む。──と、祝賀会の案内が書かれた手紙の後半は、マチルドに対する誘いの言葉で結ばれていた。
 このような貴族の世界は、マチルドにとっては未知の世界。しかも祝賀会への参加ともなれば、居並ぶ大勢の貴族たちを前にして物怖じせずにいられるかどうか? 中には、『所詮は農民上がりの小娘』などと冷ややかな目を向ける御仁もあろう。そんな怖さもあったが、既に自分はマレシャルと一生を添い遂げることを誓った身ではないか。マチルドの決断は早かった。
 早速、セシールへの返礼の手紙をしたためた。祝賀会への礼を述べ、参加を表明。そして祝賀会の準備もあるので、一度セシールに会って詳しく話をしたいと書き記し、シフール便で送った。そして冒険者ギルドにも依頼を出す。依頼を受けて冒険者たちがやって来たら、彼らを連れてドレスタットに向かい、セシールの屋敷を訊ねるのだ。おっと、忘れてはいけない。行商人を護送して官憲に引き渡すという仕事もある。

「そろそろ奉公人見習いたちの身の振り方を決めさせなければいけませんわよ」
 ドレスタット行きの準備を進める最中、マチルドはタンゴに言われた。最初に雇った奉公人たちのうち、ペールだけは教会に預けられたが、残りの者たちは真面目によく働いている。それでも農園に必要な人手は、今の半分ほどで十分だ。年が明けたら、彼らの半分には良き奉公先を世話してやらねばなるまい。できればドレスタットへ行くついでに、その伝だけでも見つけてやりたいものだ。

●今回の参加者

 ea1544 鳳 飛牙(27歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea1683 テュール・ヘインツ(21歳・♂・ジプシー・パラ・ノルマン王国)
 ea3000 ジェイラン・マルフィー(26歳・♂・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea3446 ローシュ・フラーム(58歳・♂・ファイター・ドワーフ・ノルマン王国)
 ea5068 カシム・キリング(50歳・♂・クレリック・シフール・ノルマン王国)
 ea5297 利賀桐 まくる(20歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea6930 ウルフ・ビッグムーン(38歳・♂・レンジャー・ドワーフ・インドゥーラ国)
 ea7463 ヴェガ・キュアノス(29歳・♀・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 ea8594 ルメリア・アドミナル(38歳・♀・ウィザード・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea9128 ミィナ・コヅツミ(24歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

