進め我らの海賊旗6

■シリーズシナリオ


担当:マレーア

対応レベル:7〜13lv

難易度:難しい

成功報酬:5 G 47 C

参加人数:12人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月14日〜10月21日

リプレイ公開日:2005年10月21日

●オープニング

 神の御業としか言いようがない不思議な巡り合わせが、この世には確かに存在する。ドレスタットに住むとある老司祭が出くわした事件もそうだ。さる真夜中、食べ物の毒に当たって倒れた信徒を訪ね、神聖魔法の癒しを施したその帰り道のことである。
 送り迎えのために付き従ってきた男を伴い、神父が住処の教会を目指して夜の街を歩いていると、暗い路地裏で何やら争う物音が聞こえてきた。続いて娘の短い悲鳴が。
「助けて‥‥!」
 司祭様、危のうございます。──連れの男がそう言うのも聞かず、老司祭は路地裏に駆け出していた。そして老司祭は見た。手に持つランタンの光の中に、覆面をした男の姿が朧に浮かび上がるのを。男は短刀を振りかざし、地に倒れた犠牲者にまさに止めを刺そうとしていた。
「やめんかっ!!」
 老司祭の一喝で、男は老司祭を振り向いた。次の瞬間、男は脱兎のごとく逃げだし、夜の闇の中へその姿を消した。
 地面には若い娘が倒れていた。体を幾箇所も刺され、全身血まみれ。瀕死の重傷であった。発見があと数刻でも遅れたら、その命は失われていたかもしれない。
「我らが主ジーザスよ。御力を我に‥‥」
 老司祭は十字架を握り、治癒魔法による癒しを施す。娘の深い傷はたちどころに癒された。その唇から微かな呟きが漏れる。
「マレシャルさま‥‥信じて‥‥いたのに‥‥」
「しっかりいたせ」
 老司祭は娘に肩を貸し、立ち上がらせる。命は取り留めたものの、娘は大量の血を失ったせいで消耗が激しかった。
「しばらくは、わしの教会に逗留するがよい。そこでじっくりと話を聞こう」
 かくして、その夜のその時分にたまたま人気の無い道を歩んでいたおかげで、老司祭は本来失われていたはずの二つの命を救うことになった。一つは若い小間使いの娘の命。そしてもう一つは娘の腹に宿っていた、未だこの世に生まれぬ赤子の命を。だが、次に老司祭を待っていたのは大騒動だった。

 所変わって、ここはマレシャルの隠れ家。ドレスタットの街外れに建つ教会。
「‥‥さて海蛇団の首領、海蛇公ハイドランとやらは、先の海戦でその戦力の多くを失ってしまったわけだが、君が奴の立場なら次にどんな手を打つ?」
 客人スレナスが問うと、マレシャルは簡潔明瞭に答えた。
「失われた戦力を再建するのに全力を注ぐ。手勢を新たに雇い入れ、武器を買い揃える。但し、事はなるたけ隠密理に運ぶ」
 ふむ。と、スレナスは頷いた。
「僕も同感だ。ただし、僕が奴の立場ならさらにもう一つ。目の上のたんこぶであるマレシャルの注意を逸らすために、大きな騒ぎを起こす。そしてマレシャルが騒ぎに気を取られている隙に、大きな取引に出る」
「騒ぎに取引か。先の火事のこともある。これ以上、私の身辺で不審火が起きぬよう、気をつけておこう。取引については、怪しい船の目星もついた。だが如何せん、調査には金がかかる」
 商人ギルドからの物資調達に、不審人物ゴザンとの取引に、サロンへの出入り、ついでにその他諸々の諸経費で、金はどんどん消えて行く。沈没船から引き上げたお宝の分け前があるから、当面の経費は賄えるものの、それとて限度というものがある。
 ノックの音がした。やって来たのは、この教会の主たる司祭。
「マレシャル殿、一大事だ」
「どうしました? また火事騒ぎですか?」
 司祭は深刻な面もちで首を振る。その口から語られたのは、マレシャルにとって最悪とも思える知らせだった。

 その後日。冒険者ギルドにて。
「マレシャル殿の代理で来た。だが、僕がここに来たことは秘密厳守で頼む」
 受付に現れたスレナスの姿を見て、事務員は即座に同意する。
「畏まりました。では、依頼内容をお聞かせ下さい」
「その前に、今の状況を説明しなければ。事態はとんでもなく複雑怪奇だ。あのマレシャルが、こともあろうにブロンデル家の小間使いの娘を孕ませた挙げ句、口封じのために殺害しようとしたのだからな」
「え‥‥!?」
 その言葉に思わず、仕事慣れした事務員も表情を凍り付かせる。しかしスレナスの言葉には続きがあった。
「少なくとも貴族連中の間では、それが9割方の事実になってしまった」
 発端は数日前、夜の街で起きた事件。とある老司祭が悪漢に殺されかけていた娘を助けられたことが、全ての騒動の始まりだった。娘はブロンデル家に仕える小間使いで、名前はアンナ。同僚の小間使いたちの証言によれば、彼女はマレシャルと許されぬ恋に落ち、人目を忍んで度々逢瀬を重ねていたという。事件の夜も、アンナはマレシャルの呼び出しで夜の街に出かけたということだ。その事件の直後、あちこちの貴族の元に投げ文が投じられた。その文面に曰く。

