ウォー・ロック〜ヴォルネスの詩3

■シリーズシナリオ


担当:マレーア

対応レベル:9〜15lv

難易度:難しい

成功報酬:5 G 40 C

参加人数:15人

サポート参加人数:3人

冒険期間:08月26日〜08月31日

リプレイ公開日:2005年09月04日

●オープニング

 サクス領エスト村とベルジュ領ソウド村。ヴォルネス《境界線》の名を持つ川を挟んでの水利を巡る争いは、双方相手の出方を伺う膠着状態となっていた。
「エストの連中め、何て事を‥‥」
 灌漑工事の為に用意されていた工事用具の無残な有様を見て、苦々しげに呻くソウド村の者達。彼らはこれをエストの仕業と信じて疑っていない(あながち間違ってはいないが‥‥)。道具の修理と補充は思うように進んでいない様子で、未だ着工されてはいなかった。
 エスト村の者達は、ささやかな雨と工事延期で幾分冷静さを取り戻している。当初は過激な言動を取っていた若者達も今は自重してくれているが、不安の種は何一つ拭われてはおらず、何か事があれば簡単に火がついてしまうだろう事は容易に想像がついた。
「この争いに何らかの作為が働いているのなら、それを暴き、ベルジュ卿に示さねばなりません。確たる証拠がなければ、向こうが退く事は無いでしょうから‥‥」
 この膠着はその好機、とサクス夫人は事を急ぐ。だが、噂を吹聴して回ったという十字の墨の男の足取りはようとして知れない。出会った者は少なくないというのに、その記憶はまるで申し合わせたかの様に曖昧で漠然としていた。
 そして。夫人の想いを嘲笑うかの様に、事件は起こった。灌漑工事に携わっていた技師のひとりが行方知れずになったのだ。この事態に、ソウド村の傭兵達は即座に動いた。
「事の経緯を考えれば、そちらを疑うのは当然だろう。村を調べさせてもらう!」
「ば、馬鹿な、とんだ言いがかりだ‥‥」
「やましい所が無いなら何も問題あるまい! それとも始末をつけるまでの時間稼ぎか!!」
 高圧的に決め付けられ、怒りと恐怖のあまり言葉を失うエストの村長。傭兵達とてソウドの者達に今度こそはと言い含められて来ているのだ、容易に引き下がる筈も無い。既に村に通じる全ての道には彼らの目が光り、何者の脱出も許さない構えである。
「こ、これはいけません、このままでは本当に人死にが出かねません」
 サクス家にこの事態を伝えた村役人の顔は、血の気が引いて蒼白となっていた。

●今回の参加者

 ea1984 長渡 泰斗(36歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea2564 イリア・アドミナル(21歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea3026 サラサ・フローライト(27歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea3131 エグム・マキナ(33歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)
 ea3475 キース・レッド(37歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea3693 カイザード・フォーリア(37歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea3866 七刻 双武(65歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea7906 ボルト・レイヴン(54歳・♂・クレリック・人間・フランク王国)
 ea8111 ミヤ・ラスカリア(22歳・♀・ナイト・パラ・フランク王国)
 ea8202 プリム・リアーナ(21歳・♀・ウィザード・シフール・イギリス王国)
 ea8851 エヴァリィ・スゥ(18歳・♀・バード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb0132 円 周(20歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb0206 ラーバルト・バトルハンマー(21歳・♂・ファイター・ドワーフ・ノルマン王国)
 eb0754 フォーリィ・クライト(21歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb1259 マスク・ド・フンドーシ(40歳・♂・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)

