●リプレイ本文
●水泳訓練
ドレスタットは夏真っ盛り。空には入道雲が湧き、海は夏の日差しに照らされますます青く照り輝く。船の行き交う港の賑わいはいつもながらだが、いつもは人気のない港の外れの桟橋には、一風変わった装いの者たちが集っている。
「ふむ。泳法の基本を知らぬ者が意外と多いのだな。とにかく、海へ出ようと言うからにはそれなりの準備をしなくてはな」
訓練用の浮き袋を携え、水泳の訓練に集まった冒険者たち。その指南役となったのは、李飛(ea4331)。他の冒険者たちの多くは泳げないわけではないが、誰もが一目置く力量を備えるのは飛のみだ。
「では、始めるか」
冒険者たちは着の身着のまま、ざぶざぶと海の中へ降りて行く。
「わっ! 羽根が濡れるっのてイヤ〜な感じ! ‥‥ま、訓練だからしょうがないか」
などと小声で言っているのは、シフールのグレタ・ギャブレイ(ea5644)。
「これはあくまで、実戦を踏まえた練習です! 泳ぎにくい格好でも泳げるようにならなければ!!」
自他に言い聞かせるよう、ドロシー・ジュティーア(ea8252)が声を張り上げる。気合は十分だが、浮き袋にしがみつく姿はおぼつかなげだ。
「まずは、足の立つ浅い場所から訓練を始めるが‥‥」
「教官殿! この深さでも足が立ちません!」
浮き袋にしがみつき、グレタが訴える。
「そうか、シフールのサイズでは‥‥まあ、ここは我慢してくれ」
借りてきた小舟に乗り、飛は訓練を指導。まずは浮き袋で水に浮く訓練。次は浮き袋につかまり、足で水をかいて海上を進む訓練。それに馴れたら、浮き袋無しで水に浮く訓練。
「どうした? 大丈夫か?」
他の仲間たちに比べ、黄麗香(ea8046)の動きが芳しくない。浮き袋に掴まったり、手を離したりを繰り返しているが、手を離すたびにずぶずぶと沈んでしまう。
「焦って水の中で息を吐き出すな。まずは大きく息を吸い、しっかり口を閉じよ」
飛の指導もあり、何度も繰り返すうちにようやく動きが様になってきた。
水に浮く事が出来るようになったら、次は海中で鎧を外す訓練だ。
「まずは沈む事を恐れず、落ち着いて鎧を外す事に専念しろ。外れれば後は身体は浮いて行く。それに逆らわん様にすれば良い」
冒険者たちは泳ぎ・脱衣の練習をするグループと、それを引き上げるグループの二手にに分かれ、交代で練習を始める。
最初に飛が手本を示す。いつもの武道着姿で海に入って一泳ぎした後、水中で武道着を脱いで船に上がる。これに他の仲間が続くが、なかなか飛のようにはいかないものだ。
飛はあらかじめ、仲間たちの鎧や服に紐を結んでおいた。紐をひっぱって回収できるから、仲間たちは脱ぎ捨てることだけに専念できる。最初は誰もがぎこちない動きだったが、三度四度と回を重ねるうちに、水中での動きが手際よくなっていく。
「よし、今日はここまで」
小舟に回収した鎧と服は、海水を吸ってずいぶんと重たい。
おや? 港岸に漁師の子供たちが集まっている。海から上がってくる冒険者たちの姿を、彼らは物珍しそうに眺めている。
麗香(ea8046)はいささか困惑気味。下はズボンを履いているが、胸はサラシで隠しただけだ。
「そんなにじろじろ見ちゃ失礼じゃない? あたしは別に平気だけどね」
服を脱いだグレタも、胸や腰にサラシを巻いただけの姿。そんな恰好のシフールが珍しいのか、子供たちは屈託なく笑い、訊いてきた。
「ねえ、マレシャル様はいつここに来るの?」
「マレシャル様? あたしは知らないわ」
答えつつグレタは思う。マレシャルは関係者に口止めしていたはずだが、どこから情報が漏れたのだろう?