毛 翡翠(eb3076)/ リュカ・エルバジェ(eb3124

●リプレイ本文

●お祝い
 マチルド農園へ到着するなり農場主の下へ一直線に駆け込んだジェイラン・マルフィー(ea3000)は、満面の笑顔で祝いの言葉を告げた。
「マチルドさん、おめでとうございますっ。ついにご領主様に結婚を認められたんだね。良かったじゃん!」
 まるで自分のことのように喜んでいる。もっとも、その言葉の裏には「これで結婚してくれれば、おいらもまくるちゃんに‥‥」という気持ちがないわけではない。が、それはまた別の話。
 マチルドも浮き立つ気持ちを抑えられず、あふれそうな笑顔でジェイラン達を迎えた。
「ありがとう。これもみんなが支えてくれたおかげです」
「お久しぶりです、マチルドさん。ソウド村以来ですね。このたびは本当におめでとうございます」
 ミィナ・コヅツミ(ea9128)に、マチルドは「あ」と小さく声をあげた後、懐かしそうに手を取った。
「お久しぶりです、お元気そうですね。あの時はいろいろとお世話になりました」
「いえいえ。あ、こちらの二人とは初対面ですよね。ヴェガさんとルメリアさんです」
 紹介されたヴェガ・キュアノス(ea7463)とルメリア・アドミナル(ea8594)が優雅に挨拶をする。二人ともエルフであり、恵まれた容姿もさることながらかもし出す上品さは第一印象で好感を持たせる。
「マチルドさんのことは噂で聞いていました」
 と、言うルメリアにマチルドははにかんだように微笑む。
「何か力になれることがありましたら、何でもおっしゃってくださいね」
「ありがとうございます」
 一段落ついたところで利賀桐まくる(ea5297)がマチルドを乗馬の訓練に誘った。
「駿馬や戦闘馬には‥‥乗ったことないよね‥‥。経験‥‥しておくといいと思うんだ‥‥」
 確かにマチルドはそれらの馬に乗ったことはない。驢馬や農耕馬がせいぜいである。
 何でもやっておいて損はないことを知っているマチルドは、さっそく教えてもらうことにした。
「みぃなさんの駿馬のリンちゃん‥‥僕の戦闘馬タキくん‥‥好きなの選んで‥‥」
 紹介された馬の大きさに圧倒されつつも、マチルドはリンを選んだ。
 冒険者達に支えられつつ乗った馬上の視界の高さに、マチルドは驚きと新鮮さを覚える。
 タキに乗ったまくるがリンへ馬体を寄せ、手綱の扱いを丁寧に教えていった。
「馬さんは‥‥まちるどさんが毅然と手綱を取れば‥‥必ず応えてくれますよ‥‥」
 まくるの小さな微笑みに励まされ、マチルドは必死に手綱を操った。
 はじめのうちはオドオドと頼りない手綱さばきも、そのつどまくるの指導により次第に様になってきた。
「それじゃ‥‥農園を一巡り‥‥してみましょうか‥‥」
 ゆっくりと前を行くまくるについていくマチルド。表情からはだいぶ硬さが取れている。余計な力が抜けた証拠だろう。
 冬の澄んだ日差しの中、馬を進める農場主を奉公人見習い達が作業の手を止めて眩しそうに眺めていた。
「マレシャルは良い相手を見つけたのぅ」
「そうですね」
 小さくなっていく馬影に目をすがめるヴェガの言葉に、ルメリアも頷く。
 口には出さないが、市井の身から日々の努力で才を勝ち得たことは尊敬に値する、とルメリアは思っていた。そしてそこに至るまでの冒険者達の苦労も。
 一周して戻ってきたマチルドは最初に見せていた怖さはどこへやら、頬を上気させてすっかり楽しそうになっていた。
「まちるど‥‥さん。とっても‥‥うまかったです」
 手を貸しながらマチルドを馬から下ろすと、まくるはにっこりして言った。
 褒められたことにマチルドは恥ずかしそうに微笑むと、
「私が馬に乗るのが上手かったのではなく、馬が私を乗せるのが上手かったんです。リンのことも褒めてやってくださいね」
 と、リンの首筋を叩いた。
 タイミング良くリンが首を振り、一同から笑いが起こった。