●サポート参加者

円 巴(ea3738)/ 音羽 朧(ea5858)/ ルーチェ・アルクシエル(ea7159

●リプレイ本文

●サクス邸
 屋敷の一室。集まった冒険者達の前に姿を現した夫人は、冒険者達のピリピリした空気に小さく首を傾げた。厳しい依頼故に緊張するのは当然だが‥‥ さて。滑る様に進み出たかと思うと、恭しく膝を付き、花束を差し出した巨漢の騎士は、どうにも礼服が窮屈そうだ。そして、その彼の背に槍の如き視線を突き立てる者達。間に立ち、双方に皮肉を込めた笑みを送る者もいれば、何にあてられたか、気を失って介抱される者までいる。夫人はパンパンと2度ほど手を叩いて妙な空気を断ち切り、
「皆、準備はよろしいか?」
 改めて彼女は問うた。ここからは、仕事の時間である。
「堤の真新しい補修跡は、破壊工作がごく最近の出来事である事を物語っている。要するにマレシャル様が成した事への報復であり、ベルジュ卿は誤解させられていると考える」
 カイザード・フォーリア(ea3693)はそう結論付けた。では、どうすれば良いか。カイザードは水の害に苦しんでいるアルミランテ間道3区から水を引けないかと考えたが、森林地帯を突っ切っての工事が必要となり、これは相当な労力と資金を要する。水の問題が解決すれば諍いも無くなるとする彼の考えは至極真っ当なものなのだが。長渡泰斗(ea1984)は、難儀だねぇ、と頭を掻く。
「兎にも角にも、此方に掛かってる疑いを少しは晴らさんとなぁ。‥‥疑いの何割かは的を射ているとは言え」
 ぼそっと耳元で言われ、うぐぐ、と口ごもるミヤ・ラスカリア(ea8111)とプリム・リアーナ(ea8202)。2人は夫人に頭を下げた。
「工事用具を壊したのは私達じゃないけど、壊しに行ったのは事実です‥‥ ゴメンなさい。ただ、何者かが濡れ衣を着せる為に暗躍しているって事は紛れも無い事実。行方不明の技師さんをエスト村に隠している可能性が高いから、公にならないうちにコッソリ捜索して下さい」
 わかりました、と頷く夫人の表情が険しい。それも当然。なんという不毛な消耗戦だろう。
「道具小屋から逃げた者だが‥‥ソウド村の中にいる可能性が高いというのは確かなのか?」
 聞いたサラサ・フローライト(ea3026)に、実際に監視にあたっていた音羽朧が詳細を説明する。無論、高度な技によって彼らの目を晦ました可能性が無い訳では無いが、一方でミヤやプリムにあっさりとその存在を見破られてもいる訳で。この場合、もっとも単純で簡単な結論を取るのが筋というものだろう。
「‥‥争いが長引けば民は疲弊し、隙を生む。この勲章の分国の歴史が繰り返される事にならなければ良いが‥‥」
 サラサがアキテーヌ勲章を弄ぶ様を、夫人は複雑な面持ちで眺めていた。