●救難訓練
訓練はいよいよ本格化。救難訓練には船二艘が調達され、雇われた船乗り達も参加した。
「泣く子も黙る海の強者、マレシャル殿の訓練だ! 野郎ども、船乗り魂を見せてやれ!」
船乗り達の士気は高い。海賊討伐で名を轟かせて以来、海の荒くれ者たちの間でもマレシャルは一目置かれる存在となったのだ。そのマレシャルが船乗りを集めているという話が伝わるや、希望者が殺到したとかいう噂もちらほら。もっともマレシャルは、船乗り達にもきちんと口止めさせているはずであるが‥‥。
「では、敵の攻撃から味方を護る訓練を始めます。手の空いている人は石を投げて下さい。遠慮はいりません」
ドロシーのその言葉に、船乗り達は気炎を上げる。
「へなちょこどもを海の底に沈めてやるぜ!」
敵船役の船から冒険者たちの乗る船へ、こぶし大の石が雨霰と降り注ぐ。石を敵船から放たれる矢に見立てての訓練だが、海の男達はやる事が荒っぽい。
ごん! ごん! ドロシーの盾にひっきりなしの衝撃。ついでにドロシーの脛にも一発。痛みを堪えて後方の仲間を見れば、エイジス・レーヴァティン(ea9907)が戸板で石を防ごうとしながらも、投石のあまりの激しさに翻弄されている。
「うわ! あいつら海賊よりもたちが悪いよ!」
仲間たちは投石を防ぎきれず、一つ、二つ、三つと後方へ飛んで行く石を見て、ドロシーは叫んだ。
「これでは、人を守る事は出来ません!!」
向こうの船から声がした。
「どうしたぁ!? もう降参か!?」
「まだまだです! どんどんやっちゃって下さい!」
ドロシー、気合全開である。
続いて、海に落ちた者を救出する訓練だ。落下した者に樽や木材などの救命具やロープを投げ、鉤竿で引き寄せる者。また、戸板で敵の飛び道具を防ぐ者。その両者の呼吸を合わせることが肝心だ。ちなみにエイジスがその使用を提案した鉤竿は、その両端にフックを付けたタイプだ。
「転落者に意識が無い時はロープを投げても無駄だから、フックのついた棒で引っ掛けて救い上げるのが効果的なんだ。引き上げてる余裕の無いときは、反対側のフックを船べりに引っ掛けるという使い方もできるし」
レティア・エストニア(ea7348)は、ウォーターウォークの魔法を救難訓練に大いに役立てた。ただし海中に沈んだ転落者は、たとえウォーターウォークの魔法をかけても海面上に引き上げなければ海の上を歩けないのが難点だ。
救難訓練が一段落すると、サミル・ランバス(eb1350)が提案した。
「敵と戦う時、俺なら背泳ぎを勧めるな。腹を下にする通常の泳ぎ方では、敵船から距離を取る場合や退避する場合に背後が無防備になる。しかし、仰向けバタ足で泳ぐようにすれば敵の動きも確認でき、板切れなどを持って防御しながら退避することも可能だ」
実際にサミルは海に入り、背泳ぎを実演して見せた。なるほどと仲間たちは頷く。サミルの言う通り、戦闘時に適した泳法に違いない。
やがて訓練は終わり、陸に上がる時間がやって来た。
海中の訓練で冷えた体を温められるよう、飛は浜辺で焚き火を焚いて仲間たちを待っていた。しかし訓練の見物にやって来る人の多さに、飛は困惑してもいた。
●戦闘訓練
桟橋の上で話に興ずる船乗りが二人。
「それにしてもキャプテン、どこ行っちまったんだろうねぇ?」
「まったくだよ。肝心の日に来ねぇなんてよぉ‥‥」
話題の人物は今日も見当たらない。
「まぁ、あの姐御も海賊のはしくれ。今頃はどこぞの海の上で元気にやってるだろうさ」