●奉公人の選定
 一息つくと次は奉公人見習いの問題である。誰を残し、誰を外へ出すか。農園の未来のことはもちろん、今まで苦労を共にしてきた奉公人見習い達の未来もかかっている。細心の注意を払って決めなければならない。そしてその間にも農園での日々の仕事は絶えないわけで。
 ミィナは奉公人見習い達に混じって仕事の手伝いをしていた。
「あ、これジャパンの植物‥‥うわ、植生が全然違うのに枯れてない‥‥凄いです。これは気合入れて世話しないと‥‥今までお世話してた人に申し訳ないような」
 農園の植物に思わず感嘆の声がもれると、奉公人見習い達は誇らしそうな笑顔を見せる。そのうち打ち解けてくると世間話もはずみ、軽い冗談なども言い合えるようになった。
「ミィナさんの趣味は何ですか?」
 と、尋ねられ、ミィナは顎に人差し指をあて、しばし考えた後茶目っ気たっぷりにこう答えた。
「んー、ちま人形を世界に広めていくことですかねー」
 その後しばらく、ちま人形についての話に花が咲いた。とはいえ、聖夜祭も近いこの時期、あまりのんびりもしていられない。それでも奉公人見習い達の暇をみては、ゲルマン語の読み書きや礼儀作法の講習をするミィナだった。見習い達も積極的に学習に取り組んでいる。
「こちらの皆さんは発音や発声が実にきれいですねー。きっと今までお教えになられていた方はさぞ素晴らしい学者の方だったのですね〜」
 それだけに、彼らの吸収は早かった。教えがいがあるというものだ。その授業に交えてミィナは奉公人見習い達の知能適性をはかってみた。もちろん彼らには内緒で。それ以外にも、新参者である彼女にどう接するか、などを注意深く観察し、マチルドの参考になればと考えたのだ。
 そのような適性検査はテュール・ヘインツ(ea1683)も行っていた。彼が行ったのは官能試験というもので、感覚器官の働きをみる試験である。ただの水と濃度の違うミント水を用意し、違いを嗅ぎ分けるというものだ。全部正解だった者には、さらに濃度を薄くしたもので二次試験とした。これに良い結果を見せたのがマチア・クレールとマリア・クレールの二人だった。この手の仕事に向いているということだ。
 それらの試験が終わると、料理人シーロも交えいよいよ選定の開始である。
「当たり前だけど、最終決定はマチルドさんだ。その前に俺達の候補をあげてみようと思う。少しでも参考になればいいんだけど」
 真面目な顔で切り出す鳳飛牙(ea1544)。大事な話し合いだ。さすがに真剣にならざるを得ないと見える。ふだんが不真面目というわけではないが。
「半数は新しい奉公先に出さなければならないワケで。‥‥心苦しいケド、シーロさんから出てって‥‥」
 ぷちっ、とシーロのフォークが飛牙のほっぺを突っつく。その早業は武道家であるはずの飛牙にも捉えられないものであった。いつフォークを出したのか。そもそもそれは常に携帯しているものなのか。
「自分で俺を呼んどいて、真っ先に追い出すってわけか?」
 妙にマジ顔のシーロ。
「刃物は反則」
 ほっぺに四つの赤い点を作った飛牙が恨めしそうにシーロを見る。いつもながら自業自得である。
 とりあえず、赤い点が完全な穴にされる前に話し合いは再開された。
「俺が見た感じでは残したいのは、ジャン爺さん、カロ兄弟、アルベールにイーダかな」
 今度は真面目な意見を言った飛牙。
「適性にもよるだろうが、個人的な考えとしてはマチア・クレール、ジャン・ポール・ラジャン、マルセル・カロ、ペール、イーダといったとこだな」
 ローシュ・フラーム(ea3446)が続いた。これも残したい者達である。
 彼は各地縁・血縁集団から最低一人は農園に残すべきだと考えていた。新しい奉公先との関係を強化する意味合いがある。
 まくるが挙げたのはよその奉公先を勧める者達で、イーダ、ジャン・ポール・ラジャン、アンナの子供の誰か、である。イーダはベルゼ村の教会以外の所でペールの近く、ジャンはマチルドの父のいる牧場、アンナの子のいずれかはマイエ村を、との希望だった。アンナの子に関してはマイエ村との付き合いを深めるためという狙いもある。この辺はローシュと同じ考え方だ。
「おや、難しい顔をしてどうしたのじゃ?」
 カシム・キリング(ea5068)がヴェガを伺う。
「なに、かなり意見が分かれたと思ってな」
「おぬしの考えは?」
「直に働き手になれる者を優先的に出すのが良いと考えておる」
 挙げた名前はマチアとマリア、リカルド、アルベールの四人だった。
「ふむ。さて、どうしますかな?」
 カシムは次に一心に考え込んでいるマチルドに視線を移した。冒険者達が見守る中、しばらくして集中するため閉じられていたマチルドの目が開かれた。結論が出たのだ。
「まず、ジャンさんとアンナさんは残ってもらいます。それと将来のハーブ事業のこともあるので、アンナさんの三人の連れ子のうちマチアさんとマリアさんのどちらかを農園に残し、あとの一人はファニーレニーの調合屋の伝で仕事を紹介しようと思います。レミは幼いのでアンナさんと一緒に働いてもらいましょう。残る六人は、一、二名を残しでよそで働いてもらうことになりますが‥‥もう少し様子を見てみようと思ってます」
「もしよかったら中洲の教会の手伝いをして頂けると助かるのぅ」
 カシムの提案に再度思考を巡らせたマチルドだったが、結局断ることにした。中洲の教会のある場所は農園から遠く、羽根のあるシフールはともかく、人間には移動が不便だった。それに再就職となる者達もすぐに仕事がなくなるわけではなく、冬が終わるまでは農園に留まることができるから、というのが主な理由であった。
「ドレスタット郊外の農場に縁のある農場があるが、どうじゃ?」
 ヴェガが紹介したのは、彼女のチーズ作りの先生であり以前に依頼を受けたこともある農場だ。ここで身に付けた技術も充分に生かせると思われた。
「よろしくお願いします。人選については少し考えさせてください」
 最後にまくるが提案した。
「しーろさんに‥‥まちるどさんが別件で忙しい時‥‥農場管理を任せる‥‥のは、どうかな‥‥」
 シーロが即答する。
「いや、辞退させて頂く。一介の料理人の俺に、農場管理まではとても‥‥」
 ようやく長い会議が終わると、表情をやわらかくしてミィナが言った。
「森のシフールさん達に結婚衣裳のご注文をしてみるのはどうでしょう?」
「え!? シフールに結婚衣装を!?」
 一瞬きょとんとして、その後でうふふと笑い出すマチルド。冗談だと思われたらしい。