●傭兵と冒険者
 冒険者達は急ぎヴォルネスに向かった。再び傭兵達が現れ、『今度こそ納得の行く返答をしろ』と凄んでいると知らせを受けたからだ。駆けつけてみれば、話を聞きつけた村人達まで集まって、とんでもなく剣呑な空気になっていた。円周(eb0132)がせっかく呼んだ雨も、人に直接危害を加えたか否かの問題になっている今となっては、以前ほどの効果は生まなかった様だ。
「冒険者などに用は無い、村長か村役人か、そうでなければサクスの者を呼んで来い! 何なら最近売り出し中の息子の方でもいいぞ? 木っ端海賊に振るった腕が、ここでも通用するか確かめてみるがいい!」
 ゲラゲラ笑う傭兵達。囃し立てる村人達。とてもまともに話をする空気ではない。イリア・アドミナル(ea2564)は、傭兵達の中で一人、冷静に状況を見守っている男を見出し、彼のもとへ歩み寄った。
「そちらも後には引けないでしょう。ですが、ここでの乱暴な振る舞いが法に触れる事は承知している筈です、もし村を調査するなら、村人には絶対に手を出さない事、我々の仲間の同行を了承する事、家屋の立ち入りの際は礼を重んじる事を誓って下さい。もしそれが守れないならば、残念ですが、領主の許可を得ず確たる証拠も無く家々に侵入した咎人として告訴しなければなりません、穏便な行動をお願いします」
 穏やかな物腰と声音ではあったが、イリアの言葉には無道の振る舞いは許さないという確固たる意思が込められていた。
「ほう、強く出たな。人攫いが法の何のと片腹痛い。何なら剣に物を言わせて押し通ってもいいのだぞ?」
 隊長格と見える傭兵剣士は、大きな声で挑発的に煽り立てる。
「よろしくない。ひっじょーによろしくないのである。紳士たるものもっと大らかに寛大に振舞わねば。そうは思わないかね、んん?」
 マスク・ド・フンドーシ(eb1259)の妙なアクの強さに、傭兵達も幾分押され気味。双方が煽り合う様を見て、エヴァリィ・スゥ(ea8851)は竪琴を奏で始めた。穏やかな音色に合わせて歌う歌には、荒ぶる心を静める魔力が込められているのだ。だが。
「あっ」
 突然の衝撃にエヴァリィが悲鳴をあげる。砕けた竪琴は彼女の腕から零れ落ち、地面を転がって耳障りな音を立てた。その肉体を盾に彼女を庇うマスク。静まり返る周囲。2射目は無い。
(「矢‥‥ 恐らくはロングボウ」)
 辺りを見回したエグム・マキナ(ea3131)は、遠方の木の上に弓手の姿を見出した。見事な腕前。‥‥だが、竪琴のみを破壊したのは偶然と考えるべきだろう。エヴァリィを傷つけまいという配慮は、恐らく無かった筈だ。
「妙な歌は無しにしてもらおうか」
 傭兵隊長がエヴァリィの行動を非難する。相手方の大半が状況を把握できていない内に、エグムは進み出ていつもの笑顔のまま、申し訳無さそうに頭を下げた。意図はどうあれ、相手の行動を魔法で縛ろうとしたのだ。これは戦いを仕掛けたと取られても仕方の無い事。
「ああ、何と言う事‥‥ これは大変申し訳ない事をしました。いえ彼女に悪意があった訳では無いのです。ただ、皆さんに落ち着いてもらおうと思っただけで‥‥ しかしこれは確かにこちらに非がある。どうかご容赦下さい」
 相手方の認識が固まる前に謝り倒し、次の話に移してしまう。
「どうでしょう、ここは双方折れて、こちらは調査を受け入れ協力する、そちらは先程の条件を飲むという事では。3人までならば受け入れましょう。村長は、あなた方が村の中を歩いて若者と衝突したりはしないかと心配しているのですよ。それに、もし村を荒らされたらと思うと、恐ろしいのでしょう。あなた方でも、自分の武具が使い方も知らない者に好き勝手に扱われたら怒るでしょう? それと同じ事ですよ」
 にこにこと笑みを絶やさず語りかけるエグム。しかし傭兵達は容易に折れない。
「信用できるか、少人数にして討ち取るつもりだろう!」
「では、私が質となりましょう。元々そのつもりでしたし、ちょうど良かった。もし万が一の時は、報復として私刑に掛けるなり人柱として埋めるなりお好きにどうぞ。その時は草葉の陰で雨呼を両者に呼び、魂は白鳥となって駆けましょう」
 周が言い出して、傭兵達は肩透かしを食う格好になってしまった。
「子供が質か。まあ、いいだろう。不満があれば囲みを解かないだけの事だからな」
 傭兵隊長が自分を含めた3人を選抜する。憮然とした表情で、周を促す傭兵達。周は母親から何事か怪しげな訓示を胸に、彼らに連れられソウド村長の家へと向かったのだった。
「こんな奴らに村を歩き回らせるのか!?」
 エストの村人は不満たらたらだが、すぐにそれどころでは無くなった。
「道具が壊れてるんだったな。それじゃあ一丁、俺が直してやるとしよう」
「人手がいるだろ、手伝おう」
 ややこしい話が終わったと見て、よいこらしょ、と立ち上がるラーバルト・バトルハンマー(eb0206)と泰斗。驚いたのは両村の村人達だ。また何か壊す気かと疑心暗鬼になるソウドの者達、せっかく工事開始が遅れているのに何を考えているのかと激怒するエストの者達。
「この間まで武闘大会でラージハンマー振ってた俺が、お前らの理屈なんて知るわけ無いだろ?」
 平然と言うラーバルト。そういうこった、悪いな、と泰斗。村人達はただもう、呆然とするばかり。
「人手は欲しいんだ。この際出所は問わない事にしよう」
 傭兵達も、技師達がこう言い出しては拒む理由も無い。彼らは共に作業小屋へと向かったのだった。