──────────────────────────────
俺には成さねばならぬ正義がある。
それは、あの英雄気取りのマレシャルの野郎の
分厚い面の皮の下にある、
反吐が出るほどおぞましい正体を暴き出すことさ。
マチルドという婚約者がありながら、
マレシャルはあちこちの娘たちを食い物にしてやがる。
何も知らずにマレシャルの依頼を受けた俺だが、
依頼を重ねるうちにあの下衆野郎の正体に気づき、
そしてついに、ヤツの悪事の動かぬ証拠を手に入れた。
今、俺の手元には、アンナという娘からの嘆願書がある。
街の代書屋に書かせたもので、裁判の証拠にもなる正式文書だ。
その内容だが、聞いて驚くな!
マレシャルの夜遊びのおかげで身ごもってしまったお腹の子を、
マレシャルの実の子として認定して欲しいと、そういうことだ!
もちろん、アンナの署名もしっかり入っているぜ!
あのクソ野郎がこいつを握り潰す前に、
俺はこの証拠物件をヤツの机の引き出しからくすねてやった。
ヤツはこいつを血眼になって探しているが、見つかるもんかい。
俺はこいつを、あのアレクス・バルディエ卿に送りつけてやる。
何かと悪名高い御仁だが、ことあの最低野郎の悪事に関しては、
公正なる制裁を下してくれるものと、俺は信じているぜ!

          マレシャルの正体を知る名も無き冒険者
──────────────────────────────

 もっとも、これが署名に違わず、一介の冒険者の手になるものかどうかは非常に怪しいところだ。
 その問題の嘆願書だが、アレクス・バルディエの元にシフール便で確かに届けられていた。しかし貴族筋からの問い合わせに対し、バルディエ側は単に事実を伝えるのみ。それ以上のことには何一つ言及しないという慎重な姿勢を取っている。
 また、被害者の娘は老司祭の教会に保護されているが、教会の権限によって面会は禁止されている。ただし、娘の様子などの詳しい話は老司祭の口から聞き出せるだろう。
「そういうわけで、醜聞の渦中にあるマレシャルには、もはや冒険者への依頼を取り仕切る余裕はない。僕も生憎と忙しく、今後は多くを冒険者たちの裁量に任せることになるだろう。海賊たちの動向の偵察に、ゴザンとの取引、そして今回の騒動への対処。やる事は山ほどある。だが、彼らはうまくやるだろう。‥‥そう信じたい」
 この事件がどのような結果を迎えるか、流石のスレナスにも予想はつきかねた。

●今回の参加者

 ea4331 李 飛(36歳・♂・武道家・ジャイアント・華仙教大国)
 ea5644 グレタ・ギャブレイ(47歳・♀・ウィザード・シフール・ノルマン王国)
 ea5858 音羽 朧(40歳・♂・忍者・ジャイアント・ジャパン)
 ea6284 カノン・レイウイング(33歳・♀・バード・人間・イギリス王国)
 ea6855 エスト・エストリア(21歳・♀・志士・エルフ・ノルマン王国)
 ea7463 ヴェガ・キュアノス(29歳・♀・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 ea8046 黄 麗香(34歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea8252 ドロシー・ジュティーア(26歳・♀・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea9907 エイジス・レーヴァティン(33歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb1210 ファルネーゼ・フォーリア(29歳・♀・クレリック・エルフ・ビザンチン帝国)
 eb1350 サミル・ランバス(28歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb2560 アスター・アッカーマン(40歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)