●人生の光と影
「行商人の護送は、マチルド嬢のドレスタット行きと一緒に行うのか?」
 ローシュが訊ねると、タンゴは首を振る。
「仮にも貴族の館に行くマチルドに、罪人をくっつけて行くことは無い。と、サクス殿から承っています」
 それを聞いて飛牙が言った。
「でもさ。せめて行商人の家族にだけでも、どこか奉公先を見つけてあげられないかな? いや、だって一家の主は財産剥奪の上、働き口まで失ったわけだし。気になって寝起き悪いから‥‥」
 一瞬、マチルドは複雑な表情になったが、飛牙の問いかけに対しての自分なりの答はあった。
「せめて子どもだけなら、私が働き口を世話してあげられるかもしれないけれど。でも、農園やこの近くの村で奉公するというなら、試練を覚悟してもらわないと。罪人の子どもという汚名を被り、冷たい目で見られ、罵声を浴びることもあるでしょう」
「あら、ずいぶんとお優しいのね。私なら放っておくわよ」
 いつもながら、突き放した物の言い様。しかし今回は口調がいつになく刺々しい。
「私が行商人の妻や子どもの立場なら、自分の亭主であり父親である人間を罪に定め、財産を剥奪して働き口を奪った女に、慈悲なんかかけられたくないわ」
 タンゴの言葉が応えたのか、マチルドは黙したきり何も言わない。少し言い過ぎたとタンゴも思ったか、一言付け加えた。
「まあ、向こうから頭下げて頼みに来るならともかく、今はこちらから手出しや口出しをするべき時では無いと思うわね」
 その後、この件に関しては二人とも何も言わず、飛牙は諦めるしかなかった。
 翌朝。人目をはばかるように、まだ日も昇らぬうちから護送の準備は始まった。持てる全ての財産を剥奪された行商人は、ボロ服1枚着せられただけで、手枷・足枷をかけられて護送の馬車に放り込まれた。護送にはサクス家に仕える衛兵2人が付き、同行する冒険者は飛牙、ジェイラン、ローシュ、ルメリアの4人。さらにタンゴも同行者に加わった。
「んー、そういや行商人が捕まったんだから、きのこの取引契約って無効になったのか? それじゃ、また新しい取引先も探さないといけないじゃん?」
 すると、見送りに来たまくるがジェラインに答えて、
「キノコの取引は‥‥ロワゾーバリエと‥‥蜂蜜の仕入れと交換で‥‥どうかな?」
「ロワゾーバリエか。蜂蜜と交換‥‥いけるかもしれないじゃん」
 護送で商人ギルドにも立ち寄るのだし、調べてみることにした。