●作業小屋
「まあ、正直言って助かったよ。何せ、いなくなったのは鍛冶師でね、途方に暮れていたところだったんだ」
 技師達の言葉に、ふむ、そうかい、と大して興味も無さそうに相槌を打ちながら、ラーバルトは壊れた道具の見立てをする。
「ま、全部ってわけにもいかねえだろうけど、直せるもんは直しとくぜ」
 慣れた手つきで仕事にかかる。小屋の窓から覗き込む村人達。出入り口には傭兵が数人、監視についている。泰斗は薪など運びながら、彼らにご苦労さん、と声をかけたりしている。
「しっかり見張っててくれよ? 知らぬ間に下手人扱いされては堪らんからな」
 憮然とする傭兵、へっと笑うラーバルト。つられて技師達も笑ったのを見て、泰斗は彼らに話を振った。
「その、行方不明の技師とやらだが、俺達は誓って知らん。どういう奴なんだ? さらわれた痕跡でもあったのか?」
 険しい表情となって顔を見合わせていた彼らだが、ひとりが話を始めた。行方不明になった技師が最後に目撃されたのは、騒ぎになる日の昼ごろ。姿を消したまま陽が傾いても戻ってこない為に探し始めたところ、子供達もよく渡河に利用しているヴォルネス川の浅瀬近くで彼の所持品が見つかったのだという。少し前に同じ道を通った子供達は、そんなものは絶対に無かったと証言した事から、技師はエストに連れ去られ、まだ時間は経っていないと判断したという訳だ。
「ちなみに、彼の所持品‥‥ 安物のリングですが、それを発見したのは私です。傭兵達がエストの封鎖までしてしまったのはやり過ぎと思いますが、仲間は必ず取り戻しますよ」
 そう言い置いて出て行った、鮮やかな赤毛が印象的な人物は、最近この集団に加わったばかりの交渉役だと言う。ベルジュ卿が灌漑の事で悩んでいると聞きつけて、言葉巧みに売り込んだのは彼の手柄であると、技師達は自分の事の様に自慢した。
 技師達は懸命に働き、請け負った灌漑工事の準備を着々と整えている。欠けていた鍛冶の技術もラーバルトによって補われ、この調子ならもういつでも工事を始められそうな雰囲気である。
(「これを知ったら、エストの連中は怒るだろうねぇ」)
 難儀な事だ、と、泰斗はすっかりこれが口癖になってしまった。
「こんな事をしたからって、少しでも気をゆるめると思ったら大間違いだからな」
 いかにも血の気の多そうな村の青年が、わざわざ言わずとも良い事を言いに来る。ラーバルトは青年を面倒臭げに見やり、自慢の髭をたっぷり3度扱いてから言った。
「お前らの不幸は水が少ないってことでも、土地が痩せてるってことでもねぇ。顔も知ってるご近所さんだけど別々の領主に治められてるってことじゃねえの? ま、俺が口出すこっちゃねーけどさ」
 ふう、と汗を拭って立ち上がった彼。コキコキと肩を回し、今日は仕舞いだ。明日も来てやるからエールの一杯も用意しときな、と言い残して小屋を出た。灌漑の現場は、そこから目と鼻の先である。
「灌漑工事だなんだと言っても、まだろくに手もついちゃいねぇ。何を大騒ぎしてやがるんだか」
「そうだが‥‥これに手を着けたら最後、結果はどうあれ禍根を残すだろうな」
 この工事はいわば、不信から生じたもの。技師達には悪いが、刻まれる前に解かれるなら、それに越した事は無いのだ。