●リプレイ本文

●ロープが石に変わったら?
「船のロープが石化したらどうなるでしょう?」
 エスト・エストリア(ea6855)が仲間に訊ねた。
 ここは港に繋がれた船の上。頭上からはカモメの鳴き声、足の下からは穏やかな波の震動。エストの目の前には帆柱から垂れるロープがある。
「さて? 船の上の戦いでロープを石化させるなど、あまり聞いたことがないな。試しにやってみるか?」
 訊ねられた李飛(ea4331)はそう答え、目の前のロープを示す。
「では、行きます」
 エストはその手で魔法印を結び、ストーンの魔法を詠唱。効果はすぐに現れた。まるで霜が付くようにロープの下のほうが灰色の石と化し、その灰色が徐々に上へ上へと伸びていく。やがて、ロープの2mほどの長さの部分が石となり、石化は終わった。
 石の棒と化したロープの上下には、石と化していないロープがそのままくっついている。飛は石の棒を握り、ぐいぐい引っ張ってみた。くねっと曲がるロープの感触が失われ、妙な感じだ。
「成る程。ロープが石化すれば、確かに扱いにくくはなるようだ。だが、わざわざ石化させずとも、戦闘時に敵の操船を妨害するなら、ロープを一刀両断するなり帆に火を放つなりした方が手っ取り早いとは思うがな。さあ、こいつを元のロープに戻してくれ」
 言われてエストは気がついた。ストーンの魔法の効果は永久。一度、石化させた物は永久に石のままなのだ。そもそもストーンの魔法には、石に変えた対象を自在に元に戻すような力はない。
「あの‥‥私には出来ません」
 ふむふむ、と飛は頷き、
「その魔法、よほどの事がない限り、人を相手に使わぬことだ。石と化した人間を教会に持ち込んでも、果たして元に戻してくれるかどうかは分からぬからな」
 そのまま船を下りて行く。
「李さん、どちらへ?」
「アンナの保護されている教会だ」
 それにしても今回の一件、思い出すだけでも腸が煮えくりかえる。
「子を宿した娘を陰謀の手先に利用するとは‥‥語るにも汚らわしい外道どもがっ! マレシャル殿の名を守るばかりでなく、その娘と生まれてくる子供の為にも、斯様な愚策を講じた連中、叩き潰してくれよう!」
 道行き、一人ごつ飛。いかつく顔をしかめ、のっしのっしと歩いて行くジャイアントの姿を見て、道行く人々が思わず立ち止まる。
 やがて飛は待ち合わせ場所に到着。そこには二人の冒険者、ヴェガ・キュアノス(ea7463)とカノン・レイウイング(ea6284)が待っていた。
「では、行くとするかの」
 にっこり微笑むヴェガ。そして三人は教会へと向かう。

●身重の娘
 冒険者たちの前に目指す教会が現れた。下町に建つ古びた教会だ。屋根に掲げられた白い十字架は、それが白の教会であることを示す。
 それにしても、教会の周りが妙に騒がしい。好奇心を宿した視線をちらちら送りながら、立ち話をする街人たちの姿がそこかしこに。それでも彼らは、マリア・ヴェールで頭を覆い、十字架のネックレスをその胸に輝かせたヴェガの姿を見ると、敬虔なジーザス教徒よろしく胸に手を合わせて挨拶してくる。
「主ジーザスのご加護のあらんことを」
 ヴェガもクレリック然とした態度で、にこやかに言葉を返す。
「話の間、俺はここで待っていよう」
 教会の入口で飛が言った。
「娘を襲った者が、此処の様子を伺いに来るかも知れん。警戒するに越したことはない」
「それがいいわよね。それにジャイアントの飛さんが一緒にいたら、アンナさんを怖がらせてしまいそうだもの」
 カノンの言葉に苦笑しつつも、飛は彼女に所持品の『身代わり人形』を手渡した。
「これを、アンナに渡しておいてくれ」
「分かったわ」
 古びた教会ながらその中は手入れが行き届き、心落ち着く清らかさに満ちている。ヴェガは先ず、教会の主である老司祭に自己紹介する。
「わしはヴェガ・キュアノスと申す。冒険者ギルドより依頼を受けた一介のクレリックじゃが」
「おお、ヴェガ殿か。かねてよりその名は伺っておりましたぞ。シャンプラン家の一件では母君と娘君の和解にご尽力なされたとか」
 老司祭の顔がほころんだ。これまで数々の依頼を成功に導いて培ってきた名声は、こういうところで役に立つものだ。そういえば、あのシャンプラン家の屋敷はこの近くにあったのだなと、ヴェガは思い出した。
 そしてヴェガは用向きを伝える。自分達はさる筋より、此度の事件の解決を依頼されて来たこと。そのためアンナとの面会を所望するが、今はアンナの心の傷を癒すことが先決。アンナの心身に負担をかけぬよう、彼女の様子を見ながら少しずつ事の経緯と詳細を聞き出したいと。老司祭はこの願いを快く聞き入れた。
「他ならぬヴェガ殿の頼み。わしも力を尽くそう」
 そしてヴェガは、仲間のカノンを紹介する。
「こちらは、バードのカノン・レイウイングじゃ」
 ヴェガの紹介に応じてカノンが優雅に一礼すると、老司祭がにっこり笑う。
「ほぉ。どこかで聞いた覚えのある名じゃな。顔を見るのは初めてじゃが」
「彼女もまた、幾つもの依頼を成功に導いてきた冒険者。この者が信頼に足る人物であることは、このわしが保証する故、共に面会に与らせて欲しいのじゃが」
「ふむ‥‥そうじゃな。その前に、そなたの話を聞きたい」
 老司祭は質問を始めた。カノンの生い立ち、日々の生活のこと、これまで関わった依頼について。さらに、これまでの人生で一番良かったことと悪かったこと、等々。勿論、これまでの依頼については立場上、秘密にせねばならぬこともあるが、カノンは差し障りのない範囲で明瞭かつ率直に答えた。人の話し方にはおのずとその人柄が滲み出るもの。老司祭はカノンの受け答えにさも満足した様子だった。
「よかろう。そなたにもアンナとの面会を許そう」