 馬車がサクス領を発ち、道の半ばあたりに差し掛かった頃。
「この辺りは見通しが悪いですね」
 注意深く周囲に視線を配り、ルメリアが言う。この辺りの街道の両隣は深い森だ。
 木々の影でちらっと何かが動く。
「あ、あそこに誰か‥‥」
 用心のためブレスセンサーの呪文を唱えると、森の中に十人以上もの人間が身を潜めているのが分かった。
「森の中で待ち伏せしている連中がいます」
「もしや、行商人の口封じを企む海賊の手先か?」
 ローシュはハンドアックスの柄を握り、いつでも馬車から飛び出せるよう身構える。
「迂回した方がよさそうですね」
 御者台の衛兵にそう告げると、衛兵は頷いて馬車をUターンさせた。
 すると、森の中から薄汚い恰好の男達が飛び出して、馬車を追いかけてくるではないか。手に手に得物を振りかざし、口々に叫んでいる。
「その馬車止まれぇ!」
「食い物よこせぇ!」
「金目の物全部置いてけぇ!」
「逆らうとぶっ殺すぞぉ!」
 ルメリアは荷台でシャドゥフィールドのスクロールを広げ、念じる。すると、直径15mばかりの半円形の暗闇が男たちをすっぽり包んでしまった。
「うわ〜っ! 暗いよ!」
「痛ぇ! ぶつかるな!」
 暗闇の中で、男たちは大騒ぎ。馬車を止めてしばらく待っていると暗闇は消え失せたが、男たちは全員、何が起きたのかも分からない様子で、地面にへたり込んでいる。しかし目の前の馬車に気付くと、威勢のいいのが2人、得物を振りかざして駆けてきた。
「俺達は盗賊だ!」
「全員、その馬車から下りろ!」
 ルメリアは攻撃魔法の呪文を唱える。
「雷鳴よ、光となりて、敵を撃て!」
 放たれたライトニングサンダーボルトが、男の1人を直撃。男は、ぎゃっ! と叫んで倒れる。さらにジェイランも、もう1人にライトニングサンダーボルトをお見舞い。ここに来て男たちは、襲うべき相手を間違えたことに気付いた。
「やべぇ! ウィザードだ!」
「野郎ども、ずらかれ!」
 蜘蛛の子を散らすように逃げて行く男たち。倒れた男2人もふらふらと起きあがって逃げて行く。その姿にローシュは苦笑い。
「口封じに海賊が差し向けるような手合いとは、違うようだな」
 タンゴがお気楽な口調で答えた。
「今のは多分、食い詰めた挙げ句に、にわか盗賊になったあぶれ者。冬場にはああいう手合いが多くなるのよん」
 やがて馬車はドレスタットに到着。行商人の官憲への引き渡しは滞り無く行われ、サクス領内で犯した罪の罪状書きも渡された。これで護送の仕事は終わったが、ローシュにはまだ行くべきところがあった。行商人の妻と子ども達が住む家である。
 玄関のノッカーを鳴らすと行商人の妻が現れたが、ローシュの顔を見て当惑した表情になる。
「あ、ローシュのおじさんだ」
 一番幼い子どもが母親の陰から現れ、ローシュにあどけない笑顔を向けたが、すぐに上の子どもに引き戻される。上の子どもはきつい視線をローシュに向けると、家の奥へ姿を消した。
「旦那さんが今日、ドレスタットに護送されてきた。その事を知らせに来たのだが」
「それはそれは、有り難う御座います」
 言葉とは裏腹に、ローシュに向ける妻の表情はよそよそしい。
「面会に行ってやるといい。実はマチルド嬢も今日、明日中にドレスタットを訪れるのだが、一度話を‥‥」
「いいえ、話すことは何もありません。‥‥失礼します」
 玄関のドアはローシュの面前で閉じられ、二度と開かなかった。心にわだかまりを抱えつつも、ローシュは行商人の家の前から立ち去った。