●技師探索
 傭兵達に張り付いた監視役の奮闘は、涙なくしては語れないものだった。
「調べさせてもらうぞ!」
 バーン! と扉を蹴破らんばかりの勢いで乗り込んでいく傭兵達。最初はただ驚いて成り行きを見守るばかりの村人達も、次第に事態を理解し、激怒する。それを平身低頭宥め透かすのだ。エヴァリィの歌は、専ら噴火寸前の若者達を鎮火するのに用いられた。
「もう少し穏やかに出来ないんですか‥‥」
「ごくごく穏便にしているつもりだが?」
 どうやら含むところなくそのつもりらしい。エグムはもう笑うしか無かった。
「申し訳ありません、傭兵稼業が染み付いた彼らは何事も総じて荒っぽいので‥‥」
 この赤毛の技師が同行を希望して来た時、加えるかどうか悩んだものだが、本当にいてくれてよかったと思う。彼が傭兵達の宥め役に彼が回ってくれるお陰で、実質3対4となり、なんとか彼らをコントロール出来ているのだ。
「皆さん、ベルジュ卿に雇われたのはいつ頃なんですか」
 エグムは勤めて傭兵達に話を振り、大きな声で会話した。
「‥‥今の契約は、サクスが冒険者を雇い始める少し前からだ。そちらの汚いやり口が明らかになって、荒事をしてのけられる者が必要になったという事だ」
 嫌味たっぷりな返答だが、無論、この程度で彼の笑顔が剥がれ落ちる事は無い。
「それでは、噂を吹聴して回る旅人を見たことはありませんか。あるいは、その旅人がベルジュ卿に会ったことがあるかどうか‥‥印象が無いのが印象、といったような人物らしいのですが」
「ふん。そんな事を聞いてどうするつもりだ? 私刑でも加えるか。確かに、堤の細工を発見して、領地を視察中だったベルジュ卿に伝えたのはそんな奴だった。手に十字の墨が入れてあったのを覚えているが、他にはこれといって特徴の無い男だった。サクスにとっては恨めしい相手ではあろうがな。無駄無駄、この界隈では見かけない、通りすがりの旅の者だ。簡単に見つかるものか」
 ほう、とエグムの目が細まる。と、話を打ち切る様に、赤毛の技師が進み出た。
「こんな人通りのある場所よりも、もっと辺鄙な場所の廃屋なんかが怪しいのではないでしょうか?」
 おお、そうだな、と傭兵達。その進路を、何気なくマスクが遮り止る。
「うぷ! 何のつもりだ筋肉達磨め! 退け、退かんか!」
 げしげし殴られながら、いやいやはははと白い歯を見せて笑う彼。
(「皆よ、早く件の技師殿を確保するである! でないと我が輩の美しいバディが痣だらけになってしまうのである‥‥」)

 監視役が傭兵達を足止めしている間に、4人の冒険者が行方を晦ませた技師の姿を求め、エスト中を奔走していた。
「‥‥動くものが頻繁に現われない場所に、動くものが現われる場所を」
 イリア問いに、しかし太陽は答えてくれなかった。条件付けが悪かったのだろうか? 落胆の色を隠せない彼女。
「何、わしらにはこの2本の足がある。そうじゃろう?」
 ぽん、と己の足を叩いて笑う七刻双武(ea3866)。幸い、事前に村人から辺鄙な場所にある廃屋、倉庫の類は聞き出してある。はい、と表情を引き締めて、イリアは地図を広げた。大きな街とは異なり、皆が顔見知りの村の中。人目につく場所を通れば嫌でも誰かの目にとまる。そういう話が聞こえてこないという事は、人目につかない場所にいるか、村にいないか、2つに1つなのである。
「ほーんとに見つかるのかしらね〜」
 イリアに雇われたものの、暇もてあまし中のシフール便のシフールさん(貸切)が、欠伸をしながら飛んでいる。さ、行きますよ、と走り出す彼らを、ほぇーい、と面倒くさそうに追いかけるのだった。
 野原を疾走する2頭の馬。キース・レッド(ea3475)とフォーリィ・クライト(eb0754)は、愛馬を駆って片っ端から怪しげな場所を潰して行く。村境側から、人里に向けてひとつひとつ。瞬く間にバッテン印で埋まっていく地図。
(「とにかく先に見つけて、色々な事を聞き出さなきゃ」)
 もしもその技師がこのエストで傭兵達に確保されてしまったら? そう考えると寒気が走る。もう、どんな言い訳も効かない筈。謂れの無い罪を着せられ、糾弾される‥‥。ハーフエルフに生まれた者なら、余りに慣れ親しんだ感覚。依頼主を、そんな境遇に追い遣る訳には行かない。
 と、そこに飛んで来たのはイリアが雇ったシフールさん(貸切)。それが意味する事はただひとつ。
「行こうハリケーン!」
 馬首を巡らすキース。フォーリィもそれに続く。ずれかけた戦乙女の兜をぎゅっと押さえ、全速力で現場に向かった。