 この古びた教会には小さな中庭がある。アンナはそこにいた。白一色の質素なドレスを着せられ、石造りのベンチに座った姿はひどく弱々しく見える。その傍らに立って彼女の髪を梳いているのは、アンナの世話をするために呼ばれたという尼僧だ。
「時にはこうやって、外の光と空気に触れさせておるのじゃがな」
 老司祭が言う。
「アンナさんに歌を聞かせてあげてもいいですね?」
 カノンのその言葉に老司祭は頷き、カノンは手荷物の中からクレセントリュートを取り出した。手始めに指でいくつかの弦をつま弾くと、澄んだ音のハーモニーが中庭に響く。
 そして、カノンはリュートを爪弾き歌い始める。

♪光紡ぐその音は
 木漏れ日に包まれた
 暖かき母の調べ

 大樹の枝の小鳥の巣
 母鳥の温もりが育む小さき命
 光紡ぐ音の中
 小鳥は空へ飛ぶ日を夢見る♪

 1曲歌い終え、カノンはアンナを見やる。アンナは魅入られたようにカノンを見つめていた。カノンはにこやかに一礼する。
「お気に入られましたか? 申し遅れましたが、わたくしはバードのカノン・レイウイングです」
「今の歌‥‥もう一度、聞かせて」
 アンナの求めに応じ、カノンは繰り返し歌い聴かせた。
 それは天より注ぐ柔らかな日差しにも似て、穏やかで静か。それでいて暖かみに満ちた歌。
 傷ついたアンナの心を癒し、その身に宿る小さな命にも聴かせんと。一心に弦を爪弾き歌ううちに、あたかも中庭の樹木や枝の小鳥さえも、カノンの歌に聴き入っているかのごとき心地になる。
 老司祭も尼僧も、仲間のヴェガも、今はじっとカノンの歌に聴き入っている。
 これで幾度目かの歌を歌い終え、カノンはアンナを見た。生気の乏しかったその顔に、今はほんのりと赤みが戻っている。
「あなたは‥‥どうしてここにいるの?」
 アンナが訊ねた。
「あなたに訊ねたいことがあって、やって来ました。これからわたくしの魔法でお見せするこの方を、ご存知でしょうか?」
 カノンはファンタズムの魔法を唱える。
 中庭にマレシャルの幻影が現れた。その瞬間、アンナは小さく叫ぶ。突然の幻影の出現に驚いたようだ。
「落ち着いて。これはただの幻影。あなたに危害は加えません。‥‥この方に見覚えは?」
 アンナは首を振り、微かな声で言葉を漏らす。
「この人は‥‥誰? ‥‥あの人なの?」
「あの人とは?」
「分からない‥‥。だって、あの人が私に会う時は‥‥いつも、仮面を‥‥。なのに‥‥あの人は‥‥あの人は‥‥」
 その声が喉の奥へと弱々しく消え、アンナはぐったり頽れた。傍らの尼僧がその体を抱きとめる。
「今日はここまでとした方が良さそうじゃな」
 老司祭が面会の終了を促した。

「宜しければ、わし達もアンナの身の回りの世話をしたいのじゃが」
 ヴェガのその申し出に、老司祭は世話役の尼僧を示して答えた。
「お心遣いは有り難いが、世話役ならイルゼ一人で足りておる。じゃが、アンナの話し相手になってくれるなら歓迎致すぞ。そなた達なら安心してアンナを任せられるし、アンナの気も晴れるじゃろうて」
「それから、これをアンナに」
 カノンは、飛から託された『身代わり人形』を老司祭に託す。
「これをアンナに渡していただけませんか? これは持ち主の災禍を肩代わりするアイテムで、破壊することでかなりの重傷をもたちどころに回復させるのです」
「魔法の物品のことは、わしにはよく分からんが‥‥」
 老司祭は手中の人形をしげしげと見つめていたが、
「まあ良い。これはわしが預かり、必要な時が来たらアンナに手渡そう」
 言って、人形を懐に仕舞い込んだ。