●祝賀会に向けて
 行商人の護送の翌日、冒険者達は今度はマチルドと共にドレスタットへと向かった。セシールを訪ね祝賀会の打ち合わせをするのである。
 目的地が近づくにつれ、マチルドの口数が次第に少なくなり表情も硬くなっていった。
「恐がることはない」
 最初にその様子に気づいたカシムがそっとマチルドに声をかける。しかし、彼はそれ以上のことは言わず、黙ってしまう。カシムとしてはマチルドの緊張をほぐすためにセシールのことを話してもいいのだが、それではセシールに対してずるいだろうと思ったのだ。
 その代わり、別の言葉を続けた。
「彼女がお主を観るのではない」
 謎解きのようなその言葉の意味を探るようにマチルドはカシムを見つめた。
「マチルドさん、少しラテン語でもやってみましょうか」
 別のことを考えると気持ちも楽になるかもしれませんよ、とルメリアが誘った。
 マチルドは頷き、しばらくルメリアとラテン語の雑談を楽しんだ。ルメリアの話し方がうまかったのか、話しているうちにマチルドの不安や緊張は解きほぐされていったのだった。その頃合を見計らってヴェガが貴族相手に使えそうな気の利いた会話のパターンを伝授した。
「大丈夫じゃ。自信を持て」
「ありがとう」
 途中、いかにもならず者といった風体の男達が一行の行く手に立ちふさがったが、
「なんだおまえら?」
 一番近くにいた男を問答無用でノックアウトしてから飛牙が問いただすと、彼らはあっさりと引き上げていった。あまり根性のある連中ではなかったようだ。
 マチルドを背にダーツを抜いていたまくるも構えをとく。
「質問と行動が後先じゃ」
 と、後ろでヴェガが呆れていたが、飛牙の耳には届いていない。その後は何事もなくドレスタットに到着する。
 シャンプラン邸に行く前に、ふとヴェガが立ち止まり少しの間の別行動を願い出た。すぐに合流するとのことだったので、マチルド達は先にセシールを訪ねることにする。ヴェガは一人、教会におもむいていた。預けられているアンナの様子を見るためだ。アンナのお腹の子の父親が訪れたか、ずっと気になっていたのである。
 懐かしそうに出迎えたアンナだったが、父親の話になると目を伏せて寂しそうに首を振った。何かできることはないかと考えたヴェガは、ブロンデル家へ事情説明の手紙を書き、最後に、今後使用人として復帰できるようにと添える。
 その後急いでシャンプラン邸へ駆けつけると、マチルド達は屋敷の近くでヴェガを待っていた。全員そろったところで彼らはいよいよセシールと対面だ。

 屋敷の主であるセシールは温かくマチルドを迎えた。それから冒険者達の顔も見回し、
「おや? 懐かしい顔がいくつもあるね」
 と、微笑みを向ける。
 それからは祝賀会の打ち合わせである。料理の腕をふるってもらおうと飛牙の推薦で連れてきたシーロに、セシールはその許可を出した。そのため彼はセシールの屋敷に留まることになる。
 続いて当日の警備体制について話し合い、それが終わると場の空気はくつろぎ、最近の農園のことやマレシャルの海賊退治のことなどで穏やかな歓談に進む。
 しばらく時間があいたので、いまのうちにと飛牙は小間使いのルルを訪ねる。ガラにもなく心臓の鼓動が早くなって居るのを意識しながら、屋敷のひとけのない場所までルルを連れ出した飛牙は、何度も何度も咳払いをして話を切り出した。大事な場面である。しくじるわけにはいかない。そう、ルルも飛牙からの言葉を待っているみたいだ。
 そんな気恥ずかしい空気の中、飛牙は決闘に望むような決死の気持ちで口を開いた。
「‥‥まぁ、そんなわけで、俺と一緒になってくれるンなら冒険者辞めて道場に落ち着くし‥‥ココに雇ってもらうって手もあるし‥‥あ〜ダメ、かな?」
 道中、ならず者達へいきなり鉄拳を食らわせた者と同一人物とは思えないおとなしさである。彼と同様に頬を染めていたルルが何か言いかけた時、小さく慌てたような声が聞こえた。
 飛牙は声のほうを振り向くと同時に驚きの声をあげた。
「見てたンかアンタら!?」
 きゃー見つかったードスンバタンなどと騒がしく出てきたのは、同じ小間使いの女性達だった。しかし覗き見してたのがバレたとわかったとたん、彼女達は開き直り、気がつけば飛牙はぐるりと囲まれていた。
 勝ち誇ったような顔で彼女達はじりじりと輪を詰めてくる。
「聞いたわよ〜」
「ここで働くってんなら、今からあたし達が特訓してあげるー!」
「はい、薪割り100本!」
「それが済んだら皿洗い100枚!」
「朝が来たら朝市で買出し!」
「こら待て! 逃げるなー!」
 情けない悲鳴をあげつつ、転びそうになりながら飛牙はあたふたと逃げ出したのだった。