 その、森に埋もれた廃屋は、もう長らく使われぬままに、半ば村人からも忘れ去られている代物だった。遠くで馬を降り、足音を殺して近付くキースとフォーリィに、双武が頷いて見せる。イリアは既に、廃屋をブレスセンサーとエックスレイビジョンで確認していた。
「‥‥中にいるのはひとりだけ。技師の方だと思います」
 薄暗く埃っぽい廃屋の中で、所々抜け落ちた天井をぼーっと眺めているという。剣を抜き、外れかけた戸の横に擦寄るフォーリィ。キースは双武は裏手に回り、念の為にもう一度、ブレスセンサーで探りを入れる。そして、突入。
 中からの抵抗は無かった。呆然としている彼から剣を引き、どうしたものかと皆、少し困る。
「あなたは、どうしてここに?」
 イリアが問うと、技師は自分で来た、と答えた。何故? 友人に頼まれたから。あなたの友達は誰? と問うて答えた名は、赤毛の彼のものだった。
「つまり、赤毛がこっそりここに来て待っている様に言ったから、そうしていたという事ですか。いい大人が仕事を放り出して?」
「‥‥何かの魔法でコントロールされていた可能性もあります」
「そもそも、その記憶自体が本当かどうかも怪しいね」
「でも、ただここで待っていろというのは‥‥ 技師の方がひとりいなくなればこの騒ぎです。どうにも出来ないじゃありませんか」
「何か手違いがあったのやも知れんのう」
 ふむ、と皆で考え込む。今は果たして、どういう状況なのか。
「問題は、彼と彼のこの状況をどうするべきか、という事ですね」
 溜息交じりに帽子を整えながら、キースが呟く。
「こちらが何かしたと思われても不思議じゃない。いや、思われるでしょう。確実に」
 一先ず彼を保護したものの、彼をどう扱って良いものか、誰もその答えを持っていなかった。

●迂闊な一言
 人質としてソウドの村長宅に置かれていた周は、ベルジュ卿が様子見に訪れたのをこれ幸いと交渉を試みた。彼のアイデア、アルミランテ間道3区から水を引くというのは実際には困難だったが、どんな形にせよ共同での開発は模索出来る筈。互いに奪い合って争うよりずっと良い筈なのだ。
 目の前に飛び出して平伏した彼に、ベルジュ卿が足を止める。護衛が下がれと一喝し、剣に手をかけても彼は退かなかった。
「討たれますか? ご遠慮なさらず。またその‥‥寵童を愛でる雅趣がおありなら従います。ですから‥‥」
 彼にとっては自分の覚悟を示す為の言葉だったのかも知れない。だが、信仰深きベルジュ卿にとって、それは汚物を浴びせられたに等しい言葉だった。
「放り出せ」
 一瞥して吐き捨てると、もう視線すら向けようとはしなかった。