●教会の守り
 アンナとの面会が終わった頃合いを見計らい、飛は教会の扉をくぐった。
「司祭殿はおられますか?」
 現れたジャイアントの武道家を一瞥する老司祭の顔には、微かな警戒の色。
「わしに、何用じゃな?」
「ご心配なく。この者もわし達の仲間故」
 ヴェガの言葉に、老司祭は顔をほころばせた。
「おお、そうであったか。これは頼もしい」
 一通り自己紹介を終えると、飛は申し出る。
「アンナが命を狙われたのは事実。一度は未遂に終わったとはいえ、彼女の命を狙う者が身辺に現れる危険は大きい。そこで、俺はアンナの近くで警戒に当たりたいのだが。何、俺の寝泊まり場所は教会の裏手の軒下で十分」
「ふむ」
 その申し出に老司祭はしばし考え込んでいたが、
「イルザ、おまえはどう思う?」
 アンナの世話をする尼僧に尋ねると、
「宜しいのではありませんか? 物見高く教会にやって来て、中を覗き込もうとする連中には私も辟易していたところ。飛さんがいれば、野次馬たちも近寄り難くなるでしょう」
「成る程な。では、そのご厚意に甘えるとしよう。警護を宜しく頼むぞ」
「ただし‥‥」
 尼僧イルザは言い添える。
「なるべくアンナに見えない場所にいてください。あの事件のおかげで、大きな男の人をひどく怖がるようになってしまったのです」
 こうして飛は教会に寝泊まりしつつ警護を行うことになったが、その1日目。早くも飛は、教会の塀によじのぼって中を覗こうとする男を発見。
「何者かっ!」
 不意に背後から誰何すると、不審者は慌てたあまり塀から落っこちた。
「痛ぇ‥‥! な、何だよあんたは!?」
「ここの教会で護衛の役目に付く者だ。さあ、答えてもらおうか。塀をよじ登って何をしようとした? 教会の中に忍び込むつもりだったのか?」
 いつでも不審者を殴り飛ばせるよう、腕に力を込めつつ迫る。
「何でもねぇよ! 俺はただ、噂のアンナの顔を拝みたかっただけなんだ! そんじゃな!」
 男は脱兎の如く逃げ去り、以後二度とその姿を見せることはなかった。
 しばらくすると、飛の見知った顔がやって来た。
「イタタタタ‥‥。あの、こちらにクレリック殿は‥‥」
 さも痛そうに横腹を手で押さえ、教会の扉の前にやって来たその男はエイジス・レーヴァティン(ea9907)。
「エイジスか。司祭殿は中だ」
「分かった」
 エイジスは飛に軽く目配せすると、駆け込んできた怪我人を装って教会の中へ。
「イタタタ、お願いです。治療してください〜」
 その姿を見て、老司祭が駆け寄って来た。
「どうした!? 刺されたのか!?」
「はい。ナイフで刺されました」
「傷を見せなさい」
 服を脱がせ、その傷をあらためた老司祭はいぶかしむ。
「たった今、刺されたような傷には見えぬな。どこで、誰にやられたのじゃ?」
「それは‥‥話せぬ事情がありまして」
 エイジスの傷は闘技場の勝負で刺された傷。だが教会の人に嘘はいいたくないので、黙っておく。ともかくも老司祭は魔法で傷の手当てを施し、エイジスはお布施にと3枚の金貨を差し出した。
「申し訳ありません。所持金はこれで全部です。もし足りなければ、この教会で巻き割りでも水汲みでもなんでもやりますからお願いします」
「いや、お布施はこれで十分。さあ、用事が済んだら帰るがよいぞ」
「え!?」
 怪我を口実に教会への出入りを目論んでいたエイジスだが、あっさり出鼻をくじかれて、おたおた。
「それでは僕の気が済みません。ぜひともこの教会で‥‥」
「くどいぞ。人手は足りておるのじゃ」
 押し問答を繰り返していると、アスター・アッカーマン(eb2560)がふらりとやって来た。
「司祭様はいらっしゃいますか?」
「なんじゃ、今日はまた新顔がよく来る日じゃな。で、何用じゃ?」
「まずは教会に寄付を」
 寄付として金貨を差しだし、アスターは答える。
「私は、そこにいらっしゃるエイジスさんを追いかけてきました」
 老司祭がアスターをじろりと睨んだ。
「もしや、この者をナイフで刺したのは、おまえか?」
「いえ、違います。私はエイジスさんのファンで‥‥」
「何、この者のファンとな?」
「はい。闘技場でのエイジスさんの惚れ惚れするような戦いぶりを見て以来‥‥」
「闘技場じゃと!?」
 老司祭の顔がぐぐっとエイジスに迫る。
「もしや、この傷は‥‥」
「‥‥はい。闘技場で戦った時の傷です」
 済まなそうに答えるエイジス。
「闘技場で怪我して、それを治しにわざわざこの教会に駆け込むとは、一体どういう了見じゃ!?」
 不審を露わにする老司祭。
「それで、エイジスさんがこの教会で働くというのなら、ぜひ私も一緒に‥‥」
 アスターのその言葉で、ついに老司祭は二人を怒鳴りつけた。
「おまえ達は何を企んでおるのじゃ!?」
 それまで様子を見守っていた飛が、見かねて老司祭に耳打ちする。
「実は、この二人も俺達の仲間なのだ。ご不審を抱かれるのは尤もだが、二人は単に教会に出入りする理由が欲しかっただけのこと。どうか大目に見て欲しい」
「なんじゃ! それなら最初からはっきり言えばいいものを!」
 老司祭は納得しつつも、エイジスとアスターにみっちりお説教。ともかくも、二人は飛と共に教会の警護に就くこととなった。