「いいや、海賊が海の上にしか居ないとはくれぐれも思っちゃいけねぇ。ひょっとしたら海の下に沈んじまったかも‥‥うわっ! 何しやがる!」
「てめぇ! 縁起でもないことぬかすんじゃねぇ!」
「何言ってやがる! 姐御は海に沈んでもくたばるようなタマじゃねぇ!?」
船乗り二人で掴み合いが始まった所へ、エイジスがふらりとやって来て止めに入る。
「はいはい、喧嘩はそこまでね。マレシャル様も来たことだし、いいとこ見せないとね」
「何?」
「マレシャル殿が」
船乗り二人、向こうからやって来るマレシャルの姿を認め、何事も無かったかのようにそそくさと自分の持ち場に戻る。
今日は戦闘訓練の日だ。船の準備は出来ている。
だが生憎、海は荒れ模様だ。船は何時にも増して大揺れする。迎えに出た船長がマレシャルに伺った。
「マレシャル様。この天気じゃあ、訓練は中止にした方が宜しいかと‥‥」
「決戦の日が、常に天気に恵まれるとは限らぬ。訓練は決行する。ただし、船は港から遠くへは出すな。そして絶対に船からの転落者を出すな。海に落ちれば命取りだ」
そしてマレシャルは冒険者たちに告げる。
「今日の訓練は命がけになる。覚悟の無い者はこの場を去るが良い」
無論、去る者は誰一人としていない。
「ドレスの海は〜、ボク〜のうみ〜、ボクの果てしない憧れさ〜♪」
どこか能天気に歌を口ずさむエイジスを先頭にして、冒険者達は船に乗り込む。船は港を出ると、港岸を間近に臨む浅海に錨を降ろし、揺れに揺れる船の上での戦闘訓練が始まった。
吹きすさぶ風の中、響き渡る呼び子の音はグレタの考案した合図。乱戦の最中では声を張り上げて叫んだところで、それが誰の声だか定かではなくなる。だから声の代わりに呼び子の音を合図とするのだ。人の声をかき消さんばかりの激しい風音と波音の中にあっても、甲高い呼び子の音なら耳に聞き取り易い。
悪天候のおかげで、戦闘訓練の成績は振るわなかった。船に乗り込んできた海賊との白兵戦という想定で、船上で模擬剣の打ち合いや格闘を行ったものの、激しく揺れる足場の上では戦いづらい。加えて、船酔いに悩まされる者も相次いだ。
それでも、麗香の提案により取り入れた棒術は、その有用性を皆に印象づけた。リーチの長い棒は敵の接近を阻み易く、足払いをかけることもできる。反面、懐に飛び込まれて近接戦に持ち込まれれば、リーチの長さが不利になる。その運用法については更に磨きをかけねばなるまい。
予定では、武装したまま敵船に乗り組む訓練も行うはずだったが、悪天候のために取り止めとなった。二艘の船の間に渡り板を渡し、その上を渡らせるには危険すぎる。
訓練が終わって船が港へ戻ると、例のごとく桟橋に見物人が集まっていた。前日にも増して人が増えている。港の若い衆、街の娘たち、そして子供たち。いかにも身分の高そうな婦人の姿もちらほら。マレシャルが下船した途端、歓声が上がった。
「マレシャル様に神の祝福を!」
やれやれ。音羽朧(ea5858)は苦笑する。敵が偵察に来る可能性は考えていたが、まさかこれほど見物人が集まるとは。マレシャルがドレスタットの有名人となった今では、無理なからぬこと。それでも、心の中にふと疑問が沸き立つ。──もしや、見物人の中に海賊側に与する者が、居るやも知れぬと。
内なる思いとは裏腹に、マレシャルはにこやかな笑みを顔に浮かべ、集まってきた人々に対した。
「私を見るためにわざわざ集まってきたのか?」
「だって、マレシャル様は今やドレスタットの英雄の一人ですもの」