 迂闊な一言の為に、話すら聞いてもらえなかった。落胆する周に、サクス夫人は暖かい飲み物を振舞い、休息の時間を与えたのだった。暫くして、周は夫人の部屋を訪ねる。
「サクス家側から、共同開発を申し出る事は出来ませんか? 筋の通らない事なのかも知れません。でも、今は目を瞑って‥‥両者が手を組めば可能なことも多いはずです」
 ベルジュ卿にも話したかった事。ベルジュ卿なら、一蹴しただろうか。それとも、ようやく折れたかと条件を付けて来る? 夫人はそうですね‥‥と呟きながら、窓の外の景色に視線を移した。
「一度話してみても良いかも知れません。ただ、今はどんな言葉もベルジュ卿には届かないでしょう。誤解が解け、双方に非があったと分かった時であれば、あるいは」

●印の男
 この事件の発端を作ったとも言える、十字の墨を入れた男。その摘発こそが問題解決の最も早い近道である事は、疑う余地が無い。
「皆さん、何としても十字の男を見つけ出し、その真意を正しましょう」
 ボルト・レイヴン(ea7906)は仲間の一人一人に幸運を分け与え、事の成就を神に祈る。そして、自らも足を棒にして、目撃情報を探して回った。ところが、エストでは以前の目撃情報以来、続報が途絶えている。
「今は傭兵達が封鎖をかけているからな。あるいはその者も、締め出しを食っているのかも知れない」
 サラサはそう考えていたのだが。ところがエストでは皆無の『十字の男』情報が、ソウド側で再び聞かれ始めるのだ。
「行方不明の技師はサクス邸に囚われているのだ」
 そんな噂を実しやかに吹聴しているという。
「俺達も自由に動ける訳じゃないからな。しかし、いつの間に‥‥」
 ソウドに出入りが許されているラーバルトと泰斗は、その様な人物を見ていない。飼い猫のフラットとテレパシーで会話しながら探索出来ないかと試みた彼女だが、テレパシーはあくまで会話能力。高度な知覚の共有が必要な捜査は困難だ。
「いい手だと思ったのに‥‥」
 愛猫をべろんとぶらさげて、悔しさに溜息をつく彼女。ほんの数分、ソウドに踏み入り正確な遭遇場所を聞き出して、パーストを使えばかなりの事が分かる筈なのに。

 夜。ソウド村に潜む、怪しげな影が2つ。
「夏とはいえ、夜の川っぺりはちょっと涼し過ぎるよ〜」
 パラのマントを頭からかぶって、身を潜めるのはミヤ。その傍らにはプリム。ミヤの相棒、トロンペ・キントはエスト側で、土手の草など食んでいる。彼らは再び危険を冒してソウド村へと入り込み、何としても十字の男を捕まえようという覚悟だ。
「こういう時、お話だとサッと犯人が出て来るのにね」
「堤を壊しに来るんじゃないかと思ったんだけどなぁ」
 ぶつぶつ言いながら、星や月をぼーっと眺めて、退屈な時間を潰す。そんな風にして過ごす事、数日。そろそろ見張りにも飽きて来た頃。まだ宵の口の川べりで話している声が聞こえて来た。一人は傭兵隊長。一人は赤毛の技師。そして中年男の行商人。
「何を話してるのかな、聞こえないわ」
「もうちょっと、もうちょっと‥‥」
 こうなるとただの盗み聞きな気もしないではないが、やっと起きたイベントに2人とももう夢中だ。苦労して、じり、じり、と距離を詰める。見つからないか、ヒヤヒヤものだ。ようやく苦労の甲斐あって、その会話が聞こえて来た。
「何とか、私達行商だけでもエストに入れてもらう訳には行かんでしょうか。皆、私らの事を待っておる筈なんで‥‥」
「噂を知らない訳では無いでしょう。村の封鎖なんてしていないで、いっそサクス邸に乗り込んだら如何ですか」
「そういう事は我々が考える。そちらは工事の事だけを考えていればいいんだ」
 去って行く傭兵隊長。要するに、赤毛の知り合いの生地商人がエストで商売したいのに封鎖されているので、何とかして欲しいという話。実につまらない。
「あの行商、実は十字の男だったりしない?」
「んー、ちんちくりんで中年で、結構目立つ顔だよ? 違うと思うなぁ」
 余程その場で凍らせて確認しようと思ったが。後日、彼らにかわってラーバルトと泰斗がそれとなく確認。十字の刺青は、無し。