 ドレスタットでの仕事には、農園に残らない奉公人見習いたちの再就職のお膳立てもある。テュールの訪ねた調香師ギルドでは、就職先としてロワゾー・バリエを含むいくつかの店を紹介された。しかし調香師の需要はドレスタットよりもパリが多い。むしろパリで就職先を探しては? と、勧められる。
 また、ローシュと共にジェイランが訪ねた商人ギルトでは、話のついでにマチルドの結婚話が出たところ、親方が興味を示した。
「そうか、いよいよ結婚か。結婚式にはぜひとも参列させていただくよ。大切なお得意様の農園を一度、直に見ておきたいのでな」
 奉公人見習いたちの再就職については、当人たちの適性も考えて後日相談ということに。しかし面談の雰囲気には、いい手応えがあった。

●一粒の種
 日が上る。嚇くて四角い陽が昇る。木立も大地もまた空も、黒い底から浮かび上がる。
 明るい森を越えてくる小寒い風に揺れるのは、ただ一面、白い絨毯に覆われた大地。人の技など取るに足りない小さな力。そう笑いながら冬の疾風が波紋を創る。
 ぎゅっぎゅっ。乾いた小麦粉を握るような音がする。赤々とした命の力に溢れる子供達の足音だ。
「不思議だね‥‥」
 立ち止まり、呟くのは、先頭を歩くテュール。朝日の赤い日を受けて、冬の風に揉み出して、真っ赤なほっぺたの子供たち。向かうはキノコ栽培の小屋である。土とレンガで作られた二階建ての小屋の木戸を開けると、漏れ立ち篭る湯気。ちょっと臭い空気の中に温もりがある。暫し待って淀んだ空気が入れ替わるのを待つ。
「堆肥の発酵も順調みたい。あ、ちょっと熱いかも」
 悴んだ手が火傷をしそうなくらいの熱を感じた。
 堆肥の部屋は一階で、キノコの部屋は二階である。ランプを手に上がってゆくと、泥を塗り重ねた壁に水滴が付いていた。堆肥の熱で程よい暖かさである。
「うん。なかなかいい塩梅だ。見てごらん、聖夜祭りの出荷に間に合いそうだよ」
 おがくずと混ぜられた泥炭から一面に、にょきっと生えたキノコの傘はまだ小さい。間引きをかねた試験収穫を籠に入れる間、下では堆肥をかき混ぜている。テュールはその両方を監督するが指示は出さない。来年からは自分達で遣らねばならないからだ。
(「今のところ順調そのものだよね。これなら‥‥」)
 テュールは思わずほくそ笑んだ。

「あんたがいなくなってしまうと寂しくなるね」
 これが最後の仕事だと宣言するウルフ・ビッグムーン(ea6930)に、村人は寂しそうに言った。
「金は懸かるが、ドレスタットに近い地の利を生かすべきだろう。売り物にならぬ海草や、捨てられている魚の内臓。売れ残って腐った魚を買い求めて肥料にする。この段取りを着けてきた。殺生は忌むべきことだが、今まで捨てられてきた物を活用してこそ、供養となるのである。塩気を抜き十分に腐らせると、土地を肥やす最高の肥料となる」
 売れ残り、猫さえ見向きもしないほどに痛んだ魚。干物を作る過程でごみとなった魚の内蔵。そう言った物を入れた樽を示し、遣り方を教える。今のところ、密かに話を進めているので安価ではあるが、規模が大きくなれば結構な出費になりそうだ。
「あとはこれだ」
 取り出したのは一粒の蕎麦の種。見本に貰ってきた物だ。
「ここでも育つのか?」
「荒地でも育つのが特長だが、地力をみんな吸い上げてしまう。土地の癖を直すのに使ったり、十分な肥料を与えて管理しないと不可ないであろう」
 肥沃な土地で無計画に栽培すると荒地にしてしまうぞ。と、警告を与える。それにしても、荒地で碌な肥料も施さず十分に育つ作物は魅力的であった。
「それじゃ、冬の間に取り寄せてみようじゃないか」
 村人達が結論に達するのは早かった。ノルマンの江戸村では嗜好品として、イギリスの対岸地域では主食として小麦の代わりに作られていると言う。ウルフのビジョンのいくつかは、厳しい気候によって実現不可能だった。しかし、新しい技術が開発できれば、いつの日にかは実現するのでは無いかと彼は思う。多くの技術は、夢があったからこそ生み出されて来たのだから。