街の娘の一人が答えた。見物人たちはマレシャルの追っかけというわけだ。
「マレシャル様の御陰で海賊たちは姿も見せないというのに、こんな荒れ模様の日にも訓練なんて。少しはお休みになられては?」
そう言われても、新たな海賊討伐の計画をさすがにこの場で明かすことは出来ない。
「平和な今であればこそ、訓練に励むことが肝要。千日万日の訓練があってこそ、戦場での一瞬の勝機をつかみ取ることができるのです」
そう言ってその場をやり過ごしたマレシャルだったが、見物人の目の届かない所まで来ると密かに呟いた。
「情報があまりにも街人の間に広まりすぎるのはいただけない。対策が必要だな」
●作戦会議
全ての訓練を終えた最終日。マレシャルは港の外れの倉庫に関係者を招集、今後の計画を進めるための会議を開いた。これまでの訓練の結果を踏まえ、冒険者たちから様々な改善案が出される。
レティアは水中でも着脱し易い鎧や衣服の着用を提案。その製作に当たらせるため、既に何人かの職人に声をかけている。
「もちろん秘密を守るため、職人さんには『ギルドから請け負った沈没船引き上げの仕事のため』と説明してあります」
海戦用の装備については、商人ギルドと深い繋がりを築きつつあるファルネーゼ・フォーリア(eb1210)も、その方面から計画を進めている。既に色良い返事は貰っているものの、現物を製作するにはまだ時間がかかる。
エイジスは、肩や腰に装飾を兼ねた短いベルトを付けることを提案。意識を無くした者を引き上げる場合、しっかり掴める部分があると便利なのだ。
朧からは救命具の改良案。
「空樽をロープで繋いだものを用意すれば、気絶した数人をくくって助けれるでござる。無論、相手の邪魔や攻撃などの策にも使えるでござるよ」
サミルの提案は、救難活動のための装置の設置だ。
「フックの付いたロープを海に落ちた対象に引っ掛けて、小さな力ですばやく巻き取れるような装置が作れないものかな? 手で引っ張りあげるのは体力のある者にしか出来ないし、そのことで余計な体力を消耗することも避けたいからな」
最後にファルネーゼが、これまでの調査報告を行った。
「商人ギルドを通じ、海賊と繋がりそうな流通関係を当たっているが、海賊と直接結びつきそうな動きは無い。その代わり、一つだけ分かったことがある。マチルド農園のミントを使った化粧水、エスト・ミニャルディーズの売り上げは絶好調。人気は高まる一方じゃ」
それを聞き、マレシャルの顔がほころんだ。
「さて、今後の訓練での船の運用じゃが‥‥」
ファルネーゼが海図を広げて説明しようとした時、急に外が騒がしくなる。
「何事だ!?」
皆で外へ飛び出すと、燃えさかる炎が目に映る。倉庫の間近にある空き家が炎上していた。何者かが火を放ったのだ。
消火活動が功を奏し、火事は空き家を半分焼いただけで収まった。
「これは‥‥」
現場に残された不審物を、朧の目が目ざとく見つける。MM印の化粧水、エスト・ミニャルディーズの小瓶と置き手紙だ。ただし小瓶の中味は化粧水ではなく、誰のものとも知れぬどす黒い血。置き手紙には赤いインクで次のように記されていた。
『マレシャルに告ぐ。
これは血の代償なり
汝の流したる数多の血は
汝の愛するマチルドの血をもって贖わせん』
文面を読み、思わずマレシャルは唇を噛む。しかし次の瞬間には指揮官の顔になり、冒険者達に告げた。
「至急、マチルドの安否を部下に確かめさせる。このことは決して他言するな」