 なにせ図体のでかいジャイアントだけに、飛の姿が周囲に与える威圧感は相当なもの。警護を始めてから3日もすると、教会の周りでひそひそ話する連中もすっかり消え失せた。それはいいのだが、飛は後で尼僧イルザから小言を言われる羽目になる。
「せめてご近所の方々には、笑顔で挨拶して下さいね。大きなあなたを皆が怖がって、教会に近づかなくなっては困りものですよ」
 アンナに見舞いの品を届けるために、教会を訪れる者もいる。ブロンデル家の従者が上等なワインを贈ってきたり、すぐ近くのシャンプラン家の小間使いがお菓子を持って来たり。ご近所からも見舞いの品々が届くこともある。
「アンナお姉さんのお見舞いだよ」
 近くに住む幼い兄弟が持ってきたのは、焼きたてのお菓子。
「うちのお母さんが焼いたんだ」
「ありがとう。アンナさんにも宜しく言っておくよ」
 兄弟に礼を言い、お菓子を台所に持っていく途中で、アスターはその一つをぽんと口に放り込む。それをイルザに見つかってたしなめられた。
「あなたったら、またつまみ食いなんかして」
「だって、毒が入ってたら大変じゃないですか。‥‥でも、美味しいお菓子ですね」
 ただし、ヴェガは食事に毒を盛られる危険性を考え、アンナの食事は自分たちだけで用意。食べ物の見舞い品については、それがアンナの口に入らぬようにした。
「私が今回の事件の黒幕なら、こう動きます。すなわち、マレシャル卿の悪評を広げた上で、真相の解明が不可能にするためアンナさんを始末する」
 冒険者揃った食事の席で、アスターが言う。
「彼女が殺されたしまったら、マシャレルさまの疑惑を晴らすことが難しくなる。彼女の命はなんとしても守らなくては‥‥」
 そう応じたエイジスはしばし食事の手を休め、パンを握る自分の手をじっと見つめた。
「僕の腕が役に立てればいいんだけどね。‥‥いや、本当は僕の腕なんか、出番がないほうがいいんだろうけどね」
 教会への襲撃や放火を警戒していた彼らだが、冒険者たちの護衛が功を奏してか、今のところそういった気配はない。この平安がずっと続けば良いのだが‥‥。

 教会の別室では、アンナとヴェガがひっそりと食事を取っていた。
「どうした? たったそれだけしか食べぬとは。もっと沢山食べねばいかんぞ。おぬしのお腹の子のためにもな」
 今日も半分ほどしか手のつけられぬアンナの皿。
「私‥‥未来が見えない。私‥‥これからどうなってしまうの?」
 うつむいて呟くその言葉を聞き、
「信じ歩むところに道は開ける。そうじゃろう?」
 ヴェガはそう言ってアンナの頬に触れ、その顔を自分に向けて言い聞かせた。
「そのお腹の子は神の授かりもの。おぬしがその子の幸いを願う気持ちに、間違いは無かろう?」
 アンナはヴェガの顔を見て黙したまま。しかし、その目から伝う熱い一筋の涙が、彼女の心を物語っていた。
 マレシャルの無実を証明するためには、アンナの証言が必要となろう。しかし、それを求めるにはまだ早い。アンナとその子の為にやるべき事は先ず──。
「わしも、おぬしとその子のために力を尽くそうぞ」
 後日。ヴェガはアレクス卿宛てに手紙を送る。アンナの保護を願い、『例え私生児でも堂々と生きる道が拓けるのは閣下の領地のみ。どうか良きお計らいを』との一文を書き添えて。
 返事は程なく届いた。
 かの娘の保護願いについては、まだ答を出す時に非ず。まずは此度の事件の解決に力を尽くされたし。──それが、アレクス卿からの返答であった。

●取引
 取引のため、再びゴザンの事務所を訪れたグレタ・ギャブレイ(ea5644)。今回はファルネーゼ・フォーリア(eb1210)とサミル・ランバス(eb1350)が一緒だ。取引に先立ち、3人は金を出し合って、250Gの資金を用意。この金で商人ギルドから武器と防具を買い付けた。ハンドアックス、スピア、ライトシールド、レザーアーマーのセットをざっと30人分。これらの調達にはファルネーゼが商人ギルドとの間で築いたコネが役に立ったが、これだけ大量の武器だと事務所に運ぶにも人夫を雇い、馬と荷車を借りねばならなかった。
「船乗りに持たせるなら、手回りのいい武器の方が使い勝手が良いだろう? 船上なら特にね」
 ゴザンは武器と防具の一つ一つをじっくりと検分していたが、
「良い品々だな。しかし弓と矢が無いではないか?」
 その顔には不満が現れている。品物の調達にあたって、ファルネーゼはあえて弓と矢を調達リストから外しておいた。海戦で最も効果を発揮する遠隔攻撃用の武器が、海賊の手に渡っては厄介だと考えたからだ。
「弓と矢は今回たまたま、在庫切れだったのさ。まあ、この品揃えが気に入らないなら仕方ないし、これ以上の品をと言うならルートはあるけれど、当座資金がねぇ‥‥」
 そこはうまく切り抜けるグレタ。しかしゴザンの不満顔は変わらない。
「全部まとめて150G。弓矢が無ければそれ以上は出せんな」
「そんな! これだけ揃えるのに幾らかかったと思ってんのよ!」
「なら取引は終わりだ。全部もって帰るがいい」
 そう言われては元も子もない。グレタはファルネーゼに視線を送り、ファルネーゼも、仕方ないと頷く。早速、グレタは商談を再開。
「分かったわ。弓矢は近日中に何とかするわよ。で、当座資金のことだけど‥‥」
「私の名前で注文書を出そう。私は役人として信用のある男だ。そして弓矢を必要としているのは、貴族のエドモン・ド・グラヴィエール卿であることを告げるがよい。これで首を縦に振らぬ商売人はおるまい?」
 そしてゴザンは滔々と語り始める。海の戦いでいかに弓矢が有効な武器であり、海賊相手の戦いに不可欠であるかを。
「そういうわけで、ぜひとも強力な弓矢が欲しい。最低、1000本の弓と50個のミドルボウは揃えたいところだ。君たちには大いに期待しているよ」
 商談はこれで終わり、150Gを受け取ったグレタはゴザンを飲みに誘う。
「ところで今回のマレシャルの事件、アレはかの英雄を貶めるための陰謀らしいよ」
 酒場のテーブルでそんな話を出すと、ゴザンは吹き出した。
「何がおかしいのさ?」
「マレシャルの新しい噂をまだ知らないのか? まあいい、そのうち君の耳にも入るだろう」