●賢者の贈り物
 12月24日。窓から漏れるろうそくの光。教会は明るく輝いて、さながら地上の星の如く浮かんでいた。
「ほら、早く早く」
 テュールの声。
「慌てるでない。まだ礼拝は終わっておらぬ」
 カシムの羽音が後ろから追いかけてくる。
 その時だ。夜の静間を打ち砕くような、教会の鐘の音。そして主を賛美する歌の声。それらが一斉にあふれ出す。どんな捻くれた悪人も、思わず人の幸せを祈らずには居られない聖なる光。聖夜祭はたけなわである。
 礼拝堂の扉が開き、キャンドルを手に出てくる人々の波。
「聖夜祭おめでとう、あなたに主の平安がありますように」
 祝福の言葉を交わしながら掻き分けて入る3つの影。カシムとテュールとそして小さな女の子であった。人が居なくなった礼拝堂で、男の子が後片付けの最中。
「ほら」
 テュールに背を押され転ぶように進み出る幼子。
「‥‥イーダ!」
 ペールとイーダ、久々の兄妹の対面。ほんの少しの間なのに、二人は十年も逢っていなかったかのようだ。
「真に真に、神の時は千年が一日のようで、一日が千年のようじゃな」
 カシムは聖句の一節を思い浮かべる。
「ええ。そうですね」
 テュールはうれしそうに二人のやり取りを眺めている。たった二人の兄妹だもの。本当ならば離れて暮すべきではないのだ。二人が落ち着いた頃を見計らい、カシムが聞いた。
「イーダは将来、何になりたい? ペールはどうじゃ?」
 イーダは、はきはきと答える。
「マチルドさんみたいな、素敵な女の人になりたい」
 そしてペールは、それを口にしていいものかどうかしばらく悩んだが、
「僕はジーザス様のことをもっと知りたいんです。もっと聖書を勉強したいんです。‥‥僕はクレリックに‥‥いえ、それがだめでも、ジーザス様のために働くことができますか?」
 カシムは威儀を正して答えた。
「そなたが真に望むなら、父なるタロンはその道をお示しになることじゃろう」
 ペールの瞳が輝いて見えたのは、何もキャンドルの炎の所為だけではあるまい。
「イーダさん。これは僕からのプレゼント」
 渡す羊皮紙にはびっしりと細かい文字。テュールが整理した、ミント水やエスト・ミニャルディーズ、そして香り袋(サシェ)の配合。秋播きしたハーブの加工方法に、抽出・調香する場合の、ゲルマン語で書かれた注意事項。
「勉強を重ねて、マチルドさんの片腕になるんだよ。僕と約束だよ」
 兄に次ぐ敬慕のまなざしでイーダは見つめる。もしも二人が同じ種族であったならば、あるいは恋に落ちたかもしれないほどの信頼を、テュールは感じた。

 その頃。ドレスタットのロワゾー・バリエでは‥‥。
「女らしくなるとか勇気が出るとかのお薬とか装飾品とか無いかな‥‥」
「そうですね。これなんていかがでしょう?」
 ファニーが渡した薬こそ。紛うことなく『エスト・ミニャルディーズ』。
「これ、とても評判良いですよ」
 関係者としてちょっとうれしい。
「さぁ。試しにこの試供品を‥‥。瓶は返して貰いますね」
 にこっと笑い勧める小瓶。それが空っぽに成るが早いか、
「聖夜祭おめでとう! 何かお勧め無いじゃん?」
 入ってきたのはジェイランくん。

 どきん。心臓がひっくり返るような衝撃。
「あの‥‥その‥‥こ、これから‥‥じぇいらんくんの家‥‥行っていい?」
 強いお酒を召したような赤い顔。

「「うわぁ〜本当に効いた!」」
 ファニーとレニーが唱和する。
「これ、みんなにお勧めしなきゃね」
「うん。もう少したくさん仕入れましょう」
 二人の声も耳に入らず、まくるとジェイランは暖炉よりも暖かな二人の聖夜祭に向かって街へと歩みだした。街の灯は明々と二人の行く手を照らしていた。