 翌日。サミルは密かにゴザンの事務所を張り込んだ。先日渡した武器と防具は、まだ港の倉庫に保管されている。夕方になって一人の男が事務所にやって来た。暗いので男の顔は良く見えない。男はゴザンと短い話をした後ですぐに外へ出て来た。サミルはこっそり後をつける。しかし戦闘馴れしたサミルも隠密行動には不慣れだ。男を追って裏町の路地に足を踏み入れた途端、
「貴様! 何者だ!?」
 人相の悪い男が横から飛び出し、サミルに掴みかかる。
 咄嗟にサミルは男を殴り飛ばして逃げ出した。尾行は失敗に終わった。

 ファルネーゼは、アンナの嘆願書を書いたという代書屋の元に出向いた。
「嘆願書をマレシャル殿の元から持ち出したという冒険者をご存じかな?」
 代書屋は笑って首を振る。
「私が知るわけないでしょう? 持ち出し事件は私の事務所で起きたわけじゃない」
 件の冒険者の手がかりは得られず、彼女は帰途についた。

●偵察
 音羽朧(ea5858)は海の中にいた。目の前にはごつごつした海底の岩の連なり。頭上を魚の群が通り過ぎる。ここは北の小島のさらに北、ここから先は未だ足を踏み入れたことのない暗礁地帯だ。
 水遁の術に長けた朧は、時おり場所の確認のため海面に顔を出す以外、ずっと潜ったままでここまでやって来たのだ。北の小島で漁を続け、海底の地形や潮の流れを掴んできたことが役に立った。引き潮に乗って泳いでいけば、かなりの距離を移動することが出来る。帰る時は、逆に満ち潮に乗ればいい。
 周囲に船影がないことを確認し、朧は海面に顔を出す。
 波は穏やかだった。朧の目の前に広がるのは暗礁地帯の名に違わず、大小の岩がそこかしこに点在する海。その岩礁のただ中に、城ほどもある大きな岩がある。
 不意に、朧は人の叫びを聞いた。
 ほんのわずかの間の出来事だった。
 耳を澄ました時には既に叫びは聞こえず、ただ波の音が聞こえるばかり。
 空耳か? しかし、確かにそれは人の叫びだったような気がする。閉じこめられた誰かが救いを求めるような叫びだった。
 その叫びは、あの大きな岩の辺りから聞こえてきたようだ。
 近づけば何か分かるかもしれない。そう思い、再び朧は海面下へ。海中を進んで行くと、その目に白い物が映る。近づいてよく見ると‥‥それは骨と化した人間だった。しかも骨は真新しく、その足には大きな石がロープでくくりつけられている。周囲を見渡せば、あちらにもこちらにも人間の骨が。
 朧は身の危険を感じ、その日は偵察を切り上げて陸に戻った。

「酔っていたとは言え、ただ人質にされて終るとは何て不覚っ‥‥。せめて後ろ蹴りで、ジョーさんに金的の一発でも入れておくんだった」
 などと先の失敗を悔やみながらも、黄麗香(ea8046)は港の魚市場でまめに情報収集。すると、みかじめ料の魚を売りに来た海狼団の連中とばったり出くわした。
「よぉ、華国人の姉ちゃん。まだこんな所にいたのかよ?」
「大きい船を買っても手元に来るには大きさ相応の時間が掛かるんですよ〜」
 無理矢理に笑顔を作って言い訳。
「暇なら俺達が相手してやるぜ。‥‥うっ!」
 いきなり麗香の腕を掴んだ海賊は、呻いてへたり込んだ。麗香の蹴りが急所に命中したのだ。
「てめぇ! 何しやがる! ‥‥うわっ、やめろ!」
 取り囲もうとした海賊たちの顔に、魚がべちゃべちゃと音を立てて命中する。市場の魚を手当たり次第に投げつけた麗香、
「これ、迷惑料ね!」
 唖然とする市場の男に銀貨2、3枚放り投げると、とっととその場から逃げ出した。

「海賊に顔を覚えられた挙げ句、こんな騒ぎを起こすようではな」
 後でスレナスから小言を言われ、麗香もすみませんと素直に詫びる。
「ところで、エイリーク・ドレスタット海賊伯がその配下の者を海賊たちの内偵に使ってる可能性はあるんでしょーか? あるとすれば、接触できる可能性はどれ程あるのでしょう?」
 そう質問したが、スレナスは答える。
「それについては何も訊くな。たとえその可能性があったとしても、僕達はエイリーク殿の仕事を邪魔するわけにはいかない」

●醜聞
 久しぶりに会ったマレシャルは、いつになく憔悴して見えた。あのアンナ嬢の事件以来、関係者への釈明やらなんだかんだで忙殺された上に、心労までもが加わって、睡眠も満足に取れていない様子である。
「ブロンデル家にはぜひとも謝罪しておくべきです」
 ドロシー・ジュティーア(ea8252)が進言するや、マレシャルは感情も露わに言い返した。
「犯してもいない罪のために、なぜ謝罪しなければならない!?」
「しかし、敵はサクスとブロンデルの仲違いを望んでいるはずです。こちらが下手に出てブロンデル家を味方に出来れば、有利になると思われます」
「下手に出て味方に出来る相手とは思えぬな」
 今回ばかりはマレシャルも、彼女の言葉を聞き入れそうにない。
 ともかくも、二人はサロンに向かう。
「不本意な戦いですが、仕方ありませんね」
 マレシャルはびしっと整った礼服で、ドロシーはドレスと控えめの化粧でしっかり武装。さて、サロンの前で二人が馬車から降りると、みすぼらしい身なりの娘が駆け寄って来た。
「マレシャル様、これをお返しします」
 娘が手渡したのは、高価な宝石のはまった指輪。
「君は誰だ? それに、これは‥‥」
「さようなら。もう、二度とお会いすることはありません」
 マレシャルの言葉も聞かず、娘は逃げるように立ち去った。
「マレシャル様、今の娘は?」
 訊ねるドロシーにマレシャルは首を振る。
「まったく知らない娘だ」

 サロンの中ではエストが聞き込みの最中。
「サクス家とブロンデル家が争うと得をするのは何方でしょうかね?」
 などと、居合わせる殿方や奥方にさりげなく質問するが、その度に幾通りもの答が返ってくる。なにせ好奇心で噂に飛び付く連中ばかり。事の真偽がどうであれ、要は自分が面白ければ良いのだ。そういうわけで、エストはなかなか真相に近づけない自分にやきもきしていた。
 そこへ現れたのがマレシャルとドロシー。ざわついていたサロンがしんと静まり返る。
 客をかき分けて、マルクがマレシャルの前に姿を現す。大股で歩み寄るや、マルクはやにわに剣を抜きはなった。
 刃が煌く。騒然となるサロン。だが、マレシャルは微動だにしない。マルクの抜いた剣は、マレシャルの首元でぴたりと止められていた。
「それがブロンデル家の挨拶の流儀か?」
 動じず言い放つマレシャル。
「貴様のその度胸だけは認めてやろう」
 険悪に言い放ち、剣を収めるマルク。すると、マルクの傍らに控えていたエレーヌがマレシャルに歩み寄り、
「マレシャル。この首飾りに見覚えがあるはずですよ」
 皆が見守る中、マレシャルに示したのは燦然と輝く首飾り。
「これは貴方がいつぞやの真夜中、私の元に忍んでいらした時に贈ってくれた首飾り。ですが後の調査の結果、この首飾りはさる貴族の所有物で、海賊たちに奪われた盗品であることが分かりました。マレシャル、噂は色々と聞いていますよ。貴方はこともあろうに海賊の宝を隠匿し、それを自分のお気に入りの娘たちにばらまいていたそうですね」
 サロンは騒然となる。なんと、今度はマレシャルに海賊の宝の隠匿疑惑が!
「皆、冷静になって欲しい! 私は噂されるようなやましいことなど何一つしていない! 一連の事件は恐らく、海賊の残党の仕業だ!」
 思わず叫んだマレシャルに冷ややかな言葉を浴びせたのは、他ならぬ貴族グラヴィエールだ。
「その海賊の残党がどこにいるというのだね? 先の海戦以来、一向に姿を見せぬではないか?」
 いたたまれず、ドロシーは訴える。
「私は誰よりもマレシャル様をよく知っています! マレシャル様は潔白です!」
 しかしその言葉も空しく響くばかり。
「君もマレシャルから宝石を貰い、一夜を共にした口かね?」
 サロンの客の一人に意地悪く問いかけられ、彼女は押し黙る以外になかった。
 マルクが言い放つ。
「あくまでも潔白を言い張るなら、アンナを殺そうとし、あちこちに宝石をばらまいた真犯人をその手で突き出すがいい。言っておくが、1ヶ月とは待てんぞ」